68



 濃い青が優しく私を見ている。

 ずっと、ずっと、会いたかった。

 一日も忘れられなくて、後悔して、泣いて。


 仕事で忙しくして、疲れ果てて寝るのが当たり前になっていた。


 貴方のぬくもりがないと、寝られないんだって、気づいて。

 辛かった。――

 


「ねえ。ほんとに? レナートも、好き?」

 

 ソファで抱きしめられたまま見上げると、レナートが微笑んでいた。

 

「ああ。キーラが好きだ。今はまだ地位も確定していない身だが、いずれ皇帝陛下にきちんと認めて頂きたいと思っている」

「認めるって?」

「キーラとの結婚」

「けっ!」

「……斬首されないように、頑張るぞ」

「ざん! もおおおお」

「はは」


 レナートの腕の中が幸せすぎて、ちょっと立てない。


「疲れたか?」

「うん、ちょっと色々聞いちゃったから――でも嬉しい、レナート」

「そうか」

「ふふ。一気に家族増えた。ラース兄様と、ロランでしょ、レナートまで!」


 一年前までは、想像もしていなかった。幸せ。


「……もっと増えるかもしれないぞ」

「へ?」


 あ、いやらしい顔してる! そんな顔もするのね? かっこいいって思っちゃったら負けだね!

 ん? こら、なんか色々触って……んっ、あっ、そんなとこ……もう! こら! めっ!


「だめ!」

「だめか」

「斬首されちゃうよ?」

「そうだった……しゃれにならんな。むう」


 しゅんとしてから拗ねるレナートも、可愛い。

 

「キスだけにしよう? ね?」

「そうだな。キスだけだな」


 レナートが優しい顔で髪を撫でてくれたから、私は目を閉じた。


 ――ロランに扉をノックされるまで、ずっとキスしていたのは、ふたりだけの秘密。



 

 ◇ ◇ ◇




 それから、再び事務官として忙しい日々を送っていた。

 帝国の歴史や地理、政治、経済を学びながら、難しい申請や調整ごとを考えるのはとても疲れるけれど、充実している。


 レナートは、陸軍少佐になって子爵位を得た。元々が男爵だからとはいえ、少佐ともなると一個師団も任されるらしく、異例の待遇(つまりは師団長でもある)。反発もあるのではと思いきや「あのボジェクと生身で戦った男」の肩書はものすごいみたいで、誰にも文句を言われなかったらしい。どんだけなのよボジェク? わかるけどね?

 

 この国では大佐になると伯爵位をもらえるらしいので、それに向けて張り切っているし、私が来たことで皇城に『近衛』も配備すべきだ、と元老院(偉い人たち)からの声もあって――なんとレナートが近衛師団長になった。


 これにはさすがに「外からの人間が!」と反対も多かったけれど、皇帝が

「我が妹の将来の伴侶を、そのように排除したがる人間がいるとはな。名を名乗れ?」

 て言ったら黙ったんだって。


 それを聞いたレナートは

「すでに認められ……? いや、油断しては斬首だ。気を引き締めよう」

 ってぶつぶつ言っていたそうな。

 

 で、その皇帝はと言うと。


「ラース兄様、ほんとはどう思っているの?」

「なにがだ」


 城内にある皇帝の私室に入れるのは、今のところサシャと私だけ。

 つまり、内緒話もここなら安心。

 私は、ラドスラフお気に入りと評判の茶葉を蒸らしながら、話しかける。

 その後ろで、サシャがくすくす笑っていて、その手には、銀色の指輪が光っている。


「レナートのこと」

「……堅物だな」

「ぶ」

「余と話す時ですら、態度が変わらぬのだぞ」

「あー」

「あれはなかなかの大物だな」

「へへ」

「あとは……助かる」

「助かる?」

「元老院の爺どもはな。早く世継ぎをと口やかましくてな。全員斬首にしてやろうと思っていたところだ」


 ――っげえ!


「キーラが産めばいいだろう。皇帝直系の血だぞと言ったら、黙った」

「はあ!?」

「だから、頼んだぞ」

「なにが!?」

「あと二年ぐらいだな」

「だから、なにが!?」


 にやり皇帝、怖すぎて背筋が凍るんですけど!


「まさか……私を必死で探してたのって、それが理由……」


 急にそう落ち込んだ私を、ラドスラフは呆れた顔で見てから

「探した理由が欲しいのか?」

 と聞いた。

「だって、理由もないのに、こんなに良くはしないでしょう? 血を残すためだったら、分かる」

「なるほどな。ふむ……違うぞ」

「え?」

「義務でレナートと添い遂げるなら、やめておけ。別れそうにないなら、斬首してやる」


 ――ぎょわ! レナートがあっ! 一瞬で斬首!


「ちがう!」

「ならば、なぜ好きなのだ」

「そんな、理由なんてないよ。レナートだからだもん。……あ」


 ラドスラフは、これ以上ない優しい顔になった。


「それと同じだぞ、キーラ。覚えていないと思うが、あの殺伐とした後宮で、余はキーラからたくさんのものをもらったのだ。兄さまと呼ばれて。大好きだと言われて。同じものを返したいと思ったのだ。それを、否定してくれるなよ」

「ラース兄様……」

「余は、キーラにこそ、幸せになってもらいたいのだ」



 そうか、理由なんていらないんだ。



「そのままでいろ」

「はい」

 


 私は、私のままで。

 愛してもらえるんだね……嬉しい!


 

 後ろでサシャが「ぼぼぼ僕にもぉ、そそそのぐらいい、優しくしてえええ」って泣いてたけど、見なかったことにしよう。うん。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る