対 赤い錆虫

 ジャンさんがたどり着くころにはライラは赤い蜘蛛と戦いを繰り広げていた。髪の毛を針化して発射し、視界を奪っては後ろを殴りつける。例えどれだけ硬くても、素早い攻撃を繰り出し続ければ確実に隙はできる。それを見逃さないライラではない。  ぐらんと傾いた赤い蜘蛛。その頭上に飛び上がり、ライラは口をぐああっと開ける。ガシャッと口の中の機関銃が露になった。一斉放射!弾丸の雨が一気に降り注ぐ!蜘蛛の動きは封じられた。

 ライラはジャンさんの近くに降り立つ。

「……こいつは」

 一斉放射によって発生した煙が晴れる。そこから異様な蜘蛛の姿が現れた。

 赤い蜘蛛の腹部から、人の体が出てきていた。

「縺ゅ�蟄舌□繧医√ず繝」繝ウ(あの子だよ、ジャン)」

 その人体の正体は、

「……少年」

 僕だった。

「なんでだ、徴候はなかった。なんで」

 するとジャンさんははっと気づいた。僕の体の左胸。そこが一番赤くなっていることに。

「縺斐a繧薙€ √o縺九i縺ェ縺九▲縺溘や€ ヲ窶ヲ縺斐a繧薙↑縺輔>(ごめん、わからなかった。……ごめんなさい)」

 ライラが悲しそうな表情をする。ジャンさんは、どこか寂しそうだ。

「本当に似た者同士だな、俺ら。お互いに苦労する。見えないところが弱くて、そこを補助しないと生きられないなんて」

 ジャンさんはライラの肩に手を乗せる。するとライラはうなずき、目を瞑った。

「でも待ってろ、今、お前のその錆」

 もう一方の手で掴んだ短刀が青白く輝き刀身がのびる。そして太刀と呼べるほどの長さになった。

「削ぎ落してやる」

 ジャンさんがゆっくりと詰め寄る。そして太刀を持ち上げた。

「我慢しろよ」

 本当に、普段聞けないような、暗く、低い声で、僕の心臓を貫いた。


「ショウタ!」

 また、助けられた。目を開けると母がすごく泣いてた。……いや助かったんだからそんなに泣かないでよ、お母さん。

「……よかった」

 すぐ傍でジャンさんが一息つく。すごくぐったりしているのがわかる。

「……ああ、あの剣はな一回使うとすっげえ疲れる。名前は削ギ落トシノ太刀。自分で名付けた。かっけえだろ、はは」

 ……見るからに空元気だ。無理して笑顔を作っている。そんなに無理をしなくたっていいのに、そうさせてしまうのは機械の脳のせいなのか、それとも。

「……辭ア繧ゅ↑縺�€ ゅb縺�▼蠎キ縺�縺九i螳牙ソ�@縺ヲ縺�>繧�(熱もない。もう健康だから安心していいよ)」

 ライラがすごく冷たい無機質な手で僕の頭をさすった。……何言ってるのか相変わらずわからないけど、照れる。キーン、キーンという音が、なんだかテレビで聞いた風鈴の安らかな音に似て、心地いい。

「ありがとう、ライラ……ちゃん」

「……ぶっ」

「な、なんで笑うんですか」

「ライラ……ちゃん、だって。ちゃんするほど好きかこいつが」

「い、いやそんなこと」

 昨日と同じような笑い方だ。これでこそジャンさんだ。すると、ジャンさんが母に向かってこう切り出した。

「少年の心臓のこと、ご存じでしたか」

「え、何のことで……」

「少年の心臓、機械でした。まさかそれを知らないはずはないでしょう」

「!? そんな、初めて聞きました、そんなこと!」

「あり得ない」

 だんだんジャンさんの顔が険しくなる。でも本当なんだ。

「ジャンさん、お母さんは……僕が生まれた後にお父さんと会って、結婚したんです」

「……そうなんですか」

「……ええ」

 ジャンさんはしばらく考え込む。

「……これは普通の錆とは違う。錆虫の中には、特異進化して人に直接感染し、のっとるものがある。それを、『血色錆』という。少年の心臓はこれに脅かされていて、非常に危険な状態でした」

「血色錆……」

「少年、お前は、自分の心臓が機械ってことを知らなかったんだな。前に他に機械化してるところはないって言ってたのに」

「はい……たまに、うまれつきで胸が痛いってことはあったけどそれが普通なのかなと思って、気にしてなかったです」

「……お前の父さんを探す。親としてそんな大事なことを言わないなんて、あり得ない」

 ジャンさんが立ち上がる。ライラもそれに続いて立ち上がる。

「その必要はありませんよ」

 全く気配がなかった。突然現れた。

 お父さん。

「全く、本当にあり得ないのはそっちですよ。もうすぐでこのガキが死んで、大量の保険金が入るはずだったのに!そういう契約だったのに!」

「何を言ってるのあなた、気でも狂ってるの!?」

「狂ってなんかない……私はいつだって君のことを思い続けてきた。君の幸せのためなら私はあらゆるものを捨てる覚悟がある!」

 僕の知ってる父じゃなかった。ここにいるのは紛れもない……悪魔だった。そこにジャンさんが大きな声でこう切り込んだ。

「いーや狂ってる!親父さん、あんた、少年の血色錆を加速させたな?」

「……ふむ、私の中はお見通しか」

「ライラ!見えるな」

 ライラが父を指さす。そして怒ったように叫ぶ。

「蜈区恪縺励※繧具シ�(克服してる!)」

「よし!なら虫を引っ張り出してぶっ飛ばす!」

 その瞬間、父は高笑いをして、その体をみるみる変えていった。

 真っ赤なカマキリの姿の錆虫が現れる。腹部にはにんまりと笑った男の顔が滲み出ていた。

 ジャンさんと、ライラが二人がカマキリに向かって駆け出した。


 町の上空。

 赤いカマキリは飛んでいる。その後ろをライラが追いながら口から弾丸を放っている。しかしカマキリは飄々と交わし、むしろ煽ってくる。

「ふはははは!あなたが噂の!しかし聞いていたほど強くはないですねえ!」

 するとカマキリは急に止まり、突っ込んできたライラを、

「ふんっ!」

と、腕の鎌で叩き落した。ライラの体がきしむ音が聞こえる。そして落下する。

 しかしそれに入れ替わるようにジャンさんがライラの体を踏み台にして、カマキリの元へ飛び上がる。

「……っ!捕まえた!」

 カマキリの腹部の顔を見つめて笑う。そこに短刀を突きつけようとするが

「させるか!」

 上から鎌の連続攻撃。しかしすぐに気づいた。ジャンさんが、カマキリの胴体をつかみ、背中に回り込む。そして短刀を鎌に押し付けた。さらにのこぎりのように切り始める。

「貴様!」

 しかしすぐに片方の鎌は落とされた。さらに続けて羽根を切りつけ、飛翔能力を奪う。

 たまらずカマキリは落下する。

「ライラ受け止めてえ!?」

 なんだか情けない声を出したジャンさんをライラは飛んでつかみはしたが、着地するところで投げ捨ててしまった。

「マジで……さっきの疲れとれてねえんだよ……」

 腰を痛めたらしく悶絶している。

「遏・繧九°縺輔▲縺崎ク上s縺�縺上○縺ォ(知るかさっき踏んだくせに)」

「めっちゃキンキンすんじゃんごめんって」

 同じく落ちたカマキリに向かってかかさずライラは襲い掛かっていく。ジャンさんも腰を強くたたき態勢を直して挑んでいく。

 攻防一戦。カマキリは一本しかない鎌であっても関係なく振るってくる。ライラは正面から連射。それを防御しているカマキリの後ろをジャンさんが切りつける。全く毛色の違う二人だが、コンビネーションは抜群だった。

「ぐうっ!」「おわっ!?」

 カマキリはたまらず円を描くように鎌を振るう。すると背中がむずむずと蠢いている。

「ふん!」

 背中の表面を突き抜け、新たな羽根が現れた。

「うわきっも」

「縺�o縺阪▲繧�(うわきっも)」

「きもくねえ!」

 そう言い残すと飛び上がって逃げる態勢に入った。

「ここは逃げるしか!ありませんね!」

 音速のスピードでカマキリは逃げる。しかしジャンさんが呟く。

「逃がさねえよ……」

「縺カ縺」縺ィ縺ー縺�(ぶっとばす)」

 ジャンさんがライラの髪の中に手を突っ込む。ライラの髪には、機関銃のグリップが隠されていた。それを上に押し上げると、ライラの目はカマキリの後ろ姿を捉えた。

 キイン…キイン…キイン……!!キイン!!

「陬懆カウ��(補足!)」

「っしゃあいくぜえ!」

「!?なんだこの光は!」

 ライラの口に赤いエネルギーがたまっていく。さっき僕をのっとっていた蜘蛛をライラが摂取したことで得たエネルギーだった。

「必殺!」

 ジャンさんの気合の叫び!

「ぶっとバァーストォッッ!!」

「繧ォ繧ソ繧ケ繝医Ο繝包シ�(カタストロフ!)」

 名前はなんだかどっちもダサい気はする。ライラは相変わらず何を言ってるのかわからないけど。

 赤い閃光はカマキリを打ち抜き、空を穿った。そして父が落ちた。

 父が落ちた場所に、僕たちは来た。

「こんなはずじゃ…違う」

 父は青い空を見つめ、呟く。

 母がジャンさんに向かって聞く。

「さっき、のっとるって言ってましたよね!つまりさっきのは洗脳されてて……ね!そういうことでしょ!」

「……そうですね、お父さんは操られてたんですよ、安心してください」

 ちなみにこれは嘘らしい。

 ジャンさんが近づき、父を起こすと耳元でささやく。

(また変なこと考えてみろ、次に俺がこの町に来たとき、絶対に首を掻っ切る。俺は絶対にまた戻ってくるからな)

 そして振り向く。

「お父さん無事でーす!洗脳解けてますよー!」

 母はひどく安堵した。

 血色錆。後で調べたことだが、中には人間と同じように思考する特異錆虫がいて人間に寄生、そして感染者自身が契約を結ぶことで克服。以降感染者は自由に錆虫に変

身できるようになるんだとか。洗脳される、という事例は、一切ないらしい。


 その後数日、父はいつのまにか家を去っていった。

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