20話:俺のファンサがエグすぎる
ポーズボタンを押したように香椎さんの動きが停止した。
一、二……。
雷が光って轟くまでを数えるみたいに、ゆっくりと時間が過ぎる。
「はぁ……ぁぁ……っ」
「うわぁ!? 香椎さん!?」
膝から崩れ落ちる香椎さんに駆け寄って、慌てて抱きかかえる。もちろん変なところは触らないように細心の注意を払ってだ。だってオカマがすごい目で見てるし!
「はぅっ!?」
抱きとめられた香椎さんは、あうあうと口をパクパクさせると両手で自分の顔を覆う。長い黒髪から飛び出た耳がイチゴみたいに真っ赤だ。
「む、むりぃ……。しゅわんちゃんきゃわいすぎるぅ……」
しゅわん……
俺はいま『すわん』じゃなくて『古賀』のつもりなんだけど。香椎さんから見ると俺の女装=すわんなんだろう。それぐらい『すわん』のことを見てくれているのか。
「まつげなっがぁ……かみさらさらしてるぅ……かおきれぇ……いいにおいするぅ……」
付け睫毛だし、髪はウィッグですよ香椎さん! 顔だってたっぷり小一時間メイクしたからこれくらいはね! 匂いは……特に何もしてないけど!?
というか香椎さん心の準備できてないとこんな感じになるの!? コラボカフェで会った時どんだけ頑張ってたんだ!? すごいな!
って、驚いてる場合じゃない。さっさと香椎さんを起こさないと。さっきから社交ダンスだかバレエだかで見たような体勢で支えてていい加減すげぇつら……くないし重くもない! 香椎さん軽いなぁ! りんご三個分ぐらい!
「……起こすよ、気をつけて」
姿勢を少し変え、香椎さんの背中に力を入れるように重心を彼女の頭の方に傾ける。そのせいで耳元で囁くような形になってしまった。
「ひゃいっ!?」
ビクッと香椎さんの身体が跳ね、バランスが崩れそうになる。あっぶね!
「ふぁぁぁぁ……」
風船がゆっくりとしぼんでいくように、香椎さんの力が抜けていく。
……うーん、なんともやりづらい。だからといって床に横たわらせたら、そのまま尊死しそうだし……。
……しかし、なんだろうな、アレだ。
可愛い女の子が俺の行動に敏感に反応するこの状況……。
――ゾクゾクしてきた。
「……香椎さん、危ないから手下ろして」
そのまま、今度はしっかりと耳元で囁いてみる。
「あ゛!! ぅぅ……は、はい……」
奇声を上げながらも香椎さんはおずおずと手を下げてくれる。
現れた顔は真っ赤に染まり、目をぎゅっと閉じていた。
うわぁ、かわいい。そしてゾクゾクが止まらねぇ。
なるほど。教室の時、香椎さんはこんな気持ちだったのか。これは確かに楽しい。どんどん続けたくなる。
心のままに、欲望のままに、わざと彼女の耳元で言葉を続ける。
「足に力入る?」
「ん゛っ゛!! む、むりですぅ……」
「じゃあ、抱き上げるしかないか……、そのまま力抜いてて……」
「ひぇぇ……」
やべぇ。自分にこんな面があったなんて新発見だ。かわいいものっていじめたくなっちゃうんだなぁ。
香椎さんの膝裏に手を差し込んでゆっくり抱きかかえる。お姫様抱っこである。りんごみたいに真っ赤な顔の香椎さんはとてもとても軽く、思わず腕がぷるぷる震えたりなんかしない。しないったらしない。
「ぅぁぁぁぁぁぁ……の……のうがとける……」
溶けちゃうか……。
俺も俺で、ゾクゾクとワクワクの大洪水が止まらない。脳の変なところから何かが出ていた。
「じゃあ……椅子のとこまで連れてくから、つかまってて」
「ん……んぅ……っっ」
目を閉じたまま香椎さんが俺の首に手を回してくる。目を閉じたまま震える彼女の顔が、ぐっと近づく。シャンプーのいい匂いがした。
う……。よ、よし次は……。
「いい加減にしなさいよ……」
そういえばオカマがいたんだった。
後頭部に何か硬い物がゴリゴリと押しつけられる。
新型のヘッドマッサージャーか何かか? いやコレ殺意こもってるわ。さっきちょっと好感度稼いだのに急転直下だわ。この温度差よ。百パー俺のせいだけど。
……いやぁ少し調子に乗ってしまった。でも慌てるな俺、さっきの被弾で痛みの
ん?
違和感を覚えて机の上を見る。あのエアガンが載っていた。
……え? じゃあいま絶賛ゴリゴリ中のコレは? よくよく思うと頭皮に感じる温度がひんやりと冷たいような……。
本物!?
「うおああああああああああああああああああああああ!!」
出てきた言葉の勢いとは裏腹に、そっと丁寧に香椎さんの身体をオカマに預けるとダッシュで壁際まで移動して壁に手を付く。アメリカ式命乞いのポーズ!
「ったく……油断も隙もないわ……、ちょっと綾、正気に戻りなさい」
「……はっ! あれ、オッサン……」
「よしよし、怖かったわねー」
「いい匂いが急にアラフォーの厚化粧臭に変わったからいったい何かと……」
「撃つわよアンタ」
――――――
「ここが……『くじごじ』の事務所」
九州最大の駅、博多駅。駅のすぐそばに並び立つオフィスビル街。その一角。
見上げると首が痛くなるような巨大なビルの前で、俺は一人待ちぼうけをくらっていた。
ビルの前で俺を降ろしたオカマは、少し離れた駐車場に車を駐めに行っている。香椎さんも降りると思っていたのだが、オカマが引き留めた。「アンタと二人きりだなんて何するか分かったもんじゃないわ」とのことだ。失礼な。全くもってその通りです。
ここに来るまでの車内で俺と香椎さんは一言も口をきかなかった。ってか、きけるわけがなかった。気まずさで死ぬかと思った。
助手席に座っていた彼女はビシッと背筋こそ伸ばしていたが、顔はずっと真っ赤で唇もぷるぷる震えていた。
壊れた蛇口を修理してもポタポタと水が滴るみたいに、一度崩れてしまったものはそう簡単には持ち直せなかったみたいで……。
本当に調子に乗りすぎました! マジで反省してます香椎さん……!
欲望に任せて自分がやったことを思い返す。香椎さんの背中に手を回し、どこぞのキザ男みたいに彼女の耳元で囁く俺。……ファンサがエグすぎる!
うあぁぁぁぁ! マジで何やってんだ俺!!
頭を抱えて記憶を振り払うみたいにブンブン振る。道行く人がこちらを見ていたが気にせず身体をねじる。ねじる。このままねじ切れてしまいたい。
違うんです違うんです! あれは『古賀』になりきってたからで……。……む?
見たことも会ったこともない『古賀』に全ての罪を押しつけようとしたところで、すぐそばに誰かが立っていることに気づいた。
お姫様みたいに綺麗な女の子だった。
腰まで伸びた金髪はふんわりと空気を含み、彼女の身体を包むように広がる。
日本人離れした赤い瞳はルビーみたいに輝いて、顔立ちもとても愛くるしい。
結婚式にお呼ばれされたみたいな優雅なドレスを、小柄だが膨らみが目立つ身体に纏う姿は、幼さと大人っぽさのギャップで頭がバグりそうなほどかわいかった。
そんな圧倒的な華やかオーラを放つ少女が、首をかしげて口を開く。
「頭大丈夫ですか?」
剛速球の罵倒だった。……あ、俺が頭抱えてたからか。
「だ、大丈夫! ごめんね驚かせちゃって」
「い、いえ! その……こっちこそすみませんお姉さん……」
お姉さん!? 誰!? 俺だわ!! 普段こういう女装しないから扱いが新鮮!
「知り合いに似てたからつい声をかけてしまって……」
照れたような顔をして、少女がはにかむ。うわ、かわいい。
え、美少女にナンパみたいなことを言われてしまった……。いいな……これ……役得……。大人のお姉さんってこういうことがあるものなんだろうか……。……いや、多分ないな。
「お姉さんも待ち合わせですか?」
「ま、まぁそんなとこです」
「ふふ、早く来ると良いですね」
微笑みながら少女はスマートフォンを手に提げていた鞄から取り出す。
その瞬間、彼女のスマホカバーに目が奪われた。
あ、あれは……。
『限定版なんかわスマホカバー』!!
『限定版なんかわスマートウォッチ』に準ずるほどの超絶お宝グッズ!! まさかこんなところで! やばい! 語りたい!
「……どうしました、お姉さん?」
「あ、あぁいやえーと……」
い、いや……流石に話しかけるのは……。しかも、こんなかわいい子に。
相手から話しかけてくるならともかく、自分から話しかけるのは完全に
地域の不審者情報にバッチリ載ってしまう。
……いやちょっと待てよ? 今の俺は『柚須かふり』こと『古賀』という立派な成人女性だ。かわいい女の子と話しててもなんら不審ではない。むしろ自然と言えるのでは? それにここから先、俺は『古賀』を完全に演じる必要があるわけで……。
ならちょっとぐらいはいいのでは?
「……そのスマホカバー、かわいいなぁって」
「…………あ……ありがとうございます……」
目を見開いて、少女は下を向く。消え入りそうな感謝の声は初雪みたいに儚く綺麗だった。
にやけとすら言えないようなねっとりとした笑みが俺の口元に広がる。
……かわいい。
あ、だめだ、不審者がいる。自分でやってて何だがすごいアレだ。あかんやつだ。どんなに言いつくろっても女装してる男が少女に声をかけてるんだもん。事案だわ。
「これは……友達が、プレゼントしてくれたやつなので」
「へ、へぇー友達が……」
これ以上続けるとまずい! ボロが出て通報される前にこの場を離れた方が――。
そう思って後ずさりしたところで
「お、お、お待たせぇー、いやー駐車場が中々見つからなくて――」
香椎さんがやってきた。なんとも間が悪い!
さっきといい香椎さんって間が悪いタイプの子だなぁ!
「え……」
愕然とした顔で香椎さんが立ち止まる。そりゃそうだ、女装の不審者が美少女にちょっかいをかけてる犯行現場だもん。畜生誰がこんなひでぇことを。俺だ。
「ちょっと待って話をきい……」
「…………チナ……ちゃん?」
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