猿の郵便局

十七時の郵便局は、人が人の形をありありと見せつけてくる。


閉局の時間が迫っている中で駆け込んでくるような客は、時間に追われていることが大概で、これ以上なく人間らしい。

前の客の荷物を預かって、片付けをしながら高尾は待っている客をちらりと見た。


呼び出し番号が表示される掲示板を凝視しながら貧乏ゆすりを続ける人、郵便物の内容を延々確認している人、腕時計を確認しながらひたすらに時間がないことをアピールしている人、様々である。


一人の客と視線が合って、その客が立ち上がりかけたところで高尾は視線をそらした。

ポケットから眼鏡拭きを取り出して、マスクで曇ったレンズを拭う。

そろそろ娘のお迎えに行かなければならないのに、今日も遅刻だ。


淡々と続く毎日の中、ただただ時間に余裕がない。


余裕のある生活というものに憧れているのに、みんな急ぐから、みんな急がなければならなくなる。

忙しい素振りだけが達者になって、せかせかと動きながらそれでも社会は緩慢だ。

報連相があったとしても、上は検討と却下とあれば、それも道理だろう。


次の番号を呼び出す前に、高尾はその場にしゃがんでペットボトルから水を飲んだ。

隠れないと水分補給もできないとは、世知辛いにもほどがある。


「ちょっと、今時間いいですか」


頭上から声がかかる。口調から焦りが漏れ出した、若い男の声だった。

いちゃもんを付けられるのではないかと思い、高尾は少し身構えた。


口の中に入っている水分を飲み込んでから、高尾は曖昧な返事をする。

男は安心したような態度をして、カウンターに肘を突いた。


「これ、明日までに送れますか」


立ち上がった高尾の前に、A4サイズが入る程度の封筒が置かれる。

中身は相応に入っているようで、カウンターに置かれた書類は重々しい音を立てた。


後ろの客がその様子を見て、少しいきり立つ。

しかし場所を弁えているのか、それとも騒いでも詮ないと判断したのか、その場に留まったままである。


「一度整理番号を取っていただいて、それからもう一度お話をお聞きしたいのですが……」

「急いでいるんです、とにかく明日までに送らなきゃいけなくて」


差出人の表記を見る。

佐々木理樹、と粗雑に書かれた文字からも、この客の焦り具合が伺える。

封筒のとじしろから糊が漏れ出していて、これをそのまま集荷してしまえば問題が発生するだろう。

高尾はなんと言おうか迷ってから、手を横に振った。


「お願いします、速達でもいいので」

「いえ、料金とかの問題ではなく、集荷のほうが済んでしまったんです。なので、今預かっても明後日以降の到着になってしまうと思います。あと、整理番号を取っていただかないことには手続きもしかねます」

「それじゃあまだ集荷が済んでいない郵便局はここら辺にないんですか」


後ろの客がこちらに近づいて来る。

面倒ごとはごめんだった。

高尾はなだめるような態度をして、背後の客に視線を送る。

佐々木理樹に詰め寄られている中で、本当に怒りたいのは高尾の方だった。


呼び出し番号を待っている客はまだ十人程いる。

閉局の時間はとうに過ぎているし、高尾としてもできるだけ早く全員に帰って欲しかった。

観念して、口を開く。


「駅中の郵便局なら集荷まで時間があるかもしれません、今から向かっても間に合うかは分かりませんし、集荷されたところで届くかも分かりませんが、可能性があるとしたらそこでしょう」

「そうですか、ありがとうございます!」


今日一の感謝を受けて、高尾は少なからずたじろぐ。

不良がいいことをしたら印象に残るとか、悪役が主人公の味方になったら最高だ、とか、そういう類いの感覚だった。


近づいてきたサラリーマンが佐々木理樹の隣、カウンターに手を突いて高尾を見てくる。

どういうことだよ、というその目付きは本来なら高尾にも権利があったはずだった。


高尾は怒っているサラリーマンに気付くことなく走って局を後にする。

喉が渇いていた。

疲れがまぶたに重くのしかかってきて、目眩がする。

水を飲みたかったが、眼前のサラリーマンの様子を見て、今小休憩をするのはあまりにも愚策に思えた。


呼び出し番号の掲示板を見る。

このサラリーマンは五八番。

しかし次の呼び出し番号は五一番である。

先の佐々木理樹を見て、高尾はこのサラリーマンを説得できる気がしなかった。


五一番の呼び出し番号を押す。

せかせかと女性が歩いてきて、カウンター前のサラリーマンと目が合った。

威嚇をするような視線を交わしてから、両者高尾の方を見る。


頭がきりりと痛んだ。今日はもう、帰って寝てしまいたかった。

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