第一部:その男、伝説に消えた者。 第2章…。

       第2章


【Kの計算と始末の付け方】



次の日。


「ふわ~あ」


まだ日の出過ぎた早朝に、よく寝たポリアが起きた。 昨日は早く寝たから熟睡しただろう。


ポリアが他のベッドを見れば、マルヴェリータも、システィアナも、まだ寝ている。


「あら~、早すぎたわ。 雨は…」


窓から外を見れば、朝陽が綺麗で。 昨日まで雨を降らせていた雲は大分に消えて、概ね晴れた。


毎日、働き手の女性に因って入れ替えられる汲み置きの水を。 金製の水挿しから、透明なコップに移して飲むポリア。


トイレに行き、ぼんやりしていると。 マルヴェリータやシスティアナも起きて。 其処に、Kが呼びに来た。


朝、まだ女将しか居ない頃合いの中で、五人は軽い食事だけする。


老いた女将は、Kに。


「アンタが着いて行くんだ。 ちゃんと、みんなで帰って来るんだよ」


頼られた包帯男だが、スープを一口飲んで。


「なぁ、味付けが昨日より薄くないか?」


と、とんちんかんな事を言って。


「贅沢を言うんじゃないよっ」


と、女将にどやされた。


その後の静かな雰囲気に落ちる所で。


「解ったよ」


と、短く言う。


老女将はそれだけを聴くと、他に何も言わずして厨房へ静かに下がった。


“応えは、貰った”


と、了承した様に…。


Kとポリア達が宿を出たのは、まだ早朝の頃だった。 陽射しは少し見上げる程度で、町の建物の影が目立っている。


それでも、晴れた事で町に住む農家の人達が、長雨が降った事も心配してか。 早め早めに畑へ出たり、牧草刈りに出たりと動き出していた。


通りを行く人から、


“冒険者さん、まだ居るんだね”


などの話を受けて礼を言われるが。 ただ、どうも不安な面持ちの人が多いのは、モンスターの影響だろう。


さて、モンスターと二日続けて戦った、公孫樹の森の前の道。 Kとポリア達がやって来てみれば、まだ誰も居やしない。 砂利の道は濡れているから、朝日の光がオレンジに光っている。


待つ事に成ったポリアは、ラキームの腹立たしい顔を思い浮かべて。


「あんにゃろ~、来て無いじゃない・・」


と、ボヤく。


一方のKは、


「直ぐ来るさ」


と、言って。


それから、公孫樹の森を見て。


「それより、今日は波動がキツイなぁ~。 大して強くなって無いが・・。 なぁ~んか、企んでやがるかな」


Kの個人的な独り言に近い意見に、システィアナがイヤイヤして。


「おっかないですぅ~・・。 気絶しちゃったら、ごめんなさいですぅぅぅ~」


と、不思議な事を言った。


だが、システィアナの言っている事は、神の加護を受ける僧侶には重要な事なのだ。 神聖なる力を授かった僧侶は、魔や闇の波動に対する感受性が、その修得した魔 加護の所為で強い。 然し、一方では、感じる畏怖も強く作用してしまう。 強大な力を持つアンデットモンスターの前では、先ず恐怖に打ち勝たないと気絶してしまうのだ。


ポリアやイルガは、マルヴェリータとシスティアナからその説明は受けていた為に、心配するのだが。


「ま、そん時は、そん時だ」


と、然程も気にしていないK。


一度、冒険者から引退して、ポリアに付く事で復帰したイルガからすれば。 この余裕か消えたら、Kはどうなるのか。 箍が外れた時こそが、怖い。


それから待つこと少し。


「おぉ、ご苦労ご苦労」


眠い眼を擦っていたような顔をしたラキームが、ガロンを従え。 装備が警備兵や巡回役人より上と成る、三人の兵士を連れて来た。 


「命令した割りには、遅い登場ね」


と、ポリアが嫌みを言ってみれば。


「フン! 司令官は、遅くていいのだ」


と、偉ぶる始末。


だが、イルガに然り。 ポリアに然り。 ラキームの連れて来た兵士が、見回りをしていた役人とは戦う腕が違うと云う事は、その出で立ちよりも立ち姿の雰囲気を一目で解った。 装備も、面構えも、訓練で鍛え上げたと云う雰囲気が醸し出されて居た。


然し、現実に於いてのラキームの本心では、これでも不安で一杯だ。


昨日の夜。 Kとポリア達の元に行った後に。 警備施設に赴き、あの大柄な隊長にも今日の捜索に向けて同行を求めていた。


だが、ラキームと面会した警備隊長は、町の人や病気のアクレイ氏の安全の為に。 自分達や神殿付きの僧侶は、町に居るべきと主張した。


実は、これもKの先読みからこう成った訳で。 警備隊長は、Kの言う通りにした。


本来なら、町の安全を守る為にも、警備隊長が先頭を切って行くべきなのだ。


横暴で我が儘なラキームが、早起きまでしてガロンと兵士を連れて来たすぐ後に。 町の裏道をシェラハが遣って来た。


シェラハは、K達とラキームが一緒に居る様子を見るなりに、当初の予定通りに行動する。


「あ゛、ラキームっ!! それに、彼方達もっ?!!」


自分がクォシカを迎えに行こうといていたと、印象付ける為の芝居で在る。


だが、彼女を見たラキームが、シェラハの視界へと一歩前に出て。


「シェラハ、我々もクォシカの迎えに同行するよ。 二日間連続してモンスターが現れた森だ。 君とクォシカの安否が、気に掛かる」


やんわり言われたシェラハは、グッとラキームやK達を睨んで。


「そんなの要らないわっ!!」


と、拒絶を呈す。


するとKが芝居に合わせるべく、直ぐにシェラハへと向き。


「処で、一つ確かめたい。 本当にアンタは、クォシカの行き先を知ってるんだろうな? ガセの情報なんかを掴ませて、俺等に無駄骨を折らせるなよ?」


と、鋭く冷めた視線を向けて、疑心を込めた言葉で言う。


その、在る意味の‘変貌・豹変’と言って良い怖さに、ビックリしてシェラハが後退った。


「し・知ってるわよっ。 この森の奥には、古い古いお城があるんだからっ…」


この、切羽詰まったと云うか、気圧されて口走った様な情報を聞くKが、


「ほう、それは見てみたいな。 昔の城ってなら、金目の物も在りそうだ。 流石に、地主の娘だけ在る。 本当に城が在ったなら、土地勘は買えそうだ」


何処となく見下した様子を含みつつ、少し関心した様にも言う。


ポリアやイルガは、Kには感心するばかりで在る。 全て解っていて、この態度や物言いが出来るとは、流石としか無い。


すると、Kの威圧感にたじろいだシェラハに、何かを感じたのか。 ラキームが、宥める様な雰囲気を持った様子にで。


「彼女の言った古城のそれは、本当らしいぞ。 この森の奥には、大昔の貴族政治が最高の頃から、この辺り一帯を治めた昔の領主の城が有ると。 昨夜に検めた古い歴史文献に、しかと載って在った」


その情報を聞いたKは、ラキームとシェラハを交互に見て。


「そうか。 じゃ~其処に行けばいいんだな?」


頷く事もせず、強張った顔を崩さないシェラハだが。 ラキームは、得意げに威張って。


「そうだっ。 恐らくクォシカは、其処に隠れているに違いない」


目的地が決まったと、シェラハにKが近寄って。


「じゃ、其処までの道案内を頼むぞ。 とにかく夜までに行かないと、特に不死モンスターが活発化するからな」


Kへの恐怖心が溶けきらないシェラハは、演技抜きにして畏怖し。


「わ・解ったわよ・・」


と、距離を置く。


他人行儀な楽観視をする姿をしたポリアは、彼女に笑って。


「貴女の身の安全は、こっちが保障するわよ。 アッチの依頼主から、前金が出たから」


と、警護を買った事実を含めて言った。


これを聞いたシェラハは、Kの最初の予測と計画が、すんなり行ったのだと確信した。 こうなったら予定通りに、ガロンとラキームには、目的地まで誘導すべく。 此方の仲を感づかれては、まだ不味いと想い。


「前金って、お金? 目の前にぶら下げられた餌に飛び付くなんて、如何にも冒険者らしいわねっ」


と、吐き捨てる様に言う。


また、シェラハが厭味ったらしく、ポリアにこう言えば。


「流石に、金の有りそうな家の者よの。 だが、金が無ければ、此方も飯も食えんのだ」


まるでシェラハを子供扱いした様に、こうボヤいたのはイルガだ。


ラキームは、その仲の悪い様子に前途多難と顔を背けたが。


彼の脇に控えたガロンは、その様子を食い入る様に、しっかりと見ていた。


(シェラハの父親は、下働きの男を助けられてか。 この冒険者達を、好意的に迎え入れたらしいが・・。 やはり、シェラハは違うか。 クォシカの捜索を請け負った冒険者には、酷く冷たい態度だとは聞いたが…。 これほどとは、な)


と、感じた彼。


ガロンは、シェラハとK達の結託には要注意と気を配って。 シェラハの家に通う下男の一人に、こっそり金を掴ませていた。


だが、買収が出来たのは、下男と云う最も低い身分だから。 日々の仕事を放棄してまで、自由勝手に調べられる訳では無いし。 また、クォシカの父親と成るコルテウ氏に、長年に亘って仕えるメイドや使用人は、非常に義理堅く仕事熱心だ。 従って、その眼を掻い潜って得られる情報には、様々な制限が掛かったり、範囲が絞られてしまう。


それでも、探った範囲で得られた情報と、目の前の様子が合致するのは、ガロンに取っては安心材料だった。


さて、ポリア達に護衛される事を嫌がるシェラハを先頭に、一行は公孫樹の森に入った。


春が遅れる北の大陸。 大陸南部の国とは云え、雪解けからひと月も経って無い春先。 公孫樹の森は新緑の青い葉に彩られ、濡れた枝には雨粒が光っている。 森へ入って少しまでは、人の出入りも有ってか雑木林の様な雰囲気だったが。 その様子も中へ踏み込めば様変わりして行き。 次第に倒木が見えたり、落ち葉で地面も見えなくなる。


「凄い森だな・・」


兵士やガロンに守られたラキームが、こう呟く。


蒼い上質の服に、シルバーメイル(銀製の上半身鎧)を装着し、白いマントを背負う彼。 マントが汚れない様にと、気を付けて歩くのだが。 木々が密集していて、風がそよぐだけでもマントが濡れる。


一方、シェラハの脇にて、森を見るKは木々を見て。 


「こりゃ~本物の原生林だな。 大木も彼方此方に在るが・・、人の手入れが入って無いから、奥に進むのは難しいぞ」


Kの横に居るシェラハは、既に此方を監視するガロンの眼に気付いていた。


「冒険者って、意外にヤワなのね。 これくらいの森に、根を上げるの?」


「ヤワだ、タフだって話で、事が住むか。 森のこんな中を彷徨ってたら、モンスターの格好の餌だ。 こっちは、まだ戦う仕様のある程度は、保てるがよ。 アンタや町史は、はぐれた途端に餌食だろうし。 警備隊と僧侶しか居ない町だって、おっ被さる不安はデカい。 野道なり何なり、分け入り易い場所は在っただろうが。 捜しに行く娘は、此処に良く来てたんだろう?」


Kの話に、ラキームが不安からガロンを見る。


そのガロンは、Kとシェラハの話に気を配っていたが…。


倒木の斜めに成ったものを、手を使わずして乗り越えたシェラハは。


「この森を知り尽くしたクォシカじゃないんだから、そうは簡単に行かないわよっ。 でも、もう少し先に行けば、街道みたいに開けた道に出るわ」


と、言う。


これは、シェラハが幼い子供の頃に、クォシカに連れられて来た経験からの情報だ。


Kは、其処で目を細め。


「‘街道みたいな…’って、それってもしかして。 周りの森より、少し地面が下がった道か?」


「あら、そうよ。 良く解ったわね」


シェラハの、気持ちが籠もらない適当な誉め。 それを聞いて無い様なKは、


「昔の領主の居た場所・・・、ふむ。 なるほど、それは恐らく、昔の‘花道’の可能性が在るな」


と、独りで納得した。


然し、細い倒木を忌々しげに踏み倒して越えたラキームは、知らない事を耳にしてか。 教養の薄そうなバカ面にて。


「おっおいっ、何だっ! その・・‘花道’ってのはっ?」


だが、彼の存在も、声も感じたくないのか。 Kは珍しく。


「ポリア。 後ろのお偉方に、説明しやれよ」


後ろに続くポリアは、睨む様にして眼を細め。 話を振って来たKの背を見ると。


(この~、誰でも知ってる事を振ってさ~)


と、思いつつ。


「王城や貴族の大邸宅の正門に行く道を、古い昔から特別視して使われた呼び名よ。 貴族社会が隆盛だった昔は、王や王妃とか。 公爵家、侯爵家なんかの偉い家主が通る道沿いには、花壇を作って道の脇を飾っていたから、そう言うのよ」


処が、知らない知識を得て感心したラキームは、斜め後方よりポリアを見て。


「流石は、美しい者だな。 知識も豊富だ」


と、ヌかして誉めて来るではないか。


だが、嘗てはKが名前だけで驚く様な、そんな家柄に生まれているポリアだ。 そんな彼女からすれば、こんな話は王都に居る子供でも知っている事と、そう認識している。 ひけらかす蘊蓄にしては、余り立派な知識とは云え無かった。


それに、Kの態度を見て解る通り、彼は全て知っていたのだ。 システィアナやガロンやシェラハが知らないのは、別段に不思議でも無いが。 嫁を捜しに王都に行っていたラキームが知らないと云うのは、付き合いの幅が知れると云うもので。 語るポリアの方が、アホらしいので在る。


また、ましてや。 Kに何かを教えて、彼から褒められるなら嬉しいが。 バカ丸出しのラキームにとなると、逆に屈辱と思えてくる始末。


(う゛~、なんか、私ってバカにされてる感じが…)


こう苦虫を噛む彼女の心中を察したのか。 振り返りもしないKが。


「ポリア、素晴らしい説明だ」


と、言うと。


「せつめいだぁ~~~」


と、ニコニコ顔のシスティアナまでが続く。


(くそ~、完全にバカにしてるじゃないか…)


苛立ちを逆撫でされて居ると解るだけに、無知過ぎるラキームが腹立たしいポリア。


それに気付くマルヴェリータは、横に顔を向けて堪え切れずに笑い。


マルヴェリータとシスティアナを守る様に並ぶイルガは、二人に困って沈黙を貫いた。


それからそこそこ歩いた。 まだ分け入る前は、森の木々に日差しが遮られ加減だったのに。 気付くと陽が上がってか、森に光が木漏れ日と成って差して居る。


この湿気が蒸発し始めて、やや森が蒸れて来る頃。 シェラハの言った通り、ガクッと森より一段下がった道らしき場所に出た。


森に左右を覆われているのだが。 その幅広い道に出ると、Kが。


「こりゃ、立派な花道だ。 もう手入れがされていないから、道に木が生えていたりもするがな」


イルガも、戟槍を道幅に傾け。


「確かに、‘道’だったらしいの。 乗用車の馬車なら、三台は横に成れるか」


と、続ける。


二人の話がすんなり頷けるぐらいに、誰の眼から見ても余裕のある道だ。 恐らく手入れがされていれば、街道の様な立派な道だろう。


道を見回すKは。


「だが、向こうは途絶えてるな」


と、南の道を指差した。


この道らしき形が少し先で、森に変わっていた。 また、近くから水の流れる音も響いて来る。


Kの脇に添う様に立つシェラハは、その疑問に応える。


「向こうは、前に川の氾濫があった場所よ。 父の話じゃ、地盤の沈下が有ったって。 でも、噂から森を住民が怖がって、沈下した所は埋め立てて放置したみたい。 だから、森に変わったみたいね。 それから、聞こえて来る水の音は、町に来てる川の分流みたい」


すると、此処でKが、北東に伸びる道の先を見て。


「さぁ~て、やっぱりなんか・・森の奥に居るな」


と、森の洞窟を抜ける道を睨む。


既に、解っている事だが。 モンスターの巣窟と理解したガロンからすれば。


「ならば、死霊使いか、暗黒魔法使いか・・・。 何れにしろ、厄介な相手だぞ」


と、言い返して来た。


其処で、空ばかりを気にするラキームが。


「然し、妙だなガロン。 私が、昨夜に調べた文献からすると。 昔の領主の城とは、天高く聳える様に立派な物とか。 この道に出て、森越しにも全く見えないと云う事は、既に崩壊でもしてるのか?」


と、疑問を呈した。


これを聴いたガロンすら、


(そんな風に書き記した高い建物なら、遠くからでも見えて当たり前の様なものだ。 恐らく、崩壊しているのだろう)


と、ラキームと同意見を持った。


処が。 ラキームの話を聞いたKは、


「フッ」


と、微笑を浮かべて歩き出すと。


「これは恐らく、昔の“マジックモニュメント”に使われた技術の一つ。 “ハーミストケイジ”、だな」


然し、それを聞いた一同、誰もKの言った事を理解する事など出来ない。


一応、リーダーのポリアだが、Kの言った事など何のこっちゃやらチンプンカンプン。 なのに、ラキームやらガロンからは、説明を問う視線が来るのだ。


シェラハと共に、Kの後を追いながら。


「あの~、言った意味が全く解りません。 ケイってか、センセ~」


その後に、イルガやマルヴェリータと一緒に歩くシスティアナは、ポリアにニコニコ顔で。


「し~らないって~、ポリアの~、お~ばか~ちゃん~」


‘お馬鹿’呼ばわりされたポリアは、


「グッ、システィっ!!、アンタだって知らないでしょっ?!!」


と、鋭く問うと。


「は~い」


手を挙げて応える、ニコニコ顔のシスティアナだが。


だが、そんな仲間などKは無視して。


「今に言うなら、“隠者の籠”って名前か。 広大な土地を以て、その中心に建物を建てる。 一方で、建造物の周りの土地を、起伏のある波状にしながらも、擂り鉢状にして行くんだ」


ポリアは、森の彼方此方を見回しながら。


「擂り鉢状・・ねぇ」


そんなポリアを無視するKは、公孫樹の森を抜ける道を眺めながら。


「然も、珍しい事に。 この場所の‘ハーミストケイジ’は、螺旋まで画いてやがる。 ご丁寧に、所々のデカい木々へ魔法を掛けて。 中心の建物が見えない様に、幻視(ミラージュ)の効果を与えてるな。 古・・と言うより。 300年以上前の、超魔法技術崩壊前に見られた、特殊技術さ。 今でも、各国の観光古代遺跡には、似た様に施した場所が在るがな」


先頭を歩き始めたKは、サラ~ッとそう説明するのだが。


「………」


誰もがポカ~ンとして、包帯男を見る。 歩みが遅れるて、先を行くKが立ち止まると。


「ほら、ボサっとすんな。 消えた娘を助けに行くぞ」


「あ・・、はい・・はいっ」


返事をしてハッとしたシェラハが、彼の元へ急ぎ。 皆が続く。


Kの話を聞いても、理解が出来たんだか、理解が出来なかったんだか、解らない皆だが。


そんな中で、歩きを早めガロンは、ポリアへと近付き。


「おい、アイツは一体、何者だ?」


いきなり間近へと迫られ、驚くのはポリアで。


「うわっ、ちっ近寄らないでよっ!」


距離を空けるポリアは、一番警戒するガロンを睨み付け返すままに。


「何者でも無いわよ。 学者なんだから、博識なのは当たり前でしょ?」


ポリアの曖昧な返しを聞いたガロンは、急速にKに対して興味が湧いた。


(いや、コイツの知識は、その辺に掃いて捨てる程に溢れる、只の学者とは訳が違うぞ。 貴族社会が隆盛期の、‘超魔法時代’の事を知る者など、そんじょそこらに居る筈が無いっ)


このガロンとて、嘗ては様々な者とチームを組んで、世界を冒険をして渡り歩いた。 その彼が見て、こんなにも博識な男は珍しい。 今の学者なんて云う者とは、その辺で溢れる本で読んだ知識をひけらかし、それっぽく言うだけの者ばかりと思っていたからだ。


そして、道を行くこと、更に暫く。


大体、太陽の傾きを見れば、大凡の時間が解ってくるのだが…。 昼に差し掛かろかと云う頃。 公孫樹の原生林に囲まれた道が、何故か一回り狭まった。


この手前で、一度だけ休憩をしたが。 Kは、


“長く休むと、疲労感から動けなくなるぞ”


と、食事も少なくさせ、短い休憩で直ぐに歩かせた。


Kの遣ることに、一々喚くラキームだが。


ガロンは、旅に慣れて無いラキームやシェラハと、兵士達のことを考えるなら。 確かに、Kの為す事に納得が行くので、寧ろ説得に回った。


細く成る道を歩き始めて、少しすると。 静かな異変は、先ずシスティアナに起きた。 歩みが少し遅くなり始め、話もしなくなった。


この時にKは、コートを捲って杖を腰から引き抜くと。


「マルヴェリータ。 後で、何れ必要に成ると思われるだろうが。 事態が急変する事も予測して、先にコイツを預けておく」


「何?」


Kから彼女へと差し出されたのは、二本の短い杖で有った。 細く成る方が持ち手だろうが、太く成る先端には、半透明な硝子に似た輪が、嵌っていた。


その杖を注視したマルヴェリータは、前にも見た事の有る物だったので。


「これって・・・もしかして、ライトスタッフ?」


渡して歩き続けるKは、


「あぁ。 その内に必要になる」


と、だけ。


Kが差し出したのは、光の魔法の力が、杖の先に宿る魔法アイテムだ。


一昨日、か。 ゾンビと戦ったマルヴェリータが、暗くなった道を照らした魔想魔法。 アレである。 封印された魔法を開放してやれば、いくらか長く光を放ってくれる。 二本を上手に用いれば、寝る前から朝方までの一晩、光を放っているだろう。


然し、


「?」


空を見上げたマルヴェリータ。 まだ、こんなに明るい昼間だと云うのに、おかしいと思ったのだが。


処が、そんな不思議を余所へやる程に。 原生林に挟まれた道なりに、奥へ奥へと向かうにつれて。 今度は、マルヴェリータまでが、身体に負担を感じ始める。


(ふぅ、ふぅ・・・。 な、何・・なのよ、この重圧感は…)


一方、マルヴェリータより酷く、苦しさを見せるシスティアナが居る。 汗を額に溢れさせ、顎から地面に滴り落ちる程。


仲間のポリアも、そうでないシェラハも、システィアナが病気に成ったのではないかと、心配していた。


ポリアは、腰の水袋を片手に。


「システィ、アンタ大丈夫? 水、飲む?」


然し、首を左右に振るシスティアナ。


「だ・だいろ~ぶで・ですぅ」


異変を察知したポリアは、‘疲れた’とブツブツ煩いラキームも居るので。


「ね、ケイ。 少し休んだら? 急な歩きで、システィやマルタが具合を悪くしてるみたいよ」


と、仲間を心配して言った。


するとKは、システィアナを看て。


「ポリア、無駄な事を言うな。 休んで体調が変わるなら、もう既に休んでるさ」


Kに言われたその意味が、ポリアには全く理解など出来ず。


「ケイっ、どうゆう事よっ?」


と、鋭く問う。


だが、歩みを止めないKで在り。


「町を襲わせた張本人に近付いている所為で、暗黒の力が森にまで強まっている。 その答えとして、後ろを振り返って見てみろ」


と、言ったKの声に。


「え?」


「はぁ?」


と、皆が思い後ろを振り返ると…。


「あ゛っ!!」


と、驚いたポリア。


その直後には、


「道が消えてるっ!!」


と、シェラハまで。


後ろを振り返ると、どす黒い渦の巻いた空間が、来た道を塞ぐ様にして広がっている。


慌てて空を視たポリアは、薄暗く異様な色合いに染まった空まで見る。


「ケッ、ケイ!!!!!」


驚き叫ぶポリアに、Kは。


「これも経験だから、覚えておけ。 この異様な場所は、ダークネス・フィールドと云う。 暗黒魔術師と云うより、死霊使い(ネクロマンシャー)や、最高位の死霊モンスター。 他だと、高位の悪魔などが、僧侶や魔法遣いを拒む為に張る結界だ。 この結界を抜けない限り、マルヴェリータやシスティアナの疲労は、徐々に増すばかりだぞ」


その悠長な説明に、待ったを掛けるべく。 慌ててラキームが遣って来ると。


「だだだ・大丈夫なのかっ?!! おいっ、帰れるのかぁぁぁっ?!!!」


非常に情けない声で、叫び上げる。


然し、説明したKは、淡々として居て。


「一度でもこの結界に入ったら、主を倒さない限りは出られない。 そうなれば道は、先を急ぐしか無いぞ」


と、歩き続ける。


そんな冷静なKを見て、ポリアは想う。


(アナタっ、こう成る事も薄々知ってたのねっ!!)


だが、Kの後を遅々とでも追いかるのは、他でも無いシスティアナ。


その姿を見るポリアは、システィアナへ近寄って。


「システィ、歩いて大丈夫? 苦しいなら、背負うわよ?」


然し、年寄りの様な動きにて、ポリアを見るシスティアナは、鈍く辛そうながらに笑った。


「だいろ~ぶです~、しゅ~ちゅ~してましゅから~」


この返事を聞いたポリアは、パッとまたKの背を見た。 これまでの様々な事が、一気に納得する事と成る。


(まさか・・一昨日まで、あんなにマルタやシスティにハッパ掛けてたのは・・、この為?)


Kが、魔法遣いの集中や鍛錬を語り。 システィアナとマルヴェリータは、その事を考え始めた。 然し、こんな事の伏線として、あの様な事をしていたとしたら…。


(信じられない・・。 アナタって一体、何者なのよ)


衝撃的と云う程に、Kの思考能力が底知れない物とポリアは思えた。 リーダーをする自分など、偉そうに何も言えないとすら感じた。


然し、Kの内面は、どう想うのか。 彼からするのなら、これも只の場数の違い、それだけなのだろうか。


さて、既に敵の手中へと入り込んだと解り、前に進むしか無いと誰もが歩く。


処が、更に進むにつれて、鬱蒼としている森の中を通る道だが。 辺りが薄暗くなる処か、一気に夜の様に暗くなり始めた。


「おっおい!!! 包帯男っ、コレは一体どうゆう事だっ!!!!! キサマっ、何とか答えろっ!」


ちょっとの変化に、皆を苛立たさせる程に煩いラキーム。


一人で喚く彼に、歩くKは云う。


「ガタガタと煩ぇぞ。 結界の中に広がる、‘最後の壁’の辺りに入ったんだ。 とにかく、戻るなよ。 後ろから迫る〘狂気の魔法〙に呑まれて、気が狂うぞ」


此処で、Kの合図を受けたマルヴェリータが、汗に肌や髪を濡らしながらも。 先程の魔法アイテムと成る二本の杖に、解呪の魔法を唱えて光を生み出した。


それをKは、両方貰い。 一つをガロンに投げ渡した。


だが、道の左右に広がる森が、どんどんと闇に包まれて。 気付けば、洞窟の中の様な暗黒の世界と成り、森も道も解らない。


闇に怯えるラキームは、ガロンの後ろにへばり付いて。


もうフラフラとするシスティアナは、ポリアに手を引っ張られて進んだ。 何かをブツブツと呟いているシスティアナの表情は、死人のように蒼褪めて。 冷汗は、大粒の雫を生んで流れ落つる。


同じく集中して耐えるマルヴェリータだが。


(いけ・・な・い、このままじゃ…)


魔法遣いと云うだけのマルヴェリータで、この重圧感と恐怖感に苦しむ程。 僧侶で在るシスティアナは、もう気絶してもおかしくない状態だ。


魔法を会得したが故に、身に付けた感知能力が。 この結界の中では、障害に変わっているとも云える。


今のマルヴェリータが、見えない重さに押さえ付けられそうで。 集中を解いた瞬間には、頭を抱え叫び上げてしまいそうなのだ。


魔や闇の力を強く感受する僧侶のシスティアナなら、精神をあらゆる方面から押さえ付けられ。 見えない恐怖と怒号にて、責め抜かれる様な感覚だろう。


そんな心配と苦痛から、マルヴェリータの集中が外れて終いそうな時。


Kが。


「そろそろ、結界を抜けるぞ。 どうやら、最短の道を真直ぐ来れたみたいだ」


と、言う。


「ん?」


Kの話を聞いたラキームが、誰よりも早く辺りを見回せば。 不気味だが、樹海の様な森の中へと出ていた。


(たっ! 助かったっ!!)


喜ぶ彼の視界の先へ、街道の様に拓かれた道はまだ続いていて。 鬱蒼とした公孫樹の原生林は、風景を変えずに蔦などの影響から、密林の様に成っているだけだった。


然し、空を見上げたガロンは、空へ指差し。


「ラキーム様、あの妖しき色の空を御覧下さい。 まだ、手放しでの安心は、して成りませんぞ」


と、警戒を促す。


兵士達も、晴れた空とは言えない不気味な空に、不安感を募らせる。


だが、やはり我が儘なラキームは、その精神面も非常に幼稚で在る。 Kが、再三に渡って説明した事で、既に此処はモンスターを生む主のテリトリーで。 その主を確かめ、クォシカを救うべく来たのだと、理解しても良さそうな処なのだが。


「な゛っ・・、何だこの天気はーーーーーっ!!!!!!!! てっ、ててててっ、天変地異かっ、それとも呪いかっ?!! 見よっ、紫の色をしているぞぉっ!」


と、喚き上げる。


呆れたイルガは、


(見れば、誰でも解るわい)


と、その妖しい空を見上げて居た。


空は、鉛色の雲に覆われていて。 また、これから向かう先の所で、竜巻が天に向かっているかの様に、凄まじいまでの巨大な渦を巻いて動いている。 然も、血染めの夕方の様な赤紫色の光が、雲の表面に染み込んでいた。


同じく、黙って空を見上げたガロンも、冒険者の生活を永く遣って来た方だが。 こんな異様と云うべき空模様は、初めて見た。


もし、この公孫樹の原生林へと来ず、町に居たならば。 今は、まだ昼下がりぐらいの頃だろう。 〔ダークネス・フィールド〕と云う場所を過ぎた所為か、感覚は幾らか狂い始めているが。 休憩から長い時を経た訳では無い筈で在る。


(空が、一点を渦にして変異している。 一体・・・これは?)


ラキームを騒がせたく無いので、内心にて思ったが。 知る者が居るのなら、直ぐにでも説明を迫りたい処だ。


其処へ、Kが。 森の先と為ろうか、渦を巻く空の真下の宙を指差して、


「ほら、あの辺を見ろ。 塔みたいなものが、何となく見えてる。 アレが、目的の場所なんじゃないか?」


と、皆に教える。


“何処だ、何処だ”


と、煩いラキームを、皆が無視する。


マルヴェリータとシスティアナを心配するポリアの横で。 塔の様な建物が、渦巻く雲目指して聳えて居るのを見るシェラハ。


(クォシカ・・、貴女っ)


こんな恐ろしい場所へと逃げてしまったのかと、怒りや悔しさから拳を握るシェラハ。


そんな彼女へ近付くガロンは、辺りに感じる不吉な気味悪さから。


「こんな所に、クォシカが逃げ込んだのか? おい、本当にあの娘は、生きているのか?」


と、鋭く問う。


「生きてるわ・・、手紙が・・来たもの」


俯いて云う彼女の、精一杯の嘘だった。 近くで煩いラキームに、咽元まで罵声が出掛かったが。 クォシカを見付けるまでは、我慢しようと決めていた芝居をする。


だが、その間近にて。 楽に成ったシスティアナに、体調を聴く為に話し掛けていたポリアが。 ギリッと、刺す様な視線をガロンへ向けた。


(こんな所で、無事な訳ないじゃないっ!!)


思わずに、心の中で吐き捨ててしまう。


一方、時を無駄遣いしたくないイルガは、Kの後ろに来て。


「いよいよ、ゾンビやスケルトンを生んだ主が居る、根城に行く訳じゃな?」


と、問うのだが。


何故か、此処で立ち尽くして居たKが、辺りを見回していると。


「さ~て、そう簡単に行かせてくれるかな・・・。 ホラ、御出なすったぜ」


この意味深な言葉を聞いたポリア、マルヴェリータ、システィアナが、急に身構えて森を視る。


ガロンや兵士達も、その緊張感を知った時だ。


‘ガサガサ’、‘ワサワサ’と、左右の原生林が広がる茂みが、俄かに動き出した。


そして・・。


「キャーーーっ!!!」


シェラハの悲鳴が、不気味な空に支配されし原生林へと響き渡る。


一体、また一体と。 公孫樹の原生林から道へ、スケルトンとゾンビが飛び出して来るではないか。


ゾンビは、原生林から道への段差を転げて、腐乱した身体を道に落とし。 スケルトンは、薄汚れた骨にボロボロの剣を片手にしつつも、人間より身軽な様子で飛び跳ねる。


モンスターに囲まれたと察するKは、狼煙代わりに、と。


「マルヴェリータとシスティアナは、まだ戦うなっ。 シェラハを守って、下がってろ。 現れた数は、まだ少ない。 一気に潰せっ!」


司令官の様な鋭い言葉を受けたポリア、ガロン、イルガが、武器を構えてモンスターに向かった。


クォシカを捜して、公孫樹の原生林の奥深くに分け入ったKとポリア達に。 突如、襲い掛かる死霊モンスターの群れ。


一体、この森の奥に聳え立つ巨城には、何が居るのだろうか。


そして、クォシカは、本当にこの場所に来たのだろうか…。




【その6.森の奥に在る巨城と、其処に棲まう魔物達】




遂に、敵の根城を見つけ出したポリア達だが。 洗礼代わりか、モンスターに襲われた。


現れたスケルトンやゾンビの数は、総勢15体。 騒ぐラキームを無視するKは、大した数では無いと言い切る。


武器を抜いた兵士達3人は、ラキームを守って下がり。 率先した戦いは、どうやら行わない様だ。 


真っ先に動くのは、戟槍を構えたイルガ。 シェラハを守るシスティアナやマルヴェリータに近い、スケルトンの一体に突撃した。


「退けぇっ!」


槍の刃先をスケルトンの喉に当て突っ飛ばしたイルガは、スケルトンを寄せ付け無い様に、身体を張って戦う様子を示した。


それを見たポリアは、更に前に出て。 スケルトンが集まるのを阻止し、各個撃破を狙う。


二人が率先して戦い、Kが。


「ポリアっ。 イルガに着いて、スケルトンに集中しろ。 倒すのが面倒なゾンビは、俺一人で十分だ」


と、間近のスケルトンをどうやったのか、頭蓋骨を粉々にした。


Kの簡潔にして響きが良い声に、ポリアとイルガはスケルトンへ集中する。


抜刀したガロンは、


(ゾンビを任せろだと? 病み上がりみたいな学者が、五体ものゾンビを面倒を看るとか。 フン、こっちの冒険者に加勢して、その口が本物か確かめてやる)


と、思った。


腹を決めたガロンは、流石に動きが早い。 歯を噛み鳴らして、イルガを包囲しようと云うスケルトンに、猛然としたタックルをかまし。 すっ飛ばしたスケルトンには目もくれず。 左前方の間合いに踏み込んで来たスケルトンへ、右足を半歩踏み込んでから乱れ無い剣捌きにて掬いに斬る。


その様子を見たラキームは、兵士に守られながら。


「おぉっ、流石はガロンだっ!」


ガロンの振るう剣にて、首の骨から頭蓋骨までを真っ二つにされたスケルトン。


倒れるスケルトンに踏み込むガロンは、追撃とばかりに金属の具足を履く左足で頭蓋骨を踏み砕いた。


暗黒のエネルギーが詰まるスケルトンの頭蓋骨は、割られて漏れる事から脆く成る。


やはり、冒険者としての経験がものを云うのか、ガロンにスケルトンは雑魚らしい。


一方、イルガと協力して骨の腕や足を斬ってから、二手、三手を重ねる事でスケルトンを倒すポリア。 そんな動きの大きいポリアを見ると、手解き程度の剣術しか受けてないラキームには、中々の見応えが有る。


然し、ガロンからするなら…。


(あの包帯男以外は、まだ駆け出し程度か。 このポリアとか云う娘は、磨き次第で化けるだろうが。 戟槍を遣う中年男は、高みまでは無理だな)


動きを見て、それなりに見抜けたガロン。 ポリアの剣術は、まだ勢い頼みだが。 若い頃から剣術を習って培った動きには、まだ飛び抜けそうな天稟が窺えた。


然し、イルガの方は、もう動きに磨けを掛ける事は出来ても。 更なる高みに突き抜ける余白が無い、ある種の‘硬さ’が窺えた。


新たに、スケルトンの顔を斬り飛ばしたガロンは、ポリアがスケルトンを倒すまで、隙間を作ってやろうと想い。 二体の脚を掬い斬りから斬り払って、歩けなくした。


(これで、スケルトンも手数に成らんな)


と、Kを視る。


だが、振り返った瞬間、ガロンの眼が、ガッと見開いた。


(アイツ、いま・・・何をした?)


首筋に隠された暗黒の核を噴き出させ、ゾンビが道に倒れて行く。


冒険者だったガロンとて、ゾンビが斬ったくらいで死ぬことが無い事は、先刻承知である。 白銀製で在るポリアの剣なら、何の支障も無く斬って倒せるだろうが…。


然し、驚くガロンの前で、新たなるゾンビの顔が真っ二つと成り。 暗黒の光が飛び散って、ゾンビがまた倒れた。


唖然とすらしたガロンの視界の中で、Kは素早かった。 直ぐに、先に見える新たに現れた一体を含む、三体のゾンビへ消える様に向かって行く。


Kに襲われた様なゾンビ達。 最初の一体は、腹。 次の一体は、首。 そして、最後の一体は、胸元に核が在ったが。 全て、Kに斬り払われて、その場に崩れる。 何とスケルトンが半分倒される前に、ゾンビの退治は終わった。


「たあっ!」


「うおりゃ!!」


ポリアとイルガは、ガロンが脚を斬ったスケルトンも含めて、次々とスケルトンの頭を破壊する。


その横にて、間近にスケルトンが迫り苛立ったガロンが。


「ふん!!」


二振りの斬り払いで、迫った二匹の頭を破壊してから。


「其処の御主っ! 一体、どうして普通の剣でゾンビを斬れるかっ。 然も貴様は、急所の核が在る場所まで解るのかっ?」


鋭くガロンから問われたKだが。 既に自分の仕事は終えたと、口元に不敵な笑みを見せて。


「戦う敵を想定し、対処の仕方を考えて於くのも努力のウチさ。 大抵の人間には、強かれ弱かれ魔力は在るもの。 在るものをフル活用するのも、自分の気持ち次第だろ」


言い返されたガロンは、


(う゛ぬ゛っ! そんな簡単に出来るならっ、この世の誰が苦労するかっ!!)


と、胸の中で唸った。


今のガロンでは、Kの様にゾンビを倒せない。 在る意味、理解不能な者がKだった。


だが…。


(それって、一体どんな努力よっ!!!!!!!!)


魔術師のマルヴェリータも、心の中で叫ぶ。


実は、魔力を遣える様になる訓練は、生半可なことでは無いのだ。 魔法を教える魔法学院で、一般的に皆が教わる引き出し方ですら、ほぼ全ての魔術師の卵達が気絶する。 詰まりそれ程に追い込む訓練で、やっと魔力を引き出せるのである。


そして、問題はKのやり方だ。 マルヴェリータは、Kに聴いてはいないが。 彼が魔法学院に入って、魔力の扱い方を修得したとは、ちっとも思っていない。 剣術を極めて居そうなKは、体術も扱える。 そんな彼が、時間の掛かる学院での修行法など、時間を遣う暇は無い筈なのだ。


学院にて教わった事を思い出すマルヴェリータは、Kの事を少しだけ慮った。


(恐らく彼は・・・。 過去にモンスターとの戦いの中で、魔法を扱う精神の遣い方に覚醒したのね)


だが、これがどれほどに恐ろしい事か…。 マルヴェリータは、背筋が震えた。


解り易く例えるならば。 体中を紐で縛りつけ、逆さまに水へと顔を入れらてから、溺れ死ぬギリギリ手前で引き上げられる。 そんな行為を何百回も繰り返して、死ぬのが先か、覚醒が先か…。 それ程の危険が付き纏う様な限界に、身を置く必要が在るのだ。


Kは、簡単に言ったが。 修得したいと想っても、普通の精神状態で行えるものでは無い。


詰まり・・Kの過去には、それだけの危険に身を置く事が在った。 そうゆう事なのだ。


ガロンが、理解不能なKを睨む。


マルヴェリータは、ポリアを見て経過を待った。


最後のスケルトンへ踏み込んでイルガは、振り上がった骨の腕へ、刃元から横に突き出た戟を絡ませ。


「鋭っ、応っ!」


と、捻って引きずり倒した。


其処に踏み込むポリアは、スケルトンの頭蓋骨を一刀の下に半壊させる。


こうして、本日最初の戦いは、終わった。


その後、辺りを窺ったKは、直ぐに。


「さ、行くぞ。 もう此処は、相手の腹の中。 休みは、歩きながらだ」


この場に居る誰もが、この場所に漂う只ならぬ空気を感じていた。


Kを先頭に、慌てて荷を担ぐ全員が歩き出した。


文句を云うラキームだが、モンスターを割とあっさり倒したポリア達。 彼女達が居ないと成ると、自分が危険と渋々動く。


さて、公孫樹の原生林を抜ける道を、更に奥へと行くと。 其処には、川が流れる上に架けられた、石橋に行き着いた。


ポリアは、公孫樹の落ち葉に塗れた橋を見て。


「何これ、は・・し?」


橋の手前に立つKは、足で敷き積もる公孫樹の枯れ葉を退けると。


「らしい、な。 積もった公孫樹の落ち葉が絨毯の様だが。 紛れも無く石橋だ」


その橋には、公孫樹の枯れ葉が敷き詰まり。 所々がかなり汚れ。 部分的に罅割れて、欠けてもいる。


だが、近寄るシェラハは、屈んで欄干を横から見ると。


「でも、只の石橋じゃ無いみたい。 手摺りの部分の側面には、風雨で削れてるけど模様が見えます」


ポリアやマルヴェリータも観察すると。 町に在る石橋なんかよりも、その造りがとても立派で。 風雨に曝されて削れているが、欄干には彫刻がボヤけながら残っていた。


橋の真ん中へ立つKは、間近に迫った城の外壁を森越しで見て。


「へぇ~、こりゃあ驚きだ。 あの城は、昔の“神殿風雅造り”じゃないか。 やはり・・流石になぁ~」


その彼の横に来たガロンは、四角い土手の外壁が軽く見上げるほどの高さを誇り。 その土手の上に建てられている、巨大な塔型をした城を見上げた。


シェラハとシスティアナを視界に入れつつ、辺りを窺うイルガだったが。


「この建物の構造を、知っているのか、ケイ?」


と、尋ねると。


建物を眺めたKは。


「知っちゃ~いるさ。 だが、僧侶のシスティアナには、いい話じゃないゼ」


Kの話に、怪訝な顔に成るシスティアナ。


「ケ~イさん。 それは~、どぉしてですかぁ?」


「ん? それは、な。 昔、或る一時を過ぎた頃から。 栄耀栄華に花咲かせた王侯貴族は、自分の権威を高める事に執着し始めた。 己の価値や地位を、神に似せる為に。 それまでの建築物を荘厳華麗にして、天に近づくと云う意味で神殿と同じ物を造り始めた」


其処でポリアが。


「絶対的貴族主義(貴族至上主義とも)の始まりね」


「あぁ。 そして、その後。 魔法技術の大発見と発展が進み、〔超魔法時代〕と云う時の間。 王侯貴族と強大な魔法を扱う魔術師が、更なる栄華を極める事に成るのさ。 特に、何の取り得も無い王侯貴族は神にすら成った気分で、住まいを神殿より立派で威厳の漂う。 詰まり、こうゆう物にして、な」


その話の内容には、ポリアがとても複雑な顔をして。


橋の袂に立つラキームは、苛立ちを秘めた眼をする。


貴族出身のポリアと、身分が保証されたラキームでも。 その話に関しては、意見が違うらしい。


片やポリアは、罪の意識すら感じ。


片やラキームは、王侯貴族が栄えた歴史を馬鹿にするKに、苛立っている様だ。


だが、システィアナは、トコトコとKの横に来て。


「どぉ~~んな人でも、神様いじょう~にえらぶったら、イケないんですぅ~」


と、ムクれて言う。


すると、此処でガロンから。


「それよりも、何故にその栄耀栄華が終わったのだ? 超魔法時代の魔法は、何故に滅び去る運命に至った?」


それに同調するイルガも、また。


「当時、何が起ったのだ?」


尋ねられたKは、眺める目を無気力として行きながら。


「さ~、その真実を知る者は、ある日を境に全て消えた。 人伝に研究する学者から聞くのは・・」


“魔法の臨界点を越えた超魔術に因って、魔法を遣う者や施された施設が、破滅して壊れ逝く魔法に滅ぼされてしまった”


「とか、色々だな」


語るKは、橋を渡りつつ。


「その結果から確実に言える事は、どんなに権利や金を持っても、最強無比の力を得たとしても。 行き過ぎた行為は、破滅の扉まで開いちまうらしい。 今から年月の経過からして、凡そ三百年以上前に。 超魔法技術が大崩壊をして、世界の人口が6割減った。 研究する学者の一説では、崩壊時には«時空»と呼ばれる時と世界の極大なズレが起って。 確認された三百年前と崩壊時とは、年月にして千年近い時が過ぎているとも云う」


その果てしなく永い時の経過に、


「千年って・・マジ?」


と、ポリアが驚く。


だが、橋を渡ったKは、古い古い形態の城を見て。


「超魔法時代の時に最高の力を得た魔術師やその恩恵に集まった人も、魔法が施された建造物や場所も、全て消え失せたが。 見ろ」


と、遠くに見える城を指差して。


「その名残が、こうゆう建物さ。 マジックモニュメントの初期となる一端は、超魔法に非ずか。 建物の中に魔法が封印されて眠る為、崩壊を逃れた物も在る」


皆は、これから向かう建物を見て、未知の領域へと踏み込む様な。 一抹の畏怖を覚えた。


ポリアは、先を向くKに‘待った’を掛ける様に。


「ね、ケイ。 貴方からして、その崩壊は必要だったと思う? 崩壊は、必然だったの?」


背中を見せるKは、


「さぁ、どうだかな~」


と、彼は言った後、ちょっと間を開けてから。


「ただ、貴族至上主義から、一般の民へも拓かれた大改革が、世界中で巻き起こったのは事実だろうよ。 世界最古にして、最大の王国フラストマドだって、民衆も考える政治に転換したのが、正にその頃だろ? そして、このホーチト国でも、“無血の交代”と云われる改革が行われたしな」


するとポリアも、彼に近付きつつ。


「そうよ。 我が国でも、学力と政治に明るい市民が、国の要職へと参加する事が出来る様に成ったわ。 確かに、貴族の権力や威光は、まだ根強く有るけど」


「なら、それでイイんじゃないか? それが必要だったとか、必然とかは、後の人間が遣う言葉だ。 事実として、崩壊して様々なものが消え去った。 その傷が酷すぎて、一部の王侯貴族だけじゃ仕事が回らないから、必要とか、仕方無いとか、理由をみっけて改革したんだ。 それで大多数が良ければ、それでイイのさ」


Kの意見に、システィアナが出張り。


「いい~のさぁ~~」


と、言った。


さて、ちょっとした長話の後、全員が石橋を渡った後。 原生林を抜けて、普通の森と成る建物の傍に来た時。


其処でKは、


「よし、それなら。 全員、此処から走る準備しろ。 また、危険な場所を抜けるぞ」


‘危険’と聞いたラキームは、恐怖からやや引きつった声で。


「な゛っ・何でだっ! 危険って何だっ?!」


先程は、知らず知らずに結界へと踏み込んだが、もう二の轍は踏まないと。 こうゆう時だけは敏いラキームだ。


然し、向かう先を指差して、Kは。


「道は、こっちだ」


と。


彼が指し示した方向は、立派な建造物の脇にて森が洞窟の様になっていた。 然し、その森を抜ける通りは、まるで暗黒の口を開けた様に暗闇に染まっている。


「真っ暗だわ」


シェラハを背にしたポリアは、道を覗いて呟いた。


シェラハの横では、システィアナが見えない道の先を窺いながらも、ガタガタと怯え。


「アワワワ~~~。 このなかはわわ~モウジャさんが、いぃ~~~っぱいいますよぉぉぉぉぉぉぉ」


‘亡者’と聞いたラキームは、Kに噛み付くぐらいの勢いで。


「亡者の巣窟っ?!! 貴様っ、ふざけるなっ!!! 私を殺す気かーーーっ!!!」


その怒声を聞くKは、耳に右の小指を入れて動かしながら、‘面倒くさい’と困った様子を浮かべる。


シェラハは、不安げな顔で道とKを交互に見て。


「どうしても、この先に行かないといけないんですか? 何だか、凄く暗く、て不気味な場所ですが…」


そんな二人を見たKは、大した事も無さそうな態度を見せながら。


「この建造物へ入るには、正面の入口を探す必要が有るんだから。 行く必要が有るのは、当たり前だろうが。 それに、亡霊や亡者が居るのは、当たり前だ。 コイツは、〔ゴーストネスト〕だからな」


「‘ゴーストネスト’? それは、一体…」


と、問い返すシェラハだが。


その近くで、ガロンが訝しげにKを見て居ながら。


「死霊の巣窟・・か。 極狭い暗黒の空間の中に、夥しい数のゴーストが居る。 空間の距離は、さして無いが。 立ち止ってしまったら最後・・・、ゴーストに取り憑かれて、狂い死に至る」


ガロンからそう聞いたラキームは、口をぶるぶる震えさせて。


「い・い゛っ、イヤだぞっ!!! 私はっ、そんな所には絶対に行かないぞぉっ!!!!!!!!」


湧き上がる‘怯え’を、そのまま‘怒り’に変えて吐き出す。


すると、全く動じる気配も無いKは。


「そうか。 なら、此処に居てくれ。 だが、俺等が入って掻き乱すから、そのうちゴーストの方が痺れを切らして、夜にはウヨウヨ出てくるわな」


「な゛ぁんだとぉ?」


Kが全く言うことを利かない上に、見捨てる様な言葉を吐くので。 憤りに全身を震わせたラキームだが。


Kは、ポリア達に向くと。


「ちょいと、ポリアよ。 お前達も、此処で待つか?」


と、質問を投げた


ラキームの怯える様を見たポリアは、Kの意図を何となく察して。


「あ~ら。 私達は、クォシカを捜しに来たのよ。 行かない訳ないじゃない」


行く意志を述べると。 今度は、ポリアが振り返り。


「マルタ、システィ」


と、仲間の二人を見た。


ポリアに呼ばれたシスティアナは、


「なぁに~?」


と、見返し。


マルヴェリータは、黙ってポリアを見返し首を傾げ、話を誘う。


二人の視線を貰うポリアは、


「どうする、二人は残る?」


今度は、二人の意志を問うた。






腕組みして目を細めるマルヴェリータは、ラキームを脇目に見てから。


「こんな野蛮な男達と、何で残る必要が在るのよ。 行くに決まってるでしょ?」


その言葉を聴いたポリアは、システィアナを見て。


「システィは、此処に残って残る人のお守りする?」


と、ラキーム達を指差す。


「イヤで~す。 シェラハさんを、おまもり~ぬで~す」


二人の意志を確かめ、頷くポリアは。


「イルガ」


「は」


「このシェラハが行くなら、守るわ。 行かないなら…」


と、言う途中で。


「行くわよっ。 クォシカを捜す為に、絶対に私も行く」


前のめりに、シェラハが言い切る。


すると今度は、Kがラキームを見て。


「こっちの意思は決まった。 それから、先に教えとくが。 ゴーストに、普通の剣を含む武器の攻撃は効かない。 倒せるのは俺と、魔法の遣えるマルヴェリータとシスティアナと、それから銀製品の武器を持つポリアのみ。 だが、誰も此処に残らないそうだ。 だから、居残り頑張れよ」


と、移動の準備に動く。


‘ゴーストには、普通の武器が利かない’


こう聞いて知るラキームは、俄かに慌て始める。


「おいっ、おいっ! 私はっ、貴様等の依頼主だぞっ!! だっだだっ、誰かっ! 私を守る為に残れっ、此処に誰か残れぇぇっ!!!!!」


怯えて狼狽えるラキームが、ポリアにはいい気味で仕方ない。


(誰が残るのよ。 ゴーストにでも追い回されてなさい)


珍しく笑った彼女は、Kに向いて。


「処で、先に誰が入るの?」


暗闇の森を窺うKは。


「そうだな、ポリアとシスティアナが先頭だ。 次が、イルガとマルヴェリータだ」


ポリアは、武器を持って戦うには、システィアナよりイルガと思い。


「システィ? イルガじゃなくて?」


「戦う必要は無い。 闇に入ったら、ひたすら走れ。 抜け出るまでは決して止まるな。 ゴーストは、殿となる俺が潰す。 それから、シェラハ。 君は、前にポリア二人、後ろにマルヴェリータ二人の間で、前だけ見ろ。 決して、振り向くな。


勝手に、先へ進む為に動き出すK達を見て、更に慌てだすラキーム。


「おっ・おい、おいおいおいいいいいいぃっ!!! 勝手に行くなーーーっ!!!!!!」


すると、行く覚悟を固めたシェラハは、ラキームをキッと睨み。


「私は、クォシカを迎えに来たのよ。 アナタに指図される覚えは無いわ」


シェラハに言われて、ラキームは拳を固めて歯軋りをする。


其処で、ガロンはラキームに近寄って。


「ラキーム様。 此処は、あの闇へ入ったほうが得策ですぞ」


「な゛ぁぁにぃぃぃぃっ! ガロ・がっ、ガロンっ、亡霊の巣窟だぞぉっ?!!」


道が消える闇を指差しているラキームは、泣きそうな程だ。


「それは、解っております。 が、あの冒険者達よりも真っ先に入れば、殿(しんがり)はあの包帯男ですから。 そうなれば、ゴーストに取り憑かれるのは、あの男が最初です。 然も、浮遊するゴーストは、人の歩く速度ぐらいしか動けません。 遅いより、早い方が…」


其処まで聞くや否や、ラキームは森に入ろうとするポリア達を見て。


「そ・そうなのか?!! なっなら行こうっ!! 者共っ、先に行くぞ!」


勢いから決断したラキームは、我先にと兵士よりも早く走り出す。


「ラキーム様っ」


「お待ちをっ」


兵士達も慌てて、彼の後を追う。


ゴーストネストと云う闇の中へ、我から急いで飛び込むラキーム。


それを見たKは、呆れた眼をして。


「はっ、やりゃ~出来んじゃないか。 早よしろよ」


と、言った。


そして、Kはポリアに光の杖を渡す。


それを受け取ったポリアは、皆を見て。


「行くわよ」


声を掛けて、走り出した。 走り込んだ道は、本当に森の中と云う感じでは無く。 漆黒というか、暗黒と云うべき真っ暗な洞窟でしかない。


ポリアとシスティアナが先頭で入り。 後にシェラハが続く。 イルガは、マルヴェリータを先にする様に、闇の中へと入った。


全員が入り。 残されたKは、一番刃渡りの長い短剣を引き抜く。


「………」


黙ったままに眼を細めると、殿と成り闇の中へと踏み込んで行く。


Kが暗闇の中へ踏み込む時。 先の方では、ラキームの絶叫が上がる。


だが、その直後には、


「走って下されっ!!! さぁっ、ラキーム様っ!!!」


と、ガロンの叱咤が飛ぶ。


その意味は、他の皆にも直ぐに解る。


- あ゛あ゛あ゛・・・ -


不気味な人の唸り声がする。 嫌、‘人’というのは、声になっているからであって。 声の質感は、これまで現れたゾンビのものに似ている。 地の底から湧き上がる様な、不気味な‘音’と云っても良かった。


そして、今。 シェラハの横にも、ボンヤリと人の死んだ姿が浮かび上がる。 眼球の無い青白い顔のみで在る。


「キャッ!」


驚くシェラハへ、直ぐにポリアが。


「走って!! 止まっちゃ駄目よっ!!」


と、声を掛ける。


ラキームの後を追うポリア達の辺りから、どんどんとゴーストが湧き上がる様に現れる。


「ポリアっ、何よこの数っ」


「喋る暇無いっ、マルタ!」


真っ暗闇の空間だったのに、走り始めて直ぐの筈が。 赤、青、黒の光を宿す亡霊の出現で、闇が亡霊の色に染まりそうなのだ。 先頭を行くラキームが喚く所為なのか、ポリア達が走るのは、亡霊が彼方此方から現れ出るその時。


「シェラハっ、亡霊を見ないでっ!」


心配そうに振り返るシェラハに言うマルヴェリータ。


だが、後ろからは、


- あ゛ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!! -


亡霊達の断末魔の叫び声なのか、悲鳴と絶命の声が混ざり噴き上がる。


何事かと、振り返るポリアとマルヴェリータ。 すると、直ぐ後ろで。 青白い色、黄色や赤い炎の様な色の混じるゴーストが、一瞬に湧き上がる黄金の光に因って、消し飛んでしまうのが微かに見えた。


(ケイ!!)


一体、どうやって倒しているのか。 二人にも、さっぱり解らない。


其処へ、


「どんどん走れっ!!! 遅いっ!! 亡者に追いつかれて、死にたいかぁぁぁっ!!!」


暗闇の空間に、Kの大喝が発せられた。


声だけなのに、ビリッと気合いと畏怖が皆に叩き付けられる。


「ヒョェェェェェっ!」


システィアナが飛び跳ねる様にビックリし。


「ヒャっ!」


と、首を竦めたシェラハ。


「わっ!!」


急な事で、驚くポリアで在り。


「ヒィっ! なんて声よっ」


一番驚くのは、イルガと後ろに居るマルヴェリータだ。


一方、前を走るガロンは、亡霊が此方を察知して出て来る前の、闇の中を走りながら。


(くっ、なんて声だっ。 余程に道を極めた者だな、あの男めっ)


と、腹の中で唸る。


これは、手練を積んだ者なら解る。 腹からの一喝となる声は、その鍛え方に比例するからだ。


そして、現に。 走り去る脇に現れ掛けたゴーストが、動けずにまごまごと蟠っていた。 Kの一喝に因り、亡霊が戦(おのの)いたのだ。


さて、ラキームの前に出て走る兵士の一人が、前方に明るい場所を見て、出口と察し。


「ラキーム様っ、あと少しで出口ですぞ!」


「おっ、おわっ、おわおわお…」


‘終わりか’、も言えない程に情けない声を出すラキームだった。 ガロンの持つ杖の光で見える顔は、鼻水と涙で酷い間抜け面である。


どんどん出口に近づいて、ラキームと兵士が飛び出した。 続いてガロンも、外へ出た。


「ん?」


立ち止まるガロンの脇で、息の荒いラキームは転がり這いつくばっている。


然し、ガロンは、ラキームよりも目前に広がる森に囲まれた湖が気になった。


(・・この背筋に走るのは、悪寒か? 何と、不気味な湖か…)


ガロンがこう身構えるのも、無理は無い。 先ず、湖がとても臭い。 腐った水の匂いが、辺りに漂うのだ。 湖の水面すら、藻かカビ色に濁り。 湖畔に突き出している木も、苔生しているのではなく。 腐って爛れている様に見えた。


「ラキーム様、もう少し下がりましょう」


土の上で這いつくばっているラキームを、兵士が草の方に誘導しようとしたのだ。


だが、其処に。


「うは~、でれまヒたぁ~」


続いて、抜け出して来たシスティアナが現れ。


「早く早くっ!!」


ポリアが言いながら、闇の中から出た。


シェラハを守り庇う様に、イルガとシェラハが出て。 続く様にマルヴェリータが出る。


ポリア達は、ラキームを蹴飛ばしそうに成りながら、ガロンの更に脇へ出る。


そして…。


息切れして、仰向けに寝転がって空気を貪っていたラキームの前に、ゴーストを纏わり憑かせたKがいきなりガバッと現れ出た。


「うわっ!! あわあわあわわわわ…」


ビックリして身を起こしたラキームだが、腰が抜けたらしく。 逃げようにも前に進まないと云った感じで、這いずって逃げ出す。


一方、ゴーストを全く気にもしてない様子で、


「全員、出たか」


と、Kが言う。


「ケっ、ケイ!!」


ゴースト達の顔が歪み、悪鬼の様になった。 Kに襲い掛かると、ポリアが慌てる。


だが…。


Kの剣が、眼にも止まらぬ速さで閃いた。 彼に纏わりつく五・六体のゴーストは、瞬時にバラバラと斬られる。


- お゛お゛お゛・・・ -


気持ちの悪い呻きか、唸り声を上げ。 ゴーストは、霞の様に消えていく。


だが、K本人は、ゴーストなどには気にも留めず。 ガロンが見ていた湖に歩み寄って、その全体を窺うと。


「チッ、これは厄介だな。 湖全体が腐って、死霊の巣に成ってやがる」


この稀に見る腕前の包帯男の独り言を聴いたガロンも湖を見て。


「やはり、全体が取り憑かれてるのか?」


「あぁ、早く建物の中に入る所を探そう。 その内、湖から不死モンスター共が這い上がってくるぞ」


這い蹲った事で、鼻水に土が着いて汚れた顔をするラキームが。


「そんなの、どこにあるっ?!」


Kは、四角い土台となる巨大建造物を指差して。


「今、走り抜けて来た“ゴーストネスト”になってる道が、建物の南側に添う茂み。 この湖の前は、建物の西側だ」


学者的な見解に基づいた説明だが、ラキームには何のこっちゃ解らない。


「だからどうしたっ!!!!」


怒鳴る声すら、泣き声の様に聞こえて来るラキームにで在り。


間近で見るポリア達は、その姿にうんざりする。


怒鳴られたKは、詰まらなそうに続けて。


「昔の‘神殿風建造物’ってのは、太陽に窓を向けて光を取り込み。 ステンドグラスや石像を拝む、そうゆう造りに成ってる。 つ~事は、入り口は基本的に全て西側に作られる」


その説明を受けたラキームは、立て膝となり。


「前置きが長いっ、要点を早く言えっ!!! この愚か者っ!!!」


と、吠える。


見たくも、聴きたくも無いポリアは、次第にイライラして来た。


「煩いわねっ。 それより、その汚い顔はなんとか成らないの?」


言われて気付く土の違和感に、ラキームはハッとして、急いで服の袖で拭うも。


汗を軽く手袋で拭ったマルヴェリータが、冷たくラキームを一瞥し。


「あら、余計に汚い顔になったわね。 土の方が、綺麗だったわ」


と、歩き出すKの後に続いた。


然し、既にラキームなど眼中に無いシェラハは、ラキームの顔すら見てない。


さて、森と湖に囲まれた神殿城は、巨大な正方台形であり。 その土台の中心にして、土台の上に円錐の山のように聳える塔を有する。 土台の下の壁は、真っ白い石だったのだろうが。 今は、不気味な苔と蔦が外壁に生えて、見栄えは悪い。


建物を窺うガロンは、その塔の上に雲が渦を巻いているのが、とても気に為った。


「あんな風に、雲が渦を巻くのか。 ・・・初めて見る」


そう呟くガロンに、Kが。


「こんなの、今に街に出てきたら大問題だゼ。 此処は、城を根城にする怨霊に因って、異界化した幻想空間だ」


「な、なんだとっ?!! 現実の世界では無いのか?」


「当たり前だろう。 此処は、城に居る主がテリトリーとして、過去の世界を生み出す為に、時間の流れを堰止めたんだろうさ。 凶悪なゴースト、悪魔などのモンスターが持つ能力さ」


その見解を聴くガロンは、慌てる様にズィっとKに近寄った。


「お前っ!! こんな能力を持つモンスターなどっ、そうそう居ないだろうっ!!!!!」


怒鳴られたKは、苦く笑って。


「そんなの、ちっと考えれば解る事だろうが。 恐らく、城の中に居るのは最高位のゴーストモンスター辺りじゃないか?」


Kの話を聴くガロンは、眼をギョロっとさせる。 ゴースト自体が、倒すのに面倒なモンスターなのは、十二分に承知だ。 そのゴーストの上位モンスターの恐ろしさも、冒険者が長かったガロンは知っている。


理解が進むにつれて、ガロンの顔が焦りに染まり。


「お前ぇっ、敵の見当がついてるなら言えっ!! 一体、どんなモンスターなんだっ!!」


と、怒鳴りに変わった。


「さぁ~、遭うまでは、はっきりとは言えないが・・。 赤い炎のような人型なら、〔ジェノサイスホロウ〕。 黒い人型で骸骨姿なら、〔アビレイス・インフェルノ〕・・だろうな」


「な゛っ・・・」


Kの挙げたモンスターの名前を聴くガロンは、その場に震えて黙る。 余りの強敵に、目の前が真っ暗に成る思いがする。


一方で、事態が全く見えないラキームは、ガロンに近寄って。


「な・・なんだ? ガっ・ガロン? アビレなんとかとか・・、ジェノなんとかホロウって、なんだ?」


此処で僧侶で在るシスティアナが、ブルブル震えて。


「ションなの、ぜぇったいにかてませ~んよぉ。 ど~っちも、死霊系最強モンスターでぇす~」


ガロンの驚きやシスティアナの怯え様を見ていたポリアも、事態の意味が解ってきた。


「ちょっ、ちょっと待ってよ・・・ケイ。 死霊って・・確か、高位に成るとさ。 人を呪い殺す、とんでもない呪術を遣うんじゃないの?!!」


ぞんざいな動きで、Kは頷いて。


「まぁ~な、術にも種類が在るが。 此処に巣喰う主なら、訳無く遣えるんじゃ~ないか?」


その返事にて、全員がKを見た。


もう、恐怖に気が狂いそうな顔のラキームが。


「かかか勝てるかぁーーーーーーーーーっ!!!!!!」


と、喉を潰さんばかりに怒鳴り散らした。


然し、入口を探すべく歩き出すKからは。


「何で、わざわざ死にに来るんだよ。 それより、早く行くぞ。 日が暮れる前に、粗方の始末を終えないと。 それこそ、俺以外はみぃ~んな死んじまうぞ」


その余りにも余裕過ぎるKの態度を見たガロンは、或る疑問が浮かび上がった。 そして、それを確かめずには居れなくなり。


「貴様ぁぁ・・、こう為る事と、全て知っていたのかっ?!!」


問われたKは、其処に落ちた物でも拾うかの様に、これまたアッサリとして居て。


「まぁ、大凡では、な」


「何故だっ?」


「この建造物で起った歴史的事件を、或る伝から聴いて知っていた。 だから、大体の想像はついてたさ」


こう聴いたガロンは、此処までラキームと自分が引きずり出されたと確信した。 だからこそ、今の涼やかに入口を探そうとするKの本音に、自分とラキームに向かう悪意染みたモノを感じて。


「何でっ、貴様一人で来なかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!!!!!」


と、有りっ丈の怒声を吐き出した。


辺り一面に響き渡る怒号は、ガロンの息を乱した。 スケルトンと戦っても、‘ゴーストネスト’の走っても、さして乱れなかったガロンの息を、だ。


歩き出そうとして、その怒号に因り立ち止まったKは、誰も居ない横を向くと。


‘ニヤリ’


と。


ギョッと眼開いたガロンは、しかとその含みの在る笑みを見た。


明らかに、包帯から覗ける口や眼が、ほくそ笑んだ。 そして、ガロンやラキームを見る訳でもない素振りながら、やや間を置いてから。


「そんなのは・・・、決まってンだろうが。 テメエと、その横に居るバカ町史のお陰で、こんな場所へ逃げ込まなきゃいけなくなり。 足掻く手段も無くて、死ぬハメに成った女が居る。 この救出作業は、その弔いだ。 町に戻るまで、しかとその薄汚ぇ眼で見ておけよ。 自分達の撒いた悪行の末を、な」


そう言ってKは、ガロンとラキームに向くと。


「仮に、お前達が雇った冒険者達が、失踪に見せ掛けてクォシカを誘拐したとして。 お前は、クズ野郎の町史様はどうした? あ?」


この問い返しに、ガロンは自分達の悪行が悟られていると、言葉を失う程に驚くのだが。


一方のラキームは、Kから‘クズ’呼ばわりされて苛立ち。 その感情的な性格から、想うままに。


「喧しいっ! ウルサイ、ウルサイっ、ウルサーーーーーーイっ!!!!! 全ては、クォシカの方が悪いんだっ!! 婚約破棄などせずにっ、俺の女になれば良かったモノを・・・断りやがってぇぇぇっ!!!!!!!!!」


己のした事を知られ、焦りから怒って癇癪を起こし始めた。


だが、彼の感情的なままに垂れ流される話に因り、遂に自白がされた・・と、云って良いだろう。


クォシカを詰るラキームの声に、シェラハが堪らずラキームに寄った。


「やっぱり・・やっぱりっ! 貴方がっ、クォシカを襲わせたのねっ?!! 卑怯者っ、貴方は最低のクズよっ!!!!」


こう責め立てられたラキームは、シェラハにもヒステリックに怒鳴り返す。


「ウルサイっ! ウルサイっ、ウルサーーーーーーイっぃ!!!!!!!! 黙れ愚民っ、俺は町史だぁーーーーー!!! お前等とはっ、各が違うんだぁーーーーっ!!!!」


怒鳴り散らす事で更なる本性が現れたラキームは、気が狂って居るかの様な人間だった。 止まらない罵詈雑言を張り上げ、クォシカのみならず自分の父親まで馬鹿にする始末。


この醜すぎる様子には、ガロンも、兵士達すら辟易とした顔をする。


そして、喚き続けたラキームが、シェラハにまで狂暴な眼を向けて、何をするのか迫ろうとしたその時。 誰よりも先にポリアが剣を引き抜いて、ラキームの首に突き付けた。


「はぁがっ」


切っ先が喉に向かって来たので、ラキームも息を呑んで声が出なくなる。


これに驚くのは、ガロンと兵士達だろう。


「貴様っ!!」


と、ガロンが怒鳴って、剣の柄に手を掛ける。 


一触即発の緊張感が溢れ出し、ポリア達とガロンや兵士達の互い間に、緊張が走った。


然し、ポリアは、ガロンや兵士を睨んで。


「勘違いしないで。 まだ入口も見付かって無いのに、煩いのよ。 コイツ」


と、言ってから、ラキームを睨み付け。


「この異界を生み出す親玉を潰さないと、町にも帰れないんだから。 死なない様に、アンタも協力しなさいよ。 元は、全部アンタの撒いた種でしょ? 死にたくないなら、コッチの妨げにならないでよね」


珍しく、ポリアが冷静に判断をした行動をする。


「はっ・・はいっ」


暴走から静まって、了承したラキームの首からポリアの剣は離れた。


「シェラハ、先に行くわよ。 喧嘩してる暇は無いわ。 クォシカを見つけるのが、最優先よ」


怒り心頭に発して、爪が痛い程に拳を握ったシェラハだが。 確かに、此処まで来た目的はクォシカを捜す為と思い返して、ポリアの言葉に従った。


ラキームを焚き付けたKは、其処までの様子を見て。


(フン、存外にポリアは、いい冒険者に成るかもなぁ。 ま、まだまだ経験が足りないが、・・な)


ポリアの精神を見定めて、冒険者として立派に成るかも知れない素養を見つけ出したKだが。 今にすべき事を優先して、入り口を探す事にした。


黙ったラキームと庇う様に前へ出たガロンを、Kは見捨てる様に先へ行く。


城壁の様な西側の壁伝いに歩き、湖の全体を見渡せるまん前付近まで来ると。 大きな二枚の両開きとなる、木の扉が在った。 腐食している扉だが、重厚感はまだ持っている扉を見るポリアが。


「これが残るって、‘異界’に為った所為?」


と、Kを見た。


扉の前に立つKの頭が、丁度半分ぐらいの高さに来る。 Kの倍以上は在りそうな扉が、風化して朽ち壊れかかっている。


「だろう、な。 片側の扉は、嵌ったままで動かないが。 もう一方の扉は、開きそうだ」


扉の前に集まるK達から、ラキームの方は離れていた。


そんな事など気にもしないポリア。


「ケイ、中に入るんでしょ? 片側でも、開けっ放しにしとけば?」


然し、扉を見ているKは。


「いや、もう中身が腐ってるから、蹴り倒せば問題無い」


と、‘おもいっきり’でもない足蹴りを扉に見舞う。


- ギッ、ギギ~〜〜 -


不快な音を立てながらも扉は閉まったままに外れて、建物の中に倒れてしまう。


- バタァ~ン!!! -


内側のロビーと成る床に倒れた扉は、かなりの埃を舞い上げた。


開けた中を見て、Kは開口一番に。


「ほ~、こりゃまた流石だね。 建物の中は、昔の芸術品の塊だゼ」


と、中へ踏み込んで行く。


埃臭いと、腕で鼻と口を塞ぐ格好をしたポリアは、


「学者って、こんな非常時にも知識欲が沸く訳?」


と、Kの知識欲に呆れた。


「ですな~」


同感と頷いたイルガは、先に入ろうと足を進めるシェラハを気遣い、一緒に中へ入った。


さて、入った建造物の中は、既に何百年も経っているのに。 当時の当主が居た権威を窺わせるものだった。


先ず、広がるロビーは、埃と蜘蛛の巣が体積してゴミばかりなのに。 その隙間から床に見える絵は、神々に因る天地創造を描いた大作である。


また、周りを見れば、入り口の壁に沿って、入った直ぐの左右の奥には、廊下と思しき空間が開いていて。 その壁一面にも、飾り絵の壁画が施されて在る。


だが、一番の圧巻は、まだ光る杖を持つポリアと共に進む先の空間だ。 入り口より、東側へと向かう先には、うっすらと大階段らしきものが見えていたが。 入り口より大階段が見える様に成るには、ロビーを半分ほど進まねば成らぬ。 その幅たるや、普通に歩いて五十歩以上。


そして、ロビーの真ん中より、今度は天井を見上げるならば。


「う~っわ゛、天井までが高っ」


と、ポリアの言う通り。


かなり強い光を発する魔法の杖だが、その光でもぼんやりと二階へ上がる階段の裏側が見える程度。 ロビーのこの空間だけで、そこそこの屋敷がすっぽり入る。


マルヴェリータも、家が立派で国内では有名な方だが。


「昔の貴族って、凄い威勢を誇ってたって聴くけど。 この建物だけで、それが解るわ。 この建造物と、マルタンの王城と、どっちが大きいかしら…」


イルガは、頭の中で。


(お嬢様の本家御屋敷と、大差変わりない規模だの。 塔の部分だけ見れば、高さでは桁違いじゃ)


眺めながら大階段まで来ると。 二階へ上がる大階段から左右へ向けば、離れた壁際にドアの枠だけが暗い口を開けていた。


大階段を光で照らすポリアは、


「これ、相当に高級な絨毯よ。 古い年月を経ても、形がまだはっきりしてるし。 模様も、手作りの古い柄だわ」


絨毯を照らして見て、感ずるままに言った。


Kは、後ろから来るラキームに聞かれたく無い為に。


(否応無しに、上質なものばかり見て来たってか? ま、ポリアの言う通りだかな~)


と、内心で想うに留める。


分厚い最上質の絨毯が、大階段に敷かれていた。 その階段を上がった先は、祭壇の様にも見える踊り場になり。 其処から前方に、更に上へ行く階段と、左右に分かれ二階へと上がる階段に分かれる。


踊場から前に伸びる階段は、恐らく塔となる上部に向かう階段と思われる。


一方、二階へと半円形に伸びる階段は、二階の壁に設けられた円形の廊下に行く。 塔を形作る上部の為か、二階の廊下はぐるりとロビーを見下ろせる、まるでバルコニーの様だった。


「地方でこの立派さは、凄いかもね」


ポリアの呟きに対して、その広さと造りの全てに他は圧倒されそうだ。


「お嬢様、こんな建物は、お城でもそうそうに在りませんぞ」


と、イルガも言う。


大階段前に居るK達に、後ろから来たラキーム達も近付いて来た。


「な・なんと云う広い建物だ。 我が屋敷など、蟻の様ではないか…」


廃墟と云う虚無感の中に、こうも古い昔の豪華絢爛たる様が残せるものなのか。 ロビーを見るだけで、圧倒される雰囲気に呑まれてしまう。


皆、ロビーの中に伸びる光の杖が照らす様子に、見る事に気を奪われ目的すら忘れ掛けた。


処が、其処へ。 気付けの様に、Kが言葉を投げる。


「さて、どうやらこの城の主から合図が出たかな? 檻に入った俺等を殺しに、亡者共が現れるみたいだゼ」


Kの話に全員が警戒して身構え、辺りを窺う。


「何処?」


「建物の奥かっ?」


声が上がり、廊下、扉の無いドア枠の先、大階段、二階・・・と。 光の杖を持つガロンとポリアが、解る範囲の彼方此方を探る。


然し、Kは前の大階段の方を向くままに。


「違う。 外の湖だ」


びっくりした全員の顔が、慌てる様に、睨む様に、外へ向いた瞬間。


- う゛う゛・・・ -


- あ゛ぁあ゛・・・ -


先ほど、スケルトンと一緒に現れたゾンビが発していた声が、此処でも聞こえて来る。


「なっ!!!! なんだぁっ?!!」


嬌声の様な裏声にて、ラキームが不気味な声に反応する。


この一向の中でも眼が良いポリアは、湖から這い上がって来た人影を見付ける。


「ゾンビだわっ! 湖からホラ・・次々と上がって来てるっ」


ポリアの言っている間にも、湖より一体・・また一体と、モンスターが這い上がってくる。


‘モンスター’と大まかに括ったのは、外に出れば解る。 ゾンビ、スケルトン、ゴーストに加えて。 カビの色か、何の色かは解らないが、蒼い肌をしたゾンビまで現れていたのだ。


「ケっ、ケイっ!! 数がっ、尋常じゃないわっ!!!!」


悲鳴に近いマルヴェリータの声が、建物に響き渡る。


ゾロゾロとこの建造物の入り口に集まるモンスターも群れは、数え切れない。


「あ゛っ、あんな数っ、どど・どうするんだぁっ?!!!」


逃げる場所を探すラキームが、ガロンと共に階段に来た。


モンスター達の様子を窺うKは、前に出ながら皆に。


「二階じゃ無く、周りの物陰に隠れてろ。 モンスター達を俺に照準を合わさせるんだ。 いいか、息を殺して声を出すな。 さ、早く散れ」


こう言って、一人で皆の間を抜けて、入り口に向かった。


こんな危険極まりない戦いに、参加する気など失せたガロン。


「ラキーム様っ、早くこちらへ」


兵士とガロンに連れられて、もう腰砕けのラキームは、大階段の右側と成るドア枠の先の部屋に連れ込まれた。


シェラハを庇い、隠れるマルヴェリータやイルガ達。


ポリアだけ、Kの傍に居て。


「一人で大丈夫なのっ?!!!」


と、流石に心配する。


だが、Kの様子に、焦りや緊張感がまだ見えない。


「それより、足手纏いが邪魔だ。 お~ば~かチャンのポリアに心配されるとは、俺も引退期が近いかね~」


もう、集まるモンスターの先頭になる個体が、蹴倒した扉を踏みつけて入って来ようとしている。


モンスターの群れを見て、焦りむくれたポリア。


「もし駄目だったらっ、化けて出てやるんだからっ!!」


怒鳴ると同時に、隠れる為にKから離れる。


離れ行くポリアを軽く見たKは、入って来たゾンビを見て居ながらに。


(おいおい、駄目なら俺も死んでるってよ。 誰に化けて出るんだ?)


そんな事が詰まらなくも、彼には笑えた。


壁を突き抜けて来たゴーストが、真っ先にKへ襲い掛かる。 既に、何時の間にかKの剣は腰から抜かれて、二体のゴーストが斬られて、掻き消されるように薄れて消える。


一方、隠れたシスティアナが、ガタガタ震えながらも興味津々と覗き見て。


(アワアワアワ・・レヴナントまで、いましゅ~。 ご・こわいでしゅ・・)


ブツブツ云うこの声を聞いたマルヴェリータは、知らないモンスターの名前に。


(システィ、それって何なの? もしかして、蒼いゾンビの事?)


(そっ・そそそそ・・。 つよ~いつよ~い憎しみで、ゾンビしゃんになったモンスターですぅ・・。 人のチやオニクが、大好きなんですぅ~。 あのモンスターさんに食べられちゃうと・・、死んだ人は呪いからカクジツに、ゴ~ストになっちゃうんですぅぅぅ)


ゴーストに成った自分を想像したマルヴェリータは、


(物凄く、嫌ね)


すると、勢い良くマルヴェリータに振り向いて来るシスティアナ。


(しかもっ、レヴナントは、モ~ドクを爪とぉ~歯にもってましゅっ! ドクドクネイルとドクドク噛み噛みでぇす)


独特な語りはそのままに、何処となく興奮しているシスティアナ。


勢いに気圧されたマルヴェリータは、目元をヒクつかせながら。


(システィ…。 こんな状況でも、そんな言い方が出来る余裕・・・在るのね)


Kに向かうモンスターを、また食い入る様に見るシスティアナは。


(くっ、クッセ~でしゅ)


聞いたマルヴェリータの方が、理解するのに一瞬の間を要してから。


(クセ・・でしょ?)


皆が、経過を見守る中で。 先行して来るゴーストを斬り払いつつ、ゆっくりと後退するK。


ポリア達とは反対側から窺うガロンは、Kが態と後退しているのは、直ぐに解ったが…。


(あの包帯男、一体あのモンスターの群れをどうするつもりだ?)


Kは、左手だけでモンスターを斬っている。 右手は、背中に回してコートの下に入れているだけだ。


先に向かって来た、二十体以上のゴーストを倒した時。 スケルトンやゾンビ達が、全てロビーに入った。


(う゛わぁ~、気持ちワルゥ)


群れるゾンビやスケルトンを見るポリアは、腐乱したゾンビの姿に薄気味悪く。 背筋にゾクゾクと悪寒を覚えた。


その踏み込んで来たゾンビやスケルトンは、後から後から来る後続に押し込まれ。 ロビーの左右に広がり、全てが入ると、何十体もの群れとなって、Kに襲い掛かるべく歩みを速めた。


ゆっくりと下がっていたKだが、もう入り口に来る影すらも見えないと解るや。 一気に振り向いて走り、大階段の下から三段目ぐらいまでに駆け上る。


(何っ?!!)


見ていたガロンを始め、ポリア達も固唾を呑み、手に汗握る息詰まった状態へ。


モンスターの群れが大階段に近付いた時、モンスターの群れに向かってKは右手を動かし。


「苦しみから解き放ってやる、もう眠れ」


と、右手に持った何かを投げた。


(あ゛)


(何っ?!)


成り行きを窺う皆の眼に映るのは、Kの手より放たれた、白い拳大の真珠の様な珠であった。 流れる様に放物線を描いて、モンスターに飛び込んで行く珠の様子は。 見ている皆には、酷くゆっくりとした光景にすら見えたが・・。 それは、実は一瞬の事。


そして、群れの中に吸い込まれる様に落ちた後。


「うわっ」


「キャ」


「ちょっ」


白く目映い光が、珠の落ちた場所から零れ出す。 光は、一気に膨張して辺りを包み込んで、ポリア達も、ラキーム達も、様子を見ていられなくなった。


(ケイっ! 何処よっ?)


と、捜すポリア。


だが、彼女が一瞬だけ見たKは、光に背を向けつつ、横顔をモンスターに向け立って居た…。


さて、溢れる光の中からは、白い鳥の羽が溢れんばかりに現れて、飛び散りモンスターに降り注ぐ。 光は、モンスターの身体を貫いて動きを止め。 舞い降り注ぐ羽は、モンスターの身体を溶かすように光を放つ。


すると、どうだろう…。 スケルトンはボロボロの剣を落としては、ガラガラと解れ崩れて逝き。 ゾンビやレヴナントも、憎しみ苦しみに歪んだ顔が、心なしか穏やかに成って、塵に為って逝く。


「・・・」


光が収まってゆくと共に、見直す全員の前で、羽に浄化されたモンスターは塵と成り果て。 床に落ちて消える羽と共に、群れの姿は消えていた…。


全てが消えた後、ポリアがロビーに出てきた。


「き・キレイ。 ・・な、何これ?」


階段の上に佇むKは、ポリアの方を向いて。


「今、モンスターに投げたのは、“天使の羽ばたき”と云う魔宝珠だ。 光の上位精霊が、羽を持つ天使でな。 三百年以上前の超魔法時代の頃には、こうしてその力を宝珠に出来たらしい」


後から出て来たマルヴェリータは、最後に消える光の羽を見て。


「でも、この羽根に触れた時、なんか・・ゾンビの顔が穏やかになったけど?」


後から出て来たシスティアナは、喜んでいる。


「すごぉ~いですぅ! み~んなみぃ~んな、にくしみや~うらみから開放されたんです~。 フィリア~ナ様みたいです~」


ポリア達が出た事で安全を知るラキームは、ノコノコとロビーに現れると。 Kに向かって胸を張った。


「フン、いいもの持ってるじゃないか。 さて、後は主だけだろう?」


と、楽観視をする。


だが、馬鹿を見る様に半眼のKは、お気楽な物言いをするラキームを見返し。


「バ~カ、まだ他にもモンスターは居る」


「あ?」


「この建物の他の階層からは、まだゾンビ等のモンスターの気配がしてる。 此処まで倒したモンスターの数は、ざっと見積もって全体の七割くらいか」


これまでに現れたモンスターを思い浮かべたラキームは、三割と云うなら十体や二十体で無い事ぐらいは解る。


「なんだとぉぉぉ…。 まだ三割も残ってるのにっ、あんなイイもん使ったのかっ?!!!」


理解してくれた事に、Kは余計な説明が省けたとニヤリ。


「あぁ、そうだ。 最後の群れは、町史サマの武勇伝に取っておいてやった。 主は引き受けるから、その他は頑張って倒してくれ」


「うむむむ・・・ふざけるなぁっ!!!」


と、怒鳴ったラキームだが。


ポリアが青筋を立て、ラキームを睨み付け。


「首斬られないと、解んないかしらねぇ」


と、唸る。


殺気を感じたラキームは、慌ててガロンの後ろに隠れる。


さて、此処でおかしい点に気付いたのは、マルヴェリータだった。


「あ、でもケイ、ちょっと待って…。 なんか変じゃない?」


「マルタ、どうしたのよ急に」


何も気付かないポリアだから、何が変なのか解らない。


マルヴェリータは、包帯男に問う。


「ケイ。 どう考えても、モンスターの数が多すぎるわよ。 だって、そうでしょ? 百年近く前に、子供を捜して行方不明に成った町人は、確か五・六十人でしょ? ゴーストの数にしたって、ゾンビの数にスケルトンの数を足したら、ゆうに二百は超えちゃうわ」


ポリア達は、確かにそうだと気付くのだが。


Kは、然して驚く事も無く。


「ま、そうだな」


その余裕を見て、ポリアが。


「まさか、ケイ。 この城で亡くなったのって・・・、主だけじゃないの?」


その問い掛けに、呆れた様に成るK。


「おいおい、ポリア。 貴族出のお前なら、それぐらいは解るだろうよ。 世界の城で、主だけの城なんてそうそうに無いゼ?」


Kの態度で、マルヴェリータは確信した。


「やっぱり…。 アナタ、本当に此処がどうゆう所か、前もって知ってるのね?」


頷いて返すKは、ロビーを見回しながら。


「まぁ、な。 此処は、誰にも知られなかった或る惨劇の舞台さ。 そう、“アデオロシュの惨劇”、のな」


Kが語る事は、誰も聞いた事が無い言葉だった。


Kは、話を続けて。


「この国の国民が知る歴史・・“無血の交代”。 アレには、封印された裏が在ってな。 この場は、無血の中に決して語られぬ、或る流血惨劇が在った場所なのさ」


その語りに、シェラハはおろか、ラキームですら目を見張る。 歴史を学ぶ上で、貴族や一般人と境界線は無く。 誰もが学ぶ歴史が、‘無血の交代’だった。


その改革をした王は、〔革命王レブセテイル〕と呼ばれ。 ホーチト王国では、第一に人気の英雄だ。


この国の出身で在るマルヴェリータは、この国の歴史を汚された気がして。


「嘘よっ!!。 レブセテイル王の行った革命に、血なんて一滴だって流れてないわっ!!!」


と、感情を露わにして反論する。


その声を聞いたKは、不敵に笑って口元を変えた。


「おいおい、そんなに人間がキレイな生き物かよ…。 ま、改革の旗印に成り、成らされんだ。 それくらいの伝説も、民衆と云う新しい力を造る意識の結集には、確かに必要だわな」


一人でゆっくりと振り返ったK、一歩一歩と階段を上がって、その話を掘り下げ出した。


『歴史的大変革、〔無血の交代〕』


それは、このホーチト王国の栄光と言えた。


超魔法時代の崩壊からどれほど経ったか解らないが。 経過した年月としては、今より三百年ほど前の或る時まで、このホーチト王国も絶対王政の下に貴族至上主義が敷かれ。 厳しい階級制度と、貴族中心政治が国民の上に君臨していた。


それまでの王とは、その王侯貴族の支配を疑わない者が成っていたが。 革命前、とてつもなく冷血で専横の激しい者が王となり即位していた。 処が、この王は、自分の息子の中でも第八子のレブセテイルを依怙贔屓と言って憚りないほどに可愛がっていた。


その当時のホーチト国は、世界的に見ればまだ平和な国の方で在ったが。 ホーチト王国の北に在る大国は、既に秩序無き内戦状態に在り。 ホーチト国は、北の国境を封鎖していた。


然し…。


今は、〔スタムスト自治国〕として、民主的な政治が行われる北に位置する大国だが。 大変革の前は、理想を掲げていた解放軍も、貴族と王族から成る王国軍も、百年以上の内戦状態で疲弊していた。


そんな中、北の国で戦う解放軍と政府軍の双方が考えていたのは、南部に位置するホーチト国に戦争介入させ。 最終的には、北の大陸最大にして世界最大の国土を誇る、ポリアの生まれた国のフラストマド大王国を巻き込み。 最悪の泥沼化にして、どちらか一方を他国に殲滅させようと企て始めたのだ。


その陰謀の魔の手は、当時は既にホーチト王国へ伸びていた。


改革王レブセテイルの父と成る当時の王には、自分が一時ばかり選り好みして妻にした婦人とその子供達が、次の王座を狙い暗躍し合っていた時で。 国王も、まだ王位を退位する気が全く無いのに、婦人達と子供達が出しゃばる事に対して、強い不快感と不信感抱いていた。


また、王妃以下の婦人達と王子達は、大臣や軍人の将を巻き込み、戦争への介入派と反対派に分かれていて。 その分裂する要因を作る切っ掛けは、北の国からの策謀に因る間者の暗躍が、影響を大きくしていた事は確かだった。


戦争介入を反対していたその時の国王は、息子となる王子8人の内、5人をその疑心暗鬼から殺してしまった。


さて、まだ少年の頃からレブセテイルは、新しい国の構想を持っていた。 貴族のみが支配する階級制度を緩和して、商業・農業を一般国民に開放しようというのである。


この当時。 全ての街・町・村は、領主たる大貴族が支配し。 土地・商業・農業の権利は、地方貴族が持ち。 一般の民は、生かされて居るだけの奴隷に近かった。


然し、既に転機は訪れ始めていたと言って良かった。


貴族支配を永らく助長していた超魔法技術だが。 その技術の崩壊により、戦いに扱えば街も人も消し去る力が滅びて無くなった。 貴族が金を出して、用心棒の様に威勢を張る助けをしていた魔法遣いが、消えたのだ。


また、或る街では、超魔法の恩恵を受けていただけに、街の大半が崩壊したり。 空中に浮いていた巨大浮遊都市は、墜落して滅亡した。


王侯貴族は、絶対的な力となる超魔法を失った事で、数千年を超える間に抑え付けていた民衆だが。 遂に、反抗する機会を与えたのだ。


その過程で、世界最古にして世界最大の王国フラストマドでは、民衆から政治家や商人を抜擢して、政治に組み込む試みが行われつつ在った。


改革が、最も古く貴族支配の強い国で始まったのだから、貴族支配が横暴に至る街や国では、解放の志を持った民衆が団結し始めたので在る。


レブセテイルは、早くこの国も改革に着手しなければ、北の国の様に内乱へと陥るのではと危惧したのだ。


そして、遂にその転機が訪れる。 それは、レブセテイルの結婚に在った。 皇族の遠縁にて、当時の軍事権の大半を持っていた大将軍。 その娘が、レブセテイルの妃に成ったのである。


この将軍は、レブセテイルより四十歳以上は年の離れた人物だったが。 レブセテイルこそ、新たな国を創る王に成ると信じていた。


そして、結婚から数年して、レブセテイルの父親が死んだ時に。 殆どの貴族が集まった葬儀の式典時に合わせて、クーデターを起こしたのだった。


そのクーデターでは、レブセテイルを王と認めさせて。 民衆に開放を宣言し、自由の息吹に湧いた国で新たな政策が作られた。


また、レブセテイル王は、国を造る人材は農民と商人として。 貴族支配の下では無く、王国統括の下で農業を推進し。 商人には、不正無き下で自由に商売をしろと広めた人物の為。 今では、商人の崇める王と為っていた。


クーデターは起こしたが、その時に無血での改革を断行した。 その為に、世界でも改革の象徴として、レブセテイルは有名な王となった。


だからこそ、レブセテイルをバカにする者など、ホーチト王国の民や商人には居ない。 悪く言うのは、一部の古い思考に凝り固まる貴族だけで在る。


然も、今や商人達が財力を持ってしまい。 貴族出の大臣達とて、商人達を無視できない。 何せ、国政に携わる半分の政治役人は、商人や学者などの一般人の知識人だからだ。


Kの語る革命の道筋を聞くマルヴェリータは、一層にその流血の惨事と云うのが気に入らない。


「ケイっ、無血の改革の成り行きを知ってるのにっ! 惨劇って、一体どうゆう事よ?!!」


と、吼えた。


階段を上がり切った所の踊場に立つKは、何処か冷めた様な雰囲気を纏いながら。


「あのな。 当時の王位継承権の第1位は、既にレブセテイルに在ったんだ。 邪魔と成る他の王子は、父親が疑心暗鬼から殺した。 普通に考えてみろ、レブセテイルが王位に就くんだ。 軍事的なクーデターなんか、必要はない筈だろう?」


「それ・は…」


問い返されたマルヴェリータは、咄嗟に反論など出来ない。


だが、確かにKの言う通りで在る。 貴族の強い権限は、全て王が認めて成り立つ。 反対は出ようが、軍事権限を掌握した高位の貴族ともなる近衛大将軍が見方するのだ。 街に回された軍隊も、改革の手に反逆するのは難しいだろう。


俯いたマルヴェリータに、Kは答えを送る。


「そう、どうしても必要だったから、将軍はクーデターを起こしたのさ」


此処で、マルヴェリータに代わってイルガより。


「して、その必要とは、何だ?」


「今、この国の民で、‘アデオロシュ家’を知る者は、殆ど居ないと言っていい。 もし、知ってい居たとしても、恐らくは改革当時に居た皇族、それぐらいしか知らない筈だ。 じゃ、マルヴェリータ。 それは、何でだと思う?」


そんな皇族の事など、全く知らないマルヴェリータだ。 出来る事は、首を左右に振るぐらい。


すると踊り場にて、Kは暗い闇が支配する上を見た。


「アデオロシュ家…。 当時、レブセテイルとその弟に次いで、第三の王位継承権を持ち。 過去の当主は、幾度と在ったモンスターとの戦いや、侵略する地方部族との戦いにて、特別な武勲を立てた事で有名な皇族だった」


「継承権の三位って、レブセテイル王の親戚?」


「そうだ。 そして、クーデターを起こす必要を迫られたのは、このアデオロシュ家の存在が強かったからさ」


「でも、継承権三位だから、直ぐには王位に名乗り上げられないじゃない」


「処が、そうでもなかった。 実は、当時の地方貴族達は、自分達の持つ情報筋から既に、レブセテイルの性格を知っていたらしい。 農民や商人を働かせて、遊び暮らす。 そんな生き方を永劫の様に続けて来た貴族が、ある日突然に生き方を変えろって言われたって、そりゃあ~無理な話さ」


「まさか、ケイ?」


「マルヴェリータ、今に君が思った事が、その通り。 専横政治を続ける為に、この神殿城の主だったアデオロシュ家の当主、アデオロシュ十四世を王にしようと、先に貴族が画策していたんだよ」


「まっ、まさか・・そんなっ」


言葉が詰まるほどに動揺したマルヴェリータ。 無血の交代は、作られたものだと言われているに等しい。


「だが、良く考えてみれば、それも当然の動きだろう? 貴族の誰もが、権力の上で楽園人生だったんだゼ? 何で王が代わったからって、その楽チンな金蔓を手放したいと、貴族全員が想うんだ? 例えるならば、今この国にいる商人達で、改革の為に自分の財力や土地や影響力を全て捨てていいって想うのは、何人ぐらい居る?」


こう問われると、マルヴェリータは返す言葉が無い。 自分の父親とは、商人としては鋭敏だが。 人間としては、冷たい人間とも言える。


また、その場に居る誰もが、黙った。


その沈黙に、答えは明白とKは、話をまた続けて。


「アデオロシュ十四世とは、非常に気性の激しい人間だったらしい。 貴族至上主義・絶対王政に、もっと拍車を掛けたいとすら想っていた、本物の野心家だ。 それに、戦争介入をして欲しい北の国も、どちらかと云うならアデオロシュに王位をと望んで居ただろうよ」


話が見えて来たポリアは、黙るマルヴェリータに代わり。


「じゃ、クーデターを起こしたのって。 そのアデオロシュって云うこの城の当主の承認も無しで、レブセテイルって人を王に即位させる為?」


「そう言って、いいだろうな。 もっと云うならば、近衛大将軍としては、だ。 国王の葬儀の式典に合わせて来ず。 自分を支持する貴族達の集結を待ったアデオロシュを、そのまま生かして置けなかった。 いや、クーデターと同時か、その直後に殺しておかないと。 この神殿城に集結した貴族の加担で、反旗を翻す事は確実だった。 だから、無血の革命の為に必要な流血を行った」


話の筋が通り過ぎていると感じるガロンは、階段の前に進み来て。


「お前ぇ…、三百年以上も前の、そんな秘密裏な出来事だぞ。 何で知っているんだ?」


「それも含めて、教えてやるさ」


Kは、この神殿城で起こった惨劇を語り始めた。


王都マルタンの街では、式典に代わってクーデターが在ったその夜に。 アデオロシュ家の居城と成る、この神殿城へ。 将軍の配下と成る軍勢が、一気に攻め寄せる事に成っていた。


オガートの町の民には、先方工作兵が家々を回り。 これからの改革で変わる自由を説いて、住人に厳しい緘口令を敷いていたらしい。


さて、その日の深夜。


明けた次の日には、アデオロシュ支持の貴族達を含めて、王都マルタンに葬儀出席を果たすと示し合わせていたので。 客人として、地方の一部だが。 頭数としては、数十の貴族達がお供を連れて泊まっていた。


詰まり、アデオロシュと一緒に遣って来る貴族は、反逆者として攻めたのだ。


新王レブセテイルは、国王の葬儀式典を取り仕切り。 近衛大将軍は、王都マルタンの警備に忙しいだろうと、密かに集結を企んだアデオロシュだったが。 その企みは、既に近衛大将軍側に漏れていたと云う事に成るだろう。


さて、深夜過ぎにこの神殿城は兵士に包囲され、城内が寝静まるのを待って暗殺作戦は始まった。


処が、その時。 唯一この城に、襲撃が在ると知らせに走った者が居た。 それは、この城に自分の家族が奉公していた、学者の親族だ。


だが、彼は間に合わなかった…。


其処まで聞いたポリアは、起ったことを想像してゾッとした。


「まっ、まさか…。 無血の改革の為に・・生き証人は作らせない殲滅作戦だったの?」


「ポリア、実にその通りだ」


そう、この襲撃は、レブセテイル王すら知らない事実だ。


だが、その襲撃時にこの城には。 死んだ先王の葬儀に態と遅れて行く示し合わせで、アデオロシュ一族を始め彼を王にと支持をするべく応呼した貴族も合わせて、数百名を超える者が居た。


殲滅計画は、反逆者と成りうる分子の掃討だから、その全員が襲われた。 その中には、アデオロシュの子供らも、使用人も、住み暮らしていた奉公人も、女中もの全てが対象となり。 そして、殺された。


「嘘・・、本当なの?」


と、聞き返すポリア。


その脇では、マルヴェリータが顔を抑えている。


「信じられない・・、そんなの信じられないわっ」


嫌がったシェラハも、歴史の波に閉ざされた凄まじい悲劇に、愕然とした。


此処で、Kは言う。


「この場を支配する強烈な呪い、この夥しい数の亡霊が、その殺戮の何よりの証拠だ。 それに・・・アデオロシュ家とは、交差する二本の剣と燃え上がる炎が家紋」


と、後ろを指差して。


「ポリア。 まだ光る杖を高く掲げてみろ」


皆に見られたポリアは、皆を見返しながら杖を掲げる。


と、其処には。


「あっ」


ポリアやマルヴェリータは、短く驚きの声を上げ。 シェラハは、口を手で押さえた。


Kの後ろには、壁に巨大なステンドグラスが嵌っていた。 そして、其処には何と、紅い炎を背景にし、手前で交差する白い二本の剣が在った。


Kは、そのうっすらと見える家紋に向いて。


「唯一の生き証人。 この神殿城へと、異変の知らせに走った学者は、間に合わずして一人で逃げた。 家族は兵士に殺されて、国内の何処に行こうと改革の波に飲まれて、見た事実を語れず。 厄介に為った友人の家で、悲痛のまま床に伏せて死んだ」


光る杖を持つポリアは、Kを照らし。


「その人、死んじゃったのね」


三百年以上前の話だ。 死んでいるのが当たり前だろう


然し、更にKは語る。


「だが、その死ぬ時まで彼を愛して世話していたのが、彼を匿っていた友人の娘であり。 俺に、証拠と成るこのアデオロシュの内情を語った学者の、実の祖母に成る」


「へぇ? か・家族が居たの?」


「あぁ、何年も前の話だがな。 或る依頼で、屋敷に取り憑いた幽霊を払った時に。 成仏させる上で、色々とその経緯ついて知る事と成った。 だが、まさか。 その惨劇が在った地に来ようとは、露ほども想わなかったが、な」


杖が発する光が、一段階また弱く為った。 ポリアは、Kをもっとはっきり照らしたくて、大階段を一つ二つ上って。


「貴方が、成仏の仕切れなかった生き証人の学者さんを?」


「そうだ。 それが依頼の内容だったからな」


そう言ってからKは一呼吸置いて。


「ま、こんな事を世間で語っても、誰も信じはしないがな」


然し、マルヴェリータは、アデオロシュ十四世の事が気になった。


「ねぇ、ケイ。 でも、そのアデオロシュ家の当主が、何でモンスターに変化したの?」


「おい、良く考えてみろ。 使用人からメイドまでの家臣を殺され。 自分の家族を皆殺しにされて。 その上、自分を支持する貴族達も軒並み殺されたんだぞ。 然も、当時に於いて、その美しさは〔オガートの花〕と謳われた、彼の妃を自分で殺した男だ」


「嘘っ、お・奥さんをっ・・自分で殺したのっ?」


更に、Kの話す内容は、こうだ…。


殺戮が行われて、建物のあらゆる場所が血で染まった神殿城で。 妻を自分で殺したアデオロシュ候は、この階段で叫んだと云う。


- おのれっ! 下衆な将軍の兵士共めがっ!! この高貴たる我が身体に、貴様らの様な薄汚い輩の刃を入れて死ぬなど出来ぬわっ!!!!!! 此処に来たゴミ共、しかとその耳で聴き覚えていよっ。 我は、この国の全てを呪い、全ての民と王族を怨み、命の全てを滅する怨念と成ってくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! -


彼はそう叫んで、自ら自分の首を斬ったとか。


殺戮が終わった後は、将軍の兵に紛れて居た当時の宮廷魔術師が、この神殿城を公孫樹の森ごと封印した。


本当ならば、時間を掛けて埋葬したかったが。 事件が明るみに成る事だけは、どうしても避けたかった近衛大将軍の意向に因り。


一夜の内に、この場所から撤収する為にも。 そして、その後永らく誰も入れない様にした。 その為に、魔法を使って封印したのだ。


聴いた事を語るKだが。


「だが、お粗末な始末だぜ。 返ってそれが、亡者を守る壁となり。 この場をそのままに遺す事で怨念が蟠る温床となり。 遂には、死んで悪霊と成ったアデオロシュ候が、怨霊系のモンスターとして力を付ける事に為った」


然し、まだ若いポリアは、その無情な仕打ちに顔を歪める。


「そんなの、最低じゃない。 勝手に殺しておいて…」


然し、それもまた政治の駆け引きと悟るKで。


「仕方ないのさ。 第一の理由は、この凶行をレブセテイル王に知られるのが、何よりも不味い」


「何で? 誰の為の凶行よ」


「ポリア。 それも政治の駆け引きだ。 もし、こんな凶行を知られたら、あのレブセテイル王の性格からして、アデオロシュ候を弔うだけじゃなく。 何らかの処罰を、自ら自分に下しただろう」


「でもっ、何百って人が殺されたのよっ。 それぐらいは、王様がしたってイイじゃないっ!」


「個人的な感情ならば、そうも言える。 だが、レブセテイル王を含めて、クーデターで屈服させた貴族達に。 解放されて新しい制度に喜ぶ民衆の意識を見せ付け、変わる事に否応なく流れを向ける為には、‘無血の改革’と云う旗頭が欲しかったのさ」


「そんな・・そんなのって!」


犠牲が多すぎると、納得の行かないポリアだが。


Kは、マルヴェリータやシェラハを見ると。


「この国で生まれちゃ居ない俺やポリアには、それ程の意味は見えない。 だが、信じていたマルヴェリータやシェラハを見れば、その偽りに宿る威力が解るだろうよ。 流血の事実は、レブセテイル王と改革には必要が無く。 新しい国の維持に向かう王には、無粋な現実を知る必要は、何処にも無かった訳さ」


「ケイ………」


貴族生まれのポリアには、そのKのする説明が何となく現実的に思わせる気がする。 それが、また返って悲しいポリアだ。


然し、此処でKは、


「だがな、今のアデオロシュは、既に人でもなんでもないぞ。 あらゆる生命を憎んで、人を亡霊に変える怨霊のモンスターでしかない。 俺からすれば、結局は時代そぐわず。 時世の流れに逆らった、最悪の愚か者だ。 地位と利権の為に、自分の寿命も、一家の寿命も消したんだからな」


と、上を睨む。


すると…。 いきなり頭上から。


- ホッ、随分な事を言うてくれるな、不届きな侵入者の分際で -


と、男性らしい声が降りて来るではないか。


「わっ」


「な・何っ?!」


「こわいです~、人じゃないですぅ~」


一番怖がるシスティアナには、その声の主がもうこの世に生きていない者の声と解る。


真っ先に睨み付けたKは、上に伸びる塔を見上げて。


「偉そうな声だけか? アデオロシュさんよ」


と、言う。


誰もが、そう言ったKを見て驚く顔をした。


頭上からの声は、非常に威厳に満ちた男の声で在り。


- 気安く我が名を口にするなっ、下等の民がっ! -


空間に響く声は、まるで雷鳴か落雷の様な迫力が在り。


「ひぃっ!!」


声に怖れたラキームは、その場の平伏してしまった。


(くっ、なんて威圧感の有る声なの)


実は、本当に皇族とも近い家に生まれたポリアだが。 こんな威厳に満ち溢れる声は、父親以外に聞いた事がない。


皆、声だけで威圧され、気圧されている。


だが、Kだけは、恐れも無いらしい。


「御大層な物言いだことよな。 だが、家柄に縛られてる戯け者より、まだマシだよ。 これから、俺が貴様を祓いに行ってやる。 そっちは、安穏と上で待つか? それとも、こっちの手間を省きに降りて来るか?」


すると、上から響く声は。


- フンっ! 下賤成る者が、大そうな自信だな。 それなら我が、貴様の身体を八つ裂きにしてくれよう。 上って来い、我は最上部で待ってやろう -


話を聞いたKは、呆れた様子で上を見る。


「何処までも、上からだなぁ」


これにポリアは、ポツリと。


「貴方も、似てるわ…」


踊場からKは、ガロンを見て。


「おい、話の通りだ。 俺は、このまま上に行く。 御宅も、一緒に来るか? それとも、此処の調査でもしてるか?」


問い掛けられたガロンは、Kの腹の内を読んでみたように。


「そうは行くか、貴様の手にはもう乗らんぞ。 我々は、この場の調査と退路の確保をする」


返事を聴くKは、あっさりと頷いて上を目指す様だ。


一方的な話の遣り取りが、ガロンとKの間で行われて。 Kは、上を目指して行こうとする。


其処に、


「ちょ・ちょっと!!!」


と、ポリアがKに待ったを。


ポ~ンと五段を飛ばして駆け上がったKは、


「ん? どうした?」


と、振り返った。


「“どうした”、じゃないわよ。 私達はどうするのよっ?!!」


ポリアに叱られた様なKは、襟首に手を入れて首をさする。


「さぁ、自由にしていいゼ。 其処のボンクラ町史と手分けして、調査してもいい。 一番の問題は、クォシカの身柄が何所に在るのか、まだ解らないからな。 捜索の目的は、正にそれだ」


Kの意見を聴いたポリアは、呆れてげんなりしてから。


「目的って、依頼の内容がそれなんだから、捜すのは当たり前じゃない。 第一、クォシカがその主の処に居たら、どうするのよっ」


「それは、連れて来るが…」


此処でポリアが、ロビーを指差して。


「こんなデカイ城みたいな場所を、私達だけで探してたらっ! それこそ明日になるわよっ!!!!」


だが、Kもそんな事など承知済みだ。


「なら、適当に捜しながら待ってろよ。 ポリアの言う通りに、こんなデカイ城だからよ。 恐らく、上の最上階に行く手段として、“魔法床陣”ぐらいは在るだろう」


言い訳をされたと感じるポリアは、此処まで来てから一人で行くとは、全く想像してなかった。


だが、ラキームを見たKは、更に続けて。


「ま、この人数ならば俺が居なくても、そのバカ殿を守れるだろう?。 俺が一番に心配するのは、クォシカの今の姿だ」


これには、寧ろマルヴェリータの方が心配しては、頷いて。


「まだ・・モンスターとしても、出て来てないものね…」


同調して頷いたKは、頭上を向いて。


「前に聴いた話だがな。 自決したアデオロシュ十四世って人間は、生前の頃から烈気激しい性格だった。 その上に今は、人のあらゆる存在を呪う魔物。 クォシカの様に純粋な者には、どんな悪辣非道な事をするか…。 正直、解ったものじゃない」


先程に、惨劇の事実を知り。 アデオロシュ十四世の声まで聴いたポリア達は、Kの推理を想像するのが怖い。


中でもシェラハは、死体をゾンビやスケルトンなどに変えて、町を襲わせてる主でも在るからと。


「ケイさん。 上の最上階に居る方を倒せば、クォシカの姿がモンスターで在ったとしても、亡骸には戻せるんでしょうか」


「さぁ~、どうだかな。 ソイツは、今のクォシカの姿、それ次第だな。 ゾンビやゴーストに変わって居たら。 アデオロシュを潰して、マルヴェリータに解術の魔法を掛けて貰えば、・・なんとか成る。 だが、高位のモンスターは、もっと難しいモンスターにも変異させる事が可能だ」


「そん・なっ」


絶望的な宣告を受ける様なシェラハだが。


Kは、更に。


「それから、アデオロシュを潰したとしても。 奴自体が掛けた呪いを終わらせる事が、倒して直ぐに出来るとも限らない」


これを聞いたガロンは、それは聞き捨てならないと。


「待て、包帯。 お前は先程、‘主を倒せば終わる’、と言ったではないかっ」


鋭く問われたKは、一つゆっくり頷き。


「確かに言ったゼ。 だが、正しく言うなら、倒して手順を踏めば終わる。 だから、その為にも今は、足手纏いが来るのは、非常に困るのさ」


「“手順”だとぉ?」


「そう、この辺り一帯を異空間と変える、その力を持った結界を張ったんだ。 そうなれば、この建物の何処かに必ず、結界の存続を赦す魔方陣が在る筈だ。 それが、これから行く奴の元に在るなら、楽でいいがな。 無いと成るならば、探さないといけない」


「何と面倒なっ」


「然し、其処に来ての問題なのは、上に居る野郎が態と、怨念を見せびらかすようにしてる。 魂胆は、魔方陣の波動を消す為だろう。 そんな訳で、奴の元に無いなら倒してから、波動を探さなきゃならん。 俺は、邪魔をする上の始末をしてから探す」


安全に居たいラキームは、唸りながら。


「なら、我々は下からか・・」


「そうだ。 ま、主のアデオロシュを倒せば、マルヴェリータやシスティアナが、魔法陣の波動を感じられるだろう。 最高位モンスター相手に、俺以外を連れて行き死人が出ても困るし。 手分けするなら、そっちに手は多いほうが楽だ」


Kは、あくまでも勝った後を考えていた。 然し、その言動は、ポリアやガロンには受け入れ難い。


「つ~訳だ。 さっさと済ます為にも、俺は行く。 ポリア。 捜索するならば、モンスターには十分に気を付けろよ」


こう言いおいて、上に行ってしまうK。


踊場より真っ直ぐに上がる階段を駆け上がり、瞬く間に三階より螺旋階段となる塔の上部へとKは消えて行く。


その様子を、ポリア達は心配そうに見上げていた…。





【その7.摩天楼に君臨する亡霊王と、堕ちたヴィーナス】




Kは、主と云うモンスターを倒す為に、一人で上に向かった。


一方、残されたポリア達は、不本意ながらもラキーム達と下からの捜索を行う事にした。


Kが消えて、ポリアは仲間を見た。


「じゃ、捜索しよっか。 此処で黙ってKを待ってても仕方ないし」


イルガは、マルヴェリータやシスティアナに。


「のお。 そんなに、上の主の力は強いのか? 感じないワシには、ただ不気味というか・・。 薄気味悪い印象しかないんじゃがの」


問われたマルヴェリータは、ドレス風のローブを纏う身を、自身の両手で抱くようににして。


「とても離れているのに、凄い暗黒の力を持つ波動よ。 まるで、生きてる事自体を、責められてるみたいに感じるわ・・。 だから、湖から出てきたモンスターの気配さえ、直ぐには感じられなかった…」


また、システィアナもブルブル震えて。


「う~え~のぉ~ひと、こあい~です~」


魔法遣い二人の意見を聴くイルガは、


「ふむ、余程の相手と云う事か」


と、認識した。


マルヴェリータは、Kの消えた上を見て。


「正直。 上に居る主に遭ったら、私やシスティは其処で気絶するかも。 この距離で鳥肌どころか、気分が悪いもの」


聴いていたポリアは、Kがコレも頭にはいっていたのかと考えたが…。


「とにかく、動きましょ」


「そうね。 動きたいわ」


と、マルヴェリータが返す。


動いた方が、気が紛れると思うからだ。


ラキームは、ガロンと見合ってからポリアに。


「それならば、我々は一階を見る。 真っ先に逃げるのには、それが一番いいからな。 お前達は、二階でも行け」


こんな横柄な言い方では、ポリアがまた怒るのではないかと、ガロンは思ったが…。


「丁度いいわ。 バカの面倒見なくていいんだから。 さ、上に行きましょう」


珍しく、ポリアが乾いた態度で対応する。


然し、ラキームの性格からして、‘冒険者風情が’、‘高が女だ’だと下に見ていた相手に、こんな風に言われては腹が立つ。


「バカだとっ?! この私を‘バカ’だとぉっ?!!」


と、怒りを露わにする。


怒るラキームに、ポリアは呆れた視線を投げて。


「アナタのお父さん、病気なんだろうけどサ。 息子がこんなバカに育って、ぶっちゃけ悲しい限りよね。 成した偉業からして、凄い人みたいだけど。 子供にどんな教育して来たのか、呆れるわ。 もし、其処をしっかりやってて、アナタがこんなだとするなら。 鷹が、バカ産んだわけよね?」


随分な言われ方だ。 これは、ラキームの怒りに油を注ぐことになる。


「ふざけるなっ!!!!!! 我が父を侮辱する事はっ、誰で在ろうと許さないぞっ!!!!」


金きり声のような、奇声に近い声が響き渡る。


然し、益々呆れてしまったポリア。


「何を言ってるのよ。 一番の侮辱は、アナタの存在自体よ。 せっかくオガートの町の為に、シェラハのお父さんと二人して頑張ったのに。 跡を継ぐ予定の息子のアナタが、そんななんだもの。 然も、町の人に愛されたクォシカを、勝手、我が儘で死に追いやって…。 最悪なのは、自分のやったそんな行為に、恥すら感じないんだから・・・、付ける薬が無いって云うか。 仕様がないわ」


と、言い切る。


呆れる事、甚だしいとばかりに。 二階に向かって階段を上がるポリア。


マルヴェリータやシスティアナは、ラキームと口も利きたくないので。 黙ってポリアの後に続く。


処が、イルガの前に居たシェラハは、怒りに顔が歪むラキームを見て。


「アクレイ様との面会を謝絶にして、自由に遣りたい様だけど。 絶対に、そんなことさせないから・・・。 クォシカの仇は、貴方を町史にさせない事で、討ってやるんだからねっ」


こう宣言しては、彼女も二階へ行く階段を上がる。


「うぬぬぬ…」


言い返す言葉が見付からないラキームは、ポリア達を睨む。 それは、モンスターの様に憎しみめいた、醜い眼で在った。


一緒に着く兵士達は、それぞれが微妙な表情をする。 ポリアやシェラハの云う話が、正論と感じるからだろうか。


また、そんなやり取りを見ていたガロンは、盗み見る目でラキームを見て。


(町史に成れない様ならば、コイツに着いているのも、無駄な話だな・・・。 だが、此処を脱して成り行きを見守るためにも、今はコイツを守らねば…)


と、思う。


このガロンからすれば、冒険者を半ば引退したようなもので。 ラキームの出世は、自身の将来も安泰だが。 万が一にも、ラキームの地位が失われれば、ガロンとて金の入る宿主を失う訳だ。


然も、ラキームの警護を任務として受けている身なのに。 この一件でラキームに死なれては、自分に責任が及ぶというものである。


ま、ガロンの本音にしてみれば、このラキームの側近と云う地位も足掛かりの最初に過ぎない。 先々には、更なる上の地位を持つ者に取り入ろうと思っていた。


さて、ラキーム達は、階段脇から右の扉の奥を見に行こうとしていた。


「クソっ。 あんな冒険者風情の女に、彼処まで侮辱されるとは・・・。 剣の腕さえなければ、俺の奴隷にしてボロボロにしてやりたい」


と、口走った。


この期に及んで、なんたる独り言か。 聴いていた兵士も、ガロンも、思わず閉口してしまう。 先程のKとの会話にて、あのポリアがどこかの貴族らしいと感じたし。 冒険者相手とは云え、地位で好き勝手をしようものなら咎められる事も在る。 仕える相手を簡単に選べない兵士は、一体どう思うのか。


一方、二階に向かうポリア達。 大階段から一階と二階の中間辺り在る踊場から、左右に二階へ伸びる階段の片方を上る。


鋼鉄の手摺りと壁に挟まれた、ロビーを上から取り囲むような円を描く二階バルコニー通路。 手摺りが風化してか、真っ赤に錆びてはいるものの。 触っても、全くグラついてはいなかった。


ポリア達は、二階左側のバルコニー通路に渡った。


「しっかし、埃っぽ~い」


ポリアは、埃と蜘蛛の巣だらけの至る所を見回して。 空気の悪さが、胸に嫌悪感を及ぼして来るのが嫌だった。


1階のエントランスロビーを、円を描く様に見下ろせる通路だから。 成りに歩けば、ロビーを見下しながら一周してしまうが…。


手摺りの反対の壁には、部屋へ行けるドア枠が開いている。 一階の構造に合わせると。 右側の廊下には、ドアは2つ程しか開いていない。 左半分は、建物内に入って来た湖側の玄関の上辺りから、大階段の裏に掛けて七つほどの扉が存在していた。


ポリアは、一つの部屋に顔を覗き込ませた。 そのドアは、上からポリアに腰辺りまで朽ち壊れ。 下の部分は、かろうじて引っかかっている様な感じである。


「うぁ~、真っ暗・・・。 然も部屋の中は、グチャグチャよ。 入る?」


すると、イルガも中を覗く。


「これは、酷いですな~。 戸棚が全て傾いている・・・。 然も、人が奥に入って行くゆとりがありませぬな」


「そうね。 中の倒れ掛かってる棚とか、ちょっとでも触れ様ものなら崩れ落ちそう」


二人の後ろに立つマルヴェリータが。


「中に入れないのなら、仕方ないんじゃない?」


と、諦めを言葉に。


然し、ポリアは万一も考えて。


「一応、ちょっとでも入るわ」


と。


イルガを退かせ、朽ち残るドアを蹴った。 埃を立てて、ドアは部屋の中へと崩れる。


「う゛っ、カビ臭い…」


ポリアの一言に、腕の服で口と鼻を押さえた一同。


光の力が弱まるライトスタッフを持つポリアが、中に入って辺りを見回す。 此処は、どうやら書庫らしく。 本がボロボロと成っていて、もう読める状態ではない。


然し、その崩れた本棚から出ている本の数は、かなりの量だ。 後ろを見れば、滅茶苦茶になった部屋が続き。 先の上の所から、光が薄っすらと篭れていた。


「どうやらこの部屋は、此処から部屋が奥に伸びてるみたい。 先の廊下からも、この部屋に入れるみたいよ」


すると、部屋の入り口に立つマルヴェリータが。


「ポリア。 他に、変わった処は?」


全員が入れる間は、全く無い。 ポリアとマルヴェリータが入ったら、立ち往生していまう。


「ん~、向こうから入ってみよう。 こっちは、ちょっと本棚が倒れて、それが朽ちて奥に入って行けないわ」


さて、二階では、ポリア達が捜索し始めていた頃…。 下では、ラキームが、ガロンや兵士を連れて、誇り臭いが見渡せる廊下にいた。


「クソっ・・言いたい放題を言いやがって…」


まだ、ポリアの言った事に腹を立てているらしい。


そこで、ガロンは右に入る通路を見つけ。


「ラキーム様、此方に別部屋が」


と、まだ光るライトスタッフを向ける。


「ん?」


横の通路を覗くラキームは、向こうに部屋が在るのを見付けて。


「よし、入るぞ。 金目の物が在れば、持ち帰るのだ」


勝手な事をして良いのか、兵士やガロンは思ったが。


「は、見て安全を確認しましょう」


と、我から入る。


先頭のガロンは、部屋へ入って行くにしたがって。 左右の壁が、階段の手摺りのように下がって広がるのが、不自然に思えたのだが…。


「ほう、これは・・」


広い、とても広い円形の広間に出た。 どこも埃が堆積してるが、どうやら舞踏会などを催す演芸場のような所であった。 ライトスタッフで辺りを照らしてみれば、右手には壇上になるステージもある。


そして、ステージを眺めてみれば、ステージ自体もかなり広い。 昔ながらの凝った演劇も、すんなり出来る広さは在る。


この場を見たラキームは、ポリア達に呆られたバカの本領を発揮して。


「ふむ、これは中々良い所ではないか。 町に戻ったら役人を遣い、後で清掃させれば住めそうなものだぞ」


この言い草に、ガロンは内心で流石に呆れ果てる。


(止めとけ、バカ殿・・・。 こんな所にお前の自由勝手で住んだら、国から叱責を受けるわ)


と、思いつつも。


「ラキーム様。 では、彼方に」


と、左側に誘導しておいて。


次に、一人の兵士に。


「おい、ステージの上を見て来い。 此処に居る」


と、指図する。


「は」


言われた兵士はステージに向かって、自分の肩ぐらいの高さの壇上に這い上がった。


ガロンは、周囲を他の兵士に警戒させて。 自分は、行かせた兵士の成り行きを見ていた。


ステージの上に上がった兵士は、右に、左にと、ステージを行き。


「ガロン様。 左の奥に、下り階段があります」


これを聴いたガロンは、湖側の入り口の壁に沿って伸びていた廊下を思い出し。


「多分、玄関に行く廊下に、その先が当たっているはずだ。 ま、いい。 先に、奥を見回る」


「は」


ガロンの意見を聴いた兵士は、直ぐに戻ってきた。


この間にラキームは、円形の舞踏場の周りに在る、所謂の観覧席を見る。 一階席から三階席まで在って。 ざっと見積もっても、五百人くらいは楽に入れ、席につけそうだ。 席で在ったであろう木の朽ち果てた残骸が、辺りに散らばって、視るも無残な様子を呈している。


広い舞踏場や観客席を見回して。


「然し、昔の皇族とは、凄い権威が有ったのだのう…。 俺も、それくらいの権威を我が物にしてみたい」


と、ラキームが呟く。


すると、此処で気分を害されても困ると、彼を見ずして。


「ですな。 ラキーム様なら、町史として威光を強めれば、いずれ辿り着きましょう」


ガロンの下手なお世辞に・・、と云うか。 お世辞にも映らない様な言葉だが。


聴いたラキームは、バカ正直に頷いて。


「うむ、その通りだ」


と、頷き返すのだ。


‘流石に、今のお前では確実に無理だ’


と、思う兵士達。


彼等も、ラキームを見ていない。


さて、一方その頃。 最上階を目指すKは、どうしていたか…。


三階から螺旋階段で上に向かい、ひたすら上へ。 各階層に行く回廊が、螺旋階段の所々から、まるで木の枝のように伸びていく。


だがKは、階段で上しか目指さない。 ずっと走っている。 もう、4・50階以上は上がっているのに、全く息の乱れがみえない。 


(どんどん、野郎には近づいているな)


身体に感じる怨念から変わった暗黒のエネルギーは、ジワジワと強まりつつある。 黒い豹の様な軽やかさで、コートの裾をはためかせて更に上を目指した。


然し、だ。 実は、四階にて。 各階に行く魔法の床が移動出来る空間をKは見つけていた。


だが、その場所には、肝心の床が無いのだ。 恐らく、アデオロシュが上に上げたのではないかと踏んで、今は上に走っているのだ。 


そして、この今のKを見たならば。 ガロンは、Kとは死んでも喧嘩はしないだろう。 そう・・・Kは、明かりを全く持っていない。 その理由は、名うての汚い冒険者だったガロンなら解るはずだ。


そして、ガロンはそれに、この時に気付くのだ。


その切っ掛けは、不思議にもラキームの馬鹿げた意見からだった。


さて、またラキームとガロン一行に目を戻す。


「ラキーム様。 どうやら此方の奥にも、廊下に通じる出入り口がありますな」


舞踏場の左奥には、客席を二分するように切れ間が在り。 その切れ間が通りとして、奥の廊下に繋がっていた。


処が、だ。 ガロンの話を聴いて無いラキームは、或る事を妙案と考えついていて。


「のぉ、ガロンよ」


ちょっと神妙な物言いで尋ねて来たラキームに、ガロンは何事かと思い。


「は? 如何しましたか」


「うむ。 あの包帯男・・・、ケイとかいう者の事なんだが」


「は? あの男が、如何致しました?」


「いや、な。 私の家臣に出来ぬものかと・・・な」


その意見を聴いて、ガロンのあらゆる何かが停止した。


刹那ほどして。


「な゛っ、何ですとぉ?!!」


思わぬラキームの言い草に驚いたガロン。 この人物のバカさが筋金入りを超えて、神様級に思えて来る。 何故ならば、あのKと言う男に嵌められて、此処に来させられた自分達。 また、ポリア達のシェラハを守る態度は次第に知り合いと見えるものになり、明らかな肩入れとも見受けられる。 だから、先程から思うのは。


“シェラハの昨日の物言い。 また、朝の様子からすれば、今の奴らめには目的への意思の統一が見られる。 本当に怪しむ冒険者を相手にして、この様子はおかしい”


これは詰まり。 昨日に、クォシカの居場所をラキームへと一々言いに来たシェラハが、今にして思えば何故に言いに来たか。 その事自体が怪しいと感じられる訳だ。 これが、Kと云う男の入れ知恵か、其処は今はまだガロンにも解らないが。 とにかく我々は、彼に嵌められたのだ。 その男を部下にしようなどと軽々しく思うラキームに、一種の畏怖すら覚えるガロンであった。


(このバカはっ、本気か?!!!!!!)


だがラキームは、ふざけているのか。 ガロンに気を遣う様な、そんな雰囲気を醸す言い方で更に。


「ガロンよ。 御主の下に奴を置ければ、いい働きができそうな男ではないか。 ん?」


ガロンは、本人の前で無い事を助かったと思う。 正直、Kの方が剣の腕も、頭の回転も上なのだ。 あんな者を配下にしたら、ラキームは絞首刑に最速で向かうハメになるだろう。 恐らく、多分は言ってみても、了承はしまい。


だから…。


「ラキーム様、あの男は信用に置けませぬっ。 冒険者をやっているうちは、無理かと………」


これが、ガロンの言える最大のフォローであった。


「ふむ、そうか・・・。 ま、言われてみれば、確かにそうだな。 ガロンの言う通りだ」


(当たり前だっ! このぉっ、大バカが!!!!!!!!!)


腹の中で苦虫を噛み潰す思いで、ガロンがこう思った時。


ラキームは、この時に二階でも。 ポリア達が同じことを言い合っている内容を、そのまま口にする。


「然し、不思議な男だの、あの包帯男は…。 自分は明かりも持たずに、暗い上に行きおったわ。 こんな暗い中を、どうやって見えるのか…」


このラキームの言葉に、ガロンがハッとして立ち止まる。


(明かりも無く・・身のこなしが軽い。 ・・そう云えば、あらゆるモンスターの急所を・・・まさかっ!!!!!!)


ガロンも、冒険者家業を離れてやや久しい。 冒険者をやっていたなら、直ぐに辿り着いた答えかもしれない。


(な゛っ・・、なんて事だっ。 この俺が、こんな事も忘れているとはぁぁぁぁぁぁぁっ。 あの男は、マズイっ・・マズイぞっ!!!!!!)


パッと振り返り、自分を眺めていたラキームを見て。


「ラキーム様っ」


と、ガロンが慌てて言った時である。


- ラキーム………。 ん? -


其処に漂って来たのは、声だ。 まだ、うら若い女性の声である。 微かながら、響いた感じがする。


「ん? ガロン・・・何だ? 今の声は?」


辺りを見るラキームは、ガロンの話も、女性の声も気に成った。


ラキームを見たガロンが、一緒に辺りを見回し始めて。


「ラキーム様、女の・・声ですか?」


この場に女性など居ないのだから。 ポリアかシェラハが、彼の悪口でも言ったのだろうと思ったが。


然し、また…。


- ラキーム・・・、嗚呼・・・、ラキーム…。 -


今度は、確かにステージの方から、絹を擦るような細い音で女の声がした。


処が、この声には、ラキーム本人が聞き覚え有った。


「ん? 知ってる様な・・・声だな」


すると、兵士の一人が。


「ラキーム様、私も聞こえました。 向こうの、壇上から聞こえて来ました」


と、ラキームの後ろを指差した。


ラキームは、ガロンと見合って兵士に。


「其方は、今し方。 御主が見に行ったのではなかったか?」


そうとしか言えない兵士は、ガロンと壇上を見交わす。


埒が開かないと思ったガロンは、ラキームの横を行き。 また、舞踏場の中央付近に戻った。 


「おいっ。 ラキーム様の名前を呼ぶのは、何者かっ?」


その後ろには、兵士に囲まれたラキームも続いた。 


ガロンの持つ明かりに照らされた壇上。 その右隅に、風化して壊れかかったテーブルが、ひっそりと有ったのだが…。 巡らせる光に照らされた一瞬、その上に何かが乗って居たのがチラッと見えた。


「ん? ガロン、今のは…」


と、ラキームが言う。


その言葉に合わせて、ガロンが明かりを戻せば…。


「あ゛っ!! クォシカっ!!!!!!!!!」


認識した瞬間、ラキームがとんでもない大声を上げたのだった。


一方、ラキームの驚きの声は、二階に居たポリア達にも聞こえた。 埃に塗れて、書庫を探索して回っていた所だった。


「え、えっ?」


驚くポリアに、通路に近かったマルヴェリータが。


「ポリアっ! 下にクォシカが居たって」


「クォシカっ、ホントに?!」


と、驚くのは、シェラハも同じ。


全員で内廊下に出て。 大階段の踊り場に向かおうと、回廊に入った時だ。


「あ゛、モンスターっ!!!」


何と、Kの消えた三階からスケルトンが来ていた。 然も、その骨の色が紅いのだ。


更に、


- う゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・ -


ゾンビの唸り声が三階から聞こえて来て。 ポリア達が見ていた視界の中で、三階・四階の階層から、ゾンビが四体近く一階のロビーに落ちて行く。


イルガは、事態が一気に切迫したのを感じた。


「お嬢様っ!!」


イルガの声を背に受けたポリアは真っ先に、紅い血の色をして、骨の所々が汚れた感じのスケルトンに斬り掛かっていた。


「たぁっ!!」


身動きの素早いポリアに因る、抜刀の一撃で在る。


然し、


「えっ?」


紅いスケルトンのボロボロの剣で、その一撃がいとも簡単に防がれた。


ポリアの一撃が防がれたその様子を、少し離れた所から見たマルヴェリータが。


「イルガっ、シェラハを!!」


彼女の視線は、一階に落ちたゾンビに向かう。 大階段の入り口を塞がれては、此方が挟み撃ちに為る。 それを阻止する為に、マルヴェリータは階段を駆け下りた。


そして、其処にラキームの。


「う゛ぎゃあああああああああああーーーーっ!!!!!!!」


と、言う大絶叫が上がった。


この声にて、戦いの幕は上がった。


「シェラハさんっ、システィの傍を離れるで無いぞっ」


ポリアの相手する紅いスケルトンが。 此処へ来る途中で戦ったスケルトンとは段違いと感じたイルガ。 狭い階段ながら下に降りたマルヴェリータの背後に、このスケルトンを行かせる訳には行かないと。


「てやぁっ!」


槍を上段に構え、回廊から階段へ走り寄り。 ポリアと剣を噛み合わせる紅いスケルトンへ、その槍を突き込んだ。


二階の階段前踊場から、ビュッと伸びたイルガの槍。 それをも簡単に避けた紅いスケルトンは、パッと階段の上に飛びのいた。


その動きを見たポリアは、イルガと並びながら。


「イルガっ、コイツ強いっ!」


「はっ」


踊り場で、ポリアとイルガで紅いスケルトンを向かえ討つ。


一方、大絶叫を上げたラキームの方は、何が在ったのか…。


時を少し戻して。 壇上のテーブルの上に、クォシカの顔が在った。 黒い髪が、濡れているかのように艶やかで。 スッキリとした小顔の美しい、若い娘である。 鼻筋の通りから、眼の見開かれた作りなど、確かに貴族の令嬢の様で。 女好きのラキームが、彼女を見初めたのも解る良く。


「おぉっ、クォシカ! 生きて…」


感激して近寄ろうとしたラキームだが。


「お待ち下さいっ あの者、ヘンです」


と、ガロンが止めた。


クォシカを睨むガロンは、肩まで見えているクォシカが、何も衣服を纏っていない白い蝋のような肌を魅せ。 更に、ネコの様な瞳を輝かせるクォシカに、異変を見た。


すると、クォシカの口元。 白い肌に美貌を生み出す為に、取って付けた様な赤々とした鮮血のような唇が、ニヤリ・・・と笑ったのが。 刹那。


「嗚呼、ラキーム・・。 私のラキーム・・・、漸く来てくれたのね」


甘やかに響く言葉を綴る口に覗ける紅い舌は、毒々しいぐらいに紅い。


彼女から話し掛けられたラキームは、幻の美女を見るかのように。


「クォシカ、逢いたかったよ…」


すると、クォシカの口が尋常では無い裂け方で、ニパァ~・・・っと耳の近くまで一気に開かれた。


途中までは、普通に見惚れていたラキームだが。 頬まで裂けた辺りから、


「ひぃっ!!」


と、怯えてたじろいだ。


その瞬間。


「モンスターだっ、気をつけろっ!!!!」


ガロンが叫んだ。


処が。 兵士も、ラキームも、いやガロンですら驚いたのは、この次の瞬間だ。


男達が見ている中で、いきなりクォシカの身体がユラユラと揺らめいたと思いきや。 ヌゥ~~~~っと、天井の闇に伸び上がって行くではないか。


「あ゛っ!!」


「ぐっ」


ラキーム達の見ているクォシカは、裸体である。 若い娘の美しい胸が露わに成っていた。 だが、それよりも彼等が驚くのは、胸から下に伸びた身体である。 何と、長々と蛇の胴体と思える身体に変わり果てていた。 その壇上から伸び上がった高さは、見上げること大の大人の3倍以上。


「あ・あわあわあわわあああわわあわわあわわわわ…」


恐怖に口を震わせるラキームが、ワナワナと後退り。


異形の身体を、蛇が鎌首を擡げるかの様に持ち上げて。 ユラユラ揺らめくクォシカは、


「嗚呼、ラキーム。 私、アナタを待ってたわ…」


と、甘やかに囁くのだが。


その後、声をおどろおどろしく豹変させながら。


「さぁっ、私に! その血っ、肉をっ、よこしなさいっ!!!」


その声に、恐怖を覚えたラキームが身動ぎ。 ガロンや兵士達が身構えた時。


その不意を突く様に、観覧席から何かが飛び降りて来た。


「ハッ?!!」


気配や朽ちた椅子を蹴る音に、素早くガロンが振り向けば。 其処には、紅いスケルトンと、全身が青いゾンビが居た。


然し、更に驚く兵士達やラキームより、一番驚いたのはガロンだ。


「お前ぇっ、・・ギーシン!!」


その青いゾンビの男は、まだ人の時の姿をしっかり保っていた。 何故に、ガロンが驚いたのか。 いや、驚く筈で在る。 ガロンがまだ冒険者だった頃、彼の汚い仕事を手伝う元手下で。 先日は、クォシカを攫う為に雇った、悪辣な冒険者のリーダーで在った男なのだから。


だが、姿としては、確かに誰かと解る。 然し、‘人間か’、と云う疑問には、誰も肯定はしないだろう。 眼球が、目蓋よりボロンと飛び出ていて。 顔や手の皮膚が、傷だらけでジュクジュクと化膿した様に爛れていた。 そして、ギョロギョロと左右勝手に動く眼がビタっとガロンに止まり。


「グヘヘヘ・・、にくぅ・・ニクくれよぉ~」


仲間の姿をしたゾンビに、こう話し掛けられたガロンは、其処に普通のゾンビとは明らかに違う異常を悟り。


「下がれっ、下がれ下がれ下がれっ、下がれぇぇぇぇぇぇっ!!!!! ロビーに出ぇろぉーーーーーっ!!!!」


と、喚き上げた。


その時、クォシカも壇を押してラキームに向かい始める。


「う゛ぎゃあああああああああああーーーーっ!!!!!!!」


此処で、あのラキームの大絶叫が上がったのだ。


いきなり、強敵達に囲まれたポリア達。 Kが居たさっきまでとは、形勢が全く違った。


この双方の戦いは、まるで植物の繊維を糾い織る縄の如く、同時進行で絡まって流れ行く。


ポリアとイルガの二人で階段を舞台に掛かる紅いスケルトンは、普通のスケルトンと一味違う。


「そらっ!!」


槍を持つイルガがスケルトンを突いて、ポリアが斬り込む隙を作っても。 ポリアの斬り込みを、開いた右手で受け止めたり。 逆に鋭く斬り返して来て、二人で防がないとシェラハやシスティアナなどが危ない。


一方、マルヴェリータが、その実力を発揮する。


「想像の力は、万理の力・・・。 我が魔力にて、破壊のナイフとなれっ」


杖を胸に秘めて念じれば。 頭上に現れる渦を巻いた、青白く輝くの魔想の力。 マルヴェリータが杖を振るって、その先をゾンビに向ければ。 渦から現れた魔法のナイフが、無数にゾンビに襲い掛かった。


- あ゛ぁぁっ! -


瞬時に、身体へ十数のナイフを受けたゾンビの身体に、その直後で巻き起こる炸裂から発する衝撃の爆発。 ゾンビの弱点の黒い光を引き裂いて、真っ先に一体を倒した。


一方。 舞踏場に居たガロンは、化け物へと変化した元仲間に斬りかかり。


「ラキーム様を守れっ。 強い奴には束で掛かれっ!!」


兵士三人が、跳び掛かってきた紅いスケルトンに向かう中。 クォシカに怯えたラキームは、一目散にロビーへ走った。


- 待てぇっ! ラキームっ!!! -


クォシカの上半身をしたモンスターが、その太い蛇の胴体をうねらせて壇も蹴散らし、ラキームの後を追った。 ロビーに向かうクォシカの蛇の胴体が、競りあがっていた左右の壁を壊す。


「うわあーーーっ!!!」


クォシカに追われる様に、ロビーへ飛び出したラキームは、真横をモゾモゾ歩いていたゾンビを見て。


「うぎゃああああああっ!!!!」


涙眼で大声を上げて、ロビーを走って横切り左の扉へと逃げる。


- 待てぇっ、ラキームっ!!! -


横を歩いていたゾンビと跳ね飛ばし、クォシカの姿をしたモンスターはラキームを追う。


「な・なによアレっ?!!」


クォシカの跳ね飛ばしたゾンビを魔法で倒そうとしていたマルヴェリータが、現れたクォシカの姿を持ったモンスターに驚いた。


(とにかくっ、ゾンビを先に…)


起き上がる前のゾンビを魔法で倒し、一階ロビーに落ちたゾンビを倒し終えた時に。


(今のあれが、クォシカ…)


ズルズルと蛇の胴体で床を這い、闇に染まる隣の部屋に入って行くモンスター。 それが、捜していたクォシカとは・・。 その蛇の胴体から尻尾は、優に馬を繋いだ馬車二台の長さを超えている。


だが、その姿を二階から見かけたシェラハは、ビックリして言葉を失った。


「うっ・そ・・。 クォ・ク・・クォシカ…」


それは、あまりにも変わり果てた親友の姿であった。


また、ポリアとイルガは、紅いスケルトンと剣を交えていながら、それを見た。


「何でよっ! 何であんなにすんのよぉぉぉっ!!! 最悪じゃない!!!!!」


「お嬢様っ! 今はコヤツをっ!!」


二人は唸って、紅いスケルトンに力んだ。


ポリア達の誰もが、包帯男を想った。 こんな地獄絵図が在るとは、誰も思わなかったからだ。



        ★



その頃にKは、最上階に来ていた。


「着いたか…」


最上階へ向かう最後の階段は、一階の大階段と同じ様に。 真ん中を斜め上、真っ直ぐに伸び。 上がった先には、両開きの重々しく黒いドアが在る。


その階段を上がりきったKは、


(そろそろ下でも、おっ始まってる頃かな…)


と、想う。


階段を走っている間、下に向かうモンスターの気配があった。 出遭ったものは、全て倒したが。 残ったモンスターは、まだ若干多い。


(さて、さっさとこっちを片付けるとするか)


仕事をする気に為ったKは、その重々しい扉を開いた。


すると、いきなり黒い空気のような風が、Kの方に吹いて来る。


(お~お~、息巻いてからに。 怨念を暗黒の瘴気にして、ダラダラと吐き出してらぁ。 ポリア達を連れて来なくて、こりゃ~正解だ。 此処に居たら、全員が気絶してら~な)


Kは、実に平気そうだが。 重々しい空気には、‘瘴気’とか、‘妖気’と呼ばれる暗黒の力が含まれる。 人間や普通の生物の精神メンタルに、恐怖心を煽って苛む様な。 ダメージを与える、特殊なモンスターのオーラであった。


さて、全く物怖じして居ないKは、部屋の中に入りながら。


「あら~ま~、随分とオンボロになったみたいで。 此処は・・・、謁見の部屋か?」


と、周りを見渡した。 


広い広い一間。 正面の先に、窓らしき枠が見えている。 大きいバルコニーに出るような窓だ。


そのKの右手側の奥には、どす黒く禍々しい気配を発する何かが居る。


だが、Kは恐れもせず。


「おいおい、せっかく来たのに。 主様は、労いの挨拶もないのかい?」


と、そんざいとも取れる横柄な物言いをした。


すると。


「フフフ・・、随分と口が達者な様だな」


こう言った何者かの声は、確かに威厳が漂う圧力が在る。


「ゴミよ、良く此処まで来た。 どうやら、我が下僕に変えられたい様だな。 フン・・・、ノコノコと上がって来よってからに」


何処までも他人を見下す様な喋りにて、Kを嘲笑って来る闇の中の人物。


だが、言われるKは、暗い部屋を見回しつつ。


「‘上がって来よって’ったってよ。 御宅を倒さないと、この森に掛かった結界から出れないから。 その物言いは、無駄じゃネェ~の」


「フン、戯言を。 私を倒すだと? この不死身に成った私を倒すだと?」


此処でKは、やっと右を見た。 紅いチリチリとした、まるで火花を出す炎のようなエネルギーが、奇妙な形に枠を作っている。 それはどうやら、椅子に座る人の形だった。


処が。 Kの視線は、その椅子に座った人の形をした何かを、軽く一瞥しただけで。


「おいおい、待ってくれよ。 魔域の結界陣は、此処じゃないのかよ。 チッ、参ったな~」


呆れて視線を外すと、何故かいきなりKの口調が伝法になる。


すると、いきなり正面の窓が独りでに開いた。 ボロボロの暗幕が、風で外にはためいて行く。


「?」


あの渦巻く不気味な紫色の空の鈍い光が、部屋に差し込んで来た。


Kは、此処で再度、部屋の中を見回した。 どうやらこの部屋は、予想通りに謁見の間のようである。 長方形の間取り。 汚れて、色の剥げが見られる蒼い壁は、昔から人気の高いマラカイトの壁細工だ。


「ほ~、向こうの壁にあるのは、大昔の画家クックの作品かよ。 こんな最上階に、古の名画伯の絵を配置するなんざ、随分な格式だこと」


Kの見て言うのは、左奥の絵だ。


だが、その逆。 右側の奥には、光を失いかけた金色で玉座が存在し。 長い総髪を後ろに流した、初老の男が居た。 優雅に足を組み、礼服の貴族が好んだガウン風の服装に、フリルの襟・袖の白いブラウスが、如何にも高貴な人物と云う印象を生み出す。


「三百年・・・いや。 もっと時が経っているのに、良くその絵の画家が解ったな。 どうやら、そこらのバカじゃ無いな」


然し、一方のKは、話し掛けて来た男を気にしないままに部屋を眺め見て。


「全く、結界陣は無い。 クォシカの遺体も無い。 チッ・・・、これは痛い時の浪費だぜ」


この様子を見た男は、自分を気にしていないKをギリリと睨んだ。 細長い瞳は、気性が激しそうで。 面長の顔に蓄えられた髭は、豊かにして長い。 髪も髭も白くなっていて、生気が宿った色は無い。


また、今のKから感じる気配は、武術の心得など無い者と思えた。 これは或る意味、無知なバカにからかわれているようである。


「貴様、私を無視してるのか。 それとも、恐れて見れまいか」


処が、言われたKは、部屋の出口。 上がって来た階段に身体を向けて。


「悪ぃ、時間が惜しいんだ。 先に、結界陣を探させて貰うわ。 御宅と遊んでられない」


と、出て行こうとする。


その途端だ。


「ふざけるなっ」


玉座に座る男が、Kに苛立ち鋭い言葉遣いで言うと。 バンと音を立てて、階段へ戻るドアが閉まった。


処が、逃げ道を塞がれたKだが。 その様子は、さして困ってもいない素振りで。


「あ~あ、面倒臭ェな~。 時代錯誤のアデオロシュ爺さんと、これから遊ぶのかい?」


その素振りは、完全にバカにしている。 男・・・いや、モンスターとして蘇ったアデオロシュ十四世は、玉座より立ち上がった。


「貴様ぁっ! 私を愚弄しておいて、ヌケヌケと帰れると思っているのかぁっ!!!!」


この恐ろしい響きの怒声を聴いたKも、アデオロシュを見た。


「はぁ、愚弄? 当たり前の事を言ったまでだろう。 御宅の時代は、昔の頃に興った貴族、その存在の意味を失った時代だ。 なのに、何時までも階級格差制度が在り続ける訳が無い。 時代の流れを読めなかったのは、テメェ本人だろう?」


立ち上がったアデオロシュは、Kよりも頭一つ半以上も高い男だった。 ゆっくりとした歩みで、自分を詰ったKに近づく。


「時代だと? なんの才も持たぬ、下賤な民が横行するのがかっ?!!!」


如何にも貴族らしい、その物言いだが。


恐怖心を煽るモンスターのオーラを全くものともしないKは。


「あぁ。 貴族とはな、神と悪魔の戦いに際し、世界の危機に人の為に戦った人物の血筋。 然し、今も昔も貴族の中に、そんな奴が何人いた? 私欲と受け継がれた権力を、さもテメェに宿った才能のように言う阿呆が。 下らない問答なんざ、面倒臭ぇ。 俺は、クォシカの遺体を捜しに来たんだ。 閉めたドア、開けてくれるか?」


と、閉まったドアを左親指で指した。


Kの話を聴いたアデオロシュは、鼻で笑ってマントを翻す。


「フン。 あの美しい娘は、私の愛妾となっておるわ。 遺体も、御主の探す結界陣の元に安置してあるわえ。 人に殺されし哀れな娘は、憎しみの権化と変わる、我の仲間に加わったわっ!!」


「殺された? 追っかけてきた冒険者に、か?」


「そうよ。 如何わしい不埒者が、その後に私へ逆らおうて死によった。 今では、我の忠実な下僕だがな」


するとKは、何処か疲れたように俯いて。


「おいおい、全く疲れる話だな~。 ここから出て、ま~た下に行って探して。 それからまた上に来て、コイツを倒す? この塔を一体、何往復すんだよ」


この独り言を聴いたアデオロシュは、Kを見てその眼をギラッと光らせる。


「私を倒す、だと? お前のような手負いがかっ? 片腹痛いわっ!!!! じっくりと痛ぶって、ズタズタに斬り殺してやろう」


此処でKは、酷く呆れた口調で。


「あのなぁ、俺は手負いじゃな。 な、それより結界陣って、何階だ?」


Kのふざけた口調に、遂にアデオロシュが爆発的に怒りだした。


「おのれぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!! 捨て置けばっ、我に対して無礼な口ばかりっ!!!! 死ねっ!!!」


彼の腰にかれていた美しい金細工の鞘に差すサーベルか手に手を掛けたアデオロシュは、Kに向かって抜き打ちに一閃した。


抜き打ちの一撃を顔に向けられたKだが。 クルリと独楽の様に回り、紙一重でその一閃を避けたK。


「あらら~、あぶね」


サーベルを引き戻すアデオロシュは、Kの身のこなしに嘲笑う。


「ほう、運が良かったな。 だがそんな躱し方で、何時まで保つか? 我を倒して地下の結界陣に行こうなど、片腹痛いぞ」


その瞬間、Kの包帯より覗ける眼がギリッと細まった。


「フッ、ありがたいね。 ‘結界陣’の在る場所、教えてくれて」


と、腰から一番長い短剣を抜いた。


「むっ」


Kが短剣を抜いたのを見たアデオロシュは、Kの身体から気配が消えたのを感じて驚いた。


「貴様っ! まさか・・態と…」


言われたKは、アデオロシュの瞳を睨んで、口元で笑うと。 


「一々最初«はな»っから本領を出すなんて、底が浅いんだよ」


言ったと同時に、目にも止まらぬ身動きにてアデオロシュに斬りかかった。


「ふっ、はっ!」


余裕を持ったKの太刀筋は、不意に駆け抜ける疾風の様で。 モンスターとして、人間を超えた力を手に入れた筈のアデオロシュが、一気に防戦へ回る。


そして、下から振り上げられたKの一撃を、サーベルを側める事で辛うじて守ったアデオロシュだが。 その側めた剣をKは蹴り上げて、ガラ空きの胸に短剣で斬り込んだ。


「ぬわっ!!」


鋭い一撃を受けたアデオロシュは、後ろにドッと倒れこんだ。 完全に斬り裂かれた衣服と、胸部。 だが、傷口は黒々としていて、血も出ない。


斬ったKは、窓と窓の間の壁の影にいて。 影の如く黒くなるままに。


「三百年以上も、よ。 こんな所に隠れて遊んでるから、外が解らないんだよ。 何時も、御宅への対処の効かない奴ばかり来ると思ったら、大間違いだぜ」


冷たく埃だらけの床に倒れたアデオロシュは、誰かに助け起こされる様にフワリと身体が持ち上がり体勢を戻すと。


「おのれっ!!!」


殺気を身体から噴き出す黒いオーラに変えて、Kに向かって斬りかかった。


だが、そのサーベルが、Kの頭に届こうとした一瞬だ。 Kの身体が、トロリと闇の中に解けて消えた。


「なにっ…」


アデオロシュのサーベルは、空を斬って完全にKを見失ってしまった。 斬った其処に、Kは居ない。


そして、アデオロシュの耳元で。


「モンスターのオッサン。 冒険者って奴を、舐めるなよ」


聞こえて来たのは、Kの声。


だが、それは。 先ほどまでのいい加減な口調をしていた包帯男のものでは無かった。 明らかに低く、何処までも強く透明でいて、あらゆる心を斬り殺すかの様な凄みが在った。


「………」


その声の後に、アデオロシュの声は、出なかった。


- ゴトリ -


床に、アデオロシュの首が落ちた。 アデオロシュの背後には、Kが立っている。


「・・・」


黙ってKは、短剣を仕舞った。 人を斬ったのに、血すら着いていないのだ。


処が、Kはアデオロシュの前に戻って、バルコニーの外を見ると。


「おいおい、芝居なんてするな。 アンタ、そんな事する芸人じゃ~ないだろう?」


Kが語り掛けた後で。 落ちたアデオロシュの首の瞳が、ギョロリと動いた。 彼の立ったままの身体、落ちた首が溶ける様に、暗く赤々とした炎に変わっていく。 そして、ボワッと燃え上がって消えた。


「フフフ・・・。 アーッハハハハハーーっ」


この部屋中に、アデオロシュの声が響く。


「これはこれは、何という剣の腕だ。 いや、御見それしたな・・・。 さて、ではそろそろ死んでくれ、恐ろしき剣士殿。 もう、剣など我には利かんぞ」


と、アデオロシュの身体が、また玉座に現れた。


今度は、燃え上がる炎に包まれて、腰から下はボンヤリして判らない。


闇の中に居たKは、此処でアデオロシュを見た。


「ほぉ~、やっと本領発揮かい? 死体を見せて隠れてるなんて、遣り方セコいぜ」


瞳すら、炎のように燃えるアデオロシュ。 嘲笑う顔すら悪意に満ち溢れ、おぞましきモンスターだ。


「喧しいわっ。 だが、貴様もこれで終わりだっ!!!」


叫んだアデオロシュの口が、カッパリ裂けてデカい花瓶の入り口のように開いた。 その中は、あのゾンビのエネルギー源と云える暗黒の光が、黒々と渦を巻いて蓄積されていた。


一体、このモンスターと化した貴族が、何をしようと云うのか・・と云う処だが。 いきなり、暗黒のエネルギーが蟠る口の中に、ヌウ~っと骸骨の手が這い出して来るではないか。


その手を見たKは、眼を細めて睨みなから。


(バカの一つ覚え・・ってか?)


どうやらKは、この様子の意味を知っているらしい。


だが、躯の姿をした手の次に、ズズズ・・・と暗黒のエネルギーの中から湧き上がって来たのは、ズタボロの黒いフードを被った骸骨の顔だ。 スケルトンの様な、ただの頭蓋骨では無い。 青黒い炎を宿す眼、ギザギザに鋭い爪の様な歯、短い角を生やす異形の姿をする。 それは、まるで死神か悪魔の様な躯が、口から這い出てこようとしているのだ。


その躯のモンスターが上半身まで身を乗り出した時にKは、サッと腰にコートの下に左手を入れると。


「それ、待ってたゼ」


と、何かを投げた。


“ヒュッ”と、空気を斬った音が走る。 Kが投げたのは、白い柄、白い刀身のナイフである。 ナイフは、現れ出そうとしている躯の化け物と一緒に、アデオロシュの口を貫いた。 そして、更には。 そのアデオロシュの身体ごと後ろに吹き飛ばすかの如く、瞬く間に彼と躯の化け物を引きずったではないか。 辺りは、薄暗い闇が支配する部屋の中。 “ドス”と云う音を立てて、飛ばされたアデオロシュは、玉座後方の壁にナイフにで釘付けにされたのだった。 壁に釘付けと成ったアデオロシュは、直ぐに壁から離れようとするも…。


「ンガ・・・ぬ゛っ・・ぬげんぞぉぉぉぉ…」


アデオロシュが壁より離れようとせども、ナイフが刺さって体が動かない。 そして、刺された躯の化け物は、刺された場所から異様な白い煙を上げ始め。 のた打ち回るように、狂い苦しみ出した。


同じ場所に佇むKは、アデオロシュに一瞥すると。


「あばよ、昔のバカ殿。 こっちは、今のバカ殿の一件で忙しいんだ」


と、言う。


そして、アデオロシュとは反対の、絵の飾られた壁に向かう。


「う゛ががががががああああ………」


Kの背後では、今度は急にアデオロシュが苦しみ出した。 それはおそらく、ナイフが煌々と白い光を発し始めて。 口の中に渦巻く暗黒のエネルギーを、その刺さった所から吸収し出し所為の様なのだが…。


「きぎざまあ゛あぁぁっ! ごっご・・ごれはぁぁ・・なああんんだっ!!!」


声が割れて、身の毛がよだつような耳障りな声。


すると、歩みを止めたKは、軽く横顔をアデオロシュに向けると。


「ソイツは、鎮魂の遺碑架(イヒカ)。 昔から、僧侶が真摯に生涯を神に捧げつつ生きた時。 どんな死の淵で在ろうとも、死ぬ間際の一瞬に神を見ると云う。 その安らぎの心が、時として肌身離さない遺品に神懸かる力を宿す事が在る。 その遺品は、清らかな退魔の力を持ち。 あらゆる亡霊や亡者を、その宿った力で静めるんだ」


と、説明してから、アデオロシュに振り向く。


Kの視界の中で。 全身から煙を上げて、暗い炎が消えかかるアデオロシュの姿が在った。 身体中がブルブルと振るえ、明らかに何かに苦しんでいた。 ナイフに暗黒のエネルギーを吸い取られてか、干からびて行くアデオロシュ。


「もうじき、楽になる。 憎しみに狂い遺って、これ以上、その功績が貴き家名を辱めるな。 滅びる時は、人は自分から滅ぶさ。 じゃ、な」


Kの置き台詞に、アデオロシュの眼が屈辱で染まる。


「お゛・・にょぉぉぉれ゛ぇ…」


アデオロシュは、そう言った直後。 瞬間的に全身が埃のように色褪せて砕け、ナイフを残して床に崩れ落ちた。 その跡に、ボロボロの服が主たる埃を隠す様に、その上に舞い降りる。


其処まで見届けたKは、


「やっと、消えたか。 魔法床陣は、こっちか?」


玉座の左後方。 アデオロシュが滅びたと同時に、部屋の奥で魔法の力が湧くのを感じる。 壁際に向かえば、古びた回転式の隠し扉が在り。 其処を抜けると、六角形の狭い部屋が在った。


「やっぱり、自分の元に上げてやがったな」


Kの見下ろす先には、表面に何やら難しい文字が画かれている、円形の床が在る。 文字の部分が、蒼・緑・赤・黄色と光っては消え、光っては消えるのだ。


これが、彼の言っていた〔魔法床陣〕と云うものらしい。


「さて、もう一仕事だな」


床に乗って、やや中心のボコッと出ている丸い突起をKが踏むと・・・。 彼を乗せた丸い床は、ス~っと音も無く下に降りていく。


然し、Kの云う‘一仕事’とは、何なのか。



        ★



さて、Kがアデオロシュの変化したモンスターを倒す前後。


下の階で戦っていたポリア達はどうしていたか。


先ずは、渦中の当の本人ラキームは、どうしていたのか。


あの、広いエントランスロビーを横切って、入った暗い部屋をクォシカに追われて。 ボロボロの木や鉄屑の何かを蹴っ飛ばし、逃げ回ったラキーム。


厨房だの、応接室だの、サロンだのと。 暗い中で走り回った彼は、二階への幅狭い階段を見つけた。 後ろより、木屑や鉄くずを勢い凄まじく飛ばす音がして、モンスターと変わったクォシカが迫る。


(に゛っ、にか・二階ぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!)


焦った彼は、慌てて二階に駆け上がった。 先に上がって捜索していたポリア達の、元居た書庫に逃げ込んで。 崩れた本の残骸を乗り越え、ロビーを見下ろせるバルコニー通路と云える、内廊下に出た。


この時、下のロビーでは、マルヴェリータとシスティアナが。 一方の三階から四階に向かう階段では、狭間となる階段を利用してモンスターを堰止める様に。 ポリアとイルガが、協力してモンスターと戦っている。


それを見たラキームは、モンスターを避けるように廊下を半周して。 ガロン達が戦う舞踏場の観客席二階に出ると、右往左往して走り回るうちに。 三階への階段を発見して、其方に逃げ込んだのだ。


そして、今。 倒れ掛かった棚の下に入って、ジッと息を殺して隠れる。


(やややややややばばばばばいいいいいぃ!!!!!!!!!)


恐怖に震えるラキームの居る其処は、真っ暗な部屋の中であり。 ボロボロの木の塵が、床一面に散らかっている。


ラキームの脳裏に、戦う気など毛頭も無い。 ガロンも、誰も、どうでもいい。 自分さえ助かれば、他はどうでもいい事でしかない。


また、クォシカの変わり果てた姿に然り。 無数のゾンビに然り。 紅いスケルトンや普通のスケルトン…。 そのどれも怖くて怖くて、ラキームはズボンを濡らしていた。


だが、息を殺して隠れる彼の耳に。


- ズル・・ズル・・ズルズル・・・ズルズルズル………。 -


遠くで、クォシカの蛇の胴体が床を這う音がする。


(あわあわあわわわわわわわわわわ・・きききききたたたたたたたた…)


怯えるラキームの耳に、クォシカの声がする。


「ラキーム・・・何処? ラキーム・・・私の恨めしい男。 ラキーム・・・私の憎む全てっ! ラキームっ、何所に居るのっ?!!!!!」


彼女の怒りに狂う声を聞くラキームは、


(あわああわわわわわ…)


と、慌て出す。


そして、更に身を隠せる様に、とこっそりと這い出して。 大きな棚の引き出しに隠れた。


すると…。


“バキ・・バキバキバキっ!!”


と、木の折れる音がしたり。


“グシャーーンッ! バァーーーン!!”


と、壁に叩き付けられた棚が、壊れる音が鳴り響く。


その音は、まだずっと離れた場所からだ。 


「何所っ?! 何所に居るのっ、ラキームっ!!!」


自分を捜すクォシカの声が、部屋中に響いた。


(ちがっ、違う゛っ!!!! クォシカの声じゃなぁいっ!)


こんな風に怒り叫ぶクォシカを、ラキームは今まで見た事が無い。 脳裏では、‘別人じゃないか!’、とすら思った。


だが、壊される棚の音は、どんどんと自分に近付いて来る。


(誰かっ、誰か助けてくれぇっ! 私はっ、ワタシはぁ町史に成るンだぁぞぉぉぉっ!!!!!!)


震えている間に、彼の潜む棚まで後少しの距離まで棚が壊される音が来ていた。


(死にたくないっ、死にたくないいいっ!!!、死にたくないいいいいいいっっっ!!!!!!)


彼が必死に縋る様に思う中で、ラキームの居た棚が持ち上がった。


(あ゛っ)


身体の存在感覚が浮くことで無くなり、思い切り飛ばされたのだった。


“グワッシャーーーーーン!!!”


もの凄い音を立てて、ラキームを入れた木の棚は壁に叩きつけられた。


「うわああああっ!!!」


弾けるボロい木の棚ごと壁に当たるラキームは、逆さで壁伝えに床へ落ちる。


「んっ?!!」


声を聴いたクォシカは、投げつけた棚の方を睨み付け。


「ラキームっ、其処にいるのねっ!」


砕けた屑の上に落ちたラキームは、


「あわわあわわわわあわわ…」


情けない声を出して這い、立ち上がって足を縺れさせながらも光の方へ。 行って見れば、またロビーを見下ろせる円形の内廊下に出た。


「たっ、たたたすけてくれっ!!」


埃だらけの乱れた髪も、顔も、服装も含め、実に哀れな姿だ。


そして、その後からクォシカが、木の破片を蹴散らかして。


「待てっ、ラキームっ!!」


と、追って来た。


この時は、まだKがアデオロシュを倒す前で。 ポリア達も、三階とロビーに分かれて死にもの狂いの攻防をする。 そんな彼等が、同じ三階に居るラキームに気付く訳がなかった。 武器を噛み合わせる音、魔法の炸裂する音と、叫び声が交錯していたのだから…。


ポリアやイルガがモンスターと戦うのを見たラキームは。


(わ゛っ、こっちにもモンスターがいる゛ぅ!)


戦う気が全く無い彼だ。 ポリアやイルガの相手するモンスターが来たらと考えると、自身で口を押さえながら。 直ぐ近くの部屋へ、一目散に逃げ込む。


(くっ! 何処も彼処もっ)


崩れた棚の残害を見て、苛立ちを超えて憤慨した。


然し、クォシカが追って来ている事は承知している。 残害の上を乗り越えて、奥の暗い廊下に抜け逃げ回る。


一方、ラキームしか敵視してないクォシカは、ポリアやイルガを見てもそれを無視。 ラキームの逃げた後を追う。


だが、何分に蛇の胴体が太く。 散乱したゴミなどを蹴散らす分、小回りが利かず遅れてしまう。


その間に、ラキームは遂に土台部分の最上階か。 四階へ走り。 また、近くの部屋に逃げ込んだ。


だが、遂にこの時だ。


棚や何処の残害を蹴散らしていたクォシカは、自分の身体に漲るラキームへの憎悪がやや薄れ。 眩暈を一瞬だけ覚えてから、ハッとした。 身体から力が抜ける感覚を覚え。 ラキームを追うのを止めて、Kの向かった上を見た。


「アデオロシュ様が・・・死んだ? そんな、馬鹿なっ」


彼女が、それを感じたと同時に。


「あっ」


「まぁっ」


マルヴェリータとシスティアナが、魔法でロビーに落ちたゾンビを全て倒した時。 身体に感じる重々しい恐怖の圧力が、急に軽くなっていくのを感じた。


「ポリアっ! ケイがっ、上の主を倒したわっ!!」


上を向いて言ったマルヴェリータの腕は、服の一部が肩から袖まで切られて。 白い肌が露わになり、少し引っ掻き傷が浮かんでいた。 また、魔法を連続して遣った所為だろう。 顔にも、疲労感が浮かんでいるし、その身体でする息も荒い。


「解ったわ!!」


三階にて。 イルガと共に、紅いスケルトンを中心に。 普通のスケルトンやゾンビも相手にしていたポリアが、力んで応えた。


また、イルガは自身の渾身の突きで、紅いスケルトンが突き飛ばされたのを見た。 今までは、軽々と受け止められていたのに…。


「お嬢様っ! どうやら主が倒されて、モンスターが弱まりましたぞっ!!」


顔や、腕や、太股に掠り傷の在るポリアは、荒い息遣いながら。


「よしっ、イルガ! 一気にいくわよっ!!」


「はっ」


勇躍したポリアが、踊り掛かって剣を振れば。 その剣撃を防げない紅きスケルトンが、また飛ばされて階段にぶつかった。


(よしっ、手応え有るわっ)


“これなら勝てるっ!”


ポリアは、全力を傾けモンスターを倒そうと決めた。


さて、マルヴェリータとシスティアナから少し離れ。 大階段の裏に隠れていたシェラハは、必死にクォシカを捜していた。


(主が倒された? クォシカっ、クォシカ何処?! もうっ、暴れなくていいのよ!)


モンスターの存在が、彼女を此処に押し留めている。 然し、右から左からロビーを窺い、彼女なりに必死でクォシカを捜していた。


一方。


「聞こえたかっ、主が死んだぞっ!!」


叫ぶガロンも、‘レヴナント’と云うモンスターにされた。 元仲間のギーシンと、一進一退の攻防を強いられていた。


一緒の兵士三人は、紅いスケルトンに防戦一方であり。 兵士の一人は、足を斬られ引きずっていた。


然し、モンスターと化したクォシカが、ロビーへの出入り口の壁を壊した事で。 逃げようにも、もう逃げる暇が無かったのだが。


「このっ」


ガロンの鋭い一撃が、ギーシンの顔を口から横に斬った。


「あ゛~ん? おかお・・がぁ~、さ~け~たぁ~」


耳の後ろまで斬り込まれたので、顔の上唇から上が後頭部に向かって、後ろにもげ返っても良さそうなくらいに斬られているのに。 ギーシンは、ガロンに襲い掛かる。 顔が、口より上が異常に揺さぶれるままに、だ。


(チっ、やはり魔法じゃないと倒せぬか!)


魔法の遣えるマルヴェリータやシスティアナに、このギーシンを任せたいガロンだが。


それをしたくとも、ロビーへの出入り口は、モンスターと化したクォシカが壊して、瓦礫により塞がっている。


これが、冒険者の頃のガロン一人なら。 今頃は、兵士も、ラキームも見捨てて。 奥から一人で逃げ出して居るだろう。


然し、今は契約として、町史に雇われの身。 今、此処で逃げ出したら、この兵士達は殺される。 ラキームを見捨て一人生き残れば、それなりの理由を説明しないと。 町史アクレイ以下、国には言い訳が立たない。


(冒険者の頃の様には、中々いかぬわ!)


言葉に成らずも、唸るガロン。


そして、最もむず痒いのは、ラキームを捜せずに居る事。


(あのバカ殿の事を、冒険者の輩が助ける余裕が在るか? いや、クォシカがあの姿では、見捨てられても仕方ないっ!)


こう心配するガロンだが。 実際にラキームの姿は、ポリア達にも見えてはいなかった。


だが、逃げ回っていたラキームも、ポリア達が活気付いて。


“ケイが主を倒した”


の声に。


「たっ、倒した? ホントかっ?!! かっ帰れるのかっ?!!」


と、下に降りる道を探し始めた。


劇的に、下で戦う者の勢いが逆転した。 その瞬間が来た。

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ETERNAL WORLD STORY/流転の冒険者‘Κ’ 蒼雲綺龍 @sounkiryu999

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