12



「……」

「……」



 ――無言、きっつ! でも勝手に動いたりしゃべったりしていいか、分からないー!



「……」

「……」


 

 ――ロランが一年耐えろって言った意味がちょっと分かったかも……



「……いつまで、立っている」

「はい?」


 書類に目を落としたまま、レナートが言う。

 

「座ったらどうだ」

「座っても、良いのでしょうか」

「……そのぐらい、自分で判断しろ」



 ――カッチーン!



「団長! 人と話すときは、まず相手の目を見るべきでは!」

「!?」


 目を見開いて、ようやくこちらを向いたレナートに、私は畳みかける。


「来たばかりの平民の女が、自由に振る舞えるとお思いですか! ましてや、お仕事の内容説明や、指示などまだ何もいただいていないんですよ! それで、どうやって判断しろと!」

「……」

「私は騎士でもありません! そのあたり、団長の方からご配慮頂くべきでは!」


 気づくと、レナートの顔が間近にあった。

 彫りの深い顔立ちで、濃い青色の瞳。色素が薄いから気づかなかったが、まつげが長くて鼻筋も通っている。しかも近くで見たら、想像よりずっと若かった。肌はつやつやだし、心なしか良い匂いが……


「……近いぞ」

「わ!」


 興奮して詰め寄り過ぎていたらしい。

 レナートの顎に、私の鼻の頭がこすれるくらいの距離感だった。


「すみません!」


 慌てて飛びのいて、頭を下げる。


「いや……ふう。そこのソファに座ってくれ」

「! はい!」


 座る。――座った。


 シーン。

 また、レナートは書類に目を落としている。


 ん? ――あれ?


「団長……?」

「なんだ」

「座りましたが?」

「ああ」

「えーっと、仕事の説明とか、ほら、あの」

「ああ……少し待ってくれ……ああいや、そちらを先にするか」



 ――どうしよう、全然考えが読めない。どうしたらきちんと意思疎通ができるんだろう!



 レナートは書類を机の上に置くと、ソファの向かいに腰かけて、私の顔をじっと見てきた。

「……」


 

 ――いーきーがーつーまーるー!

 

 

「あの! 息が! 詰まります!」

「だろうな。皆そういう顔をする」



 ん?



「嫌なら、辞めてもらって構わない」



 んんん? これ、取りようによってはカチンと来ちゃうけど、この顔を見ると――


 

「……ひょっとして、お気遣い頂いていますか?」

「! ……(コクリ)」


 

 なるほど、これは大変だ! 今までの人、全員勘違いして辞めたんじゃないかなー!

 

 私は無愛想マスターのお陰で慣れているけど……これ、無表情だからって、悪い人なわけではないと教えてくれたマスターに大感謝だわ。マスターも、よく見ると表情に変化があったし、打ち解けてみたら無口でもなかった。レナートもひょっとして。


 

「あの! 私がこうして話すのは、無礼とか嫌とか思いませんか?」

「? 思わない」

「では、遠慮なく色々言ってもいいですか? 良いとか駄目で返して頂ければいいので」

「……わかった」

「あ、無礼を働いても、斬らないでくださいね!」

「ふっ」



 ――おおおお!? ほんのちょっとだけ笑ったぞおおおおおお!



「そんなことでは、斬らん」

「良かったです!」

 

 問いかけると、ちゃんと返ってくる!


「早速お聞きしたいのですが、私の業務は、決められていますか?」

「ああ」

「ならそれを、今言って頂きたいです。書きますので。紙とペン、お借りしても?」

「……わかった」


 レナートは、すっと立ち上がって、机の引き出しからすぐに紙を数枚と、インクとペンを取り出した。

 取ってこい、ではなく、自ら持ってきてくれることに感動した。しかも。


「そうか、こういったものも、キーラには必要だな」


 私の名前、覚えてくれたんだ。――え? 待って。普通にいい人?

 

「あの、私用のを買っても良いのですか?」

「もちろんだ。欲しいものは、そうだな、別の紙に書いてくれるか?」

「はい!」



 おおおおお?



 またソファの向かい合わせに座り直すと、レナートは続ける。

 

「……さっきは、言えなかったが」

「はい」

「来てくれて、感謝している」

「っ! はい!」

「その、私は……」


 だがそれきり、黙ってしまった。


「私は?」


 レナートは、眉間にしわを寄せたままふう、と深く息を吐いて、それから意を決したように顔を上げた。

 

「恥ずかしいことだが、その、私はこんなだから、皆にとても嫌われている。キーラも、気にせずそのように振舞って良い」



 はあああああ?


 

「はあああああああああ!?」


 やべ、思わず叫んじゃった!

 

 

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