16話:男装少女と幼馴染み

「……露子さん」


「え、なんで『さん』付け……?」


 何でだろうね。かしこまってしまうぐらい言い訳したい状況なんだろうね。

 落ち着いて状況を整理する。今、俺は香椎さんに壁ドンされている。そして、男装している彼女は素人目には男にしか見えない。つまり、はたから見たらイケメンの男子が俺に迫っている状況だ。

 

 よし、ヤバイ! 


「えーと、何してたの? つると……」


「こんにちはー、香椎って言います」


 香椎さんもまずいと思ったのか、俺から素早く離れて身を翻す。ほのかな残り香が鼻孔をくすぐった。


「こ、こんにちは……!」 

 

 一瞬、面食らったように露子が驚く。その視線はジロリと舐めるように疑いを持ったままだ。しかし、頬は赤く染まっていた。面食いがよぉ。


「ごめんごめん、ビックリさせちゃったよね。自分、和白さんとは友達で」

 

 そう言って香椎さんは俺と肩を組んでイェーイとピースをする。友達アピールなのだろうか。俺もぎこちなくそれに合わせて肩を組みピースする。……恥ずかしいなコレ! つーか、これはこれで誤解が深まる気がしますよ香椎さん!


「え? つるって私以外に友達いたんですか?」


 真顔で露子が言った。

 こいつ滅茶苦茶ひどいこと言ってない? 友達ぐらいいるよ? ネットに沢山。


 香椎さんは「あはは」と笑って露子の質問を躱し、話を続ける。


「ちょっと和白さんに用があってさ。この後、付き合って欲しいって言ってた所なんだ、ね?」


「そ、そうそう。香椎……くんとは最近知り合ってさぁ」


 香椎さんの作り話を横から援護する。……ところであの……今更気づいたんだけど、香椎さん、俺たちさっきより密着してませんか。


 触れあっている半身と肩にまわした腕から女の子らしい柔らかい感触が伝わる。自分の体がドンドン熱くなっていくのが分かった。このままだと違う意味でヤバイことに……! 


「付き合って……ほぅ……なるほど」


 探偵みたいに露子は顎に手を当てて俯く。付き合うってそういう意味じゃないぞ。

 うんうんとひとしきり頷くと露子は口を開いた。


「それで……どこに付き合うのか聞いてもいい……かな?」


 探るような視線が俺たちに向けられる。これは……返答を間違えると面倒なことになるタイプの質問! なんとかしてごまかさないと!


「えーとそれはだな……」


「自分の家だよ」

 

「香椎くんの家ですか!?」


 言い訳を考える間もなく香椎さんが答えた。動揺で肩を組んでいた腕に力が入り、指が何かに触れる。


「ひぅっ!」


 可愛らしい声が耳元で跳ねる。横を見ると口に手を当てた香椎さんと目が合った。顔が少しピンクに染まっている。思わず、唾を飲み込んだ。俺、今どこ触ったの?


「ん? いま……」


「ひぐっ! い、いやーさっきからしゃっくりがさぁ!」


 不審そうに首をひねった露子を見て、間髪入れずにごまかす。香椎さんが若干フリーズしていたおかげで今度は間に合った。


「へぇー……そう……」


 じとっとした目で露子が俺を見た。全く信用されていない眼差しだ。

 香椎さんがフリーズ状態から復帰したのを見計らって、露子が再び質問する。


「……ところで香椎くんは、つるとどこでお知り合いに?」


「それは……」


「ああー!! そういえば香椎くん、もう行かないと時間がないって言ってたよなぁー!!」


 香椎さんから離れ、言葉を慌てて遮る。コラボカフェの件は露子に知られるわけにはいかねぇ!! あと密着したままはもう俺がもたねぇ!!


「あ、あぁそうだったね、和白さん」


「そうなの? なら早く言ってくれれば良いのに、それじゃあお邪魔虫は退散しますねー」


 露子はそう言いながら、そそくさと帰りの支度を済ませる。お邪魔虫て。


「あ、つる、つる。ちょっと」


 露子が教室のドアに向かう直前、ちょいちょいと手招きしてきた。内緒話をするときの合図だ。俺は彼女に身を寄せ、耳を貸す。


「な、なんだよ……」


「……大丈夫、応援してるから!」


 完全に誤解されていた。明日顔合わせるの嫌だなぁ。


「香椎くん、じゃあねー」

 

 落ち込む俺を尻目に、露子は教室に残る香椎さんに向けて声を飛ばした。その言葉に合わせて視線を移す。

 

 香椎さんは、文字の書かれていない黒板をぼんやりと眺めていた。その手は、すぐそばにある机の天板を名残惜しそうになぞっている。彼女の横顔は夕日の影でセピア色に染まり、まるで何かを懐かしむような寂しい表情をしていた。


「うん、じゃあね"小森江こもりえ"さん」

 

「つるをよろしくねー」


 露子がパタパタと廊下に出て行く音が、教室に反響しやがて溶けていく。

 

 その音を聞きながら、俺はただ立ち尽くしていた。

 ウチの制服には名札なんて付いてない。それに昨日は露子のことなんて一言も話していない。なのに、彼女は露子の名字を知っていた。そもそも、彼女はどうやって俺の学校や教室を知った? あらためて背筋が凍る思いがした。


 からっとした態度の香椎さん。彼女の裏にある謎めいた顔にぞくりと身の毛がよだつ。

 

 だけど、それ以上に。

 心臓がぶち割れそうなほどの高鳴りが俺の心を支配していた。


 この子は、同じだ。


 無言で、彼女の横顔に見入る。


「……ど、どうしたの? 和白さん。じーっと見て」


 見られていることに気づいたのか、香椎さんが俺の方を向いて言った。


「……あ、いや、なんでも」


「そ、そっか……」


 彼女はそれだけ言うと黙り込んだ。……なんだかさっきと違って大人しい。露子が来るまでそれはそれはグイグイ来てたのに。


 ちょっと前までのこっちをからかってくる様子とはうってかわって、香椎さんは小動物みたいに忙しなく身体を動かし、視線をキョロキョロさせていた。


 それに、なんだか顔がうっすらと赤いような……、あ゛!

 

 そこで、自分がついさっきやらかしたことを思い出す。香椎さんの言葉に身体が反射的に動き、何かに触ってしまったこと。指先には柔らかい感触がまだ残っていた。


「……ごめんなさい」


「あ、いや……私も……ちょっと良くなかったかなって……」


 互いにぎこちなく言葉を交わすも変な空気は変わらなかった。

 クソ気まずい。死にたい。


「そ、そ、それじゃ、裏でオッサンが待ってるし行こうか」


「……う、うん」


 香椎さんの声に従って教室を出ようとしたところで、自分の鞄を机に置きっぱなしだったことに気づき、慌てて取りに行く。


 外を見ると日が落ちかけていた。ちょうど昨日の路地裏と同じぐらいの夕焼け具合だ。ふと、疑問が湧いた。話題を変えたいという下心もあり、その疑問を声に出す。


「そういえば……結局あの女の人はどうなったの」


 俺が昨日見た、車のトランクに詰め込まれる女の人。彼女の行方が気になった。


「それは……まだ、秘密」


「……まぁ誘拐してるんだから当然か」


「え?」


「え?」


「……あ、あぁ! ……ぶはっ! あはっ、あはははははははは!!!」


 数秒間、顔を見合わせたところで香椎さんは何かに気づいたように納得すると、大声で笑い始めた。


「な、なんか俺おかしいこと言った?」


「い、いやそんなことないけど……あー……くく……そっか、そうだよね……そりゃそうか……」


 笑いすぎて涙が出たのか、香椎さんは目元をぬぐってなおも笑いをこらえ続ける。

そんなにツボに入ったんだろうか。ギャグを言ったつもりはないのに相手が笑うのはなんだか気恥ずかしく、いたたまれない。しばらくして、ようやく体の震えが止まったあと彼女は言った。


「誘拐なんてしてないよ」

 


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