第一部、最終


【後始末は、如何なるのか】



その9.Kの本音と、全ての終焉。



        ★



長年平和だったオガートの町に、フッと湧いて降り懸かろうとした全ての驚異は、終わった。


オガートの町を飲み込まんとしたモンスターと、変異アデオロシュ候は滅び。 ラミアに変えられたクォシカは、呪いから解き放たれて、天に召された。


クォシカの亡骸と共に町へ戻るKとポリア達は、最後の後始末に向かうのみで在る。



        ★



完全に帷が下りる夜の手前ぐらいか。 仄かに赤く染まる所の見えた町に帰ったポリア達は、シェラハとKに全てを任せて、先に宿へと戻った。


マルヴェリータも、システィアナも魔法の遣い過ぎで、もう精神力の限界を超えていた。 早く休ませなければ、完全に呼吸が止まる程に気絶してしまう。


宿の入り口から受付の在るロビーへと。 Kやシェラハ以外の、ポリア達全員で入った時。 心配していてくれた老女将が、見るなり嬉しそうに迎えてくれた。


「おやっ! アンタ達っ、戻って来たんだねっ?!」


先頭に立つポリアは、汚れてボロボロと情け無い姿の仲間でちょっと苦笑いしながら。


「ただいま、女将さん」


この時のポリアは、老女将の顔を見て無事に生きて生還したと感じ。 本当に、ホッとした…。


ぐったりしたマルヴェリータは、ポリアの肩に支えられている。


だが老女将は、Kが居ない事に気付いて。


「処で、あの・・包帯男はどうしたい? ま・まさか…」


嫌な想像が湧いたのか、老女将が言葉を詰まらせるも。


「大丈夫じゃよ。 ケイは、クォシカの遺体を運んで、シェラハさんの家に持って行っている」


システィアナを背負うイルガは、Kが生きていると説明すると。


「え゛っ! クっ・ククク・・クォシカだってぇっ?!!!」


“失踪していて欲しい”


それは、願いでも有ったのだ。 多分、町の人全員の…。 そう、クォシカの自由を信じての。


然し、クォシカの事を今に話すと、ラキームのムカつく面まで思い出すポリアは、腹に湧き上がる苛立ちを飲み込み。


「女将さん、話は後でするわ。 先ず、魔法を沢山遣ったマルタとシスティを、休またいの」


「あああ…。 早く部屋に運びなよ。 着替えのローブぐらいなら、幾らでも使って構わないからさ」


「ありがとう、女将さん」


「バカ。 礼を言いたいのは、こっちだよ。 さ、早く運んでおやり」


老女将は、他の客も居る中で。 何か出来る用意はないかと、考えてくれる。 手伝いの女性が手を貸してくれて、何とか階段を上へと上がった。 寝かせる為に、宿の中に二人を連れて行って。 二人をポリアが着替えさせ、ベットに寝かせてから。 もう一度、老女将の元に行こうと、ポリアが部屋を出る時だ。


横になりながら顔を少し擡げたマルヴェリータは、低く短く。


「ポ・リア・・」


幽かな声だが、ポリアは気付いた。


「ん? マルタ、どうしたの?」


ポリアが目の前に来ると、マルヴェリータは潰れそうな眼で。


「夜・・声を掛けて・・・。 クォ・シカの葬儀・・・出る」


と。


だがポリアは、自分でも気を抜いたら倒れそうな疲労感なのに。 魔法を遣い過ぎているマルヴェリータが、ちょっと寝たぐらいでは立てる訳が無いと解ってた。


「マルタ、無理しちゃダメよ。 明日、町を出る前に、お墓にお花をあげていこう。 夜の葬儀には、Kが居れば大丈夫。 クォシカを助けた彼が居れば、十分よ」


その意見を聴いたマルヴェリータは、静かに瞳を瞑って頷いて。


「そうね・・・ホント・・変わった男………」


最後の呟きからそのまま、寝息に変わっていた。


マルヴェリータの寝顔を見て安心したポリアは、下に降りた。


イルガすらも休ませ、一人して食堂にて。 ポリアが老女将に会って、厨房にてクォシカの遺体発見を含めて、あらまし説明をするが。 Kに言われた通り、ラキームの悪行には触れなかった。


何故か、Kが戻る途中で言って来た。 堅く、‘言うな’と、口止めをしたのである。


一方、暮れなずむ町の中心に在る噴水広場でも。 クォシカの亡骸を抱えたKとシェラハが通った事で、町の人も野菜の取引どころでは無くなった。


「シェラハっ、どうしたんだ?」


「おい、アンタが抱えてるのは、誰だ!」


何人もの町の者が集まって来ては、クォシカの遺体を見ては次々と驚く。


その人達へ、シェラハが簡潔な説明をしながら歩く。


クォシカの遺体と解り、葬儀の準備を急ぎだす人。 材木を集めて棺桶を作ろうと言う人々も出る。 また、クォシカの死を悼むあまりに、泣いてしまう人も居た…。


クォシカと云う女性が、町の人の心に如何に強く残っていたか。 その様子を見れば、良く解る。


さて、Kとシェラハは、役人の詰め所にて。 警備隊長から馬車を借り受けて、シェラハの家に行った。


シェラハの家の前まで乗り付け、馬車を止めた隊長。


その到着が知らされたのか、馬車の元に屋敷から飛び出して来たコルテウ氏が駆け寄る。


荷台から降りたシェラハで。 娘を見たコルテウ氏は、シェラハへと走り寄り。


「シェラハっ! 嗚呼っ、無事だったかっ!!」


「お父様っ!!」


強く抱き合った二人の親子。 然し、シェラハは直ぐに身を少し離して、父にクォシカの亡骸の事を告げる。


驚いて荷台に飛び付いたコルテウ氏は、眠る様なクォシカの亡骸を見て。


「お゛おっ、・・・なんと・・。 何と云う事か…」


一瞬、寝ている様にも見えたが。 その胸には、杭でも刺したかのような傷と血の跡が在る。 クォシカの遺体を見てのコルテウ氏の涙は、娘の親友としてクォシカを見守ってきた。 正に父性の情が溢れていたもので。


「おぉっ、何と、何と! 酷い、どうしてクォシカが、こんな・・こんなぁ……」


その姿を見たKは、クォシカの遺体を二人に託し。


「葬儀の時は、呼んでくれ。 俺が、一応は冒険者の代表として、出席する。 多分、ポリア達は疲れきっていて、今夜は起き上がれないだろうから」


コルテウ氏は、娘が是非と頭を下げたのを見て。


「解りました。 私と娘が、葬儀を取り仕切ります。 誰にも、邪魔はさせませんので。 是非、出席して下さい」


その言動に、コルテウ氏の真摯な気持ちを垣間見たKは、シェラハを見ると。


「シェラハ。 コルテウ氏には、全てを語ってやってくれ。 ただ、外には口外してはいけないぞ。 ラキームの事は、今は放っておけ。 奴には、いずれに裁きが下る」


Kの鋭い視線を持った話に、シェラハは何かを感じ。


「解りました」


と、だけ。


その返事を聴いたKは、荷台から馬車の御者席を切り離した警備隊長の横に戻った。


荷台を置いた馬車が、町の中心に戻って行く。 シェラハは、それを消えるまで見送っていた。


(ケイさん。 貴方は・・一体、ラキームの事をどうするの? 貴方なら、きっと…)


不安という訳ではないが、先が見えなくて心がおぼつかない感じがしたシェラハだった。


さて、Kが宿に戻った時。 辺りは、完全な夜と成っていた。 時に、宿へ泊まろうと来る客が来て、受付では手伝い人の女性が動いている。


食堂にて、老いた女将の泣き顔を見たKは。


「う~わっ。 皴が歪んで、ゾンビみたいぞ」


と、いい加減な言って、老女将に怒られた。


この時既に、ポリアも、イルガも、Kを待てずに寝てしまったとか。


食堂の椅子に座ったKは、余り物と運ばれたポテトのスライス揚げを齧りつつ。


「まぁ、そんな、トコ・だろうな~。 明日までは、まぁ~ず、誰も動けないサ。 全員、お疲れだった」


食べながら、そう言った。


然し、時に支給する老女将の見るKは、大して疲れてもいない様子。


然し、睡魔に潰れる直前のポリアは、この老女将に言った。


“ケイが、とんでもなく強いモンスターへ変貌した主を倒したのよ。 そうじゃなかったら、私達がゾンビに成る所だったわ”


と、言っていた。


(こんな包帯男が、ねぇ~・・・。 人は見かけに由らないものだねぇ~)


と、ご飯の用意をする。


一番奥となるテーブル席の隅に居たKは、食事後に果物のジュースで、シェラハの来訪をのんびりと待っていた。


そのシェラハが遣って来たのは、もう夜更けに近い頃。


「お、来たか」


黒の女性用礼服に着替えたシェラハは、何だか酷く大人びた女性らしく見える。


シェラハの姿を見たKは、グッと果汁を呷ると。


「変な言い方だが、似合ってるな。 全く、なんて事の成り行きか」


シェラハと会話を交わしたKは、ポリアだけに試しに声を掛けてやろうと思ったが。 それも止めた。 何故ならばポリアは、寝潰れる前に老女将へ言ったらしい。


“出席は、ケイだけで十分。 クォシカを助けて、クォシカの魂に愛されたのは、ケイなんだから…”


だ、そうな。


老女将に葬儀をすると告げて宿を出たKは、シェラハの案内で噴水広場に。


噴水公園では、彼方此方の入り口に篝火が焚かれ。 広場には、随分な人数の人が集まっていた。 老若男女、家族で来ている者が大半だった。


丘の上に在る神殿から、以前のゾンビが現れた時に居た女性僧侶が来ていて。 彼女が、クォシカの葬儀を取り仕切った。


Kは、シェラハの計らいで、コルテウ氏やシェラハと同じ席にて、参列する人達の姿を見ていた。


さて、葬儀が始まる直前の時。 町の人の中には、ラキームに雇われていると思っていたKの参列や、葬儀の主催席に着くのを問題視する声を上げた人が居たらしい。


ま、ラキームの悪行を思えば、それは当たり前の事だろう。 雇い主がラキームで在る事は、変わりないのだから。


だが、その異論をシェラハが一蹴した。


“冒険者の方々を、ラキームの事で悪く云う事は許しません。 森の奥から来たモンスターを倒し。 私達と一緒に、公孫樹の森の奥へ行って、モンスターの主まで倒してくれた方々です”


こうシェラハに言われては、誰も言い返せなくなる。


その後にシェラハは、最後にこう付け加える。


“みんな、あの冒険者さん達だけは、悪く言わないで。 クォシカの遺体を見付けてくれたのも。 森の奥に居た怖いモンスターに、怪物へと姿を変えられたクォシカを。 魂ごと救ってくれたのも・・あの人達だから……。 ケイさんを葬儀から追い出したら、私がクォシカに怒られちゃう”


そして、クォシカに代わってと、シェラハが頭を下げたので。 驚いた町の人は、文句を言うのを止めた。


だが・・それは、そうだろう。 あの、幸せそうだったクォシカの魂を目の前で見せられたら…。


さて、深夜まで続いた、僧侶の行う葬儀だが。 ラキームは、やはり現れなかった。 自分の遣った、卑劣な行いを悔いる事も無く。 そのうざったい姿を見ていたシェラハからすれば、現れたら追い返そうと思って居たシェラハだった。


ま、あの森の奥に在った神殿城にて。 あれだけクォシカに追い回されて走り回ってクタクタだったラキームだ。 然も、Kの投げた壁の破片が肩にぶつかった痛みを、帰りにウジウジと言うラキームだったが。


夜中の空を見上げたK。


(まぁ、やはり来ないわな。 下手にシェラハと喧嘩すれば、寝たきりの親父にまで事がバレる。 代行から、任命されるまで。 今は、死人に口なしと黙りを決め込む。 ガロンは、そうさせるだろうな)


祈りや鎮魂歌を歌う女性僧侶と、手伝いの僧侶達。 その声に合わせて行う葬儀には、町の動ける全員が来た。 泣く知り合いの女性や若者達。 また、仕事を切り上げて来た宿の老女将や、警備隊長以下の役人も参加していた。


町の北に在る共同墓地には、クォシカの両親の墓があり。 クォシカも、そこに埋葬されることになる。


さて、僧侶の行う葬儀が終わると、個人個人で花を手向けたりする儀式が行われる。 思い出を遺体に語り掛け、花や絵を棺に入れながら。 故人を偲ぶのだ。


その儀式まで終わる頃は、空に星空が美しくも。 遠くの東の空には、白む夜明けが見えていた。


全てを見届けたKは、


(これだけ人に愛された者を、あの馬鹿は無惨にも奪ったのか…。 薄汚れた過去しか無い俺が思うのも何だが・・、時に救いは無ぇな)


そっと見るシェラハは、追悼する人にクォシカの代理として、礼を示し続けていた。


さて、明け方の早朝になって、老女将と宿に戻るK。


「うぅ・・なんでっ、なんでクォシカなんだい・・。 死ぬなら、アタシが代わりたいよ・・」


生い先短いと云う意味で、こう繰り返した老女将が宿に戻れば。 食堂に明かりを入れる女将は、Kに果汁のジュース、自分にはワインを持ち出して来る。


椅子に座った体勢から、脇目にそれを見たKは。


「おいおい、女将よ・・。 もう朝方だってのに、これから飲むンかい」


すると、力業の勢いでコルクを抜いた老女将。


「当たり前じゃないかいっ。 こんな日でも、宿は開けてなきゃいけないんだ。 酒の一杯ぐらいで、潰れるアタシじゃないよっ!」


完全なる自棄酒だと、そう察したKだが。


「そうですかい…」


と、のみ。


そのまま二人で、夜明けの飲み会であった。


だが、その後に少しして、そこにポリアが起きてきた。


「あれ? 二人で、何してるの?」


「ポリア、こっち来て呑むか? 女将が、自棄酒してるゼ」


「はぁ?」


「クォシカの葬儀が、さっき終わったんだ」


すると、普段着の首と背中を紐で縛る衣服一枚ながら。 スカートをなびかせて、髪も結わないままの姿で、ポリアも遣って来た。


「そっか、終わっちゃたかぁ~~~」


椅子に、身を投げ預ける様に座ったポリアだが。 今日にはこの町を出るので、酒ではなくジュースを貰い。


「・・・なんか、凄く悲しい事件ね」


と、疲れた身体に溜まる悲壮感をそのまま言葉にした。


すると、酔い始めた女将が、ポリアに。


「なんだってっ、あのラキームが生きてるんだい? え?! どうせ、クォシカがあんな森の奥に行ったのは、アイツの仕業も絡んでるんだろ?」


意外に鋭いと感じたポリアは、困った顔でKを見るが…。


解決した本人は、シレ~っとソッポを向いて居る。


だが、酒に勢いを借りる老女将は、


「ふんっ!! あんなバカは、モンスターのエサにでもしてしまえば良かったのにっ!」


と、テーブルを乱暴に叩いた。


そして、グラスを持つ手を伸ばし、老女将はテーブルに突っ伏すと。


「あああ・・・・クォシカぁぁっ! かわいそう・・・可愛そうにぃぃぃ。 嗚呼っ、か・かわ・・・・可哀想にっ、おおおお…」


と、泣き出してしまう。


その様子を見るポリアの本心は、モンスターのエサか、叩き斬ってやりたい気持ちなのだが。


何故かKは、黙っていた。


結局Kは、クォシカの遺体を捜す事からして、一睡もしないで居て。 朝、だいぶ過ぎた頃に起きてきた仲間の皆に。


「さて、ラキームのバカたれに挨拶してから、クォシカの墓へ行って。 そのまま、マルタンに戻ろう」


と、皆に云う。


ポリアは、朝方の時点でこの流れを聴いていたが。


身体がガタガタのマルヴェリータは、もう一泊したかった。 何せ、疲労やら筋肉痛で、全身がバリバリいって居る。 まだ20前半の年頃だと云うのに、‘おばあさん’みたいに腰を曲げて、ステッキを使って歩かないといけないのだ。


然し、金は自分が払うと言ったマルヴェリータに、Kは言う。


「多分、もう一泊は無理だぞ。 こっちがしたくても、ラキームがさせないだろう。 俺達は、最悪の目撃者だからな」


その言われた意味は、ラキームの元に行くとポリア達も理解が出来た。


町の東の外れに在る、なだらかな丘の上に。 ラキームや父親のアクレイ氏の住まう屋敷が在った。


ポリアを先に立て訪ね、面通しを願うと。 大きな屋敷の一角にある、応接間に通された。


黒い、デザイン性の高いティーテーブルを前にして。 Kが、最も前の一人用ソファーに腰を降ろし。


ポリア達は、数人掛けのソファーに座った。


見回す応接室は、中々の広さで。 ソファーはどれも、上質な素材のものを使った凝った代物だ。 壁紙は、春先の植物を描いたモスグリーン調で、春らしい今にピッタリ合う部屋だ。


ラキームの好みか、町娘ながら綺麗なメイドからティーが出されて、待つこと少し。


ぞんざいな開き方でドアが開き、ラキームが入ってくるなり一同に言う。


「なんだ貴様等、まだ居たのか? 金を受け取りに、さっさとマルタンに帰れ。 クォシカの葬儀も、昨夜に終わったんだろ?。 今夜も泊まるなど、俺が絶対に許さないからな」


その物言いからして、明らかな邪魔者とする態度だ。


そして、彼は窓の前の重厚感溢れるデスクに備わった、白く背凭れの高いチェアーに。 ガロンを伴うラキームは、偉そうにどっかりと腰を降ろした。


そのラキームの直ぐ斜め後ろには、ガロンが立つ。


長年、悪どい冒険者をやっていただけ在り。 立つガロンは、疲れなど見せていない。 寧ろ、気持ち負けした昨日を嫌ってか、怖く鋭い視線を此方へと向けて来た。


また、葬儀の時に、女性僧侶がKに教えたが。


“名誉の負傷だっ! クォシカを助ける為、モンスターに肩を遣られた”


昨日の帰る足で神殿に来たラキームは、こう煩く喚いては、疲弊して傷ついた兵士を待たせて。 我先にと、肩の治療をさせたと聴いた。 僧侶の皆は、失血から気を失う兵士が一番に治療を受けなければ成らないと言ったのに、だった。


今のラキームを見ると、肩の痛みなど全く無いらしい。


「・・・」


見張り立つガロンは、Kをかなり警戒している眼差しだ。


だが、その警戒されているK本人は、早く話しを終わらせる為に、早速と用件を切り出した。


「今日、此処に来た話は、とても簡単だ。 ま、どうせクォシカの事件の事は、公にならんだろうが。 一応、関わったからには、全てを知りたい。 だから、簡潔に聞く。 ラキームさんよ、御宅はクォシカを誘拐して、どうしたかったんだ?」


唐突ながら、既に粗方の事を解っている質問を投げるKには。 ポリアとマルヴェリータは、勿論ギョッとしたし。 ガロンとラキームも、狐につままれた顔になった。


腕組みして座っているKを見て、ガロンとラキームは理解に苦しんでか、何度も見合った。


然し、紅茶を飲んだKは、何故か続けて。


「アンタは、クォシカに婚約を破棄されて頭に来た。 だから、誘拐しようとした訳か?」


この話は在る意味で、女性には嫌な現実へと繋がる質問と成る。 ポリア達は、静かに下を向いた。


一方のラキームは、汚い光を宿した眼でKを見る。


「フン、だとしたら?」


「答えになってないな。 この仕事を協力会に頼んだのは、アンタだぞ。 森でクォシカの話した事を、憶測混じりで経過報告として話してイイなら・・、それでも構わないが? 報酬を払わせる為、部分部分で口を噤む代償だ。 最後に事実ぐらい、言ったらどうだ? それに、お宅の解決委任状ぐらいは欲しい所だぞ」


と、言う。


「ふん」


Kの思惑を聴いたラキームは、一つ鼻で笑う


「金を得る為の成功の了承か。 そんなもの、王都マルタンに帰る兵士にでもさせようと思っていた」


こう言いながらも、仕方ないと紙にペンを取って何かを書く。


其処に、ガロンから耳打ちが入る。


(協力会に成功報告をする為には、仕事の経過報告が条件です。 もし、曖昧な情報のままでは、全てを斡旋所の主に語られまする。 其処からは、斡旋所の主の気持ち次第ですが。 生真面目な主ですと、国にも話される恐れが…)


こう聴いたラキームは、金をすんなり得る上で。 余計な過ぎた事実を伏せる必要が在ると、そう思ったのだ。


紙に何かを書いて、それを封筒に閉まって封蝋にて綴じる。 その少しの間を置いてから。


「・・ま、いいだろう。 貴様等のお陰で、父上には、クォシカの遺体を取り戻した私の武勇を語れたのだからな。 そうだ、お前の言う通りさ」


この物言いにて、ポリアも、マルヴェリータも、ラキームが自分に都合良く事実をねじ曲げて、他人に言っているのを知った。 多分、自分達が去った後、勝手な話しを町に言い触らすのだろう。


語る気に成ったラキームは、メイドが出して行った紅茶を飲んでから、下劣な光を眼に宿して。


「全く、あのクォシカには、ホント困ったモンだったぜ。 せっかく、俺様の嫁にしてやろうと言ってるのによ。 俺の女になれば、何の不自由もなく、可愛がられて生きて行けるのに。 親父が自殺したぐらいで、急に断りやがってっ!!」


と、机を叩いた。


然し、聴いていたKは、全く動じる様子も無く。


「それで、あのゾンビやレヴナントに成っていた冒険者を、金で雇った訳か?」


Kの問いに対し、ラキームは異常者のように嬉しそうに笑い始め。


「うぷぷぷっ、そうさ~。 こうなったら、捕まえてモノにしちまえばいいと思ったのさ。 処が、金で雇ったギーシンとか言う男。 このガロンには、頭が上がらないって感じだったから、大丈夫だと思ったのによぉぉ。 思いっきり裏切ってくれて、事態はサイアクだぁぜぇ~」


自分の考えが及ばなかったと、ラキームは机をさらに叩き。


「ったくっ! フタ開けてみれば、なんだコリャっ?!! あのバカ共のお陰でっ、クォシカを喰い損なったゼっ!!  捕まえて、用意した離れに閉じ込めてから。 あの薄着の服をひん剥いて、泣き叫ぶクォシカを押さえ込んで。 死ぬまで喰い散らかしてやろうと、そう思ったのによぉぉぉっ!」


その、ラキームの好き勝手な言い草に。 ポリアは、悔しさと嫌悪感から、怒りの血潮が全身に駆け巡り。 握る拳から爪を手の平に食い込ませてか、血が出た。


また、マルヴェリータの冷めた瞳が、幽霊のように生気が無くなり。 その一点を見据えてラキームを睨む様は、人を殺す事すら厭わない目つきである。


俯くイルガとシスティアナは、服をギュっと握り。 身体を駆け巡る怒りに、必死で堪えている様だった。


さて、ポリア達が、何故に何も言わないのか…。


それは、予めに全員へKが言って在るからだ。


“俺は、これからラキームを罠に掛ける。 話がどう転ぼうが、どんな事があっても、怒ったり騒ぐな。 それが出来そうに無いなら、面会に同席するな”


特に、怒るぐらいならば、絶対に同席するなと念押しして来た。


この注意をされていたものだから、誰もがラキームの悪態に堪えていたのだ。


其処まで聴いたKは、怒る処か、呆れた様子にて。


「ハァ、なるほど、そうゆうことか・・・。 つまり、クォシカは捕まる前に気付いた訳か。 それで、あの森の奥の神殿に・・」


一方のラキームは、詰まらない事だと云う素振りに変わり、ツメを弄りながら。


「せっかくのお楽しみ人生が、それで台無しさ~。 ま、別に可愛い貴族の女を見つけたし、そっちを可愛がるわ・・・。 話は以上だ。 解ったら、この成功報告の手紙を持って、さっさと町を出て行け」


言われたKは、素直な流れのままに頷いた。


「言われなくとも。 つ~か、正直な処は、もう少し早く町に来たかった」


と、立ち上がった。


「貴様、どうゆう意味だ?」


ガロンは、Kを睨み見て言った。


席を立ったKは、机の上に置かれた手紙を取った。 その時に、ガロンを脇目で見て。


「クォシカが生きてりゃ、テメエ等をモンスターと一緒に斬り倒して。 俺は、クォシカとめでたく結婚できたかもしれん」


この戯言に合わせ、ポリア達が立つ。


戯言を聴いたラキームは、Kを睨んで。


「キサマぁ・・・、この町史を斬るだとぉ? 国の役人に、ふざけた口を利く気かぁ?」


すると、珍しく笑みを浮かべ見せるK。


「いいや」


彼にしては、爽やかな物言いと言って良いほどの言動たが…。


言った後に、眼元と口元を不気味にニヤニヤさせると。


「テメェ等二人揃って、その首をよぉ~く洗っておけな。 ギロチンか、長剣でスッパリ簡単に斬り落とし易いように…」


このKの言葉を受けて、ガロンはハッと或る事を思い出した。


(待てっ。 〔首切り刑〕は、法の中に於いて最悪の罪人に執行される処刑法だ。 貴族などが宣告される場合は、もっとも極悪非道な事例のみだぞ?)


俄仕込みながら、この国の法律を覚えた内容を思い出したガロンだ。 何故に、一介の冒険者に過ぎないKの口から、それが出たのか。 その事に対して、凄まじい不安感が感じられた。


「待て。 キサマ・・・何か企んでるな?」


こう言ったガロンをKは、何処か嘲笑うかの様な視線で睨む。


「だとしたら? 此処でアンタが、俺を斬れるのか?」


「ぐっ」


剣に手を掛ける気に成ったガロンだが、目の前に居るKの気配だけが消えた事で。 殺気に似た不穏な気配を覚えた。 今、剣を先に抜いただけで、Kに斬られるかもしれない。


(こ、この無の気配と、恐ろしい殺気は何だ?! こんな事っ、今までに一度も…)


そのKは、手でポリア達に“出ろ”と合図して。 彼女達を外に出させる間は、ガロンと対峙する。


「な゛っ、なんだ? ガロン? どうしたっ?」


慌てるラキームなど、視線を噛み合わせる二人は眼中に入れていない。


Kは、ポリア達が出て行ったのを察してから、左目を細めると。


「フッ、気が変わったぞ。 黙って行こうと思ったが、少し悪戯をしてやろう」


と、口元に不気味な笑みを浮かべる。


一方のガロンは、Kが目の前に居るのに。 何故か気配としてその存在が感じられず。 四方八方から殺気を感じる感覚に、心底から恐怖した。


「お゛っ、おま・え・・、一体・・・何者だっ」


問われたKだが、その全身から窺える余裕は、額から汗を流すガロンとは対照的で在り。


「俺が何者か・・、そんな事を考えてる暇なんぞ、テメェ等にはネェぞ」


「なにぃお?」


応えるガロンの顔は、余裕が無いなんて処では無い。 眼が血走って、緊張感や恐怖感に因ってか、戦える心境にすら無い様な感じだ。


Kは、ガロンの横で怯えるラキームを一瞥すると。


「ガロンよ。 死ぬまで此処で、そのバカと二人して怯えるがいい。 もし、後で逃げたのが解った時は、俺がキサマを直々に斬ってやろう」


此処まで言ったKは、その目を細めて下から舐め上げる横に睨むと。 その左手を広げて、ゆっくりガロンの顔の方に翳す。 そして、‘引っ掻く’様に手を動かしながら。


「ガロン。 これは、‘死神’との誓いだ。 この言葉を、その薄汚い頭に刻んでおけ」


Kの仕草、その文言・・。 見聞きしたガロンの瞳が、これまでに無い程に強く、グワっと見開かれた。


(やっ、やはりこやつっ!!!!!!)



何故か。 生易しい生き方をせず、人を踏み潰して生贄にし。 今日まで遣りたい様に遣って来たガロンだが、全身から汗を噴き出して、震えが止まらなくなった。


固まるガロンを見捨て、怯えるラキームなど眼中にすら入れず。 Kは、最後に部屋を出て行った。


Kが出て行く時から、ラキームはガロンにしがみついて。


「ガロンっ? どうした? 何か知ってるのか?」


このガロンの怯える姿に、ラキーム自身も恐ろしくなる。 立って、ガロンの肩を掴んで揺さぶったが…。


立ち尽くしたガロンからは、何の反応も返って来ないままだった…。


さて。 外に出たKは、既に普通のKだった。


「さて、クォシカの墓に行くか」


玄関先の櫻の大木から、ハラハラと淡い桃色の櫻が舞い落ちる。 櫻の雪の中、ポリアを先頭にクォシカの墓参りに向かう事にする。 ラキームの家の敷地内を抜ける並木道の櫻は、儚げでキレイであった。


クォシカの墓参りに行く途中となる。 ラキームの言動を思い出すのか、ポリアはイライラしながら。


「ね、ケイ。 あんな事まで聴いて、一体どうするつもりなの?」


その横を、ヨロヨロとステッキを付いて歩くマルヴェリータは、呆れた声でポリアに。


「教えてくれないわよ。 着いて行けは、次第に解るわよ」


此処でKは、マルヴェリータを見て、


「漸く、俺が解ってきたねぇ」


と、言った後。


「然し、その姿は何だ~。 歩き方がまるで‘おばあさん’だぜ?」


疲労と筋肉痛で、まともに歩けないマルヴェリータやシスティアナ。


「う゛、うるさいわよ」


赤面のマルヴェリータは、マルタンへの帰りも馬車で帰ると云う。


だが、一緒に歩くイルガやシスティアナも、ラキームの話しを聴いているだけに。 この会話で笑えなかった。


昼過ぎ。


五人の姿は、墓地にあった。 花束に囲まれたクォシカ一家の墓石。 春の風に乗り、辺りに咲く桜や桃の花が舞っていた。


「・・・」


黙ったままKは、碑に花を手向けて。


システィアナは、懸命に祈っていた。


ポリア達はKの言う通りに、直ぐに王都マルタンへ戻るべく。 オガートの町を後にした。


マルヴェリータは、野菜を買い付けに来た馴染みの御者を見付けると。 モンスター騒ぎやら、クォシカの葬儀の影響から。 買い付けが上手く行かない馬車の隙間に、自分達を乗せる様に交渉した。


此処で、ラキームから貰った危険手当てが、モノを云う事に成る。


さて、去るKやポリア達を見送りに、シェラハと宿の老女将や下働きの女性達が来てくれた。


町の入り口。 大きな楡の木の下で。 シェラハは、みんなを乗せた荷馬車が消えるまで、ずっと見送ってくれた。


馬車に乗っかって、街道を走り始めるなり。 さっさとKは寝る。


だが、疲れているのは、皆同じ。 ポリアやイルガとて、全力を出し切って、筋肉痛や疲労が襲って来ていた。 それぞれが会話も少なく、水分補給や食事くらいしか起きない。


御者の男性は、この仕事をする中でも老練で無口な者だが。 ホーチト王国最大勢力と成る商人の、マルヴェリータの家に雇われただけ在り。 しっかりした人物だった。


何故、それが解るかと云えば。 一見すると、話し上手でも無いし、何もしないようで居て。 こまめに水場に寄ったり、夜の夜営場所は、ちゃんと抜かりのない場所にする。


また夜だけは、Kとこの老練な男性が、世界事情で話しが合えば。 様々な、文化、流通、名勝などが話題に上って。 傍目でポリア達が聴いていて、全く暇にならなかったのだ。


老人の御者は、若い頃に冒険者をやっていた経験でも在るのだろうか。 過去の自分は、‘船乗り’だったと語るその老人だが。 怪我する前の事を尋ねられるKは、その辺を上手く躱しながら話を続ける。


“流石に、人と関わる仕様も玄人だ”


と、イルガに思わせたKだった。


さて、マルタンまで、普通に荷馬車なら約二日半の距離。 然し、満身創痍に近いポリア達だった為に、夕方は早め早めに休み、水分補給や休憩を多く取った事から、着いたのはオガートを経って4日目の朝である。


今、マルタンまですぐ其処と云う辺りに居る。 彼方此方の街道から来た荷馬車や乗用馬車が街道に列を作っていた。 門を潜る時の手間も在るから、コレは仕方ない。


走る速度が鈍くなる中で、幌を避けて空を見るKが。


「今日は、少し雲が多いな」


と。


この空模様と、海側から吹く風を感じて。


「あ~あ、こりゃ~今夜は、雨くせ~な」


と、続けた。


横で聞くポリアは、内心に。


(雨に、匂いは無いです)


然し、口には出さない。 Kが云うのだから、雨は降るのだろうと理解したのだ。


そして、雲の切れ間に見える陽射しが、見上げる高さまで昇る頃。 マルタンの街に入る為の、巨大な城門の様な鋼鉄の扉を潜り抜けた先は・・。 海の香りが漂う、王都マルタンだった。


街に入れば、道を歩く人の多さ。 通りを右往左往する馬車の引切り無しと云う様子。 そして、賑う雑踏の雰囲気は安心を与えてくれる。


そう、漸く帰って来たのだ。 仕事を請けた街に…。


マルタンの街に入って、協力会の拠点支部と成る斡旋所。 【蒼海の天窓】が在る道へ入るべく、分岐路で降ろしてもらった一行。


さて、歩いて大した距離の無い道の途中だが、斡旋所の上部が見えている処で。 ‘顔や名前ぐらい知るのみ’、ぐらいの知り合いと成る冒険者達に会うポリア達。


「よぉ、ポリア」


「おっ、マルヴェリータさんも、相変わらずお美しくいらっしゃる」


顔の良さを自負するタイプの、口だけ学者と。 自然魔法と云う、マルヴェリータの遣う魔法とは違う、伊達男気取りの魔術師が混ざるチームが、わざわざ近寄って来た。 相手のチームは、9人と云う所帯のチームで。 生意気そうな女性の剣士や、身体の大きさを威圧感に見せる重装備の大男が居る。


イルガは、そのチームが近付くなり。


(こやつ等か。 長く絡まれて、お嬢様が苛立たなければ良いが…)


と、心配した。


このチームの男達は、誰もがポリアやマルヴェリータに好意が在り。 以前から度々に誘い、徹底的に断れた経緯が在り。 最近では、その好意が空回りして、悪態を見せる様に成っていた。


気取った感じの長めな金髪をした学者の若者は、ポリアに近付くと。


「数日ばかり姿を見ないと思ったら、息抜きでもしてたのか?」


そのしたり顔は、ポリアの一番嫌いなタイプだ。


然し、喋り掛けられたポリアは、


「違うわ。 チョット、他所の町まで仕事に行って来たの」


随分とサッパリした物言いで返す。


すると、何処か偉そうな雰囲気を纏う魔術師の男性が、マルヴェリータに近寄り。


「‘仕事’ねぇ・・。 大方、農家の手伝いとか? 頭を遣う方は、サッパリの君達だから。 そんな仕事が、お似合いだと思うよ」


完全に、からかわれていたが…。


言われたマルヴェリータは、


「じゃ、イイんじゃない? 冒険者の仕事も、適材適所。 オガートの町で、色々と楽しめたわ」


と、取り合う気もない素っ気なさ。


他所のチームの男達に絡まれた二人の美女の物言いは、全く引っ掛かりが無かった。


気の強そうな女性の剣士が、ポリアに突っ掛かろうと一歩を踏み出すのだが…。


ポリアが、先んじて歩き始め。


「じゃぁ、ね。 報告して、小銭を貰わなきゃイケないから」


その姿に、立ち止まっていたKが、不思議と柔らかく微笑した。


マルヴェリータも、システィアナと歩き始めながら。


「お疲れ様。 そっちは大所帯なんだから、仕事・・頑張った方がイイんじゃなくて」


と、去るまま言う。


その言葉に、イルガは相手の学者の手を見て。 依頼の張り紙らしきスクロールを見付け、マルヴェリータの言った意味を知る。


(ふむ。 お嬢様も、マルヴェリータも、何か確かな成長をされた様だ…)


と、感じる。


目の前のチームは人の頭数が多い分だけ、ポリア達よりもチョット仕事の出来が上だから。 ポリア達よりマシな仕事を貰うだけで、直ぐに自慢して来る者達だ。


処が、男達に絡まれたポリアやマルヴェリータだが。 今までなら、異様に苛立つのが常々だったのに。 今日は、妙にからかわれても気にならなかった様だ。


手応えの無い反応しか見せないポリア達に、何か絡む気の削がれた彼ら冒険者達は、立ち去るポリア達を逆に消えるまで見送っていた。


イルガは、其処に何か見えない線が在る様な、そんな気がしたし。


これは、もしかすると見送る彼らも、同様だったかも知れない。


さて、斡旋所と成る館の前に来た一行。 館の前から、広い港を一望できる。


「なんか・・戻って来たのね」


Kと知り合う前は、見飽きた景色だったのに。 不思議と懐かしく感じたマルヴェリータが、小さく漏らした。


横に居るポリアも、


「だね。 なんか・・・半月くらい戻ってない気がしてた」


と、続ける。


システィアナは、海や港を見て。


「ここからの~うみさんはぁ~、とお~~ってもキレイですぅ~」


イルガは、あの紅いスケルトンと戦った激戦を思い返し、沁々と。


「然し、実に悲しい仕事じゃったわい」


それぞれにとって、クォシカの事件が衝撃的過ぎたのだ。


だが、解決をした本人のKは入口のドアに向かいながら。


「おいおい、まだ終わってないぞ~」


と、一人で先に館の中に入る。


Kの姿は、ある種の独特さが在る。 円形カウンター内から彼を見た主人が、席より直ぐ立ち上がった。


「おぉ、良く帰って来たな」


禿げ頭の巨漢主のこの態度を見たKは、カウンターに近づきながら。


「どうやら、俺達より噂の方が早かったか?」


ポリア達も後ろから来る手前で、主人はKに頷いて返し。


「あぁ。 何でもモンスター騒ぎを鎮めて、行方不明の女の遺体まで見つけたんだろ?」


「経過が解ってるなら、話は早い。 コレが、依頼主からの成功報告書だ。 で、金を貰おう」


後ろからKに追い付いたポリア達は、彼の捌けた姿に言葉が出ない。 今は、金だのと貰うキモチには、どうしても成れないのだが…。


禿げ頭の主人がその手紙の内容を確認し、大きく頷くとカウンターの下に在る金袋を出して。


「然し、凄いな~ポリア。 まさかとは思ったが、こんな難事件を解決するた~驚いた」


Kの前にイルガと一緒に出たポリアは、詰まらないと云う雰囲気を醸し出しなから。


「実際に解決したのは、後ろのケイよ。 アタシ達は、雑魚みたいなモンスターと戦っただけ」


主人は、モンスター騒ぎの噂を思い出した。


「そうか。 だが、入って来る噂だと、ゾンビやスケルトンが出たって言ってたな。 雑魚ってのは、他にどんなのだ?」


前に出るマルヴェリータとポリアが見合ってから。


ポリアが、頭を抱えながら。


「ゴースト・・ゾンビ・・と、スケルトン。 後、青いゾンビの・・レヴナントだっけ? 他、紅いスケルトンね。 アレは、強かったわぁ」


と、指を折って数えながら言う。


其処へ、広い部屋の中で腕組みしていたKが、間を空けず透かさずに。


「“紅いスケルトン”ってのは、正式の名前が〔ブラッディロア〕と云うんだ。 生きた生き物でも、死肉でも喰らう大蛇モンスターの牙から、暗黒魔法と云う呪術で生み出す。 〔ゴーレムマジック〕の産物なんだ。 覚えとけ」


と、説明が飛ぶ。


「へぇ~」


Kの説明に、感心したポリアやマルヴェリータだが。


金を小袋に入れる主人の手が、ピタリと止まり。


また、カウンターの内側に居る。 30代くらいのバンダナ姿の男も、ポリア達を見たし。


その話を少し遠巻きで聞いていた回りの冒険者達も、カウンターのポリアやマルヴェリータを見た。


大男の主人は、Kやポリアを見て。 その場に居る皆を代表する様に。


「ポリア。 お前・・嘘は言ってない・・・よな?」


疑われたポリアは、酷く面倒臭そうな顔をして。


「マスター。 報酬を貰うだけなのに、嘘なんか言ってどうすんのよ。 大体、見たのは私達だけじゃ無いわよ」


だが、主人の顔が厳しく変わり始め。


「だがっ。 お前っ、“ブラッディロア”なんて奴を生み出せるモンスターなんか、人の住む周りに匆々居ないぞ?」


この質問を受けてKは、呆れた様子を態度に色濃くしながら。


「アホ。 行方不明と成った娘、クォシカの死んだ魂に、〔ラミア・リベラルド〕の呪い掛けるぐらいの奴だぜ? それぐらい、訳なく出来るさ」


と、言い捨てる。


処が、主人は更にギョっとした顔でKを見ては、興奮した言葉で。


「あンだとぉっ?! お前達っ、一体どんなモンスターと戦ったんだ?!!」


この主人の態度に、ポリア達は困惑した。 どうして興奮しているのか、チョット解らない。


然し、Kはあっさりと。


「森の奥深くに隠された根城に巣食ってたのが、〔ジェノサイスホロウ〕。 城の地下で結界の魔法陣を守護していたのは、〔ガーディアンレウス〕。 全く、〔亡霊王〕だの、〔石像竜〕だの、疲れる仕事だったゼ」


この間、金を入れる筈の主人の手が、完全に止まり。 語るKを凝視している。


其処へ、不思議に思うイルガから。


「マスター殿、如何した?」


「あ゛? あ・・いや」


固まっていた主人へ、詰まらないと感じたKが。


「おい、早くしろよ。 今日は、この後も色々と後始末に忙しいんだ」


こう言われてハッとした主人は、Kを見返しながら。


「おっ、おお・・・す・すまん…」


と、手を動かす。


然し、その内心は、酷く大いに乱れていた。


(ふざっ、ふざけるなよっ! そんな凶悪なモンスターを、簡単に倒せる奴がいるのかっ?!! 連れて行ったのはっ、駆け出しでも炙れてるポリア達だぞっ)


主人は、この情報をどう捕らえていいか、全く解らない。


何故ならば、Kの話に出てモンスターとは。 冒険者の頃がそれなりに有名だったこの主人自身だって、一度として戦った事が無い相手。 強敵も強敵で、名うての冒険者チームが全滅させられた話すら、昔から溢れ在るのだ。


だが、仕事は成功している。 モンスター騒ぎを麗しい見た目となるポリア達が鎮めたと。 昨日、一昨日、もっと早く街に来た商人などが、自慢げに話していたとか。 そうした情報は、斡旋所に集まるし。 斡旋所の後援会のような酒場では、毎夜毎夜、騒がれては更新される。 この禿げ頭の主も何人か下働きとなる者を抱えて居て。 そうした者が、噂を集めて来る訳だ。


また、解決に関わったのが、美女のポリアとマルヴェリータの居るチームと、解り易い付属がくっ付いていた。


「ほら・・、や・約束通りの五千シフォン。 あ、後、町からの寄付とか諸々に入ってる」


ぶっちゃけ払っている主人は、そのモンスターの話が本当ならば。 強敵を倒した追加報酬を払う必要が在ると、そう感じる。


いや、本当にそんな強敵を野放しにすれば、町や村が直ぐに滅ぼされる。 冒険者達が、そうゆう危機を救ったならば。 別途の追加報酬を払うのは、名誉も混じる義務なのだ。


然し、受け取るポリアを見たKは、困惑する主人に。


「話が嘘だと思うなら、明日にでも〔ジョイス〕に経過を聞け。 俺はこれから、ジョイスのアホの所に行くからよ」


混乱している主人は、良く聞いたことが有る名前だと。


「ジョイス・・、ん? 聴いたことあるが、あ・・・誰だったか?」


一方、其処へ。 驚いたマルヴェリータが、声を少し震わせてながら。


「ケっ、ケ・ケイ? まさかっ、そのジョイスって・・・。 我が国ホーチト王国の、宮廷魔術師総師団長の・・じょ・ジョイス様?」


だが、出口に向くKは、主人やマルヴェリータに見られながら。


「他に、誰が居るんだよ」


「ひぇっ!」


とんでもない偉い人物の名前が出たと、驚いたマルヴェリータだが。


「ったく、七・八年前の駆け出しの時は、モンスターを見ただけでビビって気絶しかけてたあのジョイスが。 今は、宮廷魔術師のトップたぁ~、偉い身分に成ったもんだゼ」


と、言うと歩き始め。


「じゃな、お世話様だ」


と、主人に残す。


さて、ポリアは辺りを見る。 駆け出しの冒険者達が、俄に騒ぎ始めていた。 倒したモンスターの事と、偉大な魔術師の名前が出たことで。 彼処此方より、噂が起こり始める。


今までは、ポリアが向こう側だったのに…。


周りを窺うポリアに、イルガは。


「お嬢様、ケイが出て行きますぞ」


「え? あ、あぁ、うん」


Kの後に、さっさと続いていたシスティアナが、ドアを開けて待っている。


Kは、もう外に出ていた。


さて、急いで外に出たポリアは、Kに。


「ねぇっ。 なんか、館の中が凄くなっていたわよ」


然し、そんな事などKにはどうでもいいのか。


「捨て置け」


と、素っ気無い。


煩い邪魔が無くなった処で、マルヴェリータは半信半疑の面持ちで。


「ねぇ、ケイ。 貴方は、本当にジョイス様を知ってるの?」


すると、空を軽く見上げたKで。


「・・まぁ、後始末までなら構わないか」


と、呟く彼。


「そんなに疑うなら、着いてくるか? ジョイスのゴミ屋敷に、よ」


「え?」


突然の切り返しで、こう提案されたマルヴェリータは、ポリアと見合う。


だが、言ったKは、包帯の隙間に見える表情を‘面倒臭い’と云わんモノに変えながら。


「アイツは、昔っから片付けられない男だからよ。 屋敷ン中は、それこそ足の踏み場も少ない。 それでもいいなら、来るか? だが、本の津波に呑まれも、俺に文句言うなよ」


この話に、間髪入れずして。


「イクっ!」


飛び付く勢いで、ポリアが言った。


そして、Kに着いて行く事にしたポリア達。


細い路地を抜け、大通りを戻って。 マルタンの街を東西に貫く、最大の大通りに出ると。 そのまま、ひたすらに王城の方に歩き出して行くK。


この王都マルタンは、首都と王都を兼ねた街。 最も賑わう商業中心地から、北東に見える王城までなかなかの道のりがある。


歩き始めたポリア達は、雲が多い空の下を行く。 石造・煉瓦・木造の建築物が、道で区切られた敷地に所狭しと並ぶ商業区域を抜け出せば。 広大で、緑の豊かな植物園が在る、大広場へと入る。


この一帯のど真ん中に来ると。 女神像が掲げる杖から出す噴水を、ベンチが囲む緑の女神広場が中心で。 この広場の斜め四方には、温室公園、野原公園、花園、林間公園の四区に分かれる中枢と成る。


Kは、女神広場まで来ると。


「何時に来ても、この広場の周りには、屋台が溢れてら」


後ろに着くポリアは、既に野菜と肉を串に巻いて。 甘辛いタレを付け、香ばしく焼き上げた物を買っている。


「味も、サイコーっ」


杖を脇に側め、串を左右の手に持つシスティアナは、モゴモゴと口を動かし、空腹を満たす事に夢中だ。


一方、甘い麩菓子を買ったマルヴェリータ。 串を持つ手まで優雅に見えるのは、その美貌や振る舞いのお陰だが。


「訪れる時期に合わせて、四季折々の草花が楽しめるこの辺りは、外国にも有名みたいね。 ポリアは、子供の頃に此処へ来て、思い切り迷子に成ったって」


Kは、向かう東側の左を見ると。


「こっちの温室公園は、鉢植えの迷路みたいだしな。 代わって、右側の花園は擂り鉢状の散歩道に成ってるし。 初めて来る時は、そりゃあ迷うだろうよ」


「あら、やっぱり見て回ったのね」


「俺は、薬師の技能が有るからな。 植物は、全て見て回るのが癖だ」


「‘癖’?」


「様々な樹木や草花には、毒性と薬効が在る。 毒性とて、弱めて使えば薬と変わり。 薬効も、正しく扱えなければ、毒に変わる。 匂い、色、味を確かめ、的確に調合しないと。 非常に面倒臭い事と成るのが、薬草の世界だ」


「む゛ず・・かしそう」


眉を顰めるマルヴェリータ。


然し、人の流れを見るKは、


「薬師は、その難しい部分を、五感で察するんだ。 有る意味、それだけ身体を蝕む事と引き換えにして、生み出された歴史も在るって事よ」


と、薬師の歴史を短くも感じさせる。


「・・・」


Kを見詰めるマルヴェリータは、こんな大人らしい冒険者を初めて見た気がする。


(私達があしらわれる訳ね。 培ってる経験の域が、全然、何て云うか・・段違いな気がするわ…)


今回の冒険と云うか、依頼を経て感じた事は。 本物とそれ以外の差だった様な、そんな感じがしたマルヴェリータ。


さて、王城の正面前から南へ伸びる大通りは、街を貫いては港まで続く大通りと成り。 商業区域から東西を貫く大通りともぶつかり、少し歪ながら十字の形で王都マルタンに伸びる。 無論、その大きな通りは、この大公園の真ん中をも通り抜けている。


今、春の陽気がまだ続いていて。 何種類も蝶が舞い、蜜蜂が花に止まっていたりする。 広い広い公園を抜ける間は、そんな長閑な様子を見て歩く一同。


その後、行政区に入ると、その景色は一変。 兵士が出入りする大きな宿舎や、日々に訓練する広場が現れたり。 各行政詰め所など、夥しい数の建物が、王城に向かって波状方に区画正しく整理されて並ぶ。


此処へ来ると、歩道と車道が段違いで区分けされる。 また、大人の膝辺りまで高い歩道を歩くのは、繋ぎの制服に身を包む兵士や、色違いの制服を着る役人達と成る。


ポリアは、辺りを見回すと。


「この辺りって、な~んか来る度に堅苦しく感じるのよね~」


大通りの段の下と成る真ん中は、黒い乗用馬車がひっきりなしで行き交う。


歩道を歩くKは、左側の壁の向こうに、隊列を組んで槍の集団訓練する新米兵士を眺めながら。


「こっちはこっちで、働く者が多いからな。 ま、活気はあるが・・。 やはり、‘規律の中に生きる場所’、と云う雰囲気が強いよな」


その通りと思うポリア。


「確かにね~。 こっちには、久しぶりに来たけど。 ウチの国と同様に、その手の雰囲気に溢れてるわ」


ポリアが、周りを見てこう口にする。 ポリアの家柄からすると、他国も含めてそうゆう雰囲気を理解するらしい。


処が。 ポリアとマルヴェリータの美貌は、こんな所でも人目を引く。 歩いている兵士や役人が、明らかに立ち止まって目を奪われていた。


然も、兵士の訓練が行われていた広い施設を過ぎた頃。 歩道が降り斜面となり、車道と近い高さへと変わる所が数ある。 その1つに差し掛かる時だ。 黒塗りの常用馬車が、いきなり皆の少し手前横で停まり。 車体脇の窓が開く。


通り過ぎの真横で、髭を持った初老の紳士が顔を出しては。


「失礼だが。 貴女は、ミス・マルヴェリータ?」


声を掛けられたので、Kも含めて立ち止まる一同。 マルヴェリータも、父親の仕事が在る手前。


「はい、そうですが」


と、一応は心の壁を見せずに対応した。


髭から頭髪まで、キチンとした紳士風体の初老男性は、高そうな礼服やスカーフネクタイをした姿ながら。


「おぉ。 やはり、トルメイニ氏のご令嬢で有りましたか。 私、お父上の知人です。 お見知りおきを」


マルヴェリータにとって、一番イヤな紹介のされ方なのだが。


「それは、わざわざ立ち止まってのご挨拶、ありがとうございます」


と、差し障りの無い礼儀を返した。


その初老男性は、わざわざポリアにのみ挨拶を付けて。 窓を閉めると、馬車を走らせ行ってしまう。


馬車が行ってから、Kが流し目の様な視線からマルヴェリータを見て。


「流石に、この国一番の大商人だものな。 お宅の親父、トルメイニ氏は」


然し、この手の話はもうウンザリと横を向くマルヴェリータ。


「関係無いわ。 だって、私が家督を継ぐ訳じゃないもの」


と、詰まらなそうにする。


だが、歩き出したKは。


「‘関係無い’と、スッパリ言えるほど無関係な訳ないだろうが。 お前さんと結婚すれば、政界にも、商業界にも幅が利く。 野心家や強欲な者からすれば、なまじに絶世の美人なお前さんだ。 無限の価値が在る宝石の様で、嫌がっても放っておかないさ」


自分の存在の一番イヤな部分を指摘されたマルヴェリータは、何も言えず黙った。


似たり寄ったりの存在で在るポリアは、話題を変えようと。


「ね~、ケイ。 ジョイス様の家ってまだなの?」


と、話し掛ける。


だが、その時だ。


数歩ほど歩いた先でKが何と、通りを擦れ違うように近づいて来た紅い車体の馬車を見るなり。 いきなり馬車の前に、ポ~ンと段差を降りて出た。


「う゛わっ!」


唐突な行動に、ポリアが驚き。


「どうっ、どうどうっ」


紅い車体の馬車を動かす馭者が、慌てて馬を止めた。


何とか馬が止まった時に、


「こらっ、危ないではないかっ!!」


馭者の横に座る紋章の入った高官らしき服装をする男が、Kに向かって怒った。


だが、彼をKは気にしていない。


「おい、ジョイス。 この忙しいときに、何所へ行くんだ? テメェ、また本屋巡りかっ?」


何故かKは、馬車に直接言う様に喋ったのだ。


「え゛?」


「はぁ?」


ポリアとマルヴェリータが見合って、また馬車を見る。


一方、馭者席の脇で席を立つ高官の男が。


「こらっ、貴様!! 通りすがりの分際で、ジョイス様を呼び捨てにするとはっ! うぬぬっ、何たる輩だ!!!」


と、更に苛立ち怒鳴りつける。


其処で、


「ん~~?」


馬車の窓が横開けで開かれると、ボサッとした頭髪の男性が、のんびりとした動きにて顔を出して来る。


だが、Kを見るなりに、顔の表情を明るくさせて。


「あ~っ、リーダーっだ!!」


と、驚くではないか。


高官服装をする馭者席の男性は、馬車から顔を出す男性を乗り出す様に後へ見て。


「ジョイス様っ。 此方は・・お知り合いでしょうか?」


と、尋ねると。


顔を出す青年の様な男性は、


「うん。 私の、実の師匠だ。 今、降りる」


こう言ってドアを開ける。


それを声のみで聞いたポリアとマルヴェリータは、二人してビックリした顔を向かい合わせ。


「しっ、師匠ぉ?!!」


と、声を合わせる。


さて、馬車の前に居たKだが、後から来る馬車が膨らんで追い越す事も気にせず。 危ないので、逆側となる歩道側に降りるジョイスなる人物の元に行くなり。 まだ降りきらぬジョイス氏の頭を、“ペシっ”っと左手で叩く。


「アイタっ!」


つんのめって出て来るジョイス氏で在り。


ポリアもマルヴェリータも、その行動にとんでもなく驚いて。


「ちょっ、ちっちょっとっ!!」


「ケェッ、ケイ!」


と、声を掛け。


馭者の隣に立つ高官の男性も、相当に驚いて。


「きっ、キサマぁっ!!!」


と、怒鳴る。


だが、Kの前に立ったジョイスなる人物は、何故か腰が低くて。


「リ~ダぁ~、怒らないでよぉ~。 ちゃんと、待ってたじゃ~ん」


その口調は、友人の頭が上がらない相手にする様子。


対するKは、かなり呆れた口調で。


「お前がっ、俺にこの話しを持ち掛けたンだろうがっ。 モンスター騒ぎまで起こったつ~のに、お前の息の掛かった兵士すら寄越さねぇで! 大方、俺に任せで安心してやがったな。 斡旋所に話も通さネェで、タラ~ンと読書と研究ばっかりしてたんだろうがっ!」


‘ジョイス’と云う男性は、Kよりも頭一つは高い背丈で。 見れば、まだ30前後の知的な優男風のイイ顔をしている。


然し、その身分の肩書きは、王にすら伺い無しで謁見する事が可能なハズなのだが…。


今は、K向かって下っ端の兵士の様にピシッと敬礼して。


「そんな~事は有りませ~ん。 ちゃんと、待ってました。 ハイ、ジョーホーシュウシュウとか、仕事して待ってました」


と、何とも解り易い、嘘臭い言い訳をする。


対するKは、完全に辟易した様子にて。


「はっ! お前の性格の粗方を知ってる俺が、そんな話を信じるかっ」


取り付く島も無い態度をされたジョイスは、いよいよKに縋って。


「リィ~ダぁ~、マジですってぇぇぇ~」


と、子供の泣き落とし状態へ突入。


「ルッせぇっ! 表面上は解決した様に成ったが、本題となる面倒な話が在るんだっ! さっさとテメェの屋敷に行くぞっ。 俺達を乗せて行けっ、このポンコツ魔術師が」


Kの話に、動ける要素を見たのか。


「ははぁーっ。 馬車にお乗りく~だ~さ~い~」


自分の乗っていた馬車の扉を、素早い立ち直りから開き。 Kを誘導したジョイス。


さて、どうしてかは、追々に解って来る事として今は深く綴らないが。


彼を見たポリアは、少し困ったまま。


(あれ、この人・・こんな人だったっけ?)


と、イルガへ耳打ちを。


もっと困って恐縮するイルガ。


(い、いえ。 あ、ケイとは、かなり旧知の間柄と見受けられますが…)


また、その家柄からマルヴェリータは、王国主催の記念パーティーには、幾度も呼ばれた事が在る。 この美貌なだけに、貴族の派手やかに着飾った令嬢や夫人にも負けない華が在った。 その席にて、このジョイスを何度も見掛けた。


“ホーチト王国、宮廷魔術師総師団長ジョイス=クライムスレイ”


その肩書きを持ち、それとなく国王を警護した時の彼の威厳は・・・、今の何処にも無い。


(ケイ・・、貴方って何者なの?)


脱力感と困惑で、マルヴェリータは立ち尽くした。


その後、結局ジョイスの据え膳上げ膳の謝りで。 Kを含めたポリア達も、その馬車に乗って。 ジョイスの屋敷へと折り返して戻る事になる。


馬車の中。 キリリと姿勢を正したジョイスは、確かに立派な風格が薫り。


「こんにちわ、ポリアと申します」


と、ポリアが少しぎこちなく挨拶すれば。


「ご丁寧に、宮廷魔術師の団長を預かるジョイスです」


明らかに、正しい姿勢から頭を下げるジョイス。


「ちょちょっと、私達なんかに頭など下げないで下さいっ」


今は、自分は一介の冒険者と決めている手前、慌てるポリアだが…。


ジョイスは、不思議と。


「貴女の事は、私も無知ではありません。 冒険者としての今、深く、多くは言えませんから。 この度は、これ程の挨拶と」


「あ、あ・・私の事、知ってますか…。 あ、まぁ、ですよね」


マルヴェリータも、このやり取りには驚くも。


「やっぱり、ポリア。 貴女の家柄からすると、ジョイス様も見て居るのよね」


苦笑いとなるポリアで。


「まぁ、まぁ・ね」


さて、動き出す馬車の車内にて、脚を組んで腕組みして座るKは、呆れた様子をまだ見せるままに。


「ポリア、先に言っておく。 コイツに、そんな遠慮は要らネェ~ぞ」


と、言うと。


「お前ぇ、またネコ被ってやがるな」


また、ジョイスの頭をペシッと叩くK。


「う゛痛てっ! リ~ダ~、仕事上の建前も要るって~」


Kに対しては、ジョイスが何故か途端に弱々しくなる。


二人を見るマルヴェリータは、ジョイスとKの関係に興味深々となった。


「あの、ジョイス様。 私は、魔想魔術師のマルヴェリータと申します。 その・・商人トルメイニの娘と云えば、御解りに成りましょうか」


‘トルメイニ’の名前で、ジョイスもしっかりとマルヴェリータを見た。


「嗚呼、貴女の事は、何度も見た記憶が有りますね。 確か・・最も近しい時は、二年ほど前の・・王の誕生パーティー・・・だったかな?」


「はい。 お見知りおき、ありがとうございます」


話を切り出す為の挨拶が通ったと、マルヴェリータは一礼から頭を上げるなり。


「あの・・・。 ジョイス様は、此方のケイをご存知なのですか?」


するとジョイスは、とても優しそうな穏やかな笑みと成って。


「知ってるも何も。 このリ~ダ~は、私が最初に入ったチームの、リ~ダ~だもの」


こう言ったジョイスは、昔の良い思い出でも思い返す様に美男の顔で遠い時を眺める様子になり。


「いや~、いい思い出だぁ~。 あの、一生懸命に冒険した頃…」


と、如何にも感慨深いと云わんばかりのジョイス。


然し、その前では、包帯より見える口元をワナワナさせるKが居て。


「ほぉぉぉぉ・・。 モンスターを初めて見た瞬間に、泡吹いて気絶して。 二回目のモンスターと戦う時では、魔術師の誰でも知ってる魔法を、全く違う魔法に間違って唱えるし。 挙句に、混浴の在る温泉宿で興奮から一人でパニくって、女風呂に裸で突入したお前の日々が。 そぉ~んなに一生懸命だったのか?」


Kの話が出た途端、ジョイスはビックリしてKを見る。


一方、周りで何か凄そうと聴いていたポリア達は、


「へ?」


「はぁ?」


「ほう」


「ふひょ~」


と、呆気に取られたり、軽い混乱を来たしたりする。


ポリア、マルヴェリータ、イルガ、システィアナが、次々と眼を細めてジョイスを見る。


その4つの視線に気付く優男は、焦りから大慌てでKに縋り。


「リーダーっ! それだけはっ、言ってはいけませんっ!!」


と、言い訳を振り撒くのだ。


シレ~っとするKは、詰まらないとばかりに横を向く。


長々と苦しい言い訳を垂れるジョイス。 その話の断片から解る事は。 七年以上前に、Kとジョイスは、一年近くチームで一緒に居たらしい。


その後、Kは一人でチームを抜けて。 そのチームは、どうしてか解散した。 普通、新たな誰かなり、チームの仲間の1人がリーダーと成っても不思議は無いが。 どうしてか、そこだけ簡潔に解散と言った。


だが、やはりKに仲間を預けられたジョイスだったとか。 その時は、残った仲間と新しいチームを組んだ。


“ライアットウィング”


今から二年ほど前まで、世界を駆け抜けたチームだ。 ジョイスがリーダーをしていた、超有名チームである。


実はこう見えて、ジョイスの魔想魔法は、世界五指に入ると謳われる。 特に、幻術や魔想魔術の補助魔法に掛けては、世界一とも、二だとも…。


何故か、急に冒険者の引退と云うか、活動休止をした時。 この国の宮廷魔術師の下っ端として仕官することを条件に、魔術師師団へ入ったのだが。 やはり、その腕が良過ぎる為、逆に閑職のこの地位に据えられたと云われる。


一見、自由気ままの様な雰囲気のジョイスだが。 その知性と正義感は、並の思いでは無い。 だから王に土下座されて、この地位に入った。


さて、下らない話しは、この辺りで立ち消えに終わった。


そう、何とラキームの素行調査をKに依頼したのは、実はこのジョイスであった。


その大元と成る事の始まりは、二ヶ月前。 クォシカの失踪前にまで遡る事に成る。


何と、あのラキームは、他にも色々と問題を起こしていたのだ。 まぁ、あの性格からして、ガロンを片腕にしていて何も問題を起こさないと言われた方が思い悩むだろう。


では、一体、何がその調査の原因と成ったか。 その一件は、まだクォシカが生存していた頃。 オガートの町に野菜の取り引きに来ていた或る商人が。 同じく、マルタンから取り引きに来ていた別の商人の娘に、しつこくちょっかいを出していたラキームに対して勇敢にも叱責をした事に端を発する。


当時の事を知る者の話では、その時のラキームは、昼間からかなり酒に酔っていたらしく。 叱責をした商人に対して言い掛かりで返した上に、腰の剣を抜いたらしい。


其処まで聴いたポリアは、


「あんにゃろ~っ、そんな事まで・・。 アタシが剣を突き付けた時は、抜く処か、腰を抜かしてたのに…」


ポリアの呻きを聴いても解る通り。 酒に酔った上、相手が商人だから自分でも勝てると見下し、暴力に訴えたのだろう。


その時、その場はラキームの付き人らしき剣士が抑えたと云う。 恐らくは、ガロンが抑えたのだろう。


そして、その商人と云う人物は、どうやらこの国の政界にも些かながら顔の利く相手だったらしい。 抑えられたラキームへ、憤慨すらしては。


“私は、王都の政界にも少しばかり知り合いが居る。 オガートの町の町史代行は、町史には不適切と訴えさせて貰う。 現・町史のあの方とは、とても釣り合う人物では無い!”


と、真っ向から言われてしまったのだ。


処が、だ。


その商人は、それから二日後に、何故か死体となってしまった。 オガートから半日と離れていない、畑の中で遺体が見付かった。


聴いていたポリアが、真っ先に。


“それなら、絶対にラキームが怪しいじゃないっ”


と、言うも。


ジョイスも、Kも、それはもう当然と頷くくらいだ。


その商人の遺体は、街道警備の兵士や騎士が、見つけた農家から通報を受けて検めたが。 その斜め一閃の乱れ無い斬られ方からして、相当な剣技の遣い手の仕業だと思われた。


イルガは、眉間を険しくさせ。


「斬ったのは、あのガロンですな。 そうなれば、命令は・・間違い無く町史代理のラキーム…」


この意見に、Kは頷く。


「それで確定だ。 その事件が有った日の夜中、町の外に出て行く馬蹄の音がした、となる詳言は有ったんだ。 だが、町の出入り口を見張る役人は、知らぬ存ぜぬ。 ラキームから金が回って、口を噤んだんだろうよ」


ポリア、またオガートの町を出立する前に面会したあの汚らわしい顔を見せたラキームを思い出し。


「アイツって、本当にあの立派な町史さんの息子なの? どうやったら、あんな奴が育つのよっ」


と、苛立った。


確かに、ポリアがこう思うのも無理は無いが…。


Kと会ってポリアが依頼を受けるあの日より、少し時を遡ること15日程前か。 放浪からKが、この国へとぶらりと立ち寄り。 知人のジョイスを屋敷へ尋ねてみると。 密かにこの事を別の役人から相談され、対処に困っていたジョイスを見る事と成る。


その後に、Kに会ったジョイスは、証拠も無しに自分が動けないと。 Kにラキームの素行調査の依頼をした。


また、ポリアと知り合う10日ほど前に、オガートの町へとKが単身で向かい。 その事件を調べてみたら、代わって出て来た新しい情報が。 あの、失踪したクォシカの事件だと云う。


此処で、ジョイスの屋敷に着いたので。 話しは、一時中断した。


まるで、森の中に家を建てた様な…。 そんな印象を受けるジョイスの屋敷の周り。


Kは、芝の敷かれた庭の前から、森に囲まれた館を見て。


「前にも来て、思ったがよ。 お前は、野人か」


と、呟く始末。


二階建てながら、奥行きもある大きな屋敷。 白い石壁の外見を見るには、ステキな家とポリア達は褒めたのだが。


「ちょっと散らかってるけど、どうぞ~」


ジョイスが先頭に立ち、玄関を潜ると…。


「あ、あのぉ~~~」


ポリアも、マルヴェリータも、眼が点に成る。


それも仕方ない。 玄関のロビーから、もう人一人が横に成って歩くスペースを残して。 本や、研究とやらにでも使っていそうな素材が、壁や塔を作っていた。


また、良く良く観察すると。 本の上に、脱ぎ捨てた服が在ったり。 ジョイスと同等の長さをした、何やらモンスターの角みたいなものが、本の塔と塔の間に入っていたりする。


そのを見て、マルヴェリータは頭を抱え。


「“片付けられない”んじゃないわ。 これは・・・片付ける気が無いのよ」


と、頭痛がする思いと成る。


マルヴェリータの知る限り。 このジョイスは、こう見えてかなりモテる。 実際に、貴族や商人の噂に因れば。 彼に持ち掛けられる見合いの話しは、毎月毎月でも半端な数では無いとか。


だが、この様子では、噂通りにその気が無いのか。 彼の結婚は、今すぐと云うには難しいだろう。


さて。 本や物品で出来上がった、ウネる迷路をなんとか抜けると。 ソファーやテーブルが見え隠れする、リビングらしき場所に来る。


「さ、どうぞ。 楽にして」


ニコやかにジョイスからこう言われても。


「………」


周りを執拗に見るポリア達は、返す言葉が出てこない…。


当たり前で或る。 ソファーの四方を、本や訝しげな物品の壁や塔が囲んでいる。 その高さだって、ジョイス自身の背丈より高い。 これは、かなりの圧迫感が在る。


然も、座れば背後にそれが来るのだ。


さっさとソファーに座るKだが。


「アホぅ。 最初っからゆったり出来ンのは、お前ぐらいなモンだ。 後ろに、不安定な本の山が聳えているのに。 オチオチ背凭れに寄っ掛かる事も出来ね~よ」


Kの指摘は、正にその通りと思うポリア達は、本の塔や壁を刺激しない様に。 静かに、そ~っとソファーに座る事にした。


「え゛ぇ~、酷い言われ様だなぁ。 僕は、毎日此処に住んでるんだよぉ~」


こう言いながら、更に奥へと向かうジョイス。


向かいに在る筈の窓すら、このヘンテコな壁に隠されて。 天井から吊された水晶玉に、光の魔法が勝手に点くのを見上げたKが。


「テメェを基準にすんな、テメェをよ」


然し、こんな家の中だが。 それでもジョイスの気性を垣間見れる情報は多い。 何より、誰一人として使用人が居ない。 貴族、王侯一族、役職的な肩書きを持つとなる者の家に向かえば、立派な肩書きを持つ者程に多くの使用人が居る傾向は強い。 ジョイスともなれば、10人を超える使用人が居ても可笑しく無いに。 どうやら馭者や王城・執務室にいる時の秘書以外、私的な使用人は誰も居ないとか。


自分でお湯を沸かすと、奥に消えたジョイスへ。


「使用人の1人でも雇ったらどうだ?」


こうKが言うも。


「ダメダメ。 この家に使用人が居たら、勝手に片付けるもん」


と、奥からジョイスの返事が。


「だから、良いンだろうがよ」


Kの独り言に、ポリア達はすんなり頷いた。


さて、ジョイスがお茶を入れる間、Kは皆に。


「いいか、デカイ声を出すな。 本の雪崩が、四方八方から襲って来るぞ」


恐る恐る、周りを見るポリア達。


中でもポリアは、固そうな分厚い書籍の塔を眺めては。


「これ・・た、倒れるの?」


「前に来た時。 ポリア達に会う、半日ほど前だが。 向こうに行ったあのバカが、事件を聴いては大声を上げやがってな。 この一帯が、軒並み崩れた」


「ふっ、ふふ」


珍しく、イルガが笑っている。 その顔は、かなり引き攣っていた。


さて、コレも魔想魔術の応用と教えられるが。 浮遊の術にて運ばれる紅茶のカップが、皆へと回り。


形は整ったと思うKは、ジョイスに。


「ホレ」


と、何かを渡す。


「はいはいは~い」


蜂蜜漬けの葡萄を一つ頬張ったジョイスは、真四角な拳大の水晶を受け取った。


処が、それを見たマルヴェリータは、ガタンと席を立つ程に驚いて。


「えぇっ?!! もしかしてっ、〔記憶の石〕《メモリアリー・ジュエル》ですかっ!!」


美女が大声を上げた、その時。 離れた隣の部屋で、


“ズズズズ~~~~~ン!!!!!!!!”


と、地響きを伴う音がする。


「あ」


「あ~あ」


ジョイスとKが、そっちに向いては続けて声を出した。


音の方を見て。


「え?」


と、マルヴェリータが口を抑えたが。


瞑目するKは。


「完全に、崩れたな・・・山一つ」


と、言えば。


「うん・・確実っス」


と、投げ遣りのジョイス。


「ご・ごめんなさい」


口に手を当てたままに、マルヴェリータが謝る。


「いいのさ~。 どうせ、ゴミ屋敷だから・・あはは~」


やけっぱちの様に、笑って大仰な身振りをするジョイス。


然し、周りの壁や塔も振動するのを見るポリアは。


(動くな゛っ)


と、警戒に全神経を注いだのだった。


ヤケクソの様に、高笑うジョイスだったが。 クリスタルを手に、眼を瞑る。


水を打った様に静まり返って行くリビングで、何が始まったのか解らないポリアは、マルヴェリータに小声で。


(ね、‘記憶の石’って、何?)


(オールド・レア・アイテムの一つよ。 基本魔法に成る〔解呪〕の魔法を受けると、肌身離さず持っている人物の、見たままの映像を記憶する事が出来るの。 記憶の出来る長さは、普通の大きさの石だと長くて二日ぐらいって聞くわ。 〔解呪〕と〔封呪〕の呪文で、記憶する時を自分で決められるの)


(へぇ~、便利~。 そんなアイテムが、今も在るのね)


(えぇ。 でも、今の魔法技術では、とても造れないアイテムだそうよ)


この情報を得たポリアは、あの最後の旅立ちの日。 Kが態々とラキームに面会し、どうしてもう解っていた事件の真相を改めて言わせたのか。 その理由が解った。


さて、瞑目して黙る中、ジョイスの顔が見ている他人にも解るくらいに、どんどん険しいモノに変わった。


そして、紅茶が・・湯気を余り上げなくなった頃。


「リーダー。 これは、どうやら捨て置けないね。 この証拠が在る以上は、王にこの事実を言わなくては・・」


と、ジョイスが眼を開けた。


Kは、静かに頷くと。


「最後に笑うラキームの面を見たか?」


「うん」


「あの笑う面(ツラ)、死んだ曽祖父に当たるクソジジイにそっくりだ。 全く、血は争えないゼ」


「あ、そうか。 リーダーは、あの5年前の事件の・・・当事者だもんね」


「まぁな」


この話からすると、このジョイスもKの知っていた情報の全てを知る人物で在る様だった。


ポリアは、ラキームのこれからが、Kのお陰で台無しになるのだと悟った。


然し、ジョイスは不思議そうにKを見ると。


「でも、リーダーも変わったね。 既に殺された女性の魂を救うなんて、僕とは大違いだ」


ジョイスのこの物言いには、ポリア達も不思議な感じがした。


まるで、


“昔とは大違い”


と、言っている様だ。


然し、Kの態度はサバサバしている。


「はっ、どうにかこうにかダラダラ生きてりゃ、人も色々と変わるさ。 お前だって、過去の一件で強気に出なかったのは、不幸にしたい訳じゃ~ないからだろう? ただ、運が悪かったのさ…」


二人の語り合う姿が、少し侘しいモノになった。 その様子をポリア達は、確かに見た。


何故か、俯いたジョイスが。


「うん・・・。 コレ、預かるね」


「あぁ、早く処理しちまいな。 遅々としてたら、ラキームの親父が死ぬぞ。 息子の取り返しが付かない不祥事だ。 下手すると、処理する前に事がバレる。 お前が早急に動けば、王の心の痛みも少なくて済むんじゃ~ないか?」


Kの指摘を受けるジョイスは、


“やはり適わない”


と、ばかりに笑い。


「はいはい、流石な読みですよ~。 リーダーは、頭がイイ」


然し、此処で止せばいいのに。 Kは、そんな下手に出るジョイスを睨むと。


「こんな事は、本来は国が遣る事だ。 お前が、頭悪いんだ」


「クぅ~、リーダーには、一生勝てないなぁ」


「アホか。 お前に負ける様なら、もう墓に入るしか無いゼ」


「うわ。 酷い言い方だな~」


こんな感じにて、二人の下らない言い合いが始まった。 その同じチームに居たの他にも、Kとジョイスの付き合いは続いていたのだろう。 だから、お互いのどうでも良い処まで言い合えるのだ。


この時、ポリアは聴きたい事がジョイスに在り。


「あの・・」


と、声掛けるのだが…。


ジョイスとKは、またどうでもイイ様な言い合いを始め。


「大体、お前って奴はなぁ~…」


「いや、りぃ~だ~は、さぁ・・」


その遣り取りの最中だが、ポリアはどうしても聞きたいので。


「すいませんが・・」


だが、二人の掛け合いは、益々エスカレート。


何度も声を掛けるのに、全く入る余地が無い二人の話し合い。 次第にイライラっとしたポリアは、遂に本気になって。


「ちょっとっ!!!!」


と、勢い良く机を叩いた。


その瞬間、Kとジョイスが止まって。


「あ」


「え?」


同時に、周りの壁や塔が、グラグラと揺れ動いた。


そして、地震並みの振動と雪崩のような音と共に。


「うわっぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」


ジョイスの屋敷から皆の大絶叫が上がった。


それから少しして、


「ふぃぃぃ…」


痣だらけのジョイスが、山に戻った周りを見て溜め息を吐く。


Kは、元に戻っただけのソファーの周りを座って見て。


「お前ぇよ。 魔法で元に戻せるなら、全部片付けろよ」


と、言って見る。


然し、ジョイス自身は、全く悪びれて無い態度を見せる。


「い~や、コレを片付ける権限は、僕の奥さんになる人だけしか無いのサ~」


「はぁ~?」


ジョイスは、連山の如く赤く成ったデコを摩りつつ、何度も一人勝手に納得している。


目の前で言われるポリア達は、痣だらけでワナワナしていた。


皆の中で、Kだけが全く何の乱れも無い。 どうやって逃げたのか、完璧に崩壊より逃れられたらしい。


さて、ジョイスは、改めてポリアに向いて。


「で? お話はなぁに? キレイな剣士さん」


と、笑ってお世辞も込めた。


然し、男の優しい態度に抵抗が在るポリアは、腕組み引き攣る口元を隠さずに。


「と・こ・ろ・でっ、アデオロシュ様の城は、如何に?」


するとジョイスは、Kの反応を見てから。


「そうだね~。 ラキーム氏の事の処理後。 王国の学者と魔術師に、長期的な調査をさせるよ。 無論、王に申し上げて、亡骸は丁寧に葬らせてもらう。 これ以上、悪霊や亡霊のモンスターになられても困るし」


それを聞いて、ポリアはホッとした。


「それを聴けて、安心したわ。 Kから歴史を聞いて、なんか他人事の様に思えなかったから…」


此処でKは、立ち上がった。


「さて、通すべき所に、話は通った。 後は、然るべき処が、然るべき処置をすりゃ~いい」


こうした事の様子には、何処か慣れている感じのポリアも、


「そうね。 冒険者の出来る事は、もう終わったモンね」


と、同意した。


イルガは、立ち上がりながら。


「だが、ラキームのお父上や、町の町史の後釜が気に成りまするな。 出来るならば、シェラハさんのお父上にでも、町史に成って頂きたい」


理想を語るイルガだが、そんな事が起こる事は無いと思う。 ここ100年、200年前より、世界的に見ても民衆へ政治に参加する道は徐々に開かれていても。 最も根幹と言うべきか、基本的には絶対王政の形が残るのだから。


さて、K以外が四苦八苦して廊下に向かうと、‘物の壁’の影響で暗く成っていたが。 外に出れば、既に夕方になっていて。 空模様は、薄暗い雨雲が一面を支配している。


ジョイスも、ラキームの事を他の大臣なり、政務官と話し合う為。 K達と一緒に外へ出た。


Kは、馬蹄の音が絶えずしていると、この屋敷の前方に振り返る。


すると、屋敷の前方で。 道を挟んだ向かいが、王国の馬車が止めてある駐車場だった。 あの紅い馬車は、ジョイス専用車らしい。


「お前、便利な立地の屋敷を借りたな~」


現状を知るKは、ジョイスの屋敷の乱れる原因は、この直ぐに出掛けられる立地の良さと知る。


「うん。 思い立ったら直ぐに、本を買いに行ける様にして貰った」


ジョイスが、すんなり認めて言うなり。


「おいおい、それはもう‘私的流用’じゃね~か」


Kの指摘に、ポリア達の方がまたジョイスに呆れた。


さて、此処から歩くと、商業地域までは遠いと思い。 ポリア達を馬車に乗せて、街の中心部まで送るように計らってくれたジョイス。


処が、馬車に乗る前。


マルヴェリータは、ジョイスに近付いて。


「ジョイス様、一つ・・・お伺いしてもよろしいですか?」


「ん? なんだい?」


マルヴェリータは、一瞬だけ恥じらう少女の様に躊躇い下を向いてから。


「私・・・魔術師として、仲間を助ける知識を持ちません。 たまにお伺いして、色んなお話を聞かせて頂けませんか? 今回の依頼の中で、Kを見て・・・そう思ったんです」


ジョイスは、マルヴェリータの後ろに立つ。 最後に残るKを見た。


見られたKは、もう暗い空を眺めて居ながらに。


「ジョイス。 真面目な話。 このお嬢さんは、魔術師としての普通の知識すら薄い。 その実態は、魔術師になる目的が、普通の皆と違っているからだ。 ぶっちゃけると、学院を卒業し立ての駆け出しと、寸分も変わらない。 ・・・、いや。 一部の知識に関しては、それ以下だぞ」


Kの話を聴いてジョイスは、美女マルヴェリータをまじまじと見ると。


「リーダーの指摘は、常に正しい。 そうゆう事ならば、何時でも訪ねて来ていいよ。 もし、冒険や仕事で手に余るような事や、知らない事には知識を貸してあげよう」


その返事を貰うマルヴェリータは、ホッとしたように笑った。 普段は冷たい魔女の様な表情もするマルヴェリータが、本当に純粋な笑みを垣間見せた。


「ありがとうございます」


礼を受けるジョイスは、初めてマルヴェリータがキレイと思えた。


「うん」


短く返した、それだけだったが…。


(以前から何度か、見掛けた事の在るお嬢さんだったけど。 美しさが、刃物の様に強いとすら思えるような、冷めたモノだったのになぁ)


今のホッとした笑顔は、とても無防備で良かったと感じるジョイス。


マルヴェリータが乗った後。 馬車に乗る前にKは、ジョイスに寄って。


「なら、‘お守り’は代わったぜ」


と、残して馬車に乗った。


(お守りっスか)


ジョイスは、その言葉で様々なものを納得した。 何故にKが、此処までポリア達を連れて来たのかの意味を…。


こうして、全ては終わる。


Kとポリア達が別れて、全ては終わる。


Kも、ポリア達も、そのつもりだった。


明日には、斡旋所に向かい。 Kのチーム離脱を行い。 そして、Kはこのチームから離れて行く。 いや、もしかすると、そのまま国からも消えるのではと思えた。


お別れと解ったからこそ、Kを連れてまた。 マルヴェリータの知る飲食店で、軽い贅沢をしようとポリアが言い出す。


食事の間、Kのこれからを聴いたポリア達。


別れたKは、ラキームの後始末を見届けた後。 一人で西側か、南の海の向こう側へと流れ様か、と言っていた。


そして、食事の後は、1階が雰囲気の有る飲み屋の入る宿に入った一行。


酒を呑まないKは、風呂に入ってから寝てしまう。


一方、バーで飲み始めたポリア達は、後から来る客が濡れて居るので。 Kの予想通りに、雨が降って来たと知った。


だが、この時までに思った、これからの経過となるハズだった全ては、更ける夜に一変した。


霧雨が煙る夜更けに、その飛び込みの来訪者が来た事で。 事態は、一変するのだった…。


{第一部・完}



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ETERNAL WORLD STORY/流転の冒険者‘Κ’ 蒼雲綺龍 @sounkiryu999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る