ジル 人と魔の狭間で⑨
「さっきから、同じようなことを言いやがって……ボクを、倒す、だって?」
エルロアは言いながら、にじり寄ってくるジルから、一歩、二歩と後退っていた。
ジルは、そうだ――、と言った。
ジルは、体に溜まった毒を吐き出すように息を整えてから、獣のような黒い瞳をエルロアに向けた。
いつの間にか、二人は洞穴の外へと辿り着いていた。
洞穴のすぐ前は大きな窪みとなっており、そこに、二人は向かい合って立っている。夕陽が落ちかけていて、周囲はオレンジ色の眩い光に満ちていた。
「フン、笑わせてくれる。人の血の混じったヤツは、はったりを言うのが好きなのか?」
エルロアの額には、汗の玉が滲んでいた。
「……はったりじゃない」
ジルは淡々と言った。
「じゃあ、混血のオマエがどうやってボクを倒せるっていうんだ! さっきもできなかっただろう!」
エルロアは大きな声を上げたが、それは、ジルに対しての恐怖を隠すための意地でしかなかった。
「……あんた、吠えてばかりで煩いな。そろそろ黙ってくれ」
ジルは、たまらない、という様子で言った。
ジルは耐えられなかった。話すことが嫌なのではなく、これ以上話をして、その魔族に情が移るのが怖かった。
「あんたに恨みがある訳じゃないから、すぐ、終わらせる――」
ジルは腕を前に突き出し、手の平をエルロアに向けた。
ジルの手の平が淡く発光し始める。
「〝
呟くように言ったジルの手の平が薄い光を纏ったかと思えば、突如、エルロアの周囲に旋風が巻き起こった。
その風はエルロアの体を空に持ち上げて回転させると、次いで、地面に叩き落とす。
「ぐ、あっ……」
バランスを崩して落ちるしか出来なかったエルロアは、顔に土を付けて起き上がった。
「なんだ、今のは……」
「魔術だ。やっぱり、もう使える」
ジルは自分の手の平に視線を落として言った。
魔術、魔術だと?、とエルロアは口をもごもごさせた。
そんなもの、ごくありふれた一体の魔族でしかないエルロアは噂に聞いたことがある程度だ。
魔術は、この世界にほんの僅かにしか存在しない高位魔族にしか使えない高等術だ。
「嘘を付くな! そんなものが、オマエに使える筈がない!」
「いいや、使えるんだ。さっきまでは体内の魔素を感じ取れなかったけど、今は感じる。どうしてか分からないけど、回復したんだ」
ジルの体は、一時的に、魔術を数回使える程度に回復していた。
彼の体は毒を吸い込み続け、体が命の危険を察知して、本来はまだ充分回復していなかった機能を、無理やりこじ開けたのだ。
それは一時的なものであるが、二、三度ならば、魔術を発動できる、と、ジルは無意識に確信していた。
「……ふざけやがって。今の、遊んだのか」
ジルは首を振った。
「違う。今のは、確認と、覚悟をするために、やった」
何の覚悟だ?、とは、エルロアは訊けなかった。
背筋に悪寒が走る。今まで感じたことのない感情が波のように押し寄せる。
――ああ、終わりだ。
もうお終いだ。ボクは死ぬんだ……。
エルロアはただそれだけを理解した。
命乞いをしようとした。ジルがどれだけの強者でも、まだ子供だ。それも半分は人間なのだ。情に訴えれば見逃してくれるだろうか、と。
そこまで考えて、エルロアは考えるのを止めた。
ジルは、迷ってはいないのだ。脆い精神状態だが、迷いも隙も、決意の揺らぎは微塵もなかった。
「……やっぱりジルは、こっち側にいるヤツだったんだな。人間の振りをして、か弱い振りをして、そのくせ、命を狩りたがっているんだ」
エルロアの罵りにもジルは眉一つ動かすことはなく、煌々と光る黒い瞳でエルロアをじっと見つめ、次の攻撃の機械を窺っていた。
「ボクは、気付いていたさ。オマエは本当はボクじゃない、殺したいヤツがいるって」
エルロアは人差し指をジルへと向けた。
「汚いヤツだ、オマエは正義を振り翳して理由を付けて、そのくせ、やっていることは他の魔族と何一つ変わらない」
「オレは……オレは、好きで、こんなこと……、しようとしてるんじゃない」
ジルはまた泣き出しそうな顔で、前髪を掴んだ。
「よせよ、ジル。オマエは心底、魔のものなんだ。己の力を誇示して、血肉を切り裂くのが好きで、命を狩ることが日常の、種族。それ以外の何者でもない」
「もう、黙ってくれ……」
ジルの声は、震えていた。
「〝
ジルの翳した手の平から、黒い靄が表れ、それはみるみる内に、エルロアの首を包んだ。
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