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「そりゃあ……誰かに聞くより、自分で気づいた方が良いねえ」

「えっ!? 自分で……分かる日が来ますか……?」


 食堂でのいつものお茶会が終わって片付けの時間。私は、ロザンナさんに聞いてみた。時々レナートにくっついたり、手をつないだりしたくなるのは、やはり甘えだろうか? と。


「はは! 難しく考えなくて良いよ。簡単なことさ。同じことを『他の男としたいかどうか』を考えてみな」

「ほかの……」


 例えばロランや、ヤン。マスターを思い浮かべてみる。なんか違う。


「うーん」

「団長さんだけかい?」

「うん……」

「そうかい。いい子だねえキーラは」


 なぜかロザンナさんに、笑顔で頭を撫でられた。

 

「その気持ちはとっても大事なものだから、心に大切にしまっておきな。いつか分かる時がくる」

「わかりました」

「さあて夕ご飯の支度をするかねえ」

「何か手伝いますか?」

「いい、いい。若いとは言っても働きすぎだよ。少しは休みな」

「はい」


 うーん。ロランに聞いてみようかな。最近レナートのことを考えると、なんか胸がドキドキ、モヤモヤして、気持ちが悪いんだけどなんなのだろう? って。病気じゃなきゃいいんだけど……なんとなくレナート本人に聞くのは遠慮しちゃう。


 ロランは今の時間なら演習場にいるかな、と廊下を歩いて向かっていくと、熱心に剣をふるう騎士たちが見えてきた。

 訓練に精を出しているのは主に一番隊。ルイスの隊だ(名簿作成のおかげで、大体みんなの顔は覚えた)。

 残念ながら二番隊の団員はほとんど見当たらない。


「こんにちは」


 ロランが見当たらなかったので、ルイスに声を掛けてみる。


「ご苦労」

「あの、副団長がどこにいるかご存じでしょうか?」

「さあ……そういえば、武器庫に行くと言っていたような」

「分かりました。行ってみます。ありがとうございます!」


 武器庫って確か、共同浴場を通り過ぎないとダメなんだよね。

 あんまり近寄るなって言われてるけど、今なら明るいし、大丈夫かな。

 

 来た道を戻りながら歩くと、傾いた夕日が赤く石造の床を焼いていて、眩しいくらいだった。

 もうすぐ寒い季節がやってくる。その予兆のように、夕方の空気は冷たくなってきていた。

 リマニを出てもう二月経ったのか、と肩を自分の両手で抱くようにさすってみた。忙しくしていたら、あっという間だった気がするなあ、と大きく息を吐く。

 日が落ちたら、きっと寒いくらいになる。そろそろ上着がいるかもしれない。

 

 毎日が目まぐるしい。タウンハウスでの共同生活もすっかり馴染んで、メイドのアメリさんとレナートも、私が居なくても会話するようになった。

 考えたり工夫したりした事務官の仕事も軌道に乗って、こうして書類仕事以外に手を伸ばす余裕もできた。

 

「ふたつき……一瞬だったなー」


 そこへきた、大帝国要人の訪問という大きな行事の知らせ。

 あと一月で歓迎式典を執り行えるように、万事準備を、と王宮からは督促が来るけれど。

 

「準備、ねえ。指示もないのに」


 何を準備すれば良いのか、王宮も分からないのだろう、とレナートは苦笑していた。

 できる限りの想定と備えをするだけだ、思いついたことがあれば言って欲しい、と私の不安を取り除きながら、意見を聞いてくれる。


「団長って、ほんとすごいなー」


 ぶつぶつ言いながら、共同浴場を通り過ぎて、武器庫の前までやってきた。中途半端な時刻なだけあって、周辺に人影はないし、誰ともすれ違わなかった。


 レナートのために何かしたい、と自然と思わせてくれる善良さと誠実さを、尊敬している。あの凝り固まった眉間を、少しでもほぐしてあげたい。一日の終わりに、他愛もない話をしながら一緒にディナーを食べる、あの時間がとても好きだ。


「好き……」


 生きるために必死で働く毎日では、決して生まれなかった気持ちが今、手の中にある気がした。抱きしめられたい。手を繋ぎたい。とても大切で、温かくて、他の人には感じない特別な……


「あ……好き……そうか……」


 ――私、きっと、レナートのことが好きなんだ!


 すとん、といきなり腑に落ちてしまった。

 

 自覚したら、とんでもなく恥ずかしくなってくる。

 だからロザンナさんは、大切に心にしまっておけって言ったんだ。


「うわぁ、ロランに聞かなくて良かった……!」


 きっとこれでもかといじり倒されただろう。

 そうとなったら、武器庫に用事はないなと、くるりと方向転換しようとしたら――ガタン! ガタガタッ! と派手な音が武器庫の中から聞こえてきた。


「!? なんだろう……?」

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