ジル 人と魔の狭間で⑦

 エルロアは薄く笑った。


「ジル、オマエだって出来損ないとは言え、魔族であることに変わりない。一緒だよね、ボクたちは」


 今にも飛び掛かりそうなジルに、エルロアは手の平を上向け、ジルの警戒心を解くように言った。


「……何が言いたいんだ?」

 ジルは爪の剣を顔の前に構え、更に感覚を研ぎ澄まし、獣のような黒い瞳を鋭くする。


「なぜボクを狩ろうとする? ジルはなぜ人間側にいる? 半分魔族なんだから、こっち側に来ればいい」

 エルロアが言ったことに、ジルは僅かに動揺する。


「オレは……、オレを助けてくれたのは人間だ。だから、そっちに行く気はない」


 隙を見せては駄目だと分かっていたが、本音を語った時、ジルは一瞬目を逸らしていた。



(すぐに襲ってこないエルロアは、話し合いを望んでいるのか? だったらこいつは話せば分かるたぐいの魔族なのか?) 



 そこまで考えたジルははっとした。



(何を考えてるんだ、オレは! 耳を貸すな、エルロアは人を食らう魔族なんだ――)



 エルロアが動く前に、ジルが素早く動いた。

 毒に犯された体だったが、多少無理をすれば動けるのは分かっていた。



(大丈夫だ、エルロアは高位魔族じゃない。今は毒の瘴気が多少弱まっている。……倒せる!)


 ジルが狭い採掘場の洞窟の中で走り、およそ0.5秒にも満たない時の中で、エルロアの目前まで迫り、爪の短剣を振るう。


 剣を振り降ろそうとしたジルがそこで見たのは、エルロアが薄く、狡猾に嗤う光景だった。


「それってさ、凄くくだらない理由だね」


 バシュッ。

 

 一瞬、ジルの目の前が真っ白になったかと思えば、気が付くと少年は地面に突っ伏していた。


「が……がはっ……」


 ジルは苦し気に呻き、胃酸を吐いた。


 上から見下ろしてくるエルロアを突っ伏したまま見遣みやり、何が起こったのか、頭で整理する。

 つんとした臭いが鼻孔にまとわりつく。……これは、毒だ。魔の血を持つ自分が当てられて眩暈を引き起こすほどの強い毒の瘴気に突如襲われ、その後に攻撃を食らった。



「……あんたが、毒を操っていたのか……」



「この力は使い勝手が良くてね、人間をそっと始末するのに最適なんだ。混血のジルはどうせ他の能力なんて持ってないよね? さっさとボクに始末されるんだな、楽に、殺してあげるよ」

 

 エルロアの片方の腕が鎌に変形している。自らの体を武器に変化させる能力は、魔術ではなく、さして珍しくない一般的な能力だ。

 ジルがその能力を会得したのは、ごく最近なのだが。


 エルロアは腕の鎌でジルを切り刻もうとした。しかしジルは瘴気を浴びながらも何とかエルロアの攻撃を躱したが、鎌は、一度だけ、ジルの肩と腕を掠め、血が散った。


「くっ……」

 ジルは眩暈を堪えて、突っ伏した状態からジャンプして飛ぶと、爪の剣を戻した。



(駄目だ、体が充分回復していないのに、洞穴の中じゃ、毒にあてられて動きも鈍る。ここから出ないと……)


 ジルはエルロアに背を向け、くるりと踵を返すと、元来た道を駆け出した。


 思い切り走ると、足が痺れる感覚がした。

 全力が出し切れないので追いつかれる可能性もあるが、とにかく、ここよりも風通しの良い場所に行く。


 エルロアは駆け出したジルの後をすぐに追い駆けて来る。

 


「ジル、逃がさないよ。混血なんて珍しいモノ、味見したいからね――」



 そう言い、洞穴の闇の中でエルロアは舌なめずりをした。


 ジルは後ろから追ってくるエルロアを警戒しつつ、出口へと向かう。

 その場に着くまでに数名の倒れた者たちがいた。

 悪いが今は、介抱してやる時間はない。


 更に走って行くと、外の光が見えて来て、風も感じた。



(もうすぐ外に出る)


 

 と思った矢先、ジルは背後から腕を掴まれた。


「捕まえた」


 鬼ごっこ遊びをする子供のように無邪気な顔で、エルロアはジルを掴んだ腕をぐっと力を込めて引き寄せた。

 エルロアはこれから面白いことが起こるとでもいうように、至極楽しそうに、もう一方の腕の鎌を振り下ろす――。



(避ける、間がない!)

 


 ジルの漆黒の瞳には、エルロアに会って初めて、本当の恐怖が映っていた。






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