第18話 記憶操作

  ガゴォン!


 目の前で何か堅いものにぶつかった音がした。 目を開けると、目の前には全身が隠れるほどの大きな盾で大男の一撃を防いでいる長い銀髪の女性の後ろ姿。


「ご協力大変感謝する 」


 横顔で微笑む凛々しくもあり綺麗な女性。 てっきり魔方陣の色でアルテミスが来たのだと思ってたが、初対面の女性に少し戸惑った。


「人間界で暴れ狂うとは愚かな! 」


 銀髪の女性が腰に据えた剣を逆手に抜くと、一瞬で大男は塵になって音もなく消える。 太刀筋など見えず、目にも止まらぬ速さとはこの事だ。 あまりにも呆気なくて、正直何が起きたのかわからない。


「噂に違わぬ勇者だな、君は 」


 銀髪の女性は俺に向き直ると右手を差し出してきた。 俺はその手を取って引き起こしてもらう。


「あの、もしかしてアテナさん…… ですか? 」


 全身が隠れるほどの大きな盾。 あれがイージスの盾と言うのなら、戦の女神アテナのトレードマークだ。 彼女は目を見開いて笑顔になる。


わたくしを知っているとは光栄だ。 なら自己紹介は不要かな? 初めましてヒロユキ君 」


 アテナはそのまま力強く握手をしてくれた。


「何故魔獣がこちらに来ることが出来たのかは分からないが…… 君が奴を引き付けてくれなかったら死人が出ていたかもしれなかった。 とはいえ、君を危険に晒してしまって申し訳ない 」


「いえ。 俺はいいんですが、街と友達が…… 」


 矢崎を見ると、口を開けたまま呆けている。 周りにも徐々に人だかりが出来始め、俺とアテナは注目の的になっていた。


「心配には及ばない 」


 アテナは空に向かって手のひらを掲げた。 つられて空を見ると、頭上にはこの一帯を覆うほどの巨大な魔方陣が描かれ始めていた。


「破壊された物や傷ついた者は元通りに直しておく。 それとこの件に関して人々の記憶は消さなければならないのだが、君の友達も…… いいだろうか? 」


 不自然な言い回しに違和感を覚える。 アテナの切なそうな表情が、何を言おうとしているのかなんとなく分かってしまった。


「彼女の中の俺の記憶も全部消えてしまうんですね 」


「残念ながら、そうだ 」


 元々彼女とはあまり関わりはないが、同級生の記憶から自分が消えてしまうと思うと切なくなる。 だけど……


「お願いします。 彼女が普段の生活に戻れるなら、俺の記憶なんて不要ですから 」


 アテナはしばらく俺の目を見ていたが、無言でおもむろに空を見上げて目を閉じた。 やがて頭上の魔方陣から青い光の雨が降り始める。 雨は俺とアテナを避けるように降り注ぎ、雨に当たった街路樹や自動車は青い光を帯びて、壊される前の元の形に戻っていった。 割れたガラスの破片は宙を舞い、元の原形に復元される。 俺達を取り囲んでいた人々もいつの間にか立ち去っていた。


「凄いな…… 逆再生の動画を見てるみたいだ 」


 血だらけだった矢崎の顔も綺麗に傷痕が消え、キョロキョロと店内を見回して首を傾げていた。 窓越しに俺が見えているはずだが特に気にする素振りは見せず、何事もなかったようにバッグから本を取り出して読み始めた。 本当に彼女から俺の存在が消えたんだな…… そう思うと胸が痛くなる。


「辛い思いをさせてしまったな。 私がもう少し早く奴を発見出来ていれば、こんなことにはならなかったのだが 」


 アテナは申し訳なさそうに微笑む。 俺は首を振ってアテナに笑って見せた。


「アテナさんのせいじゃないです。 それに彼女の顔に切り傷が残っても寝覚めが悪いですから 」


 俺は店舗の中の矢崎を窓越しに見てから、後ろのアテナに振り返る。


「…… あれ? 」


 そこにアテナの姿はない。 ペルさん達に会っていかないかと声をかけるつもりだったが、周りを見渡しても普段の日常の街並みが広がっているだけ。 頭上の魔方陣も消えて、いつの間にか光の雨も止んでいたのだった。

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