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 朝、食堂のマスターが渋い顔で調理場に立っていた。

 日が明けてすぐのこの時間は、どんな季節でも肌寒い。


「おはようございます」


 挨拶をして、一回ぶるりと身を震わせてから、髪の毛をきっちり結んで、エプロンを付けて頭に布を巻く。

 調理場には、仕込みが終わった食材やスープが、良い匂いを漂わせている。なのに、マスターは暗い顔だ。


「?」


 私は、それを疑問に思ったけれども、

「おーい、めしー!」

 お客さん第一号に気を取られて、深く聞くことができなかった。



 

 ◇ ◇ ◇




「キーラ」


 朝のお客さんの波が収まったころ、マスターに呼ばれた。

 ずんぐりむっくりで、エプロンを盛り上げる下っ腹の脂肪分は、毎日少しずつ増えていっている気がする。無精ひげには白いものが混じり始めていて、頑固そうな眉毛。決して愛想がいいわけではないけれど、マスターが作る料理は美味しい。

 

「なんですか、マスター」


 テーブルを水拭きしながら応じると

「……なんか俺に、言うことねえか」

 と聞かれた。

「?」


 少し首をひねってみたが、特に思い当たる節はなく。


「いえ、特には……」

「そうか。……これ、食っとけ」


 ドン、とカウンターに出されたのは、魚をよく煮たスープと、パン。

 

「やったー!」

 私の大好物。

 このスープなら、どんなに硬いパンもひたしたらごちそうになる。

 朝は食べず、昼前落ち着いたときにこうして出してくれる『まかない』が、何よりも元気の源。お昼も頑張るぞー! って気持ちになれるんだ。時々、お客さんの波が途絶えなくて食べられない時もあるけどね。


 

 

 ◇ ◇ ◇



 

 その日の夕方。

 店の奥のテーブルに、見慣れない男性が二人、座った。



 ――漁師っぽくないなあ。



 一人は、こげ茶のゆるいウェーブがかった髪の毛を耳にかけた、ガタイが良くて日に焼けた人。

 もう一人は、銀髪のまっすぐで長い髪の毛を背中の半分まで垂らしている、色白の人。

 年齢で言うと、日焼けの方は三十代半ばぐらい? 銀髪の方は若そう。二十代前半かな。


「ご注文は?」

「俺は、エールと……がっつりな感じの適当に」

「私は、エールと、なにかスープとパンで」

「はーい」


 

 ――なんか、所作が……洗練されている気がする。

 

 

「なんだい? お嬢ちゃん」

 日焼けさんに、ニコニコ話しかけられた。

「あ! ごめんなさい。あの、お見掛けしないお顔だなって思いまして。ぶしつけでした、失礼しました」

「いやいや!」

 ぺこり、とお辞儀をして下がり、カウンターへ注文を伝える。

 

 日焼けさんには、大きな魚の切り身をスープで焦がしながら焼いて、上にチーズをかけたもの。

 銀髪さんには、あっさりめの貝のスープと、やわらかいパンを出した。


「おお! うまそう!」

「いただこう」


 感触がよくて、ホッとした。初めてのお客さんに『おまかせ』されると、緊張するけどやりがいもある。

 あ、隣のテーブルが空いたな、片付けよう……と動いていたらば。


「ふあーあ」


 ソフィのご出勤だ。

 今日はいつもよりさらに遅い。

 少しずつ、酒場目当ての客たちが店に入ってきている。

 

「やっときた……じゃ、交替するね」

 と、ソフィに声を掛けると

「まって」

 鋭い声で引き留められる。

「?」

「キーラさあ、マスターに何か、言うことないわけー?」


 ねっとりとした口調。

 今朝、マスターに同じように聞かれたことを思いだした。


「別に、ないけど」


 本当に思い当たることが、何もない。

 一体何を言いたいのだ。

 首をひねっていたら、ソフィが「ふふん」と文字通り声に出して、鼻で笑った。


「泥棒!」

「……は?」

「あんたのことよ! 泥棒」


 

 ――はああああああああ!?

 

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