ETERNAL WORLD STORY/流転の冒険者‘Κ’

蒼雲綺龍

第一部:その男、伝説に消えた者 第1章…。

     〜 prologue 〜



«ポリアンヌ»


ま、これが私の名前。 ホントは、正式な名前ってもっと長いの。 実家も、ね。 御大層にも貴族で、ちょっと由緒があるの。


そうね、私は世間で云うならば‘お嬢様’ってとこね。


でも、お嬢様って云うのも色々と面倒が多くて。 18歳で家出したの。


だってさ、剣と魔法が謳歌するこの世界で、剣術を習ってたんだもの。 冒険を遣らなくちゃ、お話になんないわよ・・・ってね。


でも…。


でも、ね。 あの人・・・、Kとの出会いは、その時までの何処か身勝手・気儘に生きてた私を変えた。 一度、たった一度の冒険で、冒険者と云う道の難しさや悲しさを、全て教えてくれた。 


多分、私ね。 おばあちゃんになっても、忘れないわね。


Kのことだけは………。



       第1章


【駆け出し冒険者達と、凄腕の冒険者】



その1.Kと云う男



穏やかに晴れた日、海からの風が街を吹きぬける。 春の風が、温かく優しい。


〔古代王国、ホーチト〕


王制が、悠久の年月を経るほどに続く古い国の一つ。 だが、今は。 王が統治すれど、経済を中心に国政権の殆どは、大臣などに任せた政治になっている。 また、この国の特徴は、様々な種類の農業が盛んで在り。 時期に合わせた野菜や果物を買いに、大陸の彼方此方から、果てまた世界から交易船が港へ押し寄せる。


そして、国王が住まう王都で在りながら、国内最大の交易都市でも在る〘王都マルタン〙は、この国の商業の中心都市でも在った。


さて、そんなマルタンには今日も、世界を回る唯一の足で在る船で、世界から運ばれてきた大量の物資が港に下りる光景が広がっている。 その港から街へ運び込まれる様々な物は、この大都市を賑わせる活力の一端を担っていた。


また、海を渡る唯一の手段の船だ。 荷物以外にも、様々なものを運んでくる。 人…噂が、その主だったものだろう。


今も、船から降ろされる荷物とは別に。 港に停泊する数々の船より、大勢の旅客が降りていた。


だが、その人々に目を向けると。 旅客の中には、様々な姿をした人達が居る。


例えば、黒い礼服やドレスなどの、所謂の処で正装をした男女や家族。 また、マントを纏って荷物を背負う、旅人の様な姿の者。


然し、そんな旅客の中に混じり。 全身に鎧などの防具を纏い、武器を持って武装した者や。 一方では、貴族だの老人や身体に障害を負う訳でも無いのに、ステッキや杖を持つ者達まで居た。 その姿は、船乗り、旅行者、吟遊詩人や旅芸人と云った、一般の旅客とは明らかに異質な姿だろうが。


そんな姿をする彼等の数は、旅客の数に勝るとも劣らず。 そして、彼等を特別に旅客が怪しみ、船乗りや警備兵が咎める事も無い。


実は、世間一般で云う処で、彼らは[ 冒険者 ]と呼ばれる。 冒険者は、世界を旅するだけの旅人とは違い。 その持つ武器や魔法という力を遣って、文字通りに‘冒険’をする者達だ。


辺りの人々は、彼らを特別な視線で見ることは無い。 この世界で冒険者は、特別な存在では無いからだ。


寧ろ、‘駆け出し’との俗称で呼ばれる。 冒険者の新人や芽が出ず屯する者などは、この世に溢れているし。 また、普通に今は働いている人の中にも、元冒険者だった者はたくさん居るだろう。


そう、冒険者と云う彼等も、また只の人なのだ。 この、〔冒険者〕という職業が世界に生まれてから、遥かなる悠久の月日が流れていた…。


然し、まだ彼等が今に在り続けるという事。 それは、


‘意味が有る’


と、云う事かもしれない。


また、冒険者と見られる人々を含めて、船から降りる者、船に乗り込む者様々。 幾多の者達が〔船〕という足に身を委ね、旅を続けているのが港を見ると解って来る。


さて、いよいよ物語を紡ぐべく、街の中に目を移そう。


この、マルタンの街の中心を東西南北に貫く煉瓦を敷いた大通りは、この首都の大動脈だ。


日々、港に着いた物資が、国内外の交易都市に運ばれたり。 国内外の交易都市から来た物資を積み込む為。 都市の中を走る幅広い通りには、荷馬車が犇めいてる。


無論、街の中を網の目の様に走る大通り、またはそれから建物の間を行く脇道には、荷馬車以上に様々な人が動いている訳だが。


港から街の中心を横断する大道路へ向かう通りの1つに、脇道とは言えぬかなり太い通りが在る。 大通りと同じ大きさの煉瓦で舗装をされていて。 通りに面した店が開かれる日昼は、ひっきりなしに人馬が往来する場所なのだが。


その道から所々で左へ右へと枝分かれする別の大通りは、繁華街や宿屋街へ向かうべく、人々の往来が夜遅くまで激しくなる通りだ。


そんな街の各方面へ伸びる大通りの中でも。 西方の繁華街に向かう或る一本の大通りには、特に冒険者の姿が数多く見受けられ。 それも、一人だけと言う者から、数人単位で固まり行き来する。 その数人は、見る頃合いに因れば、一般の人や旅客よりも多い時が間々あるのだ。


そんな大通りを行く人々の中に、取り分けてちょっと人目を惹く、冒険者らしき二人が居た。


内一人は、うら若い麗人で在る。 白い肌は、肌理が細やかで透き通っているかの様だし。 膝までスリットの入った白いスカートから覗ける素足の太股や脹ら脛は、真珠が体に成った様だ。 凛とした人並み外れた美顔に、細く切れ長い眉が、これまた切れ長の瞳に似合っていて。 特徴的な長い髪は、太陽に当たるとキラキラ光る白銀色。 額辺りと横の一部以外の長い髪を後ろに纏め、赤いリボンにて螺旋巻きに固定して一本とし。 女性にしては背の高い方となる彼女の実に膝元まで垂らして在った。


その麗人が歩く道なりには、大小の様々な店が建ち並ぶ。 その店の一つに、薬草の調合から薬の販売までをする所が在るのだが。 店の主人らしき年配の男が、手拭いを頭にして汚れた仕事着姿ながらに、歩く麗人を見掛けてはボ~っと見とれてしまい。


「カァちゃんよ。 あれは・・、何処ぞのお姫様け?」


と、何の気なしに一緒に働く妻に言うのだが。


麗人に見とれた主人は、秤に掛けた受け皿に零れ落ちるまで薬匙で粉末を乗せてしまう。


重たい壺を店の中へと運んだ大柄な女性の奥さんは、


「アンタ、何だって?」


と、店先に来るなり、その光景を目撃。


「チョットっ、アンタっ! 何を勿体無いことしてるんだいっ!!!!!」


感情任せに怒声を張り上げる。


ハッとして、自分のしでかした事に気付く主人。


だが、その麗人を初めて見た男性なら、そう成っても無理はなかろう。 その麗人は、顔が美しいだけでは無く、格好もまたそこらのお嬢様とは違っていたからだ。


その格好とは、百合の絵の装飾が美しい、白銀製の上半身鎧を着て。 左の腰には、真紅の柄をした長剣を佩き。 背に回した白いマントが潮風に靡いていて。 足には、深紅の鉄靴を履く。 その出で立ちを吟遊詩人などが見たならば、


“古の神話を描いた絵物語に出て来る、麗しい戦いの女神がそのまま人に成った様な…”


こんな大仰な例えでもしそうだが。 確かに、ちょっと不思議な、完成された美しさを持って居る様に見えた。


然し、こんな昼前の街中に、そんな御大層な神が歩く訳も無い。 完全なる武装した姿で在るから、彼女一人を見ても。


‘冒険者だな’


と、誰しもが思うだろう。


処が。 道ですれ違う人やら店先に居る人の目を惹く麗人だが。


「あ゛~~~、な・ん・でっ! いきなり呼び出しされんのよっ」


苛立つ様子からして、何故か不機嫌そうな麗人の彼女。


そして、そんな彼女の隣を行く者は、


「ポリア様、そう苛立ちませぬ様に。 昨日の様子からして、本日に態々と人まで遣わされて館の主人に呼ばれたのですから、恐らくは悪い話では在りますまい」


と、苛立つ麗人を努めて宥めている。


“ポリア”と、麗人を呼んだ横に居る人物は、背の低い中年男である。 横を歩く美女より、頭一つ以上は低い体で。 日焼けか、元々より色黒なのか解らない肌は、厚手の革をなめした様に引き締まり。 厚い胸板、太い腕、どっしりと引き締まった腰部からしても、屈強な筋肉の鎧の様な体をしていると、見て立ち所に解るだろう。 その見た目は、船着場にて重労働に従事する40歳を過ぎた船乗りの様な、厳しい苦労人とも、訝しげな渋い顔とも感じられる人物だった。


だが。 ポリアと云う麗人に対しては、まるで臣下の様に言葉を選んで接している。 恐らく、この彼も十中八九は冒険者なのだろう。 少し低めの身体には、ちょっと似遣わない戟槍を持つ。 ざっと見て、男の身長の二倍は長さが有ろうか、と云う武器で。 一方の身体には、肩、首周り、背中や胴と、守るべき場所に金属のパーツが当てがわれる。 俗称は、〔軽鎧〕と呼ばれるプロテクターを着て。 腕や足には、金属補強された丈に合う革の籠手、具足を身に付けていた。


この二人、見てからに‘美女と野獣’の様で。 特に、その美しさが飛び抜けている麗人は、他の冒険者や通行人に見られるのだが。


何故か、先程から苛立っている麗人のポリアは、まだ腹の虫が収まらないと。


「解ってるわっ。 でも、イルガ。 昨日、あ~んだけコケにして於いてよ。 んで、今日いきなり‘来い’って、言われてもさぁ…」


此処で二人は、往来を行過ぎる人や馬車を避けてから。 麗人のポリアより‘イルガ’と呼ばれた、脇を行く槍を持った中年男が。


「確かに、仰るポリア様の気持ちも解りますが…。 然し、冒険者への仕事の斡旋は、館の主人の気持ち一つです。 呼ばれたら、何はともあれ行きませぬと…」


こうポリアに言い聞かせる様に、姿勢を低くして言った。


このイルガの言わんとする事を、ポリアも頭では解っているのだが。


「解ってる、解ってンのよっ。 あ゛~、もうっ。 こんな事なら、宿に残った二人も連れてくれば良かったわ」


と、言い捨てたポリア。


こう言ったポリアは、飲み過ぎにて頭痛のする頭を振った。


昨夜、ポリアとイルガの泊まっていた宿には、まだ仲間が二人残っていた。 一人は、魔法遣いのマルヴェリータ。 もう一人は、僧侶のシスティアナで在る。


これは、冒険者にしては情けない話だが。 昨日、〔斡旋所〕と呼ばれる場所に、依頼を探しに行ったポリア達は、見捨てられ掛けた報酬の良い依頼を見つけ、それを請けようとした。


だが、その許可を認める責任者と云うべき者が、斡旋所に居るマスターで。 彼に、仕事の難易度と、これまでのポリア達の実績を比べられ。


‘差が有り過ぎる’


と、拒否された。


然し、まだ若く気の強い処が在るポリアは、主に刃向かった言い方をした。 だが、冒険者としての実績は、その辺に炙れる‘駆け出し’と呼ばれた者と全く変わりないポリア達。 だから、現実を教えようと思った主により、他の冒険者達も居る目の前で散々に罵られた訳で在る。


悔しい話だが、実績の事に関しては大いに事実。 その為に、昨夜は仲間内で大酒を飲み浴びてしまった。


それなのに、だ。 何が理由かサッパリだが、急に風向きが変わったのか。 今日の朝になって、いきなり斡旋所の主からの遣いが来て、呼び出しを受けたのだ。 だが、宿の残った二人は、飲み過ぎて二日酔いになり。 陽の下に出たくないと、ポリアに任せた次第で在る。


さて、街の中心地から西に大通りを行く事、少し。 広がる港の風景を含めて海を一望する事が出来る、高台に差し掛かる曲がり道が在る。 その道の内側を前に面して、館が建っていた。 成りは古めかしいが、黒くどっしりとした大きい館であった。


この館の前に、ポリアとイルガの二人が遣って来た時。


館の前の通りにて。


「じゃ、行こうか」


聞こえ方が心地良い、低音の声をした若い男性冒険者が、5・6人の仲間に声を掛けた。


声を発したのは、リーダーらしき青年と見受けられる人物。 青い刺繍入りの立派なマントの下に着た赤い上半身鎧が春の日差しに照らされて、目映い光沢を反射する。 そして、その背中には、刃渡りだけでイルガの身の丈を軽く超えそうな、大型剣を背負っていた。


その一団を見たイルガは、既に見知っていた者達で在った為か。


「お嬢様。 あれは、〘グランディス・レイヴン〙の一行ですな」


イルガと並んで彼等を見たポリアは、一つ頷き。


「そうね。 この国で活動するチームじゃ、現役一番のチーム…。 はぁ~、あの様子だと、もう次の仕事を請けたみたいね」


ポリアの呟きを聞いたイルガも。


「その様ですな。 何時でしたか、海上に現れたモンスターを一日か二日で全滅させたと云う話もまだ温かいのに。 また、難しい仕事でしょうか」


この、イルガの返しに。 ポリアは、羨望の眼差しを込めて、更に西側の道に行く彼等を見送りつつ。


「ハァ、いいわね~。 正に、実力の違いだわ」


溜め息混じりに云うポリアは、グランディス・レイヴンと云うチームを見送った。


一流冒険者に恥じない風采すら匂わせる、美男の赤い鎧を着た男。 リーダーらしき彼を先頭に、後を行く一団には。 白い、〔ローブ〕と云われる全身服に身を包む、清楚感溢れる女性だったり。 その一撃で、樹齢五十年は超えそうな大木すら斬り倒しそうな、大きい両刃の戦斧を背負う戦士風の大男が後に続いたりする。


だが、何時までも見て居れないと、ポリアが館に向きを変え。


「イルガ、行こッか」


と、言えば。


「はい、何の用事か。 主に聴きませぬと」


と、イルガは返した。


そして、この二人を含めてマルタンの街に来た冒険者が集う館。 この斡旋所こそ、冒険者と云う職業を成り立たせる場所で在る。


【蒼海の天窓】


これが、このマルタンに在る館の呼び名で在る。


冒険者達の間で〔斡旋所〕と言えば、各国各都市のこうゆう場所を指すので在った。


さて此処で、斡旋所の事をもう少し分かり易く云うと…。


歴史の事を含めて、かなり古くから存在する斡旋所は、〔冒険者協力会〕なる組織が運営する。


その細部は、後々に語ろうが。 先ずは、冒険者が斡旋所にて仕事を斡旋して貰う為には、一般的な流れとして幾つかの条件がある。



第1.二人以上の〔チーム〕を結成して、仕事を請け負うこと。



第2.仕事は、実力に合うチームへ、館の主人が選別して行うこと。



第3.モンスターなどの怪物や化け物以外に、武器や魔法の使用は極力避け。 悪党などと戦う場合に於いてやむを得ない場合にしても、周りの人、家などへの被害は、最小限に抑えること。


など、他にも幾つか在る。



基本的に〘依頼〙の俗な言い方となる《仕事》とは、簡単な探し物から難しいものでは古代の遺跡調査。 また時には、役人からの依頼にて、刑事活動まで多種に亘る。


その為、伝説に語られる冒険者の逸話には、国難を救ったり、夥しい数のモンスターの討伐したり。 果てまたは、稀少な遺跡発掘や剣豪伝から武勇伝など様々…。 


その時代時代を生きる冒険者達は、そんな先人達の話に憧れたりして、有名になることを望んでいる訳だ。 


此処だけではなく、世界の主要都市や大きい町には、館なり何なりの建物として斡旋所が存在し。 小さい街でも、酒場などに併設して設けられている所も在る。


そして、この斡旋所にて依頼を請けるにしても、冒険者達も腕に似合った仕事しか請けられない。 更に、仕事の成果や仕事をこなした行動は、関わる人により情報として伝えられる。 嘘や作り事などをしても、直ぐにその殆ど全てが露呈する。


もし、そんな不正を1度でも働けば、二度と冒険者として生きて行けない、恐ろしい事後処理が襲って来る。


ま、その話の深い話は、後に所々で綴るとして。


冒険者達は、依頼の成果が主に認識される実力として反映して、より難易度の高い、実力を試される依頼を請けれる様になる。 その成功が常に素晴らしいなら、館の主に因ってチームの名を周辺地域へ、更に大陸へ、最高は世界へと広めて貰える。


そう成るなら、世界を自由に渡り歩いても、自分達を見知らぬ土地の斡旋所ですら色々な仕事を請けられる事になり。 難易度の高い、然も高い報酬の依頼を主から回して貰える様にもなる訳だ。


では、麗しい容姿をするポリアがリーダーのチームは、どうな状況か。 ポリア達4人は、1年半ほど前にこのマルタンで集まり。 ‘ホールグラス’(砂時計)という名前でチームを結成した。 だが、今の処は、先程から何度も云う様に駆け出しのチームなワケで。 有名とは、お世辞にも言えない。


ま、リーダーをするポリアと、魔法を操る美女マルヴェリータの美貌が‘絶世’と云う事だけで、ちょっと有名度が在るぐらいだ。


館の入り口に向かうポリアは、


「イルガ、中に入ろう」


と、言えば。


「はい、お嬢様。 良い話だといいですな」


と、返されて。


「だね」


困り笑顔を作ったポリアだった。


黒く重厚感の在る館の扉に近付いたイルガは、ポリアより先に扉を開いて、中に。


すると、


“リーーン”


と、呼び鈴が涼やかな音色を発した。


中に入ると、館の面前である高台通りに面した壁側は、殆どが透明なガラス窓で。 外からの日差しが、館の中に入って明るい。


然し、この館。 外見からして、なかなか立派だったが。 中に入ると、更に立派な建物だと改めて実感が出来る。


先ずは、百人ぐらいで一斉にダンスパーティーでも開けそうな程に、とても広い広間が見える。 入り口から対岸の壁や、左右の壁まで歩くだけでも、十歩・・二十歩・・三十、いやいやもっと歩く必要と成るだろう。


また、この広間の中央には、人が3・4人くらい内側に就ける広さの、円形となるサークルカウンターが在るだけ。 他に目立った物は、右手の奥に在る。 二階へ行く為の‘くの字’階段が見える程度。


だが、窓側と成る通りに面した壁以外。 奥と左右の壁に向かって、様々な姿をした冒険者達が食い入るように向いている。


実は、この広間の壁には、数々の依頼が張り紙として掲示されている訳だ。 此処に張られた依頼は、冒険者に向けてのもの。 力仕事となる農作業の手伝いから、探し物、役人が放棄した事件の再捜査、洞窟や地下道の調査に、様々な薬草採取やまたその採取の護衛、商品の調達、輸送の護衛などなど。 細かく挙げたらキリのない程に内容は多種多彩だ。


だが、依頼の量は時節柄で増減したり。 危険となる出来事の有無でも増減する。 モンスターが増えると、依頼が多い場合には広間の空いたスペースに、〔掲示板〕なる仮置きの募集板まで出される。


その、今に来ている依頼の中でも、一般の駆け出しに解放されている簡単な物では、季節柄か。 この国は農業がとても盛んな為か。


“農作業の手伝いを数日”


“新たな耕作地の開墾の手伝いを”


そして、ちょっと面倒な仕事では。


“畑に付いた害虫を駆除して欲しい”


“洪水で土砂の詰まった河川の掃除”


また、新たな材木の苗木を植える時期でも在る為か。


“求む、山2つの森を伐採して、川を下るまで”


大変な仕事の手伝いだが、農家の集まり、専門業者の集まりが出す依頼の為。 纏まった一定額が入る依頼となる。


更に、街中の住民より出された依頼では。


“迷い犬の捜索、求む”


“夫の不倫の現場を押さえて欲しい”


“家族の護衛、20日ほど”


なども在る。


依頼の張り紙を眺める冒険者の数を見渡したポリアは、昨日より人が格段に多いと感じて。


「あら、今日は面子が多いわね」


再度、館内を見回した。


ざっと見積もって。 館内にて仕事を探している冒険者達は、200人程は居る。 普段は、かなり平和なこの国なので、常時50人くらいしか居ない。 ま、館が開かれる朝は人も多く。 港に大型の旅客線が何隻も来る様だと、多い時は1日で1000人を超える冒険者達が出入りをする事も在るのだ。


だが、依頼を見ている者を見る限り。 新米の冒険者や他所から渡って来たらしき、これまでに見かけない冒険者達がチラホラ。


「イルガ。 どうやら、ライバルが増えたみたいね~」


「ですな」


またまた大変な事に成ったと、苦笑し合った二人。


だが、今回は主に呼ばれた。 リーダーで在るポリアが先頭になって、中央のサークルカウンターに向かった。


その2人を見る冒険者の中には、とても美人なポリアを見つける者が居て。


(おいっ、見てみろ。 凄い美人が居るゼ)


(ん? うはっ、お近づきになりに行くか?)


こんな話をする者達が在らば。


(見ろ、あれが噂のポリアだろ?)


(仲間の魔術師と一緒に、顔だけで名前が知られる駆け出しだな)


こんな事を言われたり。


もう陰口の様な噂を言われるのは、ポリアは慣れているのか。 周りなどに気を遣わず中央へと向かう。 ポリアが近付いた円卓の内側には、立って館内を見回す男と。 たった今、チェアーにどっかりと座った、固太りの50代にも見える年配の大男が居る。


冒険者達を見回して居るのは、背の高い30歳くらいのバンダナを巻いた男性で。


一方の座った年配の大男は、薄い赤の上着に茶色のズボンを穿いていた。


然し、どちらが偉いかは、一目瞭然。 大男の方が、明らかに偉そうに見えるし、態度もデカイ。 また、丸坊主のくせに、モミアゲから顎にかけ態と残した髭が線を引いていた。


サークルカウンターに近寄ったポリアは、その偉そうで態度のデカい中年の大男に向かって。 


「マスター、呼ばれたから来たわよ。 話って、ナニ?」


ぶっきら棒で、ツンケンとした言い方だ。


このポリアは、男性に恐怖症に近いコンプレックスがある。 だから、一度でも警戒したり、言い争いをした男性には、キツイ言い方を見せる傾向があるのだ。 然も、領家のお嬢様なのか。 育ちからか、他人に対して礼節は払うが、決して無駄に謙りはしない。


一方、チェアーに座った大男は


「ん~?」


と、首を巡らせてポリアを見た。


「おう、来たか」


「だから、話って何よ」


「おいおい、いきなりツンケンすんなってよ」


座ったままに、大男は苦笑い顔で言って来る。


だが、ポリアは横を向いて。


「昨日、あんだけコケにされたら、誰だってツンケンもするわよ」


と、既に喧嘩腰。


大男は、顎をポリポリ掻いて。


「当たり前だろうが。 腕に合わない仕事を請け様とするし。 その上で、俺の査定に“ケチ”呼ばわりしたろうが」


此処でイルガは、ポリアに小声で。


「お嬢様、冷静に・・冷静に願います」


と、促す。


主と顔を突き付けたく無いポリアは、イルガの方に顔を向けながら頷いて。


「で? 早く用件を話してよ。 今日は、宿に仲間二人を残して来たから、お叱りなら手短にお願いしたいのよ」


すると、大男の主は、ポリアに近づくように卓上に腕を伸ばして、身体を乗り出して寄せると。


「お叱りじゃない、ポリア。 実は、一つ相談が有って呼んだんだ」


この主人が、まだ中途半端の駆け出しチームのポリアに“頼み”とは、相当に珍しい話である。


これまでの主の態度を思い返すポリアは、主人である大男を見て。


「マスターが、この私に“頼み”・・ね? 昨日の今日で、どうゆう風の吹き回しよ」


と、その麗しい顔を近付ける。


すると、ドカッと席に座り直した主は、その表情を幾らか真顔に変えながら。


「うん、実はな。 昨日の夕方に、この街へ一人で流れて来た冒険者が居る。 その男は、お前さんが昨日に遣りたがったあの仕事、それについて訊ねて来た」


「へぇ・・え? 外から来た人が、何で…」


「そう思うだろ? だから、俺も気に成って、その男に理由を尋ね返した。 するとなぁ~、ポリア。 その男の話を聞くに、どうもあの依頼には、理解の行かない所が出てきたんだよ」


その主人の何処か曖昧さを醸す話は、どうもポリアやイルガにはピンと来ない。


「だ~か~ら、要件は何?」


と、ポリアが突っつくと。


「其処で、ポリア。 ものは相談だが・・・あの仕事、遣ってみる気はないか?」


意味深に目を細めた主は、探る様にこう言った。


急な話の方向転換で、イルガと見合ったポリア。 ちょっと張っていた気合いを、今の話で抜かれた様に成り。


「・・え? 昨日、散々に‘無理だ’って言ってたのに?」


これに対して、片目をニュッと開く主は、


「まぁ、一応、条件付きでって処なんだが」


「“条件”?」


ポリアは、限定的な話に顔を引き締める。


「おう。 その、一人で来た冒険者をな、ポリアのチームに一時的に加える事。 それが、条件だ。 それが呑めるって云うなら、あの仕事はお前さん等に任せてみよう」


こう相談されたポリアは、眉間に皴を寄せて腕組みをする。


「ちょ、ちょっと待ってよマスター。 “流れ狼”を加えろって事? 相手の事も知らないで、いきなりそんなこと言われても…」


ポリアの言葉には、いかにも“拒否”と受け取れるニュアンスが含まれた。


だが、これは珍しい事でもない。 チームに人を新たに加えるのは、チーム全員の承諾が必要に成る。 また、一時なりとも知らない者を易々と加入させる事は、なかなか珍しい事だ。 新たに加入した人物の存在によって、チームの分裂も間々在る事なのだから。


それと、もう一つ。


今しがたポリアが口走った、“流れ狼”と云う言葉だが。 冒険者の中には、何故か一人でいる一匹狼が居る。 仕事を探す時だけ、一時だけのチームを作ったり。 急ぎの時には、何処かのチームに入ったりするのだが。


処が、だ。 これがまたこの手の者を加えてのいい噂や話が少ない。


例えば、特に有名なのが分け前に煩く、自分勝手の利己主義な者か。 依頼を請けた後、仕事をする中で誰が役立ち、誰が不必要だったかを並べて。 その依頼の中でちょっとでも自分が貢献しているならば、余り存在が要らなかった者の分の報酬を自分に寄越せと、強情に主張するので在る。


こうゆう場合は、この一時的に加わる者が、自分で遣りたい依頼を持ち掛ける事が多い。 だから、持ち掛けた者が情報を多く持って居れば、この言い分を通す事が出来るとか。


また、他の例では。 チームに入るまでは大人しくして見せて。 いざ、依頼を受けて旅立てば、チームワークもクソも無く。 腕の有る者と、未熟な者に違う対応をして、内部分裂を引き起こす者も居る。


所詮は、冒険者も実力がモノを云う職業で在る事には、他の仕事と何ら変わりない。 それこそ有能な者を集めて、優秀なチームを作ろうとする狡猾な者が居るのだ。 ま、こうゆうチームの末路は、良くて解散。 悪ければ、危険な仕事にて全滅と云う。 頗る極端な事が多い。


他に聞く酷い話では、実力を付け始めたチームを妬み、仕事を台無しにさせて一人で逃げた・・・なんて話もある。


地元に生活基盤を持たず、各国の斡旋所を流浪して1人で回る冒険者は、“流れ”とか“流れ狼”と呼ばれるが。 この手の一人者は、どこに行っても敬遠される。


然し、全ての流れ者が、全て悪い訳でも無い。 良いチームに巡り会わないとか、何らかの理由で心に傷を負い。 一つのチームに長居しない者も中には居る。


一部の悪い噂や話が誇張されたり、話題へ上る訳で。 そうした話が転々と語られる訳だから、それは印象も悪くなると云うものだろう。


因みに、地元に生活の基盤を持ち、必要な時だけ冒険者をする者も居る。 こうゆう者は、〔根降ろし〕〔根卸し〕《ねおろし》と呼ばれる。


根降ろしは、一般的に良く知られるのが結婚した者。 他では、農業や漁業等、また薬師や狩人など主だった家業が在る者だ。 仕事の切れ間だったり、季節の変化で暇となり。 収入を求め、一時的に加入する冒険者を遣るのだ。 農業や漁業は、厳しい冬が来る地方ほどに、出稼ぎが出来ないからと根降ろしを遣る者が居る。 狩人や薬師が季節の山菜とか薬草や薬の原料を求めて、チームへ一時加入する事も在る。


また、モンスターの襲来、季節の変化に因って海流が変わるなどして、不漁となる時。 長雨などで稼ぎが不安定となる時。 その暇を埋める為、地元の狩人や薬師と組んで薬屋や道具屋に原料を卸す為の採取依頼を作り。 一時的なチームを作っては、収入を狙うことが目立つ。 こうして出来るチームは、必要無くなると解散と成る訳で。 長続きもしないし、地元の者としての結束は堅いが、冒険者に絞って生きる事は殆ど無い。


駆け出しの若者の中には、こうしたチームにばかり入る事に慣れてしまい。 時に、一匹狼、逸れ・流れの者に成る事も在るのだ。


そして、世界的に見れば、


“冒険者の三割から四割ほどが、何らかの理由で一人に成っている”


とも、言われているとか。


この100年から200年、平和な世界が創られて人が大幅に増えている。 その炙れた人が、取り敢えず何かをしようと冒険者に成る事も多く。 その影響か、死ぬ者も比例して増えている。


此処まで長々と綴ったが、冒険者の世界にも様々な生き方が在るのだ。


さて、ポリアの不満を見た主の大男は、腕を組んで身を背もたれに倒すと。


「おい、ポリア。 俺は、適当にこんな事を言うほどバカじゃ~ないぞ。 その辺の“流れ狼”と同じヤツをポリアの様な駆け出しチームに入れたら、面倒に成るくらいの事は解ってる。 そんな面倒を、こっちがやらかすかよ」


こう言われると、ポリアも本気になる訳で。


「じゃ、どうして一体、そんな事を条件にするのよ」


すると、半顔半目でポリアを見る主は、如何にも愚問だと云いたさそうな様子を見せて。


「決まってるじゃないか。 俺の本音は、あの男にこの依頼を任せたい。 が、何分にも一人だし。 恐らく、ポリア。 お前のチームに一番足りないモノを、あの男は持ってる気がしたからさ」


「私達に、‘足りないもの’?」


「おう。 男に話を聞けば、その男は病気に掛かり寝込んでいて、長らく冒険が出来なくなっていただけらしい。 倒れる前は、普通に何処かのチームへ入っていたらしいしな。 また、学者としての知識は、随分と広く深そうだ。 あの依頼事案の真偽を確かめに来た様子からして、悪いヤツではないだろう。 頭の中身がスカスカなポリアにとっても、大いに手本となる相手だと思うぞ」


「・・・」


その麗しい顔に‘への字’の口を浮かべたポリアは、腕組みしたままに悩んだ。


(新たに、人を入れるなんて…)


然しながらポリアにしても、チームの悩みの種が知識と経験だ。 ポリアのチームは、ブレインという存在が居ない。 お陰で、頭を使う仕事や知識を必要とする仕事の成功は、全くの0と言ってもいい。 また、続けて依頼を請けられる程の経験と信用もない。


話にいちゃもんばかり唱えても、結局は‘遣るか’、‘遣らないか’のどちらかだ。 心配や不満を解消するには、疑問を解くしか無いポリアだから、自然と…。


「んで、マスター。 その人って、どんな人なのよ」


と、不安げに思わずと聞いた。


ま、


“見知らぬ者をいきなりチームに加えろ”


と、訳の分からない話だから、無理もない事である。


漸く話が前進したかと、内心で感じた主は。


「あ~、それがな。 まだ、若い男だと思う。 顔が良く解らんから、其処はなんとも言えないがな」


此処でポリアの目は、疑心に染まる。


「え? 顔が解らないの?」


主は、一つ頷くままに。


「あぁ、‘包帯で隠れている’んだ」


と、言った。


だが、ポリアも。


聴いていたイルガも。


そして、誰より喋っていた主すら、身を固まらせて動かない。


実は、主人の今の話の中へ、いきなり何者かの声が被さった。


‘包帯で隠れている’


の話に、誰かの声がダブったのだ。


「・・え?」


と、呟いたポリアが、顔を動かし始め。


イルガも、別の声がしたと思われた主の横を見る。


だが、


「なぬっ?!」


一番驚いたのは、主自身だった。 主の横、サークルカウンターの外側に。 ポリアよりも少し背の高い、スラッとした男性が立っていた。 肌の色は白く、髪の毛は漆黒の漆の如く、身体は痩せ型だ。


然し、ポリアやイルガの目が凝らされるのは、彼の出で立ちが不気味だからだろう。


黒の皮ズボンに、黒い草臥れ加減の目立った襟のあるロングコートを着ていた。 だが問題は、その顔だ。 目・・鼻・・口を除いて、額から首までが包帯に巻かれて隠れている。 ‘仮面’を着ける者は、冒険者にも時々居るのだが。 こんなにハッキリと怪しい人物は、そうはその辺に居るものではない。


さて、急な事にビックリした主は、首筋に冷や汗を掻く。


「おっ、おぉ・・居たのか」


こう言ったその内心は、酷く乱れていた。


(全く、けけっ気配が・・無かったぞ? この場に居る者の気配くらいは、感じていたつもりなのに…)


この主も、斡旋所の主と成る前は冒険者として生き、中々の難易度となる依頼をこなしてきた男だ。 結婚をしてからこの王都に居を構えて根降ろしと成り、長らく冒険者をやっていたのだが。 数年ほど前に、斡旋所の主が高齢と成って交代を頼まれた為に、冒険者を辞めたと云う処。


然し、冒険者の力量を見計らって見合った依頼を適切に斡旋するのが、この主の仕事。 そう成るとやはり、冒険者の力量を有る程度は見極めなければならない。 何時もだらけている様な素振りで居る主だが、来た冒険者の気配から仕事を選ぶまでの姿は、必ず見ている。


然し、そんな男が後ろから来たとはいえ、気配すらも感じられないとは…。


その包帯顔の男の姿に、ポリアは目を奪われている。


一方の包帯男が、主に向かって。


「マスター。 俺を加えてくれそうなチームは、在ったかい?」


と、問うた。


すると、普段はどんな冒険者を相手にしても、威圧感や余裕を無くさない筈の主だが。 急に、平静を装う為か、毒気を抜かれた様に成り。


「あ? あぁ・・今、このチームに交渉中だよ」


包帯顔の男に、ポリアを見ながら手まで差し伸べ紹介する。


包帯顔の男は、ポリアとイルガを見た。


そんな彼へ、


「昨日、このポリア達の事は軽く言ったと思うが。 アンタが気になったあの依頼を、昨日の昼頃に請けようとしていたんだがな。 ちょいと力量不足だから、請けさせられないと断ったのさ。 ま、アンタが加わるなら、調べぐらいは出来ると思うし…」


と、普段とは全く違う口調にて経緯を語る主。


主に一度、視線を移した黒い姿の包帯男は、ポリアとイルガをまた見て。


「あ~、見た目はこの通りに変だが、怪しい者じゃない。 ちょっと病気を患って、こんなに成っちまったが。 こっち」


と、頭を指差す彼で在り。


「オツムは、普通に使える。 学者が職業だが、そこそこ薬の調合なんかも出来る。 この仕事を調べる間だけで構わないから。 チームに、一時だけで加えてくれないか」


本人からも相談されたポリアは、困ってイルガを見たりして。


「えっ、あ~えぇ・・と、あ・あのね。 私のチームの仲間二人が、まだ宿に残ってるの。 リーダーは、私だけど…」


此処まで言ったポリアは、真っ先に浮かぶ疑問を口にした。


「ねぇ・・決める前に、先ず聞いていい?」


戸惑うポリアの様子を見ていた黒ずくめの包帯男は、軽く頷くと。


「なんだ?」


「あ~・・・あの、何であの仕事を遣りたいなんて言う訳? だって貴方は昨日、この王都マルタンの外から来たばかりよね?」


チームに異物が入る所為か、それとも緊張感と戸惑いから意外な力が出たからなのか。 普段のポリアでは、こんな会話のやり取りをするのも珍しい。


斡旋所の主は、チーム結成のその時からポリア達を見ていたが。


(この、男嫌いのポリアが、ちゃんと会話してやがるゼ。 ま、普段は顔の良さから、大概は男に言い寄られての対話。 真っ当な会話じゃ無いから、無理も無いか…)


主の想う意見は、これまでのポリア達を反映している。 ポリアとマルヴェリータは、男が放っとけない程に美しい。 然し、二人して過去に何が在ったのか。 男性に対しては強く一線を引く。 このポリアは、あからさまに男を嫌うし。 この場に居ないマルヴェリータは、男を受け入れる素振りを見せるが。 一度として、恋愛をした様子が無い。


そんな事だから斡旋所に来ても。 仕事の話よりは、男達が色眼鏡で見た下らない話が掛かり。


“毛嫌うポリア。 醒めて無視したマルヴェリータ”


と、こんな感じの様子が日常の風景だった。


だが、今は違って居る。 ポリアと包帯男のやり取りを前に。 駆け出しの冒険者達が、簡単な農作業の手伝いをする依頼を持って来た。


「ん………」


その依頼事案の書かれた貼り紙を見たバンダナ男は、冒険者達のチーム名を聴いた上で。 仕事をする注意を促し、主に教えて来る。


(イイぞ、回してやれ)


視線を巡らせ許可をした主は、黒い革表紙の本を取り出し。 その中に、何やら書き始めた。


さて、ポリアと包帯男のやり取りに戻る。


「簡単な事だ。 あの事件は、ただの失踪事件じゃない」


「‘只の失踪事件’? 言ってる意味が、良く解らないわよ」


「そう言われても、恐らくそうだ。 実際に俺は、この依頼が発生した事件の起こった町に立ち寄ってから、此処に流れて来た。 町に滞在した時、失踪の話を小耳に挟んでな。 少し違和感を覚えたから、軽く聴き込みをしたのさ。 然し、誰に聴いても返って来る答えからして、行方不明と成った人物が、噂のような失踪をするとは思えない。 真相は、まだ闇の中だが。 この事件には、何等かの裏が在る」


この包帯男が何を言ってるのか、ポリアにはよく解らない。


確かに、ポリア達が請けようとしていた依頼とは、或る田舎町で失踪した女性を探す事。 失踪した女性の婚約者が、その女性を捜して欲しいと、この斡旋所に依頼の遣いを寄越した次第だ。


包帯男の説明では、全く話が見えないポリア。


「どう・・おかしいのよ。 私には、サッパリだわ」


と、問うと。


包帯男は、円卓に腰を預けて寄りかかり腕を組むと。


「どう、と言うより、全てだ」


と、返す。


このやり取りの間に、また別のチームが仕事を請けては出て行ったし。 館に居た冒険者達10人ほどが、仕事も請けずに出て行った。 農作業の手伝いとか、探し物などやれないと云う感じか。 仲間と話し合う為か…。


直ぐに此方へ来そうな冒険者が見えず。 手の空く大柄な主人は、ポリアに向かって。


「興味が有るなら、依頼を請けてみたらどうだ? 別に解決できなくても、今回は成否の評価はしないぞ。 俺の独断で、特別な形でお前さんに頼む訳だからな」


請ける事を許されたうえに、成功しなくてもいいと云う御墨付きを貰ったポリアは、ちょっと考えてから。


「・・解ったわ。 それなら、この仕事中だけ加えてもいいわ」


この返事を聞いた主人は、手を叩いて笑うと。


「よしっ、それは助かる」


そこに、包帯男は口を挟み。


「俺は、K。 K《ケイ》と呼んでくれればいい」


主は、初めて名前を聞いたと。


「解った、ケイな。 ポリアのチーム‘ホール・グラス’に、ケイを加える」


チームの加盟を済ませたポリアは、依頼内容を確認した。


- 北の町オガートにて、行方不明となった〔クォシカ〕という女性を捜す。 発見した場合の報告は、依頼主で在る町の〔町史〕《ちょうし》、ラキーム氏に報告のこと。 -


こうして、謎の冒険者Kは、ポリアのチームに入った…。


この何てことの無さそうなこ 二人の出逢いが、後々に世界へ新風を巻き起こす事と成るのだが。


それは、まだ先の話で在る。



        ★



繁華街を抜ける大通りを、来た道の逆に戻るポリアとイルガ。


その二人の後ろには、Kが静かに歩いて続く。 やや長い前髪が、彼の眼を少し隠し。 日差しが強くなる春なのに、真冬用のロングコートの下。 腰の辺りが、何故か膨らんでいる。 恐らくは、サイドバックをベルトに通して、腰回りに装着しているからだろう。 


人の多い繁華街の昼間は、商店などに客が来て賑う。 こんな人通りの多い場所では、Kの姿は目立って仕方ない。


すれ違う冒険者達にKをジロジロと見られたポリアは、顔を半分後ろに向けKに。


「ねぇ、その顔は、病気で~って言ってたけど。 何の病気に罹ったの?」


通りの店構えを見たり、商品の値段を見たりするが。 見られる事には、全く頓着して無い様子のK。


「あぁ、俗称が有名な“パタリ病”さ。 別の渾名は、“剣士殺し”とも云うな」


なかなか有名な奇病を聴いたポリアは、イルガと二人してKを見て。


「え゛、あの死病の・・“パタリ病”?」


「あぁ、マジで死に掛けた」


あっけらかんと言い切るK。


“パタリ病”とは、大酒を飲む者が多い冒険者の中でも、特に剣士や戦士に罹る稀な病気と云われ伝わっていた。


その名の通り、突然にパタリと倒れては、高熱を発し苦しんで死ぬとか。 致死率が高く、生きた人間の話など聞いた事が無い二人。


イルガは、Kを改めて観察する様に見回し。


「中には、生き残れるのか・・・。 生存した話は、初めて聞いたわい」


と、感心して珍しがる。


一方のKは、顔を左手で撫でさすり。


「生還率は、かなり低いらしいが。 俺は、運が良かった」


「‘運’だと?」


「あぁ。 病気で倒れた近くの田舎町に丁度、立派な構えの神殿病院が在ってな。 倒れた直後に通行人に発見されて、そこに担ぎ込まれ厄介になった」


「ほう、それは確かに運が良い」


「だが、それからざっと半年、高熱が断続的に続いて。 オマケに、身体中が滅茶苦茶に痛くなったまま、更に一年。 いやいや、思い返しただけでも最悪だ。 ま、そのときの長い苦しみで、この通りに顔が歪んじまった訳さ」


Kの話に、ポリアは自身の顔を押さえて。


「うわわわ~。 ちょっとは、控えようかしら」


と、呟く。


どうやら、女ながらに酒は強いらしい。


すると、薬屋の店先を眺めるKが。


「病気に成ってみると、良く解るが。 人間は、健康が一番さ。 それにリーダー、オタクのその美貌を維持するのも、日々少しの節制からだぞ」


と、Kは言う。


全く、後ろめたさが無い訳ではないポリアは、鎧の上からお腹の辺りを摩っては、横のイルガを見る。


するとイルガも、酒には強いだけに苦笑いを返して来ては、ポリアへ頷いた。


然し、この二人は、残した仲間を迎えに行く道すがらに、Kを品定めしようと云う気が在った。


だが、Kと話す短いやり取りからは、邪気と云うか、悪意のような気配が感じられなく。 言葉のやり取りも少ないながら、ポツポツとする内に。 気が付けば、昨夜から泊まっていた宿の近くに来ていた。


「ケイ。 アレが、みんなの泊まってる宿」


ポリアから聞いたKは、立ち止まると。


「じゃ、どうする? 中に俺も入るか? チェックアウトするんだろ?」


イルガは、Kの間近に立ち止まり。 ポリアは、宿へ向かいつつ。


「待ってて、呼んで来るわ。 お近づきと仕事の話は、お昼を食べながらしましょ」


立派な構えの宿を見上げつつ、返す様に頷いたK。


「解った、そっちに任せる」


と、そう言って、宿屋が立ち並ぶ宿屋街の道の併際に留まった。


ポリアは、一人で宿の中に消えて行く。


さて、ポリアの従者の様なイルガは、Kの横に来た。


「ケイよ。 御主は・・・、見た処に得物は何だ?」


コートに隠れ武器がハッキリしないので、イルガはこう問うた。 コート脇の中で固く張る物がうっすら見えるので、恐らくは丈のやや短い剣が在るのではないかと、予測はしたのだが。 一応は、聴いてみる。


宿の他を観るKは、


「大丈夫だ。 今は、刃渡りの違う2本ばかりのダガー(短剣)を遣ってる」


脇に立つイルガは、Kより頭二つは低い。 見上げるKがコートを少し捲ると。 腰に佩(はい)て在る、長さの違う短剣が見れた。


「ふむ、一番刃の長いのは、一般的な細剣ほどは有りそうだな」


「ざっと、お宅の腕ぐらいかな」


自分の腕を見たイルガは、Kに視線を戻しマジマジと眺め観て。


「病気の前から、学者だったのか?」


するとKは、口元を微笑ませて。


「前は、格好つけて剣や薙刀なんかも振るっていたが。 今は、もうそれも面倒になった」


「ふむ。 病気で、筋力が落ちたか」


「ま、そんなとこかな」


二人でボソボソと話していると、ポリアの声がして。 宿から三人ほどの女性が出てきた。


声に気付いたイルガは、宿の出入り口を見て。


「ん、出てきたわい」


Kも、同様にて。


「みたいだな」


こう言い合った二人の前に、ポリアが二人の女性と共にやって来た。


「ケイ。 こっちは、僧侶のシスティアナ」


「よぉ~ろしく~で~す」


トロ~ンとした幼い感じする言葉を遣うのは、見た目からして可愛らしい少女だった。 背は、イルガと同じくらいで、右手には木目が真新しい杖を持ち。 純白のフードの付いた全身を包む衣服、〔ローブ〕に身を包んでいる。 また、そのローブの背中には、金の刺繍にて。 金髪の穏やかで慈しみ深い表情をした女神が、羽を開いて描かれていた。


「はい、こんにちわ」


少し、のんびりな口調に変わり、彼女へKが頭を屈めて挨拶をする。


その後、ポリアはもう一人の女性も紹介する。


「ケイ。 それからこっちが、魔法遣いのマルヴェリータよ」


「こんにちわ、よろしく頼むわね」


こう挨拶したマルヴェリータと云う女性の声は、とても大人びた物だった。 ポリアより、更に少し背が高いマルヴェリータは、艶やかさが溢れる絶世の美女だ。 黒い髪が緩いウェーブを描いて、背中から腕の脇まで、身体半分を纏うようにして、腰辺りまで伸びている。


また、男性なら思わず目が行ってしまいそうな胸は、胸元から解るほどに立派な張りが在り。 胸元が全て開く、蒼いドレスに身を包み。 括れた腰と長身の身体とのバランスは、正に芸術的な完璧さが在った。 そんな彼女の右手には、純白のステッキが握られており。 ステッキの先端には、炎の鳥を模るオブジェが、子供の握り拳ぐらいの大きさで付いている。


「嗚呼、よろしく」


マルヴェリータに返したKは、イルガに向いて。


「イルガ。 お宅のチームには、滅多に見れない美人が多いな」


と、云うKだが。


彼がこう言うのも、イルガには頷けた。


リーダーをするポリアは、その美しさが麗しい麗人で在り。


マルヴェリータは、艶やかな美しさが栄える美女で在り。


少し顔のふっくらしたシスティアナは、清純可憐な愛らしさの咲く花の様な少女で在る。


三者三様に、美しさが在る。


「あら、仲間も纏めて褒めて頂けるの? ありがとう」


微笑するマルヴェリータは、その赤い唇を優雅に動かす。 薄めに見開かれている瞳は、男の大半が釘付けになってしまうだろう。


然し、Kという人物は、マルヴェリータにも然して気にしない様子のままに。


「で? どうする?」


と、ポリアへ問う。


ポリアは、マルヴェリータを見て、


「マルヴェリータが、美味しい店に行くって言うから。 そこで、ご飯食べながら話しよ」


すると、マルヴェリータが微笑み。


「この町で、一番の店に案内するわ」


と、言えば。


「ほ~、それはそれは、豪勢なことで」


Kは軽くそう返すだけ。


タイトなチュニック風の上着を羽織ったマルヴェリータは、全員を連れて街の飲食店街に向かった。


さて、この王都マルタンの街は、交易都市にして城下町でも在る。 海側に面した港の周りは、広大な繁華街が在り。 飲食店が広がる区域、宿屋が広がる区域、卸売りから商店の集まる区域と分布が在り。 その区域の交わる地域は、馬車の往来が激しい大街道も通じ。 最も賑わう界隈と成る。


さて、宿屋街と隣り合う、飲食店街に向かった一行。 マルヴェリータの案内により遣って来たのは、宿屋街に食い込む地域でも、南に在る五階建ての店だった。 アクアマリン色の外装で、壁には趣を醸し出すためか、蔦が這わせてある。 


店を見たKは、


「こりゃ~値が張りそうな」


と、感想を呟いた。 


この店は、この都市でも人気の有る有名な店で。 料理も一流なら値段も一流と、格式を張るレストランだ。 海側の窓からは海岸から港を一望も出来るように、全ての部屋の間取りが計算されているとか。


店の前に来たポリアは、呟いたKの言葉を聞き逃さず。


「あら、解るの?」


と、問い掛けると。


外観を眺めるKは、ちょっと面倒臭がる様な雰囲気を出しつつ。


「ま、見てからに・・な」


短く返すのみ。


Kがこう言う時に、マルヴェリータが敷地に入る両開きの扉を開いて。


「さ、中に入りましょう」


と、皆を促した。


扉を開いて、鳴る呼び鈴。 敷地に入れば、ドアの開かれた建物まで伸びる白いタイル舗装の道に。 地面を隠す芝生や花や植物が立派な庭園を生み出していた。


然し、その短い道を歩いたKだが。


(ナルホド、金にモノを言わせて見た目の良い植物を植えて庭を造ってる。 潮風に弱い植物を、強い植物で囲い守っちゃ~いるがな。 コレじゃ、活かす維持もなかなか骨が折れそうだ)


庭園を観察して、庭木や花の現状を察する。


一方、先頭を行くマルヴェリータが、蒼い外観の建物に入ると。 ホテルの受付の様な、立派なカウンターが在る。 その受付の奥からタキシード姿で正装をした中年の紳士が現れた。 優雅ながらに礼儀正しい体つきで、対応丁寧に。


「いらっしゃいませ」


と、恭しく一礼を見せた。


その現れた紳士をマルヴェリータは知っているのか、相手に微笑んで。


「お久しぶり、クレオさん」


一礼をした紳士クレオは面を上げて、マルヴェリータを確認すると。


「これはこれは、マルヴェリータ様。 本当にお久しぶりで、二ヶ月ぶりですな」


と、下手な態度から笑って見せる。


どうやらマルヴェリータとこの紳士は、本当に知り合いの様だった。


「クレオさん。 五階の部屋は、空いているかしら?」


クレオと呼ばれた紳士は、マルヴェリータの問いに一礼して。


「はい。 あの部屋は、貴女様御一家以外には、決して遣わせませんよ」


「ありがたいことです。 今日は、友人と来たので、料理は任せますから。 お願いね」


「はい、お任せください」


応えたクレオは、軽く手を叩いた。


すると、クレオの後ろから二人のメイド姿の女性が現れた。


「御案内いたします」


右のメイドが、恭しく頭を下げる。 幾分長く勤めた雰囲気の、20半ばの落ち着いた女性である。


然し、短い間でもKの観察眼は、あらゆる細部まで行き届いて行く。


入り口のロビーの壁の絵、台、花瓶を見たKは、何故かスッと目を逸らした。 壁も、大理石をエメラルドグリーンに染めたものに、花や蝶と絵が描かれた細工の細やかな彩りを見せるのだが。


視線を外した瞬間、Kが口元を嘲笑った様に見えた。


格式や高級感を演出して、金持ちの自尊心を満たしているに過ぎない…。 と、彼は笑ったのだろうか。


さて、メイドの一人に連れられて、五人は階段を上がって、五階まで上がる。 五階には、踊り場から伸びる廊下を直進すると、其所は行き止まりで。 両外開きの扉が在る。


先んじて扉に向かったメイドは、扉を押し開いて。


「こちらへどうぞ」


と、一行を案内した。


そこは、広々とした会食場の様な、立派な間取りの一室である。 乳白色の美しいテーブルには、並んで両側に就けば30人以上が楽に席に就けるだろう。 椅子の細部に亘った細工。 テーブルに施された模様。 その部屋に在る物全てが、どれも一級品と思わせる雰囲気が在った。


中に入ったKは、直ぐに目に付くテーブルを見ては。


「は~、年代物の〔グラッシク家具〕だ。 こんな物を置くなんざ、随分と金の掛かったレストランだこと」


と、テーブルを眺める。


先に入ったポリアは、彼の言ってる意味が解らない。


「グラ・・、え?」


立派な内装の部屋を見回して、眺めつつ歩き出したKが。


「家具職人グラッシクの事だ。 今から、そうだな・・・。 ざっと300年ぐらい前に居た、家具職人の大家だよ。 基本的には、王室なんかへ専門に、家具を作って卸していたんだがな…」


“王家が使っている物”


「と、云うだけだが。 それを欲しがった金の有る貴族や商人が、大金を払って買った家具だ。 また、そのグラッシク本人の出身地が、この国だ」


こう説明していたKだが、右奥の大きい絵を見るなり。


「おいおい、コイツはまた珍しい。 狂人作家、エルゴーニィールの大作だ…」


Kの観る其処には、悪魔の様に奇怪な化け物に襲われた街並みが、大きな一枚画に描かれている。 油絵だが、悪魔の描き方が実におどろおどろしい。


マルヴェリータは、窓を開けるメイドの後ろに居て。


「見ただけで、良く作家が解ったわね」


と、海からの風を受けつつ感心した。


だが、直ぐに付け加える様に。


「でも、私はこの絵が嫌いだわ。 見ての通り、不気味の一言よ」


と、存在を否定する様に言う。


同じく見たポリアも、イルガも、このおどろおどろしい絵には、マルヴェリータと同意見だった。


だが、絵を指差したKが。


「ま、この絵だけじゃ~な。 後1枚が横に足らないから、その意見も仕方ない」


「え?」


驚いたポリアは、Kと絵を交互に見て。


「この絵、他にまだあるの?」


「あぁ。 この絵は、エルゴーニィールの大作、〔殺戮と救世〕の片割れと云うべき前半、〔殺戮の模様〕だ」


「さっ殺戮と・・救世って、凄い題名ね」


「この絵は、悪魔に襲われ地獄と化す街と。 その悪魔を倒す女神の絵が、一対の筈」


「へぇ~」


ポリアが、感心して頷くと。


Kが額に軽く手をやり。


「俺の記憶が、確かなら…。 もう一方の片割れの絵は、この街の王室美術館に在る筈。 片方だけでは、この絵の存在は嫌悪しか与え無い。 絵の為にも、王室美術館にでも寄贈してやればいいのに」


と、言うので在る。


そこに、奥の別の扉から。


「お待たせいたしました」


下で現れた別の若いメイドの女性が、支給用の台車にて。 先ずはと、飲み物を運んできた。


「とりあえず、座りましょう」


ポリアが、皆に言う。


聞いたKは、素直に椅子に向かった。


テーブルには、ワイングラスとティーカップが並べられる。


座るとKは、パチンと指を鳴らし。 メイドが向いたら、ワイングラスの飲み口を軽く手の平で塞いだではないか。


これは、


“酒は飲まない”


と云う事を、語らずとも伝える。 或る意味の紳士的礼儀と成るテーブルサインで在った。


了承したとばかりに、メイドは一礼する。


酒を飲まない事を言わずに知らせるのは、メイドに対しての嗜みである。


その様子を観るマルヴェリータは、ポリアにそっと。


(かなりの知識人よ…。 上流階級のテーブルマナーを知ってる、随分と物知りな人ね)


ポリアも、感心したとばかりに頷く。


飲み物の用意をして、メイドが奥の扉から二人去る。


Kは、海や港を一望する事の出来る窓を背にして座り。 その右にイルガ、左にシスティアナ。 Kの正面にはポリアが座り。 ポリアの右隣には、マルヴェリータが座った。


一応、落ち着いたポリアは、改めてと。


「じゃ、ちゃんと自己紹介するわね。 私は、リーダーの〘ポリアンヌスリファール・アルネクリス・ヴィハルト〙。 名前は長いから、ポリアでいいわ。 観た通りに剣士よ」


すると、ポリアのフルネームにKが敏く反応。


「“ヴィハルト”?」


と、ポリアへ釘付けになり。


「おいおい、まさか冗談だろ?」


声を大きく上げたりして、大仰な態度は見せないものの。 明らかに何か、特別な意味が在ると驚いて見せた。


そのKの様子に、ポリアとイルガの顔色がガラッと変わった。


隣に座るイルガは、探るように。


「お嬢様のサードネームが、どうかしたのか?」


然し、Kの視線は、ポリアの立てかけた剣に向かっていて。


「ふぅん・・そうか、それで紅い剣の柄か」


一人納得した様に、ポリアの椅子に備わる剣立てに在る、紅い柄をした長剣を見た。


サードネームに驚かれ、自身の剣の柄の色で納得されては、いよいよポリア本人も驚いた顔となり。 Kへ、呻く様に。


「まさか・・。 私のサードネームの由来を知ってる人が、他に居るなんて…」


ポリアの名前に驚いたKは、ポットに入った紅茶を慣れた手つきで注ぎつつ。


「此処に、オタクの仲間だけしか居ないから、俺も言うがよ。 “ヴィハルト”の姓は、隣のフラストマド王国の最高公爵家に存在した、天才剣士の使ったサードネーム。 もう一般的には忘れ去られた古代の史実なのに、それを遣うなんてその一族くらいなもんだ」


完全に素姓がバレたと思うポリアは、何故か不満げな顔となり。


「だって、本当の名前で旅なんて、絶対に出来ないじゃない・・。 でも、この名前を知ってるなんて、貴方こそ何者よ。 我が国の学者だって、王室学術院の長しか知らなかったのに…」


すると、紅茶のカップを持つKは、苦笑いを浮かべ。


「逆に、世間に散る古い学者の方が、その手の歴史や逸話を知ってるかもな。 ま~、もう古臭過ぎて、殆ど誰も覚えちゃない話だから。 使っていても、バレることは少ないかもしれないが、な。 もし、チーム名を大きく売れば、取り巻く事情も大きく変わって来るかも知れないぜ。 貴族として生きてる間に、その美貌を世間様に拝ませてるなら、見覚えの在る奴は多いだろうよ」


すると、其所には大いに心当たりが在るのだろうか。


「………」


イルガとポリアが、二人して黙ってしまうではないか。


Kは、そんなポリアを見ると。


「どうやらその様子だと、横の従者を伴って家を飛び出した口か? 強引に結婚でもさせられそうになって、飛び出した充てつけでその名前でも付けたのか?」


Kの話を聞くポリアは、グッと息を呑んだ。


その様子を観たKは、首を左右に振ると。


「ハァ~、解り易く図星かよ。 な~るほど、跳ねっ返りが産まれちまったか。 あのお偉いオヤジさんも、それは苦笑いだな」


二人のやり取りを傍観していたマルヴェリータは、ポリアを見てからKを見て。


「何でそこまで解るの? ポリアの家の事、貴方は知ってるの?」


いよいよ普通では無くなったと、やや警戒して問う。


だが、Kは首を動かし否定を現し。


「いいや、家の今の事は深くは知らん。 だが、な。 ポリアの使う“ヴィハルト”の名前は、彼女と同じく在った大貴族の血を引く女性の名前なんだ。 正式な名前は、“マリシナ・ファムテュアーム・ヴィハルト”と云う。 剣術に秀でて、中でも細剣を扱わせたその腕は、天才と云うか。 正に、神懸り的な腕だったらしい」


処が、ポリアがそんな凄い人物のサードネームを遣って居るのに、これまでバレた事が無いので。 マルヴェリータは、まだ意味が解らないと感じる。


「でも、これまで使っていて解ったのは、貴方だけよ?」


「それは、そうだろうよ。 マリシナの名前は、一族も含めて全貴族が協力して、時事から抹殺したんだ。 記述が在るのは、他国の民間英傑辞典や、野史の中だけだ」



「野史? 野史って、真偽が定かじゃない。 所謂の‘言い伝え・昔話’でしょ?」


‘そうだ’


と頷いたK。


「だが、その名前が表舞台に称えられないのには、実は訳が在る」


「理由が在るの?」


「それが無いなら、あんな事態には成らネェ~よ。 このマリシナと云う女性は、婚約させらた皇族との結婚を断り。 何の名も無い市民と、恋に落ちてしまった。 だが、一族からも、王族からも圧力が掛かり。 その恋人とは、添い遂げられない事を嘆いた。 そして、その皇族とマリシナの結婚式の日に、二人して派手に心中しちまったのさ」


此処まで聞いたポリアは、下を向いてしまう。 その動きは、話を嫌う様な、耳に痛い様な雰囲気を纏っていた。


そんなポリアを見て、Kは更に。


「自由が欲しかったのか。 自分の相手は、自分で見つけたかったのか。 まぁ、理由は何にせよ、飛び出したのは自分の意思だ。 俺は、これ以上はな~んも言わん」


と、ティーカップを置いて。


「俺は、ケイ。 まぁ、学者だ。 “パタリ病”で、自分の事の記憶がチョロチョロ抜けて、本当の名前が思い出せないからな。 まぁ、この名前で頼む」


彼を見たマルヴェリータは、横で黙るポリアを気にしながら。


「私は、マルヴェリータ・ベルバラード。 魔想魔術師イリュージョナーよ」


すると今度は、マルヴェリータを見てKが口元を呆れさせた。


「おいおい、オタクもかよ。 このチームは、どんな有名人の集まりだよ」


と、言うので在る。


マルヴェリータは、Kを鋭くする眼で見返し。


「やっぱり解るのね・・、私の家の事」


「当たり前だろうが。 ポリアの使ってる名前に比べたら、解り易過ぎるぞ。 “ベルバラード”は、この国最高の商人である家に、200年前ぐらい前に嫁いだ王侯貴族のサードネームだろう? かなり有力な王位継承権が在るのに、態々それを無くしてまで一商人との愛を貫いた皇女の名前」


此処まで言ったKは、紹介されたポリアのチームを嫌がる様に。 右片手をヒラヒラ、左手を顔に遣り。


「ハァ~、溜め息しか出ないゼ。 なんてチームだよ、全く」


呆れ口調のKだが、ポリアの時と同じく。


「ま、人生をどうしたいかは、自分の意思だ。 こっちも、もう触れん。 面倒なだけだ」


イルガはKを警戒したままに、少し声のトーンを落として。


「ワシの名は、イルガだ。 ポリアお嬢様の従者だ」


敢えてKは、頷くだけ。


“見りゃ解る”


と、言って居る様なものだ。


最後に、天真爛漫なニコニコ顔のシスティアナが。


「わたし~は、システィアナ~ユリナエフ~でぇす~。 フィリアンタ教のぉ、そ~りょですぅ~」


それにもKは頷いては、幾分か、柔らかい物腰の言い方で。


「背中の刺繍で、宗派は解る。 よろしくな」


と、応えた。


さて、此処で。 システィアナの職業となる〔僧侶〕とは、何者だろうか。


この世界では、ざっと20を超える神々が崇められている。 僧侶とは、神々に信仰心を注いで、その神聖な力を授かりし救済の使徒である。 その魔法の力は、基本的に清らかで。 怪我を癒したり、毒や大体の病も治せる。 高位の僧侶に成れば、瀕死の人をも助け。 死人ですら生き返らせたと云う者も居た。


然し、僧侶の力の真骨頂となる1つは、その力に因る結界術で在る。


魔域に於いても、モンスターの侵入を阻む結界を張ったり。 神懸かりの領域に実力が踏み込めば、広大な魔域を封印する事も可能だとか。


そして、最も信仰が厚く信者の多いのが、“フィリアンタ教”である。 “優愛・博愛・慈愛の女神フィリアーナ”を信じる一派だ。


この女神は、古代の伝説に登場し。 人に慈悲を与えた後に、人の男性と恋愛して結ばれ。 天界に還らなかった、と変わった逸話を持つ女神で在った。


この他には、〔自然神〕、〔海洋神〕、〔美と愛欲の女神〕、〔戦いの女神〕、〔知識神〕、〔運命と幸運の女神〕などの神が信仰されているが。


一方では、〔怒りと殺戮の女神〕、〔暗黒の女神〕、〔自由と放埒の神〕、〔破壊神〕、〔邪心と姦淫の神〕、〔死と滅びの神〕などの暗黒面に堕ちた神を信仰する、暗黒の僧侶も存在する。


光の神を信仰する僧侶は、治癒と封印や浄化が信仰の主体と成る一方。 暗黒側の神は、破壊や混乱や我欲への解放が、信仰の主体と成る。


だが、だからと言って。 この光と闇の構図が、そのまま‘正義と悪’に成るとは限らない。


その理由は、信仰するのが人間だからだ。


一方、マルヴェリータの扱う魔法も、此処で軽く紹介しよう。


〔魔想魔術〕は、想像力で生まれた魔法の姿を〔魔力〕と呼ばれる人の体内に備わった力で、現実として具現化する超魔術だ。


だが、何でもかんでも具現化する事が出来る訳でもない。 解明された古代の魔法呪術語の、ほんの一部を操っているに過ぎない。


然し、熟練した遣い手になれば、大屋敷一軒と同じ様な大岩をも、魔法の一撃で粉々にする破壊力はおろか。 離れた所に移動したり、物を浮遊させたり、無くした物を見つけたりと、万能な力を発揮する呪術である。


この外に、呪術には幾つか種類があって、魔想魔呪術は、もっとも扱う者の多い呪術である。


さて、黙っていたポリアは、Kに向かって口を開いた。


「ねぇ、何で私の名前の由来を、そんなに詳しく知ってるの? 我が家の事を、貴方は知らないんでしょ?」


カップを手に取るKは、先にゆっくりと紅茶を一口飲んでから。


「それは、“炎剣ヴォルファリス”だよ」


と、教えたつもりだったが…。


「え?」


キョトンとするポリアは、イルガを見る。


その様子から、言った剣の事を知らないと解るK。


「おいおい、自分の一族に、昔伝わった稀代の名剣だぞ? 本当に知らないのか?」


彼的には余りの事で、呆れて聞き返す。


だが、ポリアは、イルガと二人して考え込み。


「そんな剣の事なんて、ちっとも知らないわ。 お父様から聞いたのは、悲恋の天才剣士だったってだけ。 お祖父様からは、私みたいに跳ねっ返りだった・・としか」


カップを手にしたままに、


「ふ~…」


と、溜め息をまた漏らすKだが。


「まぁ、剣に纏わる逸話からすると、確かに知らないのも通りかもな。 事実を後世に遺したく無いから、封印したんだからな…」


Kの独り言を聴くポリアは、全てを知りたいと云う欲求が巻き起こる。


「ケイっ、その話を教えてよっ!」


身を乗り出し、迫る勢いで聞き返した。


顔を押さえたイルガは、


(やはり、そうなるわいな)


と、困る。


貴族や皇族、王族が封印したがる事実などに、良い歴史は少ないからだ。


だが、包帯の隙間より、ポリアを見ていたKは…。


「いいだろう。 ド偉い貴族の血筋を引いたクセに、こんな危ない稼業に身を置くんだ。 ‘遣った’名前がどれだけ偉大なモノか、知るのも必要だ」


と、紅茶をまた一口啜ってから。


「天才剣士マリシナの持っていた細剣は、炎の精霊神が当時の優れた鍛冶屋に手を貸し。 その彼の命を削って造られた、秘剣中の秘剣だ。 ‘ヴォルファリス’の剣は、マリシナが自殺を決めた後。 死ぬ前に、何処かへ隠したとされていて。 野史に残る一説には、彼女へ結婚を迫った皇族の本心は、その剣を欲したからとも云われる」


すると、ポリアの脇よりマルヴェリータが。


「ハッキリと残った話なの?」


「神懸かった武器や防具を取り纏めた、古い古い文献には載ってるぞ。 てか、ポリアは、本当に知らなかったのか?」


問い掛けられたポリアは、ショックな顔で。


「知らなかった・・何も…」


するとKは、ポリアを見詰めまま。


「ま、もう数千年は時を経た前の逸話かもしれないが、な。 君の家は、代々に亘って剣の名手を輩出してる。 その歴史からすると、あながち嘘では無いと思うが」


語りながらカップを置いて、手をタオルで拭くと。


「さて、埋もれた昔話は、これぐらいにしよう。 自己紹介も終わったし、目下の依頼についての話といくか」


マルヴェリータに肩を掴まれたポリアは、ハッとして。


「えっ? あ・・、えぇ。 お願い…」


改まった皆の前、語られ始めたKの話は、こうだ。


今から四ヶ月ほど前の事で在る。


この王都マルタンから真北に行く事、約四・五日の距離に在る町〔オガート〕で。 一人の女性が突如、行方不明になった。


その娘の名前は、“クォシカ”。 農業が、産業のほぼ全てを占める田舎町、そんなオガートだが。 町娘にしては、とても綺麗な女性で。 町一番の美しさだったそうな。


そして、依頼者の“ラキーム”とは、町の町政を司る“町史”(ちょうし)という役職に就く者で。 町では、一番偉いらしい。 


さて、依頼から一聞すると。 婚約者が居なくなったラキーム氏が、愛する女性を探そうとしている・・この様に見えるが。 どうやら真実と云うか、裏の実情は、そんな美しいモノではないらしい。


このラキーム氏は、実は町史といっても、まだ代行の身分で在り。 その名義としての任は、任命された父親にある。 最近、身体の調子が悪い父親に成り代わって、息子のラキーム氏が代行している訳だ。


だが、このラキームという人物の評判は、すこぶる悪い。


町は、野菜や果物の生産で、春から秋の終わりまで商人が訪れて。 農家や地主と、取引が盛んなのだが…。


ラキーム氏は、その場に時々現れては、双方に金をせびると云う。 然も、大の女好きで。 女性に付き合いを迫るのも強引で、気に入れば誰とでも、とか。


其処まで聴いたポリアは、苦虫を噛み潰して粉々にした様な…。 不満と苛立ちを込めた顔と成り変わり。


「まさか、その失踪って・・・。 その依頼者のクズ男から、クォシカって女性が逃げ出したとか?」


と、呆れ目を細める。


話を聞くだけでも、腹立たしい男のラキームと云う人物。


その意見にKは、大いに頷いて。


「町の人は、殆どの人がそう思っているな」


するとポリアは、目を瞑り。


「じゃ、捜さなくていいんじゃない? そんなクズの為に、疲れるのも腹立たしいわ」


と、最終的な意志決定をし掛ける。


処が、だ。


「それが、そうもいかない様だぞ。 彼女は、例えそんな状態に陥っても、失踪しそうな女性じゃないんだよ。 だから、俺もこの依頼が気になったんだ」


Kの意見に、一時的に仲間と成った四人の視線が集まる。


マルヴェリータは、まだ話が見えないと。


「‘失踪する様な女性じゃない’・・って、どうゆう事? ポリアや私じゃ無いケド、嫌な相手と結婚させられるなんて、在る意味で地獄だわ」


自分が冒険者に成った経緯を、自分からバラしている様なものだが。 境遇を嫌って飛び出し、選りに選って冒険者をする処からして、気概は在るとも言える。


ま、ポリアやマルヴェリータは、別にして。


問い掛けられたKは、


「まぁ、それが普通だわな~」


と、他人ごとの様に云う。


その曖昧さに、ポリアは裏が在ると感じる。


「‘普通’・・じゃないの?」


「ふむ。 彼女を知る町の人は、実に多い。 其処で、周りの人へ聴くにして。 クォシカという女性は、失踪の半月以上も前に、だ。 ラキーム氏との婚約をキッパリと、解消している」


この事実に、ポリア達の眼が開いた。 驚きからだろう。


「然も、亡くなった両親を非常に大切にしていたらしく。 地元の町では、評判の働き者だそうな。 更に、上乗せで付け加えると・・。 彼女は亡くなった父親譲りの薬草取りの名人で。 町の薬師として人を助ける、芯の強いしっかりした女性らしい」


喉が渇いたマルヴェリータは、ワインを傾けてから。


「確かに、失踪しそうな雰囲気は、何処にも無いわね。 然も、婚約を解消してるだなんて…」


マルヴェリータのこの意見に、ポリアも、イルガも、頷いて見合った。


其処にKは、‘トドメ’とばかりに。


「ついでに、今の現状を言うと…。 ラキーム氏は、二ヶ月後に結婚するとさ」


「はぁ?」


意味が解らないポリアが、困った顔をして。


「誰と?」


と、問い返せば。


Kは、下に指を向けて。


「このマルタンの街に居る伯爵家の令嬢と、だとよ」


此処までの情報にて、ポリア達は訳が解らなくなった。


横の呆れたマルヴェリータからすれば、


「じゃ、もう捜さなくていいんじゃない?」


と、意見を述べて。


ポリアやイルガも、賛成である。


此処で、奥のドアに視線を動かしたK。


「そら、豪勢な料理が来たみたいだ。 食べながら、続きと行こうか」


他の一同が、奥の扉を見ると。


「御待たせ致しました」


と、声を発し、先ほどに退室したメイド二人で、台車2つに料理を運んでくる。


その量を見たKは、包帯の間から見える眼を料理に注ぎつつ。 寧ろ、こっちが異常事態だと、横に座る一番に常識が解りそうなイルガへ。


「なっ、何だぁ? えらい量が多いな」


処が、イルガは大した事は無いとばかりに。


「いや、あんなもんだろう」


と、言って寄越す。


(マジかよ)


呆けるしかなくなったK。


だが、Kの驚きも最もだ。 丸鳥のグリルに始まり、サラダ大盛りのボウル。 パンは、焼きたての形のままに、丸々と出て来たし。 魚の切り身のムニエルとは別に、大型のスズキが姿蒸しで、特大の皿に乗る。 他、6種のメインと、10種のオードブル。 10人前ぐらいのパンに、スープも似たような量。


余りの量に、口元を引きつらせるK。


(お゛、おいおい・・、此処は大食い大会の会場か?)


と、小声で呟くのだが。


料理を見たポリアは、なんとでも無い顔で。


「先ず、食べよっか」


と、仕事の話は中断した。


さて、紅茶を片手に、固まるKの前で。 周りの連中ときたら、食べるは、呑むわ…。 イルガは体つきからして、人並みより多く食べるのも解るが・・。 ポリアやマルヴェリータに加え、システィアナも含め。 女性というのに、食べる食べる。


Kが量に気圧される間にもう、皆が最初に取り皿へ盛った料理が無くなり。 その頃には、高級ワインも既に、二本は空だ。


これまた、イルガは体つきから解るが。 女性のポリアも、マルヴェリータやシスティアナも、ジュースの様にワインを呑む。


マルヴェリータは、やや座り始めた瞳をして、少食で酒を呑まないKを見て。


「ねぇ、ケイ。 “パタリ病”の原因って、なんだったの?」


すると、横のポリアから。


「マルタ、お酒だって」


‘マルタ’は、マルヴェリータの愛称である。


「へえ~。 どれくらい呑んでたの?」


魚の蒸し物を、自分の皿に少量だけ移しつつKは。


「そうだな・・。 一番に呑んでいた時は、一日に白ワイン20本とか」


ギョッとするポリアが。


「一人でっ?!」


「あぁ。 仲間と呑みに行って、150本くらい空けた気がする・・」


イルガは、肉を食いつつ。


「そいつは、病気にもなるわな」


何かを思い出す様に、宙を見るKで。


「すきっ腹でも関係無く、水分補給の様に呑んでたからな…」


と、言うと。


次に、周りのポリア達を見て。


「オタク等も、気をつけたほうがいいゼ。 目の下が少し充血してる。 それだけ呑むなら、休肝はちゃんとしないと、こうなりますぜ。 生きていて、な」


と、フォークで、自分の包帯顔を指す。


すると、マルヴェリータが、ポリアを横目に見て。


「あ、明日から呑まないから、いいわよね」


罪を認めたく無いのか、半眼て遠くを見ながら頷くポリア。


然し、食べつつKが。


「毎朝、酷い咽の渇きと、頭痛が有るだろう・・全員」


その瞬間、


「う゛」


ポリア達四人が、咽を抑えたり、お互いを見たり。


涼しげに、淡々と食事をするKから。


「ま、30半ばで、美容や健康に嘆きたくないなら、酒は程ほどにしとけ。 それから食事は、しっかりと好き嫌い無く、だ。 人は、必ず老化と云う道を辿る。 それを遅らせるのは、食事・運動・好きな事をし。 そして、人を愛する事だ。 心の安らかな人、優しい者は、歳を取ってもいい顔をしているって訳だ」


すると、何故かマルヴェリータは、ポリアに意味有りげな視線を送り。


「あらあら、それじゃ~ポリアは大変ね~。 愛するってのは、男嫌いだから出来やしないわ」


すると、言われたポリアも、マルヴェリータをキッと睨んで。


「だから何よっ。 もう化粧しないスッピンは、老化してる若作りのクセにっ。 そのヨボヨボ顔を隠す化粧にも、も~限界あるんじゃないのっ!」


言い返されてイライラするマルヴェリータ。


「なんですってっ?!」


と、席を立って睨み返せば。


「何よっ、言って来たのはそっちじゃない! そのあっさりしないセ・イ・カ・クっ!。 マルタの魔法で、どうにかなんない訳ぇ?」


完全にいがみ合う二人を前にして、イルガは疲れた顔をすると。


「お嬢様。 マルヴェリータも。 新しい仲間の前で、もう喧嘩ですか。 止めてくだされ」


と、諦め含みに言う。


一方のシスティアナに至っては、肉をフォークに刺して持ったままに。


「ポ~リアちゃんもぉ~、マルタしゃんもぉ~、お互いでだ~い好きなんですね~。 だから~喧嘩するんですぅ~」


と、Kに説明をする。


紅茶のカップを手にするKは、呆れた視線をチームの面々に送る。


(何だ、このチームは・・・。 あのマスターめっ、本当に曰く付きのチームを回しやがってからに…)


と、腹の中で唸った。


その後、いい恥曝しと云って良い、醜い言い争いをするポリアとマルヴェリータを醒めた眼で見て。


(しっかし、“使えない顔だけチーム”って噂は、本当だな。 コイツは、少々強い衝撃的な事でも無い限り、イッパシのチームに成長するのは、正直ムズいぜ)


この様子を見るに、呆れるしかない。


そして、こんな様子では、もう仕事の話どころではなくなった。


さて、一気にワインをカッ食らうポリアは、急速に酔い初めてか。


「ねぇ~ケイ。 せっかくのお近付きなんだからさ~、アンタも一杯くらいやんなさいよぉ」


と、ワイン瓶を振り回す。


「アホか。 ソレで病気になったのに、やるかっつ~の」


「ちょっとっ、アホってなによ!!」


酔って苛立つポリアへ、


「おっ、お嬢様っ」


と、宥めに入るイルガ。


その的確な間合いに、Kが関心し。


「アンタも、色々と苦労してンな」


と、しみじみと言えば。


イルガも、しみじみと。


「ふむ、まぁ・・何事も慣れというヤツか」


「な~る」


納得するKに、酔っ払ったポリアとマルヴェリータが迫る。


“呑め、呑めない”


とか。


“食え、食えない”


と云う、下らない論争が続き。


隙を付くシスティアナが、Kの取り皿に料理を盛った。


結局、男性の中してかなり少食な方なのに、半ば強引に食わされてしまったK。


今夜の宿を探す為、店を出た夕方には、ヨロヨロと腹を押さえて歩いていた彼だった。






【その2.町の失踪事件とモンスターの影】


        ★


オガートの町と王都マルタンを繋ぐ街道は、人と馬車にとって安全性の高い街道で在る。


周りには草原が広がり、所々に林や茂みが広がる程度。 野党とか、モンスターの出現も殆ど無く。 また、人が歩き、馬車が走るのは、草原より一段低く整地された道である。 石のブロックにて舗装され、馬車を走らせても躓く事も無く。 さぞ走り易いであろう。


さて、その日の空は、朝から鉛色の曇天だった…。


街道には、冒険者達が歩いていたり。 野菜を積んだ荷馬車が走っていたりする。 個人の運ぶ荷馬車は、二台三台ぐらいだろうが。 商人が買い付けて運ぶ馬車は、五台、十台を超えて連なるほどに及ぶ。


今、大集団と成って街道を走る馬車が通る。 街道では、脇に寄ってやり過ごす馬車や人が在る。


その馬車一つに、日に焼けた色黒ながら鷲鼻で、なかなか渋い顔をした中年オヤジの御者が操るものが在り。 その御者は、天に顔を向けて、良くない雲行きを注視していた。


(空模様が悪いな…)


街道の片側に寄って馬車を停めては荷馬車の大集団をやり過ごしたので、軽く手綱を動かして馬を動かした。


処が、この馬車の荷台を覗いて見ると…。


「う゛~~ん…」


あの包帯顔をした冒険者Kが、この幌馬車の荷台にて魘されているではないか。


ポリアは、イルガやマルヴェリータと並び。 魘されているKの包帯顔を見ていた。


さて、僧侶システィアナは、長らく魘されていたKの横に跪いて、Kの身体を揺すり。


「ケイさ~ん、ケイさ~ん、だいじょ~ぶですかぁ~」


すると、


「ハっ!!」


気づいて身を跳び起こしたKは、辺りを窺ってから、大きく安堵のため息をする。


「は~~~夢か・・・。 ステーキに押し潰される所だったゼ」


この独り言に、様子を見ていた一同は苦笑している。


今日は、チームにKが加わって2日目。


朝、前日の食べ過ぎで、Kが酷くゲッソリしていたので。 マルヴェリータが気を利かせ、自分の父の店の馬車に乗せてもらった訳だ。 御者の人物とは、オガートの町にいつも野菜を買い付けに行く仕事をする、そんな役割を担った中年男性だった。


悪夢から醒めたKは、喉が渇いたと水筒で水を呑む。 


朝に言ったKの予想通り。 空の色は怪しい雲行き。 更に、オガートの町に入る朝からは雨になるとKは言った。


ポリアは、昨日の食事中にて中断された依頼の話を、此処で切り出した。


「ね、ケイ。 処で、昨日の続きを話してよ」


夢で魘された所為か、脱力する包帯男は憔悴した声で。


「あ? あぁ・・え~と、どこまで話したっけか?」


そんなKを心配したマルヴェリータが。


「ねぇ、大丈夫?」


「あぁ、確実に食い過ぎたみたいだ…」


と、腹をさする。


食わせた側、詰まり犯人の四人は、何だか悪いと苦笑い。


マルヴェリータは、話を依頼に向けようと。


「え~と、マルタンに居る伯爵家の御令嬢と、町史のラキーム氏の結婚の所までは、確か聞いたわ。 続きは、その先よ」


その助け舟を得て、頷いたK。


「あぁ・・それだ。 問題の一つが、ラキーム氏が結婚するのに、何で依頼を取り下げないのか…。 ‘姿を消した彼女を心配して’、と本人は言っているらしいがな。 町で聴き込んだヤツの性格で、普通なら有り得ない事だ。 また、逆に考えるなら、捜さないといけない理由が彼には在るのではないか。 依頼の内容を見返れば、クォシカと云う女性を無事に捜す事より、生死にのみ拘ってる気がするのさ」


干し肉を齧るイルガは、


「なるほど。 そう聴けば、依頼の内容は確かに、な。 ゲップ」


肉の臭いを嫌って、イルガを見ないように俯いたK。 其処から無理やりに横に向いて、話を続ける。


「疑うべきは、それだけじゃない。 第二の疑問は、失踪したクォシカの家の中だ」


失踪人の家の中がどうしたのかとポリアは。


「何か有ったの?」


「異常に気付いた人によれば、彼女の部屋の中が強盗にでも遭ったかの様に、酷く乱れていたとか」


ポリアも、マルヴェリータも、


「え?」


と、同時に驚いて見合う。


「本当の事らしい。 然も、その家は、クォシカなる女性が消えたすぐ後に、やって来たラキーム氏が」


“クォシカの帰る場所は俺の所だ。 クォシカの総ては、自分が預かる!”


「と、言って。 家も、土地も、勝手に取り上げてしまい。 然も、家はすぐ様に取り壊されてしまったとよ」


余りにも強引なやり方に、


「何よそれっ!!」


激怒したポリアが大声を上げた。


グッと身を潜めたKは、小声で。


「頼むから、大声は止めてくれ…。 胃に、ひ・・響く…」


「あ・・ごめん」


思わずの事に感情的と成ったポリアだが、Kの様子に悪気を感じて口に手を当てた。


Kは、胃袋の辺りを擦りながらに。


「更に、だ。 今日、クォシカの失踪を誘拐されたと言っていた唯一の人物が、マルタンに帰る」


マルヴェリータは首を傾げて。


「それなら今日、マルタンでその人に会ってから、オガートの町に行けばよかったじゃない」


「確かに、それも一つの遣り方だがな」


不思議に感じるマルヴェリータは、ポリアと視線を交わしつつ。


「会わない理由が有るの?」


「ん~、それがな。 その人物ってのは、クォシカと云う女性の唯一無二の親友で在り。 強引な遣り方で、クォシカの家から私物一切を奪おうとしたラキーム氏から、クォシカの家に有った家財道具を守るべく。 自分から家に乗り込んで取り壊しを止め、使用人に命じ家財を持って行ったらしい」


聞いていたマルヴェリータは、女性でも中々に出来る事では無いと。


「そんな性格の町史を相手に、遣るわね、その人」


「まぁな。 さて、失踪当時の事を探るには、人が居ないならば当時の物に聴くのも手だ。 だが、失踪当時から残る物としたら、その引き取られた物以外に、他無い」


ポリアは、確かにその通りと思うが。 別の疑問も湧いて。


「でも、今更そんな物に手掛かりが在るのかな?」


「有るかどうかは、見れば解る。 部屋がそんなに乱れていたなら、事件の手掛かりが家財道具に在るかもしれないだろう?」


「例えば?」


「おいおい、この何にも無い此処でそれを憶測で説明して、お宅は納得できるか?」


「う゛~ん」


こんな風に自分で捜査などした事も無いポリアは、全く意味が解らない。


「それから、その女性へ話を聴くにしても、だ。 横暴なラキーム氏の依頼を請けたこっちを、向こうが直ぐに信頼する訳も無い。 そうした経緯で保管されているならば、証拠品は逃げないし、持ち主も直に町へと遣って来るんだからよ。 町に先回りしておけば、先ず大丈夫さ」


「でも、その人も、直ぐに町に来るんじゃない?」


「さて、それはどうだろうか」


「何で、そう思うの?」


「その人物は、オガートの町で大規模な野菜生産をしてる大地主の娘だとか。 然も、既に経営をする父親の手伝いをしてるらしいから。 戻った今日は、大手の売り場となるマルタンの知り合いなんかと会い、野菜の買い付け値の話が在るだろう。 多分、王都に一泊すると思う」


この意見に、商人の娘となるマルヴェリータだけが。


「マルタンとオガートは、持ちつ持たれつの関係だもの。 それは、十分に有り得るわね」


オガートの町は、広大な農地で野菜や果物の栽培を行うが。 他の特産品は、薬の原料と成る薬草や野生に自生した植物が主となる。 マルタンと云う大きな窓口を通して、他国各地に作った物を売る一方。 町に無い物は、外から調達する必要が在り。 その調達先の大方の頼みは、超大都市となる王都マルタンと成る。 海路に繋がり、様々なモノが入って来るからだ。


そして、今回はマルヴェリータの頼みで、この御者の中年男も荷馬車の荷台を空けているのだが。 本来ならば、彼等の様な運び手が儲けを出せるのは、仕入れをしに行く時。 個人の頼みで、何か別の物を運んだり。 冒険者や旅客を、仕入れ先の街や拠点に運んだりして、小銭を稼ぐ事だ。


また、仕入れ先の街や拠点で、何か欲しい物品の要望が在るならば。 それを積んで行くのが、効率の良い遣り方。


オガートの街で地主をしているならば、マルタンを訪れた際には、昵懇の商人に面会して。 その手の話し合いをする事など、有りふれた程に行われている。


(この人、タダの知っタカ学者じゃないわ。 商人や地主の生活を良く熟知してるのね)


大商人の娘として知り得た経験や知識と照らし合わせて、マルヴェリータがKを観察する中で。


腹をさするKは、何処がまだ苦しそうな処を見せながら。


「安心しろ。 こっちの請けた依頼は、日にち的な制限が無いからな。 別に、情報が集まり切らない内から急ぐ必要はないさ」


と、ポリアへ言う。


そうとまで聞くマルヴェリータは、既にKが。


“もう、全て計画済みだ”


と、でも言っている様に見えた。


納得させられた様に頷いたポリアは、話を進める為に突っ込んだ。


「処で、ね゛っ! 他に、依頼についての情報は?」


「後は~、町に行って、確かめてからかな…。 あ゛っつ・・腹イテ…」


お腹を押さえて前のめりと成ったKに、マルヴェリータは慌てて御者に止まるように言った。


ヨロヨロと馬車から降りて外の茂みへ、Kが用を足しに行く間。


黙って聴いていたイルガは、ポリアに膝を寄せ。


「お嬢様、如何に思われますか?」


「さ~、町で聞いてみないと、なんとも言えないわ。 只、ケイは、随分とこの事件にやる気があるみたい。 報酬も多い依頼だし、事件の解明が出来なくても、成否査定はされないんだから。 のんびり行きましょうよ」


その返しに、システィアナが両手を挙げて。


「さんせ~。 ポリアちゃ~ん、しごとがんばろ~」


そのゆる~い様子を見るポリアは、首を左右に振ると。


「アンタの言い方は、頑張るように聞こえないって…」


少ししてKが戻り、また馬車は走りだした。


王都マルタンからオガートの町まで馬車の旅は、約三日。


夜に成れば、野原や茂みの近くにて、寝袋を使った野宿と成る。 荷台で寝ても良いが、それは女性に譲る事に成るだろう。


この街道は、オガートからとマルタンの間を、‘街道警備兵’と云う兵隊が行き来して。 隙の無い警備しているから、道としてはかなり安全なもので在る。


然し、警備兵の巡回が手薄な道や、内乱などが起こっている他の国だと、街道にすら盗賊や強盗が現れることも多いとか。


さて、マルタンの街からオガートの町へと旅立って3日目。


朝からシトシトと、雨が落ちてくる。


「ふ~、ケイの予報通りね~」


ポリアが馬車の荷台から幌を捲って、外を見て言えば。


「風、雲、土の温度を感じれば、誰でも出来る」


と、Kがサラリと言った。


「アタシ出来ないし・・、べ~」


横を向いて、呟き舌を出したポリア。


町に近付いた頃から街道の両側は、次第と景色が変わり。 広大な畑が耕されて、黒い土が遠くまで見えている。 畦と水路により区分けされ整地された畑。 ここで育った野菜の多くは、ホーチト王国国内だけではなく、北の大陸に在る他の国の街へも。 そして、長持ちする一部は世界に流通していく。 この広大な畑で作られる野菜や果実は、この国の大切な財源であった。


昼を前にして、ポリア達を乗せた馬車は、オガートの町に着いた。


大きな楡の木が植わる横に続く柵の一部に、街道から分岐した道が続き。 木製の〔オガート〕と書かれたアーチを潜れば、そこからもう町の中。 土のむき出した道が先に伸びて、右も左も林が広がった。 道を整備しているのか、出来る水溜まりも小さい。


荷台に居たKは、前の幌の開いた切れ間から御者に。


「町に入って建物が見え始めたら、右の3軒目に、森に囲まれた様な木造の建物が見える。 そこで止めてくれ」


「あいよう、宿だね」


「そうだ、温泉が在るから、前に来て気に入ったのさ」


すると、大きく何度か頷いた御者のオヤジ。


「あぁ、あそこはいいな。 “美人の湯”って、有名な温泉だしよぉ」


その一言で、ポリア、マルヴェリータは、ピクッと反応した。


「え? 美人?」


「まぁ、良い所だわ」


Kは、関わり合わないようにして、ソッポを向いていた。


「びじ~ん、びじ~ん、びびびび…」


茶化しているのか、それとも本気か。 歌い始めたシスティアナを捕まえたポリアが、何かを言っているのだが…。


Kは、それでも仲間を見ない。


イルガは、口を左右に伸ばされたシスティアナを案じた。


町の入り口から続く林の間を抜ければ、開けた町並みが見える。 マルタンの様に、建物だらけではない。 大木や木々を間に挟む、落ち着きの在る閑静な町並み。


Kの言った宿は、石造りの家が並ぶ右側の二つ先に在った。 石で出来た低い塀が敷地を囲い。 宿は、敷地に生える大きな木々に囲まれるように、木造だが造りが立派で、大きい屋敷の様な建物だった。


御者の男は、Kやポリア達の五人をその宿の前で降ろすと。


「それじゃ、私はここで別れます。 お嬢様、皆さんもご無事に」


御者の男性へと手を挙げたマルヴェリータが、


「ありがとう、街へ帰る時は気を付けてね」


と、感謝を添えた。


「へい、では」


御者の操る幌馬車は、町の奥に向かって行った。


この町中を貫く大通りの先には、噴水を中心とした円形の広場が在る。 広場は、倉庫や店などで囲まれており。 広場では、この町一番の賑やかな様子が見えると云う。


それと云うのも。 その広場の北側には、一階が窓や壁の無く古い形の広間と成っている、所謂の‘集会所’のような場所が在る。 此処では、日々に亘って野菜や果物の取引が行われる。 また、この集会所の様な建物の地下には、蔵のような倉庫が階層式にて、縦に数階。 横に何十と並べ造られており。 毎年、この蔵の各部屋に野菜や果物を運んでは、雪を入れて温度を下げて長期貯蔵するのだ。 然も、処では各蔵の持ち主は全て決まっていて。 雪入れの作業は、町人の総出で行われる。


さて、オガート町には、広場を中心に町内で5軒ほどの宿が在って。 微妙に鄙びていて落ち着けると、王都マルタンの街に住む人は言う。


“収穫祭や暑い夏には、マルタンから貴族や旅行者が来る”


所謂の避暑地にも成っている、と。 こう言えばいい処か。


馬車を見送る四人より先に歩き出したKが、開かれている木の門を越えて石畳に沿って宿に向かう。 門より宿までは、石畳を道にしてよく手入れされている小振りの木々が佇んでいた。


季節が春なので。 今は、やはり桜が綺麗だ。 古木の桜が枝を伸ばし、一番高い所で春雨に濡れ始めつつ咲いているが。 庭の入り口から望める奥では、ひっそり桃の花も咲いている。 苔むした庭石、枝垂れている古木が、この宿の味わいを深くさせていた。


開放されてある入り口の前に、Kが立って見上げるなら。 木造だが、古めかしいという印象よりは、どっしりとした大きい邸宅のようで在る。


(また、来ちまったな)


入り口を潜り受付のあるロビーには、前掛け姿の老いた女性が居る。 Kは、その人物に声を掛けた。


「婆さん。 前に言った通り、また泊まりに来ちまったよ」


小柄で目の大きい老いた女性は、振り返ってKを見ると。


「おや、あら~また来たのかい?」


老婆と話すKの後ろから、ポリア達も来て内装を見ているのを目にし。


「アンタ、本当に冒険者だったのかい」


と、老女は続けた。


この女性、この宿の女将である。 なかなか肝っ玉の据わって居そうな顔で。 痩せているが、馬力は有りそうだ。


「あぁ、女性三人に、男二人。 四・五日、泊まると思う」


そう聞いた女将は、ポリアやマルヴェリータを見て、


「おやまぁ。 こりゃ~‘美人’って言葉が、そのまんま人間に成った様な娘じゃないかい。 ウチの風呂に入ったら、男が虜になって死んぢまうねぇ。 あははは」


と、大笑い。


ポリアとマルヴェリータも、年配女性に言われては悪い気はしないので笑う。


だが、イルガの方を向くKは、小声で。


「どっちの親も、それを願ってらぁ」


と、小さく言えば。


直後、Kの横に来ていたシスティアナも。


「ねがってら~」


と、にこやかに胸張って復唱する。


「いいよ。 部屋は、男女別で用意してあげよう」


そう言った女将は、働いている手伝いの女性二人に声を掛けて、各部屋への案内を頼む。


それが終わると女将は、Kに向かって。


「で? クォシカの事でも、ま~た調べに来たって訳かい?」


と、姉御の様な男っぽい口調に変わる。


有る意味、それは警戒と威圧も含んだ問い掛けだった。


だが、Kは…。


「あぁ、その通り」


と、素っ気なく頷くのみ。


寧ろ、ポリアやマルヴェリータの方が。 何も言ってないのに、自分達の来た理由を知っていた女将に驚いた。


「女将さん、何で知ってるの?!」


すっときょんな声で尋ねられた女将は、少し呆れてポリアを見ると。


「伊達にね、歳は食っちゃ居ないよ。 それくらいは、冒険者なんか遣ってなくたって解る」


すると、案内される為に、女性へ着いて行こうとするKも。


「酷く、解り易いと思うがな」


この言葉を置いて、先に行こうとする。


ポリアは、Kの背中へ向いて。


「嘘っ?」


然し、肩を竦めるだけのKは、黙って案内に着いて行った。


見送る様に、Kを見ているポリア達。


そんなポリア達を見ていた老女の女将は、その感覚の鈍さに呆れて。


「ハァ~。 その様子からするとアンタ等は、向こうの黒い男とは違って駆け出しかい?」


またまた見抜かれたと、困った笑みを浮かべるポリア。


そのポリアに、世話が焼けると老女の女将は言う。


「いいかい。 此処は、狭い町の中だ。 王都のマルタンとは、何もかもが違うんだよ。 ちょっとした噂なんて、暮らす人の少ない町の中では、直ぐに広まる。 冒険者達が、祭りもなんにも無い時期に、こんな町に長逗留なんて・・。 仕事の他、何が在るよ」


確かにその通りと、苦笑いするしか無いポリアは、


「そう・・ですね」


と、これのみ。


頷いた女将は、


「今の処、この町が冒険者に頼んだ依頼なんてのは、ラキームの出したアレぐらいなもんだよ。 然も、あっちの包帯顔をしたアンちゃんは、前にもクォシカの事を聴き回っていたし。 人数が増えて戻って来れば、大体は想像つくだろうさ」


と、丁寧な助け舟を出してくれた。


「そっ、そっか…」


ポリアも、他の皆も、やっと事情が飲み込めた。


今の時期は、花見客が来るぐらい。 町を訪れる人が少ない頃だからか。


「早めに泊まってくれるんだから、お昼も出してあげよう。 部屋に行ってから、下に降りてきな。 クォシカについて、色々と話してあげるよ」


親切な対応に、ポリアは空腹だったので素直に。


「ありがとう、女将さん」


と、云うと。


頷いて背を見せた女将は、


「うん。 だからな、納得したならば、さっさとマルタンへお帰り。 クォシカを捜すなんて、詰まらない事なんだから」


と、投げ遣りみたいに言うのだった。


そのガラッと変わった素っ気無さに、一同は見合ってまた女将を目で追った。 女将は階段ではなく、廊下の先に見える、開けっ放しのドアの中へ消えていった。


「なんか・・・、私達って要らないみたい・・ね」


マルヴェリータの言った事は、ポリアも同感である。


みんなが案内されたのは、三階の窓側に在る部屋のだった。 女性三人は、五人部屋に案内された。


「うわ~、広~い」


喜びはしゃぐシスティアナ。


その部屋のベットは間隔をゆったり取った感じで、窓前に並んでいる。 洗い晒しの白いシーツは、清潔感が在り。 右側の空いた場所に在る丸テーブルに、大きい構えの椅子が三つ。


そして、何も置かないドア側に面する壁には、鮮やかな新緑の森に包まれた。 この町を描いたで有ろう風景画が掛けられて在った。


「この絵、優しい~筆遣いね」


ポリアが、絵を直ぐに見詰め。 マルヴェリータとシスティアナも、絵の前に来た。


案内をしてくれた、そばかすの多い若い町娘が。


「この宿の絵って、全部がクォシカの絵なんですよ。 女将さん、クォシカの絵が大好きだったから…」


「へ~」


答えたポリアは、勿論。 システィアナも、マルヴェリータも、その優しい筆使いの絵が好きになる。


荷物を置いた三人は、各部屋の絵を覗き見しながら下に降りた。


一方、イルガとKは、それぞれに個室だった。 簡素な部屋だが、掃除はきちんと行き届いていた。


処で。 Kの部屋には、大きな絵が飾られて在り。 その題材には、公孫樹の森が描かれていた。 色付く黄色の森が、夕方の日差しで陰の部分と陽に当たった部分と云う。 美しいコントラストを見せている。


Kの見立てでは、この絵は記憶を元に描いたものでは無い。 この公孫樹の森の中で、彼女本人が見て描いた絵で在ると思う。


「いい絵だな・・。 筆に、描いた人物の心が宿ってるみたいだ」


「えっ?!」


イルガとKを案内したのは、大人びた化粧っ毛の無い年上の女性。


後にKを案内した処で、枕と毛布を棚から取り出している最中。 顔の解らない包帯顔をした、明らかに不気味なKを警戒していたのか。 言葉に驚いた様子を出して、Kを返り見る。


「あっ、あぁ、それね。 それ、行方不明に成ったクォシカの絵よ」


彼女の短い悲鳴や驚きにも動じず、絵を見続けていたK。


「なるほど。 前に案内された部屋には、春の中央広場の噴水が描かれた絵だったが。 こっちは、なんとも不思議な哀愁を感じる…」


案内した女性は、Kに絵を観る力が有ると視たのだろうか。


「クォシカの描いた絵は、どれもいい物よ。 女将さんは、絵の代金を払おうとしてたけど。 クォシカは、少しも貰わなかったみたい。 絵を描く事・・よっぽど好きだったのね」


「なるほどな・・。 こんな立派な画家が失踪なんて、させる方が気違ってるわな」


すると、Kの意見に同調した女性は、窓から外を見て。


「ホントっ、ラキームは大嫌いよ…」


と、声を抑えて言った。


その声には、明らかな‘嫌悪’が滲む。


絵を堪能したKは何も言わず、荷物を置いて一階に降りた。


その背中を見た案内の女性で。


(ラキームから逃げたクォシカを捜すなんて…)


どうやらこの女性は、クォシカが逃げたと思って居るらしい。 では、何故にKはクォシカを捜そうとするのだろうか。


さて、老女の女将が先ほど消えた所が、皆が呼ばれた食堂である。 丸テーブルの席が、三~五人掛けで10組ほど。 他は、長テーブル席で、横に並んで席に就ける三人掛け、四人掛けの長椅子の組み合わせが、七列の五十席前後ある。


その食堂へと、ゆっくりやって来たポリア達。


「いい絵ばかりだったわね。 一つ欲しいかも」


先頭で、二階から階段を下りるマルヴェリータがこう言えば。


「でも、あの絵はさ、この場所が合ってるわよ」


と、ポリアが後ろから言えば。


「そうで~す」


と、イルガと並んで降りるシスティアナが言う。


イルガは、Kとは別に一々待って、ポリア達に合流して降りてきた。


一階に降りて集団と成った四人は、ポリアを先頭に、喋りながらその食堂に入った。


処が、だ。 先に来ていたKを見て、四人は立ち止まった。


(ケ・イ・・?)


Kの姿を遠くから見て、ポリアは何だかドキッとした。


食堂奥、中庭を望める窓の前には、丸テーブルが在る。 そのテーブルに就いて腰を降ろしていたKは、足を組んで肘を着き。 何を見るとも無しの様子で、雨が降る外を見ている。


だが、不思議とその姿は、とても優雅で在る様に見え。 ポリア達が何時も見るガヤガヤと騒ぐ冒険者の者達とは、明らかに何かが違う雰囲気が漂っていた。


独特な雰囲気を醸し出すKに、一瞬だけでも完全に見入ってしまったポリア。


「ケイって・・なんか品があるのね」


マルヴェリータへ、呟く様に漏らすと。


似た様だったマルヴェリータが。


「み・みたいね。 ん・・不思議な人」


そこに、Kの居る場所とは反対側と成る左側奥から老女の女将が料理を運んできて。


「ほら、何をボサっとしてんだい。 こっち来な」


呼ばれた四人は、Kの居るテーブルの席に着く。


「奮発して、いっぱい作ったよ」


こう言う女将にして、Kは出されたサラダを見つつ。


「女将、この人達はマジで喰うゼ。 こんなんじゃ~全然足りない」


と、呆れ口調で言う。


処が、こう教えられた女将は、ポリア達を見て。


「そりゃ~面白い。 た~んと作ってあげるよ」


老女の女将の反応に、システィアナは少女の様に喜んで。


「おいし~のだ~い好きですぅ~」


横のポリアも、全く遠慮する様子も無く。


「なるべく残さず頂くわ」


そんな似た様な一同を見て、Kは窓を投げ遣りに見る。


(ちった~遠慮しろよ…。 出逢ってから、食ってばっかりだろうが)


呆れるしかない。


女将が持って来た、サラダの入ったのガラスボウルに始まり。 その後、野菜のスープと野菜のグリルが続き。 川魚の塩焼き、魚の塩漬けの生切り身を野菜とオリーヴオイルで和えたもの。 更には、肉の塊を柔らかくワインと出汁で煮込んだものと続いて。 二種類の牛の部位のステーキ、ニンニク風味に炒めた穀物などなど。 どんどんと料理が出て来る。


自分に合った分量しか受け皿に置かず、横向きで食べるK。


一方のポリア達は、食べ方は普通なのに、出された皿を順次に空けて行く。


料理を運ぶ女将は、嬉しいと笑い顔。


「いい~食べっぷりじゃないかい」


最後のデザートは、果物と野菜で作ったケーキや冷たいジュースだった。


さて、料理を出し終えた女将は、グラスに紅茶を注いで持って来た。 そして、空いていたKの横の椅子に腰を降ろすと。


「どうだい、美味しかったかい?」


「えぇ、野菜が美味しかったですわ」


と、マルヴェリータが答えた。


「おなかい~っぱい」


システィアナが、ローブの上からお腹をパンパンする。


その仕草を見たポリアは、恥ずかしそうに。


「システィ、止めなさいって。 アンタ、アタシと同じで、二十歳なんだから…」


「は~い」


どう見ても、十四・五歳の娘にしか見えないシスティアナ。


彼女を見たKは。


「ほう。 それなら多分、四十になってもこんな感じだな」


と、口元を笑わせている。


嘲笑っているのでは無く、システィアナに合わせているようだ。


紅茶を一口した老女の女将は、Kに首を動かし。


「で? 包帯のダンナは、一体クォシカの何が、そんなに気に成るんだい? あの子は、ラキームの手を逃れて消えた・・・。 それが現実、それでいいじゃないか」


言い方の何処かに、やや非難を含めて言った。


雰囲気で押し黙るポリア達は、それでいいと思った。


が。 Kは、


「それが本当なら、それでいいんだ。 だが、現実に残る有り様から、そんな気がしない。 話を聴けば聴くほどに、強く引っ掛かるのさ」


女将は、戯言の様に聴いて。


「そうかい? あたしゃ~そんな気がしてるし。 町のみんなも、そう思ってるよ」


だが、誰の眼から見ても余裕と云うか、確信すら持った雰囲気を滲ませるKは、ケーキをフォークで削りつつ。


「クォシカって娘はよ。 父親の病気の為に、自分を身売りする様な婚約してしまった事で、父親を死なせてる。 意思と云うか、芯が強く、口数の少ない慈愛精神の強い女性だ。 この町から逃げるなんて、余程の事が有ったか。 ま・・・有った後だろう」


と、個人的な見解を述べた。


その後、間を持って老女の女将に脇目を振ると。


「そこで、女将に問うが。 そんな事、実際に有ったのか? 父親が自殺した後、ラキーム氏との婚約を破棄した後に、だ」


こうKが言うと、女将は考える様に押し黙る。 皴の多い顔、白髪頭の女将が、急にグッと老け込んで見える。


だが、聞いていたポリアは、寧ろKの言ったその話自体が驚きだ。


「お父さんが自殺・・って、どうゆう事よっ?!」


と、Kに言ったつもりだった。


然し、彼に代わる様に女将が。


「うん・・、実はね」


女将が先に応えて、事実を語ってくれる。


少女の頃から美しかったクォシカは、町史の息子ラキームから十二・三の頃からアプローチを受けていたが。 嫌悪を明らかにする訳でも無ければ、怒る事も、逃げる事も無く、柔軟に躱していた。 誰の目からしても、それは角を立たせずに断って居ると見えた。


処が、だ。


クォシカが、十六歳の冬。 二人三脚で生きて来た父親が、病気で倒れた。


クォシカの父親は元々から病気がちで、農作業はあまり出来なかった。 畑は、クォシカが他の家より家畜を借りたりして手伝い。 父親は、森に入っての薬草取りと。 それを煎じたり、薬に変える薬師として収入を得ていた。 慎ましやかに、親子二人で支え合って生きて来たのだ。 また、クォシカの母親は、クォシカがまだ幼い頃に病気で死んでいる。 クォシカにしてみれば、父親が唯一の家族であり。 父親の為に生きている、とこう言って良い様なものだったらしい。 


其処で、ラキームが弱みに付け込んだ訳だ。


実は、ラキーム氏の父親も、近年は病気を患っていて。 マルタンの街から交代で来る腕の良い医師に因って、半寝たきりながら養生しているのだが。 ラキーム氏は、クォシカが自分と婚約するならその医者に口利きすると、そう言ったのだ。


父親が第一のクォシカは、ラキーム氏の言いなりに成り掛けた。


だが・・。 娘を想う強さは、父親とて娘の気持ちに負けていなかった。 クォシカの自由の為に父親は、自らその命を絶ったのだ…。



- クォシカ。 私の最愛の娘よ。


私と妻の分まで、お前には幸せに成って欲しい・・。


決して、父の犠牲になっていけない。 -



そう綴られた置手紙が在るベット。 その横で、首を吊った父親の姿が在ったと云う。 夕日に、影を長く伸ばして…。


“自分の軽はずみな行動から、父親の死期を早めた”


こう感じたクォシカの嘆きは、非常なものだった。


然し、この二人の親子には、町のみんなが世話になっていた。 金の有無に関わらず、病人には薬を施し。 また、病人の為ならば、深夜でも起きて駆けつけたクォシカと父親。 町のみんなが、クォシカに励ましを言い。 クォシカを支えてやろうとした。


そのお陰も有り。 クォシカは父親の分までも生きる意味で、薬師の仕事も継いだのだ。


また立ち直る意味も込めてクォシカは、ラキーム氏に婚約の解消を言って。 この町にある神殿に薬草を届けたり病人を診ながら、一人で細々と暮らしていた。


此処でポリアは、首を括った父親の一件で頭に血が昇った。


「なんて奴なのよっ・・・、仕事を請けて損したわっ!!!」


と、吐き捨てる。


ポリアの怒りは、仲間三人の怒りと同じ。 憮然としたイルガに、口を‘への字’に顰めるシスティアナと、無口に成って目を細めるマルヴェリータが居る。


だが、Kだけは冷静に。


「ポリア、勘違いするなよ。 俺達は、あくまでもクォシカを捜しに来たんだ。 ラキーム氏の為に、彼女を見つけるんじゃない」


然し、ポリアの怒りは収まらない。 キッと、Kを睨み付け。


「でもっ、依頼主はソイツじゃない! 彼女を見つけるのは、手を貸しているのと一緒じゃないっ!!」


「冷静になれ。 与えられた義務は、報告のみだ。 受け渡しじゃない。 見つけても、渡さなければいいんだ。 それより問題は、クォシカが何で、急に失踪しなければならないのか。 その意味が解らない。 必要が無いのに、失踪・・・。 意味の解らない部屋の荒らされ方といい、不可解な異変。 挙げ句には、余計なラキーム氏の行動だ…。 どれもこれも、不自然が過ぎる」


此処で、感情が爆発したポリアが腰を浮かせ。


「そんなのっ、ラキームって奴が強引に言い寄ったのよっ!!」


と、怒鳴った時だ。


静かな間合いの中、鋭い視線をポリアに向けたKが。


「‘冷静になれ’と言ったのが、お前には聞こえなかったのか?」


と、低い声で言う。


「う゛っ!」


睨まれたポリアは、それ以上の二の句が繋げなかった。 Kの気配が、一瞬だけガラっと変わった。 その変貌が、単に酷く怖かった。 体中に悪寒が走る。


また、女将も同様に驚いてしまったが…。


「アンタ、何の関係もない他人なのに。 そんなに、クォシカが心配なのかい?」


問われたKは、窓の外の雨模様を見て。


「これでも元は、冒険者として色々と事件に絡まれた身でね。 過去の経験から、どうも嫌な予感がしてやがる・・・。 ま、それは別にしても、一番の気懸かりは依頼主のラキーム氏が、何故か冒険者に仕事を依頼している事だ」


「あ? どうゆう事だい?」


女将は、Kの言った事が胸に蟠る。 こう言われると、胸中の何処かにザワザワしていた不安や疑問が、掘り起こされた異物の様に気になって来た。


「簡単な事さ。 聞けばラキーム氏は、既に新たに妻となる予定の女性を見つけている。 然も、婚約もした。 二ヶ月後には、正式に結婚するんだ」


「そうだ、そうだとも。 王都に居る貴族のお嬢様とかで、本人が言い触らしていたんだよ」


「それならば、普通はよ。 もうクォシカなんかは、彼にとってどうでもいい筈だ。 もし、クォシカが失踪したなら、返って好都合だろうよ。 結婚する女性に、前の婚約者を知られなくていいんだからな。 なのに、何故か今でも捜してる」


この説明に、腕組したイルガは薄暗い天井を見上げて。


「理由が解らん上に、依頼を残している意図も解らないのぉ」


「そうだ」


言ってKは、更にこう言い出す。


「もし、仮に・・だが。 ラキーム氏が密かにクォシカをどうにかした・・・。 つまりは、誘拐とかしたとしよう」


この例え話にポリアは、また席を立つ程にびっくりして。


「ゆっ、誘拐ですってっ?!!」


と、大声を上げる。


みんなも驚いて、Kを見る。


「大声を出すな。 ‘仮に’と、言っているだろうが」


「あ、ごめん」


身を戻すポリアは、自分がこんなにも面倒な性格とは、と反省する。


ポリアの様子を見たKは、


「ま、何にせよ、だ。 捜すフリをするなら、奴は父親の代わりとなる町史代理なんだから。 町に居る役人に町や周囲を捜させて、“居なかった”と有耶無耶にしちまえばいい。 それぐらいの権力を持っているんだからな」


と、言うと。


町の住人たる女将は、深く頷いて。


「なるほど・・。 確かに、失踪を知ったラキームは、クォシカを捜せと役人に命令したけどね。 有耶無耶にする処か、直ぐにマルタンへ、クォシカ捜索の依頼を出したよ」


「だが、態々に冒険者に頼むなんて、町の人にも知られる事なんかするんだ?。 然も、金に意地汚いと云うラキーム氏が、5000シフォンもの大金を遣ってだ。 報酬が5000シフォンならば、依頼に掛かった金は少なくとも1万シフォンは見ていい」


すると、また女将が。


「一々、最もだね。 あのラキームは、自分で遣う金遣いが荒い割りには、他人へ払う金にとても意地汚い。 冒険者への報酬だけで5000も出すなんて、幾らクォシカの為とは言え、おかしいねぇ」


「その経緯を合わせると・・、だ。 俺達には解らないが、ラキーム氏にはクォシカを‘捜す’意味が在るんだろう。 然も、ラキーム氏の依頼自体の目的は、彼女の身の存在のみに置いている様な気がする…」


この意見には、マルヴェリータが反応して。


「そうね。 さっさと婚約した事といい、自分から捜して回らない様子といい。 本気で捜すなら尋ね人として、マルタンの街や街道の起点となる中継休憩所にも張り紙を回してもいい様な…」


普通の失踪者を捜す家族のする事と、ラキーム氏の行動を比べて考える。


此処で、Kは。


「これは、俺の勘だがな。 クォシカの失踪自体には、ラキーム氏自身に覚えが在る・・と、そんな感じがするんだ」


だが、マルヴェリータは、それこそ意味が解らないと。


「まさか。 大体、身に覚え在るなら、普通は隠したく成るわ。 やる事が逆なんじゃない?」


「いや、‘普通なら’、そうだ。 だが、背に腹を変えても、そうしないといけないとしたら? 理由は、今の処はサッパリ解らないが。 どうも裏が在ると、俺はそう感じてる。 クォシカの住んでいた家を強引に奪い、跡形も残さず壊したのがその現れだ」


Kの言葉で、ポリアが奇妙な違和感を覚える。


(ん゛~、ケイの言ってる事、な~んか解る様な…)


さて、Kの大まかな本音を聴いた気のする老女の女将は、Kを見る目が穏やかなものに変わっていた。


「アタシゃ、アンタが報酬の金欲しさに、逃げたクォシカを捜そうとしてると。 そう思ったけど………。 そんな本気で色々考えるなんて思わなかったよ」


「本当に一流の冒険者ってのは、依頼の中の真実を捜すのも仕事の内だ。 それに、働く以上は報酬を貰うさ」


「ほっ、言ってくれるね」


と、Kを笑った女将だが。


何故か、直ぐに俯き加減と成ると。


「正直、アタシも含めて心配なんだよ・・町のみんなも。 もし、クォシカを見つけたら、此処に連れて来ておくれ。 ラキームなんかに、やりたくないからね」


目を窓に向けたままに、Kは頷くと。


「あぁ、そうしよう。 彼女も、働ける場所が在り、絵を飾れる場所が在る此処なら落ち着きやすい筈だ。 見つけたら、必ず連れて来よう」


「ありがとう。 前に来てた冒険者とアンタは、随分と違うね」


するとKは、


「フン」


と、鼻で笑って。


「ラキーム氏の依頼を請けて来てるんだ。 違いなんか、あるものかよ」


不思議と分かり易く毒ついた彼だった。


ポリアは、Kに対して複雑な気分が湧いた。 何故、見も知らずの女性に対して、こんなに動くのか解らない。 然し、その頭の回転の良さや思考能力の鋭さは、純粋に凄いと思った。


一方、まだ疑問に気持ちを囚われるマルヴェリータは、Kに尋ねてみる。


「ねえ、ケイ」


「ん?」


「見も知らない女性に、何でそこまで考えて行動するの? 貴方を見ていると、お金が目的じゃない気がするわ」


「さぁ・・・な。 若い頃に冒険者に成ったまま胸に残る、そうさな、探究心かもしれないし。 只の御節介かもしれん。 だが、彼女が何かに巻き込まれてしまっているなら、助けてみてもいいんじゃないか? どうせ、生きている間は、人生ってのは暇潰しだ。 働いて、暇を潰せて、上手く行けば人助けした上に、報酬まで手に入る。 遣り方次第では、美味い生き方だろう?」


「他人に、貴重な自分の時を遣っても?」


この言葉に、Kは酷く嘲笑うかの様に。


「フッ」


と、目と口で笑う。


その様子は、余りにもあから様で。 マルヴェリータも、ポリアも、Kに目を見張った。


だが、Kは…。


「おいおい、俺達は一体、何様だ? 俺ら冒険者に仕事をくれるのも、その成果を認めるのも、評価を讃えるのだって、全部他人だぜ? 自分本位だけで生きて、何が為せるって言うんだ?」


「そ・それは…」


口を濁したマルヴェリータを含めて、誰もKに反論が出来なかった。


「大体、自分にのみ時を、明けて暮れる日を遣ったって。 他人が居ないなら、全てが独りよがりじゃないか。 どうせ無為に居ても、時は刻まれるんだ。 誰かの為でも結構、働くのもいいじゃ~ないか」


Kの話に、ポリア達は目に見えぬ大きな課題を貰ったと感じ。


老女の女将は、Kの持つ冒険者としての本能にも似た姿勢と云うか、考え方を見た気がした。


さて、外では流れる様な雲が溜まり、暗い空から雨がシトシト降っている。 春の長雨が到来したので在った。


暫しの沈黙の中で、Kは紅茶を飲み干すと。


「クォシカの親友と言う娘の帰りは、恐らく明日の到着だろうな。 今日は、慌てずのんびりでいいと思うぜ」


その‘娘’と云うのが誰か、聞いた老女将は直ぐに解った。


「それは、町一番の大地主、コルテウさん所のお嬢さんかい? 名前は、シェラハって云うんだよ」


「そう、そのお嬢さんだ。 彼女が、荒らされたクォシカの家から、家が壊される前に家具を持って行ったとか」


「あぁ、その通りだよ。 あのラキームに、噛み付くぐらいの気迫で守ったよ。 流石のあのラキームも、コルテウさんには中々に頭が上がらないからね」


貴族のポリアは、地主の権力じみたものを感じて。


「へ~、やっぱり地主だから、かな?」


すると、女将は笑って。


「それも、在るけどね。 コルテウさんは、このオガートの町の英雄だし。 ラキームの父親とも、とても熱い想いで結ばれた親友なんだよ」


「え・英雄? 町史の親友?」


其処でKが、意味が解らないだろうと説明を入れてやる。


「元々、それこそ四十年ぐらい前まで。 この町に於ける野菜の取引は、商人と世襲貴族系の町史の間で、賄賂で仲良しっつ~談合取引が主体だった。 どれだけ作ったって、農家や地主に儲けなんて殆ど無かったのさ」


実は貴族で在るポリア。 大商人の娘で在るマルヴェリータは、酷く毛嫌いする様に顔を顰める。


「貴族って、ポンコツしか居ないみたい」


「商人だって、似た様なものよ」


そんな二人を眼だけで見たKは、更に続け。


「だが、な。 今の町史で、ラキームの父親って云う人物はな。 元は、王都の政治学者で在り、また不正を許さない政務官時代の仕事ぶりが今の国王の目に留まり。 国王肝入りで、町史として任命を受けた」


ポリアは、現・町史の息子の悪い話を聴いてしまった為か。 それが、非常に興味深い話だと。


「へぇ・・、病気の町史さんって、そんな凄い人なの…」


「ま、息子を見ると、ちょっと信じられないだろうが。 彼は任命されて、この町に赴任すると直ぐに。 貴族の下で私腹を肥やす役人を次々と排除した。 そんな彼の行動に賛同した地主のコルテウ氏と町史アクレイ氏は、二人で農家や地主の生活を守る為に。 その半生と云うべき全力を今日まで尽くした」


こう聞いたマルヴェリータは、


「デキる人は、何処かには居るのよねぇ…」


と、うっとりし。


腕組みして頷くポリアも。


「貴族の全部全部が、ポンコツって訳じゃ無いのよ。 ウンウン」


「フッ、まぁ~そんな処かな」


と、Kはまた話を繋ぎ。


「二人は、中央から差し向けられる中傷や脅しなどの、古い権力に屈する事なく。 終に、農家や地主の自由取引を国に認めさせて。 また、商人と役人の間の賄賂・談合を弾劾したのさ。 だから、二人は町の英雄で在り。 同時に、共に戦った戦友のような絆が在る。 そんな経緯からして、病気だろうが、アクレイ氏が生きている間は、ラキームの専横も悪戯止まりだろうな」


「へ~。 ケイってば、こんな地方の事にも詳しいのね」


感心したポリアが、本当に感動する様に言えば。


同じく、聞いていた老女将も。


「ホント、良ぉ~く知っているね」


と、感心。


処が、Kは淡々と。


「こうゆう田舎町にしては、とても画期的な事だったからな。 ま~国の面子を保つ為に、表向きの功労者は内政大臣になってるが。 町の人は、その苦しい戦いをしていた二人を見てたから、真実を知ってるだろうよ」


頷く女将は、嘗ての真実を振り返って嬉しくなったのか。 当時は、まだうら若い宿屋の看板娘だったと、更に深く語ってくれた。



        ★



さて、その後はKの言う通りに、のんびりと過ごせそうな午後だった。


クォシカの事や町の昔を女将から聞けて、ポリア達は知らない事の連続で在り。 いい勉強になったようだ。


話す女将も、また。 久しぶりの話し相手が出来てか、大盤振る舞いに話している。


さて、一人で席を立ったKは、雨の中なのに。 宿の庭先へと、横の勝手口から出て。 春雨に濡れる桜を見た。 淡いピンクの花びらが、濡れて涙の様な雫を落としている。


(もう・・・、あれから半年か)


宿の裏庭に行けば、花の色の違う桜の木が広がっていた。 木の下には、座って眺めることも出来るようにと、木製の腰掛が彼方此方に。


其処から眺められる庭木とは、梅に、桜に、桃に、柳で、塀を見せないようにと囲う木々には、椿に牡丹に梔子…。 春先から秋まで、どれかの花が常に咲いている庭なのだと、Kは感じさせられた。


「ふぅん。 見た目の性格に似合わず、花が好きなんだな・・あの女将は」


と、ポツリ漏らす。


処が、だ。


次第と迫る夕暮れ、辺りが暗く成り始める中で。 血の匂いが風に乗って、いきなり漂って来た。


「ん?」


風の来る方に向かって、Kは歩き出す。 宿の側面に沿って、裏手の奥に歩いて行けば。 宿の裏に伸びた小道に出る、裏の出入り口に着いた。 丁度、食堂の左になるから、宿の中は厨房の辺りだろう。


「う゛、・う゛ぅ・・」


人の呻き声が、間近で聞こえる。 


その声を頼りにKが捜せば、裏の出入り口から小道に出た所で、人の手が動いていた・・。 走り寄って小道に出れば、衣服を血まみれにした40代の中年男性が倒れている。


「おいっ、しっかりしろっ」


Kが彼を助け起こせば、全身に傷を負っている。 服が、何か獣の爪にでも切られたかのような、鋭く乱暴な切り裂かれ方だ。


「う゛ぅ・・ばっ、ば・・化け物・・・も・いちょ・・う森に・・ば………」


「公孫樹の森に、化け物か?」


Kの問い掛けに、大怪我をした男はか弱く頷く。


「チッ、傷が深いな」


男を抱えたKは、宿に戻るなり別の勝手口を蹴り破り。 厨房に入って。


「大変だっ!! 怪我人が居るっ!!」


と、叫ぶ。


その鋭い声は、Kの身体に似合わない大喝の一言。


「どうしたんだいっ?!!」


丁度、紅茶のお代わりを作ろうかと、厨房に向かって来ていた女将が出てきた。


「女将、怪我人だ」


Kは、厨房の大きなテーブルに男性を横にさせる。


近寄った女将は、その怪我をした男を見て。


「なんでっ? ドルインじゃないかっ。 こりゃ、大変じゃああっ」


然し、その緊急時にも全く動じて無いKは、女将へ。


「女将っ、直ぐにポリア達を呼べっ」


「え?」


「アイツの仲間のシスティアナは、僧侶だ。 消毒をしてから、傷の治癒をして貰ってくれ」


「あ゛っ? あぁっ・・解ったよ」


慌てて出て行く女将。


其処へ、この騒ぎに驚いたのだろう。 他のお手伝いさんも来て入口から顔を見せると、寝かされた怪我人を見るや。


「きゃーーー!! アンタっ!!」


と、叫んで入って来た。


その女性は、Kに部屋の案内をした女性で在る。


Kは、彼女を見返し。


「お宅、この男の奥さんか?」


「そうよっ! なんで・・何でこんなっ」


食材を切ったりする大きな円テーブルに寝かせるKは、衣服を脱がして傷を確かめる。


その間のドルインは、うわ言で頻りに。


「ば・・化け物が・・ば・・化け物が・・」


苦しみながらも、必死に訴えているかの様に呻く。


「あっ、あぁ・・え? ばっ・化け物っ?!」


耳を疑った奥さんが、意識の薄まる夫へ聞くと。


Kは、何やら腰のサイドパックより取り出しつつ。


「公孫樹の森に、それが出たらしいぞ」


「え゛っ、そんなっ! この町にモンスターだなんてっ!」


それは驚愕とばかりに恐れ驚いた、手伝い婦の奥さんだった。


その後、若い手伝い婦に呼び出しを任せ、舞い戻って来た女将が。 もう一人、他の手伝いと色々と動き始めた。


一方、


「どう・どうしよ・・どうしよぅ…」


と、混乱と驚きからオロオロとしてしまう奥さん。


この町には、医者らしい医者が居ない。 丘の上の神殿に行って、神殿に仕える僧侶を呼ぶしかないのだ。


然し、傷の粗方を確認したKは。


「女将、コレを使え。 青い薬包瓶に入るのは、消毒液の原液だ。 水に薄めて、傷を拭え。 そのまま魔法で塞ぐと、後で酷く化膿する。 黒い薬包瓶は、気付け薬だ。 意識が落ちたら、直ぐに飲ませろ。 強い薬だから、ちょっとは暴れるぞ」


怪我の処方を知り。 常時に渡って薬を所持している準備の良さに、女将はKを見て驚き。


「あああアンタっ、薬師かいな」


女将の驚きを余所に、Kが傷付いた男性の妻へ。


「処で、モンスターの出たらしいと云う公孫樹の森ってのは、何処だ?」


「えっ、あっあああ~、ひっ東っ!」


金属で出来た中指ほどの形の‘薬包瓶’を受け取る女将も。


「町の広場前の大きな通りを、東に行けば…」


其処まで聴いたKは、


「解った」


と、開かれっ放しの勝手口から、外へと素早く飛び出して行く。


「あっ、ちょっと!」


奥さんは、一人で飛び出したKに遅れて気付いては、慌てふためくままにこの声を掛けるのが精一杯だ。


さて、Kが出た後直ぐに。 駆け付けたシスティアナがトコトコと入って来て、怪我人を見るなり。


「まあ゛ぁぁぁっ、大変ですう~~~」


治癒の魔法を唱え始めた。


「神よ、慈愛と優愛を抱くフィリアーナ様・・この傷に苦しみし者に、癒しを与えたまえ」


システィアナの身体が淡い光に包まれ、その手を翳す男性の傷口が見る見る塞がろうとする。


だが、その塞がる時に、煙がフワッと上がり。


女将が、


「ちょっと、お待ちっ」


と、システィアナを引き離した。


女将の行動にも驚いたシスティアナだが。


「え゛ぇっ? この方はぁ、闇の力で傷ついたのですかっ?」


と、喋り方が急にまともと成って、先ず此方に驚く。


‘その通り’と、頷く女将は、


「傷口を消毒してから塞げって、あの包帯男が」


「まぁっ! もし、ゾンビやスケルトンに傷付けられたならば、早く消毒をしなければぁ~~~」


更に話を聴いてシスティアナが慌てる其処に、ポリア達が走って来た。


「どうしたのっ?!!」


と、真っ先に見られたシスティアナは、ポリアに向かって。


「ポリア~、モンスタ~さんでぇすっ。 ケイさんがぁぁぁぁぁっ、一人で行ってしまったそうでぇすっ」


すると、マルヴェリータが。


「え゛っ?!! この町にモンスターって・・、まさかっ」


と、驚いてしまう。


この二十年以上、オガートの町にモンスター騒ぎなどとは聞いたことが無い。


だが、怪我した男性の奥さんが、


「東の公孫樹の森ですっ。 ウチの人が・・、何度も言うんですっ!!」


と、訴えるその時も。


「ば・ばけ・・もの・・ば・ば…」


と、男性は血だらけの顔で、うわ言を言う。


これは一大事と察するイルガは、ポリアに向いて。


「お嬢様、直ぐにケイを追いましょう」


「うん」


ポリア、イルガ、マルヴェリータは、武器やステッキだけを取りに行って。 直ぐに雨の外に出て行った。


厨房に残るシスティアナは、ドルインの怪我の治療に専念する。 女将や女性達と消毒をしてから、神聖魔法の治癒魔法を遣う。


一方のポリア達は、雨の外に出て。 噴水の在る広場に入る前の、大きい通りを東に曲がって走っていく。


野菜や肉を売る店が、チラホラと通りの左右に見えるので。 どうやらこのオガートの町の、言わば目抜き通りらしい。 雨も降ってか、通りに人も居ないし。 店頭に人の姿も無い。


「全くっ、何で一人で出て行くのよっ」


と、走るポリアは唸る。


Kを追う三人は、病気を患ったKがモンスターとまともに戦えるとは、誰も思って居ないからだ。


その商店が並ぶ通りを少し行き過ぎれば、通りの左右に見える建物が、狭い庭や畑の在る民家へと変わった。


この時、三人の向かう通りの向こう側から、槍を持ってチェーンメイル《チェーンを編んだ鎧》と云う鎧を着た男性が、ヨタヨタと歩いている。 どうも槍を杖代わりにして、足を引きずる歩き方だ。


「ちょっとっ、どうしたのっ?!!」


ポリア達が走り寄れば、顔や腕に引っかき傷を付けた役人であった。 この町の巡回警備をする役人は、長槍にチェーンメイルを着込み、革製の長靴が基本装備なのだ。


「おぉ、ぼう・冒険者・・か?」


そう言ってよろめいた役人の男性が、イルガに支えられた。


「そうよ。 処で、包帯を顔に巻いた男性を、貴方は見なかった?」


「あ、あぁ。 彼は・・きっ君達の仲間、か。 あっちの、公孫樹の森に・きっ来てくれ・た。 実は、ゾンビの群れに・・遭ったん・だっ。 俺は、助けを・よ・・呼びに来たんだ」


‘群れ’と聞いたポリアは驚いて。


「むっ、群れ?」


「う゛、そう・だ・・。 10体以上は、い・い居たし。 もう、見回りの一人が・・ころっ、殺され・たっ」


事態はかなり危険で逼迫すると知るポリアは、直ぐに撃退する事を考えた。


「解った。 私達が、加勢に行くわ」


「た・たっ頼むっ! 町の詰め所に居るっ、なか・仲間を呼んで、くるっ」


然し、役人の男性を見れば、右膝に酷い怪我をしている。 その怪我具合を見て、マルヴェリータが。


「行くって、大丈夫なのっ?」


「まち・・の非常時だっ、生きてる限りぃ・・行くっ」


役人の男性は、気丈にもこう言うのだが。 どう見ても、1人では無理そうだ。


腹を決めたポリアは、イルガに。


「イルガ、この人を町に連れて行って」


急に、町中へ戻れとは。


「お、お嬢様っ」


その言葉に、思わず驚いたイルガだが。


言ったポリアは、もう向きを変えていて。


「つべこべ言わないっ!!」


と、片側にこぢんまりとした林が見えている、通りの先へと走り出した。


ポリアを見たマルヴェリータも。


「イルガ。 少しの間なら、大丈夫よ。 さ、早く連れて行って、応援を連れて戻ってね」


と、ポリアの後を追う。


任されてしまったと諦めたイルガは、役人の男性を見てから。


「連れては行くが。 儂は、直ぐにお嬢様達を追い掛けるぞ」


と、役人に肩を貸して町に戻る。


ポリアの命令は絶対なのだと。 イルガは、心に決めているのだ。


さて、ポリアは、マルヴェリータと走った。 広場から民家の在る辺りまでは、正に‘通り’と呼べる程に整地された道だったが。 周りの景色が草原や林に変わると、どんどん泥や水溜りの在る‘野道’みたくなった。


(け・結構走るじゃないぃっ)


ポリアの後を着いて行くマルヴェリータは、既にそこそこ引き離されていた。


二人が走る周りの景色が、完全に林と牧草の生える野原に変わった頃。 左の林が伸びる先に、公孫樹の森の方へと曲がる狭い野道が見えた。 荷馬車が一台通れるぐらいで、道の真ん中には雑草が生えている。


「こっちねっ!!」


先に野道へ曲がったポリアの後方から。


「ポリアっ、早すぎよっ」


マルヴェリータの声がする。 彼女は、もう息が上がっている。 魔法使いで、運動の得意な者は人による。 マルヴェリータは、どちらかと云うと不得意と云うか、運動をしていない方か。


「後ちょっとよっ!」



と、言ったポリアは、道を先に走って行く。


先んじて走るポリアの視界が、夕暮れながらにいきなり開けた。 左右には、やや広い砂利道が伸びていて。 行き当たりと成る正面には、公孫樹らしき植物の森が広がっている。


「んんっ、どっちよっ。 もうっ!」


と、彼女が困った時。


「残りっ、一体だけですっ!!」


聴いた事の無い若い女性の声が、左の方から少し離れた感じで聞こえる。


「あっちっ!」


声のした方へと、ポリアは走った。


すると、直ぐに水の流れが聞こえて。 ポリアは、用水路の流れの上に架かる石橋の前に出た。 橋の先は、擦れ違いを目的とする為だろうか。 馬車を一時的に引き込めそうな、開けた場所が在る所だった。


「ケイっ!!」


視界に入った人物の名を鋭く呼ぶポリア。


Kは、一番刃渡りの長い短剣を抜いたままに、その広がった場所に立っていた。


「やっと来たのか? 遅いぞ」


落ち着いた声で、半身を返してポリアを見るK。


(おそ・いぃ・・って、アレ?)


薄暗い辺りを良く見れば、Kの周りには生前の姿を残した死体や。 腐敗が進んで、人の形だけをした肉人形のような遺体が、無造作に倒れている。


そして、


「あ、あの・・大丈夫でしょうか?」


ポリアの見ている中で、システィアナと同じローブを着た大人びた女性が、探る様な物言いにてKに歩み寄った。


女性の僧侶に、気遣いを受けたKだが。


「あ? あぁ、気にするな。 この程度の数のゾンビにヤられる様じゃ、もう引退だ」


彼女にこう言ったKは、人の姿が残る遺体の傍らに屈む。


「おい、ポリア。 こっちに来て見てみろ。 ゾンビの姿に、随分と違いが在るゼ」


そこに、マルヴェリータも来た。


「ハァ、ハァ、ケ・・ケイ、だいじょう・・ぶ?」


走って息も絶え絶えのマルヴェリータ。


「どっちが、‘大丈夫?’だよ。 そっちこそ、大丈夫か?」


この遣り取りの間にポリアは、Kの元に寄る。 Kは怪我をした様子はおろか、息も乱れていないし。 また、慌てた様子もない。 雨の所為でずぶ濡れながら、余裕があった。


「あ・・ケイ。 これって全部・・貴方が倒したの?」


「いんや。 3体は、そっちの僧侶(シスター)が。 俺は、7体ほどかな」


こう答えるKは、ゾンビの身に着けている物を検める。


「大して何も持ってないな・・、身銭も小銭が・・60シフォンくらいだ」


度々に出て来る〔シフォン〕とは、この世界の共通通貨で、銀貨だ。


Kの後ろから死体を見るポリア。


「なんか、冒険者みたいね。 ボロいけど、皮の胸当て着けてるし」


Kも頷いて。


「だな。 冒険者の姿をした死体が、計3体。 僧侶(シスター)の姉さんが倒したのは、灰に成っちまったが。 俺の倒した7体は、まだ消えない。 コイツは、暗黒魔法か、屍霊呪術で産み出されたゾンビだ。 問題は、何でこんな所に出たのか・・・だ」


「魔法で生み出されたって・・何で解るの?」


ポリアは、ゾンビに違いが在るのなど知らない。


薄暗い中だが、ポリアを脇目で一瞥したKで。


「駆け出しならよ。 ちょっとは図書館行くとかして、勉強したらどうだ?」


叱られたポリアは、済まなそうに頭を軽く下げ。


「スイマセン」


「全く、最近の冒険者ってのは・・ブツブツ」


軽く不満を呟いたKは、


‘知って於け’


と、ばかりに。


「いいか、ゾンビってのは、その産まれ方に大きな違いが在る、二つの種類が在ってな。 一つは、呪術から生み出される人工生物(ゴーレム)型。 もう一つは、怨霊(アンデット)型だ。 怨霊型は、死んだ時の恨みや憎しみが、闇の力と結びついて変異する。 だから倒すと、時の経過が遺体に襲ってきて、瞬時に塵へと変わる。 然し、人工生物型は、呪術師の魔法でゾンビに成るから。 倒しても、只の死体に戻るだけだ」


「ウハっ、全然知らなかった・・」


と、教えを受けた学生の様に成る。


さて、息の乱れを整えたマルヴェリータは、近寄って倒された死体を見ると。


「でも、どうやって剣で倒せるのよ? 魔法じゃないと、無理なんじゃないの?」


その意見に、ガックリと肩を落とすK。


「マルヴェリータ、お前は魔法遣いだろうがよ。 面がイイからってな、モンスターは手加減しねぇぞ」


と、悪態を吐く。


「・・悪かったわね、無知で」


ポリアと二人して、Kに無知を暴かれ気落ちする。


Kは、


「ハァ~。 最近の駆け出しってのは、暇をどう使ってンだか…」


と、自分もまだ若そうな方なのに、年配者の様に呆れてから。


「いいか、良く覚えとけよ。 ゾンビの倒し方ってのは、実は色々と在る。 怨霊型に然り、人工型に然り、双方に共通なのは、だ。 身体の何処かに在る、身体を動かす闇のエネルギーの塊と成る核。 ソイツを聖なる力か、魔法の力で攻撃して、壊してしまえばイイ」


すると、マルヴェリータは、やや不思議がる様にKを見て。


「聖なる力や魔法の力って・・、貴方は僧侶でもなんでも…」


その話を遮る様に、Kは言う。


「あのな、‘魔法の力’と大きく括れば、別に僧侶や魔法遣いでなくてもいいんだ。 例えば、聖水を武器に掛けててやれば、一時的に武器でも攻撃が出来て、この通りに倒せる。 また、様々な魔法には、その操る魔法の力を一時的だが、武器に付加させる魔法だって在る」


「あっ」


その事実を言われて、ハッと思い出したマルヴェリータで在り。


「ナルホド、そう・・そうよね」


其処でKは、更に例外も在ると。


「ま、ポリアの持ってる白銀の武器は、既に聖なる力が宿ってるからよ。 そんな面倒も、全く要らないがな」


と、ポリアを見た。


見られたポリアは、


“白銀製の武器だ”


とは、まだ言ってなかっただけに。


(う゛ぅ、何時の間にバレてるのよ)


と、得物の剣を触る。


さて、Kは後へ振り返り。


「シスター。 それからマルヴェリータも、林側の木の下に居ろよ。 今日の雨は冷たいから、濡れ過ぎると風邪ひくぞ」


と、言って寄越す。


恐らくは、このまま役人が来るのを待つ気なのだろう。 言ったKは、他の残った死体を全て見回り始めた。


その様子を雨の中でも、ポリアは見ている。


マルヴェリータは、ポリアに寄って。


「ポリアも、木の下に行きましょう」


すると…。


「ねぇ、マルタ・・。 一人で、ゾンビを7体も相手に出来る?」


ポリアは真剣な目で見てくる。


「ん~・・まぁ、私は先ず無理よ」


「だよね。 私も・・一度には、無理」


こう言うポリアは、チームで前に一度だけゾンビと戦った経験がある。 身体の何処かを斬り付けたくらいでは、全く倒れもしないし。 斬られても痛みを感じていないのか、凄い力で掴み掛かって来る。 イルガと二人で苦戦し。 システィアナの魔法で、何とか倒したのだ。


そのゾンビを7体も相手にして、一人で全て倒しているK。 彼が並みの冒険者で無いことが、これで解った。


「ねぇ、ケイ。 処で、役人さんが一人死んだって、別の役人さんから聞いたけど?」


思い出して見回せど、そんな死体は辺りに無い。


「ん? それなら、あっちだ。 木の影に隠したぞ。 それに、まだ死んでない」


と、公孫樹の木を指差したK。


ポリアとマルヴェリータが、その指が差された木に近寄ってみれば。 年配の役人が、木の裏側に凭れさせて在った。


着ているチェーンメイルが酷く壊れてはいるものの。 怪我を負ったらしい胸などは、傷が塞がっていた。 おそらく、あのシスターの魔法だろう。


雨の中。 ゾンビの死体を見回すKは。


「こいつは、大変なことになった。 この安全とされる町に、モンスターが出るなんてな。 誰も、予測してないんだからなぁ~」


面倒な事に成ったと、渋い言い方をして。 彼は、暗くなりそうな雨空を見上げた。




【その3.捜査開始】




公孫樹の森と町の狭間を縫う、一本の道。 其処に現れたゾンビの群は、全て倒された。


待っていたK達の元へ、直ぐにやって来た警備役人達。 Kとこの町で唯一となる神殿に仕える女性僧侶が、ゾンビを倒すまでの出来事を説明していた。


さて、ゾンビに成った遺体は全て回収されて。 再びゾンビに成らない様に清めると、女性僧侶が役人の操る馬車に乗って神殿へ運び行く。


その後、陽が完全に暮れて、夜に成り。


K、ポリア、マルヴェリータは、馬車で警備役人の詰め所に行った。 ゾンビの事について色々と憶測も含め、話をした。


夜も更け始めた頃。 ポリアとマルヴェリータを含めて、Kも宿に戻って来た。 先に戻ったのはポリアとマルヴェリータで。 Kは、一人で更に遅くなってから戻って。 今、風呂に入っている。


先に戻ったポリアとマルヴェリータは、入浴を済ませていた。 今やどっぷりと日は暮れて、遅めの夜ご飯である。


モンスターの出現の為に、騒然としてしまった町にて。 動ける役人が総出で、モンスターに対する警戒に当たり出した。 警戒態勢の中で警備隊長は、今はポリア達しか町に冒険者が居ないので、別れ際に協力を申し入れてきた。


無論、ポリアは承諾したものの………。


「はぁ~」


丸テーブルに就くポリアは、長い溜め息を吐く。 食堂の天井には、二つのそこそこ大きなシャンデリアと、壁に設置された三十近いランプの明るさで、昼間の様である。


一緒にテーブルへ就くイルガは、警備役人と一緒に会ってから、どうも元気の無いポリアが心配である。


「お嬢様、席に就くなりため息ばかりですぞ。 一体、如何なされました?」


すると、マルヴェリータが横目にポリアを見つつ。


「ケイよ」


「ケイが? あ・・・如何いたしたと?」


「それが、7体ものゾンビを、一人でぜ~んぶ倒しちゃったのよ。 病人にそれ遣られたら、剣士の面目は丸つぶれよね」


その意見が耳に入ったポリアは、ジロリとマルヴェリータを見返して。


「そこ、うっさい」


「ふむ」


‘ナルホド’と、頷くイルガ。


然し、実際のポリアの本音は、マルヴェリータの言葉とはズレる。 内心では、Kに何か一つでも勝ててないと、リーダーであるのに自分の自信が無くなりそうだった。


だが、実力の差は、まざまざと見えている。 然も、剣士として、ではなく。 もっとはっきり、冒険者として…。


さて、洗った髪を幾分濡らしたKが、ノコノコとポリア達の所に来た。 だが、その様子はノコノコでも、足音はせずに。 マルヴェリータとシスティアナの間に彼は座って、受け皿を取る。


「ふ~、厄介事ばかりだな。 明日は、雨足が強いから馬車も出せないだろうし、街道の警戒警備の役人が王都へ伝えに行く役目。 これは・・・下手すれば長引くな」


こう言うKは、鶏肉を自分の皿に取り分ける。


「・・・」


Kをチラ見して、何故か黙るポリア。


実は、冒険者にもそれなりの不問律と云うべき、‘暗黙の了解’の様な掟が在り。 むやみやたらに同業者の過去へ踏み込まないのは、エチケットとも言えた。


ポリアが、何も切り出さないので。 イルガは、酒を飲みつつ。


「なぁ、ケイよ」


「何だ」


「あのゾンビ達は一体、何処から来たんじゃ?」


「さぁ~な。 怪我した役人の話だと、森から出てきたらしいゼ」


食堂には、ポリア達以外にも四・五人の商人らしき客が居る。 どうも普段の態度が悪い男だったり。 身に着ける服が随分と上質な服を着ていたりするのに、目つきは卑々しい。 然し、その誰もが、体裁を繕う様な立派な髭を蓄える。


老女将の愚痴では、ラキームが町史代行をしてから、一時は内面を隠していた強欲な商人がその性格を顕にし始めているとか。


そして、そんな奴らほどに噂には貪欲で目敏く。 食べる手をゆっくりにしている。 聞き耳を立てているのは、間違いない。


そんな者を一瞥だけしたイルガだが。 やはり話を聴きたいし、もうゾンビの事は公と成っているに等しいので。


「なら、あの不死モンスターを産んだ主は、森の中に居ると?」


「今、断定して、そうとは言えないな。 森に死体が有ったからと云っても、今も居るかどうかは・・」


と、肉を口にしてから。


「ま、多分は・・森に・・居るとは思うがな」 


「その自信は、どれくらいだ?」


「・・俺としては、九割確定…」


此処で、肉を呑むK。


「なら、森に行く?」


解決策を視たと、マルヴェリータが返せば。


「森のずーっと奥から、禍々しい暗黒の力が感じられる。 多分、森の奥に、な~~~んか居るのは、確かだろうな…」


此処で、食事の手が余り動かなかったポリアは、その麗しい顔を厳しくして。


「あの森のずっと奥って・・。 ケイに、何でそれが解るの?」


すると、Kは他人ごとの様に。


「ポリアの云う通り。 俺の言う事なんざ~役人や他が信じる訳ないし、クォシカの事もある。 ゾンビの出て来た場所を特定するのは、ある程度の情報を集めてからでも、いいと思うぞ」


処が、こんな事件に冒険者として遭遇するのが初めてのポリアは、やや警戒した横目でKを見て。


「そんな悠長で、いいの?」


こう問われても、野菜を皿に取りつつKは。


「この雨じゃ~行くのも溜まりませんゼ。 明後日の夜には、雨が止む。 そこからが勝負、じゃ~ないか。 ま、ゾンビ討伐は、依頼で頼まれた訳じゃない。 町にモンスターが来ない限りは、安心と言った所かな。 ・・・・ん?」


のんべんだらりとしたKの口調が、いきなり止まって。 何故か彼は、後ろを向く。 その向いた先は、廊下に出る方だ。


「ど~したんですか~」


システィアナの緩い声が、Kに尋ねた時。


いきなり、


“カッ・カッ!・カッ!”


と、廊下を歩く鉄靴の音が響いて来る。


すると、何かを察したのか、Kが。


「あらら~。 御出でなすったか?」


呆れた物言いでこう言った。


「へぇ? 誰が?」


誰が来たのか、さっぱり解らないポリアが聞き返した時。


食堂に、何者かが入って来た。


「此処かっ、冒険者が居るって言うのは?!」


高圧的な言い方に聞こえた男の声。 その主を皆が見れば、貴族が好むシルク地の礼服となる出で立ちである。 服の胸には、金糸で豪勢な刺繍が入っていて。 Kより背が高く。 ネクタイ代わりの白いスカーフが、特に目立つ。


また、入って来た立派な出で立ちの男の後ろには、マントを背にする軍人の様な制服を着たKと同じくらいの背丈の人物が居た。


料理を運ぶ為に、この食堂へと出て来た女将は、丁度やって来た男二人のそのまん前にいて。


「おやまあ~、これはこれは、ラキーム大将じゃないかい。 モンスターが町に現れたってのに。 随分と遅くに、偉そうなお出ましじゃないか」


この女将の言葉にポリア達はびっくりして、改めて男二人を見直した。


一方のKだけは、野菜をフォークに刺して。


「や~っぱりか」


と、口に入れる。


現れた二人の男の内、背の高い偉そうな前の男が女将を睨み付け。


「フン。 それより、冒険者達は何所だ?」


と、傲慢な物言いをした。


彼の言動に、女将は少し怒ったのか。 豪儀にも片目を吊り上げて、鋭い視線を見せて。


「ラキーム、随分な態度だね。 お前って男は、人を訪ねる時の礼儀も知らないのかい? ましてや、役人を助けて、モンスターを倒した町の大事なお客に対して、ふざけてるのかい?」


すると、ラキームと呼ばれた偉そうな出で立ちの男は、急にせせら笑うに見せて。


「ほほう、それはそれは、素晴らしいお客だ」


と、一応は感心した様に言ってから、いきなり睨み顔に成って。


「俺の仕事を請けたヤツに、俺がどう接しようと勝手だ!」


と、女将に怒鳴った。


その鋭く威圧的な声に、宿の客はそそくさと壁側に離れる。


聴いてられないとKは、仕方なさそうに。


「此処~。 俺達だ、お宅の依頼を請けたのは~」


と、声を出した。


女将と彼が今更に喧嘩されても、K達には仕方の無い処だからだろう。


背の高い男は、その声の方を向いて相手を確認してから。 また女将を見て。


「退いてろ、邪魔だ老い耄れっ」


暴言を吐いて、強引染みた歩みで横を通る。


軍人風の男も、老女将など無視して彼の後に続く。


その態度には、女将も本気に怒ったのか。


「ラキームっ、お前は最低だよ!」


歩む彼の背中に怒鳴った。


さて、ポリア達の前に、男達がやって来る。


偉そうで身形の良く、背の高い男ラキームは、確かに悪い顔では無い人物で在った。 面長の男らしい顔つきで、肌色の顔色にして威厳に近い雰囲気がある。


だが、裏に返して見ると、高圧的で優しさの様な柔和な気配は微塵も無く。  気持ち悪いくらいに気性の激しさを醸す、キツい印象も与えている。


「貴様達か。 私の仕事を請けた、冒険者とは?」


と、ポリア達一同を見回すのだが…。


寧ろポリアは、ラキームの後ろに立つ、軍人風の男を視界に入れながら。


「えぇ、そうよ」


と、答える。


さて、ポリア達を見たラキームは、ポリアやマルヴェリータの美しさに、純粋に驚いたのだろう。 やや声色を緩めて。


「ほほう、こんな美人が二人も来るとはな」


慣れた男の依怙贔屓を視たと、マルヴェリータは素っ気も無く。


「あら、ありがと」


言うだけで、ワインを傾ける。


ラキームは、包帯を顔に巻いた特徴的なKを見て。


「貴様が、町に出たモンスターを倒した男か。 町を代表して、礼を言いたいがな。 それより、先ず一番に聞きたいのは、何で私の元に挨拶に来ないんだ?!!」


と、いきなり怒声に変わる。


「大きい声が煩いぞ…」


間近で言われた為に、嫌がる様に片耳を撫でるKは。


「今日、町に着いたんだ。 雨だし、面会なんかは、明日でもイイんじゃないか~? 依頼の話に、挨拶に来いとは書いて無いし。 アンタに会うのは、御目当ての女を見つけた後でもいいだろうよ。 仕事の内容は決まっているし、探し人がどうして消えたのかも、お宅は知らないンだろ?」


Kの投げ遣りな態度は、ラキームを眼中に入れてない。


その態度を見て察したラキームは、自分を気にしていないKの態度が、烈火の如き怒りに変わるほどに気に入らなかった。


「なんだとぉっ?!!」


左足を引いたラキームは、抜刀しかねない勢いだったが。


そのとき、後ろに居た軍人風の男が。


「貴様っ。 町史のラキーム様に対する、そのぞんざいな口の利き方を何と思っているんだ? 此方は、仕事の依頼主だぞ?」


上からの物言いを匂わせ、Kを威圧する鋭い視線を飛ばす。


すると、詰まらなそうな態度をするKは、軍人風の男を見返すと。


「はぁ~? 詰まらない言い方するんじゃ~ないぜ。 お宅も、前は冒険者だろう?」


その話に、軍人風の男の眼が更に凝らされた。 殺気すら籠る程に鋭い視線と言えた。


ポリア達ですら、本気で緊張したのに。 Kは、その語りを止めず。


「昔、マルタンで見た事がある。 だから、敢えて言うがよ。 冒険者と依頼主の関係は、常に対等。 それは、既に常識だ。 ま、目的のクォシカに対して、町の住人以上に知ってる情報がそっちに在るならまだしも。 何の情報も持たないお宅達に、こっちが急いで会う必要があるのか?」


Kを睨み付ける軍人風の男は、黒い上質の上着と、白いズボン。 足元は、鉄製の長靴。 腰には、立派な造りのサーベルが備わっている。 顔は、油断の置けない鋭い目つきの細い瞳で、やや細面ながら日焼けした顔に皴がある。 雰囲気からして、40代後半と見えた。


「だからと言って、挨拶ぐらいは当然だろうっ」


その言い方と云うか声もまた特徴的で在り。 ガラガラ声な上に、音程が低いので圧力が在る。


ポリアも、イルガも、この男は‘出来る’と睨んだ。 勿論、剣の腕だ。


(隙が無い・・。 下手な事したら、こっちが先に斬られるかも…)


その軍人風の男に高まる殺気。 それを感じるポリアは、緊張が身体に走り。 背筋には、冷や汗が流れる。 相手の男の発する気迫と殺気には、そこまでも辞さない雰囲気が漂っていた。


然し、それでもKは、全く気にしていない素振り。


「あら、そ。 ソイツは~ごめんなさいよ。 だが、挨拶はこれでいいだろう。 とにかく、今日はモンスターを相手にして疲れてるんだ。 細かい話なら、明日にしてくれないか?」


と、皿の残りに身を向かわせるK。


“自分達の威圧に、全く効き目が無い”


この事を、ラキームも、軍人風の男も、Kの様子に見定めた。


そして、二人の怒りや殺気が、一段下に落ちる時。


Kは、更に。


「つ~か、此処に来るよりも、森の警戒でも頑張ってくれよ。 じゃないと、アンタ。 次の町史には、絶対に成れないぜ?」


‘次の町史’と聞くラキームは、Kをまた睨んで。


「何だとぉっ、どうゆう意味だ?!!」


Kは、お代わりと少しばかり料理を皿に取りつつ。


「モンスターが出る森なんて、このオガートでは長らく聞いた事ないぜ? 町の治安を第一に司る町史が、その対応に手間取って。 然も、モンスターの出現をも見逃していた・・としたら、凄ぇ~大問題。 一回目の襲撃は、まだ言い訳が効くがな。 二回目以降の襲撃で、もし住人に犠牲者出たら、そりゃあ~もう~叱責モノだよな~?」


「ん゛むぅ…」


その指摘は当然の事だからか、ラキームも反論出来ずに、唸るのみ。


「ま、とにかく警戒だけは怠らない事さ。 父親の跡を、す~んなり継ぎたいなら・・な」


トドメとばかりに指摘を受けたラキームは、苦虫を噛み潰したような顔に成り。 自分を見て来るポリア達や、後ろの女将などを見てから。


「喧しいっ! そんなことは、お前如き冒険者に言われずともっ、私は全て解っているわっ!!」


と、怒鳴ってから踵を返す。


処が、軍人風の男は、Kを見てグッと近寄り。 かなり押し殺した声で。


「お前、何者だ・・。 昔の俺を知ってるなんて…」


その声は、またかなりの殺気が篭っていた。


間近から男の顔も見たシスティアナは、驚いて怯えた顔を見せる。


だがKは、この男の凄みすら詰まらなそうに。


「早く、金魚の後を追いな、糞。 邪魔臭い」


その返す言葉や態度からして、Kは全く怖くないらしい。 彼だけ、緊張の欠片も見えなかった。


すると、軍人風の男に向かって、ラキームが廊下の入り口にて。


「ガロンっ、もう行くぞっ!」


と、鋭く声を飛ばした。


‘ガロン’と呼ばれた男は、Kを睨み付けながら。


「チッ」


露骨な舌打ちをして踵を返し、ラキームの後を追って行った。


二人が去る事で、緊張状態から脱するポリア達。 ラキーム達二人が去った後の余韻とも言える雰囲気を少しの間、黙って見送った。


だが、皿を片した女将は、テーブルへ遣って来るなりKを見ては。


「アンタ、意外に度胸あるんだねぇ~。 ラキームが悔しがるなんて、いいもの見たよ」


褒められたKは、食べながら。


「・・ま、あんなのどうでもいい奴だからよ」


その返事を聴いた女将は、愉快そうに笑って厨房へと戻って行く。


だが、ポリアの意見は、女将とは少し違う。


「ねぇ、ケイ。 ムカツク奴だけど、どうでもいい訳じゃないでしょ? それに、あのガロンって奴、かなり強いよ」


それを聴いたKは、当然とばかりに頷いて。


「そりゃ~当たり前だ。 あのガロンって奴こそ、俺の様な浮浪者では無い。 本当の“流れ狼”を遣って来た男だ。 ‘流れ狼’なんてのは、実際にはそこそこ以上の腕が無きゃ出来ないさ」


ワインを飲み掛けたマルヴェリータは、止めてグラスを置く。


「貴方、あの男の事を・・本当に知ってたのね?」


「あぁ、知ってるさ。 アイツは、まだ流れ狼をやっていた頃だ。 或る街で遺跡発掘の依頼を請けた後。 依頼主から出された分け前争いの話を聴いて、一緒に雇われた一時的な冒険者の仲間を斬ったことも在る。 一時は、“パーティー荒らし”、“裏切り者”の異名までを持ってたぐらいサ」


冒険者をするマルヴェリータは、初めて聞く話に。


「‘パーティー’? 何よ、それ」


と、聞き返す。


「あ~、そうだな。 昔ながらの冒険者をする者が使う俗っぽい言葉だから、大陸を動いて無いポリア達は、解らないか」


と、独り言の様な事を言うK。


さて、その彼の説明に因ると…。


普通、リーダーなり誰なり、チームが固定の面々で在るのが、冒険者の集まりの一般的な形だ。 然し、‘流れ狼’をしていたり、一時期のみしか仕事をしない‘根降ろし’などは、一依頼ごとにチームを組む。


そして、そういった場合。 斡旋所としても、解体すると解るチームを作るのは、余り好まない傾向が有る。


其処で、今回のKの様な形で、


“一時的な協力者”


と、こう云う形でチームに誰かを加えたり、チームを仮で作る事が在る。


そうゆう、寄せ集めではないが。 付き合いの無い者を詰め込んだチームや纏めたチームを、俗っぽい言い方で〔パーティー〕と呼ぶ事が在る。


説明を聴いたポリアは、何となく理解して。


「詰まり、毎度毎度に加わったチームを壊すから、そんな異名を付けられたのね」


マ異名の意味を理解するなり、マルヴェリータは眉を顰め。


「イヤな異名ね」


と、本音を露わにする。


だが、その辺りの事を知り、経験者ともなるのか。 あっさりしているKは、


「他人事と思うかも知れないが、何処にでもあるマジの話さ。 人手の足りないチームや、流れて来た初心者。 他に、チームがバラけて、一人の冒険者を捕まえては、実力差の有る仕事に巻き込んで。 面倒を看る処か、怪我はさせるし、逃げる為にモンスターの餌食にしたり。 それでいて、斡旋所やら知った他の冒険者には、怪我をしたとか、歩みが遅いとかと、足手纏いだから途中に置いてきた、と言うんだ」


ポリアは、既に去ったラキームとガロンの出て行った方を指さして。


「あのガロンって、そんな事をしていたの?」


「そうだ。 とにかく身勝手の限りで、一時ばかり荒稼ぎした奴だ。 だが、あまりにも悪い噂が世間に回った為、その姿を消したと聴いたが…。 まさか剣の腕を売り込んで、こんな所に居るとは、な」


冒険者の屑と感じるポリアだから、眉を顰めて目を凝らし。


「サイっテーな奴ね」


若き頃に冒険者をしていた経験も在るイルガも、そんな冒険者など見た事が無いので。


「悪しき冒険者の噂は、何処にでも耳にするしな。 チームや仕事に炙れ、人品を崩した冒険者も多いが・・。 其処まで根が腐った輩は、正に珍しいのぉ」


処が。 ガロンと云う者の性格を教えたKだが。


「あぁ、皆の意見はごもっとも。 だが、な。 一方で、奴は冗談抜きで強いぞ。 もし、俺を抜いたこのチームが奴と喧嘩に成ったとしても。 ポリアとイルガのおっさんの二人だけじゃ、ま~ずは勝てないだろうよ。 マルヴェリータが賢く上手に動けば、まぁ・・互角かな?」


と、言い切るではないか。


然し、マルヴェリータからすると、‘互角’と云う表現には全く納得が行かなかったのか。


「3人で1人と互角なんて、キツイわね。 でも、魔法に剣士が勝てるかしら」


言葉上は柔らかくも、目つきでは鋭い非難を送った。


すると、チラリとマルヴェリータを見たK。


「自分や魔法を買い被るのは、止した方がイイ。 それに、悪辣非道を難なく出来る奴を、甘く見ない方が身の為だゼ。 俺は、“賢く上手に動けば”、と言ったんだ。 今のまんまなら、確実にお前たちは負ける」


完全に見下した雰囲気が、Kからマルヴェリータに向けられた。


ポリアは、マルヴェリータの目が急に細くなるの見る。


(ヤバい、マルタがキレそう)


このマルヴェリータと云う人物は、男性に対して非常に強気な一面が在る。 相手が貴族だろうが、大商人だろうが、怒ると全く臆さない。


「けっ・ケイ、其処まで言わなくても…」


と、ポリアが宥める上で言うのだが…。


醒めた眼のKは、ポリア達を見回して。


「甘くない現実だ。 アイツが、もしも真っ先に攻撃するとしたら。 女性で、然も動きの早くないマルヴェリータか、システィアナだろう。 奴に、人間としての真っ当な正しさなど残って無い」


「それが剣士っ?」


卑劣と感じたポリアが、直ぐに応えたが。


「だから、狙うンだ。 弱い所を攻めれば、ポリアとイルガに激しい動揺を誘えるし。 また、存分に心置きなく立ち向かう気持ちを突き崩せる。 それに、人質と居れば、魔法を撃たれる隙をも作らせない。 大人数を相手にする戦い方って奴だ」


この一瞬で、ポリア達も想定して黙ってしまった。 それだけ仲間を想うので、どうして良いか悩むからだ。


黙る皆を見て、Kは薄く笑う。


「そこだ、仲間を想う為にこうなる。 ましてや、こんな緩い馴れ合いのチームだ。 誰か1人でも人質に取れたら、あのガロンみたいな奴を相手にすれば、戦う術を封じられて全員殺されるぞ。 ガロンって野郎は、そうゆう事で生き抜き金を稼いだ。 正に、そうゆう奴なんだ」


ガロンの手口を性格から察して、こう想定を語ると。 その聡明なる眼を、マルヴェリータに向けて。


「魔力自体は、人一倍も高いクセして。 知識は希薄な上に、ゾンビの欠点も知りゃしねぇ。 そんなだから、恐らくポリア達の手助けになんかには、全く成って無いんだろう?」


こう言われたマルヴェリータは、グッと言いかけた言葉を呑んだ。 実際、ゾンビの存在も、他のモンスターの存在も、具に深く感じ様とはしていなかった。


「マルタンで、その辺りの噂を斡旋所のマスターに聴いた。 然も、駆け出しの冒険者の噂に為ってる様じゃ、お粗末様様だゼ?」


他人のKに言われる事で、マルヴェリータは現実を突き付けられる。 周りから裏で言われているのは知っていたが。 直に言われるのは、斡旋所の主以外には初めてで在る。


仲間の事だから、ポリアやイルガも止めさせ様と思うのだが。


Kは、この際だからとばかりに。


「マルヴェリータ。 何より第一にあのゾンビと戦った場所へ来た後で、森の奥の禍々しい空気にお前は気付けたか? 魔法を扱う者は、魔力に応じた感知能力を磨くものだがな」


Kに此処まで言われても、マルヴェリータは言葉が出ない。


ポリア達3人も、この会話にどう割って入って良いのか…。


皆がこう思う間にも、Kは、


「ハァ、全く下らない使えなさだな、お前サンは。 その自分の美貌に、自分がからかわれてるんだよ。 冒険者として生きて行く気が有るなら、磨く所が違うのさ」


キッパリ、マルヴェリータの甘さを指摘した。


Kの手が伸びて、女将が持ってきてくれたハーヴティーのポットを持ち上げ、自分のグラスに注ぎながら。


「冒険者としてこの先も生きたいならば、テメェで良く良く考えるんだな。 俺は、最初の約束通りに、この仕事で抜けるが。 アンタは、違うんだろうからよ」


こう言い残しグラスを片手に、席を立って部屋に去って行く。


Kが立ち去った後からのマルヴェリータは、それから口を利かなくなった。


このマルヴェリータは、とてつもない財力を持った大商人の家に生まれた。 幼い頃からこの美貌の片鱗が見えていて、男に翻弄された幼少期を送る。 知らない者に同年代の子供を遣われて呼び出されたりしては、許嫁に成れと脅され掛けたり。 物、金を送り付けられては、何度も夜の戯れに誘われたり。 その誘いに乗って居たら、今頃は大手を振って世間を歩けない様な事をされていただろう。 また、魔力が高い事を知り、魔法学院で魔法を学べど。 彼女の事を一方的に好く男の流した偽りの噂に、自分を理解してくれる友達が居ない思春期を送り。 卒業後に故郷に戻ってくれば、煩い求婚と見合いの連続。 次第と自由を求めて冒険者に逃げ出したマルヴェリータは、家から離れて。 そして、ポリアと出逢った。


見た目は20半ばも超えた大人びている女性の様なマルヴェリータだが。 実際は、まだ23歳に成ったばかり。 ポリアとは、2つと半年しか違わない。


「マルタ。 ケイの言う事は、気にしなくていいよ」


付き合うポリアは、そう言って酒を飲む。


気を利かせるイルガは、ポリアとマルヴェリータの二人にしようと席を立ち。


「お嬢様、先程に雨に当たりました所為か、寒気がしますので。 先に、寝ます」


「イルガ、大丈夫? 風邪なんかひいちゃだめよ」


「御意に」


また、付き合う気持ちは一緒のシスティアナだが、怪我人の治療に疲れたのだろう。 直ぐに、うつらうつらと眠たそう。


「システィ。 ホラ、もうねんねしていいよ」


「う~ん、寝るね~。 マルしゃん、お先にぃ~」


言われたマルヴェリータが、作り笑顔で頷いた。


然し、本音では。


(初めての・・仲間…)


システィアナを見るマルヴェリータは、このチームに入るまでいつも一人だった。 人を信じる事も、人から信じられる事も希薄だったからだ。 だが今は、このポリア達がいる。 あの、前の一人の寂しさは、過去の記憶に成りそうな程に薄らいでいた。


そして、何時の間にか。 食堂に残る者は、自分とポリアだけになっている。


女将が、食堂の片付けを終えてから最後に二人の元に来た。


「ワインボトル二本は、おまけしとくよ。 町の危機を救ってくれたからね」


ポリアは、気遣ってくれる女将に頭を下げて。


「ありがとう。 遠慮無く頂きます」


「礼はいいよ。 じゃ、アタシは先に寝るよ」


そう言って女将は、ポリア達の周りのランプの火以外を全て落として行った。


この広い食堂には、ポリアとマルヴェリータの二人になった。


「ポリア・・寝ないの?」


静まり返ったこの食堂にて。 マルヴェリータは、ワイングラスを片手に言う。


「フン。 モンスターと戦ってないから、疲れてないわよ」


と、そっぽ向くポリア。


そのムクレ面に、マルヴェリータは笑った。


「わっ、笑わないでよ」


傷口に塩を掛けられた様で、ワインを呷るポリア。


だが…。


「ポリア・・・」


低く為ったマルヴェリータのその声に、フッとポリアが向くと…。


「ん?」


「私・・ね。 チョットだけ、ケイに嫉妬してるわ」


「強いから?」


マルヴェリータは頷いて。


「何でも出来すぎるし、解りすぎるわ・・・、彼」


「そうね~。 仕事を請ける規約がないなら、一人でぜ~んぶ出来そうだもんな~。 ケイって…」


マルヴェリータは、ポリアのグラスにワインを注いで。


「私達ってば、ちっちゃな頃からずっと、男にバカにされてばっかりね…」


「ホントだわ・・・、なんかね~」


自虐的な笑いと愚痴りを言い合う絶世の美女の二人は、随分と夜遅くまで呑んでいた…。



        ★



そして、夜が明けた次の日。


「ポ~リ~ア~ちゃん、マルしゃん~、起きて~」


マルヴェリータとポリアを起こすシスティアナの声が、廊下にまで届く。 二人のベットの間に来て、枕で叩き起こして来るシスティアナに、容赦は無い。


「つお・・ちょっと~」


「システィ~、やめて~・・」


ベッドの上で呻く二人は、二日酔いのど真ん中である。 頭痛に襲われ、微かに開く眼に映る世界は回っているし、眠たくてしょうがない。 外から来る心地良い雨音が、子守唄の様に聞こえるだろう。


それでもシスティアナは、枕で叩き起こすのを止めずに。


「ケイしゃんが~呼んでるのぉ~。 大地主のおじょ~さんがぁぁ~、かえってきたの~」


こう言われても、眠くて仕方ないポリア。


「誰だって~?」


マルヴェリータも、朦朧とした意識で。


「じ~ぬ~しぃ~? だ~れよぉぉぉ?」


すると、システィアナが更に枕で叩いて。


「クォシカさんのおはなし~、聴きにいくの~~~」


その時、ドアの外からKの声がする。


「システィアナ、別に起きなきゃ~放っといていいぞ。 二人で、聴きに行こう」


‘二人’と云うのは。


“ポリアが来ないなら、イルガも来ない”


と、云う事。


これくらいのことは、Kは承知である。


すると、2人の身体を布団の上からバシバシと叩いていたシスティアナは、その手をピタリと止めて、起こすのを止める。


「は~い、起きないから~二人で行きまぁ~す」


それを聞いたポリアは、漸く朧気に誰かを思い出したのか。 ベットでぐったりしつつ。


「ケイ・・行くって・・ちょっと待ってよ…」


すると、ドアの外からは。


「使い物にならんなら、二日酔いの寝ぼけババア二匹は要らんしな~」


マルヴェリータも、細い目で起きていて。


「だ・・誰がっ、ババアなのよーーーーーーーーっ!」


と、怒声を吼えた。


さて、システィアナに急っ突かれながら、朦朧とした意識の中で用意をした二人の美女。 やっと階段を1階まで降りてきた二人は、見つけたKに冷たい目を向けるも。 包帯男は、シレ~とロビーに立っていた。


老女将の話では。 大地主コルテウ氏の家は、町の北西方面だとか。 オガートの北西とは、土地を持つ地主達の住み暮す所で。 古い古い話では、彼らがこの町に入植した最初の者達だとか云う。


さて、昨日から振る雨は、シトシトと今も続いていた。


全員、宿から雨よけのコートを借りる。 黒いザラザラとした植物の繊維が、全身に付いたコートで。 やや動きにくいのだが。 網目の細かい織り方と、特殊な油を表面に塗って在る為に、水を良く弾くのだ。


Kを先頭に、雨の中に出て行く。


先ず、大通りを噴水広場に向かい。 広場の中に入ると、人が大勢集まれる広さが有る円形の広場が在って。 その周りを、色々な建物が囲っているのが見える。


また、この公園の北側には、一際大きな三階建ての建物が見え。 その一階部分は、公園に面した一辺が入り口の戸も、壁も無い。 自由に出入りが可能な、開かれた場所と成っており。 建物の中には、長椅子とテーブルが幾つも有る。 どうやら此処が、野菜や果実を取引していると云う、噂の集会所ならしい。


また、公園広場の東には、石造のガッシリとした建物が、砦の様な存在感を見せていて。 此処が、警備役人達の詰め所になる。 昨日、システィアナ以外の皆が、此処に来た。


そして、公園広場の北西。 集会所の脇から西側には、片側を木々と並び、その伸びた枝に覆われた道が伸びている。


「こっちだな」


と、イルガは西側の道を指す。


既に知っていたKは、頷くだけだった。


集会所の西側に伸びる道へ入ると、薬屋だの食事の出来る店が3・4軒片側に並んでいるだけ。 少し先へと行けば、直ぐに左右は林に囲まれて、泥濘に水溜りの有る野道に変わる。 馬車の往来が多いのか、道の左右は草も生えずに少し沈んでいて。 道の真ん中には、雑草が低く生えていた。


冷たい雨の中、吐く息は薄ら白っぽく。


「う゛~、寒い」


と、ポリアが呻く。


マルヴェリータも、直ぐに頷いた。 春先の雨は、意外に冷たいものだった。


その道を行くこと、暫くして。 今は、昼前に成る頃だろうか。


森の間を抜けて行くと。 大きな家々と土地を有する、町中よりもっと閑静な、村の様な場所に出た。


然し、その敷地内へ入ると。


「ほえ~、すんごい蔵の数」


言ったポリアは、各家の敷地の中にズラズラと蔵が並んでいるのを見て驚く。


Kは、敷地と敷地の間を縫うような、野道を歩き出して。


「この国だけじゃ~無いが。 特に、この地方に居る地主の財力ってのは、こうした蔵の数で決まると言うからな。 世界でも、蔵の数の総数だけを言うなら此処が一番かもな。 北の大陸の東には、商業大国のマーケットハーナスが在るが。 国土が狭い分だけ、蔵の規模は此処までない」


すると、イルガは頷いて。


「懐かしい話だ。 ケイの言う通りです」


イルガの言い方に、Kは。


「おっさんは、向こうの生まれか?」


「いや、冒険者をしていた頃の話だ」


Kは、それで納得した。


イルガは、今も冒険者では在るのだが。 ポリアの家に仕える前にも、一時期だけ冒険者をしていた事が在る、と言うことだ。


Kは、屋敷と蔵の並ぶ各家々の前を行く道を抜けて、一番奥の一際も二際もでっかい家の庭に入った。 庭の中には木造の囲いが在って、牛やブタが放牧されている。 別の遠くの小屋にも、牛やブタが居る。


「ウッシさ~ん、ブッタさ~ん、こんにちわ~」


動物を見たシスティアナは、喜んで雫を飛ばし手を振る。


それを眺めるKも。


「お~、子牛が居る。 ありゃ~今年に生まれたばかりだな」


「あっちに~、コブタさんがいますぅ~」


そのやり取りは、まるで兄妹の様な二人。


「なんか、似合ってて不満・・」


と、目を細める呟くポリア。


「確かに」


と、仏頂面のマルヴェリータが応えた。


木の柵の並びが切れると、蔵が等間隔でずらりと並ぶ。 白い土壁に、曲がったタイルの様なものを敷き詰めた三角屋根。


ポリアは、その屋根は初めて見ると。


「屋根が三角だし、なんかタイルみたいなものが敷いてあるわ」


イルガも、屋根を見上げては頷いて。


「本当ですな、初めて見ます」


屋根の瓦を見たKが。


「‘瓦’と呼ばれる類の屋根材だ。 北の大陸では、此処の土地ならではとなる特有の屋根素材だ。 考案の元を辿ると、東方の大陸で生まれた屋根素材なんだがな。 土を固めて焼いた物で、割れて落ちたり、地震でもない限りは、百年以上は長持ちすると聞く」


「へ~、百年ね~」


「通気性が抜群で、雨水を凹んだ方に流して、列を作らせて落とすのが特徴なんだ。 雨漏りさせない為にな」


どんな知識の豊富さかと、イルガも呆れてKを見ては。


「流石は、学者だのぉ。 なんでもよ~知ってるわい」


そこに、誰かの声が割って入る。


「何者だ。 此処が、コルテウ様の屋敷と知って来たのか?」


と、野太い男の声がする。


その声の方を見れば、小太りで大きい体躯の男が、此方にズンズンやって来る。 K達と同じ雨具のコートを着ていて。 その雰囲気を見る限り、この屋敷の使用人らしい。


相手を見たKは、その大男に自身も近寄って。 


「あぁ、そうだ。 宿の女将に場所を聴いて、こうして遣って来た」


濡れたフードの下に潜む男の顔は、警戒している顔そのものだ。 日焼けした顔が、フードに見え隠れで年齢が解らない。


「何用か?」


「クォシカの捜索と云う依頼を請けて、この町に来た冒険者だ。 彼女の親友と云う‘シェラハ’に逢って、色々と話しが聴きたい」


「何? お嬢様に?」


「そうだ。 彼女が、クォシカの家財道具を持っていったと聴いた。 何でも聴いた話だと、クォシカ家には荒らされた形跡があったとか。 失踪の事件を調べる為にも、家財道具を見せて貰いたいんだ」


こう語る包帯を巻いたKの顔を、大男はジッと見ている。


そして、


「・・・なら、此処で待っていろ。 お嬢様に、話をしてみる」


「了解(わか)った」


大男が屋敷に向かう中、ポリアがKに近づいて。


「完全に警戒してるわよ。 怪しい包帯男さん」


「フン、好きにしてくれ。 容姿など好きに判断したらいい」


その警戒した使用人の男性の見せた様子からポリア達は、面会を断られると思っていたが…。 程なくして。


「お~い、こっちに来い」


と、先ほど男の声が。


諦め掛けたポリアすると、意外に直ぐ聞こえて来た感覚で在る。


「あら~」


と、ポリアが驚けば。


動き始めるKは、こうなる確信が有ったのか。


「多分は、昨日のモンスターの一件がじんわり効いているんじゃないか」


「嘘~、まさか」


ポリアは、そんな訳無いと疑った。


K達が導かれた分厚い木製のドアの表には、向かい合う天馬の絵が彫られていた。 その屋敷は、四階ぐらいの高さの在るものだが、横幅がとても広い。 泊まっている大きな宿と、全く変わらないかもしれない。 家紋の入った扉を抜けてロビーに入ると。 其処には、大理石の床が広く在って。 床の石には、湖の絵が描かれていた。


ロビーの右奥には、靴などを仕舞う靴棚が在り。 花瓶を上に載せている。


「ほ~、これは表面に漆を使った、かなり上質なものだ」


靴棚を見て、Kはそう言う。


そこに、


「ほぅ、貴方は眼が肥えているね。 ようこそ、ウチの娘に用が在ると言うのは、君達かな?」


と、低いものながら、良く通る大らかな響きの声がする。


全員が、ロビー正面の階段の脇から現れた、その言葉を発した男性を見る。 蒼いベストにYシャツを着込み、黒いズボンを穿いた姿をしていた。 その男性の顔は、四十過ぎの大人びた渋みのある紳士だ。 髪は、綺麗に七:三へ分けてあり。 髭も、左右対称にして、髪から何まで手入れが行き届いている。


Kは、左手を胸に当てて、左足を引いて一礼した。


これは、貴族などがする礼であり、相手に敬意を払う礼なのだ。


ポリア達も挨拶しながら、Kの身のこなし鮮やかさに驚いた。


「どうやら、コルテオ氏を自ら出て来させてしまったみたいだ」


Kは、ポリア達にこう言うと、その紳士に向いて。


「我々は、クォシカの捜索の依頼を受けて、マルタンより参った冒険者だ。 娘のシェラハさんに、面会を願い出来るか?」


すると、コルテオ氏もKに頭を下げた。


「え゛?」


いきなり頭を下げるコルテオの態度には、ポリアもびっくりだ。


「先ず、礼を言わせて貰うよ。 昨日、君達が助けた男は、私の農場の働き手でね。 不在だった私の間を命で、水路の具合を見に行っていたんだよ。 今日、マルタンより娘と一緒に帰って、今さっきモンスターの事を聞いたんだが。 現れたモンスターに因って酷い怪我をした彼を助けてくれたのは、君達だね。 いや、この通り、助かった」


こう言って、冒険者に礼を尽くす紳士。 人柄とは、細部に現れる。 この態度、ラキーム氏とは大違いだった。


「仕方ないさ。 見捨てる訳にもいかなかった、それだけさ。 ま、無事で意識を取り戻せて良かった」


こう、やや他人ごとの様に言ったKだが。


紳士は、重ねて頭を下げては。


「いやいや、貴方方は町の危機を救ってくれた、恩人ですよ。 さ、こちらにどうぞ。 娘に合わせましょう」


と、家の中へと招いてくれる。


その視線の先には、先ほど雨の中で出逢った使用人らしい大男が居る。 雨具のコートを脱いで、案内すべく奥から現れたのだが。 皆には意外の、老人であった。


さて、其処は応接間だろうか。 通された部屋は、暖炉に火の焚かれた一室である。 暖炉の上や窓と窓の間には、クォシカの絵が飾って在った。 Kは、一発で看破して、その絵に見入っている。


案内された部屋にて、肌寒いシスティアナはポリアと暖炉の火に当り。 マルヴェリータは、柔らかそうな長いソファーに、イルガと少し離れて座った。 イルガは、ポリアほどでは無いが、マルヴェリータやシスティアナにもそれなりに礼節を持つ。


直ぐに、使用人の女性が運ぶ温かい紅茶がケーキと一緒に出される。 朝を食べていない一行には、嬉しい御持て成しである。 レモン・カシス・アップルの果実紅茶で、香りが素晴らしい。


一同が、紅茶を楽しんでいる間。 Kだけは、立って絵を見ていた。


そこへ、コルテオ氏に連れられ、女性が遣って来る。 白い肌をしたポリアよりやや低い背で、赤いドレスを着ている。 可愛らしい顔立ちをしているが。 その顔は、ポリア達を非常に警戒していてか、怪訝な雰囲気で溢れていた。


娘が連れて来られたと感じるポリアは、立ち上がって。


「こんにちわ、冒険者のポリアといいます。 クォシカさんの・・」


と、言う途中で。


コルテオ氏と一緒に遣って来た女性がいきなり、ポリアの話を遮って喋り始めた。


「解ってるわ。 貴女達は、ラキームの手先でしょ? モンスターを倒しても、ラキームの手先には変わらない。 貴女達に私が話すことなんか、何にもないわっ。 帰ってっ!!!」


最後の一声は怒声と変わる。 初対面と云う割には、酷い言い方だ。


「シェラハ。 初対面の方に、そんな言い方をするものでは無い」


父親で在るコルテオ氏は、娘シェラハにしっかりとした口調で窘める。


だが、やはり親友か、クォシカの身の上の大凡を知っているのだ。 ラキームに憤慨している訳だから、この対応も当たり前か。


困ったポリアは、マルヴェリータを見る。


“解りきってたでしょ? 無理よ、無理”


マルヴェリータは、無言で首を左右に動かした。


然し、その時だ。


「この絵、本当にいい絵だな~。 クォシカ本人が描いた絵、なんだろ?」


Kが、絵を眺めながらに言った。


いきなり何事かと、コルテオ氏が娘を見てから。


「あぁ、そうだよ」


「俺達が泊まってる宿の室内にも、彼女の絵が飾って在るんだ。 落ち着きを誘う、実にいい絵だ」


何故か、Kが絵を褒める。


ポリア達は、それが気休めの行動だと思った。


だがKは、流れる様に言葉を続けて。


「俺は・・、この依頼を請ける前。 詰まりは、王都マルタンへ行く前に。 他所から流れて来ては、先この町を訪れた。 そして、クォシカの失踪を聞いた。 だが、その話を聴いて、現実として起こった様子に、今の世間で言われている失踪と云う経緯とは辻褄の合わない疑問を持ったんでな。 王都マルタンに行き斡旋所の主と話し合って、この依頼を請けた。 ・・ま、仕事の依頼主がラキームなのは、仕方の無い事だ」


そう言ったKは、振り返ってシェラハを見た。


また、シェラハもKを見ては、包帯の巻かれた顔に驚いたらしい。


が、Kは彼女の驚きなど無視し。


「さて。 俺が、君に聞きたいのは、次の二点。 一つ、クォシカの家から持ってきた家具を、俺にも見せてくれ。 そしてもう一つは、クォシカの好きな場所を教えて欲しい」


Kの顔に驚いたシェラハは、警戒する鋭い眼差しで。


「何で、貴方にクォシカの家具なんかっ」


「何で? その意味は、君が知ってる筈だろう? クォシカが失踪したと判明した時に、彼女の家の中が荒らされていて。 その情報を知った君は、こう思った」


“クォシカは、ラキームの云う様に失踪したんじゃない。 もしかすると・・・、誰かに連れ攫われたのではないか”


「と。 違うか、ん?」


Kの話に、シェラハの顔がみるみる変わった。 間近で見ていたポリア達も見て解るくらいに、驚きの表情に変わっていた。


「あっ、何でっ。 ん・あっ・・、そう・よ」


頷くシェラハは、心では思っていても口に出せなかった事を言われ、顔が蒼褪める。


彼女の驚きを前にして、Kは冷静に言うのだ。


「この一件は、おかしな事が在る。 俺は思うんだ。 話に聴くに、金に意地汚いラキームが態々、大金を協力会に預けてまでクォシカを捜すのか、と。 然も、もう別口で、結婚の話まで決まっているのに、だ」


「それはっ、・・一応は、“元婚約者”だから…」


「では、何で婚約を解消されて、新しい婚約者まで手に入れたのに。 今更、クォシカを捜すんだ? クォシカが居たら、寧ろ新たな妻となる女性と気不味くなるだけだと思うが?」


「そ、そんなの、ラキームが勝手に遣ってるだけだわ。 冒険者に捜索させて、居ない風に装えば…」


「それならば、町史の権限で兵士や町の人を動員した方が早いだろう。 それで行方不明となれば、もう捜す必要など無い。 10000シフォン以上も使って冒険者に頼む意味が、何処に有る?」


「それっ、は…」


返答に困るシェラハへ、Kは核心を突くべく。


「君は、クォシカの親友だろ?」


「だ、だから、何?」


「君の心象として、クォシカはどうしてしまったと思うンだ?」


「えっ? わた・し?」


「町の住人が云う様に、クォシカがラキームから逃れて何処かへ去ったならば、彼女は自由だ。 君が、ラキームの依頼を請けた我々に、食って掛るほど怒る必要など無いと思う。 だって、そうだろう? クォシカは、この町には戻れなくとも。 逃げたならば、彼女は自由で好きに何処かへ行けばいい」


すると、シェラハは目付きをとても怒らせて鋭くすると。


「貴方達は、この町の人じゃ無い。 だから解らないのよ。 あのクォシカは、この町で1人細々とでも生きて行く気だった。 お父さんが自殺されてから、そうして生きて行くつもりだった。 それなのに、それなのに…。 突然っ、消えた! 私や、宿の女将さんにも何も言わずよっ!! そんなの、クォシカじゃない!」


腕組みして聴くKは、素直に納得した様に頷き返し。


「なるほど。 それで?」


「クォシカが消える前っ、怪しげな冒険者達も見掛けられてたわっ。 絶対に、クォシカは誘拐されたのよ! 首謀者は、ラキームだわ!」


「なるほどな。 それは、今までの状況の経過を踏まえると、理解の行く1つの推測だ。 だが、そうなって来ると、やはり可笑しいだろ? 誘拐が成功していて、何故にラキーム氏はクォシカを捜すだろうか・・と」


すると、湧き上がる感情的なまま、シェラハはKに歩み寄り。


「じゃっ! クォシカは、誘拐もされて無いってっ、貴方は言うのっ?! 大体っ、夜中にこの町からどうやって、他に出て行くのよぉ?! 門には毎晩、確実に兵士の門番が立っているしっ。 オガートからマルタンまでは、貴方達の冒険者や旅人、普通の商人達の馬車だっていっぱい行き来してるのよっ?! 怪しい馬車や旅人は、必ず街道警備の調べを受けるわっ!」


これまで考えては秘めていた疑問をぶちまける。


この話に、ポリア達も感じた。


“このシェラハは、クォシカが失踪したと思って居ない。 逃げて自由に成ったと思って居ない。”


と。


だが、Kは落ち着いた口調で。


「その見えない部分が、町の人から聴く話ぐらいでは解らない。 だからこそ、君が引き取った彼女の家具を見せてくれ。 一つ一つ調べて行かなければ、現実が見えて来ないんだ」


冷静なKの瞳と、シェラハの警戒する瞳がぶつかった。 シェラハの鋭い眼差しに比べ、Kの眼差しは不思議と何処となく穏やかなものである。


程なくして、


「はぁ・・・解ったわ」


シェラハが折れる形で、Kの申し出を了承した。


彼女には、仕方無くだろうが。 クォシカの行方を知る手掛かりがとにかく欲しかったのだろう。 誰の眼にも、見て取れる。


「こっちに」


Kを先頭に、シェラハの後に着いていくと。 母屋の屋敷から家の奥に在る、離れのガラスに囲まれた部屋に案内された。


「うわ、スッケスケ・・裏庭の森まで見えるわ」


ポリアの驚きは、みんなのものだろう。 天井は、研いだ鉛筆の先のような、六角形の形。 母屋に通じる廊下と、入り口以外は、全て窓として開くらしい。


本日は、雨だから開いていないが・・。 部屋の広さは、ポリア達の泊まっている五人部屋より、一回り大きいもの。 一人には、ちょっと広いかもしれない。


その部屋に入るなり、Kが。


「ここは、アトリエか? 誰か、絵を描いているのか?」


と、言うではないか。


すると、シェラハがKを見て驚いた。


「まぁっ、何で解ったの?」


Kは、足元を見て。


「此処に、絵の具の染料が落ちてる。 こんな、ポトリと水滴を落とした様な跡は、画家の家でよく見れる。 それに、この部屋には絵の具に使う染料の匂いが、強く漂ってるよ」


Kの足元には、蒼の絵の具を落とした跡が在り。 シェラハも、その跡に気付いた。


匂いを嗅ぐポリア達も、木の床ながら古く黒ずんだ板の間にて、良く見つけたものと呆れた。


さて、シェラハは、その部屋の一角。 鉢植えの観葉植物の横に在る、三つの戸棚や衣装ダンスを指して。


「これ、クォシカの物」


と、教えてくれた。


タンスを見たポリアは、


「う~ん、少ないわね」


と、素直に感想を。


ま、ポリアやマルヴェリータは、相当な衣装タンスを持っていても不思議じゃないが。


その感想を受けたシェラハも頷き。


「実は、クォシカの住まいは、町でも一番小さい家だから。 彼女の無欲恬淡な暮らしぶりからしても、タンスを買うお金なんか無かったわ。 この衣装タンスと小物入れの棚は、私の使っていた物をクォシカにあげたからなの」


「ふ~ん、町のみんなには、薬師として役立ってたのに・・・。 クォシカさんって、お金を取ってなかったの?」


「最低分ね、日々生きる分だけ・・」


ポリアも、マルヴェリータも、クォシカと云う女性に感心するばかり。


一方のKは、衣装タンスを良く見て。


「なぁ、この鍵が壊されてるが・・。 これは、元々からじゃないだろう?」


すると、Kの後ろからタンスを見るシェラハが。


「え? あ・・、そうよ 私があげた時も、彼女が居なくなる二日前も。 その鍵は、壊れてなかったわ。 ・・・でも、何で?」


問い返されたKは、錠を掛ける金具の壊れている部分を指差して。


「この鍵の壊し方は、盗賊特有のものだ。 ナイフや短剣を、金具と木の間にこじ入れて、じわじわと金具ごと外す。 荒っぽい賊のやり方だ」


‘賊’と聞いて、ポリアを始めその場にいる全員に、緊張から沈黙が走る。


だが、タンスや棚を見回したKは、


「然し、こりゃ~物取りじゃないな」


と、呟いた。


興味津々と成ったポリアは、Kの横に行って。


「なんでっ、解るの?」


彼女を一瞥したKは、やや圧が強いとウザく思ってから。 他の小物入れと、戸棚を指差して。


「最も金の有りそうな棚の鍵が、壊されてない。 然も、衣服の入ってる棚や、タンスに持ち去った服の空きが無い。 壊した奴の意図的な理由があって、タンスを壊したんだろう」


この言葉に、シェラハが堪らずに。


「そうなのよっ。 クォシカって、旅に使うバックは、この一つしか持ってなかったのよ? 夜逃げなら、バックに服くらいは入れていくわ。 それに第一、お父さんとお母さんの形見を、彼女が持っていかない訳無いじゃないっ! あの・・あのクォシカがっ」


此処でポリアは、黙るKを見て。


「ね、ケイ。 貴方、もう大体で事件の真相が解ってるんでしょ? 失踪する時に、クォシカさんに何が有ったの?」


問われたKは、ポリアを見てから、直ぐにシェラハを見る。


「シェラハ。 もし、クォシカが襲われて、真っ先に逃げるとしたら・・・。 それは、何処だろうか? 恐らくは、絵の題材に一番多く選んだ所だと、俺は思うが。 それは一体、何処だ?」


「え゛?」


聴かれたシェラハは、ハッとした。 Kに問われて、思いつく場所は一つ。


「それならきっと、あの公孫樹の・・森だわ…」


場所は凡そで解っていたマルヴェリータは、東を指差して。


「それって、昨日・・モンスターの出た、あの森?」


シェラハは、ガクガクと頷いて。


「そっ、そうよ・・。 だって彼処は、クォシカの両親が出逢った場所だって…」


ポリアは、バッとKを見て。


「ケイっ、まさかっ!!」


一方のKは、雨の外を見て。


「また、森か…」


シェラハの話では、あのゾンビが出た公孫樹の森は、古い古い昔から〔呪われた森〕と云われて来たらしい。 だから町の人々は、公孫樹の森にはあまり近寄らないのだとか。


然し、クォシカの一家は、薬師と云う家業から薬を得る為に、薬草探しで森に入っていた。 常々クォシカが、シェラハに公孫樹の紅葉の美しさを語っていたし。 絵の題材でも、四季折々に変化する公孫樹の森の絵を、特に好んで描いていたとか。


「………」


その話を聴いたKは、ジッと考え込むだけだった。


だが、ポリアは直感的に思う。


(Kって、もう大体の答えが出ているんじゃない?)


と。


その話し方や聴き方からして、どうもそんな感じを受ける。


情報を得たKは、直ぐにこの家から帰ると言った。


その彼等が去り際、


「また来ますか?」


と、シェラハに聴かれた。


今までに、クォシカの事を知ろうとした如何なる誰もが。 この今日に現れたKとは、全く当て嵌まらない。 金を求めてクォシカを捜す者とは違う、何か意思と言えるモノをシェラハは感じたのだろう。


シェラハに聴かれたKは、雨の降る外を前にするロビーにて、静かに言う。


「あぁ。 多分、クォシカを迎えに行くに当たっては、君の力が必要になるだろう。 その時になったら、また相談に来る」


「え? 迎えにって・・・どうゆう事です・・か?」


然し、敢えてKはそれ以上の事を何も言わない。


娘の変化を観たコルテオ氏は、使用人の男に命じ。


“K達を送るように”


と。


一応、ポリアはそれを遠慮したのだが。


Kは、‘受けろ’と言うので、乗っていく事に。


然し、この日は、色々な意味で進展が有るようにと、見えない縁の糸で運命付けられていたのか。


K達が宿に着くなり、宿の受付にて。 待っていた老女将に迎えられて。


「あら、丁度いいところに帰ってきた」


その老女将の言い方が、ポリアは気になって。


「どうしたの?」


「イヤ~ね。 警備の隊長さんが、こっちの包帯男に逢いたいとさ」


それを聞いたKは、ポリアに、


「ポリア、行くぞ」


と、雨具のコートを羽織って外に出る。 


「え? え゛っ、ちょっと待ってっ」


慌てて返そうとしていた雨具をまた羽織り。 ポリアは、Kの後を追う。


それを喜んだのは、システィアナだけだった…。


外に出れば、雨はまだ降り続き。 夕暮れ前の暗い空が、不気味に広がっている。


K以外のポリア達には、未だクォシカ失踪事件が謎めいていた。


一体、彼女は何処に消えたのか…。






【その4.事実の判明と襲撃の夜】




クォシカの失踪を調べるKは、一体・・何処まで解っているのだろうか。


ポリア達の見る中で。 この包帯男は、無駄の無い遣り方で次々と動いている。


何処にどう行けばいいかも、一々と仲間と相談しなければならないポリアにとっては、羨ましい程の行動力だった。


雨の中、Kとポリアは、警備隊長の待つ施設に向かうのだった。 Kは、警備をする役人の隊長に呼ばれた。 ポリア達も、Kに着いていく事に。


噴水広場の一角に在る砦の様な役人詰め所に行くと、奥の隊長室に通された。


石の建築物ながら隊長室は、暖炉や戸棚やらと一通りに揃った、しっかりとした部屋で在り。 床には、黒い絨毯が敷いてある。


「良く来てくれた」


30半ばくらいの逞しい身体をした警備隊長は、優しい巨漢と言った人物に見える。 髪を全部剃って、いかにも役人一筋という感じであった。


彼は、Kの前にやって来ると。


「実は、昨日のモンスターの件だ」


「どうかしたのか?」


「いや、君が言っていたろ? あの人の姿形をとどめている死体は、死んだ時期がずれる・・、と」


「あぁ。 ゾンビは、死んだ時の姿ではなく。 ゾンビに成った、またされた時の姿で存在し続ける。 それぞれのゾンビの姿に大きく食い違う腐敗崩れが在るのは、ちょいとおかしい」


「うむ。 その事を調べていたんだが。 結論からして、二つの事が解った。 一つは、あの冒険者の姿をした人物達なんだが。 実は、町の者達に目撃されていた」


その事実を聞いたポリアは、Kを見て驚くが。


「シェラハも言っていたが、やっぱりな。 もしかして、その者が見掛けられたのは、クォシカの失踪前か?」


まるで最初から解って居たかの様に、Kが言う。


今度は、警備隊長が驚いた顔に変わり。


「どうして・・解った?」


Kは、静かな口調にて。


「いや、そんな気がした」


「ふむ、なかなか鋭い勘だ。 さて、先ずあの者達を見たのは、町の農家の一家だ。 顎に傷の在る男を含めた五人に、農家の子供がぶつかって、言い争いになったらしい」


「なるほど」


「後、もう一人の目撃者は、町の道具屋の娘だ。 家の庭先にいる時に、あのゾンビと成った男達の一人に、まるで獲物を見るように見られて隠れたとか」


ゾンビと成った冒険者を風体の遺体を思い出したポリアは、眉を顰めて。


「生きてる時も、鼻つまみ者じゃないっ」


と、苛立った。


だが、警備隊長がそれを片手で制すると。


「だがな、問題はその後だ。 その男達を、その娘の家近くで迎えに来た人物がいるんだ」


其処まで聞いただけのKだが、相手を理解したかの様に頷く。


「誰か、解るのか?」


「あぁ、容易に想像がつく。 ガロンって云う、ラキームの身辺警護してる奴だろう?」


Kの予想と云うか、推測力に驚くばかりと云う様子の警備隊長。


「凄いな。 良く解ったな」


然し、ニヒルな笑みを口元に浮かべたKは、


「フッ、蛇の道は蛇さ」


と、だけしか言わなかった。


「?」


警備隊長は、Kを不思議と見返す。


一方のKは、話を進める為に。


「いや、それよりも。 もう一つの事実ってのは、他のゾンビの存在自体のことか?」


「あ、あぁ。 調べたら、今から100年ほど前か。 この町で、凄い数の行方不明者が出たらしい」


ポリアは、理解しがたい顔で。


「そんな前に? 誰が知ってたの?」


「実は、ウチのばあさまは、今年で107歳に成る。 昨日、ばあさまがクォシカの失踪の事に合わせて、俺に話してくれたんだ」


直ぐにKは、彼へ聞き返す。


「その話、詳しく解るか?」


「あぁ。 何でも、その事件の始まりと云うのは。 町の子供が一人で遊びに出掛け、そのまま行方不明に成った。 この事が、全ての始まりらしい。 その、行方不明に為った子供は、ばあさまの友達で、農家の息子だとか」


此処で、ポリアが。


「どうして、町の人が行方不明に為ったの?」


「それが、当時の役人は、何にもしてくれないからと。 農家の若者や大人達が何十人と、子供を捜しに行って、そのまま戻って来なかったらしい」


すると、Kが記憶を手繰る様に考え込み。


「その話に纏わる噂は、以前に聞いた事が在るな。 確か・・100年近く前。 このオガートの町にて、野菜を作る量が激減してか、野菜の値段が跳ね上がった・・・とか。 そうか、作り手の男達が行方不明になったから、か」


だが、オガートの町の警備隊長は、


「ほう。 俺は、そんな話は全く知らなかった。 婆さまも、今日に漸く話したんだからな」


と、言うのだが。


Kは、何度も頷いて。


「だろうな」


と、のみ。


「理由は?」


「その頃は、まだ役人と商人が、‘ずぶずぶ’・‘なあなあ’の関係だった。 所謂の官制談合が当たり前の時代だ。 然し、それでもそんな事件が公になったら、普通は国が動く。 子供の行方不明事件から何もしてない役人や町史は、国に知られたら処罰は免れない。 だから、強制的に町の民に緘口令強いて、噂も外に出ないようにしたのさ」


すると、この国の産まれとなるマルヴェリータが。


「だったら、どうして貴方が知ってるのよ」


と、普通の疑問を呈す。


処が、眼と口元を笑わせたKが。


「その‘後始末’の遣り方では、どうやったったって噂に蓋が出来ねぇよ。 当時の町史は、一気に減った男手を埋める為に。 金の無い冒険者や出稼ぎの人夫出しを招き入れ、その穴埋めの手伝いをさせてたのさ」


「ホントなの?」


警備隊長も、


「100年前の話だぞ?」


と、言ったが。


Kは、かなり余裕そうにして。


「その当時から数十年ほど、炙れた冒険者達が町に手伝いに来ては、幅を利かせていた事。 その事実をな、前にマルタンの飲み屋に屯してたジジイが、偉そうに言ってるのを聞いた事が在る。 多分、口止めする為に当時の町史は、国の偉い奴に対して、相当の金を掴ませたんだろうよ」


此処で、腕組みした警備隊長で在り。


「ふむぅ・・・、正にばあさまの言ってた事と、全く同じだ」


その話を聞いたポリアは、Kの知識に驚いた。 この国で生まれた商人の娘マルヴェリータだって、全く知らない事なのだ。


「アナタ、どんだけ知ってるのよ…」


「あのな、ポリア。 裏家業の集まる飲み屋じゃ、酔いどれたジジイや悪人が、昔話をして悦に浸るんだ。 金掴ませて酔わせると、奴らは色んなことを喋る。 まだ駆け出しの若い頃に、俺は知識欲から興味が先行しててな。 危ない所に、情報を聴きに行ってたのさ」


ポリア達は、Kの病気前が怖くなった。 一体、どんな冒険者だったのか…。


恐れられている本人は、一人して頷いて。


「凄い、有り難みの有る情報だった。 大体の経緯が、これで全て解ったよ」


警備隊長は、真剣な顔に変わった。


「お前、今の話でモンスターの出て来た理由が全部(すべ)て解ったのか?」


「あぁ。 ま、所々は、進んで確かめるしかないが。 凡そ、起こった事は解った…」


警備隊長は、頷いて力を込めて。


「なら、解決の為にならば、何でも協力するぞ」


と、言ってくれた。


だが、Kは首を左右に振った。


「それは、駄目だ。 俺達のやる事に対しては、お宅ら役人は手は出さないでくれ」


するとポリアは、Kに近寄り。


「ケイっ、なんでよ? 味方が増えるのよ?!」


警備隊長も、勇んで。


「町の事件だ。 私も、手伝う義務が有る」


すると・・・、Kは言う。


「駄目だ。 このままアンタ等役人を手伝わせたら。 アンタ達を、ラキームに逆らわせる事に成りかねない」


「なっ!」


「え゛?!」


全員が、声を上げる。


「一体、どうゆう事なんだ?」


理解し難い顔の警備隊長だが、彼を見返すKは。


「そいつは、おいおいに必ず解るさ」


と、言ってから。


「だが、ラキームの父親が、何でお宅を選んだのか、それは良く解る。 実に、いい役人だ。 末永く、町に尽くせよ。 役人の力が及ばない処や汚れた事は、俺等が引き受けた」


彼へKはそう言うと、次はポリアに。


「暗くなった、宿に帰ろう。 全ては、明後日に決着を着ける」


「おっ、おいっ!!」


留める警備隊長に、Kは。


「お宅には、お宅にしか出来ない事が在る。 その逆も、また在る」


と、言う。


そこに、いきなりの大声が飛び込んで来た。


「大変だっ!!! またモンスターが出たぞ!!」


声に反応するKは、パッと警備隊長を見て。


「行くぞっ」


慌てる警備隊長は、剣を剣立てから取った。


その大きな声は、詰め所の入り口から。 K以下六名が、詰め所入り口の所に倒れる血だらけの役人に寄った。


「おいっ、しっかりしろっ!!」


その様子に更に慌てた警備隊長が、助けを呼びに来た彼を助け起こす。


まだ若い役人は、身体中に引っかき傷を負い。


「たっ・たい・・ちょう・・」


「ん? どうしたっ?!!」


「あ・・あか・い・・骨・・」


すると、自分のサイドパックを探るKが、


「喋るなっ」


と、横に屈むや彼の千切れた衣服を剥ぐ。


何事かと、警備隊長が。


「おっ、おいっ」


と、言ったが。


薬包瓶を指に挟んで処置に移るKで。


「消毒して傷を魔法で塞がないと、このまま失血死するぞっ!」


手当てを急ぐKの手練を、その場に居る皆が目にする。


それは、ゾンビに傷付けられた所為か。 不気味に黒色の変色が見える、若い役人の傷口。 処が、その傷口のグチャグチャした辺りを、Kが消毒液を垂らしたナイフで綺麗に削ぎ落とす。


とんでもない光景だが、Kの手際は素晴らしい。


「よしっ! システィアナっ、魔法だっ」


言われたシスティアナが、神聖魔法を唱える。 呻く若い役人へ、


「しゃべちゃ~だめ~」


と、制し魔法を施す。


一方、その様子を見ずに周りを窺ったKは、そこに居た人を掻き分けて雨の外へ出ると。 役人を乗せて来た、鞍や鐙に血の付く馬を見つけて。


「ポリアっ! この前と同じ道で、あの公孫樹の森に向かえっ!! 俺は、、裏道から行くっ!!」


と、馬に飛びつく。


さっさと馬に跨るKに、ポリアはビックリして。


「はあっ?!!」


だが、一緒に来た警備隊長を馬上から見るK。


「ポリアと一緒に行ってっ、モンスターを挟んで倒すんだっ!! どの道からも、絶対に討ち漏らすなっ! 民家に被害が出る前に、被害をこの役人だけに食い止めるっ!!」


これに警備隊長は、大きく頷き。


「解ったっ!」


馬の首を返しながら、誰も見ずにしてKは言う。


「マルヴェリータっ!!。 今日は、感じ逃すなよっ!!」


と、大声で言い放つ。


雨の外を馬で、集会所の脇の道を行くK。 公孫樹の森に行く近道で、水路に橋の掛かった昨日の場所に出る道だ。


警備隊長が、馬車の用意を叫ぶ中。 ポリアの横でマルヴェリータは、静かに。


「誰が、逃がすのよ」


と、真剣な眼差しで、Kの行った雨の後を見ていた。


直ぐに用意された馬車に、ポリア以下システィアナまでもが乗り込んだ。 システィアナのお陰で、若い役人の傷はもう塞がっていた。


「はげ~しく、うごかしちゃ~だめ~」


二階や待機室に居た役人達が、応援に次々と出てきた。 警備隊長は、その者達へ大声で。


「良いかっ! 私はっ、このまま表の道を行きモンスターを倒すっ!! 巡回隊の皆は、待機隊と合同で町中を見回れっ!! 町人に被害を出させるなっ!! 待機隊には、この怪我人も頼むぞっ!!」


出てきた四人の役人が見送る中。 ポリア達を乗せた馬車は、Kの行った方とは逆の、目抜き通りに飛び出していく。


また、雨の中の襲撃であった。 然も、もう夕闇で暗くなり、視界が悪い。 馬車に馬具を繋ぐ金属には、固形燃料で造られた蝋燭の様なモノを燃やすカンテラと呼ばれる照明が2つ下がる。 それが明かりと道を照らすが、激しく揺れて火が消え掛かっていた。


「ハイヤーっ! ハイヤーっ!!」


警備隊長が、馬車の馬を操る。 馬車は、幌を持たない荷馬車である。 雨足の強い中で、直ぐに全員がずぶ濡れになった。 飛ぶように走る馬車は、グングンと町を抜けて民家の中を走る。 程なくして馬車は、牧草地帯を右に、林を左にと、昨日モンスターの出た近くに行く。


すると、ステッキを握っていたマルヴェリータが、鋭く叫ぶ。


「先に居るわっ!! 降ろしてっ!!」


「解った!!」


応えた警備隊長が馬車を止める。


泥濘む道に下りるなり、マルヴェリータが林の先をステッキで指して。


「あそこに一体っ。 その先に、二体が居るわっ!!」


「オーケー!!」


と、ポリアが応えた。


走る彼女に追従するイルガ。 二人が、マルヴェリータに示された場所に向かうと。 林の木をガサガサと動かして、ゾンビらしき影が前に一体現れた。 暗いので、人型の黒い生き物が蠢いているようだ。


「おいっ、誰か!」


誰何するイルガに対して、相手は呻く声を出しながら近付いて来るのみ。


「それはゾンビよっ」


マルヴェリータのこの声でイルガは槍を構え。


「おりゃ!」


先手必勝とばかりにイルガは槍にて、ゾンビに突撃した。 


イルガの遣う槍は、戟槍(げきそう)と呼ばれるモノで。 槍の刃の根元から脇に、‘戟’と云われる短剣のような刃を持っている。 突くだけではなく、薙ぎ払っても殺傷能力が高い。


向かって来るゾンビの胸元を突き、動きを止めたイルガ。 そこに、後から走ってきたポリアが気合一閃で抜き払った剣の鋭さに、ゾンビの首が見事な斬られ方で影ならに飛んだ。


「おぉ、見事!」


見ていた警備隊長が、感嘆として言う。


だが、カンテラの1つを手にして来たマルヴェリータが。


「まだ死んで無いわっ。 魔法で行くわよ」


その声に、イルガも、ポリアも、左右に退いた。


カンテラを雨の通りに置いたマルヴェリータは、


「魔想の力よっ! 暫撃の刃を作れっ!!」


と、ステッキを振る。


すると、マルヴェリータの頭上には、瞬く間に大きな鎌のような青白い色の刃が現れて。 ヒュっと呻り、ゾンビに襲い掛かった。 魔法がぶつかり次第に、その腐乱した身体を真っ二つに裂いて、衝撃波が巻き起こる。 ゾンビは、肉片にまで細かくなって、泥の中に散った。


「なんと…」


こんな魔法を初めて見たのか、警備隊長は驚くばかり。


「さ、先にいくわよ」


黄昏時のマルヴェリータは、気合十分で在った。 またカンテラを拾う彼女は、モンスターのオーラを感じる。


ポリアとイルガの二人を先頭に、野道のような道を走る一同。 道の所々に出来た水溜りに足が浸れば、水しぶきを上げて行く。


水浸しの道を先に駆ければ、左に曲がる脇道が在る。 そこに差し掛かった時、正面からノソノソと来る黒い人影が。


「誰か居るっ!」


と、叫ぶポリアが立ち止まり。


脇に追従していたイルガも立ち止まる。


人影の正体が確認する事が出来ない二人に、もう1つのカンテラを持って来て後から追い付いたシスティアナが。


「ゾンビしゃんで~す。 じょ~かしちゃいますよ」


と、カンテラを置いては杖を構えた。


「清き裁きのてっついさん、フィリアーナ様のお導きにて、あらわれたまえ~」


彼女が集中をして唱えれば…。 システィアナの身体が淡く白く光り。 頭上には、目映く煌めいた白き鉄槌が現れる。 その大きさは、大男の警備隊長と同じくらい。


「ゴチンゴチンです~」


と、彼女が杖を振り込めば。


現れた鉄槌は、ゾンビの頭上に迫り。 その身体を照らしながら、大きく肉薄して殴りつけた。


- ウ゛アァ・・・ -


光に当たるゾンビの頭から、鉄槌に触れた部分が塵のようになって消えていく。


その時。 明かりで視界を開き感知で探るマルヴェリータが、右の林を指して。


「こっちに一体っ」


警備隊長の脇に、ゾンビが迫っていた。


「おう!!」


警備隊長は、示された方に振り向いては剣を抜き払う。 女性の腕位の太さの木を一本切り裂いて、その先のゾンビの身体を斬った。 


然し、別のオーラを感じたシスティアナが、前を向いて。


「先に、ゾンビしゃんと、人の気配がしま~す」


警備隊長は、ゾンビと対峙しながら。


「行ってくれっ! もう一人、巡回していた仲間が居るはずだっ!!」


ポリアは、自分の剣がアンデッドにも有効な白銀製だからか。


「マルタっ。 此処でアイツをっ、食い止めて」


と、マルヴェリータに言っておいてから。


「イルガっ、いくわよっ」


「はっ」


ポリア、イルガ、システィアナの三名が、水浸しの野道を先へ走る。


マルヴェリータは、警備隊長の後ろから。


「隊長さんっ、もうちょっと踏ん張ってね。 林の中に、気配がもう一つ!」


「解ったぁっ!」


林の中に警戒する隊長とマルヴェリータは、ゾンビの出現に気を張った。


さて、先に行ったポリアは、昨日と同じく。 砂利道が左右に分かれた分かれ道に出た。 そこには、二体のゾンビに囲まれた役人が、雨の中で砂利の上に這いつくばっている。


「う゛う゛・・・」


まだ、彼は微かに動いていた。


「息がまだ有るわっ」


呻く声で察したポリアは、右のゾンビに斬り掛かる。


「参る」


同じくイルガは、左のゾンビに突進する。


明かりとなるカンテラを小降りな木の下に置いたシスティアナは、慌てて役人に向かった。


右側のゾンビに走り込んだポリアが、役人に伸びそうな影となるゾンビの左腕を掬い上げで斬り付ければ。 イルガは左側の人形となる影のゾンビに突撃して刺し、その勢いで怪我人に伸びる手を推し留めた。


イルガの渾身の突撃からの突きの勢いと、雨でぬかるむ地面のお陰か。 更にグイグイと大きく後ろに押し込まれた左側のゾンビ。


一方、ポリアに向いた右側のゾンビは、グアっと彼女に掴み掛かる。 左腕を、何と骨近くまで斬られたのに、なんとも無いかの様に動かして来る。


また、イルガの戟槍を受けた左側ゾンビも、大きく数歩を引いた所で踏み止まり。 イルガと押し合いの力勝負になる。


「うむむ・・」


押し合いに成ったイルガの全身が、一気に力んだ。 具足の着く地面に、踏み込む前足が沈む。


「ん~、ん゛~」


役人を少しでもゾンビより離そうと、システィアナが必死に引っ張る。


この時、瀕死の役人へゾンビを遣るまいと、ポリアがゾンビの掴み掛かって来た手を剣を横にして受け止めたのだが。 凄い力で、グイグイと押された。 剣を握るゾンビの手の平が、ジュ~っという焦げる様な音を上げ。 薄暗い夕方の宙に、黒みがかった煙が上がる。 神聖なる白銀の効力と、暗黒の力が反発しているらしい。


「う゛、ん"ん・・このっ!」


そのままでは、ゾンビに掴み付かれてしまうと思ったポリアは、右の間に剣を引き抜きつつ避ける。 この時に剣がニュルリとした感覚で引き抜けた。


そして、振り向きざまに、


「エイっ!!」


と、気合い一閃で剣を振るう。 剣の先で、ゾンビの首筋を切り裂いた。


- プシュ -


鈍く何かが噴き出す音がして、蟠った黒い光が飛び出す。


直後にゾンビは、グラリと前に倒れる。


(やった!!)


会心の一撃と、手応えを感じるポリア。 然も、運良くKの言っていた、ゾンビの命とも言える核。 暗黒のエネルギーの塊を切り裂いたのである。


「ポリアしゃん、おっけ~」


言うシスティアナの傍に、ポリアは走り寄って。


「オッケーじゃないっ!」


と、一緒に役人を引っ張った。


その時、後ろの方から凄まじい衝撃音が…。


「マルタっ?!!」


ポリアは、思わず振り返って叫んだ。 マルヴェリータに、何かあったのかと。


だが、直ぐに。


「大丈夫よっ、二匹を同時に倒しただけっ!!」


と、マルヴェリータの鋭い声。


(はぁ~、良かった・・・。 マルタったら、全力で強い呪文を唱えたのね)


Kを意識してか、マルヴェリータは力んでいるらしい。 いつもより、呪文の威力が強いと感じる。


一見、威力が派手に見える事とは、良い事に見えそうだが。 実際には、強引に魔法を発動させていると、精神の疲労が加速度的に増すと云われる。


「イルガ、一気にいくわよ」


「おう!」


ポリアのその声に応じて、イルガは槍を思い切り捻る。 すると、イルガの槍を受けたゾンビの身体が、グラリと前のめりに崩れた。 其処へ、ポリアが踏み込んで来て剣を水平に振り込めば、ゾンビの腕が片方切断されて、地面に着く時にバランスを崩した。


ゾンビが立ち上がる前にと、戟槍を引いて大きく振るイルガ。


「そら!!」


戟の部分を低い位置から薙ぎ払らう事で、片手を着いたゾンビの胸が抉り上げられる様に斬り裂かれた。 その勢いに持ち上がったゾンビの身体。 跪いた格好と成るゾンビの胸の斬られた所に、暗い中でも脈々と鼓動する暗黒の光がポリアに見えるのである。


(アレだわっ!!)


その黒い核の放つ光に向かって、右手で剣で突きを出す。 暗黒の光は、グサリと押し潰される様に割れ壊れて、消えた。


「お見事です」


イルガは言って、ポリアが頷く。


ゾンビを倒しきった後、後ろから。


「ポリア、大丈夫?」


声と共に、警備隊長とマルヴェリータが来た。 マルヴェリータの持つカンテラの明かりに、2人は照らされて見えた。


「マルタの方は、大丈夫?」


ポリアの気遣いに、マルヴェリータは真顔で頷くと。


「ポリア、向こうよ」


昨日、Kがゾンビを倒した場所を指差す。


その時、警備隊長はシスティアナに寄って。


「まだ生きてるか?!!」


「だいじょ~ぶです~、気をうしなってるだ~け」


カンテラでシスティアナは血の出てる傷を探して、癒す為に消毒をし始めた。


役人を見るポリアの横にマルヴェリータは来て。


「あっちに、何匹ものモンスターが居るわ。 でも、数は多いけど・・ほらっ、また一つ減った。 誰かが、モンスターと戦って、次々と倒してる」


その話を聞いたポリアは、誰が倒しているのかは直ぐに解った。


「隊長さん。 此処に、システィアナといて」


「解った、気をつけてくれ」


お互いに、


‘解った’


と、警備隊長とポリアが頷き合った。


先に向かうと決めたポリアは、イルガやマルヴェリータと一緒に橋の向こうに走る。 役人が襲われていた場所から昨日の少し開けた場所までは、走ればさほどの距離では無い。


直ぐに、畑や町に引く水路を流れる水の音が聞こえて。 システィアナの所に2つのカンテラを置いて来た3人は、暗い中で橋の形だけが見えたと走る。


もう視界が悪いとマルヴェリータは、魔法を遣ってステッキから強い光を出した。 目映い光が辺りを照らすのだが。 其処で、ポリア達が見たものは・・・Kの本領の片鱗だった。


骸骨そのままの姿をして、ボロボロの剣を片手にする、“スケルトン”というモンスターが居たが。


そのスケルトン二体に、左右から斬りつけられたKだが。 その攻撃を、先に来る右から半身に躱して。 流れる様な動きで、次の左側から来る攻撃を掻い潜るって、スケルトン二体の間へと踏み込んでいた。


「あ゛」


驚いたのは、残像を残す様に・・だが。 辛うじて見えたポリアのみ。


イルガとマルヴェリータの眼には、Kが一瞬斬られた様にさえ見えた。


然し、Kの実力は、それだけでは無い。 スケルトンの間に踏み込んで同時に、斬り込んで来た二体の左右の腕を自身の左右の手で掴み押さえたのだ。


此処で、ポリアの眼が瞬きを忘れる。


左右の手で、二体のスケルトンの剣を持つ腕を掴みながら。 正面に現れた三体目のスケルトンの頭蓋骨に、Kが軽く蹴りを見舞う。 一瞬、パッとKの足が淡い黄金の光を帯びて、スケルトンの頭を粉々にまで破壊した。


「な゛っ、なん・・で?」


ポリアは、どうして蹴り倒せたのか解らない。 だが、続けざまにKに掴まれて居た腕を引き回されて、左右に別れる様に向きを変えたスケルトン二体。 その側面が見えたスケルトンの頭蓋骨に、Kの素早い拳が左、右と放たれて。 また、当たる瞬間に光る拳を食らって、二体のスケルトンも崩れ去る。 


そして、次の瞬間だ。 Kの姿が、フワリとポリア達の視界から消えた。


「あ゛っ、あっ? 何所じゃ?!!」


驚いたイルガは、思わず声を出して辺りを見た。


ポリア達が見回すと、三体目に現れたスケルトンの先の所で、Kの姿を確認する事が出来た。 ゾンビ二体の急所たる暗黒の光を、首と腹に見つけて斬り倒してしまった。


「す・・凄い・・」


呆然と呟くポリアは、真の最強の冒険者を見た気がした。


このポリア。 自分の父が、世界で一番に広い国土を誇る国で、最高の剣の達人と云われて居る。


だが、Kの強さとは、そんなモノでは無い。 比べるにも値しない、神の領域を見ている様だった。


また、ポリアの横で。


「なんと・・これが、ケイの実力か」


こう独り言を呟くイルガも、あのラキームの警護をする‘ガロン’とかいった悪辣な印象の剣士を全く眼中に入れなかったKの余裕。 その意味を此処で理解した気がする。


ポリア達が立ち尽くした前で、その場に居たモンスターを全部倒してしまったK。 ポリア達が見ている中でも、倒したモンスターの数は十四体に及ぶ。 然も、倒し終わった瞬間から、ゾンビの姿を確かめる余裕がある。 全く、息が上がっていなのだ。


「ポリア。 そっちは、全部終わったのか?」


人の姿をはっきりと留めているゾンビを見つつ、Kは言って来た。


真の畏怖を感じるマルヴェリータは、震える手を抑え当りを見ながら。


「私の感じる気配は、もう・・無いわ」


Kは、屈んでゾンビの持ち物を検めつつ。


「どうだ? 今日は、森の奥深くに潜む気配ぐらいは、十分に感じられるだろう」


「・・えぇ、ぶ・・不気味なくらいに静かな暗黒のオーラ、かっ、感じられるわ…」


「多分、それはな。 向こうから、こっちを誘ってるのさ。 新たな餌食を求めてな」


「だとしたら、かなりの強力なモンスターか、・・・よっぽどに頭の悪いバカね」


ゾンビを調べ終えたのか、Kは立ち上がる。


その姿を見ているイルガは、マルヴェリータに聞いた。


「なんで、バカなんじゃ?」


雨の中で、怖いぐらいに白い肌をして、ぐっしょりと濡れたマルヴェリータは。


「あんな・・ケイみたいな凄腕を、自ら自分の住処に呼ぼうとしてるんですもの・・。 知っているなら、私なら絶対にしないわ」


その二人の会話を聴いているのか、それは解らないが。 Kは、森を見て。


「明日、もう一度シェラハに会おう。 明後日は、森の奥に潜むモンスターの退治だ・・。 被害が最小に抑えてるうちに、さっさとヤっちまうに限る」


其処に、傷を負った役人を背負った警備隊長が、明かりを持ったシスティアナと共に来た。


「終わったのか?」


Kは、剣に拭いを掛ける意味で、軽く振り払ってから仕舞って。


「あぁ、今の所は・・・って所かな」


森とモンスターだった死体を見交わす警備隊長。


「ふ~、こんなに数が多く出てくるなんて、な。 これ以上、出られると神殿に助けを呼ばなければ…」


「安心しろ。 多分、今日はこんなもんだろう」


警備隊長は、Kを見つめ。


「何故、そうと解る?」


「遺体や暗黒の地場も無い、全く何にも無い中で。 こんな沢山の死霊モンスターを無数に生み出せるのは、魔界の魔王や魔貴族ぐらいさ。 そんなのが居たなら、今頃このオガートの町は、不死モンスターに支配され全滅してる」


「だから?」


「ゾンビの姿からして推測するに多分は、死体などからコイツ等を生み出している。 詰まり、手数には制限があるんだ。 この森の奥に潜む奴は、新たなゾンビやスケルトンを生み出す素材を得る為に。 態と町へモンスターを嗾けてるんだよ」


「そうなのか?」


「恐らく、な。 だが、今日まででざっと全部で、二十体は片付けたからな。 向こうも、様子を見るさ。 でなきゃ、本体がこっちにお出ましする筈。  この町を、亡者の町に変える為にな」


其処まで聞いた警備隊長は、身震いをして。


「そんな化け物が・・この森に居たのかっ」


Kは、脇を向いて。


「とにかく、今日は戻ろう。 その怪我人も、長く雨に当てては命に関わる。 それに、このポリア達にも、風邪ひかれたら面倒だ」


ポリア達と警備隊長は、確かにその通りと歩き出す。 待たせた馬車に戻り、怪我人を運ぶのが先決だった。


だが、マルヴェリータのステッキが向きを変えた。 曇天の夕闇の中で黒い人影と変わるKは、公孫樹の森の方を見て。


「アデォロシュの惨劇・・・・か」


その呟きは、雨に掻き消されそうな声である。


彼の一番近くに居たポリアだけが、その呟きを微かに聞いた気がする。


(え? 今・・何て?)


だが、Kはもう歩き始めている。


(気のせい・・?)


不思議な気持ちに成るポリアを、イルガとマルヴェリータが呼ぶ。


さて、一行は夜になった空の下、町中へと歩いて戻る。 馬車も、馬も、モンスターに驚いたので、町の詰め所に戻っていた。


詰め所まで戻ったKは、またポリア達を先に宿に戻した。


        ★


「ハァ~、何か疲れたわ」


年寄りじみた事を言うマルヴェリータが、雨除けのコートを脱いで宿の受付に入る。


同じく、溜め息をして入ったポリアも。


「雨で身体が冷えたね。 温泉に入りたいわ」


ずぶ濡れで、疲労もあったポリア達。 宿に戻れば、心配で女将が待っていてくれた。


「あらっ、アンタ達っ! や~や、やっと戻って来たね!」


老婆の女将を前にしたポリアは、なんだか落ち着いた雰囲気を出し頷いて。


「女将さん、ごめんなさい。 また、床を濡らしちゃうね」


「そんな事なんか気にしなくてイイさっ。 それよりまた、モンスターが出たんだって?」


細かい手間より、町の安全が大切と云わんばかりの様子の女将だ。


ポリアも、その心配が見て察せられるからと。


「うん。 でも、大丈夫よ。 一応、森から出てきたモンスターは、確認の出来る範囲だけど全部倒したわ」


その一報に、女将はポリア達四人へ頭すら下げて。


「有難う、有難うっ。 本当にかいっ、良くやってくれたよ~! ささ、温泉に入んな」


と、薦めてくれた。


「女将さん、ありがと。 後からケイが来るから、覚えといてね」


「おや、姿が見えないと思ったら・・・。 あの黒尽くめは、怪我でもしたのかい?」


「まさかっ。 役人の詰め所で、隊長さんと話してから来るって」


「へぇ~、そうかい・・。 包帯なんか巻いてる割には、タフな男だねぇ~。 あんな細っこい身体してさぁ、見た目とは違うモンだ」


感心する女将は、ポリア達の為に食堂に戻っていった。


女将以上に、Kの強さを目の当たりにしたポリアだから。


(ホントよ・・・。 まだまだ、余裕で戦えたわ)


部屋に戻る途中のポリアは、Kとの力量の差に底なし沼のように深い落差が有る思いがしてきた。


受付で立ち尽くしたポリアに、


「ポリア~、はやくぅ~お~ふ~ろ~」


階段の所から濡れたローブをグシャグシャ云わせて言って来るシスティアナ。


イルガにも、顔を覗かれている事に気付くポリアだから。


「あっ、はいはい。 いこいこ」


こうして、各々の部屋に戻った四人は、装備品を外して宿で用意されたタオルを持ち。 食事より先に、温泉に入った。 冷めた身体を温めるには、温泉は贅沢なお風呂であった。


四人の中で、真っ先にイルガは上がり出て、部屋に向かうと。 ずぶ濡れのKが廊下を歩いていた。


「おお、戻ってきたか」


「あ? あぁ、おっさんか」


「どうじゃった? 話は」


「いや~、役人が四人も大怪我して、安静にしとかなきゃならない状態だからな。 隊長が、人手不足に困ってたさ。 だが一方で、農家の男手とか、地主が下働きを出して協力するとか、話し合うとさ。 モンスターを相手に出来ねぇ~から。 ‘無理だ、止めとけ’、とは言って置いたが・・・。 どうだかな~」


「うむ。 何せよ、自分達の故郷だものな」


「あぁ、その通り。 意地に成って、やる気が先走ってるよ」


「そうか。 ・・お、そう云えば女将が、もう食事の用意が出来上がっていると、よ」


「そうか。 なら、先に風呂へ行って来る」


「解った」


了承したイルガは、部屋に入ったKを見ていて。


(然し、アヤツは・・・何者じゃ? 昔に、ワシらの頃の伝説に居た、あの天才的な二人の剣士の様じゃわい。 然し、本人とするには、歳が合わぬな)


疑問に浸るイルガだが。


イルガの若い頃に、年上と成る冒険者で。 他の追随を許さない、凄まじい腕前の天才剣士が二人居た。


その一人は、“剣神皇(けんしんのう)”と、渾名され。


もう一人は、“斬鬼帝(ざんきてい)”と、異名をとった。


二人の天才剣士が駆け抜けた頃は、二人と冒険することが伝説のように騒がれて、持て囃された。


さて、〔剣神皇〕と呼ばれた男、エルオレウと云う人物は。 今は、商業大国マーケットハーナスにて、世界屈指の大商人として家の家督を継いで。 商業界の怪物として、商人の長の座に君臨している。


一方、〔斬鬼帝〕と呼ばれた男、ハレイシュは。 息子のオリンティスと共に、冒険者を続けていたのだが。 何故か数年前に、行方知れずになっていた。


若き頃のイルガは、その片方。 斬鬼帝のハレイシュ氏と、一回だけチームを組んだ事が在った。 正しく、Kの様に強く、聡明で、物静かな美男子だった。


今、Kを見て強さを知れば、過去に見た斬鬼帝と謳われた彼とダブる。


(似とる、実に似て居るの・・・。 強い者とは、やはり似るのかの)


そんな想いに耽りつつ、歩き出したイルガだが。


然し、次に想うのは、ポリアの事。


(そう言えば、お嬢様にも良くせがまれたな。 お嬢様は、あのハレイシュ殿の様に成りたいと…)


イルガの過去をポリアは良く知っている。


彼女の家出は、強引な結婚話が引き金だが。 冒険者を遣りたがり出したのは、イルガの冒険談を聞いた幼少の頃からずっとで在る。


イルガにして見れば、自分がうっかり冒険者の頃の話をポリアにしてしまったのが、全て悪いと思って居る。 だからポリアの旅に、イルガは捨て身でついて行く気だ。 ポリアをその気にさせた、自分の責任を痛感し。 ポリアが家に戻るまでは、冒険者として何処までも着いて行く気だった。


困る気持ち半分、若き頃に冒険者として羽ばたけず。 ポリアと一緒に冒険者へ成る事で、また夢を見る事が出来る嬉しさ半分のイルガ。


(冒険者は、良しも悪しも味合う稼業だ。 確かに良い経験が、先を夢見る道を拓く。 だが、悪い事を覚えたり、巻き込まれたりして身を崩す者も多い。 お嬢様に取って、今回の旅は良いのか・・・悪いのか、な)


物思いに耽りつつ、一階に降りて食堂に入った。


最初に食堂へと入ったイルガは、五人の席を取る。 食堂には、雨やらモンスターの騒動にて足止めを喰らっている商人が、昨日より増えて七人ほどになっていた。


「おや、そこかい」


老婆の女将が、丸テーブルに座ったイルガを見つけた。


「夜飯を頼みます」


「あいよ、疲れが吹き飛ぶぐらいに、出してあげよう」


直ぐに、料理が運ばれて来るのに合わせて、ポリア達がやって来た。


「お嬢様、ケイも戻ってきました」


「あら、早かったのね」


「どうやら町の警備に、農家や地主の働き手が加わるかも知れないとの事です」


席に着いたポリアは、その話にギョっとして。


「え゛っ? そんな、大丈夫なの?」


「さあ、ケイは止めたそうですが」


「当たり前じゃないっ。 相手が只のモンスターなら、まだ話は解るけど。 ゾンビやスケルトンは、意外に厄介よ」


「はい」


周りに居た商人の男の眼が、ポリアとマルヴェリータに向かった。 食堂に花が飾られたようで。 誰もが、その手に取りたい下心の有る眼をしていると、目つきから窺える。


実際、商人も人格はピンキリで。 表向きと裏向きの顔が、全く違う者がゾロゾロいるのだ。


さて、Kも食堂へやって来た。


食堂へと入って来たKに、女将が近寄って挨拶をする。


その挨拶を受けたKは、ポリア達の居る席に就いて。


「ふ~、疲れた」


「お疲れさま」


ポリアは、そっと水の入ったグラスを差し出した。


「すまん」


水を受け取り、受け皿をシスティアナから貰ったK。


マルヴェリータは、彼に小声で。


「もう、事件の真相は解ったの?」


Kは、調理された野菜を取り分けつつ。


「周りで聞き耳を立ててるバカが多いから、明日な」


周りの商人の静けさに気付くマルヴェリータは、確かに話せる場では無いと黙る。


一方、イルガは、


「然し、なんですな。 お嬢様とチームを組んでこの方、こんなに多くのモンスターを相手にするのは、初めてですな」


ポリア達は、正にそうだと頷くが。


イルガは、Kへ。


「ケイよ。 御主は、過去にもこんな多くのモンスターを相手に戦った事が、他にも在るのか?」


頷くKは、口に運んだ野菜を齧りつつ。


「そうさな~・・・、ま~色々あるなぁ。 墓荒しをとっ捕まえに行って、逆さピラミッドの中にゾンビが溢れたり・・・。 森の中で薬草採取に行って、人食い蜥蜴を50匹ばっかり相手にしたりな~」


ポリアも、マルヴェリータも、あまりの事に蒼褪める。


「や・止めてよぉ」


「やだ、・・・おっかない」


Kは、野菜をコリコリ齧りつつ。


「マジだもの…。 ま、色々あった」


経験の差を実感するイルガだが、半ば呆れて。


「御主、良く生きてたもんじゃ」


そこに、マルヴェリータはため息一つ。


「はぁ~」


彼女の溜め息の理由が解らないポリア。


「マルタ、どうしたの?」


マルヴェリータは、包帯男を横目に。


「んん~、ケイの相手した数を、私達だけならどうなっていたかな~・・・ってね」


経験が無い事だから、ポリアも真面目に成り。


「多分は、切り抜けるのも・・・難しいわね」


だがKは、食べつつ誰も見ないで。


「難しいのは、事実だろうか。 勝てない事は無い」


ポリアは、言い返されるのを警戒しつつ。


「そうかしら・・、二十体以上も相手よ?」


「ま、戦い方の次第だろうよ。 今日は、怪我人を抱えてたし、あんなモンでいいんじゃないか?」


其処に、止せばいいのにイルガは。


「じゃ~因みに、どう戦うと勝てるんだ?」


Kは、水を飲んで口を空けてから、伝法な口調で。


「そんなの、マルヴェリータとシスティアナが、魔法を上手く遣えばよ。 その間にポリアとおっさんが、スケルトン潰せばいい話だろう~が」


「ふむぅ・・・、ゾンビを十以上も、魔法遣いの二人でか?」


「高がゾンビの十や二十、この二人でも十分に遣れるさ。 二人が、魔法を強引に発動するのを変えればいい訳だ」


「ほう。 あれで、強引とな」


するとシスティアナは、照れ笑いで。


「えへへ~、バレてます~」


然し、言い当てられたマルヴェリータは、横を向いて。


(笑わないでよっ、もう…)


Kは、他の料理の盛られた皿を見て、何を取ろうかと思いながら。


「魔法ってのは、どの種類の魔法にしろな。 基本的に共通なのは、魔力の込め方と集中力の噛み合いなんだよ。 焦って強引に唱えれば、魔力の強さや消耗が先行して、程よい加減が利かない。 集中力は、そのコントロールをする訳だ」


魔法についての知識が乏しいイルガは、理解し始めると共に感心すらして。


「ほう。 やはり強力な威力を生むだけ有り、なかなか難しい技術なのだな」


「まぁ、な。 処がこの二人は、そのコントロールに必要な集中力が、からきし足らないからよ。 発動させた魔法の破壊力だけ、強くてデカイ。 つまりは、先ず仲間とモンスターの密集戦じゃ~絶対に遣えない」


然し、イルガの認識では、魔法を遣う時には、肉弾戦をする前衛は避けるものと在るからか。


「ふむぅ・・。 だが、仲間が避けなくてはいけないのは、普通の様な気がするが・・。 集中すると、どう変わるのだ?」


「そんなの簡単だ。 今日、二人の発動させた魔法がグッと小さく成っても、その威力は変わらない。 剣士や傭兵が大きくモンスターから離れずとも、間合いを少し空ければ事足りるさ」


二人の会話を聴いていたポリアだが、意味がサッパリな顔をして眼が点に。


その雰囲気を感じたKは、魚のムニエルを皿に取りつつ。


「フゥ…。 ポリアにも解り易く言うならば、な。 恐らく、今日の戦いで、マルヴェリータが魔法を遣っただろう?」


「えぇ、‘鎌’(ブレード)の魔法を遣ったわよ」


「それならば、その時に生み出された刃ってのは、彼女の身体より一回りぐらいはデカい筈だ」


「あう・・凄い、良く解ったわね。 大柄な警備隊長さんぐらいは、在ったわ」


「なら、ソイツが半分以下の大きさで、威力が同じに成る、と思えばいい」


Kの言った事を想像したポリアは、また目を丸くして。


「え? マジ?」


「あぁ。 集中力してちゃんとイメージから魔法を凝縮してやれば、大きさの変化も出来る。 この二人は、魔法をただ単に‘発動’させてるだけで。 ‘唱えてる’とは、厳密には言わない」


魔法が遣えないイルガとポリアは、マルヴェリータとシスティアナを見る。


特にイメージマジックと呼ばれる事も在る魔想魔法を扱うマルヴェリータは、非常に気まずい顔をして居て。


システィアナに至っては、食べながら愛らしくも豪快に笑っている。


ムニエルを半分食べたKは、システィアナを見て。


「だがな、このシスティアナに至っては、いずれ自然に集中が出来るだろう。 性格からしても、余計な雑念が無いから。 魔法を遣って行けば、普通に出来る様に成る。 場数って云うか、経験が無いだけだ」


こう言われたシスティアナは、無邪気に照れ笑いし。


「えへへ~、ケイケンした~い」


その無邪気な言い方が気に障るポリアは、小声で。


「変なカンジに聞こえるから、そうゆう言い方しない」


「は~い」


然し、新たな疑問が湧くイルガは、苦虫を噛み潰してワインを呑むマルヴェリータを見て。


「ケイよ。 何故に、個人差と云うか、違いが在るんじゃ?」


するとKは、やや細めた横眼をマルヴェリータに向けると。


「このマルヴェリータって者は、見た様子の雰囲気から察して、ぶっちゃけて言うならばな。 “魔法を遣おう”、としてるんじゃない。 ただただに、他に遣るものが無いから、学んで遣える様に成った魔法を遣ってるだけだ。 その心理を探るならば、・・魔法自体を好きじゃないんだろうが。 “逃げる為の言い訳で、手段にしてるに過ぎない”。 こう言えば、一番に正しいな」


Kの話を受けた皆が、それぞれ驚きを持ってマルヴェリータを見た。


一方の見られたマルヴェリータは、その視線が痛いのか。 逃げる様に横を向く。


実質、Kの言った事は、本当に的を射ていた。


マルヴェリータの心の闇を裸にするKだが、満足感を得たのでフォークとナイフを置くと。


「どれ、一時でも仲間に成った誼って奴で、寝る前の余興でもやってやるか」


と、言い出した。


マルヴェリータも含めたポリア達四人が、


‘何事?’


と、Kを見る。


Kは、自分のグラスに水挿しから水を移しながら。


「魔法の集中に一番いい訓練ってのは、マジックミラージュをする事だ。 これは、魔法を遣える者の全てが、誰でも出来る。 では…」


と、Kがテーブルの真ん中にグラスを置いた。


全員の目が、グラスに向かった時…。


「あっ」


ポリアが、小さく驚きの声を上げた。 何と、水の注がれたグラスが二つに分かれて・・いや、更に四つに分かれて行く。


驚いたマルヴェリータは、グラスとKを交互に見て。


「な・何でっ、つっ・つか、遣えるのよっ」


だが、黙るKは、分裂するグラスを見続けている。 その間にグラスは、どんどん分かれて行く。 然も、その分裂は規則的では無い。 ちゃんと、テーブルの隅まで行ったグラスは、分裂しないで留まっている。


「おっ、おい・・アレ」


周りの遠巻きに居る商人達も、K達のテーブルの異変に気付いた。 料理の皿の上にグラスが在るのに、乗っている感じが無い。


驚いて見たポリアは、そっと手を伸ばしてグラスに触ってみれば、自分の手に触れたグラスはすり抜けた。


分裂が止むと、Kが。


「全ては、イリュージョンさ」


そう言って、パチンと指を鳴らす。


すると、


「あっ!!」


食堂で見ていた全員が、声を上げる。 分裂したグラスが、どんどん真ん中に在る最初のグラスに、重なる様にして集まって行くのだ。


グラスを見て、凄い凄いとはしゃぐシスティアナ。


目を擦るイルガは、何度もやってグラスを見る。 イリュージョンの魔法を遣いこなす魔法遣い以外の者すら初めて見た。


さて、また一つのグラスに戻ると、フワッと僅かに持ち上がり。 少しずつ左に、グラスが傾いていく。 並々と注がれたグラスの水が、直ぐに零れてしまうと思ったのだが………。


「零れない・・・嘘」


遂に、ポリアまで眼を疑って擦るも、グラスは変わらない。


皆の見ている中で、グラスは完全に逆さまに成った。


「零れない…」


「零れてねぇ」


商人達も小声で囁き合う。


そして、今度は皆の見る中で、スルスルと上に、空中へとグラスが持ち上がって行く。


その様子を見るマルヴェリータの顔は、美し過ぎる故に歪む顔が怖くさえ見えながら。


(分裂の制御、高低差の制御、原形の制御、全てが完璧…。 どうして・・、何で出来るのっ?!!)


魔法学院で習ったイリュージョンの制御が、Kに因り完璧に遣られている。 魔法学院に入った頃は、毎日イリュージョンを遣っていたマルヴェリータだが。 魔法を発動させる事が出来たからと、途中からイリュージョンでの訓練は、次第に疎かにした。


皆が幻想に取り憑かれて、シャンデリアと同じ高さの所まで上がったグラスを眺めていると…。


「ん? 震えて・・る、のか?」


周りの席に座っていた商人の一人が、そう呟いた。


そう、宙に浮いたグラスが、小刻みに震えだした。


動きが有れば、皆の視線が1点に集まる。


そして・・・、グラスは音を立てて砕け散る。


「キャッ」


「ウワッ」


「ちょっと!」


様々な声が一気に上がった。 皆が驚いて、屈んだり、伏せたりとする。


だが、グラスの破片も、水の水滴一つも、落ちては来なかった。


水を被らない事に、ポリアは咄嗟に伏せた顔を上げる。


「あ・・あら? あらら?」


辺りにも、何の変化も無い。


Kは、静かに席を立って。


「こんな事でも、いい練習になるのさ」


と、先に寝る為か、部屋に戻っていく。


壊れたグラスを探したイルガは、テーブルの真ん中に、水の注がれたグラスが残っているを見つけて。


「何てことだ・・・、真ん中にグラスが残っとる」


驚く皆の中にて、マルヴェリータのみは、Kの後ろ姿を見ている。 その眼は、なんとも寂しい眼つきで在った。


それに気付いたポリアは、マルヴェリータを見てから、Kの背中の影を追った。


料理を運ぼうと出て来た老女将も、他のお手伝いさんも。 そして、食べていた商人達も、ポカンとして固まっていただけだった。




【その5.Kの推理。 そして、答えは森の奥に潜む闇の棲み家】




        ★


二度目のモンスターの襲撃を終えては、町に恐怖が広がる。 その恐怖の出処はと答えを求めれば、刻々と迫るは根源へ向かうその時と成ろう。


Kとポリア達は雨の止むのを待って。 クォシカの愛した公孫樹の森に分け入る事にしようと思っていた。 だが、それだけでは全ての解決に成らないこと、それはKしか理解して居ない。


だから…。


        ★



次の日の朝。 Kの予想通りに、まだ雨が降り続いている。


昨日ほどの寒さでは無いが。 ポリアも、マルヴェリータも、早朝からベットを離れたくないと渋ってみたいのが本音だが。 気合いを入れて起きるシスティアナには、中々と勝てるものでは無い。


さて、女性達の部屋にイルガを伴ったKが入って来ると。


“シェラハの元に行くぞ”


Kがいきなり言って来た。 それは、ポリア達が起きてからの事で在る。


「? あら、ケイ・・・あなた、雨に濡れたの?」


部屋にてマルヴェリータの見たKの髪や包帯がうっすら濡れている事に気付いた。


「あぁ、今しがた兵士の詰め所に行って来た。 あれからどうなったのか、聞いて来た」


「で?」


「農家と地主の元で働く力自慢な男が数人、見回りに協力するべく出張るらしい。 みんな、町を守る為に本気みたいだゼ」


「そう、モンスターに遭遇しないといいわね・・・」


こう言うマルヴェリータの顔は、やや曇り気味である。 役人ですら簡単に勝てないモンスターを相手に、一般人が太刀打ち出来るわけが無い。


「だな。 だから、これからシェラハの所に行く。 日中の内に、色々と話して於かなければならない」


「じゃ・・明日は、森の奥へ動くの?」


「当たり前だろう。 あんな数のモンスターを嗾けてる奴を、放ったからして置けるかよ。 それに向こうだって、遊びで嗾けてる訳じゃねぇさ。 町の住民を皆殺しにする為に、モンスターを寄越してるんだ。 撃退ばかりして親分がジレて町に来られたら、とてつもなく厄介だ。 こちとら、動ける時を十分に利用しないとな」


「でも、私達だけで勝てるの?」


「さぁ、な。 だが、勝てなきゃ~町が不味いんじゃ~ねぇの」


余裕を残してKは、食堂に向かって行く。


「だってさ」


駆け出しの所為と言い訳はしたくないポリアは、戦う事について文句を言わなかった。 自分より遥か上となる実力のKに文句を言っても仕方ないし。 また、見過ごす事も、逃げる事も、自分では判断が付かないのだった。


システィアナは、


「お腹へりましたぁ〜〜」


と、Kの後を追う。


その後ろ姿を見送るマルヴェリータは、彼女が珍しく他人に慣れ親しむのが早いと。


「システィは、ケイの事を信頼するの早いわね」


確かに、と頷くポリアで。


「ん、だね。 さ、私達も下に降りよ」


「えぇ」


食堂に向かうと、既に席の用意がされていた。 全員揃っての食事だが。 ポリアも、もうアレコレと言う気力が失せていた。 だから、その食事は静かなものだった。


そのうち、食事が終わる頃。 宿の食堂に何故か警備隊長がやって来た。


「あらら、何か有ったの?」


と、ポリアが問えば。


Kが。


「いや、俺が馬車を頼んだのさ。 シェラハの家までの、足」


「へ? 何で、隊長さんが直々に?」


「どうしても、事件の一連の事情を知りたいんだとよ」


と、此方に来た警備隊長をフォークで指すK。


理解したポリアは、頷くだけ。


皆の元にまで来た警備隊長は、K達の前に来て。


「馬車を持って来たぞ」


「ありがとうよ。 んなら、行くとしますか」


頷くポリアは、宿の女将にまだ泊まることを告げて。 警備隊長が操る馬車にて、シェラハの屋敷に向かった。


雨の中、幌馬車に乗って向かう。 どんな話が行われるのか、全く解らないポリア達四人は、ただ黙っていた。


直ぐにシェラハの家に着くと。 シェラハがKからの連絡を待っていたのか、直ぐに出迎えてくれた。 通された応接室には、K達5人に加えて。 警備隊長とシェラハに、モンスターの事情を知りたがったコルテウ氏が集まった。


クォシカが描いた絵の前に立っているのは、Kのみ。 他の皆はソファーなどに座り、暖炉の前にKが歩み寄って立つ。


Kの動きに皆が注目して、視線が集まった中。 視線を集めたKは、


「モンスターが度々に亘って町へ来るのは、小手調べの様な遣り方から察するに、モンスターを支配する奴が新たな下僕とする死体を求めるからだと思う。 そして、俺の推測が正しければ、この渦中には少なかれクォシカの一件も含まれている気がする」


モンスターの動向が気になるからか、身構える警備隊長。


「その支配するモノを倒さねば成らないのだな? そうしなければ、町の安全は守れないのだろう?」


頷くKで。


「そうだ。 しかも、支配する側は、駒となる死体を欲している。 誘う様に嗾けている以上は、それだけの罠とも言える用意が有るのだろうな」


不安に駆られたコルテウ氏で。


「あ、あぁ・・やっぱり軍隊を送って貰うしかない」


1つ、頷くKで。


「一応、こっちの隊長が兵士を向かわせた」


「そ、それは知っている。 だが、それで解決をするだろうか。 並の兵士では、なかなか勝てないモンスターなのでしょう?」


だが、黙っていたシェラハが。


「ね、クォシカの事とモンスターが来る事に、何か関連が有るって言いましたよね?」


と、Kに。


「あぁ、聴き込んだ情報とクォシカの失踪を踏まえると、確実に関係は在る」


「それなら、何が有ったのか話して下さい。 私、クォシカがどうなったのか知りたい」


「それは構わないが。 いい話、では無いぞ。 それは、最初に言わせて貰う」


覚悟を顔に表すシェラハは、とても真剣で。 悲壮感も窺える程に強ばっている。


「はい」


「このモンスター騒ぎを含めて、この一件はとてつもなく面倒くさい。 遣り方を間違うと、大変な犠牲も出るだろう。 クォシカの失踪の1件も、この町の情勢も込みでな」


シェラハの父となるコルテウ氏は、物騒な物言いをしたKへ。


「それほどに、大変な事なのですか?」


すると、頷いたKは先ずこう言った。


「これから話す事は、俺の推測が混じる。 状況や証拠や証言を踏まえ、流れを推理して分析してみたモノと、思ってくれな」


誰もが、頷く。


Kは、話を続けて。


「隊長。 それからコルテウさんよ。 これから俺が話す事は、誰にも言わないで欲しい。 内容は、ラキームの地位にも関わる事だからよ。 下手に情報が漏れたとしたら、どんな事態になるか解ったものでは無い。 いいな?」


「あ、はい。 解りました」


「うむ、約束する」


コルテウ氏、隊長が、それぞれ言った。 この事を踏まえ、コルテウ氏は、強い命令で人払いをして在った。


その返事を見てからKは、暖炉の方に向かって絵を見ると。


「では、話す」


こう始まったKの話は、シェラハには信じ難いモノであった。


「先ず、クォシカの安否だが。 ほぼ確実に、死亡している可能性が高い」


この話で、シェラハがビクッと動いた。 だが、Kの話は流れる様に続いて…。


「また、恐らくクォシカの亡骸は、公孫樹の森の中の何処かだろう」


この後に続いて話されるKの推理は、こうだ。


クォシカの父親想いを利用し、クォシカを我がモノとしようとしたラキームだが。 その目論見は、クォシカの父親の自殺を迎えて白紙と成った。 クォシカとの結婚が破談したことにラキームは怒り。 クォシカを強引に自分のモノにしようと、ガロンを遣って金で何でもする無頼か、冒険者を雇った。 この者達が、クォシカの失踪の直前に町で見掛けられた怪しい男達と成る。


この推察は、シェラハでもそう思えていた事で、ラキームの他にそんな危ない輩を雇う者はこの町に居ないと疑いは無い。


だが、問題はその誘拐の最中に起こったと思われる。 クォシカは、誘拐される前か、襲って来た時には彼等に捕まらずに。 土地勘の在る公孫樹の森へ、一時的な避難として逃げ込んだのだろうと。


その証拠と成る物として、あのゾンビとして現れた冒険者らしき者達の新しい死体は、その誘拐犯達の物で。 無頼の様な冒険者が目撃されたのが、警備隊長の詳細な聞き込みに因れば、クォシカ失踪の前日で在る。 そして、その無頼の様な冒険者達と会っていたのが、あのラキームの護衛ガロンで在る事を言う。


「なんてことよ・・嗚呼っ、クォシカっ!!!」


衝撃的な推理を聴いたシェラハは、顔を両手で覆った。 一抹の望みでも、クォシカには生きていて欲しいと願っていたから。 この推理は、絶望的な告知に近かっただろう。


さて、その事態に一番焦ったのは、ラキーム本人だっただろう。 何せ、クォシカを捕まえに遣った冒険者も、目当てのクォシカも、一緒に居なくなったのだから…。


クォシカが失踪したと知ったラキームとガロンは、消えた冒険者達がクォシカ見初め。


“彼女を何処かに連れ去ったのでは?”


と、こう思った。


対策を話し合った二人だが。 この一件を事件として扱い役人を動かすには、明かせない部分が多くて、自分達では限界が有ると感じたのだろう。 苦し紛れから、その行方を別の無関係な冒険者に捜させる事にした訳だ。


また、消えた無頼の様な冒険者達とラキームとの関係がバレなければ、万が一に事態が他人へ漏れても、町史としての権利を使って色々と言い訳が効くとも、踏んだのだろう。


金を使う事、冒険者を遣う事に、躊躇もしたラキームだろうが。 手元にクォシカの身柄がないのは、色んな意味で不安だったから仕方なかったのだろう。


此処までの推理を聴いて、大きく疑問を感じる者は居なかった。 何よりも有力な証拠として、生前の姿を住民に見られていた無頼の様な冒険者達の遺体がゾンビとなり町を襲った事が在る。


そして、更にKは続けて言う。


「恐らく、ラキームの奴も、大凡の事態は察した筈だ。 昨日の夜にはガロンが警備施設へ来て、俺達の倒したゾンビを検めたと云うからな。 どう判断して処理するかは、俺も解らないが。 一応、安心はしただろうよ。 ‘死人にクチナシ’、だからな」


其処まで聴いたポリアは、ラキームの汚らしさに激怒して。


「そんなのって最低じゃやないっ!!! 人一人っ、死に追いやっておいてさっ!!」


だが、Kは冷静そのもの。


「だな。 だが、あの性格からしてラキームって奴は、解り易く権力者思考の権化となる者の典型だ。 美人だ、金だ、権力だ、そうした物を解り易く欲しがり。 手に入れる為ならば、出来る事を簡単にしてのける。 まさに、そんな事しかしない奴だからな」


Kの意見は、皆も解るのだろう。 シェラハは唇を噛んで黙り。 コルテウ氏は頭を抑えた。 警備隊長ですら表情を曇らせて横を向く。 町の住民は、ラキームを次期町史にしたくないし。 認めたくは無いらしい。


ムカムカするポリアだ。


「ケイ。 その推理を確かめられないの?」


「クォシカが亡くなっていた場合は、どうしようも成らないな。 ゾンビに成った冒険者達に全ての罪を押し付けて、知らぬ存ぜぬを決め込むのが目に見えている」


「ん"っ。 悪どい奴なのにっ」


誰もどうして良いか解らない。 黙る皆だが、その様子を斜に構えて見るKより。


「まぁ、全く遣り様が無い訳では無い」


皆の顔が、一斉に上がって包帯男を見返す。


真っ先にコルテウ氏より。


「手立てが、有ると?」


警備隊長からも。


「手荒な真似は不味いぞ」


だが、シェラハより。


「何だって良いわ。 ラキームの罪を暴けるならっ」


コルテウ氏が娘を宥める。


心配となるポリアで。


「ケイ、どうすれば良いのよ」


「答えは、とても簡単だ。 ラキームの口から事を話させる」


「はぁ? あのムカつく奴が、そんな事を言う訳が無いじゃない。 そんなの有り得ないわ」


その通りとばかりに頷くKだが。


「まぁ、普通ならば無理だな。 ・・・だから、明日はラキーム氏にも、森への捜索に来て貰おうと思ってる」


「言ったって来る訳が無いじゃないっ!!」


と、苛立ちの収まらないポリアが怒鳴る。


処が、だ。


「いや~、誘い出す方法は有る」


「どうやってっ?」


此処で、Kの澄ました眼がシェラハに向く。


「他の誰でも無理だろうが。 唯一、シェラハの行動次第では、絶対に動いて来ると思う」


白羽の矢を立てられたシェラハは、涙の浮かぶ赤い眼をKに向けて。


「私? 一体、・・どうすればいいんですか?」


するとKは、声を幾分か緩やかにして。


「いいか。 ラキーム氏に来て貰う意味は、あくまでも事件の現実たる解明だ。 今の段階では、クォシカの仇を討てるかどうかは、全く解らないぞ。 然も、君に協力して貰うと云う事は、魔物の潜むあの公孫樹の森に君も来て貰わなければ意味が無い。 もし、君が来るのなら、我々が全力で守る事は約束するが。 ゾンビやスケルトンが出た様に、非常に危険な所では在る」


Kの説明を聴くコルテウ氏は、心配な顔で娘のシェラハを見た。


「一体、娘に何を?」


「その話は、とても簡単だ。 彼女に、一芝居を演じて貰う。 実は、クォシカがまだ生きていて、森に居るから迎えに来て欲しい、と。 そんな手紙が来たとでも言って貰えれば、それでいいんだ。 彼女が、直にラキームにそう言って、意固地に成り迎えに行くと言えば。 今のクォシカの存在がどうなっているのか心配なラキームも焦って、嫌でもガロンと一緒に出て来る」


とんでもない話だと、コルテウ氏が慌てふためき。


「じゃ、じ・じゃあ、貴方方は、どうするのですか? ラキームは、くくっ、口封じに娘のみを連れて・・行くかも」


「いやいや、その心配は要らないさ。 俺等は、ラキームからの要請が有れば、ラキーム側。 その要請が無ければシェラハか、貴方に頼まれたと、着いて行けばいい」


すると、シェラハは直ぐに。


「それで、クォシカの身柄を捜せるなら、今直ぐにでもやりますっ」


父親で在るコルテウ氏は、娘の様子にギョっとして。


「シェラハっ! そんなことをっ、簡単に言うもんじゃ・・」


だが、シェラハの方は、Kの心情を一部でも察したのか。


「いいのっ、お父様!」


と、父親の口を止めさせて。


「町に来るあのモンスターに、もうクォシカは殺されてるかも知れないし。 今は、あんな恐ろしいモンスターがいっぱい、この町に来てるわ。 クォシカの捜索は多分、モンスターの退治にも成るわよ。 この人は、其処まで考えてるのよっ」


と、Kを指差した。


ポリアも、マルヴェリータも、シェラハの話から意外に鋭い感性だと思った。


指を差されたKは、一つ頷くと。


「ま、結果的には、そうゆう事でも在るな。 クォシカの遺体が有るとするならは、恐らくはモンスターの主の元・・・。 我々が公孫樹の森の奥へと侵入して来たならは、向こうも帰す筈が無い。 なら、退治してしまうのが手っ取り早い」


簡単と云うか、アッサリと云うか。 そんな感じに言って居る様なKを見たコルテウ氏は、蒼褪めた顔で。


「それが・・き、君達に出来るのか?」


軽く首を傾げたKだが。


「出来っこない事なら、最初から遣らないさ。 死体掘りが死体に成ってちゃ~どうしようもない」


「う・うむ、然し・・・」


狼狽える父親に、シェラハは言う。


「お父様、モンスターがもっと多く襲って来たら、町のみんな死んじゃうよ。 大丈夫、この人達、強いから・・・」


此処でKは、眼を細めて。


「もし、君に遣る気が在るなら、今日の明るいウチに遣るしかないぞ。 もし、シェラハの行動を無くして、モンスターの度々の襲来から我々が自主的に。 若しくは、ラキームの命令にて討伐行動した場合。 ラキームの町史就任は、安泰だ。 町の人が後にどう騒ごうが。 ラキーム氏は、父親の死後に町史となって、一昔前の様な圧制に出るだろうな。 あの性格だもの。 ラキームの存在には、それだけの権力が在る」


その話を聴いていたポリアは、その意味が良く解らない。


「町史でも、そんなに権力って有るの?」


だが、Kは一同を見て。


「実は、これはかなり極秘となる非公開の情報だが。 ラキームの父親ってのは、今の現国王の弟なんだよ」


全員の動きが、ピタリと止まった。 ポリアは、Kを見返して。


「う・・嘘でしょ?」


然し、首を左右に動かすK。


「ラキームの父親で在るアクレイ氏とは、な。 前国王と、専横が激しかった或る内政大臣だった者の娘との間に、密かに生まれた子なのさ」


驚く者達の一人、警備隊長が。


「そ・・そんな方が、何でこんな片田舎の町史なんかに?」


「それは、腹違いだが義兄で在る現国王の仕業さ。 元々、王子の頃からこの町の圧制を知り、密かに憂いで居た現国王で在り。 然も、育った義弟のアクレイ氏は、学者肌の正義感溢れる人物に成長した。 父方繋がりの兄弟と云う関係を、その当時は一方的にしか知らなかった兄の現国王だが。 やはり、弟を想ってたんだろう。 他の権力に勝つ為に、兄の現国王が即位した後に、自分の弟を町史へ指名したのさ」


大商人の娘で在るマルヴェリータは、祝い事などで国王の事は少し知っている。


「今の国王陛下は、非常に強権や圧政を嫌う人よ。 弟さんが立派な人なら、その行動は解るわ。 けど・・本当に…」


「ま、表向きは弟じゃなくて、王の友人で同学の士と云ったらしいけどな。 アクレイ氏が国王の弟と知る人物は、この場の人間を除いたら、世界に十人と居ないんじゃないか」


「まっ・まさか・・」


驚くコルテウ氏に、Kは呆れさえ見える口調で。


「あのな~、良く考えて見ろよ。 この町の町史ってのは、アクレイ氏の就任前までの代々に渡って。 私腹を肥やす内政大臣なんかを歴任した男の一族が、ず~~~っと世襲して来た様なモノだった。 その事実は、町の民で在る御宅等が、既に知っていた筈だろう?」


震えているかの様に、ジワジワと頷くコルテウ氏。 確かに、有名貴族の血を引く者以外が町史に成ったのは、彼が記憶している間でもアクレイ氏のみ。


Kは、その様子を窺ってから。


「その挿げ替えに、その辺の一般人が選ばれるものかよ。 この町の利権に、商人と役人の癒着が在ったのを知っていて。 その改革の為に王族の遠縁で、王の肝入りと成る息の掛かったアクレイ氏が、国王に因って選ばれたのさ」


「ま、まさ・・か、そんな理由が…」


「一緒に戦ったお宅からすると、衝撃的な事だろうよ。 ま、当時の内政大臣は、自分の娘の子供だからよ。 完全な首の挿げ替えと、そう思っていただろうがな。 アクレイ氏が改革に乗り出したのは、全くの大誤算だったろう」


コルテウ氏の驚きの顔は、相当なものだ。 アクレイ氏と二人して、怪物の様な権力者との戦いである。 二人して似た様な一般人として、重い苦労を分かち合った仲だと思って来た。 コルテウ氏自身が、そう思っていたのだ。 


言葉の無いその場にて、膝すら崩すコルテウ氏と、父を心配するシェラハ。


だが、過去より現実とKは続けて。


「あの専横が好きなラキームの事だ。 親父が死んで町史に成ったら、また昔の様な仕様に戻してしまうつもりだろう。 今の内政大臣も、前内政大臣の血を引く欲深い男だし。 マルタンの街で聞き込んだ処では、既にラキームとの接触が在るみたいだ」


Kの言った内容に、コルテウ氏も、シェラハも、警備隊長も、驚いてKを見る。


その中でシェラハが、


「本当にっ?」


と、鋭く問い返せば。


「お互いに、意見は一緒さ。 美味しいお金の生るオガートの町、その復活を大喜びだろうよ。 それを阻止する為、ラキームを町史に就任させない様にする為の手立ては、汚い事で・・の遣り方を除くと一つしかない」


するコルテウ氏は、更に震えた声で。


「おし、教えてくれ。 な・なんで君は、そんな・・事を・知ってるんだ?」


核心に迫る質問がされて、Kの包帯の隙間に見える眼がギラっと鋭く細まった。


コルテウ氏とシェラハ親子は、ブルッと背筋に冷や汗を覚える。


「この話は、他にするなよ。 ラキームの曽祖父、詰まりアクレイ氏の母親の親父さんってのは、この四・五年前にやっと死んでる。 九十八歳まで生きやがった怪物だが。 その死は、暗殺だと噂に云われててな。 その頃に、俺の居たチームが、その怪事件にヤッカイに成った訳さ。 事件は、国の方で内々に処理された・・・。 だから、今まで黙ってた」


だが、この噂話は、この国では有名なものだ。 病気も罹っていなかったその老人の変死は、オガートの町にまで噂が流れた程なのだ。


すると、跪いたコルテウ氏は、何とも悔しそうに膝を握り締め。


「そっ、そうかっ! ぐぅ・・・、アクレイが・・あんなに命を張って、この町の為に頑張ったのはっ! 己の・・・自分の家の不正を・・憎んで…」


共に戦ったコルテウ氏だから、その気持ちが解るのだろう。 町史アクレイ氏は、町に蔓延る不正の全てを憎んだ。 そして、自分と知り合ってからは、一層に敢然と権力と戦った。


だが、共に戦ったコルテウ氏も、不思議に思う処が在る。 国に対してアクレイ氏が訴える時、不思議な影響力の強さが在ったのだ。 然し、今に聴いて思えば、どうして不正撤廃が上手く行ったのか。 コルテオ氏は、十分に理解が行く。


「何てことだ・・。 国王陛下すら、見て見ぬフリと思うてたがっ。 アクレイが・・アクレイが全部…」


そう呟く父親に、涙を浮かべたシェラハは、真剣な眼差しを向けて。


「お父さん。 私、どうしてもやりたいっ。 クォシカの遺体を取り戻したい。 それに、ラキームなんかに、町の平和を乱されたくない…」


娘の覚悟を聞いたコルテウ氏の目に、涙が溢れた。


「解った、お前の好きにしなさい・・・。 病気のアクレイも、どうせラキームの悪行を止められるなら、私の身内の方がいいと思うだろう」


すると、Kは淡々と。


「お嬢さんの身の安全は、この我々が責任を持つ」


シェラハの座っていた椅子を頼って、ヨロヨロと立ち上がったコルテウ氏は。 Kに向かって、深々と頭を下げ。


「どうか、娘をお願いします」


その意志を確認したKは、警備隊長を見て。


「いいか。 アンタも、誰にも言うなよ」


すると、真面目な眼差しを凝らす隊長は、しっかり一つ頷いて。


「解ってる、これは男の約束だ。 今の私は、アクレイ様に仕えてるのだ。 ラキームに仕えている訳では、無い」


こうしてKは、シェラハに細かい芝居の内容を説明した。


そして、話が終わるなりポリアへ。


「さ、帰るぞポリア。 後は、事態が動くまで、静かに待つだけだ」


と。


話が終わったのなら、直ぐにこの家から去るというのである。 長居していて、町の噂にされても困る。 町に買い付けに来ている商人の中には、あくどい者も居るのだ。 金に成る為なら、何でもやる者も居る。


警備隊長の馬車にて、全員が宿に戻った。



        ★


クォシカと親友のシェラハの家は、オガートの町一番の地主だ。 Kの作戦は、其処を利用するものだった。 シェラハ以外に、ラキームを挑発する事は誰も出来ないと、Kは解って作戦を立てたのだ。


然も、コルテウ氏は、アクレイ氏の病気の為にと、毎日その日に穫れた新鮮な野菜を家に卸している。


Kの作戦を聴いたシェラハは、その届ける時を利用するしていたが…。


ポリア達は宿に戻ると、部屋から出ないで夜を待った。


Kは、女将にだけ。 何かを言ったらしいが…。


さて。 Kが、何処までラキームの行動を予測しているのか…。 また、どんな解決を望んでいるのかは、ポリア達も全く解らない。


只、ラキームとガロンが、二人してまた夜に宿に遣って来た時。 ポリアは、Kの思惑は全て、予定通りに運ばれているのだと認識した。


陽が暮れ落ちて、夕食時で在る。


Kを含めたポリア達が円卓に就いて、見た目のんびりと夕食に向かっていると。


「どけっ」


食堂へと受付の方から遣って来た男が、入り口付近に居たお手伝いさんに、乱暴な口を利いた。


その声が聞こえても、Kは見ないが。 ポリア達がコソコソと見れば、またラキームとガロンが遣って来た。


(ホントに、来た~)


Kの思惑通りだと、驚くポリア。


(ですな)


頷くイルガも、ラキームを見るまでは半信半疑であったが。 こうなると、相手の行動を読むKの力が、空恐ろしい。


とにかくまだ何の要件かは解らないが。 ラキームとガロンは、ズンズンとポリア達の前に遣って来た。


間近まで来たのを知るポリアは、ポカーンとした顔すら浮かべて二人を見返し。


「あら~、町史さん。 どうしたの?」


と、言って見せれば。


ラキームの顔は、かなり焦っているようで。 イライラが全部、面に出ていた。


「どうしたもっ、こうしたも無いっ!!! お前達っ!! 何でこっちに情報を流さないんだっ?!!」


怒鳴られた一同だが。 首を竦めたりするポリアやシスティアナとは別に。 Kは、全く知らないような素振りで、噛み続けていた肉を飲み込んだ後。


「あ? 情報?」


と、素知らぬ顔を二人に巡らせた。


すると、ギラっと此方を睨んで来たガロンが。


「今日、コルテウの娘から言われたのだ。 クォシカの行方が、遂に解ったと。 明日は、我々と共に森へ来い」


「おいおい、ど~ゆう事だよ。 居場所が解ったって云うなら、アンタ等で迎えに行けばイイじゃないか」


このいい加減な言い方に我慢の限界を迎えたラキームは、指を横に向けて。


「クォシカの居るのはっ、あの公孫樹の森だぞっ!!! モンスターが現れた呪われた森にっ、貴様等はっ、我々だけ行かせる気かーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」


と、怒り任せで、とんでもない大声と成った。


一同が見るラキームは、全身全霊を賭して怒鳴ったのか、肩を怒らせ全身で大きく息をする。


その横に居るガロンは、周りの客や宿の人の眼も在るのを見据えて。 ラキームの興奮を宥めつつ、ポリアやKを見て。


「いいか、今、ラキーム様の言う通りで。 モンスターが出没し始めたあの公孫樹の森の奥に、クォシカを迎えに行かなければならなく成った。 町の警備も在る故に、警備隊長以下の役人を連れて行く事は、今の時点では我々でも無理だ」


やっと事態を把握しては、


‘面倒な事に成った’


と、云わんばかりにKの顔が余所を向いて。


「何だそりゃ。 そんならアンタ等の護衛は、どうなるんだ? 依頼にその辺の危険は全く書かれて無いのに、俺達に押し付けってか?」


Kの文句にて、話の続きを邪魔されたガロンは、一歩を踏み込んで来て。


「最後まで聞けっ。 ラキーム様の守りは、私と町史付きの専属兵が行う。 だが、不死のモンスター相手では、我々だけでは手が足らぬし。 一人で迎えに行くと、強情に言い張るコルテウの娘を守るのには、御主等の手助けが必要なのだ」


これを聞いたKは、ガックリと項垂れて。


「マジかよ。 お宅等の依頼を請けたからって、キーキー・キャンキャンと煩ぇ農家の娘を、モンスターの居る森の奥まで護衛しろってか?」


嫌がる素振りを見せるKやポリア。


その様子をじっくりと、監視する様に睨み見るガロンは。


「クォシカの捜索は、依頼の柱だ。 そのクォシカの生存の話が出たなら、来るのは当たり前だろうが。 それに我々は、モンスターの出所と云うべき根城を、何としても確かめる必要が在る。 その為にも明日は、森の奥へ絶対に付き合って貰うぞ」


その言葉や態度には、脅迫めいた物々しい雰囲気が窺え。 モンスター退治やシェラハ護衛が、さも依頼に沿った仕事だと強調している。


処で。


冒険者に依頼を出す場合。 依頼の内容の範囲を決めるのは、基本的に依頼主だが。 あまりにも依頼の範疇を超えた仕事や、犯罪に手を出させる様な要望は、協力会で規制されている。


ガロンが、この様に言って来るのには。 その辺の事で、違反ではないかと文句を出される事を先んじて牽制しているらしいと、Kは読んだ。


さて、仕事の範疇と言われたポリアは、嫌々の滲む困った顔をして。


「ハァ~、もう濡れたり汚れるのは、イヤだわ~。 毎日、依頼と関係ないモンスター退治で、ずぶ濡れだったし・・・。 ねぇ」


最初の打ち合わせ通り、Kに言われた通りに、態と渋って見せる。


此処でラキームは、先程から右手に在った膨らんだ小袋を、


“ドン!!”


と、テーブルに叩き置いた。 


「おいっ」


「あわわ~」


システィアナ、イルガ、Kが、叩き着ける勢いで落ちそうになった皿やコップを受け取る。


乱暴をしたラキームだが、全く気にもしない横柄な態度で。


「これでどうだ!。 袋の中には、別手当ての三千シフォンが入ってる!!」


皿を戻すKは、適当に頷いて見せ。


「なんとも、妥当な危険手当だな」


と、言うのだが。


‘お金’と聞いたポリアは、態と喜んで見せ。


「あら、アハハ~。 成功の報酬と合わせたら、全部で八千よ~。 凄いわっ!」


と、ゲンキンに喜んで見せる。


金が出た事で、まんざらでも無い素振りに変わるKは。


「ど~するよ、リーダー。 コレを貰って、護衛を引き受けるかい?」


わざわざ袋まで開き、金を確かめるポリア。


「イイ~んじゃないっ? 明日は、雨が上がりそうだって、町の人も言ってたし。 濡れなきゃいいわよ~」


と、金に目を奪われた様に見せ掛けた。


リーダーの了承を得たとKは、ラキームに顔を向けて。


「護衛の件も含めて、公孫樹の森の奥に行くのは引き受けよう。 で? これは確認だが。 我々は・・、あの地主のナントカ云う娘の護衛と、モンスターの排除を専門に遣ればいいんだな?」


このKのセリフを聴いて、ガロンは想う。


(‘地主の娘’、か・・・。 やはり、夕方に来たシェラハの様子と合わせると。 双方には、対して繋がりが有る訳でも無さそうだな…)


このガロンは、自分から人を欺いて生きて来た。 シェラハとK達が会っていたのは、既に知っている。 もし、余りにも仲が良い雰囲気なら、クォシカの情報すら怪しく思えるが。


見た処では、そうでもない様だと安心を得た。


昼間に来たシェラハは、K達の事も含めて、冒険者を信用してない素振りを見せていた。


(クォシカの家財を引き取ったシェラハに面会して、何等かの情報でも共有したか?)


と、ガロンは疑っていたのだが。


シェラハの態度も、K達のシェラハに対する態度も、金を受け取った様子も、全て一応の安心材料であった。 K達を呼んだのは、表向きではコルテウ氏と成っている。 モンスターの警戒で、住民も見回りへ参加するとの事で。 冒険者としてモンスター退治に一役買ったポリアやKに、何か頼み事が有ると聴いていた。


だが、ポリアがお金に眼が眩むのも。 シェラハの事を嫌がり他人行儀に言うのも。 仕事にやる気が無い素振りも、全てがKの計画に入っていた。


そして、この為に。 Kは女将にまで、ラキームとガロンがもし来たならば、見て見ぬ振りを貫いて欲しいと。 密かに頼んで於いた次第で在る。


仕事の話が通ったと錯覚させられたラキームは、


「明日の朝には、森の入り口に来いっ! 貴様等、俺より遅れるなよぉ…」


と、威張り腐ってこう言った。


「へ~へ~、金を貰ったから行きますよ~」


いい加減な口調で、Kがこう言えば。


「ほ~いほ~い~ほ~い」


と、システィアナも続く。


美しいポリアが、まだ金を確かめているのを見るラキームは、


「フンっ。 全く、金ばかり使うわっ」


と、苦虫を噛み潰した様な顔で言うと。


「あら、イイ女って生き物は、それだけ金が掛かるモノよ」


絶世の美女と言って良いマルヴェリータが、優雅に脚を組み替えて言うのだから。


一瞬でも見入ったラキームは、二の句が繋げず。


「ムムムっ。 ガロンっ、帰るぞっ!」


完全敗北したと感じ、命令してマントを翻した。


「は」


従ったガロンも、もう一度だけポリア達を睨んでから、踵を返してラキームに従う。


煩く、態度のデカい二人は、こうして去った。


ラキームとガロンが、暴風雨の様な存在感を残した去った後。


酒も控えた商人達が、直ぐに次々と立ち去る。


‘明日は、晴れる’


と、ポリアが言った事もそうだが。


モンスターの襲来する町に、長く留まる気も失せて。 コルテウ氏が気を利かせ、売るタイミングを見定め様としていた野菜の一部を、例年の価格より少し落として売り払ったのだ。


“土から、根から離れた野菜は、早く運んで売るに限る”


と、商人達も、自分の仕事に忙しく成った次第。


次々と商人達が部屋に去り。 少し長居して食事を続ければ、ポリア達だけと成る。


それを見送ってから、ポリアは肉を食べつつ。


「ケイ、いよいよね」


頷きもしないKは、丸で要らぬ物を渡す様な様子にて、金の入った袋を眺めつつ。


「オッサン、金はそっちで持って居てくれ。 見るも邪魔臭い」


「うむ」


ポリアより、金の入った袋を受け取るイルガは、自分の足元へと降ろした。


Kの計画通りに、ラキームは手玉に取られた様だ。


こうなれば、後は明日に臨むのみと。 全員が酒も控えて、早く寝る為に部屋に戻った。


さて、女性三人の部屋で、寝る準備に入った三人だが。


ベットの上で、衣服を緩めるマルヴェリータは、


「ケイは、どうするつもりかしらね」


と、呟くと。


ポリアは、雨の弱まった夜の外を窓越しに見て。


「何が? クォシカの事?」


「ううん、全部。 ラキームの事とか、依頼の事とかも」


「さぁ、私達がどうしていいか、全く解らないのに。 あんなに凄いKの頭の中なんて、サッパリ解んないわよ」


「ね・・、ポリア。 クォシカさんって、本当に死んでるのかな?」


こう聴かれたポリアは、答えが見えずに黙った。


先が見えないマルヴェリータの気持ちは、ポリアも解る気がする。 


「マルタ…」


不安や戸惑いを抱いたポリアだが。


「さ、もう寝よう。 明日は、その答えも解るし。 ね」


ポリアが言う事で、マルヴェリータは俯いて、髪に顔を隠し。


「そうね・・、負けられないのもね」


そんな二人の耳に、システィアナの寝息が聞こえて来た。





























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