#14 初キスの味は......


悠真さんに撫でられ、膝枕が終わった後は「さっきのお返しってことで」って抱きしめられ、心臓が持ちそうになかったけど……。

し、しかも……名前呼びまで……恥ずかしい……っ!

とにかく、ショートケーキよりも甘い時間を過ごした私は、ある話を切り出すことにしました。


そう、“一番気になっていた事”を。


「……その、悠真さん……?」

「な、なに……?」


あぁ……少し気まずいです……。

あれだけ甘やかされた後、お互いすごく恥ずかしくて……。


その状況でこれを聞くのは、ちょっと勇気がいること。

でも、どうしても知りたい。


「悠真さんが……人間不信になったのは……」

「あぁ、それ?前にも言ったけど、噓告白の連続」

「でも、あなたのような人なら……軽くあしらえるのではないですか?」

「……」

悠真さんが、少し言葉に詰まる。

「……何が……言いたいの?」




「噓告白の連続くらいなら……きっと、慣れてくればあしらって終わり……。悠真さんなら、それができるはずです。なのに……なぜ、人間不信にまで?」

深呼吸の音。一回。





「……聞いても、驚かない?」


私には、悠真さんの目が……少しだけ、悲しげに映った。



「……驚きません。約束します」


「うん。……じゃあ、話すね」

私は、悠真さんを見つめる。

深呼吸。二回目。

それだけ……辛いものなのだろうか。




「中三ぐらいまで、噓告白受けまくったわけ。合計6回?」

「多いですね……」

「多いでしょ。ほかの人と比べ物になんないくらいターゲットにされてたよ」

そんなことを考える人たちの心が知れない。

……それを引き受けてしまった私が言うことではないんだけど。


「それで……5回目までは、ちゃんとあしらえてた。告白される前に逃げたこともあるし、告白された瞬間振ったこともあったね」

「なかなか残酷ですね」

「あれぐらいしてやるのがちょうどいいんだよ」

……あれ?5回目まで……?


「気づいたでしょ?“5回目まで”なんだ」

私の疑問を見透かすかのように、悠真さんはそう告げる。


「で、では……6回目……何かあったんですか?」

「……まぁね」

一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、悠真さんがすごく悲しい顔をした。

それだけ、辛かったんだと思う。

抱きしめてあげたい。でも今は……まだ、ダメ。

きっと話しているときに……本当につらい時が来る。

私はそう感じたから。


「……実はさ。僕には昔、好きな人がいた」

「そうなんですね……ってえぇ!?」

「ここは別に驚いていいよ。当然の反応だし」

あっ……気づいたら驚いてた……

「今はいないんですか……?」


悠真さんが、少しだけ言葉を濁す。


「さぁ?どうだろうね……」

「教えてくれないんですね」

「僕にも秘密だってある。誰にも言いたくないような秘密は」

「そういうものでしょうか」

少し不服そうに私が言うと、

「そういうものだよ」

と悠真さんは返した。


「話を戻すけど、僕は好きな人がいたんだ。陰キャの僕はクラスでの扱いがひどくてさ……でも、あの人は……すごく優しかった」

懐かしそうに話す彼に、私は少し嫉妬をした。


「好きだったんですね。本当に、その人の事」

「まぁ、うん……そうだね」

しかし、彼は一転し悲しい表情を浮かべた。

「だから……裏切られた時って、辛いんだよ」

「……まさか」

「お察しの通りだよ。僕は、その人に……噓告白、されたんだ」

彼の声色が悲しくて。それでもあって、儚い。


恋をすると、人はこういう風になるのかな。


私も……こういう風に、なっているのかな。


「そりゃあ……僕だって、噓告白だって気づいてた。でもね」

そこで、悠真さんは言葉を飲み込んだ。

「でも……?」



「人間ってのはさ。それでも、“信じたい”って思いに勝てないんだよ」


「信じたい……」


「好きな人が、本当に僕の事が好きなのかもしれない。そういう思い。そういう思いにすがってOKした一週間は……辛かったな」

自身を嘲笑するかのように、悠真さんは笑った。


「最後はほんとに最悪だよ。付き合って一週間後に……クラスで僕に酷い扱いをする奴らの前で振られた。根も葉もないうわさも流された。……でも、それは信じた僕のせいなんだよ」


「悠真さんのせいでは……」


「僕のせいだ。彼女を好きになった僕のせい。一瞬、不登校にでもなろうかと思ったよ。でも」

悠真さんは、懐かしむような表情になった。

だけど……どことなく、陰りのある表情。

「颯太がいてくれた。だから……僕は今、“友達”っていう居場所がある」

「……そう、なんですね」

「所詮、あの人にとって僕は大した人間じゃなかったんだ。僕は……ただの陰キャだから」

「……」

どんな言葉をかければいいかわからなかった。

どんな慰めも、励ましも……彼には、届かない気がして。

でも、彼は……ただただ、優しい人なんだ、と話の中で分かった。

相手を……恨まない。全て“自分のせい”にして。

そんな彼の見せる横顔が、ただ愛しくて……儚くて……綺麗で。


彼に……“私の想いを届けたい”と思った。

私が、人生で初めて感じた嫉妬。

"私だけを見てほしい”っていう思いが。

どうしても抑えられない。

彼に触れたい。彼の心を暖めてあげたい。

そんな想いが、私の中を駆け巡ってきて。







……ごめんなさい、悠真さん。

私、もう……我慢できないよ。

悠真さんのはじめて……奪っちゃうね。






私は悠真さんに顔を近づける。

「……ん?」

突然顔を近づけてきた私に、悠真さんがきょとんとしている。

私は悠真さんの頭に手をまわし、より顔を近づけ……。

















チュッ















口づけを交わす少しの時間……すべてが止まったように思えた。

「ぷはっ……」

「……っは……?」

悠真さんの顔が、今日一番真っ赤になっている。

私の顔も、きっと……そんな感じなんだと思う。



「っあ…………」

「ふふ……驚きましたか?」

「な……なにが……っ」


驚き、困惑する様子の悠真さんを、そっと抱きしめる。

そして、彼の耳元ではにかむように囁く。







「初キスの味……どうでしたか……?」







しばらくの沈黙。

そして、彼は答えた。

私の耳元に、静かで低く、それでもすごく安心できる声で。









「そうだね……甘酸っぱかったよ」

そう言って、彼はまだ紅潮した顔を私に向け、笑って見せた。







ああ......幸せ。この時間が、この空間が。

そして、もう一つの欲求が頭をよぎる。




一度振られてから、自信がなかったけど……今なら、言葉にできる。








「私……やっぱり、あなたの事が好きです。どこまでも優しい悠真さんの事が好き。私と……付き合ってください」







私たちの時間が止まる。

そして、少しして動き出した時間の中。
















「僕も、結衣の事が好きです。こんな陰キャだけど、よろしくお願いします」
















その言葉だけが、私の耳に残っていた。

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