第14話

「ナイスよ!明日香ちゃん!」

「んまっ、私にかかれば余裕っすよぉ!」


 こんのクソアマがぁ……

 こっちから来て『あげた』ってのに。


「南沢強ェ……」

「明日香さん機嫌がいいですね」

「む?今から何をするのじゃ?」


 明日香になかば強制的につれてこられた僕たち四人は今現在陸上部の縄張りで集められて体操座りをしている。

 で、肝心の明日香は僕たちをつれてきたことでセンパイから誉められてると。

 なんか納得いかねぇ。


「はぁー、どうしてこんなことになったんだろうか」

「そうだよなー。残念だよなー。俺達男子陸上だもん。むさいわー」

「違う。そうじゃない」


 鹿島は頭をかきながら目をとなりの女子陸上部に向ける。

 運動が出来る鹿島はまだいいよ。

 僕なんてお世辞にも運動が出来るとは言えないからな?


「でもお前足はそこそこ速いじゃん」

「階段だけな。段差で差をつけろ」


 毎日百段を上り降りしている足は伊達じゃない。


「まあうちの県でも陸上結構強いって言われてるからな。練習は厳しいだろうな」

「帰宅部志望にそれはきつい」


 まじか。それは嫌なことを聞いた。


「はーい!皆さん今日は陸上部の体験に来てくれてありがとうございます!」


 僕たちがお互いの不満を愚痴りあっていると明日香と話していたセンパイと男子陸上と思われるセンパイが僕たちの前に立って高らかに部活動体験開始を宣言する。

 どちらもアスリート体型という感じだ。


「今回は男子女子合同ってことでやっていこうと思います!担当は私、一条と」

「陸上男子の頼れる俊足!モテ男ランキング一位(自社調べ)の新藤がするぜ!」

「「どうぞ!よろしくお願いしまーす!」」


 三年のセンパイが礼をすると一年生から拍手が起きる。

 なかなかアットホームな雰囲気を感じるな。


「まず始めに準備体操から!我が草神高校陸上部には伝統の準備運動があります!」

「その名もシンプル『シンリク体操』!今からするからみんなしっかりついてこいよ!」

「じゃあ皆さん!適度な距離をとって下さい!」


 僕たち一年生はセンパイに言われた通りに腕を広げて適切な距離をとる。

 これも小中とやってきたことだからみんな慣れている。


「皆さん幅はとれましたかー?それではまず腕の体操から!」

 僕たちが十分な幅をとれたことを確認した一条先輩は「せーのっ!」と言って笑いながら───腕を背中に回して人間の限界ギリギリにまで曲げた。

 えぇ……


「……鹿島?」

「無理無理無理!なんだあれ!?腕が粉砕骨折するんだけど!?」


 僕たちを含めた一年があり得ないようなものを見た目をしながらセンパイを凝視する。

 そんな視線をやはり先輩は快活に笑い飛ばした。


「アハハハ!だいじょーぶだいじょーぶ。慣れれば出来るようになるから!お?一人有望な子がいるね」


 快活な先輩の言葉にその場にいた者の注目は一人の少女に向けられた。


「……フッ。哀れじゃのぉ」

「コトハァ!?」


 目を食い縛って腕をプルプルさせる烏間の横ではコトハが人間をやめていた。

 いや本当は神様なんだけどさ。


「えーっと、どゆこと?」

「ふっ、儂は昔から体が柔らかいのじゃ。こんなことも出来るぞ?」

「うわっ!きもっ!」


 コトハが名伏しがたい冒涜的な動きをする。

 お前、一回でいいからテレビ出ろよ。タコ人間としてブレイクできるぞ。


「ねえ君、何でそんな動きが出来るの?」

「まあ物心つく前から舞の稽古をしていたからの。こんなこと造作もないというわけじゃ。どうじゃ?なんか言ってみぃ」


 わーキモい。昨日の体力の無さが嘘のような軽やかさだぁ。


「じゃあ次の動きだね!足をこうして……こう」


 これって人間卒業テストじゃないよね?

 勿論無事にこなせるのはコトハしかいない。

 僕たちはそのあともセンパイのシンリク体操で練習前から満身創痍になった。




「医者を、医者を呼んでくれ……」

「何を弱音を吐いておる。たかだか準備運動じゃろ」

「この死屍累々な現状を見てからものを言ってくれ」


 今立てているのはお前だけだ。

 烏間を見てみろ。

 あのふせっている姿が初見シンリク体操後の正しい姿勢だ。


「アババッバアババババ」

「美月ちゃん大丈夫か?」

「はっ!?……だ、大丈夫です。少し異世界で冒険をしたような気が……」

「転生しかけてるじゃん!!死にかけてるじゃん!」


 鹿島が痙攣している烏間を起き上がらせて一息つく。

 その様子を見たセンパイは


「ナハハハハハ。みんな体が固いねぇ。まあ、うちからの洗礼だと思って。因みにこれはシンリク体操レベル99だから。ほんとはもうちょっと優しい」


 鬼かセンパイは。洗礼というか拷問だったぞ。

 その後しばらく休憩をとり、死屍累々のなか何名かの不屈のゾンビが誕生したところで今度は新藤センパイが口を開く。


「よし後輩!次は持久走だ!やはり陸上の練習だったらこれだよな!」


 持久走と言えば体力テスト不人気ランキングトップなのにテンション高めだなぁおい。

 少なくとも僕は共感できない。


「そんじゃ早速走っていこうか。女子は内周、男子は外周。ゆっくりでいいからしっかり走れ」


 走れるか怪しい僕たちに走れとは。

 そんなことでへこたれる新入部員は要らないってことなのか?


「鹿島、走れるか?」

「あ、ああ。なんとかな。一緒に走るか?」

「おっとこれ以上はいけないな。フラグだから」

「そうだな。考えてることは同じだろ」


 長年に付き合いとツーツーの視線だけで僕たちは同盟を組む。

 これでだいぶ気が楽になった。

 体からいびつな音がなる感覚はするが大丈夫だろう。


「それでは皆さんレッツゴー!!」

「ああッ!それ俺の台詞!」




「おっそいわねぇ。あんた毎日階段上ってるんだからスタミナあるでしょ」

「自分が本職であること忘れんなよ?大体お前は陸上部だし推薦組だし僕にマウントとれるような立場じゃねえだろ」


 僕に二十分間ずっと並列走行してくる明日香がうざったい。

 そもそもなんで明日香が部活動体験組と同じところで走ってるんだ。


「センパイに新入り候補の面倒を見ろって言われたのよ。私としては別に構わないんだけど」

「僕が構うわ。こうやって喋りながら走るのキツいんだぞ?」

「それは御愁傷様。日頃体を動かさない秀人が悪いんだからね。といってもそろそろ私も備品の片付けがあるから離脱するわ。じゃ、後は頑張ってね」


 明日香には僕たちとは違う方向に足を向けた。


「は?面倒を見ろって言われたんだろ?」

「私、短距離専門だから。長距離も出来ないことはないんだけどキツイじゃない」

「おい待てこら。抜け駆けは卑怯だぞ」

「いつ私が秀人達と一緒に走らないと行けなくなったのよ。それに陸上は抜け駆けするものよ」

「誰が上手いこと言えって言ったや」


 こいつまじで抜け駆けしやがった。

 後で仕返ししよう。


「はい終ー了ー!持久走はここで終わり!お疲れさまでしたー!」


 メガホンを持った新藤先輩から救済の一声が送られる。

 僕と鹿島はその場に倒れこんだ。

 もう足が動かねぇ。


「ゼエ……ヒュウ……死ぬかと思った」

「やべえ……吐きそう」


 伏せる僕が意味もなく見つめる先には死にかけのコトハを必死で揺さぶる烏間がいた。

 なんだか感動的なシーンに見える。


「ったくコトハの奴何回迷惑をかければ気が済むんだ」


 歯を食い縛って立ち上がりコトハの元に近寄る。

 グラウンドのど真ん中で彼女達は


「ダメですよコトハさん!こんなところで目をつぶったら!」

「はぁ……はぁ……。意識がもうろうとしてきたわい。もう儂は駄目のようじゃ」

「そんなこと言わないでくださいよっ!コトハさんには帰るべき場所があります!」


 烏間の必死さを見て、コトハが弱々しく笑う。


「ハハ、そうじゃな。儂には帰る場所がある。……美月よ。儂がもし目を覚まなかったら秀人の奴に昨日のプリンの恨みは絶対に許さんと伝えておいてくれ」

「わ、わかりました。でもそれはちゃんとコトハさんが自分の口で伝えてください」


 微笑む烏間はコトハの目を見てしっかりと手を握る。

 それを見たコトハも柔らかに烏間に誘われて静かに微笑んだ。


「では頼んだぞ。……ああ見える、見えるぞ。天からの迎えじゃ。羽がはえた童子が儂を迎えに……」

「来ねえよ!お前は神道だからそんな西洋のメルヘンは迎えに来ねえよ!」


 渾身の裏拳ツッコミで目を閉じたコトハを蘇生させた。


 ショックでコトハが飛び起きる。


「痛ァッ!?な、何をするか秀人!あ、あと昨日のプリンを食べたのはおぬしじゃろ!返せ!」

「それはお前が僕の唐揚げを食った事への仕返しだ!……烏間も意外と楽しんでたよな」

「す、すみません。ちょっぴり楽しかったです」


 僕が冷たい視線を送ると烏間は顔を赤くして目を背ける。

 コトハの遊びに無理に付き合ってやらなくてもいいんだぞ。


「はい、二人ともお疲れ様。これ、私からの奢りね」


 そんな二人を見かねてか知らないが、練習を終えた明日香がジュースを二人の火照った頬にくっつけた。

 冷たいジュースをくっ付けられたコトハと烏間はとっさに飛び退く。

 ……。


「おい待て。僕のは?」

「は?何言ってるの?私があんたに奢るわけないじゃない」

「流石に僕も今回はキレるぞ」


 そう言えば一度も僕は明日香に奢られた事がない。

 これは本格的に賽銭の値上げを視野にいれないといけないな。


「え、いいんですか明日香さん?」

「いいのよいいの」


 受け取ったジュースを返そうとする烏間に明日香は腰に手を当てノープロブレムの構えを取る。

 これがこの前鹿島の言っていた明日香のクールビューティーか。

 まったくわかんねえな。


「これで今日の練習はお仕舞いよ。二人ともよく頑張ったわね。──秀人、あんたはもう一周ぐらいしてきなさいな」

「今から僕は帰宅部だ。誰の指図も受けない」


 明日香の苛めをナチュラルに返すと僕は先に荷物をまとめている鹿島のところに向かう。


「あ、そうそう。コトハちゃん。これ返すわね」


 ふと明日香の発言が気になり後ろを振り返った。


「恋めくり六巻。面白かったわよ」

「ああそうじゃろう!特に後半がじゃな!」

「はわわわわ!?」


 テンション高めの明日香とコトハ。

 そして目の前にあるブツに倒れそうな烏間。


 僕はテンパる烏間の前に出された恋めくり幻の六巻を奪いに明日香に向かって駆け出した

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