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「まったく。ほんとお人よしなんだね、君ってやつは」


 リマニを出て、三日目の朝。

 ようやく騎士団の大きな詰め所がある町で、私をメイドとして登録するため、二人で歩いていた。

 すれ違う人々が、時々ロランを振り返る。こんな美麗な見た目で騎士服を着ているのは、やはり目立つんだなあ、と変なところに感心してしまった。


「なにが、ですか?」

「君を陥れようとした女に、ずっと心を痛めてるんだもん」

「……」

「あれぐらいで極刑なんてバカらしいから、やめておいたよ。窃盗と冤罪なすりつけの件も含めて、六十日牢獄に入れて、釈放で良いって言った。軽いかな?」


 あんなところに、六十日!?

 しかも窃盗って罪は、誰も雇ってくれなくなるから、きっともう働けない。

 全然軽くない!


「充分ですっ!」

「そ。あと食堂のマスターが、君に謝りたいって言っているそうだよ。君を信じたかったけれど、あの腕輪を見せられた挙句に、娼婦と常連客から君がやったのを見たって言われたんだってさ」

「そ、ですか」


 そんなことだろうと思っていたから、怒ってはいないけど、「怒っていないよ」てことは伝えたいな。

 でももう、会えない距離だしなあ、と考えていたら。

 

「……リマニに行く用事は、またあると思う。その時、一緒に帰る?」

「!!」

 

 ぶんぶん、と音が鳴るぐらいに頷いちゃった。

 周りの人がぎょっとしてる。ごめんなさい。


「はは、やっと笑ったね」

「! ごめんなさい……」

「いーよ。ほら着いた」



 ――ロランて、変だけど優しいんだなあ。変だけど。



「キーラ、今すごい失礼なこと考えているでしょ」

「バレました?」

「バレました」


 二人で笑いながら詰所に入っていくと――中にいた騎士たちが、途端にビシッと姿勢を正した。


「お疲れ様でございます!」

「「「お疲れ様でございます!」」」

「うん。ご苦労。楽にして」


 ザッ!


 全員ビシッと敬礼をしてから、元の場所になおるけれども、表情には緊張を残したまま。



 ――すごい。これぞ秘技、化けの皮。

 


「副団長! わたくしが、主任の……」


 髭をたくわえたおじさんが、走って来て口を開くが、ロランはそれを冷たく遮る。

 

「悪いが、急いでいる。この子『キーラ』というんだけど、今すぐ私のメイドとして登録してくれるかな」

「っ、は! ただちに!」


 回れ右をして、走って行った。



 ――名乗るくらい、させてあげたら……



「キーラ。私にはたくさんの人が寄ってくる」

 ロランの声は、先程までと打って変わって、氷のようだ。

「名乗ったことで、この私と懇意になった、と吹聴する者も居る」

「!」

「王都では、これ以上に注意を。何事も、気を付けるに越したことはないと心得てくれ」

「……はい、かしこまりました」



 ――貴族社会の、一端を見せたかったのか。


 

 私は、そう解釈して背中に力を入れて、ピンと立った。

 



 ◇ ◇ ◇

 

 


 『ロランのメイド』という地位を得て、何となく『自分は誰か?』なんてもう考えなくても良いのかな、と思い始めていた。手元から腕輪がなくなった、ということも関係している。やはり何気なく、ぼんやり眺めては失くした記憶を探るようなことをしていたんだな、と今更気づいた。


「もうすぐ王都の門だよ」


 五日目の午後。

 馬車の向かいで優雅に腰掛ける副団長は、窓の外を眺めたまま告げる。


「この馬車に乗っているから、特に手続きは要らない。けど個人的に出入りするなら」

「頂いた身分証を持ち歩け、ということですね」

「そ」


 ガラガラ、ガラガラ。

 

 ガラガラ、ガッタン! ガラガラ。


 ガラガラ、ガラガラ。



 ――ガッタン、のところできっと何かを超えたんだな。その証拠に……


「キーラ。ようこそ、メレランド王国の王都へ」


 今度はまっすぐに目を見て微笑んだロランが、言ったからだ。


「来てくれて、嬉しいよ」

「こちらこそ、ロラン様」


 深深と、お辞儀をする。


「……このまま、騎士団本部に行くね」

「はい」

「はー。脅すわけじゃないんだけど、気合い、入れてね」

「……は、はい」


 堅物騎士団長って、そんなに怖い存在なのだろうか?

 でも、どんな環境でもやるしかない。きっと専属事務官以上に待遇の良い仕事なんて、私には見つからないんだから。


「全力で、頑張ります!」

「無理しないで。まあ、最悪は一年頑張れば良いよ」

「? そ、そうですね」



 意味深なロランの笑みが、気になった……

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