66
タウンハウスでのディナーには、時々皇帝が混ざる。
「サシャから聞いたぞ。素晴らしい働きだそうだな、鼻が高い。そのまま事務官になるそうだな? 帝国のこともサシャから学び、励め」
「はい、ラース兄様」
皇帝からも褒められた!
やっぱりレナートって、すごいんだね。
――また、思い出しちゃった。
「……
「へ?」
「キーラの顔が、たまに暗い」
「うっ」
「新たな環境は疲れるものだ。くれぐれも無理をするな」
「はい」
このタウンハウスは、もともと皇帝の隠れ家として使っていたらしく、城は肩が凝ると言ってこうして自ら訪れ、ディナーを共にする。
ロランは、はじめは恐縮していたものの、妹の
「ロランも優秀だそうだな。陸軍が欲しがっているぞ。なあマクシム」
「は。海軍より陸軍の方が適任かと」
「ヨナターンとアレクセイが、また喧嘩するぞ」
「……ですね」
皇帝の背後に立つ、薄茶色の短髪でガタイの良い男性はマクシム大佐という。陸軍幹部で、皇帝の専属護衛なのだそう。大佐ってかなりすごい。大佐、少将、中将、大将らしいから。
マクシムは温厚な紳士で、所作がとても綺麗だと思っていたら、伯爵家出身のエリートだと聞いた。――体格もそうだけれど、誠実そうな雰囲気や髪の色がレナートに似ていて、会う度落ち着かない気持ちになるのは許してほしい。
「私は、軍より机の方が向いていますが」
ロランが苦笑する。
「なにせ、帝国の武器魔道具の使い方に、慣れる気が致しません」
魔石を入れて使うらしいけど、魔法の効果があるんですって。
それは、慣れないよね!
「ああ、なかなか大変だろうな」
皇帝が頷く。
「……ふむ。アレクセイの機嫌を損ねるのもつまらぬし……キーラとともに事務官になるか」
「!」
「なるほど陛下、それは妙案ですね!」
マクシムも同意する。
「機密情報を扱うのです。妹君殿下と血の繋がりがあれば、元老院も首を縦に振るでしょう。サシャ殿の寿命が心配でした」
「だそうだ。どうだ? ロラン」
「は! 喜んで拝命致します」
ロランも、事務官!?
「やった! 嬉しいです!」
「僕もだよ。キーラとまた働けるね」
「うん!」
「うむ。護衛の意味でも安心だ」
――あ、そっか。
「は。そちらも含め、全力で勤めさせて頂きます」
ロランが真剣な顔で言うのを受けて、マクシムも
「ならば、護衛に特化した研修へ切り替えよう。宜しいでしょうか、陛下」
と申し出てくれた。
「良きにはからえ……キーラの顔が明るくなった」
「もう! すぐ顔色を読むのはやめてください、ラース兄様」
周りの人達が、私を思って動いてくれている。
私も、前へ進まなくちゃいけない。
◇ ◇ ◇
それからの日々はまさに怒涛。
皇帝の妹というお客様待遇から、帝国事務官という役職がついて、気持ちも周りの反応も変わった。
毎日襲ってくる書類の山と格闘しながら、サシャの考える改善案や改革案を一緒に具現化していく作業は、やりがいがあった。
同時に、できた空き時間を使って、ロランとともにサシャの講義を受ける。
――気づけば、腕輪を取り上げられた日から、一年が経っていた。
◇ ◇ ◇
「え、もうそんなに経ったっけ!?」
私が、ロランに預かり証(もう不要だけど、大事にとっておいた)を渡すと、うわー! と驚かれた。
「ならさあ、今日は早く仕事を終わらせて、記念にお出かけでもしよっか。明日、ヨナターンが遠征から帰って来るんだよ」
「え! そうなんだ!」
「迎えに行ってあげたら喜ぶし。港町に泊まりがけで行くのはどう? サシャ殿も、是非」
「ぴゃい!?」
「今は急ぎの案件もないでしょう。たまには息抜きしませんか? ね、キーラもそう思うでしょ?」
――あーこれ、旅行先で口説く気だ! 悪い銀狐だな! 良いよ、協力するよ。なんか「ここここんな綺麗な人ががぼぼぼ僕を好きとかぜぜ絶対ああありえないっ!」って、ずっと逃げられてるもんね。頑張ってね。
「サシャ君も一緒が良いな!」
って言ったら、ロランにバチリ! とでっかいウインクされた。正解でした。
――で、馬車で半日かけて到着した宿の豪華さよ……
「ロラン、これ……」
「ふふ」
めちゃくちゃ計画性を感じたの、私だけ?
あ! サシャが、プルプルしてるー!
「はひゃ!?」
「さ、参りましょう」
「ぴ!?」
さりげなく、サシャの腰を抱いてエスコートしてる銀狐。私の方が完全におまけじゃない!? 良いけどさ!
「明日の朝には入港するから、一緒にお出迎えしようね。今日はゆっくりディナーを食べて、のんびりして疲れを癒そう。ねえサシャ殿、ここの浴室は大きいんだって。……後で背中を流させてね」
「はぶお!?」
えーっと、口説くのは、身内が居ないところでお願いしますね? どんな顔したら良いか分からないからっ。
三人で食べるディナーは楽しくて、サシャが
「ここここんなぼぼくと、一緒に、いいいてくれてありがとう……とととても嬉しいでひゅ」
って泣きながら喜んでくれて、こちらも嬉しかった。
仕事は好きだけど、ずっと孤独だったんだって。
ひとりで仕事するのは……寂しいよね。
「私、ずっと三人で一緒に働きたいな」
「僕も。ずっと二人の側にいたいよ」
帝国でも、こんなに充実しているのに。
心の穴は――実はまだ埋まっていない。
それぐらい、貴方は、私には大きすぎるのね。
離れて初めて、分かったよ。分かっていたら、あの時言えていたかもしれない、なんて。
――毎日、後悔ばかりしている。
◇ ◇ ◇
翌朝、馬車に乗って港まで向かう。
サシャ君がなぜかぐったり疲れているのは、気のせい?
「気にしないで。僕が無理させちゃっただけだから」
って、なんだか充実しているロランに言われた。
深く考えるのは、やめようそうしよう。幸せそうで何よりだね。
けど、目に痛いよそのイチャイチャが。やめて。そんなんでお外に出ちゃだめよ!
「……ラース兄様にちゃんと報告しなね」
「もちろん。婚姻届に署名もらわなくちゃ」
「ぴっ!?」
「指輪を買いに行こうね、サシャ。君の華奢な指には何が似合うかな」
「はわわわ!」
「ちょっと! 今! 朝!」
暴走銀狐を止める魔道具ってないのかな!?
「ふふ。あ、もう着いてるみたいだ」
馬車の窓から、大きな軍船が見えた。見覚えがある船体。私がメレランドを出る時にも乗った、ヨナターンの船だ。
「懐かしい? キーラ」
「うん」
あ、ダメだ。泣いちゃう。
「……まだ、忘れてないんだね」
ロランに見透かされて、恥ずかしい。
「ずずっ(こくり)」
「良かった!」
――良かった?
「さ、行こうキーラ。ヨナを驚かせよう」
「うん……?」
潤んだ目を拭く暇さえ与えずに、ロランが右腕にサシャ(ほぼ抱っこで持ち上げたまま移動)、左手で私、をエスコートする。さすが元騎士、力持ちだね!?
桟橋には、船から乗り降りするための階段が掛けられていた。職人が木で組むもので、意外と丈夫で驚いた記憶がある。
高い甲板から、徐々に人影が降りてきた。
眩しくてよく見えないなと思い、両手で目に影を作る。――でもやっぱり良く見えない。
「まぶしいねっ」
「朝日がまともだもんね。目が痛んじゃうから、下向いていたらいいよ」
「うん、そうする」
ロランに言われて、素直に下を向く。
するとやがて、木の桟橋に並ぶつま先が視界に入った。黒い、丁寧に磨かれた革靴だ。
私の目の前に立っているようだけれど、距離が近い。
ヨナターンかな、と顔を上げたら。
「キーラ」
……その、低くて張りのある、聞き覚えのある声は。
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