第13話
「起きろ」
……
「起ーきーろー」
……
「起ぉーきぃーろぉー」
…………
「起きろといっておろうがこの寝坊助がぁ!」
「うわらば!?」
腹部の猛烈な痛みで目が覚めた。
「今何時だと思っておる!?七時じゃ!儂が一人早起きしているなかグースカ寝るなんてバカか!?バカじゃな!バカじゃったな!」
僕の体に馬乗りになりギャーギャー騒ぐコトハが視界を陣取る。
ふーん、七時ね…………え!?もうそんな時間!?
「おいコトハ!そこをどけ!今からさっさと朝食食って出かけないと!学校生活二日目にして遅刻はマズイ!」
清々しい鳥のさえずりなんて聞く暇もなく時計をひっ掴み時間を確認。
七時だ……どう見ても七時だ。
僕はコトハを押し退けて布団を畳みながら言う。
「コトハ!時間がないから僕の朝食の準備をしておいてくれ!」
────すると、変に笑みを浮かべながら、コトハはチロリと唇をなめた。
そして
「寝坊助に出される飯があると思うか?」
……おいおい嘘だろ!?
「食ったのか!?全部食ったのか僕のブレックファスト!」
「そんなわけないじゃろ。秀人の野菜と食パンがテーブルに出されておったから食パンを食べただけじゃ」
「しっかりと半分食べられてるぅ!サラダしか残ってねぇ!」
「安心せよ。代わりに儂の野菜をくれてやったわ」
「それはお前が食べろよ!好き嫌いすんな!」
ああもう朝から散々だ!
僕は馬か何かなのか!?
「もういい!今だけは菜食主義者になってやる!」
「ちなみにマヨネーズは昨日儂が全部使ってもうないぞ。ドレッシングも生憎切らしておる。生で食べるんじゃな」
「ご忠告ありがとうございますぅ!」
僕は布団をクローゼットに投げ込み、コトハに礼を言うとリビングに向かって駆け出した。
登校中の電車内にて、僕は昨日のSNSの出来事を考えていた。
ゆらゆらと朝日の暖かみを感じながら思考回路を巡らせる。
……デートだってよ。
今まで色恋沙汰に縁がなかった僕がデートだってよ。
おかしい。絶対におかしい。
自慢かって?
いいや違う。
僕はわくわくを通り越してもはや怖いと思っている。夢オチの可能性を模索しているほどだ。
まず第一に、烏間に会って一日でデートを持ちかけられるなんて信じられるはずがない。
いや、出来るなら信じたいけどあまりにも非現実的だ。オタクに優しいギャルの存在くらいに非現実的だ。あり得ない。
僕はドキドキする心を押さえて、いつまでも飽きずに窓を眺めているコトハに見られないよう烏間との送信履歴をこっそり確認する。
……ん?
『デート』
『の場面の資料が欲しいんです』
『ほら一人でいくには無理があるところなんてあるじゃないですか』
『小説の参考になればいいかなと』
『秀人さん、見てます?』
『とりあえず詳しいことは明日にお話しします』
『ではお休みなさい』
……知ってた。
わかってはいた!わかってはいたけどもッ!
クソッ!なんか淡い期待抱いちゃったじゃん!心にポッカリ穴が空いたんだけど!?
僕はこのやり場のない怒りをどこにぶつければいいんだ!
目の前で電話をしているサラリーマンにさえも怒りを感じる。
恋もしてないのに失恋した気分だ。
傷心した僕は少しでも気をそらそうとコトハに話しかける。
「なあコトハ」
「む?どうしたのじゃ?」
「キレそう」
「早くも更年期か。老いは怖いの」
「違うし老いてねえし更年期は女がなるものだし」
「昨日の健康番組で最近は男もなるといっておったぞ」
「まじでか」
それは初耳だ。──ってそうじゃない。
そういう話をしたい訳じゃない。
もうちょっと楽しい話を。
「コトハ」
「お?」
「僕、土曜日に用事ができた」
「なんじゃいきなり。そんなことを言われても儂にはそれがどうしたという話でしかないのじゃが」
「買ってきてほしいものある?」
「ホールケーキ」
「無理」
やはり、思いやりという言葉が頭から欠落しているコトハ。
ホント可愛くねえなこいつ。
僕はコトハに癒しを求めるのを諦めた。
「秀人さん。昨日の話です」
「お、おう」
僕が心の傷が癒えてなくて机の前でやるせなさに満ち溢れていると、全ての元凶……というのはちょっと違うが原因の烏間が話を切り出してきた。
心のなかで『烏間は悪くない』と自己暗示をかける。
「あの後なかなか既読が着かなくて少し慌てたんですけど……見ました?」
「……ああ、資料集めね」
「そうです。デートの場面の」
せっかく単語を省いたのに付け足してきやがった。おのれ烏間。
僕が微妙な思いをしているとは微塵も思っていない烏間は話を続ける。
「内容はこうです。今回のメインの御剣が福引きで当てたペア映画のチケットをヒロインの桃子と見に行くという場面です。そのためにデパート街の映画館に行きたいんですよ」
「ほー。確かにあそこには映画館があったな」
「はい。まあその他にも色々とよりたいところがあるのでそこら辺も秀人さんに手伝って貰いたいんです」
「ん、いいよ」
予定もないので断る理由もない。
「あの……お金の方は大丈夫ですか?」
「まあね。僕って趣味とかないから結構お金が貯まってるんだよ。電車賃は親が出してくれるし」
「それはよかったです」
烏間はほっとした表情を見せる。
なお、それは皆様のお賽銭でございます。
よかったな参拝客。
お前らの賽銭のお陰で恋愛娯楽が増えるぞ。
神様に感謝するんだな。
「では土曜日の九時頃に駅で待ち合わせっていうのはどうでしょうか」
「オッケー」
もうそろそろ先生がきそうな頃合いなので阿吽の呼吸で話を切り上げる。
──ほらきた。
ガラガラという音と共に三島先生が教室に入場。
クラスのグループでもあるのだろうか、チラホラと見えた集団が呼応するかのように解散する。
ガヤガヤした教室内が静まり、回りを見渡して頷いた先生が教壇についた。
では朝の儀式、いきますか。
はい、きりーつ、きをつけー、れーい、おはよーございまーす、ちゃくせーき。
「はーい皆さんよくできました!」
先生の嬉しそうな声を聞いて、僕は聴覚を意識から手放す。
どうせ重要事項は無いからな。その気になれば鹿島に聞ける……いやダメだ。アイツも僕と同じ虚無になっている。
困ったら烏間に聞こう。
烏間は真面目だからきっと全ての概要を把握しているはず。
コトハは論外。
すると、朝の伝達をしていた三島先生から気になる言葉が。
「今日から部活動体験がありますね。今日が木曜日ですから木金、土日をはさんで月火の四日間あります。強制ですので皆さん今日のうちに決めておきましょう」
……マジすか。
頭のなかで、僕の家での予定が音を立てて崩れ去る。
サヨナラ今日の放課後。サヨナラ愛しの五時の電車。
死亡宣告が先生の口から告げられた。
そのまま先生の話は終わり、僕はその言葉を心のなかで反芻する。
「強制……マジか……」
僕がショックで顔を覆っていると斜め前の鹿島が顔をこちらに向けた。
「部活動か。まあ相浦──はこのクラスじゃまずいな。えっと……秀人にはきついものがあるな。お前、中学のときも部活はやってないしスポーツ好きって訳じゃないし」
「鹿島はやっぱバスケか」
「おうよ。俺にとってバスケは青春だ」
僕に話しかけてきた鹿島はニカッと笑う。
羨ましいほどの余裕だな。
「いいなーお前は。打ち込めるものがあって」
「じゃあ何でお前はやらないのさ」
「実家の手伝いがあるし」
僕がぶっきらぼうに顔を背けると鹿島は
「はーつまんね。青春しようぜ、青春。花の高校生活だぜ?謳歌しなきゃ損だろ」
「青春、ねえ」
鹿島の言う通り普通なら一念発起して苦手なことでも挑戦する場面かもしれない。
むしろそれが望ましい。
望ましいのは分かっているだが
「どうする?俺と一緒にバスケ部いってみるか?」
「……いやいいわ。コトハのことがあるし。アイツを野放しにはできない」
「コトハちゃんも一緒につれてきたら?」
「ダメだ。やらかす未来しか見えない」
「おい秀人。一体儂をなんだと思っておるのじゃ」
なんだ、聞いていたのか。
聞き耳をたてていたコトハは振り向き様に水平チョップをしてきたが──残念、距離が届かず空振る。
「ね?腕が致命的」
「誰がうまいこと言えっていった」
「だけどさ、ただでさえ陽キャ集団なバスケ部にコトハをいれてみろ。確実にいじめられる」
「……それはあるかもな」
「な!?儂はいじめられたりなぞせんぞ!そんなことをするつもりじゃったら全員一生異性と手を繋げん呪いをかけてやるわ!」
そう憤慨するコトハだが、意外とマジな話なのでやめさせる。
コトハを陽キャラ集団に入れるのは野獣の檻にウサギをいれるようなものだ。
「それなら文芸部なんてどうです?私、行こうと思ってたんですけど」
不意に話に入ってきたのは烏間だ。
烏間は小説家である立場上、文芸部にはいるのは自然と言える。
偏見かもしれないが。
「んー、それは悪くないかもな」
「でも調べたところによると毎日活動している訳じゃないそうで……」
「何曜日?」
「月曜日と水曜日だそうです」
「水曜日は期間と被ってないか。じゃあ月曜日は確定だな。僕もいくよ。コトハは?」
「別に構わんが」
「俺はパス。国語は苦手なんだ」
これで月曜日の予定は確定っと。
残りは木、金、火。
「あとはどうしようか。……うちの高校に弓道部ってあったか?」
「はい。確かあったと思いますよ」
「じゃあそれで確定」
「儂もそうする。言ってはあれじゃが特にいくあてがないからの。秀人に着いていけば問題ないじゃろ」
「俺もそうしよっかな。久しぶりのに見たいしな。ヒデト13」
また懐かしいものを……。それ知ってるのは明日香とお前ぐらいなものだぞ。
目を細めてじとっとした視線を鹿島に向けていると、一人の影が俺たちに近づいてきた。
「あら、そしたら今日はどうするのかしら?」
僕達四人の前にスッと入り込む女。
噂をすればなんとやらだ。
「明日香か。見れば分かるだろ? 放課後をどうしのぐかで話し合ってるんだよ」
「ふーん。で、決まったの?」
「決まってない」
それを聞いて愉快そうに微笑む明日香。
非常に嫌な流れである。
多分、僕がそう答えるのを見越していただろう明日香は悪魔のような笑みを浮かべて
「あらそう。ならいい話があるわ」
そう言うと、明日香はカッコつけて僕の机に手をつく。
僕は知っている。大抵、明日香がこのポーズをするときは僕を利用しようとしている時だ。いつだってそうだった。
僕は嫌な予感がしてゴクリと唾を飲む。
明日香が机を人差し指でなぞる。
……。
「────ま、間に合っ「今日の放課後、陸上部なんてどうかしら?」
拒否権なんてなかった。
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