第2話・悪夢

 灯界は縦横に等間隔で区画されており、高位一族は、その一部を領地として支配している。

 最奥に屹立するのが、灯神山チョウシンザンであり、天子繰無鈴テンシクムリが住まう神殿――繰無殿クリムリデンがある。

 この灯神山に近い場所に領地を持つほど、高位の証となるのだ。


 綺咲一族と、柊夜一族は、灯神山の傍に領地を構えているため、常に腹の探りあいをしているので、他一族には格好の話の種である。


 綺咲一族は、かつて異形から人々を救った英雄であり、柊夜一族は、他一族の力を奪った卑怯者である事実も。


 紗羅は牙呂と幼なじみであるが故に、幼い頃から比べられてきた日々を屈辱的に感じていた。

 容姿も能力も全てが自分が上だという自信はあるのに……両親以外は認めてくれないのだ。


 ――奪った力は卑怯だと!? 弱いのが悪いんだろ!!


 夜半すぎ。

 眠れなかった紗羅は、一族の共同鍛錬場にやってきた。

 刀を振りかざして剣舞に磨きをかける。

 天井へむかって真っ直ぐに跳躍し、着地した瞬間、縦横無尽に刀を踊らせる。

 高位一族の子息であれば、当たり前にできる技だ。


「紗羅? 珍しいな」

「……っお前」 


 呼びかける声に舞をやめて刀を鞘に収めて、乱れた衣服を整える。

 現れたのは、憎き幼なじみの綺咲一族子息、牙呂。

 隣には父親が連れ添っているのを見るに、腕試しであろうか。

 二人共、紗羅と同じように髪を頭の上で結い上げて、袖と裾と絞った軽装を着込んでいる。

 先日の剣舞での屈辱を思い出した紗羅は肩を竦めた。


「これはこれはお二方。まさかこんな時間から稽古ですか」

「おお紗羅よ、お前も稽古とは感心だな」 

「紗羅は剣舞の練習ですよ」


 せっかくお前の父親が褒めてくれたのに、余計な茶々を。

 紗羅は刀を鞘抜いて牙呂を挑発した。

 対して牙呂は眉ねをひそめるだけで、紗羅の行為など歯牙にもかけない。

 その馬鹿にした態度にむくむくと怒りが湧き上がり、つい切っ先を突きつける。


「勝負しろ!」

「勝負? お前のような弱いものいじめをする者は、まともに相手をする価値はない」

「な、なにい!?」


 いつにも増して辛辣な態度なのは、深夜だらなのか。

 理由はすぐにわかった。

 彼の父親が、紗羅が家僕を叱りつけて泣かせた姿を親子揃って目撃したと、ため息をついたからだ。

 紗羅は理不尽だと憤る。


「あ、あれはあの家僕が本当に悪さをしたからで……!」

「それでもあえて人通りの多い場で、隅にもよらずに怒鳴りつけるだなんて、品がないのにも程がある!」

「なっ」

「息子の意見には賛同せざる負えぬなあ。家僕の失態は一族の恥じてもあるのだ。それをあのような大衆の目に晒すのは品性を疑うのう」

「……」

 

 一族の当主にまでこう言われてしまえば、辱めに他ならない。

 紗羅は両親から常日頃「どんな理由があれど、我が一族を侮辱した者には罰を与えなさい」と言い聞かせられていた。

 これは立派な侮辱罪である。

 拳を握りしめた紗羅は、親子を睨みつけて刀を突き出した。

 無論、斬りつけるつもりなどなかったが、牙呂は危険だと察したらしい。

 自分も腰から刀を鞘抜き、紗羅に切っ先をつきつける。


「刀を下ろせ! 私達に危害を加える気か!?」

「……だ、だったらなんだというんだ?」  

「やめなさい。こんなくだらない事で、本気になるのは良くないぞ、紗羅」

「くだらない?」


 ――こ、このジジイ!


 紗羅の怒りは頂点に達した。

 幼い頃より発現した力が暴走を始める。

 爆風が紗羅から巻き起こり、勢いで牙呂が鍛錬場の開かれた入口までふっとばされた。

 綺咲当主は結界を張り、その場で踏ん張るが、片手を倒れている息子へと翳して気を放ち、外に追い出すと、扉を閉ざす。


「う、あああっ」

「落ち着かぬか! もう良い!」


 叱りつける声に意識を現実に引きずり戻された紗羅。

 切っ先を地に突き刺し、膝をついて呼吸を整えた。

 綺咲当主に背中をさすられて、我に返る。


「大丈夫か」

「あ、は、はい」

「その力、未だに制御できぬか」

「……すみません」


 しおらしい態度にならざる負えない。

 妙な夢を見るようになってから、こんな気味の悪い力を発現するようになった。

 湧き出る強い感情が力に変わるのだ。


 綺咲当主は紗羅の肩をたたくと、ちょうど良い、落ち着くまで指南してやろうと言うではないか。

 これには困り果てて、今すぐに扉を蹴破るべきだと考えたが、日頃から紗羅を気にかけているのは感じていたので断れず、渋々、精神を落ち着かせる教えを受けた。


 気づけば時間がだいぶ過ぎていた。

 天窓から白い光が差し込み始めている。

 教わったのは呼吸法であり、紗羅はあぐらをかいてひたすらに呼吸に集中する。

 無我の境地には程遠く、どこからか響いた物音に意識は引っ張り戻されてしまう。


 扉の向こうから無数の足音と「父上!」という叫び声がした。

 牙呂の声音である。

 紗羅は起き上がり転びかけた。

 綺咲当主は眉根をひそめて唸っている。


「いかん。息子は大分興奮している。紗羅よ、力を制御して扉をゆっくりと開けるか?」

「は、はい」


 紗羅は瞳を閉じて両手をかかげた。

 扉に手のひらを向けると、重苦しい音が響く。

 薄目を開くと、扉はゆるやかな風におされるように外側に開いていく。

 人の群れが刀を手にして並んでいるのが見えた。

 先頭で牙呂が指示を飛ばしている。

 鬼のような形相をした彼を初めて見たせいなのか、紗羅の心臓は鷲掴みにされたかのようになり、急速に早まった。

 自分の心情の変化に驚いて、胸元を押さえて顔を背ける。

 牙呂が大きく足音を響かせてこちらに近よってきた。


 ――牙呂が、傍に来る……!


 胸の高鳴りが最高潮になり、身体が火照るのを感じて、目を泳がせた。

 その瞬間、右腕が突然動いた。


「え!?」


 紗羅は、自分の手が言うことをきかず、腰にさした刀を鞘抜き、刃を払うのを呆然と見つめた。

 血しぶきがあがり、悲鳴が鼓膜を揺さぶる。


 ――な、んだ……これは……?


 綺咲当主……牙呂の父親が、自分が振り上げた刀で胸を斬られて倒れ込んだ。

 引き抜いた切っ先は血濡れており、そこでようやく言うことをきいた腕をふって、刀を放り投げた。


「うわ、うわあああああ!!」


 紗羅の絶叫に被るようにして、怒号が空気を震わせた。

 当主を殺された一族の男達の叫び声だ。

 そして誰よりも憤怒の声をあげているのは、当主の一人息子である牙呂だ。


「紗羅あああ!!」


 電光石火のごとく跳躍した牙呂が刀を振り払い、紗羅に襲いかかる。


 ――っ!


 紗羅は息をするのも忘れて、ただ呆然と牙呂を見据えた。

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