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ヨナターンかな、と顔を上げたら。
「キーラ」
……その、低くて張りのある、聞き覚えのある声は。
「会いたかった」
「……」
声が出ない。
嘘だよね。嘘! 動揺してロランを見たら、にこにこしてる。
ロランの肩越しにヨナターンが、にやけながら大きく頷いている。
目の前にある、濃い青色をもう一度見上げる。今は朝日を反射して、まるで朝の海みたい。
「うそ」
「嘘じゃない」
「うそ、うそ」
「ずっと会いたかった」
「レナート!」
「キーラ!」
ぎゅう、と抱き着いたら、強く抱きしめられた。ああ、この匂い。私の大好きな。
「ほんと? レナート?」
「本当だ。本物だ。ああキーラ。すまなかった」
「ちがう! ちがう! わたし、わたしが! ……言えなくて!」
「わかっている。俺もだ。俺も言えなかった」
「レナート……」
「キーラ……」
少しだけ離れて、見つめ合っていると。
「あーおっほん。おふたり、感動の再会おめでとうですけどね? ここは衆目があるんでね?」
パンパン、とヨナターンが手を叩いて、二人して真っ赤になった。
◇ ◇ ◇
昨夜泊まった宿に移動して、ヨナターンとレナート、ロラン、サシャと五人でテーブルを囲む。
さすが帝国軍海軍大将。人払いをして、このレストランには私たちしかいない。
「朝だが、再会を祝して。お茶で乾杯するか」
ヨナターンが笑って言うけれど、私の頭には何も入って来ない。
目の前には良い香りのするお茶があるけれど、飲む気がしない。
「ヨナ、その前にちゃんと説明してあげよう?」
ロランが促して、レナートも頷く。
「あー、そうだな。キーラ、黙っていてすまなかった」
「へ? いえ……あの……何がなんだか……」
「おほん。ちゃんと説明する」
ヨナターンが、姿勢を正して、説明してくれたことは。
もともとレナートは、アルソス王国の人間で、メレランドの騎士団を立て直すために一時派遣された人材だったのは知っている通り。
問題が解決して帰国するはずが、任期が残っていたのと、メレランド騎士団支部の再興に尽力したくて、残ったのだそうだ。
同時に、ボジェク少将と生身で渡り合ったその腕(滅多にいないんですって)と、腐敗した財政を見抜き、私の案を生かして問題を暴いた手腕を、ブルザークでも高く評価されていた。
ヨナターンの報告を受けた皇帝が「なにがなんでも引き抜いて来い」と勅命を下していたのだそう。
だがアルソスもレナートを手放してくれず、交渉が難航。
最終的に、レナート自身がアルソス国王と騎士団長フレッドに直談判して、ようやく帝国へ来られた、というわけ。
「え、ということは、レナートは」
「ブルザーク帝国の仲間入りですー」
ヨナターンが、ふざけた口調で言う。
「!!」
「まだどこへ配属になるか分からないが、軍に入ることになっている」
「そ、そう……あの、レナートは、よかったの?」
「なにがだ」
「帝国に、来て」
「ああ。直談判に行ったと言っただろう。自分で決めたのだ――俺は、もともとひとりだったからな」
「え?」
「家族は……俺は一人息子でな。両親は馬車の事故で死んだ。男爵位を継いだものの、ずっと空しかった」
しん、とするテーブルの上に、レナートの静かな言葉が舞う。
「騎士になったのも、フレッド様に誘われただけだ。無味乾燥な毎日だった……キーラに会うまでは」
「私?」
「ああ。なんて正直でまっすぐで、眩しいのだろうと思った」
「へ!?」
「あー、分かるなあ。目で全部言っちゃってるんだよね、キーラってば」
ロランが笑うと、ヨナターンも
「正直すぎて嘘がつけないのは、あとあと心配だけどな」
と同意する。
「ぼぼぼ僕は安心でしゅよ!」
サシャ、噛んでる。
「同時に、守りたいと思った。あまりにも純粋で……可愛いと思った。そんなことを思ったのは、初めてだった」
「へ!?」
「うは」
「ひゅー」
「ひゃあああっ」
ロランもヨナターンもサシャもいるのに! 何言ってるの!
「我慢しないで欲しいと何度も言ったが、我慢してしまうキーラを」
レナートが、強い目で見てくる。
「絶対に、追いかけようと誓った」
――え!
「私が我慢してるの……気づいてたの?」
「ああ。これでも悪い大人だからな。あれだけ何か言いたそうにしていたら、嫌でも気づく」
「ひええええ」
「ロランを責めるなよ。俺が問い
「げえ! ばらした!」
――はあ!?
「ちょっと! ロラン! 内緒にするって!」
「いやいや! 大事なところは言ってないよ。これほんと」
「んもおおおおお!」
「レナート!? とんでもない裏切りじゃないか! なんで!?」
「……俺より先にキーラと住んでいるそうだな」
「あー、そーねー、そーだねーはいはい! 僕が悪かったね!」
ヨナターンが、肩をすくめる。
「ま、あとはふたりでゆっくり話せ。俺は、ロランに用事がある……大帝国書記官に何しやがったか聴取しねえとな」
「げえ!」
「ぴ! ああああのおお怒らないでぼぼぼ僕が」
「サシャ! 僕をかばってくれるんだね! 嬉しいな!」
「おいおい、こっちもかよ……俺、すっげえ孤独……」
ヨナターンがそう言いながら、手でしっしっとしてきて。
レナートが笑いながら、手を差し出してくれた。
「ゆっくり話したい」
「うん……」
二人で、私の客室に移動した。
◇ ◇ ◇
「キーラ」
「はい」
広い客室にはソファが置いてあるので、私は備え付けの茶器でお茶を淹れることにする。
「キーラのお茶は久しぶりだ。嬉しい」
「っ」
どしたのレナート! すっごいしゃべる!
「……ずっと話したかったんだ」
私が目で話すってのは、本当みたいだね! 心を読まないで欲しい!
「ふは。わかった」
「んもう!」
「ははは。かわいいな」
どっきん!
かちゃん、とカップをテーブルに置いて、ポットからお茶を注ぐ。
手が震えそう。そんなに見つめないで。
「キーラ」
「……はい」
「追いかけて……良かったのだろうか?」
「!」
レナートの眉間のしわが、深い。
「決めたものの、不安だった。ロランが、絶対にキーラは喜ぶからと。その言葉だけを信じて、来てしまったが……」
ああ。今なら、言える。
ずっと、後悔していたこと。
怖くて、言えなかったこと。
「……真面目なところが、好き」
「!」
「眉間にしわを寄せて、真剣に考えているところが、好き」
「キー……」
「自分よりも、私のことを考えちゃうところ。あと、匂いと、声と、優しいところ。恥ずかしがるところ。あったかい胸の中で眠るのが、好き」
「キーラ」
「離れたくなかった。一緒に来てって言いたかった。大好きで、大好きで。でも、言えなかった。私が、皇帝の! 妹だからあっ!!」
「っ、キーラッ!!」
「うああああああん!! 怖かったのおおおおお!!」
はしたなく、大声で泣きわめいている私を、レナートはすかさずギュ、と抱きしめてくれた。
「そうだな。怖かっただろう……分かっているつもりだから、安心して欲しい。キーラ、俺も大好きだ」
「うううう、ずび、ねごじゃない?」
「ん?」
「ねこ、じゃない?」
「ははは。……猫じゃない。可愛いくて大切な、ひとりの女性として」
「ほんど?」
レナートは、親指で優しく私の涙を拭ってから。
「確かめてみるか?」
いたずらっぽく笑って。
――優しいキスを、してくれた。
「ああ、可愛い。俺の愛しのキーラ」
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