第4話改 気の発現と珊瑚の失恋

翌日、萌葱たち5人は学校から直接河川敷に向かった。


「あいつら、カバンを持ってなかったから一度帰ってから河川敷に来てると思う。

今のうちなら鉢合わせを回避できるんじゃないかな。」

夜花子の提案に皆が賛成した。


母親達は今の時間仕事か睡眠中で帰宅しなくても気付かないだろう。

それに少しでも多くの時間を稽古に費やしたい気持ちがある。

昨日は桔梗の話と気功の見極めで終了してしまった。


案の定、制服男子の姿は見えず15時前にお爺さん宅に到着した。


「お爺さん、いるー?」

ブルーシートハウスの前で茜が呼びかけると、驚いた顔のお爺さんが顔を出しニカッと笑った。


「なんじゃ早いな?学校はお終いか?」

「そうだよ早く次を教えてくれよ!」

茜がピョンピョン飛び跳ねて催促をはじめるがお爺さんは困った顔になった。


「教えてやりたいのはヤマヤマなんだが腹が減ってのぉ。」

聞けば昨日から何も食べていないと答えた。


「お前らに稽古をつけていると食いモンを漁る時間が無くなってな。

これから出掛けるとこじゃった。」

そう言っているそばからお爺さんの腹がグーと鳴る。

5人は顔を見合わせて頷き合い、バックパックからビニール袋に入ったパンを取り出した。


「これを食べてください。」

5人はビニール袋に入った半分にされたパンを差し出す。

夕飯が無かった時の為に、給食のパンを半分にして家に持ち帰ることが彼女らの習慣になっていて、夕飯にありつければパンは朝ごはんに変わる。

爺さんは遠慮せずにパンを受け取ると美味しそうに頬張った。


(これからは次の日の給食までご飯無しが多くなりそう。)

5人は明日からの食事事情を想像しては未練がましくパンを見ていた。


「いや、美味かった!ありがとう。だがパンだけでは栄養失調になってしまう。

出来ればオカズも頼むぞ。」

更に食べる分が減るのかと思い5人はそっと溜息をついた。


「さてお前ら気のイメトレはちゃんとしておるか?

毎日続けておればいずれはイメージしなくても自然に呼吸ができるようになる。

どれサボっていないか今日も見極めをするか。」

お爺さんはバケツに水を汲み5人の前に置くと茜が一番にバケツに取り付いた。


「手の平を水面ギリギリまで置いて呼吸を手から放出するイメージをしなさい。

やろうとするのではなく自然に流すようリラックスしなさい。

3度の深呼吸、6度の浅い呼吸、9度の短い呼吸を全て同じ時間で行いなさい。」

アドバイス通りに呼吸を行う茜は身体に気道が拓いたことを感じ取る。

気道を通して気を放出すると、バケツの水面が円を描いて波紋を作り出した。


「うえっ?!」

思わずお爺さんは驚きの声を出した。


「たった3日で気を放出できたのか?!5年も修行してたどり着けた境地にたった3日?」

お爺さんは驚きもしたがそれよりも心が躍った。


「成功か?オレ成功したのか?」

「ああ、成功だぞ!凄いぞ!天才か!」

お爺さんは思わず茜の頭を撫でる。

茜は嫌がる素振りを見せず大人しく撫でられ、ほんの少し顔を赤くしてとびきりの笑顔になった。


「次は私がやる!」

茜の動作をよく観察し寸分の違いもなく再現する。

長年姉妹のように接してきた珊瑚にとって他愛もないことである。

9度の呼吸のあと手の平の下に波紋が広がった。


「やったー!できたー!」

飛び上がり喜ぶと、ニコニコ笑いながら爺さんの前に立つ。


「よくやった!お前も天才だ!」

「わたしの名前は珊瑚、名前で呼んで!」

ジャージの刺繍を指差して爺さんに見せる。


「珊瑚か、良い名前だな。」

「えへへ、ありがとう。」

にこにこしながら一向に動かない珊瑚。

痺れを切らしたように「早く」と訴える。

爺さんは思い出したように珊瑚の頭を撫でた。


その後、夜花子、蒼、萌葱が成功する。

爺さんは名前を呼び、頭を撫でた。


子供たちの急速な成長にお爺さんは生きる希望を持った。

自分の持てる武術の全てを教えたい、残したい。

そして自分を超えてどこまで伸びていくのか見守りたい。

そう思いながら、余命が幾ばくもない事を悔やんだ。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


珊瑚は母親が嫌いだった。

いつも酒臭いのが嫌だった。

沁みついた煙草の匂いが嫌だった。

派手な下着でだらしなく寝る姿が嫌だった。

詐欺メイクをするのが嫌だった。

肌の露出が多い服装が嫌だった。

お金にがめついのが嫌だった。

客に媚びた声で電話をするのがいやだった。


「お母さんね、再婚するかもしれない。」

また始まった。何度目だろう。

相手はまた店のお客さんだろう。

次はいくら貢がせる気だろう。

気の毒なお客さん。


母親は居間でメイクをしながら珊瑚に再婚話をする。

珊瑚の反応は薄くスマホを弄っていた。


「珊瑚、ちゃんとメイク見て覚えなさいよ。」

30代後半の中年女性が20代の女性に化ける。


(詐欺メイク、動画配信でもしたらバズりそう。)

決して声には出さず心の中で呟く。


母親はキャバクラ勤めで日々若作りに努力を欠かさない。

スポーツジムやエステに通いサプリメントを欠かさない。

高級化粧品を使い紫外線を気にして日中は極力外出しない。

その努力の甲斐あってか人気嬢でそこそこ収入がある。


しかし収入の大半は若作りに消費され残ったお金も極力貯金に回される。

生活費もかなり切り詰めている。

珊瑚の食事は、夜と給食の一日二食。

母親は出がけに軽く食事をとりサプリメントを飲む。

休日は昼のみの時も多い。

外食はしないが自炊もしない。

団地内の100円均一のスーパーで、ひとり一食300円(税込み)の予算でパックご飯や総菜・レトルト食品を購入する。

お風呂はシャワーのみで時間制限付き。

珊瑚ひとりでのエアコンの使用は禁止され、必然的に母親と同じ部屋に一緒になる。

洗濯は日曜日に一気に片づける。

お菓子はお客さんにお土産を貰った時のみ。

外面はいいので給食費や修学旅行の積立はきっちりと支払う。

そんな倹約家の母親だったが珊瑚が中2になるとスマホを持たせた。


聞いたこともないメーカーで一番安いプランであったが、6人の中でスマホを持っていたのは珊瑚だけだった。

ただし持たせるには条件があった。

常時GPSをオンにして居場所確認をさせる事。

それでもスマホを持っている事の優越感が勝り肌身離さず持ち歩いていた。


中2の夏休み直前のある日、家に帰ると見知らぬ男がいた。

母親がお付き合いしていると教えてくれる。

見ただけで金持ちと分かる中年だった。

小太りで頭髪が薄い。

人の良さそうな、いかにも母親が鴨にしそうな男だった。


母親がトイレに行っている最中に珊瑚の部屋に訪れ「内緒」だよと言って1万円をお小遣いにくれる。

お小遣いを貰っていない珊瑚は大喜びをした。


これからもお小遣いを上げたいからと言ってSNSの友達IDのメモを渡される。

母親が出勤した後、アプリを立ち上げIDを登録してメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。


この夜から珊瑚のパパ活が始まった。


次の日曜日初めて男と二人きりで会った。

親子を装いファミレスに入ると「好きなものを頼んでいいよ」と言われ、旬の一番高いパフェを頼んだ。

そこで男は新しいスマホを珊瑚にプレゼントした。


「僕と珊瑚ちゃんとの専用スマホだよ。」

それは母親から与えられた安物ではなく、一流ブランドの最上位機種だった。


「データ・通話無制限だから、好きなだけ使えるよ。」

その後「お母さんにバレないように」と言いスマホの使い方を色々と教えてくれた。


珊瑚は教えられた事をすぐに実践する。

そして、母親から与えられたスマホの電源をオフにした。


珊瑚が夏休みに入ると、男は頻繁に呼び出した。

その度、珊瑚は母から与えられたスマホを夜花子に預けた。


「珊瑚、わっちらはまだ子供なんだからね。

もっと大人になってからでも、いいんじゃない?

とにかく、何かあったら相談するんだよ。」

珊瑚は夜花子の視線から目を逸らした。


テーマパーク、水族館、動物園、映画館、焼肉屋、フレンチレストラン、カラオケ、屋上プール、スカイラウンジ、インターネットカフェ等々。

そこで親子のように過ごし帰り際にお小遣いを貰う。

しばらくはそんな付き合いが続いた。

いつしか珊瑚は男の事をパパと呼び始める。

そして今日はクルマで郊外をドライブをしていた。


「ねえ、パパはババアと結婚しないの?」

珊瑚の口から母親をババア呼ばわりするのを見て苦笑いをした。


「そうだね、お付き合いはしているけど、お店の中でしか会えないからね。」

「パパ、騙されてるよ。あのババアのいつもの手口だよ。

お客さんをその気にさせて、売り上げに貢献させるの。

もう、付き合うの止めなよ!」

「はは、僕もそう思うよ。

でもね、お別れしたら珊瑚ちゃんに会えなくなる。

今はそれが一番辛いんだ。」

「そんな事ないよ、わたしはいつでもパパと会うよ。

そうだよ、あんな性悪なババアは捨てなよ。

でさ、わたしとお付き合いしようよ。

結婚はできないけど恋人になるよ。

これからも、いっぱい遊びに行こうよ。」

男は複雑な顔になり珊瑚の覚悟を確かめた。


「大人の恋人になる意味が分かって言っているのかい?」

「スマホで調べたから分かるよ。」

男は道沿いのラブホにクルマを入れた。


「お願いがあるの。処女は結婚する迄取っておきたいの。お尻でもいい?」

「珊瑚ちゃんの望みなら、僕は何でも叶えたい。」

二人は手を繋いで部屋へ入った。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


初めてのキスは歯がぶつかって少し痛かった。

初めてオッパイ触られてくすぐったかった。

初めてクリちゃんを舐められた時は体に電気が走った。

パパは約束を守って膣には触れなかった。


初めてアナル舐められた時は恥ずかしくて死にそうだった。

もの凄く丹念に舐めてくれた。


初めてだからスキンを使った。

尿道に菌が入ると炎症を起こすからって教えてくれた。

次からは腸内洗浄を用意するよって言われた。


初めての挿入は苦しかった。

痛いでなくてとても苦しい。

我慢できずに声が出た。

パパは止めようとした。

我慢するからって言って続けて貰った。


初めて男のイクを体内で感じた。

なんかとても愛おしい気持ちになった。


中2の夏、私は処女以外の全ての初めてをパパにあげた。


と、夜花子に全て話した。


「それ、なんて官能小説?」

そう言って笑い飛ばされたけど目は笑ってなかった。


「当分はわっちと珊瑚の二人だけの秘密にしとく。

でもさいつまでも続けらんないからね。

ばれたらあんたら二人とも身の破滅だから。」

私は口止め料にお土産のお饅頭を献上した。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


夏休みの間頻繁に出会いを重ねていたが、新学期が始まると出会う回数が徐々に減っていき、年を跨ぎ3月になる頃には出会いは無くなっていた。


パパに会いたくなり、何度もメッセージを送るが既読が付かない。

そして、自分がパパが本当は何者であるか知らない事に気付く。

なんの仕事をしているのか?

どこに住んでいるのか?

本当に独身なのか?

珊瑚は自分の疑問を全てメッセージに書いて送信した。


「もう関係を終わりにしよう、最後に一度会いたい。」

パパからの答えに目の前が真っ暗になった。


春休みのある日、派手にメイクを盛りまくり派手な下着と露出度の高い服を着て、大人の女を演出する。

今日パパに処女をあげてパパの気持ちを取り戻す。

中学校を卒業したらパパと結婚すると伝えると決心していた。

きっと喜んでくれるはずだと。


指定されたシティホテルの部屋に入るとパパが笑顔で迎えてくれる。

久しぶりに見たパパの顔は憔悴していた。


珊瑚は自分の想いをパパにぶつけた。

服を脱ぎ下着姿でパパに抱きつきベッドに押し倒した。

下着を脱がし口を使うが萎れたまま反応しなかった。


珊瑚はイライラする気持ちを抑えるために、煙草を吸い冷蔵庫から缶酎ハイを取り出すと一気に飲み干す。

その様子をパパが涙を流しながら見ていた。


「ごめんよ珊瑚ちゃん、僕のせいだ僕の。」

パパは顔をくしゃくしゃにして咽び泣く。

珊瑚は「もうダメなんだ」と理解する。

パパが部屋を出る寸前に別れの理由を聞いてみた。


「珊瑚ちゃんが大人の女になっていくのが怖かった。」

パパは珊瑚の顔を見ずに去っていった。


「何だよそれ。」

珊瑚は呟くとふと姿見を見る。


「そっかぁ、これじゃ仕方ないよね。」

大嫌いな母親とそっくりの自分を見てベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

そして初めての失恋に涙を流した。


パパから貰ったスマホは売り払う。

型落ちしてたので半額以下の買い取り額になる。

自分の思い出を査定されたようで気が滅入った。


母親から与えられたスマホにパパのIDを登録した。

試しに「おやすみなさい」と送信する。

既読は付かなかった。


毎日、毎日、確認するがやはり既読は付かなかった。

それでも削除することができなかった。


中3になり母親のマイナンバーカードを拝借して、複数のマッチングアプリに登録した。


「パパがいるかも知れない。」

見るのも嫌になる位のイイネが付くが全て無視してひたすらパパを探した。


「誰か、こんな気持ち悪い女を叱り飛ばして!」

その願いは高校入学式の日、親友たちによって叶えられた。

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