10
騎士団本部は、王都の西にあるそうだ。
メレランドは、東側が海。西側が地続きで隣国のアルソスに接しているため、東側の海岸を臨む断崖の上に王宮が立てられているのだとか。
馬車での旅は、五日もどうしよう……と思っていたけれど、ロランが「知っておいた方が良い」と、地理や豆知識のようなものを色々教えてくれたお陰で、有意義に過ごせた。
そしてついに着いてしまった騎士団本部。馬車が止まってから、大きく息を吐くロラン。憂鬱そうだな、とそれだけで分かった。
「ロラン様」
「ん?」
「何が起きても、あの町から連れ出してくれたこと。それだけで感謝しています」
眉尻を下げる銀狐は、麗しい。
その翠がかった碧眼をきらめかせて、小さくうん、と言った。
「よし、行こう」
「はい!」
開かれた扉の外には、二名の騎士がびしりと直立していた。
「「おかえりなさいませ!」」
「……ご苦労。団長は?」
「は! 団長室にてお待ちです!」
「分かった」
迎えてくれた騎士二人が、私に気づいて目を瞬かせる。その視線が、くすぐったかった。
「団長の専属事務官に雇ったんだよ。キーラという。優しくしてあげてね」
「!」
「はっ!」
「宜しくお願い申し上げます」
ワンピースなので、深くお辞儀をした。
ドレスなら、カーテシーだけど。って、私ドレスなんて着たことなかった。
「「よろしく」」
挨拶を返してくれた二人の目線に、
◇ ◇ ◇
団長室は、二階建て騎士団本部の二階、最も奥の突き当たりに位置していた。石造りの廊下と階段は装飾品も少なく、殺風景。イメージしていた豪華な感じと違って、拍子抜けする。
コンコン。
「団長。ロラン・ビゼー、ただいま戻りました」
ふー、と深い息を吐くロランの頬が強ばっている。
これは……相当覚悟しよう。よく分からないけど、気合いだ。負けないぞ。
「……入れ」
応えた声は、低く太い。
「失礼します」
ロランが扉を開けて入り、その背中に続いた。目線で隣に立つように言われたので、従って、すぐに頭を下げる――メイドなら、許しがあるまできっと顔を上げない方が良いはず。
「……予定通りだな」
「はい」
「……」
――空気、重っ! なんこれ!
「彼女を、紹介しても?」
「……ああ」
「以前から話していた通り、団長の専属事務官を選定し、連れてまいりました。キーラといいます。キーラ、挨拶を」
「はい!」
顔を上げると、執務机に座っている男性のシルエット。
背後の窓から陽の光が入っていて、やや逆光なので、見た目があまり分からない。
「キーラと申します。一生懸命勤めさせて頂きます。宜しくお願い申し上げます」
言ってから、再びお辞儀をした。
「……レナート・ジュスタだ」
「……」
「……」
――それだけ? そーれーだーけー? ようこそ、とか、がんばれ、とかないの!?
「んん。彼女を、寮に入れたいのですが。許可願えますか」
ロランが、硬い声で先を促す。
「……分かった」
「ありがとうございます。では、施設内の案内を」
「ロラン」
「は」
「それは、副団長自らやることではない」
「……は」
「新人が入った。今なら演習場に居るはずだ」
「……承知致しました。では新人に案内させます」
――うん、言葉が簡潔すぎて、意図を拾うのが大変そうだぞー。
「専属事務官ということは、机はここに置くのか」
「左様です。本日夕方、手の空いた者に机を搬入させます。不都合ありますか」
「……いや……ない」
「では、そのように」
「ああ。ロランはまたすぐ戻ってくれるか。不在時の申し送りをしたい」
「承知致しました。では、失礼致します」
「失礼致します」
廊下に出て、無言でしばらく歩いてから――
「ハア」
とロランが息を吐いた。
「相変わらず、クソ真面目だね」
「あの、いつも、あのような感じですか?」
「うん。それでいて、すごい細かい」
――ひええ。息できるかなー、私。
「でも、悪い人じゃないからね」
「それは、なんとなく分かります」
そんな話をしながら、演習場と呼ばれる、砂地を木の枠で囲った場所に連れて来られた。中で十人くらいの騎士たちが、剣を各々で振るっている。
「副団長! 戻られましたか!」
訓練を監督していたと思われる団員が、一人寄ってきた。金髪を短く刈った、茶色い目のさわやかな感じの人だ。
「やあルイス。この子はキーラ。私のメイドで、団長の専属事務官だよ」
「っ! やっと見つかったんですね」
笑顔で見つめられる。良かった、この人には好感触みたい、とホッとした。
「キーラと申します」
「私はルイス。ここの一番隊隊長だよ。宜しく」
「宜しくお願い申し上げます」
ニコニコしているけど、気配が油断ならない感じ。さすが隊長、かな。
「ルイス。新人が入ったって聞いたんだが」
「はい。なかなか見込みがある奴ですよ。――ヤンッ!」
呼ばれたらしい団員は、明るい茶髪の好青年、という雰囲気。振っていた剣を下ろすと、機敏な動きで走ってきた。
「隊長、お呼びでしょうか」
「うん。紹介しよう」
ルイスが促すと
「副団長のロラン・ビゼーだ」
ロランが、銀狐スマイルで自己紹介した。
ヤンという団員は、一層背筋をぴん、とさせる。
「副団長! お初にお目にかかり光栄です! 自分はヤンと申します!」
「うん。この子は私のメイドで、団長の専属事務官になってもらうキーラだ」
「キーラと申します」
「宜しく!」
「私は団長に呼ばれてしまったから、代わりにここの施設を案内してもらえるかな。ルイス、ヤンを借りるよ」
「はっ。ヤン、頼むぞ」
「承知致しました!」
にか、と明るく笑う彼が良い人そうで、ホッとした。
――あの団長の無愛想さと、息詰まる感じを除けば、なんとかなりそうかな……
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