閑話 デートじゃなくて、買い出しです
「お礼のお品物って、どういったものが良いんでしょうね」
たっぷり寝た舞踏会の翌日。
軽くパンを食べてから、ロザンナ、メリンダ、アメリへのお礼の品を買いに来たレナートと私。
王都の街中は相変わらず人混みでごった返していて、田舎の港町とは違うなあと改めて実感した。
「ううむ……今まで女性に贈り物をしたことがなかったからな」
考え込むレナートの言葉が、少し引っかかった。
――私、鞄もらいましたけど? あ、私は女性に入っていないってこと!?
「だからキーラにその鞄を買う時は、悩んだが、色が良かったから……どうした?」
「ありがとうございます!」
「ああ。こちらこそ。使ってくれていて、嬉しい」
私の悪い癖だ、瞬間で頭がかーっとしちゃうの。
レナートはゆっくり優しく話してくれるから、信じてちゃんと最後まで聞こう。
「すごく気に入ってます」
今も、肩から掛けている。革も柔らかくて使いやすい。ブラウスにベスト、パンツ、ブーツと、斜め掛け鞄。
あれもしかして私って……
「うん。くく。少年みたいだな」
「ですよね!」
「ふむ。帽子も買うか」
帽子なんか被ったら余計に!
「俺が安心する。ほら、ちょうど帽子屋だ」
「……誘導してませんか?」
「してないぞ」
レナートは、つばの広い薄茶色のキャスケットを買ってくれた。ほぼ顔も隠れるくらいのものだ。
店を出るときに
「ありがとな、ぼうや~」
なんて店主に声を掛けられて、ショックを受ける。
「!? ぼう、や……」
「くっくっく。今日はベストを着ているからな」
「あ、胸?」
「ごほ、ごほごほ!」
レナートが真っ赤になったから、ま、いっか。
いたずらっぽく笑ってみたら、じろって睨んできた。
最初に言ってきたのはそっちじゃない?
早速帽子をかぶって、視線を遮ってみる。――レナートがさりげなく帽子の後ろを引いてつばを上げて、顔を見えやすくしてきた。私が根負けして笑顔を返すと、レナートも微笑む。
「そういえば、裁縫のついでに、刺繍も習い始めました」
「……ほう」
「大変ですね、あれ。絵柄考えて、ちくちく。ほんと大変」
「そうだな。尊敬する」
「レースも編んだり」
「レースは、編むものなのか? 手で?」
「そう! 編むんですよ!」
レナートが驚いている。
「……はあ、女性のドレスというのは本当に大変だな」
「ねー。工房の人たち、すごいですね」
「行ってみるか」
「えっ」
「大丈夫だ。小物なら、それほど高くはないはずだぞ。確か一番有名なところが……」
「お詳しいですね」
「ああ。よく巡回しているからな。高級な工房は危ないのだ。貴金属も多いし、ドレスも高級だからな」
「……なるほど」
私はてっきり、やんごとなき女性のために調べていたと……いやいやそりゃそうだよね! 騎士団長だもんね! もう、一体なんなんだろうこの気持ち。
「お、ここだ」
「ふあああ!」
立派な店構え。いかにも高級店! 無縁だ。私にはとことん無縁な場所だ。入るのにはかなりの勇気がいる。
看板には『アトリエ・ミュゲ』と書いてあり、近くのショーウインドウにはタキシードとドレスが飾ってある。
「ミュゲ?」
「お花の名前ですのよ。ほら扉のところ。ね?」
私の声に、道の反対から歩いてきたと思われる、小さなメガネをかけた小柄なマダムが笑顔で答えた。
指さされた方を見ると、小さな鈴のような花が連なる絵が描いてある。
「へええ」
「ふふ。ようこそいらっしゃいました、騎士団長様」
「マダム・ミュゲ、ありがとう」
「ちょうど買い物から戻ったところでしたのよ。どうぞ中へ」
手に大きな紙袋を持っていたので、持ちますよ、と言ったら
「まあ、ありがとう。可愛いお嬢様なのに、その恰好はもったいないわね」
と即座に見破られ? た。
「ふむ。なにか手ごろな街歩きの服はあるだろうか」
「もちろんですわ。こちらにどうぞ」
「えっ。団長!」
「……今は騎士服を着ていない」
「レナート様、その」
「嫌か? 一着ぐらい、その、持っていた方がだな」
ひえええ。
そうかもしれないけれど、きっとここ、高いよ!
「キーラが着たくないのなら、無理は言わない」
「……」
しきりに態度だけで遠慮していると、
「まあ。奥ゆかして可愛らしいお方。こちら、どうかしら?」
とマダムが持ってきたのが、ゴールドベージュ地で、腰に白いリボン(オーガンジーという素材だそうだ。透けてキラキラして、綺麗)がついたワンピース。丈は長めで、歩くとひらひらする不思議な裾の形。
「これはね、形はとっても簡素なのだけれど、袖と裾の動きにこだわっているのよ」
袖は七分だけれど、ゆるやかに揺れるレース。しかも光を反射してキラキラする。かといって邪魔にはならなそう。
「どう? これなら着てみたくならないかしら?」
いたずらっぽく笑うマダムの圧に押されて、試着してみることになった。
「あの……」
試着室のカーテンを開けるときに、ものすごくドキドキするのは、なんでだろう。
恐る恐る、出ていくと。
「!」
あ、レナートの目が、まんまる。
「まあ! 思った通りだわ。その髪のお色が映えるし、形も体型に合っているわね。こちらの靴も履いてみてね。踵は低いから大丈夫よ」
ワンピースと同色のパンプスを差し出された。マダムの言う通り、踵が低くて柔らかくて、歩きやすそう。でもこの色って汚れないかな?
「ふむ……イヤリングが欲しいな」
「はい、こちらに」
「ひょわっ」
マダムが、ささっと耳に付けてくれるのは、揺れる金色のミュゲの連なったもの。
「ついでに、これもね!」
イヤリングとお揃いのペンダントと、金色バレッタで、ささっと髪をまとめてパチン。
「うん。いいな」
「お鞄も合わせてみましょうね」
「あの! その鞄は!」
「ふふ。大丈夫。赤とゴールドベージュは、合うのよ? このままだとワンピースには合わないから、こうして……」
マダムは鮮やかな手つきで肩ひもを一番短くして、バックルの脇にゴールドの大きめの花飾り(コサージュというのだそう)をつけてくれた。
「ね。これで、手で持ってごらんなさい」
促されて素直に持って、姿見を振り返る――えっ、これ、だれ!?
「気に入った?」
「ええ……かわいい、です……」
「ね! それだったら、そのお鞄もワンピースで使えるから」
「嬉しいです! ありがとうございます」
レナートを振り返ったら、固まっていた。
「あの、レナート様?」
「か」
「「か?」」
マダムと二人で、その顔を見ると、ぼばん! と赤くなってから、きっぱりと言ったのが。
「可愛い」
「!」
「んまあ! ふふふ!」
「んんん! そのまま頂こう」
レナートのセリフに、マダムはいたずらっぽく
「あら、中身は別売りですわよ?」
と返してきて、二人して真っ赤になって、マダムと工房の人たちにものすごく笑われた。
そして、お世話になった人にちょっとした贈り物を探しているのです、と言ったら
「我が工房のハンカチはちょっと有名なんですのよ」
マダムがウインク。
どうやら、滅多に市場に出ない『金糸』という糸を使っているらしく、刺繍の細かさも自慢の技術、なのだそうだ。
「アトリエ・ミュゲのハンカチを持っているのは、自慢できましてよ!」
ふふん、と誇るマダムがとっても可愛くて。柄違いのレースのハンカチを四枚買った。
ロザンナさん、メリンダさん、アメリさん、そして私。
綺麗なリボンで包んでくれて、さらに、ミュゲの香水まで振ってくれた。さわやかで優しくて、とっても良い匂い!
そうしたら「その香り、キーラに似合うな……」とレナート、またしても衝動買い。
「これ以上いたら、全部買っちゃいます!」
「そ、そうかもしれん」
「まあ! ありがたいですが、今日はここまでにしておきましょうね」
「「はい」」
マダム、完全にもてあそんでいる!
「騎士団長様。お買い上げ誠にありがとうございました。可愛いレディ・キーラ。また是非いらしてね!」
手を振ってお別れをする。素敵なマダムで、また来たいと思っちゃったな、とレナートの顔を見上げたら。
「キーラ。気に入ったなら、また買いに来よう」
「えっ、でもお高い」
「……どうせ俺は金を使うアテがない。キーラが可愛くなると、俺も嬉しい」
「!!」
常識の範囲内でお願いします、と返したら。
「ふむ……ならば、事務官の給料日に、とかどうだ」
なんて真面目に提案された。
「俺からの、メイドの給料だ。ならば、受け取ってくれるか」
「うーん、それなら、はい。でも! 買いすぎは! だめ!」
「ははは。分かった」
「だめですからね!」
「分かった、と言った」
歩きながらレナートが肘を差し出してくれて、私はこの素敵なワンピースに背中を押されて、それに手を添えた。
――後日、ハンカチをロザンナさんにお礼ですって渡したら、アトリエ・ミュゲのハンカチは王都の女性たちの憧れ、らしい。自慢できるよ! だって。良かった!
おまけにレナートと一緒に買いに行って、などと報告したら、
「キーラ……給料日ごとのデートを約束させられているよ?」
ってニヤニヤ言われた。
「デートじゃないです、買い出しです!」
あくまで、お給料ですから!
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お読み頂き、ありがとうございました。
レナート、まさかの貢ぎ体質!?笑
明日はまた続きを更新いたしますので、お楽しみに!
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