25話:【祝登録者数五万人突破記念】柚須かふりと神崎チナの雑談配信【コラボ】
配信ブースは思ったよりもこぢんまりしていた。
学校の教室の半分ぐらいの広さで、手前半分に配信用機材が置かれ、奥が撮影用のスペースになっている。
撮影用スペースには白い長机と椅子があり、机の上にモニタとマイクが載っていた。
Vtuberというより、Youtuber向けの配信部屋に近いかもしれない。
部屋には既に技術スタッフ達が数人作業していて、部屋に入ってきた俺たちに気づくと手を止め、大声で挨拶してきた。
「お嬢ご苦労様です!!」
「ご苦労様です!!」
「よろしくお願いします!!」
「ん、ご苦労様。今日もよろしくね、みんな」
「「「はい!!」」」
「……よ、よろしくお願いしますー!」
勢いに置いていかれないよう、俺も挨拶を返す。
「「「よろしくお願いします!!」」」
チナ様への返事と同じ音量が返ってくる。……すごい。
「どうだ、教育が行き届いてるだろ、うちのファミリーは」
「はい……すごいです」
ふふん、と鼻を鳴らしてチナ様が配信ブースの席についた。
……なんか一気に機嫌良くなった気がする。
俺も続いて彼女の隣に座る。机上のモニタに何かが映っていた。
それを見て、思わずのけぞる。
モニタには、柚須かふりと神崎チナの二人が並んで表示されていた。
「ちゃんと準備できてるみたいだな」
「はいお嬢! いつでも大丈夫です!」
「あせんなあせんな、開始時間までもう少しある、リラックスしてろ」
「「「はい!!」」」
返事に全くリラックスの素振りがない。
でも、スタッフさん達の動きがどことなくゆっくりになった気がした。
「へぇー……」
感心の言葉が口をついて出てきた。……やっぱり、すごい。
このスタッフさん達は、彼女を怖がっているわけではない。
むしろ、チナ様の指示や言葉に喜んで従っているように見えた。
カリスマ。彼女の持つ最大の魅力。
俺がコラボ配信に出たいと思った理由だ。
「……なんだよ、クソ後輩」
「先輩は慕われてるんですね」
「はぁ? 当たり前だろ。私は神崎チナだぞ?」
「そうでしたね」
その神崎チナの隣に座って、俺はコラボ配信をする。
……えっ、今更だけどマジか? 夢とかじゃなく?
なんか手が震えてきたんだが。うぉぉ……!
「ビビってんじゃねぇよ、クソ後輩」
「あ、はい!?」
「私に任せてればいい、つったろ」
にやりと不敵な笑みで、チナ様が俺を見た。
イケメンがいる! 一瞬だけ胸が高鳴る。
たしかに彼女に任せていれば大丈夫な気がした。
全て彼女に頼って、隣で相づちをうつだけで登録者数十万人越え……!
なんておいしいんだろう。
だけど、それは……それだけはダメだ。
だって、それは本当にただのデク人形になるということだ。
いてもいなくても同じ。何ならいない方がいいまである役割。
そんなの、俺の配信者としてのプライドが許さない。
「お二人とも、それではあと二分で配信開始なので準備お願いします!」
スタッフさんの一人が俺たちに向けて声を張り上げる。
「あ、ちょっと待って下さい」
今は『古賀』の声であることを忘れていた。『かふり』の声に直さないと。
喉に指をあて、声帯をいじるように声の通り道を調整する。
「あ、あー……こんにちはー、んぅん……こんにちはー! ……よし」
さすがに二度目だから調整も早く終わった。……ん?
視線を感じて、横を見るとチナ様が目を見開いてこちらを見ていた。
「あの……先輩どうしました?」
「別に、なんでもねぇよ」
「はぁ……」
なんだろう。変な音程が漏れてしまったんだろうか。
地声は絶対に出てないはずだけど……。
「お二人とも準備は良いですか!」
「あ、は、はい! 大丈夫です」
「……問題ない」
「それじゃあ、配信開始します。三、二、…………!」
一拍、間が開き。
ついに、コラボ配信が始まった。
「みんなこんばんはー!! チナだよー!」
「こんばんはー! 柚須かふりです!」
カメラにむかってチナ様と笑顔を向ける。
モニタには笑顔の神崎チナと柚須かふりが映っていた。
:こんばんはー!!!!
:チナ様あああああああああああ!!
:ふたりともかわいいー!
:こんばんわ!
:チナ様ー!!
:かわいい!
かふりの初配信以上に勢いよく、コメントの濁流が流れていく。
「いやー、みんなもビックリしたかもしれないけどー、今回はなんと! 大型新人『柚須かふり』ちゃんとのコラボでーす!! はい拍手ー!!」
:かわいいいいいいいい!!
:88888888888888888
:パチパチパチパチ
:こんにちはー!
:配信見ました!
:よろしくー!
「よろしくお願いします!」
「よろしくー。いやーすごいね、かふりちゃん。だって社長から直々に表彰されてたもん」
「え、先輩! それは……」
言っていいのか!? それ!?
「えー、いいじゃん。私だって、ビックリしたし。しかもいきなりコラボ配信だもんね。いやー、ウチの社長ほんと鬼だわ。新人にやらせる仕事じゃないって。かふりちゃんもそう思うでしょ?」
「あ、いや、そんなこと」
「あ! 気を遣ってる! もぅー! 良い子だなー! じゃあ私が言ってやる! 社長! 私にもご褒美ちょーだーい!!」
:草
:辛辣!
:チナ様好き
:社長ー!
楽屋ネタ。チナ様、配信の頭から一気に掴みに来た。
楽屋ネタは視聴者との距離を一気に縮めることができる話題だ。だけど、その場の空気を少しでも読み間違えれば、白けさせてしまう諸刃の剣でもある。
この配信を見てるのは大半はチナ様のファンだからこそ、できるネタだと判断したのかも知れない。
だけど初っぱなからやるか、普通?
「そんなわけで今日はかふりちゃんとダラダラ話すからねー。途中休憩も入るけど、みんな最後までダラダラお付き合いよろしくー」
「よろしくお願いします!」
:よろしくー!
:こちらこそよろしく!
:頑張れー!
:かわいいー!
:よろしくお願いします!!
そうやって雑談配信は始まった。
流れていくコメントや思いついた話題はまったく止まらず、俺とチナ様はそれに対して声をかわしていく。
チナ様の溢れるようなトークの中で、俺は……。
全く口を挟むことが出来なかった。
出てくるのは「はい」だの「そうですね」だの「分かります」だの無味乾燥な言葉ばかり。完全にただの置物になり下がっていた。
何か面白いことを言おうと考えている間にチナ様が弾けるように笑い、その場の雰囲気をかっさらう。
気の利いた話題を出そうとしても、チナ様がひょいと拾ったコメントの話が視聴者を巻き込んで大盛り上がりする。
全く、レベルが違う。彼女が最初に簡単な配信と言った理由が良く分かった。
彼女は心の底から、この配信を楽しんでいる。
柚須かふりという新人をだしにして自分の世界に視聴者を巻き込んでいる。
スケール感で完全に負けていた。
このままだとマジで人形で終わってしまう……!
どうすれば、どうすればいい……!?
「ねぇ、ちょっと。かふりちゃん? 聞いてる?」
「え、あ、あぁ。すみま……」
横から声をかけられ、つられてそっちの方を向く。
あ、やべ……間違えた。カメラの方に顔を向けないと……。
そう考えたところで。
隣に座る可憐な少女と目が合った。
出しかけていた言葉が消え、息を呑む。
そういえば、配信中はずっとカメラに顔を向けていたから忘れていた。
俺の隣に今座っている神崎チナ。その中の人はアニメから出てきたみたいな金髪美少女なのだ。
初めて出会ったときに見た、綺麗な顔。
出会ってからはすぐに消えてしまい、荒々しい口調や引きつったような皺に覆われていた、無垢な表情。
それがすぐそばにあった。
ほとんど反射的に声が出た。
「うわー!? かわいいー!!??」
「え!? は!?」
「あ、すみません。でも、ちょ……え? 天使か……?」
「お、おま、何言って……!?」
:どうした?
:分かる
:草
:チナ様かわいい
:照れてる?
:かふりちゃんもかわいいよ?
「いや、本当に今更だけど、滅茶苦茶かわいいですね先輩……」
「はぁ!!? ぉ……かふりちゃんどうしたの!?」
「どうもしてないですよ先輩! 視聴者のみんなも先輩のかわいさをもっと知るべきだと思ったからこんなに叫んだだけです!」
「な、なな……! ……そ、そろそろ休憩だから、みんなまた後でねー!!」
:えー?
:チナ様のかわいいところもっと見たい
:チナ様かわ
:かふりちゃんどうした
:休憩開け楽しみにしてます!
――――
「十分休憩でーす!」
「言い訳があれば聞いてやる」
「すみませんでした」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます