第3話 証券取引所

「この取引所は、あらゆる世界の価値を交換できる場所ですニャ」


「価値、の交換ですか?」

「ですニャ。いま結構アチコチの世界が不安定で、値動きが激しくなってますニャ。あなた、運がありますニャ」

話が見えてこない。

「えっと、サウザンドワールドと地球以外に、異世界があるんですか?」


毛むくじゃらの顔だが、馬鹿にしたような表情をしていることだけは分かった。

「何をおっしゃいますニャ。当たり前ですニャ。あなたのいた世界と同じように、他にも同じような世界や事情があるのは自明のことですニャ」

なるほど、そういうことだったのか。ユタカはあらためて、自分の見識の狭さに驚かされた。


「確かに、日本ではモブだった僕が召喚されるくらいだ、他にも同じようなケースがあってもおかしくはないですね」

「まぁそうご謙遜なさらずに。サウザンドワールドの魔王はツワモノですニャ。それを退治したあなたは、ソコソコすごい勇者ですニャ」

褒められてるのか、けなされてるのか分からないなとユタカは思った。


猫はそんなユタカの胸中を気にする様子もなく、話をつづける。

「そして、このお持ちいただいたものは債券ですニャ。どうしますニャ?」

「債券、ですか。何ができるのか分かっていないのですが、地球に持ち帰っても役に立たないのなら、どうにかしたいです」

「ですよねぇ。承知いたしましたニャ。それではレートを確認しますニャ」

レートというのは何だろう。分からない単語がたくさん出てくる。


猫はカウンターの下から、巻物のような紙を取り出してカウンターの上に広げた。

そして、ニャニャニャといって巻物の上で手(前足?)をかざし、渦を巻くように動かした。

すると、紙の上にいくつかのグラフのような模様が表示された。


「ユタカさんは、出身は日本ですニャ」

「えぇ、そうです」

「1ドル130円で、1ギルが2ドルだから、、」

ぶつぶつと、猫はつぶやきながら計算している。

「今なら、この額面1億ギルの債券は、およそ2080億円になりますニャ」

「え!」

ユタカはクラっとした。


「結構な額ですニャ。それでも、日本で一番のお金持ちになるというわけではなさそうですニャ。日本だと服屋さんとか、電話屋さんとか、上には上がいるみたいですニャ」

確かに、それはそうだろう。だがそれにしても、こんな大金がいきなり手に入るのか。


「あの、こんなこと言うと変かもしれないんですが、本当にそんなお金が手に入るのでしょうか」

「もちろんですニャ」

何という事だ。ユタカはもう一度、手元の紙を見た。


もらった時、一瞬でもこんなもの、と思ったことが恥ずかしい。

王様は世界を救ってくれた恩人に報いるために、必要で使い道に困らない物をくれたのだ。


彼らの気持ちは、全て本物だった。そんな考えを見透かすかのように、猫は言った。

「きっと、あなたの今後のことを思って、この取引所に送ってくれたのだと思いますニャ」


ユタカは、紙をさすった。そして、それを猫に渡した。

「これを、お願いします」

「ありがとうございますニャ。いちおう、これは債権なので償還まで持っておくこともできますニャ」


「それはどういうことですか?」

「額面1億ギルなのですが、いま換金すると8000万ギルほどになりますニャ。でも債権なので償還まで待てば、1億ギルうけとれますニャ」

「そういうのがあるんですね」

「ですニャ」

まぁ、1億も8000万も額が大きくて感覚がつかめない。


「よくわからないので、いま換金しようかと思います」

「承知しましたニャ。それではしばらくお待ちくださいですニャ」

そういって、猫は債券を奥の方へと持っていた。


戻ってきた猫は、さらに説明を続けた。

「あとの手続きですが、お金はいかがなさいますかニャ?」

「えっと、2080億円ってどれくらいの量になるんでしょうか?」


「もちろん、手で持っていけるような金額じゃありませんニャ。基本的には、分割していくつかの銀行にお振込みすることになりますニャ」

猫が提示した銀行は、日本のメガバンクの一覧だった。


「額が大きくて手に入れる経緯も特殊ですニャ。だから市場に影響が出ないように順次売りに出してから、振り込みますニャ。すでに口座がある場合はそちらへ、無い場合はこちらで用意しておきますニャ」


「ありがたいです。正直、口座がどうなっていたか覚えてなくて」

「ニャッニャッニャッ。大丈夫ですニャ。お調べしておきますニャ」

そういって、猫はカウンターの下から紙を出してきた。


「手続き上必要にですので、お名前とご年齢、出身世界と救った世界の記載、拇印をお願いしますニャ」

なるほど、こういう手続きの面倒くささは銀行ぽいな、とユタカは思った。

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