第6話 勇者としての責務を果たした後の人生について考えた

少しの騒ぎがあったのものの、ユタカの手続きは無事に終わった。


「キサラギさん、本日はありがとうございましたニャ」

「いえ、こちらこそお手数をおかけしました」

「手続きも終わってますので、このまま元の世界にお帰りいただいて問題ないですニャ」

そこで、ユタカが何かを考えていた。


「どうしましたニャ?」

「ひとつ伺ってもよいですか?」

「はいですニャ」

「ここで働いている方って、どこからどういった感じでいらっしゃったんですか?」

ユタカがそう尋ねると、猫がすこし考える仕草を見せた。


「それは、要するにどういった理由でということですよね。さまざまですニャ」

「さまざま、ですか」

「みなさん事情があったりなかったり、興味があったり無かったりと、みなさん違った理由ですニャ」

「そうなんですね」

「もちろん、ここの存在を知っていたり、”ここに来る資格がある方”というのが条件にはなりますニャ」

「なるほど、そうなんですね」

またユタカが少し考える仕草を見せた。


「どうして、そんなことを聞いたのですニャ?」

ユタカは考えていた。


自分は、元の世界とは似ても似つかぬ世界に勇者として呼び出され、悪と戦い救世主となった。

決して短い時間ではなかったし、様々な出来事や出会いがあった。


だがその結果、自分の価値観や考え方は変わってしまったのではないか。

元の世界に戻って、いくらお金があっても、充実した日々を送ることができるのだろうか。

一方で、あの異世界に戻ることもできない。


自分はどの世界にも居ることができない存在になってしまっていたのではないか。


そして、この取引所の中を見回してみる。

様々な種族の人々が働いていて、働いている事情も皆さまざまだという。

それが、どうだろう。

ここにいる人々に共通することがある。

みんな、いきいきとしていて、楽しそうなのだ。


「私も・・・」

そう声を出したユタカを、猫がの黄色い目がじっと見ている。

「ここで、働かせてもらえないでしょうか?」


「・・・就職を、ご希望ですニャ?」

「はい」

ユタカがはっきりとそう言うと、猫は相好を崩した。

「わっかりましたニャー!」

「え?」

「就職をご希望ですニャ?それならば、ここを出て右隣の4号室の窓口にお向かいくださいニャ」


いきなりな話だと思っていたが、あまりに簡単な回答だったためユタカは肩透かしを食らった。

「えっと、そこに行けば、就職させてもらえるのでしょうか?」

「いちおう、面接とか説明とか契約とか色々ありますニャ。でも、すぐに手続きできますニャ」

「そんな簡単に?」

「ハイですニャ」

そういって、猫は笑顔を見せた。


「正直、あなたのような方は少なくないですニャ」

「そうなんですね」

「特に、元の世界と呼ばれた先の世界のギャップが大きい方は、そういう傾向が強いですニャ。ここは、そういった方々の受け皿としても機能してますニャ」

「そうだったんですね。なんか、少しわかります」

「皆さんお得意な分野が違いますし、ここは取引所の枠にはとらわれない業務も多く行ってますので、きっとキサラギさんのお仕事も見つかりますニャ」

「わかりました。まずは、窓口に伺ってみます。いろいろご丁寧に、ありがとうございます」

そういって、ユタカは就職口に向かった。


「がんばってくださいニャ〜」

ユタカのお礼に、猫は手を振りかえして送り出してくれた。

いや、振っていたのは脚だ。

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