27話:「かわいい」ってなんだ?
「……ほぉー、言うね。かふりちゃん」
ケンカを売られたと直感的に理解したのか、隣に立つチナ様は挑発的な声を出す。
話が早くて助かる。
「だって私だけ言うのも不公平じゃないですかー」
「たしかにねぇ。じゃ、えーと……顔かな!」
「あざーす!」
:たしかに
:チナ様もかわいいよー
:かふりちゃん舎弟みたいでかわいい
:チナ様やさしい
:二人とも顔が良いよね
:声もいいんだが?
チナ様の発言で、コメントがにわかに沸き立つ。
視聴者の「かわいい」とはどういうところを見て言っているのか。
きっと、俺自身がかわいいと思っている部分じゃない。
チナ様の発言でちょっとだけ分かった。
大事なのは視聴者がかわいいと感じるキャラを出すことだ。
俺はかわいいものが好きで女装も好きだ。
でも、自分の女装をかわいいなんて思ったことはない。
それなのに、香椎さんは俺を、すわんをかわいいと言ってくれた。
俺が思うかわいいと、視聴者が感じるかわいいには差がある。
まずはその差を埋めないとダメだ。探れ。視聴者は何をかわいいと思う?
「え、じゃあコメント欄のみんなも顔なの?」
:はい
:顔も声も好きだよー
:声が好き!
:顔好き、かわいい
:かわいいー
顔、声、表情、動き……。中々納得のいく情報は出てこない。
当然だ。Vである以上、視聴者に見せられる部分は限られる。
その中で、香椎さんがかわいいと言ってくれた部分はいったいどこだ?
くそぉ……聞いておけば良かった……。
「ほらーやっぱみんなもかふりちゃんの顔じゃん!」
「顔か! ありがとうー!」
いや、きっと香椎さんに聞いても視聴者のコメントと同じで明確な答えが返ってくる可能性は低いだろう。
視聴者はおそらく頭で魅力を理解しているわけじゃない。
全体を見て何かをふわっと感じているだけだ。
なら、次のアプローチだ。
女装配信で得た経験を総動員しろ。
すわんの視聴者は俺にどういうことを求めていた?
かわいい服やコスプレ衣装を送ってそれを着てほしいって言うだろ。
男かどうか確認するため執拗に身体の部位を見せることを要求してくるだろ。
声もことあるごとに地声に戻そうとしてくるだろ。
セクハラばっかじゃねぇか。
いや、それはそれとして。冷静に考えろ……。
……男であることを求めている?
いや、おかしくないか。だってすわんをかわいいと思うんなら男性的な部分はそぎ落としたいと思うものじゃ……。
違う! 俺の常識で考えるな! 視聴者は視聴者だ!
「じゃあ、休憩前の話題はこれぐらいにしてー」
「ま、待ってください! チナ様のかわいいところ、私言い切れてないですよ!」
チナ様はかふりのかわいさを尋ねられたことで警戒しているはずだ。
次の話題に入られたら、もうこの話題に戻ってこれないだろう。
視聴者が感じるかわいさを理解するために、もうすこし時間が欲しい。
「私のこと好きすぎか?」
:私も聞きたいです!
:チナ様のかわいいところ俺も言えるよ
:かわいいところもっと言って
:聞きたいー
:かまわん、続けたまえ
:チナ様いいよね…
一瞬、チナ様は怪しんだが、コメントの流れを見て考えを変えたようだった。
彼女の柔らかい声でそれが分かった。
「いいよ言ってみて言ってみて」
「はい」
とりあえず、今思ってるチナ様のかわいいところを少しだけでも言おう。
「まず、髪がありえんぐらい綺麗ですよね。さらっさらのきらっきらで。お姫様かと思いましたもん。あと顔もわけわからんぐらい美しいです。睫毛ばっちばっちなの本当にクるっていうか……。チナ様の睫毛に刺されて死ねたら本望っていうか……。もちろん声もいいですよね。チナ様の声、あどけなさがあるようで、どこか小悪魔っぽいイタズラっぽい感じがめちゃくちゃ深みがあって、聞いてたら沼です。あと……」
「待って、待って。長い」
「え? まだ一割も……」
「私のこと好きすぎか?」
:草
:よく分かってるじゃん
:長文オタクかな?
:俺だってこれぐらい言える
:かふりちゃんはチナ様ファンなの?
:うける
えぇ……全然長いつもりなかったんだけど……。
視聴者の反応を見てうなだれる。やっぱり自分の常識と人の常識は違うんだ。
下から上へと流れる文字を見ていると、一つのコメントが目に入った。
モヤモヤしていた頭の中から、何かがストンと胸に落ちた。
:かふりちゃんこんなキャラだったのか、もっと好きになったわ
分かった。ギャップだ。
最初の印象と、その後に受けた印象が違うほど人は魅力を感じるんだ。
香椎さんも言ってたじゃないか。
かわいい子がいたと思って声を聞いたら男だと分かってファンになったって。
おそらく香椎さんはかふりの中の人が俺だと、男だと知っていたから、そのギャップでかふりがよりかわいく見えた。
つまり、今から視聴者に男だとばらせば……いやダメだろ!
ヤバイ考えを振り払うようにブンブンと頭を振る。
「どうしたのかふりちゃん」
「な、なんでもないですよ!」
あぶねー! 何考えてんだ俺!?
……ギャップが大事なのは分かった。じゃあそのギャップをどうつくる?
男だとばらすのは論外だ。でもそれに近いことをする必要がある。
男だけどかわいい。そのギャップがかわいさをより増幅しているのだとしたら。
考えるべきはかわいさとは真逆の物だ。
それは一体何だ?
「限界オタかな、かふりちゃんは。もー照れるからやめてって言ってんのにさぁ」
:親近感わくわ
:かふりちゃん実はVのオタなの?
:チナ様かわいい
:照れチナ様
:限界オタは草
:まだ聞きたいです
そうか! オタクっぽい語り。これだ!
さっきのコメントも俺がかふりのままで長文オタクみたいな語りを垂れ流したからそれにギャップを感じたんだ。
なら、やることは決まった。
視聴者に媚びるのではない。魅せろ。
女装配信でもわざとらしい演技や恥ずかしがっていると視聴者は乗り切れない。
流れをつくれ。視聴者を引き込め。そのためには……。
喉に手をやり、息を吸う。
「実際チナ様ほんとかわいいんですって、個々の要素だけでなく全体のバランスが」
「だから、やめ……」
ここだ!
「やめない!」
「な……!」
あえて、今より低い声をつくる!
といっても地声じゃない。『古賀』の声にする!
「衣装だってチナ様のどちゃかわご尊顔を引き立てつつも、デザインがヤバいぐらいオシャレで最初見たとき目が潰れるかと。それに話してて再認識したんですけど、オーラが圧倒的なんですよね、どんな話題でもチナ様らしさがあるっていうか。ありとあらゆる部分、気品が溢れてるっていうか。マジお嬢様。チナ様マジチナ様って感じで…………あ」
:おさえてかふりちゃん
:素の声こんなんなんだ
:魂が漏れてますよ
:お、おう
:ただのVオタクだこれ
よし! あとは……!
「今、私、声……」
「……うん、出てたね、素が」
チナ様の反応にあわせて、声をかふりのものに戻す。
ただし、音程は気持ち高め。態度は一転してしおらしい後輩モード。
「……ん、んっ……すみません、先輩」
一瞬の間。そして。
:かわいい
:かわいい
:かわいい
:かわいいです
:かわいー!
:かわいい!!
:かわいい
:かわいい!
:かわいい
:かわぃいぃ!
:かわ
:かわいい
:かわいい
:かわいいー!
コメント欄が一色に染まる。「かわいい」の大洪水。
奥歯を噛みしめ、机の下で拳を握る。
「うわぁ! かふりちゃんってば急にキャラに戻るな!」
「いやぁ熱くなってしまって……」
男バレができない以上、別の何かで補う必要があった。
そのための策が、熱い語りとかふりのキャラクターとのギャップだ。
だけど、それだけじゃインパクトが足りない。
もっと視聴者が直で感じられるものがほしかった。
だから、もう一つの策として声でギャップを作った。
声の違いというのは、誰でもすぐ直感的に理解できる。
つまり、それほど強く人の心を惹きつける。
俺はそれに賭けた。
:かふりちゃんかわいいね
:かわいい!
:かわいい
:かわいいー
:かわ
:かわいい!
:かわいい
:かわいい
:かわいー
:かわいい!
:かわいいー!
:かわいい
その結果がこのコメント欄だ。
今、視聴者はかふりだけを見ていた。
「……ほんとうにかふりちゃんは私のこと好きなんだねぇ。よく分かったよ」
チナ様の声はかすかに震えていた。
それが怒りなのか、動揺なのかは分からない。
だけどその声を聞いたとき、初めて彼女の素を感じたように思えた。
「次の話題行くよ、このままだと恥ずかしさで死ぬ」
「そ、そうですね」
それから配信終了まで二人で雑談を続けた。
「お疲れさまでしたー!」
スタッフから終了の合図が飛ぶ。
だけど、俺とチナ様は椅子から立ち上がらず、モニタを黙って眺めていた。
配信終了後に、視聴者が残してくれたコメントが休むことなく流れ続けていた。
:かふりちゃんの新しい魅力が知れて良かったです。チャンネル登録しました
:かふりちゃんかわいかった
:かふりちゃんかわいい
:かふかわ
:かふりちゃん好きになった
:もっと限界オタ語り聞きたかった
:かふりちゃんの次の配信いつですか?
:かふりちゃんかわ
流れるコメントの中、花が咲くように一つの赤スパがポンと表示された。
アカウント名は見なかった。
見なくても分かった。
:かふりちゃん最高にかわいかったよぉ!
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