5話:限定商品の抽選
数分後。
「そうなんだよ! あの時のなんかわちゃんがめちゃかわでさぁ!」
「めっっっっっっっちゃ分かる!!」
俺と王子はすっかり意気投合し、互いにタメ口でなんかわ談義に花を咲かせていた。作品の好きな部分や大事にしているところがお互いに被っていれば被っているほどオタクはちょろくなり、心の距離がぐっと縮まる。今の俺たちはまさにそれだった。
いつしか俺は、王子のことをまるで昔からの親友のように感じていた。
数分前まで警戒していたのが嘘のようだ。我ながらちょろすぎる。
「それで――」
俺が次の話題に移ろうとしたところで、店員さんが料理を持ってきたので話を打ち切る。
「お待たせしました『なんかわのにっこりパンケーキ』でございます」
「うおぉぉぉ……」その美しさに思わずうなる。
「やばいね……」
このパンケーキは作品内でキャラが食べたパンケーキを再現したものである。
シロップで描かれた、なんかわちゃんの今にも泣き出しそうな表情に胸の奥がキュッと締め付けられる。
はぁ、かわいい。
「『なんかわすやすやオムライス』と『みんなのクリームソーダ』です」
「尊すぎでしょ……」
「それな……」王子の言葉に一言一句同意する。
卵を布団に見立ててなんかわが眠っている様子を表現したオムライスは、ご飯部分がキャラクターの形に盛り付けられておりキュートさが大爆発している。
きゃわ。
一方、クリームソーダについてはキャラが作品内で頼んだクリームソーダというつながりで、要するに何の変哲もないクリームソーダなのだが、アイスクリームにキャラポップが刺さっておりそれだけで満足感は充分だった。
きゃ。
語彙力がとろけていくのを感じながら俺と王子は何度もスマホのカメラを連写し、運ばれてきた料理を自分の目と機械の目で堪能する。
百枚ほど撮ったところで少し落ち着きを取り戻した王子が「り、料理が冷めるし、食べようか」と言ったので、俺たちはそれぞれの料理に手を付け始めた。
――――
「そういえば……名前聞いてなかったね」
王子がそう言いだしたのは、俺がオムライスを八割がた食べたときのことだった。
「……そうだね」俺は手にしていたスプーンをテーブルに置く。
「香椎です」
王子はそう名乗ると俺をじっと見た。そちらは?ということなのだろう。
「……和白……といいます」そう言って王子こと香椎さんから目をそらす。
香椎。やっぱり聞き覚えがない名字だ。先ほど棚上げにしていた問題が再び顔を出す。
目の前にいる香椎さん、ウチの制服を着ているこの人は、一体誰だ?
少なくともウチの生徒ではない。顔に見覚えがないだけじゃない、声もやっぱり聞き覚えがない。それに、いま下の名前を名乗らなかったのも違和感がある。やっぱりこいつは……。
でも、なんで……。
「和白さん」
香椎さんの声で我に返る。
「今日の抽選販売の整理券ってもらった?」
「え、あ、はい」
たどたどしく答えると、香椎さんはにこりと笑った。屈託のない、焼きたてのトーストみたいな笑顔だ。良い香りがふわりと漂ってきそうな錯覚すら覚える。
……まぁ、香椎さんに害意や敵意がないなら、どうでもいいことだ。趣味は人それぞれだし。もしかしたら色んな学校の制服を着るという趣味なのかもしれない。
それに俺がその高校の生徒であることは香椎さんも知らないだろう。なら黙っていた方がいいというものだ。
それに……もっと大事なことがある。
俺はゆっくりと息を吸い、香椎さんに話しかける。
「あのさ……」
「整理券って、普通の紙で貰えるんだね」
鞄から小さい折紙ぐらいのサイズの紙を取り出しながら香椎さんが言った。
「え、そうだね」
俺もその紙は店の入口で貰った。というかくじ引きみたいな感じで箱の中から引かされた。紙には抽選番号が小さく書かれてて、たしか俺が引いたのは三十四番だった。
「抽選っていつ始まるのかな」
香椎さんがパンケーキの最後の一切れをはふっと頬張りながら言った。
このコラボカフェの抽選販売は予約時間ごとに抽選が行われ、レジ付近に抽選結果が貼り出されるという方式だ。お客は貼り出された番号と自分の番号を見比べて当選しているかどうか確かめ、当選者はレジで自分の番号が書かれた整理券を出せば晴れて商品を購入できる。
確か、博多のヨドバシで大人気ゲーム機が似たような形式で売られていたのを見たことがある。あの時は二台のゲーム機の抽選に三桁の番号が当選していた。単純に考えて数%以下の確率だ。なんと恐ろしい。ソシャゲの最高レアを単発で引くのを願うようなものだ。
今回、カフェの予約時間ごとの定員は三十人。そして当選数は五個。つまり確率は六分の一。低確率だが大人気商品としてはかなりマシな方だと言える。
「多分、そろそろじゃないかな、店員さんも準備始めてるし」
俺は香椎さんの問いかけにそう答えた。実際、先ほどからレジの周辺で店員さんが掲示用のスタンドを立てたりしているのが視界に入っていた。
「あ、本当だ」
レジの方を振り返りながら香椎さんが言った。
「香椎さんは、当たったらどうする?」
「そりゃあ、すぐ持って帰って部屋のどこに置くかを考えまくって、ベストポジ見つけた後は小一時間ぐらい眺めるかな。あ、でもこの後、バイトあるからすぐは無理か」
「自分も似たようなことするかも」
「だよね!」
なお、ウチの高校はバイト禁止だ。黙っていてあげよう。
「……あ、あのさ、和白さん」
「はい?」
温かい目で見ていると、伏し目がちに香椎さんが言った。
なんだかもじもじしているようにも見える。
「クリームソーダのポップだけ撮りたいんだけど……貸してくれないかな?」
「あー分かる。……はい、どうぞ」
食べる前にあらかじめアイスクリームから抜いておいたポップを香椎さんに渡す。
「あ、ありがとう……」
受け取った香椎さんはポップをそのまま正面に掲げ、スマホのカメラを向ける。
黒いレンズが狙いを定めるかのようにこちらを向いていた。
俺もポップだけ撮っておこうかなぁ。あのポップ、なんかわだけじゃなくて友達もちゃんと載っててほんとにかわいいんだよなぁ……。
思わず、頬がゆるむ。
「ギャッ!」
シャッター音と共に香椎さんの短い悲鳴が響いた。分かる。叫びたくなるぐらいかわいいよな。
耳まで顔を真っ赤にし、口元を抑えて身悶えする香椎さんを見るとなんとも言えない親近感を覚えた。
「ぎゃわぃぃ……!」抑えられた口元からはそんな声が漏れていた。分かるわぁ。
「お客様、お待たせいたしましたー。それでは抽選結果を発表しまーす」
突如、店員さんの声がカフェに響く。
その途端、周囲の歓談がピタリと止み、店内の空気がしんと冷える。
ハンターが仕留めるべき獲物を見つけたときのような緊張感が店内を支配した。
「当選者はー」
店の奥から現れた店員さんが裏返しにした紙を持ってレジの近くの掲示用スタンドへと近づく。俺は思わず立ち上がり、店員さんが持つ紙を凝視する。先ほどまで食べていたパフェの甘味は口内から煙のように消え、誰かがごくりと唾を飲む音がはっきり聞こえた。
「この五名です」
紙がスタンドに貼られ、皆の視線が一斉にそれに向く。俺の番号は――!
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