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「侵入した事実はなくなった。キーラへの暴力も、問えなくなった」

 レナートが厳しい表情のままだ。

「無罪で野放し、ということですか」

「そういうことだな」

 

 ロランが唇を噛みしめている。


「キーラ……僕が」

「いえ。ロラン様は悪くありません。今まで団長室には鍵をかけていませんでした。今日からは」

「そうだな。完全に内部の犯行だ。ここには大事な書類がたくさんある。施錠するようにしよう」


 大事な、書類……あ!

 

「あの……すごく嫌な予感しました今」


 私は、慌てて自分の机に向かい、引き出しを開ける。

 

「どうした」


 レナートがつられて立ち上がった。

 

「私、ほら、ブルザークの方々の受け入れ手配を、一人でやれっていう任務があるじゃないですか」

 

「は?」

「なにそれ?」


 ロランとヤンが、瞬間で憤り、レナートが付け足す。


「ああ、王女の嫌がらせのやつだな」

「「はあ!?」」

「ええ。その経費をまとめた書類。あ、やっぱり。なくなってますね」

「「「なんだって!?」」」


 大の大人三人が大声で立ち上がると、なかなかの迫力だ。


「まあ、それについては、そうなるかもなと思って対策を講じていたので、大丈夫です。それよりも」


 私は目に力を入れて、立ち上がった三人を見た。


「私が見たことをお話しなければなりません。みなさんは……私の味方ですか?」


 予想が正しければ、あのボイドの仕草は。


「団長と副団長は、アルソスからここを立て直すために来ました。ヤンさんは?」

「信用を証明する方法がなくて、どうしようって思ってるよ」

「アーチーを捕まえたの、ヤンさんですからね」

「自分が間諜なら、その時何かを仕込むよね」


 レナートの眉間が、見たこともないくらいに深まった。


「腹の探り合いはそこまでだ。ヤンが裏切るなら、俺が叩き潰す」


 ヤンが眉尻を下げて、黙って両手を挙げた。

 

「ありがとうございます。説明します。私の推測も混ざっていますが」

 

 私は、鍵付き書庫にしまってあった、ある書類の束を出す。


「これ、騎士団名簿と、要人接待関連の書類の写しです」


 テーブルに広げながら、説明する。

 

「見てください。最近、ある商人から買っている物が多すぎるんです」

「ほう?」


 レナートが、代表するかのように反応してくれる。

 

「名目は、備品。金額も小さいし、出している人も別々。でもほら、筆跡を見てください」

「……似ている」

「そうなんです。もしや同じ人が、他の団員の名前を借りて? と思って、最初に出した人の出身地を確認したら、ボイド様と同じでした」

「「「!!」」」

「アーチーも同じ出身では? と思って名簿見たら……ほら、やっぱり」


 レナートがテーブル上の書類を眺めながら言う。

 

「セバーグ伯爵領……」

「僕んとこ――ビゼーの、隣」


 ロランが息を吐く。


「商売も一緒で、主に漁と、帝国との貿易。でも、やり方がまずくてね。いつも財政は赤字のはず……」

「ロラン様から見て、ボイド様とルイス様は、仲良いですか?」

「いや、悪いと思う」

「でも、出身同じです」

「うそ!! ルイスもセバーグなの!?」

「はい。名簿を作る時、階級章のためと言いましたから。ルイス隊長のことだから、うっかり正直に言ったのではと……ほら、ここ」

 

 ロランがソファに、どっかりと腰を打ち付けるように座る。


「つまり、僕とレナートが険悪と見せかけたように」

「ええ。あの二人もではと」


 レナートが、立ったまま首を傾げる。――こんな時になんだけど、可愛い。

 

「なるほど……表と裏、だな?」

「はい! さすが団長です!」

「「表と裏?」」

「あの、もしボイド様の部下がたくさん経費を申請したら、問答無用で却下しませんか」


 全員、頷く。


「でもルイス様の部下なら? 彼はロラン様の信頼を勝ち得ています。備品や消耗品で少額なら」

「……査定もせずに承認していた」

「はい。私も少額だから、大して確認せず署名だけもらっていました。最近やっと、おかしさに気づいたところでした」

「ははあ。ボイドが表立って問題を起こす。一方でルイスが優秀な団員を演じて、良く見せて信頼させた、てわけですね」


 ヤンの説明がとても分かりやすい。


「ええ。そしてその二人の関係に気づいたのが、これでした」


 私は、人差し指と親指の腹を二、三回くっつけて離す、例の仕草をしてみせた。


「なんだ?」

「なにそれ?」

「うーん?」


 三人の反応を見て、ようやく安心する。良かった、絶対初見だ。

 

「これは港町の漁師が、隠れて賭け事をした時の合図なんです。意味は『勝った』もしくは『お金』です」


 レナートが唸る。


「アーチーを逃がしてやったぞ、ルイス、金寄越せ。といったところか」

「はい。私もそう推測しました」

「……キーラを武器庫に誘導したのは、ルイスだもんね。失敗するなんて思ってもみなかった、てところかなあ」

「副団長の読みの通りだと自分も思います。となると、キーラの護衛に集中したいですね」


 ヤンの硬い言葉に、全員が頷いた。


「ねえレナート。そこまでしてこの騎士団には、何があるんだろう? 金だけではない気がしてきたよ」

「そうだな、ロラン……団長は――フレッド様は、それに気づいて俺たちを派遣したのかもしれんな」


 ――沈黙。

 

「あのー、差し出がましいですが。この際、これからのことをきちんと相談しませんか?」


 再び、ヤンの言葉に全員で頷く。

 

「とするとここではなく」

 レナートが私の顔を見たので、

「タウンハウスの方が良いかもしれません」

 と同意した。


 それぞれ任務が終わり次第集合、ということで、この場は解散となった。

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