第12話

 八時になった。烏間と約束していた時間だ。

 僕はスマホを手に取り自分の部屋にこもり、布団にて寝そべりながら烏間からの合図を待つ。


 コトハについては大丈夫だ。僕が与えたおやつカルパスを夢中で貪っている。

 少なくとも烏間とやりとりをしている間は僕の部屋に来ないはずだ。

 僕の計画に狂いはない。


 ──────ピコン


『今大丈夫ですか?』


 お、きたきた。もちろん烏間からだ。


 布団に寝転び返信をうつ。


『うん、いけるよ』

『すみません。わざわざ時間をとっていただいてありがとうございます』

『いいよ、暇だったから。んで、話って何?』

『はい。小説のことです』


 やっぱりか。そんな気はしてた。


『実は私、イマイチ男の人の思考というものがわからないんです。なので秀人さんから話を聞いて男のキャラクターの参考になればいいなと』


 なるほど。

 確かにそれは自分の考えだけじゃできないことだ。


『担当さんに手伝ってもらうっていう選択肢もあったんですけど、やはりここはキャラクターと年齢の近い秀人さんの方が適任だと思いまして。私が小説を書いていることを知っている数少ない人ですし』

『わかった。僕につとまるかわからないけど極力頑張ってみるよ』


 一応そう返信してはみるが、僕自身にそんなに恋愛小説でアドバイスできることは少ないと思う。

 縁結びの神社ならではの参拝者達が頼んでもないのに話すトンデモなれ初めシリーズなら腐るほどあるが。

 最悪、そこから抜粋しよう。


『ありがとうございます。……そういえば秀人さんって恋愛したことってあるんですか?』

『んー、無いね』


 恋愛という恋愛はしたことがない。

 小さい頃はちぃちゃんと結婚式ごっこをしていた僕だが、あれは断じて恋愛とかではない。


『そうですか。気になってる方とかは……』

『いないね』

『意外ですね。実家が縁結びの神社なのに』


 なんかその言い方腹立つな。

 縁結びの神社が実家のやつが恋愛経験ゼロで悪いか。

 それに──


『こっちも色々と恋愛に対するハードルが高いんだよ。例えばの話、縁結びの神社が実家の人間が失恋してたらどうよ?』

『そこの神社の効能を疑いますね』

『でしょ?だから僕は失恋なんてしたら神社の名前に傷をつけることになるんだよ。だからそんなにホイホイと軽い気持ちでコクることはできないんだ』


 周りはどんどくっついては離れるを繰り返しているのに僕たちはそれが許されない。皮肉な話だ。


 ちなみに、父さんと母さんも初恋から進展したらしい。うらやま。


『失敗は許されない、ですか』

『そゆこと』

『つまり狙った獲物は逃がさないという訳ですね。わかります』


 んんん?

 僕、そんなハンターみたいな思考はしてないよ?


『じゃあ次の質問です』

『お、おう』


 なんか烏間に勘違いされたまま話が進んだような気がする。

 気のせいだろうか。


『秀人さんは同年代の異性と手を繋いだことはあるんですか?』

『んーと、あるっちゃある』

『……ちなみにどんなシチュエーションですか?』

『そんな大したことじゃないよ。ただコトハが迷子にならないようにしただけ』

『詳しく』


 何故だろう。

 今僕の頭の中で烏間がゲンド○ポーズをしている姿がよぎったんだが。


『詳しくって……ほら、烏間と初めて出会った日だよ』

『ああ、あの日でしたか』

『そう。今日の自己紹介でコトハが田舎の出身だっていっただろ?コトハってかなり好奇心旺盛な性格してるからさ。なんにでも興味をもってフラフラっと迷子になるんだよ。迷子防止のために手を繋いだ』

『……なるほど、その手は盲点でした』

『何が!?』


 烏間から相づちとしてはなかなか不自然な返信帰ってきた。


 さっきの説明にあなたは何を見出だしたんですか!?

 恋愛感情なんてものは微塵もありませんよ!?


『新しいネタを有り難うございます』

『いやマジでネタって何!?教えて!?』

『購読してからのお楽しみです』


 嫌な予感しかしねぇ!

 篠崎がひどい目に遭う予感しかしねぇ!


『秀人さんってかなり大胆ですよね。私を助けてくれたこともそうですけど』

『別に恋愛感情なんてものは含んでいないけどな?改めて聞いて自分でも恥ずかしいと思ってるところだよ』

『逆に知らず知らずでやってしまうってことがすごいです』

『やめて!心の傷口がえぐれるから!』


 僕はあまりの羞恥に布団を被る。

 ああ僕のバカ。もっと客観的に考えればよかった。


『まあ小説書きの私として面白くて好きですよ。退屈しないじゃないですか。主にネタが』

『ネタってまさか僕の学校生活をネタにしようとしてる訳じゃないだろな?』

『流石にしませんよ。多分』


 僕の追及に烏間は曖昧な表現で返す。


『ねえ、明言しようよ。そこは』

『未来のことは確定できませんよ。でも私の数少ない協力者ですから色々と相談はするかも知れませんが』

『ちゃんとネタにするときは承諾はとってね……』

『勿論です』

『大丈夫だよね?信用するよ?』

『信用して損はないですよ。付き合いは信用から始まるのです』

『烏間ってなんか達観した思考してるよな』

『これは本からの受け売りですがね。少なくとも私は仕事に嘘はつきませんよ。これは明言できます』

『わかった。信用するよ』


 ちゃんと明言した烏間の文字を見て一安心。


『わかってもらえて何よりです。まあ秀人さんの周りにはそういう恋愛系の類いが多いイメージがあります。コトハさんの話を聞いた感じ、秀人さんには女子の友達が多そうなので恋愛感情を抱くのはそう遠い話じゃないと思いますよ』

『だといいんだけどねぇ』

『秀人さんはコトハさんにそういった感情は持たないんですか?曲がりなりにも一緒に暮らしている女の子ですよ?意識したりしないんですか?』

『それは無理だ。あいつに可愛さなんて言葉は一ミリもない』

『ええ……』


 僕は烏間の発言をすぐに否定した。

 甘いな烏間。あいつはそんな可愛いなんて言えるような性格をしていない。


 まず、コトハの頭には容赦と言う文字がない。

 夕食で僕はコトハから唐揚げを二個もかっさらわれた。

 補足説明をしておくと今日コトハは僕のおやつのどら焼きの半分を食らっている。

 その上でこの仕打ちだ。可愛いって言えるレベルじゃねえぞ。


 しかし、仕返しは遂行済み。

 コトハのデザートのプリンは僕の胃のなかで絶賛消化中である。ざまあみやがれ。


『秀人さんもなかなかに酷いことをしているような……』

『被害総額は僕の方が上だ』

『ねちっこいタイプの男の人は嫌われるらしいですよ』


 ふむ。そうなのか。

 ならばこの待遇をするのはコトハだけにしておこう。


『あんまりコトハさんにも意地悪しないようにしてくださいね。……ともかく、秀人さんは結構ドライな人なんですね』

『そうか?』

『はい。でも最後はなんやかんやで助けてくれるタイプのようです。篠崎ですね』

『僕って篠崎だったのかぁ……』


 なんかそれはそれでショックだ。

 恋めくりでは人気キャラだけど。


『でも、秀人さんは飾り気が無いのが篠崎との大きな違いです』

『飾り気の付け方ってなんなの?』

『決め台詞のようなものですね。使い古された技ですけど、星と好きな人を対比させるような感じですね』

『ああ、「君が僕にとっての一番星だよ。」とかか』

『そうそう。そんな感じです。試しに秀人さん、私を助けた時の理由をそんな感じのテンションで言って見てください』

『なんで?』

『もしかしたら小説のインスピレーションが浮かぶかもしれません』


 烏間から突然むちゃぶりをふられる。

 んー難しいな。どうしたらいいんだろうか。

 だって神社の沽券に関わる話だったし……。

 神社の沽券……神社……神……。


『君のお守りが君と僕を引き合わせてくれたからだよ☆』

『言わせている立場で申し訳ありませんが絶妙に気持ち悪いです』


 ああああああああああ!!

 僕は発狂しながら布団の上を転がり悶絶する。


 もうダメだ。しばらく立ち直れそうにない。

 自分でもひくほどに文章が気持ち悪い。


『秀人さんにはまだ早かった様ですね。やっぱり自分で考えます』

『う、うん……』


 やっぱり慣れないことはするもんじゃない。

 ありのままがいいんだ。


『あれ?もう10時ですね。もう遅いですしここら辺でお開きにしましょうか』

『そうだね……お開きにしよう……』

『いや、本当にすみません。絶対に他言無用にしますので気をやまないでください』

『頼むよ!絶対に!』

『は、はい』


 僕はその文章を見て安堵するとスマホを暗転させていつもよりも少し雑に充電器に差し込んだ。

 今日はなんかもう疲れた。情報量が多かった。

 枕に顔を埋めてそのまま意識を手放す体制にはいる。

 ──ピコン

 またスマホに明かりが点った。


『そういえば秀人さん、土曜日空いていますか?』


 んあ?土曜日?

 僕は首だけをカレンダーに向けて予定を確認する。

 ん、空白。


『空いてるよ』

『それはよかったです。実は付き合ってもらいたい事があるんです。お金を少々持って来ていただけると助かります。場所はあのデパート街です』

『わかったよ。んで、その付き合ってもらいたいことって何?』


 僕は何気ない調子で烏間に聞く。

 しばらくして、烏間から返答が帰ってきた。


『デート』


 このカタカナ三文字に僕の意識は速攻で吹っ飛ばされたのであった。

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