第5話 螺旋の動きと夜花子の罰
「お前ら、螺旋をしっているか?お?夜花子、答えてみなさい。」
「回転しながら回転面のある方向へ移動する曲線です。」
「専門的だな。偉いな夜花子は。」
すぐさま手を上げ答えた夜花子は褒められ自慢げになる。
「よく、わかんないよ。ムズ過ぎる。」
「茜にはこっちの方が分かりやすいな。」
お爺さんはゆっくりとした動きで演武を舞い始める。
その動きの華麗さに5人は息を飲んだ。
「それって太極拳?!
よく公園で爺ちゃん、婆ちゃんがやってるヤツ!」
「萌葱、正解であり、不正解だ。
この演武は私のオリジナルで流れ水という。
この動き全てに螺旋を加えている。茜、こっちに来なさい。」
お爺さんは茜に自分の動きを真似するようにと言いうと構えをとる。
茜も同じように構えると突きを繰り出す。
見まねで突きを繰り出した姿勢を維持するように指示した。
「茜の突きは直線の動きだが、この動きに螺旋を加える。」
お爺さんは茜の手足胴全てに捻りを加え指導する。
「さあ茜、その動きを意識して突きをしてごらん。」
やり始めはヒョロっとした突きだったが、螺旋の動作が連動するにつれて、迫力のある突きに変化していく。
「どれ、螺旋がどういうものか理解できたか、茜?」
「うん!すっげえよく分かった!」
「では、皆で突きの練習だ。」
見まねで突きの練習を始め、爺さんの指導が入りバラバラだった動きが整いだす。
やがて全員の動きが揃い、一糸乱れぬ突きに変わると皆が魔法のようだと思った。
「よし、では次に螺旋の動きを日常動作に加える練習だ。
茜、私の前歩いて何度か往復しなさい。」
言われた通り何度か往復していると指示が飛ぶ。
「背筋を伸ばしなさい、肩を開いて胸を張りなさい、顎を引きなさい、前足はかかとからつき、後ろ足は足の親指でしっかり蹴りだしなさい。」
猫背でだらしなかった歩き方が、見違えるほど美しい歩行に変化すると皆も堪らず歩行練習を始める。
「歩きの動作ひとつひとつに螺旋を加えなさい。
踏み出す足に、蹴り出す足に、腰、背筋、胸、肩全てだ。」
お爺さんは5人の動きを見ながら、それぞれに細かい指導を与えていく。
「よし、それでは呼吸と螺旋の動きを合わせ、10歩の歩行と突きを繰り返しなさい。」
1時間ほど続けただろうか。
汗をかいたが不思議とあまり疲れを感じていない。
一連の動作が融合し昇華されたと判断した爺さんは休憩を告げた。
5人は水筒の水をガブガブと飲み干す。
爺さんはペッボトルの水を三口ほど飲んだ。
「そういえば、ケガをしたもうひとりはどうしているのだ?」
「それが同居しているヒモ男をボコボコにして、警察で事情聴取されていると思います。」
萌葱は教えていなかったケガの原因を話した。
「はあ?あの娘がそんなことをするようには見えなかったが。
儂に覚悟を聞いてきたのはそのためであったか。」
「オレもびっくりしたよ!桔梗血塗れでさ!手に包帯グルグル巻いて驚いたよ!」
お爺さんは話を聞いて難しい顔をした。
「もしかしたら、教えられる時間はあまりないかもしれんな。」
「何故ですか?!」
「夜花子、私は近々警察に逮捕されるだろう。別に悪さをしたからではないぞ。子供のしでかした罪は大人が罰を受けねばならん。」
「それって、桔梗の傷害事件の責任をお爺さんが取るってことですか?
どうしてですか?」
「大人の世界はとかく面倒なものだ。権力は社会的弱者を生贄にして面子を保つ。まあ、お前らが気にする事ではない。
さて、練習を再開するぞ。」
煙に巻かれた5人はモヤモヤしたまま練習を再開した。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
夜花子の母親は厳しい。
中堅企業の管理職を務めるバリキャリであり有能である。
母親は仕事を家庭に持ち込み、夜花子にも部下に対する厳しさで接していた。
「お母さま、お茶が入りました。」
「なんですか、このお茶は!温すぎる!作り直し!」
お茶を一口啜ると湯飲みを投げつける。
胸に当たりシャツに染みが広がる。
「申し訳ございません。すぐに淹れ直してまいります。」
フキンで床を手早くふき取るとキッチンに向かう。
シャツを捲ると肌が赤くなっていた。
その他にも古い火傷跡やミミズ腫れ、アザがあちこちに見える。
冷蔵庫から冷却シートを取り出し、張り付けるとお茶を淹れなおした。
「最初は少し神経質だったけど普通の専業主婦だったんだ。
君が保育園に入る年齢になって突然就職してね。
父さん驚いたよ。
そしたら人が変わったように仕事一筋になってね。
家庭を顧みなくなってしまった。
会社の言うことが全て正しいってね、父さんの言う事を全く聞かなくなるし、自分の上司が如何に素晴らしい人物であるか、父さんと比較しては父さんを馬鹿にし始めたんだ。
言葉のDVが激しくなってくるし、残業、出張で家に帰らない日も多くなるし、流石におかしいと思って、探偵に身辺調査依頼したら取締役と浮気していてね。
父さんは止めるように説得したんだけど、「私の仕事の邪魔をするな」って酷い剣幕でね。
仕方なく離婚したんだよ。
父さん、親権が欲しくて頑張ったんだけど、今の日本の司法では男親が親権を得るのが無理だった。
今も養育費を払うことで、夜花子と月1回会うことが許されているんだ。」
父親に離婚の真相を問いただし色々と合点がいった。
「お父さん、私が一緒に住みたいって言ったらどうする?」
「勿論賛成だよ!おじいちゃん、おばあちゃんも大歓迎だよ!
夜花子と一緒に暮らすことが、父さんの一番の望みだよ!」
(でも、私は知ってるよ。来月、新しい奥さんとの子供産まれること。
養育費を打ち切ろうとしている事。多分、これが最後の面会だって事を。)
社内不倫の顛末は取締役の辞任で片が付いた。
母親が敵対派閥の取締役に乗り換え弱みを漏洩したのだ。
その後その派閥は大きく勢力を伸ばし社長をも追い落した。
取締役は社長になり母親は功績を称えられ部長に昇格した。
母親の功績とは指示により自らの体を使い派閥を大きくした事だった。
そして、母親の倫理観は完全に壊れホストに癒しを求めた。
毎月、給料のほとんどを推しにつぎ込み借金も重ねる。
離婚時に夜花子の為と、父親が残した分譲マンションを売却して借金の返済にあて団地に引っ越してきた。
いまだにホスト通いを止めず、借金の返済に追われる生活が続いていた。
その日は珍しく母親が先に帰宅していた。
何も言わずに居間を覗くと下着姿の母親が3人の男達を前に土下座をしていた。
母親は夜花子に気が付くと、脱ぎ散らかした服を持って自室に駆けこんだ。
「おやお帰り。夜花子ちゃんだっけ?可愛いねぇ。」
男達はにやにやしながら舐め回すように夜花子を見る。
視線に気持ち悪さを感じて自室に戻ろうとした時、男のひとりが語りかけてきた。
「中学を卒業するのが楽しみだなぁ。きっとお客さんの人気者になれるよぉ!」
聞こえないふりをして自室に入り毛布を頭から被る。
男達が帰ったあと母親の部屋に行った。
「お母さま、先ほどの男達は何者ですか?」
返事がない。
「お母さま、私は中学を卒業したらどうなるのですか?」
返事がない。
「お母さま、入らせていただきます。」
部屋に入ると鴨居に吊った縄にぶら下がり、苦しみもがいている母親の姿が目に入る。
夜花子は直ぐに駆け付け、糞尿の漏れ出した腰にしがみ付き体を持ち上げる。
そして足元に転がっている台座を立て母親の足を乗せた。
母親は床に寝転がり虚ろな目で天井を見ている。
その横で正座をした夜花子が母親を見ていた。
「お母さま、大丈夫ですか?痛いところなどございませんか?」
母親の目が動き夜花子を見る。
「なんで死なせてくれなかったの?」
「お母さまが死んだら私は施設送りです。それだけは避けたかったので助けました。」
「お父さんがいるじゃない。」
「お父さんには新しい家庭があります。そこに私の居場所はございません。」
「あなたはクールなのね。」
「お母さまの教育の賜物です。」
そう言うと、母親は目を瞑り黙り込んでしまった。
「お母さま着替えをしましょう。」
動こうとしない母親の下着を脱がしタオルで汚れをふき取る。
タンスを開けると色とりどりの性的な下着が目に入る。
黒のパンツを履かせ、なんとかベッドまで運び寝かせた。
「私はシャワーを浴びてからお洗濯をしてまいります。」
汚れものを持って浴室へ向かった。
翌日、母親は仕事を休んだ。
体調不良、有給などの言葉が聞こえる。
そして中学校にも夜花子の欠席連絡を入れていた。
「夜花子、ごめんなさい。」
母親は土下座をして娘に詫びた。
そして、ことの詳細を話始めた。
質の悪いところから借金をしてしまい利息分の取り立てで男達が来た。
男達はAVの出演を持ち掛け母親の体に商品価値があるか服を脱ぐように命令をした。
下着姿になったところで会社にバレた時のリスクが頭を過り、許してもらおうとしていたが取り合って貰えなかった。
代替案がないか男達に懇願したところ、居間に飾ってある娘の写真に気付いた男達が、娘をソープかデリヘルで働かせるのはどうかと提案する。
娘はまだ中学生だと告げると中学を卒業する迄待つと答えた。
母親は考えた、それまで時間を稼げる。
ホスト通いを止めその分を返済に回せば娘を売らなくても済む。
母親はその提案を承諾し契約書に署名をした。
「奥さん?あんた今うちに幾ら借金があるか知ってる?」
この会社の借金は利息分含め、今の収入で十分賄える額だと把握している。
「債権譲渡って知ってるよね。
通知が届いてるはずだけど、見てないのかな?」
金融業者からの通知を一切見ていなかった事を思い出した母親は青ざめた。
「奥さん、支払いが滞りがちだからさぁ。他所さん、痺れ切らしてね。
ウチが買い取りますよーって言ったらさ、みんな涙流して喜んでくれたよ。ハイ、これが現在の借入の総額ね。よく確かめてね!」
額を見ては母親は絶望した。
「お願いです!今の契約書を返してください!」
土下座を重ねて必死に懇願したが男達の答えはNOだった。
そこへ夜花子が帰宅した。
「私が死ねば保険金で借金は片が付くわ。
あなたを売らなくて済む、そう思ったの。」
「警察に頼れないのですか?人身売買契約は違法です。」
「相手はヤクザではないの大陸のマフィアなの。
ほとぼりが冷めた頃二人とも海外に売られるわ。
もしくは殺されて臓器を売られるわ。」
「就職先はソープかデリヘルでしたね。
臓器売買コースではないのが幸いです。」
「私が幹夫さんに話を付ける。
幹夫さんがダメでも、お義父さんに掛け合う。
あなたを引き取って貰うようお願いする。
だから私を捨てて幸せになって。」
「今更、母親らしい事を言わないでください。
私の心には何も響きませんよ。
今から勉強してNO1を目指します。
その方が借金返済が早くなります。
中学卒業まで、よろしくお願いいたします。」
(江戸時代はよく遊郭に娘を身売りしていたな。
時代が変わっても人の本質は変わらないものだ。
親の罪で子が罰を受けるか。)
この日から夜花子は自分の事をわっちと呼び始める。
友人達には意味が分からないと笑い飛ばされた。
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