第17話 襲い来る者

  ガシャーン!


「うわっ! 」


 突然大男は窓ガラスを突き破り、俺は胸ぐらを掴まれて店舗の外に引き摺り出された。


「「きゃあああ!! 」」


 周りから悲鳴が聞こえるが、俺もそれどころではない。 襟元を鷲掴みにされて息苦しいし足は宙に浮いている。 そして何よりも苦痛なのが、こいつメチャクチャ息が臭い。 逆光でよく見えなかったが、この大男は間違いなく魔獣だ。 緑色の肌に額に角が生えていて、顔の中央にデカイ目が一つ。 見たことあるぞ…… ゲームでも強敵クラスで取り上げられる、サイクロプスって奴に違いない! 


「キサマガペルセポネノアルジダナ! 」


 ペルさんの知り合い…… なわけないな。 


「ニオイデワカルゾ! アネモネノニオイガプンプンスル! 」


「だったらどうなんだよ! 」


 俺は握り締めていた残りわずかなコーラをサイクロプスの顔に投げつけた。


「グギャアァ! 」


 奴は目を押さえて苦しみ、俺は勢い良く振り払われてアスファルトに投げ出された。


「ぐへっ!! 」


 背中から落ちて息が出来ない! それでも奴を目で追いかけると、奴はうずくまってもがいていた。 コーラの炭酸が目に染みているようだ。 


「諏訪君! 」


 矢崎の声に咄嗟に振り返ると、彼女は割れたガラス窓から涙を浮かべて叫んでいた。 ガラスの破片で切ったのか、頬や額に血が滲んでいる。


「逃げろ矢崎! 」


 そう叫んだが彼女には届かず、尚も俺の名前を叫んでいる。 大男を見るとまだ炭酸のシュワシュワが効いているらしく、片手で顔を押さえながら街路樹をなぎ倒したり路駐の自動車をひっくり返していた。


「マジかよ…… 」


 あちこちで悲鳴が上がり、通行人が逃げ惑う…… 何の地獄絵図だ? 


「俺はここだ! 」 


 このままじゃマズい! 奴の狙いは俺の筈…… そう思って俺は奴の正面に立ち、注意を引き付けようと大声で叫んだ。 大男の動きがピタッと止まり、薄目を開けて俺を睨んでくる。


「泣くなよデカブツ 」


 こんな怪物でも痛い時は涙ぐむんだな…… 異形の怪物に発狂するのが普通なんだろうが、気持ちに余裕があるのはやはりハーデスと勝負したおかげなんだろう。 あまり怖くはないーー というか、何とか出来そうな気まで起きてくる。


「オ、オノレコゾウ…… 」


 大男は顔を押さえながらゆっくりと俺に近づいてくる。 奴の暴走は収まったが、これからどうしたものか。 なんとか出来るとは思うものの、あの丸太みたいな腕で殴られれば即死なんだろうな。


「なんで俺を狙う? 」


 話の通じそうな相手ではないだろうが、戦う術がない俺にはこうするしかない。 ペルさんやアルテミスがこの異変に気付いてくれればいいんだけど。


「オマエヲタオセバ、ハーデスヨリツヨイコトニナル。 ペルセポネハオレノモノダ 」


(やれやれ、ペルさんのコアなファンかよ )


 ペルさんの人気ぶりにため息を一つ。


「ん? 」


 ふと視界の下側に光を感じた。 チラッと足元を見ると、金色に輝く光の魔方陣が描かれ始めているのが目に入った。 


(ペルさんのオーラは紫の筈だからアルテミスか? )


 どちらにせよ、気付いてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。 さて、煽るか!


「ペルセポネは俺の嫁だ。 息の臭いお前に渡す気なんか更々ないよ 」


「ヌカセコゾウ! タカガニンゲンニナニガデキル! 」


 目の前に立った大男は両手を合わせて高く上げ、俺を叩き潰そうと勢い良く振り下ろしてきた。


「えっ!? 」


 デカい図体のクセに速っ! 俺は思わず仰け反って間一髪その一撃をかわす。 アスファルトはえぐれ、振り下ろされた風圧で尻餅をついてしまった。


「ガアァ!! 」


 サイクロプスは尚も腕を振り下ろしてくる。


(やべぇ、油断しすぎた! )


 今度こそ潰される…… 咄嗟に頭を両腕で庇い、目を瞑ったその時だった。

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