31 ロラン side
僕はロラン・ビゼー子爵でメレランド王国騎士団の副団長。
背中まで伸ばした銀髪と、この顔立ちで「銀狐」って呼ばれている。
僕の産まれたビゼー伯爵家は、メレランドの由緒あるお家柄なのだそうだ。僕はただそこで産まれて育てられたわけだけれど、ふーんって感じでしかない。兄がいるし、彼が家督を継ぐことが決まっているので、お気楽だった。
けれども、どうやら僕は『優秀』な部類に入る人間だったらしく、王宮役人になるか騎士になるか、といった『見栄えの良い』人生を求められた。役人なんてつまらなそうだから騎士を選んだけれど、やっぱりつまらなかった。それに。
――僕は、女性を愛せない。
両親は『見目もうまくできた』僕を使って、王女と結婚させたがっている。
そんなの御免だ。絶対に嫌だ。性別以前に、あんなワガママで子供で、癇癪持ち、本当に無理。あまりにも僕が拒絶するものだから、両親とは何度も喧嘩になった。そしてある日我慢できず、爆発してしまった。
「無理! 僕は、男しか愛せない!」
あとはお察しの通り。ほぼ勘当同然になったし、ほとぼりが冷めたと思ったら『病気』だと思いこんだようで、アルソスの大きな騎士団で鍛え直したら治るだろう、だって。バカみたいでしょ。
そこで出会ったのが、レナート師団長。
彼は『堅物』で有名で、いつもしかめっ面。けれども剣の腕や所作、騎士としての心構えは素晴らしかった。大国の騎士団の一師団長(部下は五百名以上いる)を任されるくらいなのだから、その実力は折り紙付き。
うちの両親は本当に残念な脳みそで、馬鹿正直に僕が女性を愛せない『病気』だって、アルソスの騎士団長や師団長たちに言ったんだよね。どうか鍛え直してやってください! って。
それから、壮絶な
騎士団長はあくまでも「実力さえあれば別に気にしない」っていう姿勢だったから問題なかったけれど。やっぱり他の騎士団員たちには気持ち悪がられる(べらべらおしゃべりな奴がいたもんだ)。武器や防具は壊されたし、すれ違いざま唾を吐かれたり、蹴られたり、髪の毛を引っ張られたりが日常茶飯事だった。全部やり返したけれど。そのおかげで立派な問題児扱いになった。
そんな僕を受け入れてくれるところはもうないだろうな。国、出ちゃおうかな~なんて考えていたら、レナートが受け入れてくれた。
「あのさ、僕の話って聞いてるよね?」
「ああ、非常に優秀だそうだな。よろしく頼む」
「え? いやあのね、僕、男性が好きなんだよ」
「好きな人がいるというのは、良いことだな」
――うわ、すごいなこの人。
レナートがあんまり素直なものだから、一瞬で毒気を全部抜かれた。
ある日酒場でレナートと飲んでいたら、他の騎士たちが「レナートの愛人」ってからかってきた。
僕は、レナートだけは巻き込みたくなかったから
「ばーか! 僕はね、華奢でいつもぷるぷる震えてるような、気が弱い子が好きなの! お前ら、全員、論外っ!!」
なんて自棄になってでっかい声で叫んだら、レナートが
「うーむ。なら騎士団には好みの人はいないだろう。残念だな」
ってものすごく真剣な顔で言ったんだ。
――全員ぽかん、のあと、大爆笑。
「ほんとだな!」
「華奢な子かー、俺の知り合いでいるかな!?」
エールのジョッキをぶつけ合いながら、みんな和気あいあいと好きな人の話になって。
女の子は胸が大きい方がいい、いや俺は小さい方が、とか。背が高いとか細いとか、ぽっちゃりとか。
僕だってそうだよ、こんなガッシリしたムキムキ、絶対に絶対に嫌だ! って言ったら、なんだそっか! だって。
同僚たちは僕の見た目がこういう感じだから、どう接したら良いか分からなかった、ごめんなって打ち明けてくれた。
だから正直に
「好きでもない人に言い寄られるのは、男女問わずキツイし、すごく嫌。だから僕もしない」
って話をしたら、みんなそうだよなって頷いてくれて(そんな綺麗な見た目じゃ大変だろう、だって)、めちゃくちゃ仲良くなった。
その後僕のところには、こっそり「俺も実は……」て相談に来る人たちもいて。
レナートの師団は雰囲気も居心地も良くて、ずっとそこにいたかった。
「すまんロラン……メレランドの騎士団を立て直せとのお達しだ」
「うわ。腐敗と汚職にまみれた暴力集団」
「さすがに見過ごせなくなってきたようだ」
「だろうね。帝国も気にしてる。港町でブルザークの商人が襲われたそうだよ」
「……末期だな」
「ひとりで?」
「ああ」
「ひとりじゃあ、無理でしょ」
堅物で真面目で、『善人』なレナートでは、きっと叩き潰せない。
一緒に行くよ、副団長も必要でしょ? と言ったら、遠慮された。優しいよね。
「レナートが団長になるなら、いいですよ」
「そうか」
恩返し、なんて大それたことを言うつもりはない。
けれども、僕が役に立つならと思った。汚れ役は必要だしね。
――なんて、思っていた時期が僕にもありました。
「聞きしに勝るだなあ」
ボイドとかいうカバかイノシシかどっちでもいいけど、二番隊隊長の伯爵家子息は、人として終わっている。
気に入らなければ殴る。女は
典型的な悪党だ。あれで伯爵家長男とは笑わせる。今では素行が悪すぎてどこの夜会にも招かれないらしい。そりゃそうだ。下品だし。
「うわ、レナートの顔がやばい」
眉間のしわが深すぎて、人相がおかしなことになっている。一日中書類睨んでいるものなあ。『金くれ』しか書いてない申請書なんて、破きたいだろう。よく我慢できるよね。尊敬。
「外から事務官探してこよう。できれば可愛い子ね!」
堅物で無口で真面目なレナートを微笑ませてくれるような、明るくて可愛い子がいいね。
あんな顔して、花とか好きだもんね。
――そして。
「ロラン、感謝する」
「ん?」
「キーラの働きに、とても助けられている」
「良かった。可愛いくていい子だね」
「……ああ。大切にしたい。ロランにも似ているしな」
「僕と? うそー?」
「賢くて、思いやりがある」
「いきなり褒めないでよ」
「そうか」
レナートが、手の中の封筒から中身を取り出して、見て――それからぎゅっと目をつぶった。
僕は運命なんてもの、信じていない。困難を乗り越えて笑って生きていく、そんな二人が見たいし、見守りたい。きっと僕にはできないことだから。
「レナート――僕は何があっても、レナートを応援する」
「ありがとう」
この心優しい堅物騎士団長を、支えたいんだ。
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