第5話 そこそこの勇者の報奨
ユタカの隣で、大柄な男がカウンターの向こう側で受付をしている兎に怒鳴っている。
「どういうことだ!」
またドンと音がした。立ち上がって机に拳を叩きつけている。
頭に冠、マントに鎧、腰には聖剣とテンプレな勇者だ。
「俺の働きが、こんなちっぽけな金にしかならないなんて」
その穏やかじゃない様子を見て、帰ろうとしたユタカの足が止まった。
いつの間にか、猫がヘルプに行っていた。
「いかがしましたかニャ」
「何だ、お前は?」
「こちら窓口の責任者ですニャ。いかがなさったのですニャ」
「ニャァニャァうるせぇ奴だな。お前らの言ってることがおかしいって言ってるんだよ!」
「えっと、どういうことですニャ?」
「また説明させんのかよ。これ見ろよ」
その男が、手に持った紙を示した。
「これ、金になるんだろ?それなのに、たった500万クラウンぽっちにしかならないって、どういうことだよ」
「えっと、あなた様の世界、レヴァナントのお金だと思いますが」
「そんなことは分かってるよ。俺は世界を救ったんだぜ。あのドラッケンだかいう世界を、不死の王とかいうの倒して」
「えぇ、それは存じ上げてますニャ」
「それに対して、これっぽっちのお金しかもらえないなんて、どういうことなんだよ!」
どうやら、報酬の額が気に入らないらしい。
「私どもはあくまで取引所ですので詳細は分かりかねますが、ただあなた様の功績を見るに、妥当な金額かと思いますニャ」
「なんだと?」
「だって、不死の王はそんなに強くないですし。たまたまですが、ちょうどいま隣にいらっしゃるキサラギ様のほうが、よほど大変だったと思いますニャ」
勇者?はギロリ、とユタカの方を見て睨んできた。
「どいつもこいつもふざけやがって。お前ら全員許さねぇからな。俺の力を見くびるなよ」
そう言って、勇者は腰の聖剣に手をかけようとした。その瞬間、猫の目つきが変わった。
「もう、それくらいにしておいた方が良いですニャよ」
「なんだと、お前、神の祝福を受けた俺を脅す気か?」
男が体にオーラをまとわせたそのとき、
「その辺でやめておけ」
ユタカが男の腕をつかんだ。
「なんだ、お前は」
その男はユタカの腕を振り払おうとするが、びくともしない。
「ここの皆さんが困ってるよ。あなた曲がりなりにも世界を救ったのでしょう?そんなことして恥ずかしくないの?」
「ぐぬぬ」
男の顔が赤くなった。しかしあきらめたのか、落ち着きを取り戻してその場に座りなおした。
「けっ、畜生が。わかったよ」
見ると、先ほどの勇者はすっかりおとなしくなり、素直に手続きをはじめた。
いちおうは勇者である、キサラギのただならぬオーラに気づいたのだろう。
「キサラギ様、ありがとうございますニャ」
そういって、猫が礼を言ってきた。
「別にそんな大したことじゃ」
「いえいえ、もしあのままあの方が暴れていたら、SECを呼ぶ事態になってました」
「SEC?」
「セック、異世界取引監視委員会(Securities and Exchange surveillance Commission in another world)ですニャ」
「異世界取引監視委員会?」
「この取引所を統括する、最高統制機関ですニャ。そこには局長と6名の次長がいるのですが、その次長の1人で警備の責任者の方がいらっしゃるですニャ。あらごとがあれば、最悪その御方を呼ぶ必要があるですニャ」
「なんか、ものすごい強そうですね」
「ハイですニャ。本来、あまり現場には来てはいけない方なのですが、問題があるときは特別にお呼びして、事態の収拾にあたっていただきますニャ」
「そうだったんですね」
「はい。正直なところ、こういうことは少なくないものでして」
猫はバツが悪い感じで言った。
「色々大変ですね。なんとなく、分かる気がします。私もサラリーマンの時はクレーム対応してましたので」
「そうでしたかニャ。お互い大変ですニャ」
「はい。あ、でも私、サラリーマンじゃなくなってそうですね」
そう言って、ユタカと猫は笑った。
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