14



「あ、団長のお気にちゃんだー。おはよー」

「おきにちゃーん。たまには俺のことも、構ってねー」

「団長いけるなら、俺もいけるっしょー? 今晩、どう?」


 翌朝。

 

 あてがわれた寮の部屋は家具も備え付けで快適だったが、お風呂がない。そして、着替えや備品も足りないことに気づいた私。まずは団長にどうすべきか相談しようと、早めの時間に廊下を歩いていた。


 すると、すれ違う団員たちから、そんな風にからかわれて、大いに戸惑った。


 ――お気にちゃん? お気に入りってこと? あ!

 気安く触れるなって言ったから? うわ。やることが、ガキっぽい……騎士ってこんななの? がっかりなんだけど!


 プンスカ、のしのし、プンスカ、のしのしのしのし……バアン!

 

 あまりに苛立っていたので、ノックも忘れて団長室の扉を開けちゃった。反省は、少ししている。


「? 早いなキーラ」


 レナートの目がまんまるだったから。ちょっと可愛い。内緒だけど。

 

「おはようございます」

「おはよう。口がへの字だぞ。何かあったか」

「はい! 聞いてくれます!?」


 とりあえず丁寧に扉を閉めて(取り繕うのも大事だよね)、執務机で書類を眺めていたレナートのもとへと、ずんずん歩いていく。

 ドン、と机に両手を突くと、レナートがたじろいだ。


「ど、どうした……」

「ここの騎士団、どうなってるんです!? やることが、ガキっぽいんですけど!!」

「……平和な国の騎士団というのは、力が有り余っている貴族男子の行き着く先、だからな」

「うっげえ! 簡潔かつ明瞭なご説明、ありがとうございます!」

「はは」

「笑い事じゃ、ないんですけど!」

「ロランは何も言ってなかったのか?」

「団長がクソ真面目としか!」


 ――間。

 私ってばまた、ウッカリ失言!

 

「……そ、そう、か」

「つまりは! 暇で傲慢な猛獣どもの収容所、ってわけですね!」

「それは言い過ぎ……でもないな? うまいこと言うな……」

「団長!」

「なんだ」

「団長がまともで良かったですううううううう」

「お、おお? それはどうも……」


 机に両手をついたまま、膝から崩れ落ちた。朝からへろへろだ。レナートからは、手の甲しか見えなくなったと思う。でも立ち上がれないの。ちょっと待って。

 

 あれですよ、聞いてた話と全然違う! てやつ。

 銀狐、あれは詐欺師だ。まんまとしてやられた!


「気休めだが、この部屋にいる限りは、大丈夫だ。俺が保証しよう」



 ――あ、そっか。



「団長!」


 だん、と立ち上がった。

 

「な、なんだ」

「どこに行くにも、お供していいですかっ、というか、お供してもらってもいいですかっ」

「……」

「なんか、私すっかり『団長のお気に入り』らしいんで!」

「!?」

「団長?」

「うん……それは構わんが、そうするとおそらく別の危険が起こる」


 顎に手を当てて黙り込むレナート。

 思ったより、真剣に悩んでくれていることが、なんだか嬉しい。


「別の危険?」

「ああ。俺のことが気に入らない。だが俺には手を出せない。代わりに……とかな。考えたくはないが」


 さすが団長。

 最悪の事態を想定して頂き、ありがとうございます! それは最悪だね!


「……ちょっとロランの奴! 呼び出してもらってもいいですか!」


 直接文句言いたい!

 

「冷静になれ。呼び捨てにしてるぞ」

「あ! 大変申し訳ございません……」


 めちゃくちゃ頭を下げましたよ。やっちゃった……!

 

「いや……今日はとりあえず外に行くか。買い物でもしよう」

「!! ありがたいです! 服が、なくて!」

「おお」

「せっけんも! 下着も! あ、お風呂ってどうしたら!」

「っっ……」


 あ、やべ。真っ赤になっちゃった。――可愛い。貴方年上……ですよね?


「あの、ぶしつけですが。団長って何歳なんです?」

「二十七だ。ロランは二十五。キーラは」

「多分十八くらいです」

「……そうか、記憶がないのだったな」


 昨日、買い物表を作りながら、私がここに来た経緯をすごく真剣に聞いてくれたレナート。

 特に冤罪のところと、ロランに腕輪を預かられたところは、憤ってくれた。

(預かり証を持っている時点で契約が成立しているから、どうにもできないな、と呆れたように言われたけど。)

 その態度で、やっぱり良い人だと再認識した。そして良い人だからこそ、ここではにされてしまうのかも、とも予想した。


 無駄に爵位が高い、貴族の跡取りでもない、力を持て余した男子どもの巣窟そうくつだとしたら。

 こんな風に純粋で無愛想な善人、しかも若い男爵が、団長で。

 任命した人、頭大丈夫!? って私でも思う。


「キーラ。眉間のしわがすごいことになってるぞ」

「え!」


 指で慌てて触ってみる。

 ――ほんとだ、谷みたいなのができてる! 癖になっちゃったらどうしよう!


「団長にだけは、言われたくなかったです……」

「!」


 あ、またお目目がまんまる。――私、またやっちゃったね。やっちゃったよ。

 

「キーラ……」

「……重ね重ね、失礼を申し上げてすみません……」

「いや。いい。そのままでいてくれ」

「へ?」

「正直なままで。言っただろう? 駄目なものは、駄目だと言う」

「はい」

「今のは、良い。もう言わないように、気を付ける」


 なんなんだろう、誠実で純粋な人だね。

 今、胸がぎゅん! てなっちゃったよ!


「さあ、出かけよう」


 レナートが、書類の束をトントン、と机の天板に打ち付けてそろえてから、引き出しにしまう。


「良い天気だ。街も案内しよう。多少気分も晴れるだろう」


 ――訂正。この人、全然無口じゃない。

 きっと、心を許していないんだ。そんな気がする。


「ありがとうございます!」


 そのままでいてくれるように。がんばろう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る