33
「そりゃあ……誰かに聞くより、自分で気づいた方が良いねえ」
「えっ!? 自分で……分かる日が来ますか……?」
食堂でのいつものお茶会が終わって片付けの時間。私は、ロザンナさんに聞いてみた。時々レナートにくっついたり、手をつないだりしたくなるのは、やはり甘えだろうか? と。
「はは! 難しく考えなくて良いよ。簡単なことさ。同じことを『他の男としたいかどうか』を考えてみな」
「ほかの……」
例えばロランや、ヤン。マスターを思い浮かべてみる。なんか違う。
「うーん」
「団長さんだけかい?」
「うん……」
「そうかい。いい子だねえキーラは」
なぜかロザンナさんに、笑顔で頭を撫でられた。
「その気持ちはとっても大事なものだから、心に大切にしまっておきな。いつか分かる時がくる」
「わかりました」
「さあて夕ご飯の支度をするかねえ」
「何か手伝いますか?」
「いい、いい。若いとは言っても働きすぎだよ。少しは休みな」
「はい」
うーん。ロランに聞いてみようかな。最近レナートのことを考えると、なんか胸がドキドキ、モヤモヤして、気持ちが悪いんだけどなんなのだろう? って。病気じゃなきゃいいんだけど……なんとなくレナート本人に聞くのは遠慮しちゃう。
ロランは今の時間なら演習場にいるかな、と廊下を歩いて向かっていくと、熱心に剣をふるう騎士たちが見えてきた。
訓練に精を出しているのは主に一番隊。ルイスの隊だ(名簿作成のおかげで、大体みんなの顔は覚えた)。
残念ながら二番隊の団員はほとんど見当たらない。
「こんにちは」
ロランが見当たらなかったので、ルイスに声を掛けてみる。
「ご苦労」
「あの、副団長がどこにいるかご存じでしょうか?」
「さあ……そういえば、武器庫に行くと言っていたような」
「分かりました。行ってみます。ありがとうございます!」
武器庫って確か、共同浴場を通り過ぎないとダメなんだよね。
あんまり近寄るなって言われてるけど、今なら明るいし、大丈夫かな。
来た道を戻りながら歩くと、傾いた夕日が赤く石造の床を焼いていて、眩しいくらいだった。
もうすぐ寒い季節がやってくる。その予兆のように、夕方の空気は冷たくなってきていた。
リマニを出てもう二月経ったのか、と肩を自分の両手で抱くようにさすってみた。忙しくしていたら、あっという間だった気がするなあ、と大きく息を吐く。
日が落ちたら、きっと寒いくらいになる。そろそろ上着がいるかもしれない。
毎日が目まぐるしい。タウンハウスでの共同生活もすっかり馴染んで、メイドのアメリさんとレナートも、私が居なくても会話するようになった。
考えたり工夫したりした事務官の仕事も軌道に乗って、こうして書類仕事以外に手を伸ばす余裕もできた。
「ふたつき……一瞬だったなー」
そこへきた、大帝国要人の訪問という大きな行事の知らせ。
あと一月で歓迎式典を執り行えるように、万事準備を、と王宮からは督促が来るけれど。
「準備、ねえ。指示もないのに」
何を準備すれば良いのか、王宮も分からないのだろう、とレナートは苦笑していた。
できる限りの想定と備えをするだけだ、思いついたことがあれば言って欲しい、と私の不安を取り除きながら、意見を聞いてくれる。
「団長って、ほんとすごいなー」
ぶつぶつ言いながら、共同浴場を通り過ぎて、武器庫の前までやってきた。中途半端な時刻なだけあって、周辺に人影はないし、誰ともすれ違わなかった。
レナートのために何かしたい、と自然と思わせてくれる善良さと誠実さを、尊敬している。あの凝り固まった眉間を、少しでもほぐしてあげたい。一日の終わりに、他愛もない話をしながら一緒にディナーを食べる、あの時間がとても好きだ。
「好き……」
生きるために必死で働く毎日では、決して生まれなかった気持ちが今、手の中にある気がした。抱きしめられたい。手を繋ぎたい。とても大切で、温かくて、他の人には感じない特別な……
「あ……好き……そうか……」
――私、きっと、レナートのことが好きなんだ!
すとん、といきなり腑に落ちてしまった。
自覚したら、とんでもなく恥ずかしくなってくる。
だからロザンナさんは、大切に心にしまっておけって言ったんだ。
「うわぁ、ロランに聞かなくて良かった……!」
きっとこれでもかといじり倒されただろう。
そうとなったら、武器庫に用事はないなと、くるりと方向転換しようとしたら――ガタン! ガタガタッ! と派手な音が武器庫の中から聞こえてきた。
「!? なんだろう……?」
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