24話:たった1人のファンの声
「……そっか」
気まずくはなかった。むしろ清々しい気分だった。
きっと、ファンの反応を面と向かって受け入れたのは初めてだったから。
女装配信者すわんのチャンネル登録者数は三十五万人。
配信すれば数百人以上は視聴者が集まり、コメントも賑わう。
Twitterやインスタに写真を投稿すればリプやいいねなどの反応は当たり前のように貰える。
けれど俺はオフ会とかの外に出るイベントには参加しなかった。
理由はいろいろあるけど、ひとえに言うと……やっぱり直に会うのは怖いからだ。
隠れて女装している以上、オフで会うことは警戒していた。
だから、自分のファンと対面して生の声を貰うのは昨日の香椎さんが初めてだった。屋上では勢いに押されて、しっかりと受け止めきれなかったけど、今やっと実感する。
「本当に、すわんのことが大好きなんだなぁ……」
「……はい」
もうどうにでもなれという感じで、香椎さんが呟いた。
俺はただ、好きに配信をしていただけだ。
色々試行錯誤して、人気も意識したけど、結局は自分のためだった。
でも、香椎さんはそんなすわんを好きでいてくれた。
誰かがずっと見てくれてる。応援してくれてる。
今日そのことを直に知った。心に染みた。
心臓の動きが速くて、胸が痛い。
流れる血で、身体中がぽかぽかと熱い。
「……で? 気は済んだの?」
「あぁ」
腹は決まった。
「やっぱり俺、出るよ」
「……さっきも言ったけど、バレないって根拠がないでしょうが」
「バレないって」
俺の答えにオカマは眉をひそめる。
一方、香椎さんは感情が限界なのかダンゴムシみたいに丸くなっていた。
そんな彼女を見ながら、俺は続けた。
「ファンが『バレない』って言ってる」
「……生意気」
「いででででで!!」
耳引っ張るのやめろ!
「勝手にすれば良いわ、アンタに何があっても私達は助けないわよ。……でも、ま、色々と状況が変わったから最低限の口裏は合わせておいてあげる」
それからオカマは倉庫の隅に転がっていく香椎さんを引っ張り上げ、俺と彼女に大まかな話を伝えた。
オカマが一通り話し終わった後、時間を確認すると、コラボ配信の開始時間が迫っていた。
「じゃあ、行ってくるけど……香椎さん達はどうする?」
「えと、タイミング見計らって出るよ」
「そうね、駐車場で待ってるわ。場所はさっき教えたとおりよ」
「……和白さん」
「何?」
「私は、チナ様よりかふりちゃんの方がずっとかわいいって思ってるから。だから、コラボは大丈夫だよ」
「……あ、ありがとう」
――――――
「よぉ、クソ後輩」
組長から説明された配信用ブースの扉まできたところで、声をかけられた。
チナ様こと、千早紗奈がそこにいた。たなびく金色の髪が圧倒的な存在感を放ち、目を引く。人に注目されるために生まれてきたような子だ。
「……神崎チナ……先輩」
「……先輩付けるの遅かった気がするが、許してやる」
チナ様はふてぶてしく腕を組み、俺を見上げる。
火がついたタバコを持っていたら実に似合いそうだ。持ってないけど。
「あの女は?」
「……どの女です?」
「とぼけんな、お前のツレだよ、オカマじゃねぇ方な」
「……先に帰りましたよ」
「そうか。お前らどういう関係なんだよ」
「……あの人たちが私を探しにきたからそのまま一緒に会合に来ただけです」
夕方に会ったヤクザは、チナ様のところの組員だとオカマが言っていた。
だから、その時の話と整合を取るため、俺とオカマ達は今日知り合ったということにしている。
「ふーん」
「ところでその……今日のコラボ配信って何をやるんですか」
「聞いてねぇのかよ」
聞こうとする前にオカマが逃げたからね!
「私とお前での雑談配信だよ」
あー! 一番難しいやつ!!
雑談配信はその名の通りただ雑談を流す配信だ。
指定されたお題にそって話したり、事前に投稿された視聴者からのコメントやその場で貰ったコメントを元にダラダラ話したりするのが基本となる。
ラジオ番組でパーソナリティがリスナーからの手紙を読み上げて、話すような感じに近い。
そして、シンプルだからこそ出演者の技量が最も問われるタイプの配信でもある。
すわんの女装配信でやったことは何度もあるけど、本当に難しい。
様々なコメントから丁度良い話題を盛り上げて、視聴者を退屈させないように場を持たせるというのはかなりのアドリブ力とトーク力が必要になる。
雑談配信と聞けば、ダラダラ話すだけに聞こえるが実際出演者は脳がフル稼働している。
「楽な配信だよ」
言い切った。この子、言い切ったよ!
「いいか、クソ後輩。言っておくことがある」
「え、はい」
「私の邪魔をするな」
「……はい?」
「このコラボ配信は、私にとって何のメリットもない、お前の売名のためだけのコラボだ。組長は、ビジネス的にいま波に乗っているお前を軌道に乗せたいと考えている。だから私を使ってお前をドンドン売り出すつもりだ」
……たしかに、サプライズだのご褒美だの言ってるが、あの組長の狙いはそれしかないだろう。
急な人気ほど衰えやすいものはない。降って湧いたような需要を繋ぎ止めるにはそれなりの方法が必要だ。今回、組長がとった方法はかふりとチナ様とのコラボ配信だ。既に実績のあるベテランと組ませることで新人をより広く宣伝する。テンプレ的な手法だが、効果は確実にある。
「クソ後輩、このコラボが成功する一番のコツは何だと思う?」
「それは……私と先輩が和気藹々、意気揚々。キャッキャッとうふふな感じでお話をして……」
「ぜんっぜんちげぇ。成功のコツはな、私が神崎チナらしくあることだよ」
「…………それはなぜですか」
「客はお前じゃなく、間違いなく私目当てで来る。視聴者の九割九分は私のファンだ。そんな中で、昨日デビューしたばかりのド新人が横から変な茶々でも入れてもみろよ。面倒な客が一斉に牙むくぞ。別にお前がどうなろうと私には関係ないけどな、組長の顔にドロを塗るのだけは絶対に許さねぇ」
燃えさかる赤い瞳が、俺をにらみつける。
酸素が足りなくなったみたいに俺は息を飲み込んだ。
「お前は何も気にせず、クラスにいる脳みそ空っぽなバカ女みたいに相づちうってりゃそれでいい。邪魔したらマジで殺す」
「……分かりました」
……悔しいが、彼女の言っていることは正しい。
肩を並べるなんて甘かったかもしれない。
楽しいからやりたいなんて論外だったかもしれない。
香椎さんが背中を押してくれた言葉だけが何とか今の俺を支えていた。
「昨日のお前の配信見たよ。面白い『猿まね』だった」
「……ありがとうございます」
「別に褒めてねぇよ。アレは私がいいと言ったときに指定したやつだけやれ。本物の前でやるには質が低すぎる。客は馬鹿だが、脳みそだけはあるからな、比較対象さえあれば違和感はすぐに気づく」
「……はい」
……見抜かれていた、稚拙さを。
肩を並べるなんてもんじゃない。胸を借りる以前の問題だった。
彼女が今言ったとおり、チナ様の前で道化になりきること。
それが、登録者五十万を突破するために必要なこと……なのか?
……あれ、そういえば。
「……先輩。一つ聞いていいですか」
「あ?」
「先輩は、『登録者五十万人達成のごほうび』に何をお願いしたんですか?」
「……そのうち教えてやるよ」
チナ様が配信ブースの扉を開ける。俺もそれに続いた。
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