(俺俺俺)=こいつ

トラックから下りて、ドアを開ける。

荷台に詰まっていた冷気が外に流れ出てきて、理樹は小さく息を吸った。


徐々に強くなる日差しの下で、日に当たらない空気は貴重だ。

手前から、順々に荷物を地面に下ろす。



引っ越し業者のバイトは割りがいい。

一日を潰して、元気な日中にまとまった金が稼げるのは魅力的だ。

大学進学を機に仙台に越してきて、生活費をまかなうためにはある程度の収入が必要だった。

求人サイトで時給を設定して、理樹でもできそうな仕事で絞り込んでみて出てきたのが、この仕事だった。


入ってみて幸運だったのは、給与が時給から計算されるわけではなく、日給であったことである。

さっさと仕事を終わらせてしまえば、高単価で時間を切り売りできる。

俄然やる気が出てくるのも、道理だった。


引っ越し専用の箱を、トラックのそばに待っている作業員に渡す。

順繰りに運び込まれていく荷物は、大小さまざまであるが、大抵はしっかりとした重量があり、持ち上げるだけで腰が痛くなる。

それでも、理樹はトレーニングの機会と割り切って運び出しを続ける。


佐藤、菊池さん、田中さん、と次々に来る作業員に荷物を渡す。その次に待っていたのは、佐々木春香だった。


理樹は一旦姿勢を直して、伸びをする。

そうだ、今日は春香と同じシフトなのだった。

面倒くさいという感情が顔に出ないように、理樹は首からかけてあるタオルで顔を拭った。


理樹は荷物をどかして、奥の方にある軽いダンボールを引き出してくる。

トラックの荷台は奥に行くほど涼しくなり、汗が引く。

汗が引いてしまえば理樹のこの感情をごまかす術がなくなってしまう。


「七瀬さん、もっと重いものでも大丈夫ですよ。今日は元気なので運べます」


佐々木春香の要請を、理樹は無視した。


女性として生まれた以上、佐々木春香が他の作業員に比べ力がないことは理解できるが、それならばそれに適したちょうどいい仕事をして欲しかった。

貢献したいという気持ちは買うが、重い荷物をえっちらおっちら、だらだらと運搬して、作業を遅延させるのは他ならないこいつだった。


そして、理樹が軽い荷物を運び出すために重い荷物をよける作業も、やっぱり無駄だった。

雑貨が入っていると思われる軽い荷物を持ちあげて、ため息を吐いた。


「佐々木さんはこれをお願いします、二階の一番南の部屋まで持って行ってくれればいいんで、他のみなさんの邪魔だけはしないように気を付けて行ってきてください」


不愛想に、理樹は荷物を佐々木春香に寄越した。

理樹が簡単に持ち上げた荷物を、佐々木春香は大儀そうに運び出す。

死にかけの働きアリが思い起こされて、理樹は少し笑ってしまった。


食器棚を運び込んで戻って来た菊池さんが佐々木春香に声をかける。

楽しそうに談笑する双方の額には汗が浮かんできて、まるで同じ仕事をこなしている同僚に見えて理樹は気分が悪くなった。


以前菊池さんに愚痴を言ったところ、「華があって良いじゃないか」と言ったことを、理樹は忘れていない。

仕事場に華が必要不可欠な理由を理樹は知らないし、そんなに必要ならばさっさと帰ってパソコンでも弄ればいい。


菊池さんが、佐々木春香に「手伝おうか?」というようなジェスチャーをしているのを見た。

佐々木春香はそれを断ろうとして片手を話し、危うく荷物を落としかけた。

冗談みたいに笑いあう二人が照る太陽に霞んで見えにくくなる。


「佐々木さん、すぐ行ってきてください。それに、その雑貨の中に割れものあるかもしれないんで落とさないように」

「すみません、今行きます!」


菊池さんと会釈をして、佐々木春香は家の中に消える。


「理樹君はずいぶんとピリ付いているね、あんまりツンツンするのも考えものだよ」

「俺はさっさと帰りたいんです。まだ片付けていない課題もあるし、やりたいこともこの荷物よりてんこ盛りですから、あんまり遅い人間には苛立ちますね」

「佐々木君の分は私が頑張るからさ、同じくらいの年頃なんだし仲良くしてあげてね」


理樹は曖昧に返事をして、本が詰まっている箱を菊池さんに渡した。

理樹より三回りくらい年上の菊池さんは、重い荷物を苦もなく運ぶ。

体力が落ちている彼でもそうなのだから、やはり佐々木春香の態度は怠慢に思えてしまう。


求人サイトを思い出した。

理樹が稼ぐ時給の、その三倍以上の金額が並んでいる。


その場所に行ったことはないが、菊池さんから稀に話を聞く。

目線の気持ち悪い客の話を聞いて、酒を飲んで、時給が四千円。

これ以上ない魅力的な話だった。

友人から相当にきついという話を聞いてはいたが、それでも「選択肢がある」という状況がどうにも羨ましくてならない。


佐々木春香を思い起こす。

また、ため息が出てきた。


恵まれている、とどうしても思ってしまう。

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