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 騎士団本部は、王都の西にあるそうだ。

 メレランドは、東側が海。西側が地続きで隣国のアルソスに接しているため、東側の海岸を臨む断崖の上に王宮が立てられているのだとか。


 馬車での旅は、五日もどうしよう……と思っていたけれど、ロランが「知っておいた方が良い」と、地理や豆知識のようなものを色々教えてくれたお陰で、有意義に過ごせた。


 そしてついに着いてしまった騎士団本部。馬車が止まってから、大きく息を吐くロラン。憂鬱そうだな、とそれだけで分かった。


「ロラン様」

「ん?」

「何が起きても、あの町から連れ出してくれたこと。それだけで感謝しています」


 眉尻を下げる銀狐は、麗しい。

 その翠がかった碧眼をきらめかせて、小さくうん、と言った。


「よし、行こう」

「はい!」


 開かれた扉の外には、二名の騎士がびしりと直立していた。


「「おかえりなさいませ!」」

「……ご苦労。団長は?」

「は! 団長室にてお待ちです!」

「分かった」


 迎えてくれた騎士二人が、私に気づいて目を瞬かせる。その視線が、くすぐったかった。

 

「団長の専属事務官に雇ったんだよ。キーラという。優しくしてあげてね」

「!」

「はっ!」

「宜しくお願い申し上げます」


 ワンピースなので、深くお辞儀をした。

 ドレスなら、カーテシーだけど。って、私ドレスなんて着たことなかった。


「「よろしく」」


 挨拶を返してくれた二人の目線に、憐憫れんびんを感じたのは気のせいかしら。――そ、んなになの? 私の覚悟、足りるかな!?



 

 ◇ ◇ ◇




 団長室は、二階建て騎士団本部の二階、最も奥の突き当たりに位置していた。石造りの廊下と階段は装飾品も少なく、殺風景。イメージしていた豪華な感じと違って、拍子抜けする。


 コンコン。


「団長。ロラン・ビゼー、ただいま戻りました」

 ふー、と深い息を吐くロランの頬が強ばっている。

 これは……相当覚悟しよう。よく分からないけど、気合いだ。負けないぞ。


「……入れ」

 応えた声は、低く太い。


「失礼します」

 ロランが扉を開けて入り、その背中に続いた。目線で隣に立つように言われたので、従って、すぐに頭を下げる――メイドなら、許しがあるまできっと顔を上げない方が良いはず。


「……予定通りだな」

「はい」

「……」



 ――空気、重っ! なんこれ!



「彼女を、紹介しても?」

「……ああ」

「以前から話していた通り、団長の専属事務官を選定し、連れてまいりました。キーラといいます。キーラ、挨拶を」

「はい!」


 顔を上げると、執務机に座っている男性のシルエット。

 背後の窓から陽の光が入っていて、やや逆光なので、見た目があまり分からない。


「キーラと申します。一生懸命勤めさせて頂きます。宜しくお願い申し上げます」


 言ってから、再びお辞儀をした。

 

「……レナート・ジュスタだ」

「……」

「……」



 ――それだけ? そーれーだーけー? ようこそ、とか、がんばれ、とかないの!?



「んん。彼女を、寮に入れたいのですが。許可願えますか」

 ロランが、硬い声で先を促す。

「……分かった」

「ありがとうございます。では、施設内の案内を」

「ロラン」

「は」

「それは、副団長自らやることではない」

「……は」

「新人が入った。今なら演習場に居るはずだ」

「……承知致しました。では新人に案内させます」


 ――うん、言葉が簡潔すぎて、意図を拾うのが大変そうだぞー。

 

「専属事務官ということは、机はここに置くのか」

「左様です。本日夕方、手の空いた者に机を搬入させます。不都合ありますか」

「……いや……ない」

「では、そのように」

「ああ。ロランはまたすぐ戻ってくれるか。不在時の申し送りをしたい」

「承知致しました。では、失礼致します」

「失礼致します」


 廊下に出て、無言でしばらく歩いてから――


「ハア」

 とロランが息を吐いた。

「相変わらず、クソ真面目だね」

「あの、いつも、あのような感じですか?」

「うん。それでいて、すごい細かい」


 

 ――ひええ。息できるかなー、私。



「でも、悪い人じゃないからね」

「それは、なんとなく分かります」

 

 そんな話をしながら、演習場と呼ばれる、砂地を木の枠で囲った場所に連れて来られた。中で十人くらいの騎士たちが、剣を各々で振るっている。


「副団長! 戻られましたか!」

 

 訓練を監督していたと思われる団員が、一人寄ってきた。金髪を短く刈った、茶色い目のさわやかな感じの人だ。

 

「やあルイス。この子はキーラ。私のメイドで、団長の専属事務官だよ」

「っ! やっと見つかったんですね」


 笑顔で見つめられる。良かった、この人には好感触みたい、とホッとした。

 

「キーラと申します」

「私はルイス。ここの一番隊隊長だよ。宜しく」

「宜しくお願い申し上げます」

 

  ニコニコしているけど、気配が油断ならない感じ。さすが隊長、かな。

 

「ルイス。新人が入ったって聞いたんだが」

「はい。なかなか見込みがある奴ですよ。――ヤンッ!」


 呼ばれたらしい団員は、明るい茶髪の好青年、という雰囲気。振っていた剣を下ろすと、機敏な動きで走ってきた。

 

「隊長、お呼びでしょうか」

「うん。紹介しよう」

 ルイスが促すと

「副団長のロラン・ビゼーだ」

 ロランが、銀狐スマイルで自己紹介した。

 ヤンという団員は、一層背筋をぴん、とさせる。

「副団長! お初にお目にかかり光栄です! 自分はヤンと申します!」

「うん。この子は私のメイドで、団長の専属事務官になってもらうキーラだ」

「キーラと申します」

「宜しく!」

「私は団長に呼ばれてしまったから、代わりにここの施設を案内してもらえるかな。ルイス、ヤンを借りるよ」

「はっ。ヤン、頼むぞ」

「承知致しました!」

 

 にか、と明るく笑う彼が良い人そうで、ホッとした。



 ――あの団長の無愛想さと、息詰まる感じを除けば、なんとかなりそうかな……

 

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