36



「確認したい書類があったんだが、お茶の時間が終わっても戻って来ないから、心配で探した」


 団長室のソファの上に、私をそっと下ろしながら、レナートが話しを始めた。


「演習場にいた連中が、ひょっとしたら武器庫かもと」


 そしてはあ、と大きく息を吐いてから、

「廊下を歩いて行くのを見た者もいてな。嫌な予感がして、慌てて向かったのだ」

 と教えてくれた。

「嫌な予感……?」

「そうだ。なにやら皆、言い辛そうな態度でな。そのうちの何人かがこそりと教えてくれた」


 私は、はた、と思い当たる。


「あの……私、ルイス隊長にお尋ねしたんです」

「ルイスに?」

「ええ。ロラン様はどこかと。そしたら、武器庫って」

「……」


 レナートの眉間の皺が深まった。


「ロランが武器庫に行くわけがないことは、ルイスも良く知っているはずだ」

「え……?」

「あいつは前から、暗い場所と埃が苦手だ。用があれば部下に頼む」


 武器庫は、まさにそんな場所だ。

 

「嘘、だった、んですね」

「恐らくは。こうなった以上、ルイスも尋問する」

「何も話さないのでは」

「……」

「あの。わざと聞かないでおきませんか」

「なぜだ」

「これは、『失敗』ですよね?」


 自分で言って、身体が震えてくる。


「キーラ、何を」

「目的、知りたいです。私を排除するだけにしては、手がこんでいると思いませんか?」


 レナートが目を見開いた。


おとりになると。そう言うのか?」

「……はい」

「それはダメだ。危険だし、俺が嫌だ」

「団長?」


 レナートらしくない。

 原因究明のためには、多少の無理もする人だと思っていた。


「とにかくその件は保留だ。……アーチーの聴取をしてから決めよう」


 確かに、アーチーが何か話すかもしれないなと考え直した。

 

「分かりました」

「今日は帰っても良い」


 ――ひとりになるのは。


「ここにいても、良い」

「います。確認したい書類って?」

「あ、ああ」

「お茶、淹れてきます」

「ありがとう」


 レナートは何か言いたそうだったけれど、口をつぐんでくれた。


 ロランが青ざめた顔で団長室へ来てくれた時には、お茶の香りが部屋いっぱいに漂っていた――




 ◇ ◇ ◇




「僕は、巡回任務の騎士に体調不良で欠員が出たから、急きょ外に出ていて――今戻ったところだ。ルイスに申し送りしたはずなんだけど」

「そのルイスが、『ロランは武器庫に行くと言っていた』とキーラに言ったそうだ」


 ロランが、団長室ソファで姿勢よく座り、向かいのレナートに状況を説明しているのを、私はその隣で聞こうとしたけれど……思い直して、自席に着いた。念のため、話したことをそのまま書いて記録する。


「ルイスが? なぜそんなことを」

「わからん」

「っ、僕が問い詰める」

「いや。ロランは、反団長派だろう。メイドを取られた挙句そのメイドを庇ったら、行動に矛盾が出るぞ」

「く……そっか……キーラ、ごめん。僕はまた君を危険な目に」

「……」

「キーラ?」

「あ、えっと」


 頭がぼうっとする。

 二人の視線が注がれているのは認識できても、うまく思考できない。


「……レナート、あとの仕事は僕が引き受けるよ」

「すまん。決裁は済ませてある。アーチーを収監した書類だけ作ってくれれば、今日のところは大丈夫だ」

「わかった」

「頼む。さあキーラ、帰ろう」

「へ? あ、いえ、怪我してないですよ。元気です」

「俺が疲れた。もう夜になるし、今日は終わりにしよう。だめか?」

「いえ。では、片付けてきますね」

 

 ティーカップを片付けて、キッチンで手早く洗う間に、レナートは帰り支度を済ませてくれていた。


「あとは任せて。キーラ、ゆっくり休んで」


 ロランが見送ってくれたけれど、なんて挨拶したのか、覚えていない。



「キーラ、馬車を使おう」

「歩けますよ」

「俺が疲れたんだ」

「……はい」


 騎士団本部に常に用意されている馬車に、タウンハウスまで送ってもらう。


「隣に座っても良いか?」

「はい」


 並んで座るのは初めてで、レナートの逞しい二の腕が、揺れる度に触れてドキドキした。

 ――触りたくなる、温かいぬくもり。


 さっきは、隣に座ったロランのことすら、少し怖くて身構えた自分に自己嫌悪した。

 けれども、レナートは平気。

 こうして肩に頭を預けても、全然嫌じゃないし、怖くない。

 レナートは、優しい。全部私のためって分かっている。黙って私のしたいようにさせてくれる。



 ――ごめんなさい、レナート。わたし、汚れてるのに……



 身体中にまとった砂埃の感触、すえた体臭、酒臭い息、いやらしい声。

 全てが自分にべったりこびりついているみたいで、早くお風呂に入りたかった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る