8
「おはようございます」
「おはよう」
「おお」
明朝。
宿屋の食堂に降りると、既にロランとヨナがテーブルに座っていた。
「うわ、可愛い」
「……」
「あの、あんまり見ないでください」
用意されたワンピースは、膝丈の長さ。腰の部分がきゅっとしまっていて、胸元に白いリボンがある、ピンク色のものだ。
ヨナが、固まっている。
「ヨナさん?」
「あ、ああ、いや……ちょっとその服、可愛すぎるなあ。なにか羽織るものがあれば……」
「じゃあ僕の、じゃなかった、私のひざ掛けを貸そう」
黒と青の糸で織られた、薄手のきれいな布だ。確かに羽織れば服は隠せるし、おかしくもない。
――朝から化けの皮被るの大変だね……
「ありがとうございます」
「いえいえ。さ、座って。何か食べる?」
「え! あの」
メイドが主人と同じテーブルに座っても、良いのだろうか。
そういう風に考えて、思わず足が止まってしまった。
「気にしないで。ヨナも同席しているんだから」
「は、はい」
「……」
「? ヨナさん?」
「ああいや、なんでもない。パンのミルク煮、うまそうだぞ」
「ほんとだ! 私、それがいいです!」
「食え食え。育たないぞ」
「あっ! さては子ども扱いしましたね!」
「ははは」
ロランが微笑んでそのやり取りを見た後、
「キーラ。残念だけど、ヨナとはこの町でお別れなんだ」
と言った。
「え」
「あー。すまんな。俺はしがない船乗りだからさ。また船に乗らなきゃならん」
「そ、ですか……」
「私と二人ではご不満かもしれないが」
「いえ! そんなことないです!」
「一応これでも副団長だからね。礼儀礼節はきちんと守って連れて行くよ。そういう面でも、すっごくうるさい団長だから。安心してね」
「ふふ。わかりました。……ヨナさん」
「ん?」
「一日だけでしたけれど、とってもお世話になりました。色々ありがとうございました」
「いやいや。きっとまた会えるさ」
「そうですね! 銀狐さんとお友達ですもんねー!」
「うわっ、もうそこまで打ち解けちゃう!?」
「「剝がれてる」」
「ううう」
唇を真一文字にしてぷるぷる震えているロランを見て、ヨナと二人で思いっきり笑った。
◇ ◇ ◇
そうして宿屋でヨナと別れ、馬車を停めてあるという場所に、ロランと二人で歩いて向かう。
「あの、聞いていいのか分からないのですが」
「なんだい?」
「たまたまと仰っていましたけど、その、リマニには、何をしに?」
「友達に会うためだよ」
「ヨナさんに?」
「そう」
「王都で会うのではなく?」
「私だって、たまには親に顔も見せないとだしね」
「なるほど……事務官を探しに来たわけでもなく?」
「いや、すごく探してたよ。でもどこにも、なかなか適した人材がいなくてね。キーラを見て、この子だ! って思ったんだ。読み書き計算はもちろんだけど、頭の回転は早いし、私にも物怖じせずに考えが言えるし、ワックスタブレットの使い方もね」
朝のさわやかな海風を受けて、ロランの長い銀髪が揺れている。
朝日をキラキラと反射して、とても綺麗。
「……褒めてくださって、嬉しいです。生きるのに必死で、身につけたり工夫したりしたから……」
「そっか……」
しんみりしてしまった。――空気変えなくちゃ。
「あ! ここから王都って、どのくらいでしょう?」
「馬車だと、五日ぐらいかな」
「げ」
「長旅だけど、よろしくね」
「げげげ」
「ちょっと! 正直過ぎない!?」
「ふふふ」
「そやって笑うけどさ、
あ、また少し剥がれてる。
「はいはい」
「わー。もうそんな感じになる? なんでかな!?」
「だって、全部剝がれてますもん」
「だよね。知ってた! ふふ」
「ふふふ」
そうして向かった先で。
髪を振り乱して、走ってきたのが――
「キーラアアアアアアアアアア!!」
「へ!?」
「うわーなんか来たね」
ゆるふわ、ボンキュボンのグラマラス娼婦はどこへやら、のソフィだ。
「あそっか、ここ、屯所への道でもあったか」
――まさか、わざと?
ロランがすぐに、背中へかばってくれる。
「……それ以上近寄るな。斬るぞ」
帯剣の柄に手を添えて、凛々しく通る声を出す彼は、さっきまでとは別人だ。
びくう! とソフィは止まった。
「な、んで。なんでよっ、なんであんたなんかが、王都にいくのよおおおおおお!!」
「はあ?」
噂か何かで聞いたのか。
ここは小さな町だ。そういう目新しいことは、あっという間に広まる。
「あたしが! ねえ、あたしが代わりに!! こんなお子様じゃなくって、あたしの方があ!」
ぐしゃぐしゃの髪の毛と、涙と鼻水でどろどろの顔が――悪いけど、魔獣みたい。見たことないけど。
「汚い娼婦に、これっぽっちも興味はないんでね」
冷たく言うロランの言葉にソフィはショックを受け、後ろからやってきた警備隊に、ずりずりと引きずられていった。
ロランは剣から手を放し、
「可哀そうに。私に害をなそうとした罪が加わってしまった。極刑だな」
冷えた声で言う。そこには、何の感情も乗っていない。
「ロラン……様」
この人は、本当に副団長なんだ、と実感してしまった。
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