34




 ガタン! ガタガタッ! と派手な音が武器庫の中から聞こえてきたので、恐る恐る扉を開けてみる。


「だ、だれか、いますかー?」


 埃っぽい、油や砂の混じったような匂いが立ち込めた、暗い部屋だ。壁や木の枠だけの箱のようなものに、様々な武器が立てられている。

 雑多で、種類ごとにざっくり分けられているものの、恐らく本数などの管理はされていないだろうなと思う。ここにもいつか手を入れないとな、と思いながら、ゆっくりと入っていく。


「あのー……?」


 ガタタッ!


 音に誘われて部屋の奥へと入っていくと、背後の入り口の扉が突然バタン! と閉められた。


「えっ!? うわ、暗いっ!」


 明かり取りの天窓は天井の高さにしかない。

 夕方ということもあるが、蠟燭ろうそくやランプがなければ、足元もおぼつかないぐらいの暗さだ。

 手探りで慌てて扉に近寄るが、なぜか開かない。


「うっそでしょ! 誰か間違えて閉めちゃったの!?」


 ドンドン、ドンドン!


「開けて! 中にいるんだってば!! ちょっと! 開けてよーっ!!」


 ドンドン、ドンドンドンドン!


 叫びながら何度も叩くけれど、反応はない。当然だ、だって来るとき誰ともすれ違わなかったのだから。


「うそお……」


 もう音の正体なんてどうでもよくなった。こんなところに閉じ込められてしまったというショックで、扉に背を預けてずりずりと床にへたりこんでしまう。


「ぶふっ、くくくく」

「っ!?」


 突然聞こえてきた、くぐもった笑い声に背筋が一気にぞわりと震える。

 明らかに、この中に声の主がいる。つまりは、一緒に閉じ込められた――


「ぐふふふ。お人よしだなあ」

「だれっ!?」

「だーれでしょーう?」


 立ち上がりながら、思い出そうとする。

 聞いたことがある。このいやらしい声……どこかで……どこだったか……


「あー腹が立つ。平民女の前でかっこつけたかっただけだろお? このおーれを退団! 俺様を! 退団だとお!!」


 酒臭い、すえた体臭が近づいてくる。


「あんな街中で処分しやがって! おかげでおりゃあ、んっぷう、ただの、ハグレだあ」


 ハグレ。つまりは職もなく、ただ道端に寝転んでいるだけの人間ということか。


「なーにが団長権限だ! おれを、おれを、ばかにしやがってえええげはああああ」

 

 臭い。逃げたい。怖い。近づいてくる。きっとこいつは……


「アーチー?」

「うは! おぼえてたんかよー、光栄だねえ~い」


 酔ったまま王都の巡回勤務をした挙句、違反の剣を持っていて処分されたボイドの部下。

 その理由は至極真っ当で、つまりこれはただの、

「私怨」

 て、思わず言っちゃうところが、私の悪いところだ。

「ああ!? 今、なんつった」

「……」

「うおいごら、なんつったあああああ!!」


 怖い! 怖い! 怖い!!


 ドカッ、バキン、ガシャガシャン! ガシャシャシャッ。


「あだっ! くそっ、邪魔だっ」


 そうか、暗くて足元が分からないのは向こうも同じ。

 しかもこの匂いと口調からすると、酔っている。なら、隙はあるかもしれない。


「私怨って言ったのよ! 意味わかる!? 勝手に恨んでるだけ!」

「ああっ!?」

「あなた! 騎士って何なのか知ってるの!?」

「ぅ俺はぁ、強いっ!」


 ――呆れて言葉が出ない。強かったらあんなに簡単に、ヤンに引きずられていかない。


「騎士は、人々を守るのが仕事でしょう!」

「はあ!?」

「あなたは、騎士じゃないっ!!」

「知った風な口聞いてんじゃねえ」

「騎士は、正々堂々、悪い人と戦うものでしょう!?」


 ――間。


「っぶはははは! っぎゃーっはっはっはっはっは!!」

「何がおかしいのよ!」

「そーんな夢物語、さーすがお嬢ちゃんでちゅねえ~たーっぷり、現実で、可愛がってあげましゅよ~~~~」


 ガシャガシャ、ざざっ、ざざざざ、ちっ、くそ、邪魔だなっガシャガシャ……


 手間取っている間に、何か考えないと、どうしたら、どうしたらいいの……武器庫、武器はたくさんある。でも私は使ったことがない。

 考えろ。相手は酔っている。大丈夫。きっと誰かが助けに来てくれる。それまで。


「そんなぁ~お考えのぉ~やつなんて! いるわきゃねえ! 金と女! それが欲しいから」

「いるわっ!」


 私は近くにあった長い武器を、両手で持った。重い。全体もそうだけれど、思ったより先端がすごく重い。――これ、振り回すの? みんなすごいね!


「団長は! レナート様は!」

「げはははは! あんな堅物、どうせすぐつぶされるぜえ」

「そんなことないっ」

「あまっちょろいなあ~。ま、ほらほら、かわいがってあげるよぉ~げひゃひゃ」


 手が震える。これが重いから。重いからだよ。


「ほら。ぐひゃひゃ! ……つっかまーえたあ」


 がし、と手首を捕まえられた。


「いやぁっ、はなしてえええ! うああああああ!!」




-----------------------------



お読み頂き、ありがとうございました。

まさかの再登場です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る