第15話 女神の監視

 数日後、俺の家のソファにはアルテミスの姿があった。 アルテミスはゼウスに俺の事を報告し指示を仰いだところ、俺が調子に乗らぬよう監視せよと言われたらしい。 


「というわけで、暫くお世話になるわヒロユキ 」


「は…… はあ。 よろしくお願いします 」


 別にここに住むという訳ではないが、監視と聞くとなんだか落ち着かない。 苦笑いする俺にアルテミスは笑う。 


「監視と言っても、別にあなたたちの生活に干渉するつもりはないわ。 私のことは空気と思ってくれていいから 」


「月の女神を空気扱いって無理がありますよ! 」


「あら、私を月の女神と言ってくれるの? もしかして『神々の追憶』のファンかしら? 」


 それ、最近借りてきたDVDのタイトルだよな。 


「それと、ペルちゃんの旦那なんだから敬語なんていらないわ。 私のことは友達と思ってくれていいから 」


(無茶言うなよ…… )


 なんて軽い女神なんだ、と皮肉を込めて再び苦笑いをしてみる。 ふと彼女の目線が逸れてテーブルの上のDVDに留まった。


「ちょっとこれ! 『神々の追憶』のアナザーストーリーじゃない! 」


 DVDのケースを手に取って彼女はプルプルと震えている。


「女神が人間界の映画なんて見るの? 」


「いいでしょ? 面白いんだもの。 続編が出るとは聞いていたけど…… 見たかったんだー! 」


「そうだよな! 私もこれから見ようと思っていたところでな、楽しみで仕方ないのだ! 」


 ペルさんとアルテミスは手を取り合い、目をキラキラさせながら早く観たいと俺にせがんでくる。 二人の女神は並んでソファに座り準備万端。 仕方なくプレーヤーにディスクをセットし再生ボタンを押すと、二人はオープニングムービーから既に興奮状態だ。


「アルテミスさんって人間界に詳しいんだね 」


 俺はキッチンで洗い物をしていたリーサに声をかける。


「冥界は人間にとって死後の世界ですが、天界はこちらと色々繋がりがあってよく来られてるみたいです。 それに加えて、アルテミス様はとても真面目な方ですけど…… 実はミーハーです 」


 リーサは『ミーハー』の部分だけ泡あわの手を添えて小声で呟く。 へぇーと俺が驚くとリーサはクスクスと笑った。


「意外ですか? 」


「まあ…… でもアルテミスさんのことよりも、ペルさんと仲がいい方が意外だったかな。 冥府の女王と天界の女神とかって対立してるものだと思ってた 」


 人間界を境に対立とか、物語の設定ではよくある話だ。


「それはきっとギリシャ神話による人間界の先入観ですね。 冥界と天界は対立なんてしてませんし、三界の均衡を保つ為に協力しています。 私も業務でよく天界に行きますが、皆さんよくしてくれますよ。 個々の好き嫌いなんかはありますけど、神々同士も基本的に仲は良好です 」


 三界というのは『天界』、『冥界』、『人間界』のことで、人間界を間に挟むように天界と冥界が存在しているのだと言う。 人間界が天界と冥界を隔てる境界線のようなもので、両界の直接干渉を防いでいるんだそうだ。


「お姉さまがハマってる映画のような、天界や冥界の戦争なんて私の知る限りはありません。 治安もこの日本程ではないけど安定してますよ 」


「へぇー 」


 そういう話を聞くと、外国へ観光に行くような感覚で天界や冥界を覗いてみたくなる。 


「あ、今ちょっと見てみたいとか思ってたりします? 」


「いやいや! ただの観光ならいいけど、ハーデスさんやアルテミスさんみたいにまた勝負を持ちかけられても困るし 」


 リーサはそんな言い訳をする俺を見てケラケラと笑った。


「旦那様ならゼウス様相手でも大丈夫だと思いますけど。 お姉さまやアルテミス様に許可を貰ってきましょうか? 」


 俺は両手を突き出していやいやと全力否定する。 全能神ゼウスとケンカなんて冗談じゃない!


 ひとしきり笑ったリーサは慣れた手つきで手早くコーヒーを二つ淹れると、『私も見てきます』とペルさん達の元にパタパタと走っていった。 仕方がないので俺もDVD鑑賞に付き合おうかとリビングに向かおうとすると、ポケットのスマートフォンに着信が入る。 取り出してメールを開くと矢崎からだった。


 ー この間はお茶をどうもありがとう。 暇ならでいいんだけど、外でお話でもどうかな? ー


 絵文字や顔文字はなく簡素な文面だ。 話と言うのは恐らくペルさんのこと…… あまり気は進まないが、ペルさんが嫌な思いをしないで済むのなら、きちんと話をしておくのも必要だ。 俺が矢崎に時間と場所を聞く為に返信メールを打つと、送信後すぐに返信があった。


「ペルさん、俺これからちょっと友達の所に行ってくるね 」


 映画に夢中な二人の女神と付き人に行先を伝え、俺は待ち合わせのカフェに行くことにした。

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