光り輝く黄金のお辞儀
個人情報を惜しげもなく公開して、人が並んでいる。
佑は駅中のスーパーでレジ打ちをしながら、また会員証を受け取った。
研修では、氏名の欄をあまり見てはいけませんなどと口酸っぱく言い含められていたものだが、注視しなくても何度も見る名前は記憶してしまうものである。
それも、同じ曜日の同じ時間帯にシフトを入れてしまえば、常連はいくらでも見る。
結局のところ必要なのは、知らないふりと無視と無責任というわけだ。
常連の男性客を流して、伏し目で次の客の会員証を受け取ってから、佑は軽くしかめ面をしてしまった。
小林立夏。神経質で面倒な客である。
袋の詰め込みが思い通りのレイアウトにならないと、露骨に不機嫌になる潔癖さが、苦手だった。
立夏は、佑を見るなり例の不機嫌な顔をした。
それは佑にとって予想通りで、予想通り過ぎてかえって面倒だった。
「最近の子って不思議なのね、髪の毛を金色にしてなにが楽しいのか、私には疑問だわ」
「さぁ、最近の人々は気難しいですからね、特に自分が受け入れられないことに関してはことさら拒絶しますし、まぁ、それは案外みんなそうか」
買い物かごから商品を取り出して、順番に会計処理をする。
ワインは先に通して、個包装のツマミはあとに。ペットボトルは立てるように入れ込む。
かごの奥にパンを見つけて、佑は少し苛立ってそれを買い物袋の一番上に添えた。
「察することも苦手になってきている気がしますね、意図があることなのかないことなのか、別に言わなくても分かることはあるでしょうに」
パンは下の方にしたら潰れるだろうが。そう思いながら、強情になる佑がいた。
別段意固地になる理由はないのだが、単純に気に食わない。
青色を示すトイレの個室を開いて、その中に用を足しているおじさんを見たような落ち着かなさと苛立ちだ。
「やっぱり元気すぎるのも考え物よね、金髪なんて、見ている方は落ち着かないでしょう、人に不快感を押し付けてしまう格好をしながら、それを改められなんて、寂しい話ね」
「確かに結構珍しいとは思いますけど、就業規則には反していないし、というかここは個包装しか扱っていないスーパーだし、異物混入とか起こりようがないんで、誰か一人の意見に従ってみんな変えなきゃいけないなんて理屈はないですよね」
「屁理屈ばかり達者になって……」
「それに老人の白髪染めとなにが変わんないんでしょうね、メイクだって同じでしょ、あまり受け入れられるものじゃなくても、ルールに反してなきゃいいんじゃないんですかね」
立夏はため息を吐いた。
聞かせるようなそれは、佑の心を逆なでする。
売り言葉に買い言葉であるが、この言い争いは今に始まったことじゃない。
発端を探せば、立夏が袋の詰め方に言いがかりをつけてきたことに遡る。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うが、立夏の「不快感」という論法が正しいならば、この女の生き方話し方に「不快感」を覚えている自分の口だって正当化されてしかるべきだ。
「公共の場っていう理解が欠落しているみたいね、今受け入れられているからって、ずっと受け入れてもらえるわけではないってことは分かるでしょ? こういう反応をされるって分かっているなら、いい機会じゃない?」
「確かに、相手に不快感を与えると分かっている以上、それは改めるべきでしょうね」
佑はたっぷりの皮肉をパンの上に置いてから、袋を立夏に渡した。
立夏は憤懣やるせないと言った調子で、それを受け取る。
遠くで店長がはらはらしているのを、佑は視界の端で見て取った。
ただ、怖がって就業規則の数行も変えることができない人間は、そこで見ているだけだ。
「あとでクレームでも入れようかしら」
「それは名案ですね、自分の不快感を強要するのも、社会人のやり方ですか」
立夏の表情がパリッ、と割れたのを見た。
しかし、そうしても立夏は怒らないだろうという公算が、佑にはあった。
この人間は、そういう人間だ。同族嫌悪をするがゆえに、佑を指摘することが自分に返ってくることを理解している。
それは、社会からのしっぺ返しというよりは、自分の中で起こってしまう葛藤だ。賢いからこそ動けない。
立夏はこちらにせり出すように近付いた。人間に備わっている、根源的な動物の威嚇方法だった。
それを見て、佑は本能的に緊張するとともに、うまくいきすぎてしまったことによる興奮を味わっていた。
「レジ打ちの前に人間マナーね、鏡でも新調したらどう?」
「検討します」
立夏が袋を持って、レジを離れる。
バッグの中からガサ、と音がして、パンが斜めに飛び出しかけた。
立夏はそれを片手で押さえて、佑の方を見る。
「ありがとうございました!」
佑はそう言って、勢いよくお辞儀をした。
そのまま片手で金色の頭髪をつかんで、大きく引く。途端、佑の禿頭が露になる。
立夏のぎょっとした顔が目に入って、伏し目のまま佑はニヤッと笑った。
病気と思ったかもしれない。あるいは僧侶とでも思ったか。
しかし立夏は聞けないだろう。消化できない感情を抱えて、日常に戻ればいい。
視界の端で店長が、自分の頭を触って少しほっとしたような仕草を見せる。
レジに並んでいる客が小さく噴き出して、店長は恥ずかしそうにバックヤードへ帰っていった。
佑は器用に金髪を戻すと、次の会員証を受け取る。
鼻を明かせて満足である。佑は確かにそう思った。
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