第9話 検査に入る理由

「まぶしい!」

目に差し込む太陽の光を遮るため、ユタカは手で庇をつくった。

空は抜けるような青空が広がっていて、太陽が燦々と光を注いでくる。

気がつくと、二人は広い場所に立っていた。そこは園庭で、目の前には西洋風の大きなお城が見える。


「つきましたね」

「一瞬のことだったので、着いたという感じがしませんね」

「めまいなどありませんか?」

「はい、全然大丈夫です。大型モンスターの一匹や二匹、任せてください」

ユタカが力こぶを作ってアピールしたが、イーリンは苦笑いだ。

「いまはまだ大丈夫ですよ」

まだという点が気になったが、ユタカはそれ以上尋ねないようにした。


「それでは、検査室に行きましょう」

ユタカは迷いなく歩く彼女に驚きながら付き従った。

イーリンも初めてくる場所だと思っていたが、そうではないのか、事前に調べるかしているのだろう。

訳知り顔で正面から城に入ろうとすると、門衛に声をかけられた。

「どちら様ですか?」

「主任検査官のイーリンです。こちらは検査官のキサラギさんです」

「伺っております。どうぞお入りください。検査室は入って右側の部屋になります」

門衛に案内されたとおり、二人は城に入って右手の部屋に入った。


そこでは既に数人が作業していて、用意された大きな机に沢山の書類を広げて、何やら書き込んだりメモしたりしている。

部屋の正面には木製のホワイトボードのようなものが用意されていて、色々な資料がピン留めされていた。

部屋の壁を見るとタペストリーや盾が装飾としてかけられていた。本来談話室か何かだったのだろう。

「検査のときは、こういう感じで検査先にひと部屋用意してもらってそこで作業するんですよ」

そうユタカに説明しながらイーリンが作業中のメンバーを見やると、その中の1人の若い男が駆け寄ってきた。


「イーリンさん、おつかれさまです」

「おつかれさまです、スミノフさん。こちらはキサラギさんです」

「おぉ、伺っております。今回リーダーを努めていますスミノフです、はじめまして」

「キサラギです。よろしくお願いします」

そういってユタカとスミノフはお互いに頭をさげた。


挨拶もそこそこに、イーリンはスミノフに尋ねた。

「それで、検査はどんな感じですか?」

スミノフは少し暗い表情になった。

「やっぱり、ちょっとしんどいですね」

「何か見つかりそうですか?」

「いまのところは・・・」

ふむ、とイーリンは顎に手をやって考える仕草をした。そして、ユタカの方をみた。


「さっそく、ひとつお願いしたことがあります」

「僕にできることであれば」

「キサラギさんは、先日例の世界の魔王を倒されましたよね?」

「1週間ほど前ですね」

ふむ、とまた一つ頷いてから、スミノフに言った。

「スミノフさん、例の現場にキサラギさんを連れていってください。あと、ついでですので途中でブリーフィングもお願いします」

「わかりました」

「例の現場?」

「それは、私のほうから説明します。さっそく行きましょうか」

着いたばかりだったが、ユタカはスミノフに連れ出されることとなった。


「どちらに向かうのですが?」

城の敷地から出ようとするスミノフの後についていきながら、ユタカは当たり前の質問をした。

スミノフはおほんとわざとらしく咳をした。

「その前に、現状から説明しますね」

「そのほうが良さそうですね。お願いします」


「実は今回、こちらの世界に検査に入った理由ですが、我々が粉飾と呼んでいる問題が起きている、という情報が入ったからです」

「粉飾、ですか。企業が嘘ついて儲けを良く見せたりするアレですか?」

「企業で言えばそうですね。今回は異世界証券の話になりますので、少し事情が異なります」

「想像がつきませんがそういうものなんですね」


「先に、異世界証券の話をしましょう。異世界証券は、簡単に言えば、ある世界が困った時にお金や資源で解決できることがあれば、他の世界が手助けしよう、という仕組みになります」

ユタカは頷いて話の続きを促した。


「たとえば、ある世界に突然”魔王”のような存在が現れて生存が脅かされたとします。そこで、異世界から勇者を召喚して、倒してもらうことにします」

最近良く耳にする話だな、とユタカは思った。

「ただ、それには莫大なエネルギー資源や資金が必要になります。エネルギーは召喚術自体に必要だったり、勇者に特別な力を付与するために必要です。そして資金は、世界の意思を統一するためや、呼んだ勇者への報奨など、様々な用途が考えられます」

「よく分かります」

「そうですよね。でも、そんな資源や資金をすぐに用意できる世界は多くありません」


ユタカは自分の身に起きたことに思い至った。

確かに、ティアズリーンのエロール王はユタカに莫大な財産をわたしてくれた。

だが、あんな財産を、魔王との戦いで疲弊した世界が簡単に捻出できるだろうか。

「ということは、、」

「そうです。そういった目的の資金や資源を、異世界証券取引所を通して調達しているのです」


勇者召喚の裏側で、こんなことが起きていたのかと驚いた。だが、気になることがある。

「調達と言っても、タダで貰えるわけじゃないですよね」

「そうですね。当然、担保となる資源や資金は、事前に用意されています。普段から、例えば税として聴取したりしているものがそれですね」


「税金は国が持っているものだと思っていたのですが、こちらにあったのですね」

「全てではありませんが、そういったものも多くあります。ただ、取引所の存在は秘匿されていますので、表向きは異なる名目で管理されていると思いますよ」

なるほどなと、ユタカはあらためてティアズリーンの人々に対して感謝の念を送った。


「それで、粉飾ってどういうことなのでしょうか?」

「先程の話でいうと、”魔王が現れて、勇者召喚に必要だから”資金を調達したわけです。つまり、根本原因は魔王が現れたことです」

なるほどそういうことか、とユタカは思い至り口を開いた。


「つまり、先程の話で言うと”魔王が現れたから勇者を召喚した”の部分に疑いがある、ということなんですね」


「正解です」

スミノフは嬉しそうに言った。

「それはとんでも無い話ですね」

「今回はお話した例そのままのことが起きていると考えています。先日こちらの世界で魔王が倒されたという話だったのですが、どうもおかしいのではないか、と」

「なるほどなぁ」

ユタカは感心した。まさかそんなことが起きているとは。


「およそ、事情は分かりました。それで、私達はいまどちらに向かっているのですか?」

「魔王が倒された場所です。いうなれば、現場検証ですね」

「本当に倒されたのか、ということですね」

「まぁそれもありますが、それよりも、そもそも魔王なんか居なかったんじゃないか、というのが我々の見解です」

スミノフは、真顔でとんでもないことを言った。

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