13



「あの、団長?」

「?」

「嫌われてる、て」

「ああ。その……気にするな。さて。業務のことだが」

「ええええ!?」

「ふっ」



 あ、また笑ったぞ!


 

「んん。基本的には、ここに来る書類を受け取って、仕訳をして欲しい」

「はい」

「騎士団といっても、平和だ。周辺諸国との状況も、長年安定している。大体は訓練、町の巡回、郊外に魔獣が出た時は、討伐任務」

「はい」

「だから経費やら備品やらの決裁がほとんどだ……無駄遣いが多くて困っている」

「!」

「平和なのだから、それほど消耗しないと思うんだが、すぐに新調したがる。だから、その、まず理由や目的を聞いて欲しい」

「なるほど、わかりました!」


 

 これはだいぶ、ロランの話と印象が違ってくる……!



「あと、ここは王都だから、時々国王が主催の晩餐会や舞踏会がある。そんな時に警備をする際は、団員の配置や役割を考えるんだが」

「もしかして、それも不満続出だったり?」

「……そうなんだ。私が決めると、なぜか……」

「わかりました。色々勉強しなければならないこともたくさんありますが、そういった配置の手配も含めて、色々できるようになりたいと思います」

「!! 助かる……」



 えええ? 普通にいい人だと思う……

 

 でも言葉足らず(というか無口)でいつも眉間にしわだし、無愛想だし、しかも聞くのは経費の細かいことで、買うなって言われる。

 だから嫌われてる、ってこと?

 

 私でも分かったのに、なんでみんな見抜けないんだろう? あ、でも、悪い人じゃないって言ってたってことは、ロランは分かってるのか……


 

「俺は、男爵なのだ。ここの連中は、爵位の高い者が多い。情けないが、それを鼻にかける者も多くてな」



 ――先に、答えを言ってくれた。察しも良いわけね。

 男爵って、ロランが教えてくれた爵位の順番でいったら、一番下。つまり、自分よりも位が高い人間たちが部下……それは、かなりやり辛そう!



「ふふ。いいですね、その、俺って」

「! あ、いやその」

「いいじゃないですか! 団長室でぐらい、ゆるんでいきましょうよ。疲れますよ?」

「だがキーラは、ビゼーのメイドだろう」

「あー」



 私は、テーブルにペンを置いて、居住まいを正した。



「おっほん。では私が、ここに至るまでの経緯をお話いたしますね」

「それは、是非知りたい。だがちょっと待て」

「? ご予定でも?」

「いやちがう、そろそろ……」



 コンコン。



「団長。専属事務官殿の、机をお持ちいたしました」


 

 ほらな、の目線をレナートから受けて、すごく打ち解けた気分になって、嬉しかった。

 思わずペロッて舌を出したら、少しレナートの頬が赤くなって……可愛いと思っちゃったのは、内緒。


「んんん! ごほん。入れ!」

 



 ◇ ◇ ◇




 どかどかと、騎士団員たちが机と椅子を持ってきてくれた。簡易的なものではなくて、引き出しがたくさん付いた大きめのどっしりとしたものだし、装飾も凝っていて、高価そう。椅子も、柔らかい革張りの上等な素材だった。

 

 そんな立派な机を設置してくれている人たちとは、ズカズカと勝手に団長室に入ってくる人が一人。

 なんだろう? と思っていたら、


「キーラちゃーん! どうこれ? 気に入った? 困ったことがあったら、何でも俺に言うんだよー?」


 って明るく言うけど、貴方さっき俺とかどう? って聞いてきた危険人物だから。御免です。

 あ、団長すごい渋い顔してる。怖い怖い。眉間のしわに何か挟めそう。


「……」

 

 でも、口を開きかけて、閉じた。やっぱり無言なのかな? 仕方ない。

 

「ありがとうございます」


 こんなのでも一応、お礼言っておかないとね。後が怖いから。


「何でもしてあげるからね」


 うわ、耳に息かかってる。気持ち悪い。肩に触らないで欲しい。

 私知ってるよ、そのセリフの前には「俺の言うことを聞いたら」が付くんだよ。リマニの食堂にも、たくさんいたもんね。こういう男。


「ボイド」

「っ!」


 あ、この人、ボイドっていうのね。そういえば、名乗られもしなかった……毛穴も鼻の穴も大きくて、無遠慮すぎて、私的近寄って欲しくない人第一位に君臨しました。おめでとう。

 

「私の部下に、気安く触れるな」

「……え」

「肩に乗せているその手を離せ」

「……」

「聞こえないのか?」

「あー、すんません」


 ようやく、両手を挙げて離した。大げさに肩をすくめている。どう見ても、小ばかにしているようにしか見えない。


「居ない奴らにも言っておけ。キーラは事務官だ。気安く触れることは許さん。いいな」


 全員が、びし、と固まった。

 誰も、何も言わない。返事、しないのかな?


「はあ。こんな簡単な命令も聞けないのか? ……今すぐ鍛え直してやろうか」


 びくう! と全員の肩が波打った。


「承知いたしましたっ」


 机を設置し終わった団員二人が、直立不動で言って、騎士礼をした。ボイドも苦笑しながら


「分かりましたよ」


 と言いつつ、こちらにはウインクを投げてくる。


「用事は済んだか? なら即座に退室しろ」

「「は」」

「はいはい。またねー、キーラちゃんっ」


 ――猫なで声、気持ち悪い。

 

 ばたり。


 戻ってきた静寂に、ようやく大きく息を吐いた。私、緊張して息止めてたみたい。

 

「はあ。すまないキーラ」

「いえ、助けてくださって、ありがとうございます」

「逆らわなくて正解だ。あんなのでも、二番隊隊長。伯爵家の長男で、ボイドという」

「うげげげげ!」


 伯爵家って顔じゃない! ――失敬!

 

「全くロランのやつ……猛獣の檻に子猫を投げ入れたようなものだぞ……」

「子猫、て私ですか?」

「……ああ、小さくてかわ……」


 ――ん?


「かわ?」

「ごっほん! それより、机が来た。他に必要なものは」

「あ、続きやりましょうか。ええと、ペンと、インク、それから私用の紙の束をいくつかと……」

 

 

 ――団長のこの発言が、騎士団内に波乱を呼ぶだなんて、この時私たちには、思いもよらなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る