第13話 勝敗は

 ーー まったく……


 呆れたアルテミスの声が聞こえた。 ふと目を開けると、彼女は俺の枕元に座って胸の上に手を乗せていた。


「…… あれ? 俺、死んだんじゃ…… 」


「そうね、いくら精神世界でも死んでしまうのよ? だからとても焦ったわ 」


 アルテミスは怒ったような、困ったような複雑な笑み。 痛みは…… ない。 むしろ彼女の手から温かみが流れてきているような気がする。


「狙ってみろと言わんばかりに挑発してきたから、何か策があるのだろうと予想してたのだけど。 まさか私の矢を受けるだけだったとは思わなかったわ 」


「すみません。 VRだから死ぬことはないかなって思ったんですけど…… でもこれくらいしないとあなたの意表を突けないでしょ? 」


 やれやれと言わんばかりにアルテミスはため息を一つ。


「あなたの意図にまんまとハマってしまったわ。 悔しいけど私の負けね 」


 悔しいとアルテミスは言ったが、その表情はとても優しく正に女神の微笑みだ。 


「ハーデス様の時もこんな感じだったの? まさか本当に彼をワンパンしたわけではないんでしょう? 」


「ワンパンしたのはペルさんですよ。 男と男の勝負だと煽ってじゃんけんをしたんです。 単じゅ…… 真っ直ぐでアツそうな人でしたから 」


 アルテミスは唖然としていたが、やがてクスクスと笑い始めた。 ややしばらく笑って落ち着いた彼女は、俺の目の前で再びパチンと指を鳴らす。 その瞬間、フッと目の前がブラックアウトした。




 ゆっくり目を開けると、元通りの俺の家のリビングの風景。 覗き込むようにリーサが俺の顔を見て目をパチパチさせている。


「あっ、戻ってこられましたよお姉さま 」


「気分はどうだヒロユキ、アルの中は気持ち良かったか? 」


 目覚め一発、ペルさんの微笑みは少し機嫌がいいようだ。


「紛らわしい言い方はやめてよペルさん 」


 苦笑いの俺にペルさんはニヤニヤ。


「貴女のその不純なところはホント呆れるわ 」


 同じく目を覚ましたアルテミスは、赤い顔で恨みがましくペルさんを睨んでいた。 リーサはパタパタとキッチンを往復して俺達にグラスの水を持ってきてくれる。


「それで、お前の満足する結果になったのか? アル 」


 俺も気になってアルテミスの顔色を窺う。 彼女は俺の顔をチラッと見て、フフッと鼻で笑った。


「呆気なく一撃で負けちゃったわ。 方法は別として、まぁ及第点ってところかしら 」


「私の旦那様は人間でありながら強かろう? 」


 とても満足気な笑顔のペルさんにアルテミスは微笑みながらため息を一つ。 


「そうね、貴女が興味を惹かれるのがなんとなく解る気がする 」


 アルテミスは受け取ったコップを一気に飲み干すと、ソファから立ち上がって壁に向かい手をかざした。 するとかざした手を中心に、金色の光の魔方陣が描かれる。


「一度ゼウス様に報告しに戻るわ。 貴女を連れ戻しに来たけど、私には手に負えないってね 」


 そう言うとアルテミスは魔方陣に足を踏み入れる。


「ヒロユキ 」


 彼女は魔方陣に片足を突っ込んだまま立ち止まり、俺に視線を向けた。


「私の勘違いならいいんだけど…… 誰かを守るということは、自分を守れて初めてできることだからね。 自己犠牲では彼女を守るとは言えないわ 」


 少し寂しげな表情を残してアルテミスは魔方陣に消えていった。 壁に染み込むように溶けていく魔法陣を見ながら、アルテミスが残していった言葉の意味を考える。


 そっか…… きっとアルテミスは過去に大事な誰かを亡くしてるんだ。 今回の彼女との一戦はそれを思い出させる状況だったのかもしれない。


 なんだか彼女に悪いことした…… そう考えていると、静まり返ったリビングの雰囲気を断ち切るように、ペルさんが俺の隣にドカッと腰を降ろす。


「何を湿気た面をしている? どんな一戦だったのか私にはわからんが、お前は生きてここにいる。 彼女にはそういう過去があった…… ただそれだけのことでお前には関係のないことだ 」


 確かに関係はないのだが、アルテミスのあの言葉の意味はとても重たい。


「んぐ!? 」


 ペルさんが唐突に、持っていたクッキーを俺の口に無理矢理押し込んできた。


「お前は優しいな。 もし彼女の意思に応える気があるのなら、生きて私を守れ 」


 モグモグとクッキーを頬張る俺を見て、ペルさんは柔らかく微笑む。


「アルテミスは私の一番の友人だ。 気にかけてくれるのは私としてもとても嬉しい 」


 間近で見るペルさんの笑顔は、呆れる程綺麗でいい香りがする。


 あ…… このシチュエーション、もしかして初キス……


  ピンポーン


(うぉい!! )


 無情にもインターホンのチャイムが鳴る。 勧誘かなんか知らないけど空気読めよ!


 イライラしながらインターホンを見ると、そこには高校生時代の同級生が映っていたのだった。 

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