異世界証券取引にかかる検査事例:当該世界で行われた勇者召喚とそれに関わる異世界債発行について、その根拠となる事象に疑義が持たれ指摘した事案

第8話 初仕事

「これから現場に向かいます。急で申し訳ありませんが、ここで着がえてください。私は外で準備をしていますので」

そう言ってイーリンはどこからか取り出した服をユタカに手渡し、部屋を出た。

服は上下紺色のスーツで、袖を通すとユタカにピッタリのサイズだった。


ユタカが着替えて部屋を出ると、大きめのバッグを手に提げたイーリンが待っていた。

「似合ってますよ」

「それはどうも」

元着ていたヨレヨレスーツと比べるのが失礼なくらい、しっかりと仕立てられた紺のスーツだ。

馬子にも衣装とは良く言ったものだ。


一方でイーリンは騎士服のようなものを身につけていた。

ユタカよりも少し背が高くキリッとした彼女には良く似合っている。

「では、そろそろいきましょうか」

「よろしくお願いします」

イーリンに案内されて、ユタカは取引所を後にした。


建物を出て二人並んで歩きながら、浮島の縁に向かう。

そこから、すり鉢状になっている島の底の壁面を取り巻くように設置された下り階段を降りていく。

「検査と言ってもイメージが沸かないですよね」

「正直、そうです」

「証券に関わらず、取引にはルールがあります。お互いを信用してやり取りするわけですから。それでも、ルールを守らない人たちが出てくるんです」

ユタカは過去の記憶や経験を振り返って、たしかにそうだなと思った。


「だから、ルールを守らない者を取り締まる仕組み、治安を守る組織が必要なんです」

「警察みたいなものですね」

「そうですね。そして、ルールが守られているか確認することを検査と呼んでいます。これには定期的に行うものと、突発的に行うものがあります」

「今回はどちらなんですか?」

ユタカが尋ねると、イーリンの表情が少しだけ険しくなった。

「残念ながら後者です。突発的に行うわけですから、必ず理由があります。それは、向こうに着いてから説明しますね」

たしかに、いまいきなり説明されても頭に入らないだろうなとユタカは思った。


「行き先はどんな世界なんですか?」

「グレイゾンと呼ばれる世界です。科学技術よりは、精霊や自然の力が発達していますので、ティアズリーンと似ているかもしれませんね」

「いわゆる剣と魔法の世界ですね」

「ええ。あの世界の力を魔法と呼んで良いかはわかりませんが」

「なるほど、魔法的な力にも色々あるんですね」

面白い考え方ですね、とイーリンは笑った。


「そこには、どうやって向かうんですか?何か乗り物があるとか?」

「転移門という仕組みを使います。私達をそのまま転送してくれる仕組みです」

「勇者召喚で使われた魔法陣と同じようなものですね」

「そうですね、似てるかもしれません。まぁ、実際に見てもらったほうが早そうですね」


そう言うと、イーリンは足を止めた。いつの間にか階段が終わっており、正面に鉄製の扉があった。ちょうど取引所の真下に入り込むような位置だ。

イーリンにどうぞと案内されて扉から入ると、講義室ほどの広さだが天井の高い、暗い空間だった。

照明などはないが、部屋の中央にある鉄製のアーチ型の物体がぼんやり光っているのが見えた。


「あれが転移門です」

転移門は高さも幅も5メートル程度の大きさで、両脇の柱部分が接している地面に円形に切れ目が入っていた。

イーリンは転移門に近づき、その中央部分に立った。

「さぁ、ユタカさんもこちらへ」

イーリンに手を引かれ、ユタカもその中に入った。

「多少の衝撃があるかもしれません。ちょっと失礼しますね」

そう言って、イーリンはユタカを自分のすぐ横に密着するように立たせた。

ユタカはドキリとしてしまったが、イーリンの真面目な表情を見て気を取り直した。


「転移します。行き先、グレイゾン」

イーリンの言葉をきっかけに、アーチから青白い光が漏れ出し、ゴワンゴワンと音を立てて水平方向に回転を始めた。

そして回転が早くなるにつれ空間に歪みが出はじめ、バチバチと稲光をまとう。

「さあ、いきますよ」

その言葉を合図にしたかのように、バシュッという音がとともに、二人の姿は光の粒になって弾け飛んだ。

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