23話:ピンチはチャンス


 なんとかホワイトボードの前までたどり着いた頃にはざわめきが大きくなっていた。無理もない。新人が組長に呼び出されているんだから。何をやらかしたのだと思うだろう。


 目の前に立つ組長は、落ち着いた様子でこちらを見ていた。なんとかその感情を読み取ろうとするが、全く分からない。うぅ……中年男性に真顔で見つめられるのって精神にくる……。


 横目で会場の様子を伺うと、みな周囲の人と囁きあったり、緊張したような面持ちでこちらを見たりしていた。

 

 ふと、最前列に注意が向く。妖精みたいな金髪の美少女が座っていた。チナ様だ。頬杖をつき、にやついている。今から起こることが楽しみで仕方が無いというような顔だ。


 よし……チナ様の態度からこれから起こる展開を予想してみよう。

 処刑。拷問。スプラッター。ダメだ! 血みどろの未来しか想像できない!

 俺の中でチナ様のイメージが暴力至上主義のヤンキーみたいになっている!


「柚須かふり」


「はひぃっ!」

 突然、名前を呼ばれ組長に向き直る。力を入れすぎて声が震えた。


「固くならないでいい、リラックスして」


 ヤクザの組長に呼び出されてる状況でリラックスなんてできるか!

 ……いや、そうか! ヤクザの組長だと思うからいけないんだ!

 目の前のこの人をもっと他の……親しみがあるキャラクターだと思えばいい!


 額に大きな傷……そう……これはなんかわに出てくるアザラシの子!

 脇役キャラだが、グッズも出てる人気キャラだ! 個別エピソードは駐車場で迷子になる回! ふふ、なんだ、かわいいじゃないか……。

 

「……本当にリラックスしたのは君が初めてだな」


「え!?」


 口が緩んでた!? まずい! 力を抜きすぎた!?


「柚須かふりさん」


 俺の肩に組長の手が置かれた。ひぃぃ!


「……おめでとう」


「はい……はい?」

 

 ……聞き間違いかな?


「チャンネル登録者数、五万人達成おめでとう」

 

「……ありがとうございます」 


 聞き間違いじゃなかった。


「一日で登録者五万達成は『くじごじ』最速記録だ。これからも期待している」


「きょ、恐縮です」


 そういえば色々あって、数時間ぐらいチャンネル登録者数を確認していなかった。最後に見たのは四万を超えてたから、確かに五万人達成してもおかしくない。


 組長がパチパチと拍手を始めると、それに答えるように会場全体が拍手の嵐となった。


「あ、ありがとうございます……!」


 その怒濤の勢いに拍手の方向にむかって頭を下げてしまう。良かった……。話ってコレだったのか……。

 

 拍手の嵐が止むまで、俺は頭を下げ続けた。頭上を通り過ぎる祝福の音は俺に向けられた物ではないみたいに、頭の上を通り過ぎた。


 そして通り雨のような音がパラパラとまばらになる頃、俺は頭を上げた。最初に、最前列に座っているチナ様が見えた。あからさまにつまらなそうな顔でゆっくりと手を叩いていた。スマブラで負けたときのリザルト画面みたい。


 ついでに一番奥に座っている香椎さんの様子も見えた。

「すわんちゃんが皆に評価されて私も鼻が高いよ……」みたいな顔で腕を組み頷いていた。古参ファンか? 古参ファンだったわ。


「さて、それでは期待の新人には私からプレゼントがある」


 いつの間にか、俺の前に出ていた組長が楽しそうに言った。

 え、これ以上何が……?


「この後、君にはここの配信用ブースで配信をやってもらう。慣れていない環境だろうが、ウチの技術スタッフがサポートするから安心してほしい」


「あ、あぁ……五万人突破した記念配信ですね」

 

 実際、登録者数が一万、五万、十万などの大台を突破すると視聴者に感謝の気持ちを込めて記念配信をすることは普通だ。しかも今回は一日で五万人の最速記録だからしない方がおかしい。


「そうだ。そして、チナ。来なさい」


 眠りかけたところを突然先生に指されたときみたいに、チナ様は机から跳ね起きると組長のところまでかけよった。


「は、はい!? なに……?」


「記念配信はチナとのコラボ配信として行う。頑張りなさい」


 え゛っ……!? 

 内心が声に出そうになるのを必死に押さえ込み、チナ様に笑顔を向ける。


「……よろしくお願いします、先輩」


「……こちらこそ、かふりさん」


 彼女も、俺と同じく即興で作った微笑みを輝かせていた。


 しかし、よく見ると眉間には微かな皺、唇は揺れ、両手の握りはぎっちりと固い。

 要するに、めちゃくちゃ嫌がっていた。


 ――――――


「私はずらかるわよ」


「「逃げんな!!」」


 会合が終わったあと、俺と香椎さんとオカマの三人はくじごじ事務所内の倉庫で作戦会議を行っていた。


 無関係を装って事務所から出て行こうとするオカマを香椎さんが廊下で押しとどめ、俺が後ろから近場の倉庫にたたき込んだ形だ。絶対に逃がしてたまるか。


「うるっさいわね、アンタこそなに愛想笑いしてんのよ! なんか理由つけて断りなさいよ!」


「そんな雰囲気じゃなかっただろうが!」


「チナとコラボ配信なんて順番飛びすぎよ! しかも同じブースでの配信でしょ!? アンタ、男だってバレたらどうすんのよ!」


「うっ……!」


 そう……一番の問題はそこなのだ。同じブースでのコラボ配信ということは隣にずっとチナ様がいることになる。


 女装した状態で長時間すぐそばに誰かがいるなんてこと、初めての体験だ。長くいればいるほどバレるリスクは高くなる。しかも技術のスタッフまでいるとなるといくら女装の自信がある俺でもどうなるか分からない。


「今からでも遅くないわ、体調不良でもなんでもいいから断りなさいさもないとアンタマジで――」


「待ってよオッサン」


 たたみかけるオカマの言葉を遮ったのは香椎さんだった。


「私は大丈夫だと思う」


「……確かに、バレても私達は大丈夫ね」


 その場合、俺は全然大丈夫じゃないんだけど!


「ううん。バレないってことだよ。考えてみてよ、長年の女装経験があるオッサンが分からなかったんだよ? いくら長時間一緒にいるといっても素人の千早さんやスタッフさんならまずバレないよ」


「……確かにそうかもしれないわね、でも……」


「オッサン、これはチャンスなんだよ。コラボってさ、お互いの登録者数を増やす効果があるんだよ」


 たじろぐオカマを香椎さんが説得し始める。


「しかもコラボ相手はトップVtuber、神崎チナ。たしかにリスクはあるけど、上手く切り抜けられれば、登録者は爆発的に増えると思う。五十万人とまではいかないけど、十万かそれ以上は全然行くはず」


「……アンタも同じ考え?」


 オカマの問いに頷いて答える。


 同じようなことは俺も思っていた。だから思わず受け入れてしまったのだ。

 超人気配信者との直接コラボ。それはあらゆる配信者にとって夢の出来事だ。

 人気にあやかって登録者数、視聴者数は増える。

 コラボしたという実績でネームバリューも上がる。

 そして、なにより……コラボは配信者自身が超楽しい!!

 

 チナ様には初対面のこともあって、正直すこし苦手意識がある。

 だけど、それ以上に配信者としてVのトップを走る彼女と肩を並べてみたいという気持ちはとても強く、抗えるものではなかった。

 

 香椎さんも同じ事を考えていたとは思わなかった。

 それに、まさか俺の勝手な気持ちを後押ししてくれるなんてもっと思わなかった。

 どうして、そんなに……。


「……やっぱりダメよ。バレたら終わりなのよ。きっととかじゃなくて、ちゃんとした根拠がないと許可できないわ」


 強い口調でオカマが言い切る。香椎さんは何か言いかえそうとして言葉を探すように俺の方を見た。視線が重なる。


 香椎さんはずっと俺の、いや、すわんの後押しをしてくれている。

 それはきっと彼女がすわんのファンだからなんだろうけど。

 なら、なんでそんなに彼女はすわんのことを好きになってくれたんだろう。

 

 俺はただ自分勝手に配信していただけなのに。

 ……ただ自分の欲望に身を任せていただけなのに。

 

「香椎さんはさ、いつからすわんのファンなの?」


「え!? な、なに急に和白さん!?」


「ちょっとアンタそんなこと後でいいでしょ」


「……今、大事なことだから聞いてる」


 気持ちを込めた言葉に何か感じるところがあったのか、オカマと香椎さんは口を閉じて俺を見る。

 

 そのうちオカマはそっぽを向き、香椎さんは目線を下に向けて話し始めた。


「……四年前の春から」

 

 えーと、俺が女装配信始めたのが中一の四月だから……。


「……最初から!? なんで!?」


「えっと、その頃私はさ……、ちょっと色々あって気分が落ち込んでて……ひたすらYoutubeばっか見てたんだよね……そしたら……すっごいかわいい子がいて……」


 話し続ける間、香椎さんの声は小さくなり、顔は真下に向いていった。

 ……あれ、ひょっとして俺すげぇ恥ずかしいこと聞いてるんじゃ?


「うわ……こんなにかわいい子いるんだって思ってビックリしたけど……それ以上にビックリしたのが、その子の声聞いたとき。マジ!? 男!? って……」


 うわ、マジのやつじゃん。たしかに最初の頃はまだ声を変えるのが下手だったから地声が少し出てたりしたんだよな。それがクソ恥ずかしくて訓練しまくったけど。


 それを知ってるということは本当に……最初からのファンなのだ。


「男の子でも……こんなにかわいくなれるんだって思ったけど……きっとこの子はすごい頑張ってるんだなって思って……それから気になり続けて……ずっと……ファンです……」


 最後の方の声は線香花火みたいに小さくか細いものだったけど、なぜかよく聞こえた。


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