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私は王女の襲撃を恐れていたのだけれど、今のところいつも通りの忙しい日常を送ることができていた。
鞘の大量発注の他に、マントと階級章を一新することになって、その職人手配と予算確保に奔走している。
「武器防具は高額だし、なにより体に馴染んだものだから変えるのも難しい。だがマントなら新品を付けるだけで見栄えが違うだろう」
「さすが団長です! あと、階級章が古くなっているってみんな言ってたので」
「そうだな。合わせて注文して、新しいものに付け替えよう」
階級章を新調するなら、この機会に騎士団員の名簿をきちんと管理しましょう、と申し出て、私が一人ひとり話しかけながら名前・所属・階級・出身地を書いていくことにした。表向きは、みなさんの顔と名前を覚えたいんです! とお茶会に呼び出している。(出てない人呼んでください! ってお願いしたら連れてきてくれる。みんな純粋だなあ……なんかごめんね。)
「出身地?」
「はい。万が一ですが、偽名を使われたときに照会するためです」
「なるほど……」
そうして分かったのが、『無所属』多すぎ問題!
「ありえん」
「ありえないね」
レナートもロランも頭を抱えていた。
なんと、幽霊騎士団員? とでも言うべきか。誰かが勝手に連れてきて、給料を支払っている団員が多いということが発覚したのだ。
騎士になれば、王国からの生活保障もある。簡単に入団させるべきではないのだが、それがまかり通っていたようなのだ。
「不適切な人員は、即刻退団させる」
騎士の服を着ただけの、粗暴な奴らがいたのはそういうことか、と皆で腑に落ちた。
「不適切をどう判断する?」
「試験と試合をする。入団試験より難しくする」
「おー」
「それは、良い考えですね」
「読み書きもだが、メレランド王国騎士規範は、一通り頭に入っているべきだ」
「そーだねー。試験問題は僕が考えるけど、試合は総当たり戦にする?」
「そうだな……」
私はふと考える。
いきなり戦え! って言われて、戸惑わないかなあと。対戦相手が仲悪い人なら良いけど、同僚だったら?
「どうしたキーラ?」
「いいこと思いつきました――公開試合って、どうです?」
レナートとロランが、キョトンとした。
二人とも可愛い。――言わないけど。
「騎士団って評判悪いでしょう? 王都の皆さんに試合を見せて、真面目に訓練していますよ! って」
「あー、それで酒代踏み倒していた奴が倒されたら、だいぶ気分いいね」
ロラン、結構性格悪いね!?
「ふむ、良い考えだな。ブルザークとの親善試合にしてしまうか」
「うわあ、僕以上の性格の悪さ」
認めた!
「帝国にやられたら、メンツもそれほど潰れないだろう? 退団した後に暴れられたら困るからな」
「「なるほど」」
通常の業務に加えてこんな風に相談しながら、毎日を過ごしていた。
◇ ◇ ◇
「は?」
私は、大変失礼なふるまいをしている。けれども、我慢ができなかった。自分の机を蹴る勢いで立ち上がり、レナートに詰め寄ってその机に両手を突く。
執務机に座ったまま腕組みをしているレナートも、その額のしわをいつもより深めている。
「どういう意味ですか!?」
「推測に過ぎないが……王女の嫌がらせだろうな」
今朝、騎士団本部に王宮から役人がやってきた。騎士団長との『密談』を求めた彼は、「ブルザーク帝国の重要人物を迎えるにあたって、騎士団での親善試合をすると聞いたが、その詳細を聞かせろ」とのたまった。そして。
「ここには『許可のない』専属事務官が雇われているそうだな。本来ならば認められないが、寛大な措置も考えよう。そのために、親善試合の手配を事務官一人で行い、成果報告せよ」
「さすがに横暴では。事務官は、団長の裁量範囲で」
「っ国王陛下からの勅命であるぞ!」
「事務官ごときに、ですか?」
「確かに伝えたぞ!」
「あなた様の役職名と家名をいただけますか」
「……なぜだ」
「王宮役人と仰いながら、その服装は私服です」
「失礼する!」
――名乗れない王宮役人が、国王の勅命を『口頭』で持ってくる?
「うっさんくっさー!」
「新手の詐欺かと思った」
「えぇ……わざわざ私のために? ありがとうございます?」
「つけさせたら、役人なのは本当だな。身元も確かめてある。財務院所属、会計監査人のうちの一人だ。用心に越したことはない。一応成果報告を出せるようにしよう」
「めんどくっさー! けど、分かりました」
「ふ。言われなくてもほとんどキーラがやっている。ありがとう」
「恐れ入ります?」
レナートは優しく微笑んで
「無理はするな」
と言ってくれた。
私はなぜかまたぎゅっとして欲しくなって――
「どうした? 心配しなくても大丈夫だぞ」
「大丈夫です!」
レナートを戸惑わせてしまった。うう。反省。
◇ ◇ ◇
あの平民の赤髪のせいで、ロランが会ってすらくれなくなった!
絶対に絶対に許さない。
絶対に、許さないんだから。
「アネット様、確かに通達してまいりました」
「ふん。あとのことは大丈夫なのよね?」
「は」
にやり、と笑うクレイグ・オルグレン男爵は、王宮で国庫管理をしている役人だ。
「万事、おまかせください」
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