第15話
「ごめんなさい、待ちました?」
「いや、全然ですよ先生」
「ではいきましょう。助手君」
僕が唐突に先生と言ったことに助手君と返すペンネーム長月こと烏間先生。
この
烏間は軽快なステップで愛用の肩掛けポーチを揺らす。
「前にも話しましたが、今日のメインは映画鑑賞です」
「映画鑑賞かぁ。本当に久しぶりだ」
僕は烏間と『恋めくり』の資料集めのためにデパート街に来ていた。
映画館はなんやかんやでうちから遠いので、僕はわざわざ映画を観に行くということはない。前回来たのは、中学生の時に明日香に鑑賞特典コンプのための人数合わせで連れていかれた時だ。思い返せばクソみたいな恋愛映画だったな。
「何が見たいですか?」
烏間が上映の予定表を渡しながら聞いてくる。
僕はそれを受けとるとパラパラとページをめくった。
んーとそうだな。
「この『リバイブ~恐怖の始まり~』がいい」
「それはやめましょう。この『流星降る日にあの場所で』にします」
流れるように僕の意見を即座に否定して恋愛モノにシフトさせる先生。流石っス。
僕的にあまり最近の恋愛モノの映画には興味がないんだけどなあ。
「口コミではかなり良作って聞きますよ。なんでも投稿サイトで連載していた漫画の実写再現だそうで」
「へえ」
烏間はその映画にかなりの期待を持っているようだ。
小説や漫画作品の実写化と言えば結構な地雷臭がするがそんな烏間を見ていると言わぬが花と思えてくる。
「上映は十時か。今から行ったらちょうどつく頃合いだな」
「そうですね。では早速行きましょう!」
烏間が右手を突き上げて宣言する。
こうして僕たちの初めての資料集めが始まったのであった。
*****
「着きました」
「はい、着きました」
あたかもスーパージャンプをしてきたかのような台詞でデパートに内設されている映画館に着いた。
時間的にはまだまだ余裕で間に合う。
「やっぱり人が多いですね。どこを見ても行列です」
「そりゃあ休日だからな。特に有名どころがあるし」
「へえ。あ、見てください。『巌流島からの果たし状』がリメイクされてますよ。私知りませんでした」
烏間はチケット売場の上の画面に表示されている上映予定を見上げている。
シニアから家族連れまで楽しめるのが映画館の醍醐味だからな。人が一番足を運びやすい娯楽施設の一つではないだろうか。
僕たちは行列に並んで自分の番が来るのを待つ。
「やはり一番人気は『アバンギャーズ』でしょうか。大々的に宣伝されてます」
「ハリウッドの名作は広告が出るからな。そのぶん人が来るんだろ。こんな広告を出さなくても人は来ると僕は思うんだけどなあ」
そんな他愛もない話をしながら、僕たちは行列の待ち時間を潰す。
────と、烏間は柱に張ってあるアバンギャーズのポスターを見てこんなことを言ってきた。
「俳優さんたちは自分が映ったポスターを見て恥ずかしくないのでしょうか?私は自分の小説のポスターを見ると恥ずかしく思うんですが」
「なんで? 大々的に宣伝してくれることはいいことじゃん」
「それもわかってはいるんですけどね。だって言ってしまえば自分の妄想をぶちまけてる訳じゃないですか。私としてはあまり感じがいい思いはしないんですよね。嬉しい反面照れ臭いと言うか」
烏間は苦笑いしながらに言う。
そういえば確かに恋めくりを全巻買ったときに見たポスターに「これぞ純情! 恋の王道!」って書いてあったな。
もし自分の妄想にこんなキャッチフレーズがついたら僕は悶絶する。
「俳優さんたちはどう思ってるんでしょうかね」
「少なくとも僕には無縁な話だね。個人的な予想だけど、もう本人たちも仕事だって割りきってるんじゃないかな。むしろ堂々と見て『ふっ、ポスターの私、最高にかっこいいわ』とか思っているかもしれない」
「ハハハ、流石にそれはないですよ」
「でも外国の方々は感性が違いますから思っていたりするかもしれないですね」と烏間は苦笑いしながら付け加えた。
そういえば小説ついでにずっと前から気になっていた事が。
「烏間は最初の方はどうだったんだ?」
「何がです?」
「小説家の仕事だよ。烏間って自分から賞に応募したのか?」
烏間がなぜ小説を書き始めたのかと言うことだ。
対人恐怖症の気がある烏間の性格からして、堂々と小説を書くということはしないと思う。
「答えたくないなら別にいいんだけど」
「いえ、そんなことは。私はウェブ小説出身ですよ」
烏間は意外にもすんなりと答えた。
「最初は応募も考えましたが専門知識もない私が手を出すのは気が引けたので投稿サイトで自己満足のために書き始めました」
「そんなサイトがあるのか。便利な世の中だなぁ」
「ホントそうですよ。最初はボチボチと書いていたんですがドンドン話が大きくなっていって……今では誰のために書いてるのか分かりませんよ」
烏間は自嘲気味に言う。
ネットの力が今の長月先生を作り上げたと言えるのか。
小説に限らず本職でなくても気軽に作品を投稿できる現代だからこその結果、ネット社会のたまものだ。
「へえ、そうなのか」
「実は秀人さんの神社も小説のヒントになったりしてるんですよ」
「ヒントになってる? 全く気づかなかった」
うちの神社を連想させる場面なんてなかったと思う。強いて言えば肝試し回かな?
雰囲気だけを楽しもうとする超迷惑なパリピどもが時々来るからなぁ。うちの社はバリバリの改装したてだっつーの。
「階段を上がったところのすぐ横に絵馬をかけるところがあるじゃないですか。私、時々立ち寄って絵馬を見てネタの構想を練ってたりしてたんですよ。絵馬にかかれている内容って現実味があるじゃないですか」
「あの絵馬か……あんなもので練ってたのか?」
「絵馬をあんなものって……」
烏間はうちの神社に度々来ていたらしい。
もしかしたら僕もその時の烏間を見たことがあるかもしれない。
「それならこんど廃棄前の絵馬を見せてやろうか? 一応神聖なものだからある程度手順を踏まないと捨てられなくて、倉庫に一杯あるんだ。全部見るのは時間はかかると思うけど」
「いいんですか? プライバシーとかの問題もありますし」
「構わないよ。絵馬なんて自分の自慢か願望しか書かれてないんだから。絵馬を書く人は他人に見られていい情報しか書かないんだよ。時々電話番号を書く意味不明なやつもいるけど」
他にもイラスト物や外国語など面白いものもある。
捨てるのがもったいないくらい秀逸なものは密かにとっているのでそれも今度烏間にも見せてやろう。
「次のお客様どうぞ-」
「は、はい!」
烏間はハッとして後ろを振り向く。
ながら話のせいで気づかなかったが、いつの間にか僕たちは既に行列の先頭だった。
後ろを待たせないように急いで売り場に向かう。
「人数は?」
「ふ、二人ですっ。学生のっ」
「学生証はお持ちでしょうか」
「は、はい。これ……」
受付の質問に烏間はたどたどしい声で学生証を見せる。
僕も烏間の後ろで自分の学生証を見せた。
「はい、ありがとうございます。お会計三千二百四十円になります」
レジの電子版に金額が表示された。
それを見て烏間と僕は各々財布を開き
「えっと千と五百と……あ、小銭が……」
烏間が財布の小銭入れに指を入れてもたつく。
……。
「……千と七百と四十。これで丁度だと思います」
「あっ」
僕はモタモタする烏間より先にトレイに小銭を置く。
受付の人はトレイを引き寄せると乗せられたお金を指で数え、金額と相違ないかを確認。
そして満足そうに頷くとお金をレジに入れてチケットを二枚発行した。
僕はそれを受けとって、その内の一枚を烏間に渡す。
「ひ、秀人さん……そんな……」
「いいからいいから」
申し訳なさそうする烏間を僕はシアターへと続くエスカレーターに連れていく。
ここで話すと後ろがつまるからな。
行列を脱してエスカレーターにのると、烏間は深々と頭をさげた。
「ほ、本当に申し訳ありません! 私が無理を言ってここに来て貰ったのにお金を出して貰うなんて! それこそ私が出さないといけないのに!」
「だから別にいいって。出そうが出さまいが僕の勝手だ。気にする必要はないよ。もしどうしてもって言うなら賽銭箱にでも入れとけ。神様のお願いできて一石二鳥だ」
更に頭を下げる烏間を僕は落ち着くように宥めた。
この状況にものすごいデジャブを感じる。
烏間らしいといえば烏間らしいんだけど。
「本当にすみません!すぐにお返しいたしますので!」
「お、おう。いつでもいいからな」
僕がしつこく説得すると烏間はようやく落ち着いた。
コトハや明日香とは別のベクトルで疲れるな。
「あ、ありがとうございます! ……で、相談と言うか頼みがあるんですけど」
急にニコニコし始めた烏間はお守りのついた鞄をまさぐりながらに言う。
あ、これもデジャブを感じる。つい今週食らったばかりの笑顔だ。
まさか────
「さっきの事、ネタにしていいでしょうか?」
「……」
手に持つは構想ノート7とシャーペン。
やっぱり烏間はどこまでいっても烏間だった。
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